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神さえも黙らせる勇者の能力とは(実態)

「なっ」


 それは最初、勇者の足元に丁度当たった。


 当たると、勇者にはなんか小さな光がつま先で広がるように見えた。

 両手で抱えられそうな円形の光がとどまっているように見えた。

 なんだこれ、と考えられるような時間もあった気がするし、やっぱりそんな時間はなかったような気もする。


 そのような光の動きは、束の間の現実に過ぎず。


 周りの視界すべてを、分解・抹消するほどの衝撃が勇者を襲った。

 めりめり、という音がして地面がめくれたかと思うと、一瞬にして閃光が広がり、空気の水分すら蒸発する音を出しながら溶かし尽していく。

 勇者の人影が飲み込まれたかと思うと、次の瞬間には後ろの森林地帯の木をはねあげながら、光が広がっていく。

 その光の上空で残りカスの木々が燃えていた。

 勇者の視界も、近くにあったダビド砦の細長いその身も、近くの木で巣作りをはじめていたヘホウの七色鳥の翼の固まりも、その近くのしげみで巣の帰りを待っていた捕食者のジャックルーの鋭い牙も、森林地帯の地中深くの洞窟で昨日から名刀作りに励んでたドワーフの小男も、溶けて溶けて溶け尽して。

 その範囲を広げながら、向こうの向こう。

 最高峰の山脈の手前近くまで、円形の巨大な光の消滅地帯を形作っていく。

 生命の楽園をなぎ倒しながら、飲み込んでいく。

 横にその身を広げる大きな大きな森林地帯は、その余波を受けながら木々は突風で倒されていき、突風を受けた動物たちがその毛を逆立てながら、空に舞い上がるほどの衝撃があった。

 余波で起きた突風だけで、それだけの衝撃波が生まれていた。


 森林地帯の8分の1が、たった一発で消え失せた。

 失せたにもかかわらず。

 さらに将軍は指揮棒を全力で下す。


 そこから後の2万9999発のスターマインが同時発射された。

 ただ勇者にめがけて。

 さっきの数十倍の光がそこに起こり、森林地帯の盛り上げるようにして、はねあげていきながら、次第にその光は最高峰の山脈に到達した。

 到達すると同時に山脈をえぐり出して、その岩すら溶かし尽して、上空に岩をはねあげながら、山脈の中央の部分を破滅的な威力で消し去ってしまう。

 空には、山脈の鉱物で生成されたであろう黒いきのこ雲が盛り上がり、空という空を焦がしていく。

 一方で、荒野の向こう側にもその爆発は広がり渡り、大地をめくり上げながら、共和国軍20万人に迫っていく。

 どんどんと岩が小石のように空に舞い上がりながら、光が迫ってきているが。

 まるで計算されし尽したかのように共和国軍の手前でその爆発は終わり、代わりに水蒸気のような煙が辺り一帯を覆っていくのである。


 森林の半分を消し去り、山の半分をも消し去った。


 そこには何も残っているように見えなかった。

 煙で何も見えなかった。


「宰相には言われている。勇者を潰すだけではなくて、あの山をすべて切り拓けとね」


 リュウシン将軍は壮大な煙雲を見上げながら、唇を震わせる副官にそう漏らした。


 これはたったひとつの目的で行われた作戦ではなかった。

 二つの最高目標を同時達成する練り尽された作戦だった。

 ひとつは勇者パーティを倒すことで、王国の希望を完全に打ち砕くこと。


 そして、もうひとつは。

 あの巨大な山脈に『道』を作ることにあったのだ。


 一度、王国を倒しても、また再建されては意味がない。

 ところが、どうだろう。

 もし、この二か月かかるルートを三日ほどで通れるようにしたらどうだろうか。

 すぐにでも王国をくじくことができるようになる。

 それ、すなわち。王国が二度と共和国に歯向かうことができないようにすることに繋がるのだ。

 時間的距離がなくなれば、いつでも王国を叩けるようになる。


 それは王国にとっては、悪夢でしかなかった。

 再建の時間すら与えられず、まともな逃亡の準備時間すらもたらされない。


 ――ここに道を作れば、この世界は統一される。


 宰相が考えに考えて、この作戦の実行を命じたことが伺えた。


「だから、終わりじゃない。これで終わりじゃないのさ」


 リュウシン将軍が指揮棒をまた振るう。

 楽団を指揮するかのように、振るって、振るって、リズミカルに振るう。


 右に振るえば、右側の砲が撃ち、左に振るえば、左側の砲が撃つ。

 まるでハーモニーを奏でるみたいに、スターマインの音律的な波状攻撃が加えられていく。

 ここには何も残さないようにするために。


 もちろんのことながら、これみよがしに勇者たちのいた場所にはスターマインの数万発の砲撃が加え続けられている。

 延々と延々と、執拗なぐらいに、半球形の巨大な光が煙をかき分けて、上がっていくのである。

 リュウシン将軍は踊るかのように、右に人差し指、左に人差し指、撃つ場所撃つ場所を指定して、撃って撃って撃ちまくらせた。

 爆発という爆発が、音楽と共に奏でられた。

 壮大な音楽劇のような攻撃だった。

 だが、内実は生命という生命を大地の中の妖精すら殺しながら、確実に奪う行動でしかないのに。

 ひどく残酷な抹殺行動でしかないのに。


 なのに、どうしてだろう。


「たまらないなぁ」


 リュウシン将軍は、至福のときを味わうかのように汗を飛ばしながら、指揮棒を振るい続けている。

 振るって振るって、振るいまくる。

 単純な笑顔というよりは、充実感に満ちた誇らしげな表情で。


 このような破壊的攻撃が、七日七晩続いた。


 勇者たちの反撃は一切返ってこなかった。

 反撃があるはずもなかった。


 リュウシン将軍は寝ずに指揮をとり続けた。

 20万人の工作兵とその倍以上いる人夫たちは、交代交代で24時間体制を維持し、攻撃を延々と加え続けた。


 上空から見下ろせば、その長大な補給の様を見下ろせる。

 共和国、第三の都市から延々と人夫たちが絶え間なく続いており、その手に砲弾が際限なく運ばれていくのである。

 第三の都市は無数の工場地帯が稼働し続け、その煙突から煙をあげている。

 弾の加工工場がある最大の都市だったが、さらにその隣に連なる数万人の商人たちが隊列を組んで鉱山都市から材料を運んでいる。

 鉱山を見ると、そのほとんどがはげ山になっており、次第に削り取られ過ぎて、山は穴だらけになって、くぼみ、平地に切り替わっていく。

 その向こう側を見ると、何百という山がそのように穴だらけになっていた。

 資源という資源が掘り尽されて、この攻撃にあてられている。

 だが、さらに向こう側に鉱山が続いており、そこに人々が働きに出て、また掘ると商人が運び、第三の都市で弾に加工され、それが人夫たちに運ばれて、20万人の工作兵の先にある兵器に補給されていくのである。


 共和国は、七日七晩の攻撃で南の三分の二の資源を掘り尽した!


 さすがに七晩の最後に、すべての弾が尽きていた。

 次の補給は最短でも三日後だった。

 やるとしても、新たな資源地とルートを結ばなくてはいけなかった。

 しかし、もう、その必要はなさそうだったが。


 リュウシン将軍は煙が静まるのを待っていた。

 荒くなった息を整えながら、待っていた。

 すべてを出し尽した爽快感に満たされながら、半日かかって収まった煙の先を見た。


 無音だった。

 世界は完全に無音になっていた。


「これは……」


 両手を広げて、白い砂埃が降るのを確かめるように見上げる。


「なんだろう……?」


 元音楽家でありながら、音の無い世界に見い出してしまった。


 無音の世界に音律などないはずなのに、感じられるではないか。

 聞こえてくるではないか。

 無音の音楽が聞こえてくる。

 あまりにも寝ずに指揮をとり続けたせいで、幻聴が聞こえているのではないかと疑いすらした。

 だが、違った。


 地面がどくんどくん、ど、と振動している。

 空がぐわんぐわん、ぐ、と振動している。


 ――中空に鳴り響く、無音の音律!


 無音の中にこそ、最高の美を見つけてしまった。

 作られた音は無駄だったのだ。

 音がないことで、自然音というものは美に達する。

 すべてを消し去ることで、その真の芸術を自分の手で引き出すことができた。

 周りには到底、理解不能な感慨を味わいながら、頬にしっとりと温かいものが流れ落ちる。


 そうして、視界のすべてを見つめた。

 新しい朝が来た。


 森はすべて見たこともないような白い荒野に変わっていた。

 山がすべて足元の下にひしゃげてしまった。

 どこまでも目の前が突き抜けていく視界があった。


 生命の声、鳥のさえずりすら聞こえなかった。

 双眼鏡を使えば、王都の片鱗が見い出すことができた。

 それは今まではありえないことだった。


 王都まで二か月かかるはずの地形が、一日半で辿り着けるように見えた。

 一瞬、そう見えたが。


 ただ、がらんどうの幽霊屋敷みたいな。

 半球形のでっかいでっかい穴がその間の地面にできていた。


 まさに、星が落ちた後のクレーターのようだった。

 あまりにも巨大すぎる穴に、リュウシン将軍は征服感に近い快感を覚えながら、震えつつも慎重な足取りで歩いていく。

 穴には、すぐには見渡せない暗がりが生まれている。

 その穴の一番下の方に、深みを見た。

 深淵をのぞくものは深淵にのぞかれているという異国の言葉があるが、そいつと目と目があった。


 リュウシン将軍は無表情になった。

 目が点になり、唇は結ばれ、無音に等しい何の感情すら見い出すことのできない表情になった。

 感情が死んでいた。


 勇者が素っ裸になりながら、立っていた。

 両腕両拳を突き出して、やけに明るい声で。


「三千世界の攻撃を!」


 勇者はまるでパラレルワールドをすべて知り尽して、あらゆる世界の敵と戦い尽したかのような。

 絶対的確信をにじませるように両手拳を作って、それを握り切って、ぐんと前に砲撃のように突き出して、顔に血管を浮かび上がらせながら。


 断言する。


「すべて、オレは、耐えられる!!」


 共和国の攻撃が、効いていなかった。

 勇者はこちらを指差して叫ぶ。


「攻撃当たったら死ぬのはヤナイであって、オレのことじゃねぇ!」


 以前の勇者の耐久SSSSSSSS


 破滅的攻撃後の勇者の耐久SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS(……解読不可)


 SSSで限界に到達するはずのステータスが、なぜか勇者は限界に到達しなかった。

 白いアウラが下地にあるために、能力限界がなかったのだ。

 天上人や神だけが持ち得る特権のようなもので、それを持つからこそ勇者は勇者たりえた。


 勇者は、かっはーーという爽快な声を上げて、残ってるのがおかしい前髪を払うと。


「元々、オレは耐久高かったよ! すげぇ高かった。殴ったほうの腕が折れて、しまにゃ背骨まで折れて、勝手に死ぬぐらいに高かった。オレから人を殴ったことは一度もねぇ。殴ったほうが勝手に死ぬんだよ」


 勇者は感謝を現すように親指を立てて、ニカっと笑うと。


「殴られて、殴られて、殴られまくると耐久上がるんだよ。運動で身体使うと筋力つくみたいに上がるんだよ。お前ら、その要領でオレに攻撃をぶち込み続けただろ」


 神々も、共和国も、人間のすべてが。

 後悔する日がここにあった。


「そりゃ、もっと上がるよっ」


 共和国の攻撃が、とんでもない化け物を作り出したのだ。


「一発目は結構痛かった。熱いというよりは痛かった。うん。

 二発目は相当痛かった。昔、虫歯になったときを思い出した。

 三発目から痛みが少なくなって、四発目からはもう痛くなかった。

 暖炉にあたる感じになったな」


 勇者の感想に、リュウシン将軍はとっさに聞き返す。


「暖炉?」


「そう、暖炉にあたる感じ。たいまつの炎とも言えないことはない」


 勇者の唇の、右端が切れていた。

 ごくわずかに血が出ているが、一回布で拭いたら取れそうな赤い点にしか見えなかった。


 ほぼ五体無事である。


 勇者の全身から、白金のアウラが重厚感を持って放たれている。

 前よりも輝きが増して、雪のような光が出ていて、そこに土埃に混じった小石が当たると、キンっと意味不明な金属音を出して弾いてしまった。

 異世界のロボットみたいなアウラになっていた。

 そのアウラがある範囲はすべて守られているみたいになっていた。


「さて……」


 後ろから、絶対魔術師ヤナイがすっと顔を出した。

 にやりと目を細めて、笑顔になった。

 見ている方の肝が冷えてしまうような冷笑だった。


 勇者を盾にして、ヤナイは無傷だった。


 勇者の能力、それは何か。

 すべてを天界から見ていた神々は言葉を失っていた。


『っ…………』


 ――神さえも黙らせる絶対耐久!


 ただただ耐久力があるだけで、世界のすべてを受け止められる能力。


 共和国軍は、もう追撃するだけの弾が尽きていた。

 だからか、だからこそ、将軍はふと思い出した。

 長年、謎だったことである。


 ――人間の究極を見たら、人はどんな反応をするのか。


 なぜか、おぼろげにその言葉が一番下の方の意識で繰り返される。


 リュウシン将軍の無表情がにわかに変わり始める。

 唇を小刻みに震わせて、ぶっと吹き出したかと思うと、突然目と口を大きく開くだけ開いて、あああ、と声も出ていないのに出るような顔をして、鼻の穴が全部見えるぐらいに顔を背けながら、眉を怯えるように八の字にした。

 奥歯まで見えるぐらいに口を開いて、その喉の奥まで見えている。

 顔は真っ赤になっているのに、頬には青白い線がほとばしっていた。

 目がぎろりと右側に寄って、その目で勇者の姿を見ながら、背を必死に向けようとしていた。

 何かも、顔の全体がわなわなと震えている。


 身がよじれるほどの原始的な『恐怖』が、彼を襲っていた。


 絶対魔術師ヤナイはニッコリしてから、その五指ひとつひとつに火の玉を浮かび上がらせる。

 十本の指先に、十個の小さな炎の玉。

 なにひとつ詠唱すらせずに、当たり前のようにノーモーションで出現させた。

 彼から勇者とは比べものにならない範囲で、黒々しいアウラが一気に放たれていく。

 そのアウラの色はただ真っ黒というよりも夜空のような青みも含み、その中に白い星々が散っているかのような輝きが見えていた。


 ――純粋なる破壊的エネルギー。


 魔力??????

(超絶の星を誰も見い出せないように、その魔力の量は誰にも見い出せず)


 絶対魔術師ヤナイは、あきあきしたように提案する。


「お腹がすきました……これ終わったら、なにか食べに行きましょう」


「いいぜ」


 勇者はニィーとして、たまらないぐらい嬉しそうに答えた。


 絶対魔術師ヤナイは、空高く一直線に浮かび上がる。

 手にあったものを、共和国軍に情け容赦なく解き放った。


 ヒュー、という奇妙な風を切る音が出た。

 七つの炎の玉が小さくなっていき、その一つが最初に共和国軍の真ん中に着弾した時にはもう見えなくなった。

 まるで消滅したかのように見えた。


 だが、次に小さな火がぼっと灯った。


 温かな希望の炎のように、たった一つだけ共和国軍の真ん中に灯った。

 次の瞬間、桁違いに範囲を広げながら、その炎は球形に盛り上がっていく。

 人という人、兵器という兵器が燃え上がりながら、空高く舞い上がって、逆立ちしながら、吹っ飛んでいくのだ。

 一人、二人、という数ではなく、毎秒数千人単位で舞い上げられて、10秒後には10万人が死ぬほどの範囲を燃やし尽くした。

 たったひとつの炎の玉で起きた現象が七つの箇所で順々に起きていくとき、共和国軍の全軍が背を向けていたが、衝撃のあまり数歩も前に進めてはいなかった。


 70万人以上の人間が数十秒のうちに死に絶えた。


 あとの三つの炎の玉は、第三の都市レイエンに入っていた。

 一番最初に燃えたのは都市監督官の役所。


 その球形の屋根の一番上にある。

 共和国を象徴する『黒猫』の旗が、落日を物語るようにゆっくりと焼け尽した後。

 次の瞬間には数百万人のいる範囲が、巨大な巨大な円形の炎に一瞬で飲み込まれて、消え失せていった。

 そのときには、炭鉱都市にも小さな炎の玉が着弾していた。

 右に左に、地平線の彼方で盛り上がってくる巨大な球形の炎。


「かっはぁーー」


 いつの間にか穴から出ていた勇者が腰に両手を当てていた。


 七日七晩の共和国の攻撃後、5分とかからない反撃で数百万人が消え去った。

 それでもなお、絶対魔術師ヤナイは微妙な手加減をしていたことだけは間違いなかった。


「こんな感じでよかったですよね……?」


 この出来事はどんな歴史学者も形容しがたく、教科書では端的に一行でまとめられた。


 ――神さえも殺し得る絶対攻撃!


 盾と矛と書いて、矛盾と言う。

 ある人が絶対に貫ける矛があるという。

 ある人が絶対に守れる盾があるという。


 どちらかが間違っていることを意味して、『矛盾』という。


 この二人パーティは。


 勇者は全世界に宣告するかのように右拳を突き出して言い切る。


「オレが全部受け止めて、ヤナイが全部吹き飛ばす!」


「ええ、無敵ですね」


 『矛盾』するはずのものが同時に二つ存在するかのようであり。

 宇宙世界を吹き飛ばせる攻撃力と三千世界の攻撃を耐えられる防御力が手と手を組んでしまっていた。

 今日の共和国の敗北は、誰も止めることができない存在の出現を意味した。




 大戦後。

 共和国の宰相を務めていた異世界人は奇跡的に生き残り、こんな言葉を残して姿を消したという。


「あいつを倒すには、ウィルスがいる」


 現在、元の世界では勇者を倒すために作っていた研究途中のウィルスが漏れ出して、猛威を振るっているというのがもっぱらの噂だった。

 実際のところは確かめようもなかったし、あくまでも噂に過ぎなかったが。





「どっちが強いんだろうな? なっ?」


 王国では噂が広まっていた。

 勇者が強いのか、それとも絶対魔術師が強いのか。

 うっとおしいくらいにその噂でもちきりだった。


「俺は勇者だと思うな」

「いやいや、絶対魔術師の魔力はまじで半端ないって。勇者も潰せるよ」

「勇者はな、スターマインって超兵器の攻撃を数万発耐えたらしいぜ。絶対魔術師の魔法も耐えられるだろ」

「絶対魔術師は本気出したことないらしいぜ。その本気次第だろ」


 あっちが強い。

 こっちが強いと。

 風の噂は日ごとに逆転した。


 当然のことながら、その噂は勇者本人や絶対魔術師の耳にも入ってきた。


 絶対魔術師ヤナイはうすうす感づいていた。

 その噂がなぜ広まっているのかも。

 勇者の出方だけがわからなかった。


 ――戦争が終わったら、世界が望むのは軍縮だ。


 巨大な軍事力は、ただただ目障りでしかない。

 軍事費を圧迫するだけではなく、その軍事力そのものが脅威になることだってあった。


 共和国は、そもそも解体する軍団すら残っていなかった。

 勇者の二人パーティにすべて全滅させられたからだ。

 だが、例に漏れず、王国にとってもその問題があった。


 王国にとっては勇者と絶対魔術師、ただこの二人の存在だけが脅威だった。

 いるだけで、王に耐え難い恐怖を与えていたのだ。

 だからこそ、二人で潰し合いをさせたかった。

 どちらか一方が倒れるか、あるいは両方が倒れるか。

 どう転んでも、王国にとってメリットしかなかったわけだ。


 ――つまり、噂は宮廷魔術師たちが仕組んだ策略だった。


 絶対魔術師はわかっていた。

 わかっているうえで勇者にその話を切り出そうと、宿屋の一室に呼び出した。


 すると、勇者から先に話を出された。


「ヤナイ、いつもお前ってヒノ(最下級の火魔法)しか使ってないよな。本気の魔法を撃ったことないって言ってたけど、実際やったらどうなるとか興味あるかー?」


 勇者は宿屋の一室のぼろいイスの上に、偉そうに全身を預けながら両手を頭の後ろに回して、そう話した。

 絶対魔術師ヤナイはベッドに腰かけながらも、警戒心を解くことができずに、何も答えなかった。


 勇者が宿屋の天井を見上げながら、ひとりでに話を続ける。


「最近さ、王都じゃオレが強いのか、それともお前が強いのか。そういう噂で持ちきりみてぇーだな」


 そう切り出された瞬間に、絶対魔術師ヤナイは身構えてしまう。

 お互いに手の内を知り尽くしている存在だけに一切油断ができない。

 弱点を知り合った仲だった。


 勇者はアホそうな顔で鼻をかっぽじってから。


「オレは、一周回ってバカすぎるのかさ」


 イスに腰かけて、無防備な姿で両足を大きく開きながら。


「まったく興味が湧かないんだわっ」


 勇者は、あっけらかんと言い放った。

 そして、体を起こすと、片手をあげて。


「なぁ、ヤナイ。オレは王国とかはいつでも潰していいと思ってる。あいつら、まじでクズの集まりだから。王族から宮廷魔術師、そこらの民に至るまで。今回、命があるのはオレたちのおかげだってまったく理解してない。だから、ああやって適当こいて、噂してるんだろ」


 勇者は顔をそらすと、眉をひどくゆがめて。


「すげぇ、イライラする」


 あきれ顔で、うへぇーとため息を吐いてから語り続ける。


「馬、くらいにしかオレたちのことを考えてないんだよ。どっちが強いかとかさ、どっちの馬が速いんだろうなって感覚なんだろ。その馬が使えればありがたがるが、使えなくなったら喰うんだろ? ホント、くそくらえだな。人扱いじゃねぇじゃん」


 それから勇者は何かを思い出したのか目を細めて。

 次に力強い目になって、頬を引き締めると。


「オレは、だから……誰も信じない」


 勇者は立ち上がると、宿屋の窓に両手をかける。

 王都の全景を見渡して。

 すべての『人』を見つめるかのような澄んだ眼差しで、強い口調で話すのだ。


「いつでも、まじで、あいつら潰していい。この世界だってそうだよ。まじで、くだらねぇっていつも思ってた。勇者とか魔王とかマジでくだらねぇ。いつでも無くなっていいって。黒に塗りつぶしてさ、滅ぼしてやりたいって、小さい頃から思ってた」


 ――勇者の闇は思ったよりも深く。

 だが、彼のまくし立てるようなイラついた口調は、急に明るく快活になって。


「でもさ、ヤナイ。お前だけは違う。お前といると、すげぇぇええ楽しいんだわ。お前がいれば、ぶっちゃけ何もかも十分だろってぐらいになぁー」


 勇者は振り返って、こちらを見つめてくる。

 その眼差しは透明で、らんらんと青春に輝いていて。


「もし、お前がオレより強いってことを証明したいなら、いつでも言えよ。一発殴られて、負け認めるからさ」


 勇者は照れくさそうに鼻先を払ってから。


「……なんつーか、お前だけには一番とらせてもいいよ」


 勇者が放つアウラが不思議な磁力を持っているからだろうか。

 いや、きっと違う。


 ヤナイは、とろけそうな表情で小さくうなづいた。


 それから、ふと気づいたこと。

 ただ、一発でも勇者を本当に殴ったら、殴ったほうの体中の骨がバキバキに折れて死んでしまうだろう。

 勇者は本音から譲ったつもりなのだろうが、その点に考えが及ばないのは。




 現在。

 遠い過去の回想から、今の時間に引き戻される。


「彼は、バカでした……」


 絶対魔術師ヤナイは、先の大戦の爪痕が残る「世界の穴」といわれるようになった場所を回りながら。

 あの戦いの思い出をなぞるように、踏みしめるように、歩く。


 探さなければならない商人を追って、共和国を目指して歩く。

 そんな中で、思い出にひどく浸ってしまっていた。


 ヤナイは、懐かしそうに歌うように風に向かって独り語る。


「彼のことが、好きでした」


 それは人の中でというよりも、花の中でというよりも。

 すべての中で、という意味で。


「世界で一番好きでした」


 あまりにも楽しかった日々は、彼と一緒にいたからこそありえたものなのだと。

 そして、ヤナイはそれらがすべて過去形になってしまったことを惜しむように。

 いつかの冒険で親指についた唯一の小さな古傷を眺めて、愛おしくも忘れてしまわなければならない過去を見送るように。

 懺悔しなければならない思いを空に送るように目を細めて、哀しげに遠くを眺める。


 ――彼はどこへ行ってしまったのだろう?


 振り返り、彼方を探すのだ。

 二人で立っていた究極の高みの景色を思い出しながら。


 ――かつての、自分たちは、ふたりで世界を滅ぼせた。


 その力が世界の概念を変えてしまったんだ。

 最高の懺悔でもっても贖えない罪を積み上げて。




 神々はそわそわと天上世界で話し合う。


『伝崎という異世界人は彼らに勝てると思うか?』

『かつて、別の異世界人が彼らに負けたのだ。同じように負けるだろうよ』

『いいや、わからんだろ』

『異世界の経営手腕で勝てると思うか? このふたり、いやひとりでさえも打ち砕けると思うか?』


 なぜ、神々がはじめから伝崎に対して大いなる関心を抱いていたのか。

 まるで、その話し合いはそのことと関係しているかのようだった。


『まったく想像できんことだ』


 神々が本当に恐れていたのは、無敵の二人パーティだった。




「ふーん、やっぱりだ」


 宮廷魔術師ドネアは、王国滅亡の予言について書かれた紙を読み返していた。


『金色の十字架を背負った鳥が天秤から飛び立つ。

 その鳥に唐突に真紅に光るナイフが突き立ち、地面に吸い込まれるように落ちていった。

 落ちた金色の十字架を傷だらけの黒い猫が丸呑みにした』


「ずっと、僕はね。この予言の意味がわからなかった」


 ドネアは執務室のイスに座りながら、賢者ユクテスに向かって話す。

 賢者ユクテスが右眉をあげて聞き返してくる。


「と、言いますと?」


 宮廷魔術師ドネアは立ち上がると、本を片手に持ちながら話し始める。


「金色の十字は、王国の象徴だよね。黒い猫は共和国を表す。黒猫を国旗に採用してるからね。そこまではみんなわかる」


「ええ、それは存じ上げております」


「問題は鳥なんだよ。金色の十字架を背負う『鳥』って誰の事だろう?って、ずっと考えてた。

 それが最近、ぴんときた。

 一時期、王国の期待を一身に背負う勇者のことかなって考えてたけど」


 賢者ユクテスは思慮深げにあごをひいて慎重に聞き返してくる。


「違うと、おっしゃるのですかな」


「ヤナイさんだったんだよ。金色の十字を背負う鳥はヤナイさん。

 あの人の金色のアウラを見て、確信したね。みんなが期待するのはあの人だ。

 それにあの人、飛べるしね」


 問題は、絶対魔術師ヤナイが『鳥』だとして、予言は何を意味するのか。

 予言書には、こう綴られている。


『その鳥に唐突に真紅に光るナイフが突き立ち、地面に吸い込まれるように落ちていった』


「つまり、ヤナイさんが死ぬときが王国の凋落の始まり」


 王国の象徴である十字架を背負う鳥が、絶対魔術師ヤナイならば。

 そのヤナイに真紅に光るナイフが突き立って、死に絶えるときが王国が地面に落ちるとき。


 ドネアは推理を順序立てて、整然と述べる。


「もし、予言のナイフが特殊効果を持っているならば、それはありえる。

 ヤナイさんは、確かに最高の攻撃力を持っている。

 でも、防御力はそれほどでもないからね」


「見えてきましたな」


 賢者ユクテスは感心した様子で、あごひげを触って同じように続きを推理している。

 だからこそ、ドネアはこう推理したのかと思い当たった。

 予言の続きの一節はこうだ。


『落ちた金色の十字架を傷だらけの黒い猫が丸呑みにした』


 宮廷魔術師ドネアはすべてを見通すかのように、予言を解説する。


「ヤナイさんが死ねば、傷だらけの黒猫。

 つまり、先の大戦でボコボコにされた共和国が王国を襲ってくるってこと

 ありえる、よね。あいつらは王国が恐くなくなるんだから」


 賢者ユクテスは目を見開いて、両手を胸の前で合わせる。


「この国の命運がかかった、とんでもない問題だとより深く見えてきましたぞ」


 ドネアは顔の前で人差し指を立てて、左右に振る。

 なぜ、この予言がもたらされたのか。


「予言は防ぐためにある。どうすればいいのかをより深く考えたけれど。順当に考えれば、予言のナイフを探し出す必要があると考えるべきだよね。それは正しい。だから、これからも同時並行で探すべきだけれど」


「ええ、おっしゃる通りだと思いますが……その手はずだと妙に遠回りしているような気がして」


 賢者ユクテスの鋭い指摘に。

 ドネアは、顔の前で花を咲かせるように両手をぱーんと開いて。


「僕は、ある瞬間に気づいた。こういう方法があるじゃないかと」


 宮廷魔術師ドネアは、研ぎ澄まされた頭脳から最終結論の前口上を述べる。


「わかった。わかったんだ」


 まるで改めて言い直して、大切な論文を発表するかのように。


「今、王国には色々な問題がある。魔王だってそうだ。見当たらないし、見つけたときにどうするんだってね。でも、たったひとつ、これだけで解決できるという方法がある」


 この場の空気が止まった。

 ドネアは執務室の机に、ばんと両手を置いて。


「ヤナイさんが勇者を見つければいい!」


 そして、興奮したように続ける。


「もしヤナイさんが勇者を見つけたら、王国滅亡の予言というものも簡単に防げる。

 だって、ふたりが組めば無敵なんだから。二人がもう一回、パーティ組めば解決でしょ。

 誰も勝てる敵いない。共和国も魔王も、なにもかもね。

 まぁ、ふたりが王国に協力してくれさえすればの話だけど、でも、それですべて勝てる。勝ち尽せる」


 賢者ユクテスは、微笑ましそうに良い答えを見つけた孫を見守る感じで聞いている。

 ドネアは天上を見上げて、自分の思考を天高くのばすように。


「先の大戦の話が本当なら、最高の攻撃と防御が揃うんだから、回復役すら必要ない。ふたりですべてが足りる」


 それが最善の策に思えた。

 そうだとわかっているが、実現するのかどうかすらわからない。

 だが。

 もしも実現したら、という仮定を立てるだけでもドネアは信じられないぐらいにワクワクしていた。


「手、というものはいくつ考えてもいい。そのうちの最高のものから順に試していけばいいだけなんだから」


「あなた様は本当に賢いお方ですな」


 賢者ユクテスの真っ直ぐな称賛を気にすることもなく、ドネアは頭脳を巡らせる。

 どうすればそれが実現するのかという一本の道筋が見えていた。

 こうすればいい、と。

 王国存続のためにベストを尽くすのならば、すべて同時並行に進める必要があった。




「史上最高の天才たち」

「救国の英雄!」

「歴代最強の勇者、歴代最高の魔術師!」


 王国に勇者パーティ二人が帰国してからというもの、ずっと手放しでみんながそう称えていた。

 称賛と畏怖と嫉妬すらできない色々な感情をない交ぜにしながら。

 二人が姿を消してからも、勇者はバカで通っていたが、最高の英雄としても崇められていた。


 王国側にとって、勇者パーティは英雄として取り上げられるが。

 共和国側にとっては、まったく見方は違っていた。


「悪の権化そのものだろ」


 これは、共和国の一般市民の偽らざる本音である。

 中立の賢者ですら、向こう三十年は立ち上がれないほどの破壊行為は人間のやることではないと話していた。


「あいつらは、ただの大量殺人鬼だ!」


 南の国に、かつて史上最悪というレベルの大悪党が存在したことが歴史教科書に記されているが。

 独裁国家がひとつあった。その指導者は民族虐殺を繰り返した。

 歴史教科書には学者の言葉が引用されて、こう書かれている。

 人間の中で悪魔がいるとしたら、かの指導者以外いない。


「いや、違うんだ。あいつらこそが本当の悪魔なんだよ……」


 勇者たちは、それを超えた扱いである。


 今も共和国の首都や大都市があった場所には、巨大なクレーターだけが残っている。

 そこに住む者はひとりもいない。

 南の世界にできた無数の穴という穴はあまりにも大きく、橋をかけないと通れないぐらいだった。

 通商路が完全破壊されてしまい、世界は分断されてしまったのだ。


「一瞬で、共和国の数十万人の若者を皆殺しにした。それから、都市に無差別攻撃を繰り返して、その何十倍の人を消し去ったのさ」


 共和国の1億人近くいた総人口は、たった7日間と数分で5000万人以下に半減した。

 種族関係なく、そこに住む者は平等に消し去られた。

 遺骨すら残らず、葬儀すらできないこの行為を、人はどのように形容すればいいか悩んだ。


 世界を殺した二人、と呼ぶものもいた。


 王国側はそうしなければ、こちら側が皆殺しにされていたと主張している。

 実際、王国の脅威だった非人道兵器の「スターマイン」は条約によって禁止されることになった。

 注記したいのは、少なくとも王国の指示によって、これらの殺戮は行われたものではないことなのである。


「今の共和国で彼らのことを忌み嫌っていない人間なんていないんだよ。歴史教科書には王国との協定上書かれていないが、裏では当たり前のように悪そのものとして描かれる」


 たった二人の存在に潰された戦いを、共和国側は『勇者(大魔王)の7日間戦争』と影で呼んだ。


「あいつらは、共和国主流のアスター教ではアンリ・マンユラ(悪の起源)を超える大魔王扱いだよ」


 神より魔王よりも、天変地異よりも、人を殺し尽した二人の存在を。

 みんな震えながら。そう話した。


 ほとんどの人は口を割らなかったが、口にするものはみんな震えていた。

 数年前の出来事がいつでも人生最大の畏怖の対象であり続けた。

 空に、ぽつんと二人の影が浮かび上がるのが見えたら終わり。

 次の瞬間に景色の向こう側まで消えていく恐怖。

 それを地の果てから見ていたものでさえも他人事ではなく、最大の恐怖を覚えた。

 地平線が盛り上がったかと思うと、次に手が付けられないサイズの穴が開くのだ。


 怖くてたまらない、というのが共和国民すべての感情だった。


 今、勇者たちがどこにいるのか、考えたくもなかった。

 みんな見つからないことを祈っていた。

 できれば、自然死してくれていることを願っていた。




 現在の勇者。


「けて……すけて……」


 最難関ダンジョン。

 共和国と王国の国境付近の隅に位置する螺旋のモノリスの最上階。

 そこで弱々しい声が聞こえる

 クリスタルの床は半透明でできていて、下を見渡すと螺旋状の階下を見ることができる。


 床は特別に魔法加工されており、こちらからは下をのぞくことができても、階下の向こう側からはこちらを見ることができない。


 なんとか最上階に逃げ込んだ勇者は、たったひとりで膝を抱え込んで、ガタガタと震えている。

 よくよくクリスタルの床の向こう側を見ると、無数に何かが飛び回っているではないか。

 スカイボッシュの大群が目にもとまらぬ速さで、動き回っている。

 目をちかちかと赤く光らせるせいで、階下がやばい感じに無数に赤く光っている。


 血眼になって探しているのだ。


 最上階の扉は固く閉めていたが、勇者の居場所が見つかるのも時間の問題だった。


「監視されてるんだよ……たすけて」


 勇者は両手で頭を抱えた。


 知力G-。


 バカすぎるがゆえに無敵の身体を忘れて、目に見えぬ脅威に過度に怯えていた。

 勇者は膝を抱えて涙をにじませながら。

 「ヤナイ……」とつぶやく。


だいたい勇者が悪い(謎)

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― 新着の感想 ―
[一言] チートというより バグみたいな強さですね。
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