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黒騎士は垣間見る

 黒騎士の投げた槍が、信じられないことに分裂してただの洞窟のメンバーに襲い掛かる。

 ――これがユニークアイテム!

 想定外の動きをして、攻撃を加えてくる。

 冒険者の質が上がったことによってユニークアイテムを使用してくるようになったのだ。

 伝崎はその場に結びつけられたようにして動けず、槍が飛んでいく速度に追いつけなかった。

 その数もすごく多かった。

 目算で三十近くもあって、とてもじゃないが止められない。それに光り輝いていて、赤く、高い攻撃力をむき出しにしているではないか。

 メンバー全員の顔面に爆散するかのように襲い掛かる。

 伝崎は片手を差し出すことすらできない。

 甚大な被害を想像する間もなく……その先を見つめると。

 ――なんと一斉に白竜鉄の盾が掲げられていた。

 すべての分裂した槍がほぼ同時にガツンという音を立てて、白竜鉄の盾に突き刺さる。

 だが、貫通するほどではなかった。

 槍が突き立っているが、盾の装甲でしっかり受け止めることができていた。

 ほとんど誰もダメージを受けることなく、強化した防具によって守り切ったのである。

 ゴーレムの体にも槍が突き立っていたが問題なさそうで、後ろのキキをしっかりと守り切っていた。

 あの攻撃で一人も死なない。

「……まじか」

 伝崎は同時に思った。助かったと。

 しかし、ゆっくりと安堵している間もなく。

 黒騎士が片目を光らせる。

 驚くことに槍を投げたと同時に黒騎士は立ち上がっており、盾を構えている軍曹率いるゾンビ部隊に近づいていたのである。

 伝崎は思い知らされる。

 ――あの黒騎士の動きがやけにいい。

 ――やばい、なんとかしないと。

「大地の精よ、その力に敬意を表して……」

 一方で背面には地中魔術師が出した岩石があり、その向こう側から詠唱が聞こえてくるではないか。

 黒騎士か、地中魔術師か。

 最初にどちらを優先して倒すべきなのか。

 どっちに向かうのが正解なのか考える暇もない。

 黒騎士はすでにゾンビ部隊の前衛の槍をうまくつかんで、それをたぐり寄せるようにして奪うと、綺麗な体さばきで器用に回転させて突き出そうとしているではないか。

「黒騎士っ!」

 伝崎は黒騎士を倒すことを選択。

 すぐに前のめりになって、ステップを踏む。

 回転する槍に追いすがろうとするが、黒騎士の一挙動の動きが早すぎて間に合わないことがわかった。

 伝崎は駆け寄っているが。

 目算で奪われた槍がゾンビたちに当たってから、やっと伝崎が追いついてその後ろからセシルズナイフを振るえるかどうか。

 ――このままだと仲間が……被害が出る!

 しかし、そうはならなかった。

 そうはならなかったのだ。

 黒騎士は手から槍を落として、「げほっ」と言って顔面をおさえながら倒れていくではないか。

 伝崎が後ろから振るうセシルズナイフが届く前に黒騎士に致命傷が入っていた。

 ――何が起きたのか。




 黒騎士の顔面を巨大な星型の竜の槍先がかすめていた。

 ――強力な一撃……槍筋は荒いが見事という他ない。

 黄金の光がほとばしったと思った。

 そうしたら、自らの顔半分が吹き飛んでいることに黒騎士は気づく。

 死を確信した。

 どばどばと顔半分からあふれ出る血を両手で押さえながら止めることもできずにスローモーションで倒れていくことしかできない。

 とはいえ、黒騎士は熟練の冒険者であり、何度も何度も戦いを積み上げてきた経験からこの状況を達観している。

 黒騎士はただ。

 この出来事の意味をまず知りたいと思った。

 最後に、自分を倒した者の顔だけでも拝んでおきたいと思った。

 自分の顔をえぐった星形の槍先が引いていくのが見える。

 その槍の先に、ほの暗い影の中で青白い顔がちらついて。

 ゾンビの群れの中から見えたのは。

 思考が停止する。

 その者が槍を自らの体の脇に引き戻していく。

 鉄兜をかぶった腐った青白い体の持ち主としか思えない。

 はっきり見えた。

 ゾンビたちの向こう側にいたのは、それと同じ。

 ――このオレを屠ったのが……

 前代未聞だった。

 ――ゾンビだと!?

 最弱モンスターのゾンビが黒騎士の自分を倒すなど信じられない。ありえるはずがない。

 一瞬の間に洞察スキルをかすかに使うことで、倒れながら盗み見ることができた。

 違う。

『ゾンビネスLV35』

 二重の衝撃が襲ってきた。

 ――こいつはゾンビネスなのか!?

 黒騎士は心の中で天を仰ぐことしかできない。

 ――神はオレを見放したか……!

 最弱モンスターのゾンビが、ゾンビネスに進化すること自体この王国では奇跡のような出来事とされている。

 発見されるのは王国全土をあげても百年に一度お目にかかれるか、かかれないか。

 レジェンド級のアイテムを手に入れるよりもはるかに低い確率とされている。

 なぜなら、ゾンビは弱すぎて冒険者に倒されるのが必然だからだ。

 ゾンビネスに進化するまで生き延びることはない。

 つまり、このゾンビは一度も倒されることが無く、それどころか冒険者を倒すことで経験値を稼ぎ続けることができたということ。

 最弱モンスターがそうするのは、どれだけ稀有なことか。

 それにこの槍の威力、ありえない。

 王国の奇跡そのものがこのダンジョンにはいる。

 それがどれだけの異常事態か。

 黒騎士は悟った。

 ――魔王だ。魔王がここにいる。

 重装先生はここで命を落とした。間違いない。鎧だけが転売されていて、商人の足取りからここに至ったが。

 その考えは正しかった。

「にげ、ろ」

 黒騎士がその言葉を途切れながらも発すると岩石の向こう側の地中魔術師が詠唱を止めた。

 思い知る。

 ――あまりにも計算され尽くしたダンジョン。

 単に上級ダンジョンにいるはずのゴーレムがいることが脅威なのではない。

 ゾンビやスケルトンがここまで訓練されているのは見たことが無いのだ。

 騎士団の精鋭部隊のように一糸乱れぬ動きで攻撃してくる。

 ――それでいて、なんて武器だ!

 ゾンビやスケルトンが付けていていい武器防具じゃない。

 アンデッド系の最弱モンスターたちがここまで統率され、優れた武器防具を備えて襲ってきたという話など古今東西で聞いたことがなかった。

 黒騎士が倒れ込みながら半身になって振り向くと。

 ナイフを振り損ねた黒服の男がその背中から真っ黒なアウラをじくざくと放っている。

 見たことも無いような禍々しいアウラを。

 本人すら飲み込みかねない黒いアウラを。

 随一、フォローに入っているこのアウラの男がダンジョンマスターなのか。

 だとするのならば、真に賞賛すべきは。

 ――このダンジョンマスターだ。

 黒騎士は死に至る走馬灯の中で思った。

 ただの洞窟は、つい数か月前まで最弱ダンジョンのひとつとされてきた。

 それは噂でも聞いていたし、実際に足を運んだから知っている。

 子供のたまり場のような場所だった。

 それがたかだか数か月で、ここまで見事なダンジョンに成長させられるのか。

 おそらくは相当に強引な手法を用いたのだろう。危ない橋をいくつも渡ったに違いない。

 だが、ギャンブルだけでは絶対に不可能。

 その頭脳と行動力に裏打ちされた『何か』がなければならない。

 黒騎士は洞察スキル発動の先にその答えの一端をつかんでしまう。


 ゾンビネスLV35

 筋力CC+

 耐久C+

 器用E+

 敏捷D+

 知力C+

 魔力D

 魅力DD+

 槍E-


 ――おいおい……

 もはやこれは。

 ――ゾンビの強さじゃない……!

 自分に致命傷を与えたゾンビネスは才能ある騎士に匹敵するような素質を持っていた。

 ゾンビをこのレベルのステータスのゾンビネスまで育て上げた人材育成能力。

 その手腕は一国の主に匹敵する。

 たった一人で国を興すことができるほどの天才、いいや、奇才と呼んだほうがいい。

 それだけの才覚の片鱗を垣間見せられてしまった。

 こんな弱小ダンジョンにそのクラスのダンジョンマスターを連れてこれるのは、魔王に他ならない。

 そんな傑物を手駒として扱える人間など早々おらぬ。

 今でこそ、コンパクトかつ無駄のないダンジョンの構造をしているが、もしこのダンジョンマスターの手によって拡張されていったらどうなるのだろう。

 人材を育て上げる発想、手腕、何よりも確かな信念に裏打ちされた『知性』がダンジョンの隅々から感じ取れた。

 ――このダンジョンが成長し続けたら、どうなるだろう……?

 間違いない。わかる。わかるぞ。

 ――ここはAランクダンジョンになる……!

 命を落とすことが確定した今、骨身にしみて未来を想像することができる。

 ――早めにこのダンジョンを潰さないと、王国の命運すら。

 黒騎士の顔半分から血がごぼごぼとあふれ出していく。

 ――そこらの冒険者じゃダメだ。

 大量の矢が覆いかぶさってくる。

 ――精鋭の騎士団を連れてきたほうがいい。

 このクオリティの部隊を倒せるのは軍隊だ。

 それならまだ間に合う。

 ――大丈夫だ。

 もう一度、黒騎士の顔面にゾンビネスの星形の長槍が無造作に突き出されていく。

 それが目先に入ってくるのを認めて。

 ――ははは、面白そうじゃないか。

 こんな危険すぎるダンジョン、宮廷魔術師たちが嗅ぎ付けるのは時間の問題だろう。

 このダンジョンマスターと宮廷魔術師たちの知恵比べ。

 たった一つのダンジョンが国と潰し合うなんて、聞いたことが無い。

 しかし。

 そのありえないことがありえてしまうとして、それはこのダンジョンマスターの計り知れない才によるのだろう。

 ――オレはそれを拝めないことを悔やむ。

 黒騎士の意識がはっきりと暗転した。


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