神々が大弓士に大注目する理由とは
チェインストーリー
ただの洞窟を攻略する可能性が高い冒険者ランキングがあったとしよう。
その冒険者の中で神々が注目している人物が大弓士ライン・ハートであることは、地上で最も知恵のある賢者たちとて知らない。
そもそも、なぜ神々がライン・ハートに注目しているのか。
目指す場所にその理由があった。
ライン・ハートは、賢者の鉄塔の最上階を目指す。
狩人特有の、軽快な足取りで真っ暗闇の螺旋階段をぐるぐると回りながら、足音も立てずに上りつめていく。
ライン・ハートは考えていた。
なぜ、エルフは今や滅びかけ寸前の種族と化してしまったのか。そして、なぜ、その代わりに人間が異常なほど栄えるほどになってしまったのか。その細長い耳に入ってくる、盗賊どもの騒ぎ立てる声が耳を貫くたびに考える。
ライン・ハートの肩や腕には弓矢が無くなっていた。
この賢者の鉄塔に侵入することを許した主の手に武器を預けることになったのだ。
ライン・ハートは何も持っていないのに射るフリをする。
とっさに射るフリを繰り返してしまう。
それこそ、そこら中で無意識にやってしまう。弓の道に入ってからというもの、自分の姿勢や弓力をチェックするために繰り返してしまう。そうして、イメージの中で試し打ちを繰り返す。搭の窓からイメージの中で鳥を撃ち抜いてしまう。
とにかく、どこでも試したくなってしまう癖のようなものだった。
その癖のある行動を見て、案内役の若い男が「あんたも好きだね」と言ったりする。
彼らがわざわざなぜ侵入することを許したのか。
いぶかしく思ったものだがそんなことよりも重要なことがあったから、すべての武器を彼らに預けて賢者の鉄塔の最上階を目指す。
自分の中である種の答えのようなものがあった。
なぜ、エルフが衰え、人間が栄えたのか。
暗闇を掻っ切り、足取りを高めながら、その答えを何度も噛み締めていた。
歌うように口伝継承を続けるエルフの長老たちの、その歌声そのものが耳の中に再現されてくる。
エルフの方が数倍も寿命が長く、記憶力も良く、俊敏で目も耳も良いにも関わらず、それよりもはるかに劣る人間がなぜ最も栄えているのか。今やエルフたちは人間になぜ従属しなければならなくなったのか。
その答えは。
(雷々魔の矢はどこだ?)
ライン・ハートは賢者の鉄塔の最上階に辿り着いていた。
ドーム型になっているだけあって、円形の広間が目の前に広がっていく。
それを取り囲むように空の本棚があったわけだが、まるで中央部分の王座に座り込むかのようにふんぞり返っている男がひとり。
「雷々魔の矢かね……」
王座にだらしなく全身をあずけている年若き青年がそう答えた。
やけに腕の長い男で、耳たぶがふくよかだった。
すこし酔っているのか両頬が赤くなっていた。
俺はリュウシよろしく^^と片腕をあげて気さくに名乗る、この男がここの頭領らしい。
リュウシと名乗った男はライン・ハートの面構えを見て感心したように言う。
「おーう、良い面してる」
リュウシは無精ひげを触りながら、愛嬌のあるくりくりとした目を見開く。
頭には緑色のバンダナを頭巾のようにしていた。
どうにもお気に入りらしいそのバンダナは、『ランダムバンダナ(777万G)』と呼ばれるものだった。
エルフの間では裏切りバンダナとも呼ばれていた。
良いことも悪いこともランダムで引き起こすレアアイテムだ。
ときどき超ランダムと呼ばれる出来事が起こり、本人に死をもたらしもするし、命を救いもするため、運のいい人でもつけることを嫌うものだった。
しかし、リュウシはそのバンダナを手垢がついているのではないかというぐらいに使い古していた。
リュウシの両脇にはブルーのフルアーマーを付けた顔も見えない大男が血まみれの斧を持ち、もう一方の脇には床につくのではないかというぐらいにヒゲを伸ばした大男が東洋の薙刀に近い武器を掲げていた。
ライン・ハートは直立しながら心の中で問いかける。
(さらった娘たちはどこへやった? 村に返すつもりは微塵もないのか?)
リュウシは『肝が据わっててていいね』と余計なことを言ってから語り始める。
「俺たちはさらってない。ここに元いた賊たちがさらった。そいつらは全員ぶっ倒したね。改心するやつは仲間にして、しないやつは天に送ってやったよ。満足に食事を与えれてない娘たちは死んでいた。生きている娘も売られてしまっていた。助けられなかったのは残念だ」
その話が本当かどうかは、わからなかった。
しかし、ライン・ハートの目にはウソに映らなかった。
そこらの賊たちのような卑しさは、リュウシからは感じられなかったのである。
むしろ、愛嬌のある目をしているようにも見えたし、話しているときは誠実さすら感じさせられた。
ライン・ハートは単刀直入に目を見据えて心の中で聞く。
(お前たちは何だ?)
「俺たちは賊じゃないな」
(お前たちは何だ?)
ライン・ハートは心の中で質問を繰り返す。まるで答えを明確化するかのように、まるで真実を引き出すかのように。
リュウシは、かっはははははと愉快そうに笑ってから。
「いいねぇ。俺たちは何なんだろうな。決めかねてたな。なんて自称すべきなんだろう。だが、義があるのは確かだぜ」
(お前たちの義は何だ?)
ライン・ハートの心の中の問いに対して、リュウシは首を何回か振ってから身体を起こすと両手を広げて。
「この近辺の村がどうしてさびれてるか知ってるか? 昔は交易が盛んで、ずいぶん豊かだったんだぜ。資源もあった。だが、王国から派遣されてきた役人が辺境であることをいいことに違法な税を課した。中央に直訴したが聞き入れられず、若者は職を失い、盗賊と化した。盗賊どもは、ただ盗賊になりたくてなったわけじゃなかった」
「……」
リュウシはにんまりとした笑顔を作ってから、次に真剣な顔になって天下を語るかのように天井を見上げて。
「まずはその役人の頭を討つ。ここには千人近くの若い男たちがいる。王都の正規兵は三万。今は遠く及ばない。だが、この千人が二千になり、万となれば話が変わってくるだろ。俺は王になる。人だ。人を集めてる」
リュウシは立ち上がると大きな手を差し出して言い切った。
「俺には仲間がいるんだ」
単なる賊ではなかった。もはや王国を討とうとする反乱軍そのもの。
リュウシはその中心人物だったわけだが。
ライン・ハートは持ち前の観察力であることに気づいた。
気づいていた。
そのわずかな違和感が、彼らの計画の根底を揺るがすものとなると感じた。
本棚が空になっていた。
かつていた賢者はここにおらず、最上階をぐるりと円形に覆う本棚すべてには何もなくなっていたのだ。
ライン・ハートは本棚をじろりと見てから目で語る。
(ここにあった本はどこにやった?)
かつて賢者がいたとき、本棚には数多くの図書があったはずだ。誰でもそう推定することができる。それがすべて無くなっているとはどういうことなのか気になった。
リュウシは、あーと間抜けな声を上げて軽い調子で言う。
「売ったさ」
ここにある本すべてがリュウシに売られたということがわかったとき。
ライン・ハートは確信したように手を目の前で振るい、心の中で断言する。
(お前たちに未来はないっ)
「また突然になんだ?」
リュウシは困惑したように聞いてくる。
ライン・ハートは神妙な面持ちで心の中で語り始める。その細長い耳をぴくりとも動かさずに。
(なぜ、エルフは人間よりも長命で記憶力も良いのに人間に勝てないか分かるか? なぜ、今やエルフ族は人間に従属し、その存続すら危ぶまれるようになったか分かるか?)
「数だろ?」
ライン・ハートは首を横に軽く振って見せる。
(違う)
「言ってみてくれないかね?」
(人間には本がある)
「本? わっかんねぇなぁ。本があったら、なんで人間がエルフよりも強くなれるのかね? 剣の強さじゃねぇのか。魔力じゃねぇのか。数じゃねぇのか」
リュウシはすこぶる分かりやすい考え方で、物事を単純に語って見せる。
ライン・ハートは過去を振り返るように拳を握って、長老たちの顔を思い浮かべながら。
(伝説がある。かつて、エルフが叡智を伝承することができていたとき、百万の人間にすら勝てる力があった。だが、エルフは伝統を重んじ、口伝えでしか叡智を伝えなかった。次第にその本質は失われていき、今やエルフは魔法をほとんど使えなくなり、弓矢でしか人間に及ばなくなったのだ)
ライン・ハートは、長老たちが歌うように口伝で継承している姿を見たことがあった。
一人目二人目と口伝えを繰り返してうちに、聞いてる側から内容や解釈が変わっていくのが見て取れた。どれだけ記憶力が良くても限界があったのだ。一句でも間違えれば、意味の本質が欠落することがある。
まして、これを何代も繰り返せば伝言遊びのように意味そのものまで変わってしまうのだ。
それが問題だと気づいたときには、もう取り返しのつかないぐらいにエルフ族の叡智は失われてしまっていた。今さら伝統を変える意味も持たず、知識の口伝えを続けていくことしかできない。
それに対して人間は違った。
文字を作り、街を作り、信じられないスピードで伝統を破壊しながら発展していった。エルフが森の中でそのまま停滞しているのに対して、その隣の人間の村は街になり、都市になり、延々と発展し続けた。
何が決定的に違ったのか。
ライン・ハートは王国を練り歩いて気づいたことをそのままに目だけで語る。
(人間には本がある。本によって知識を伝えることができる。それがどれだけ優れているか分からないのか? 本は、ただたに伝承するだけじゃない。その知識を正確に万人に伝え、学び、さらに進化させることができる余地すら生む)
ライン・ハートは心の中で叫んだ。
(エルフは後退したのに、人間は進化した!)
リュウシが一本取られたという顔をすると、両脇の大男二人が声を上げた。
「なんでわかるんですか!?」
「どんだけ理解力あるんですか!」
つまり、ライン・ハートはここに来てから一言も発していなかったのである。
寡黙かつ人見知りのため、あんまり仲の良い人じゃないと口をきかない。あと話すとしても依頼仕事のみ。
宮廷魔術師ドネアが、執務室で「本」を読みながら書類にサインを繰り返している。
「なるほどね。孫子は百戦して勝っても最善じゃないと強調した理由。戦争とは本来、消耗するもので長引かせるべきではないということ。確かにこの世界ですら先の大戦で王国と共和国は消耗した。短期決戦の尊さ、情報戦の重要さ。孫子は、この世界にも通じるなぁ。なら、僕はこのやり方を応用すれば面白いことができるじゃんか」
孫子兵法をドネアは自分流に解釈し、ほとんど使いこなせるよう感覚になってきた。
机の上には、異世界の歴史の数々について記された書物がたくさんあった。
コレクションが増えた。
歴史、軍事、内政、外交、人事、あらゆる分野の事柄に、もはやドネアは精通しつつあった。
一方で思い立ったようにエルフたちが得意とした薬草学を調べ上げた本を開くと、ドネアはさらっとページを開いていって。
「そういえば、骨を治すのを早める薬草ってなかったっけ?」
ひとつのページに行き当たる。
「これだこれだ。この薬草。これを作れば、レイシアさんの回復を早めて……いけるじゃんか」
かくして、レイシアの回復を早める方法を発見したのだった。
手で合図をすると、忍者風の側近の者が側に立ち、それに耳打ちをして素材らしきものを集めさせることにした。
ドネアは閃いたのか頭の上に☆のようなものを浮かべると突然立ち上がり、本棚の中から異世界見聞録が書かれたものを取り出す。
「そういえば、あの無職の男は『猫に小判』とか言ってたっけ。ネコにコバンってなんだ」
額に金貨をぶつけられたときのことを鮮明に思い出していた。
今でもその小さなキズは残っている。
「ああ、これか。小判って異世界のエド時代の通貨だったのか。それでほうほう、ことわざ的なものがあって、価値の分からない人に貴重なものを与えても何の役にも立たないって例えなのか、面白い」
あの無職は、なぜそれを知っているのか。
なぜ、その言葉を知っているのか。
ドネアは納得したように手を叩いた。
「あいつ、やっぱり異世界人じゃんか」
大弓士ライン・ハートは知っている。
王国の中枢に自分たちエルフが抗うことができない宮廷魔術師たちがいることを。
だからこそ、エルフ再興のカギを握るという「雷々魔の矢」を探していた。
(お前たちは愚か者だ!)
ライン・ハートは罵倒する勢いで片腕を振るった。
両脇にいた大男が大斧と薙刀を向けてきて、目の前に×を作る。
二人の大男が武器を振り上げるが、ライン・ハートは心の中で黙らない。
(ここに叡智は集まらない。だから、お前たちは王国を倒すことなどできない!)
心の中で黙らない。それはつまり、もう黙っているのと同じである。
二つの武器が頭上から振り下ろされようとしたとき。
リュウシは、すっと前に出ながら軽く手で止めて大笑いする。
「かーっははっははは、最高だな。ますます気に入った。お前の話をもっと聞きたいと思ったね」
リュウシはランダムバンダナの頭巾をおさえながら、ほとんど涙目に近い感じでははははと笑い続ける。真顔になると満足した様子で手をぱんぱんと叩いて、周りの者に何かを持ってこさせようとする。
「雷々魔の矢をお前にやるよ。タダでやる。交換条件に仲間になってもらおうと思ってたが、やめだ。粋じゃねぇ。最高の話が聞けた。確かに、俺もこのままじゃ王国を打倒できないと感じてたんだよ」
ライン・ハートは眉をひそめる。
「……?」
リュウシは同じ言葉を念を押すかのように繰り返す。
「もう一度、言う。タダでやるよ。その話を聞けただけで今日は十分だ。そうだな。本。本だけじゃないな。もっと言えば、賢い奴をもっと大切にしないとな。バカにしてたフシがあったわ」
ライン・ハートはすこし驚いた顔をしてから口を開かずに。
(聞く耳があるようだな。エルフの間には『聞く耳のあるものはいつか賢人になる』ということわざがある。お前が賢人になるとはとても思えないが……聞くことができるのは美徳とだけ言っておこう)
「おうー、褒められちまった。なんか嬉しいな。気が向いたら、またここに来てくれよ。この矢、誰も扱うことができなかったし、俺たちの中で使い物にならない以上、お前が持ってるのが相応しいわ」
「だから、なんでわかるんですか!?」
隣の豪傑っぽい大男は驚きを隠せない。繰り返すが、ここに来てからライン・ハートは一言も発していない。
周りの者たちが三人がかりで巨大な矢を持ってきた。
成人男性の身長の三人分以上ある長い長い矢だった。
まるで雷のようにねじくれきった歪な形状をしており、とてもじゃないが射ることができても当てることができそうにない代物だった。方角が円を描くように変化して落ちていくように感じられた。
100発100中の名手でも、それを矢として扱うには難しい代物だった。
『雷々魔の矢(時価3540万G、高騰中)』
黒竜さえも電撃でねじり殺すと云う。
リュウシが重たそうにそれを両腕でよいしょと持ち上げると、ライン・ハートに差し出してきた。
今は電撃を帯びていない。
ライン・ハートは黙って、それを両腕で受け取ると担いで賢人の鉄塔の階段を下りていった。ときどき矢が壁にぶつかるぐらいに大きかった。預けていた弓矢を返してもらうとすぐに外に出た。
ぽつぽつと賢者の鉄塔から歩いていく。ぽつぽつと本当に雨のような足取りで歩を進める。次第に賢者の鉄塔から距離が生まれていく。
数歩、数十歩、と。
ライン・ハートは考え事をする。
正確無比に矢を射るときには絶対に排除しなければならない「考える」という行為をふとしてしまう。
――あのリュウシとかいう男は変だった。
――あの男は、面白くなる存在だった。
――あの男は、もしかしたら……だが。
大弓士ライン・ハートは迷わない。
五十歩、百歩と歩いて、鉄塔からある程度の距離を開けると、巨大なる雷々魔の矢をその簡素な長弓につがえた。ただ的確にいるためだけに小さい頃から使い古した木の弓に任せた。
いつもの試し打ちだった。
引き絞り始めると小さな電撃が矢の先にほとばしる。引き絞れば引き絞るほど小さな電撃は大きくなり、大きくなった電撃は渦を巻く。じりじりと音を立てていた状態から、次第に電撃音は巨大なものになってライン・ハートの頬を焦がしていく。
扱っている人間そのものが感電してしまいそうになる危うさを感じながら、しかし手でつかんでいる矢の尾の部分には特製の加工された場所があり、ぎりぎり感電しない状態でいられた。
あまりにも重すぎてよろけそうになるのをこらえながら、空に向けるような引き絞り方をする。
弓の方角をそのまま向けるのでは絶対に当たらないように感じたからだ。
両腕が痺れてしまいそうになるぐらいに圧力を感じる。弦を張っている糸がぷっつりと切れてしまいそうな圧倒的な重力が青黒い電撃と共に生まれている。
その右手を脱力すると、矢が放たれる。
ライン・ハートは信じられないぐらいの解放感を両腕に感じながら見送った。
禍々しく歪な矢は螺旋を描きながら、あっけなく賢者の鉄塔の最下段に当たると落雷が発生したかのように電撃が走る。
鉄塔が金属製なのがまずかった。
高伝導率を誇りながら、まるで貫通するかのように電撃が鉄塔の入り口からほとばしり走る。
門番の二人の入りたての男も、一階の説明を受けている隣の村からやってきた希望に満ちた少年の目も、三階で酒を浴びるように飲んでいた今日ライバルに出し抜かれた元猛者のだらしない腕も、赤竜殺しを成し遂げた伝説の元傭兵の古傷がある背中も、つい先日恋人にこっぴどく振られた元盗賊の手入れしている銀色ナイフも、頭領が誰になるかを争い一騎打ちを挑んで敗れたブルーのフルアーマーも。
――蒼い電撃がすべて貫く!
鉄塔の中にいた千名近くの若者が、無造作に上に下に左右に体をねじりながら感電していく。体を細くしていきながら血を吐き出して、脳みそを焦がすほどの致死量の電撃を浴び続けた。
最上階にいるリュウシも電撃が流れる範囲に含まれていた。ランダムバンダナが発動して彼は生き残ったかもしれないし、死んだかもしれない。
それは誰も知る由もないことだった。
いまだに激しい電撃が巨大な蒼い蛇が絡みつくかのように賢者の鉄塔の周りを渦巻いている。
ライン・ハートは簡潔に思った。
威力のある矢だ、と。
もしもこの矢をダンジョン攻略に使ったらどうなるだろう。
一つの部屋のモンスターを皆殺しにすることもできるだろう。
竜に直接当てれば、どんな竜も息絶えさせるだろう。
――この矢、壁に当てるだけでその周囲のものを皆殺しにする!
ライン・ハートには、この矢を受けるに値する竜などいないようにも思えた。
「……!」
すさまじい勢いで賢者の鉄塔から光が解き放たれてくると、ライン・ハートのアウラに取り込まれていく。レベルが71、72、73、すごい勢いで上がっていき、86レベルにまで上がり続ける。ステータス上昇が留まることを知らずに起き続け、脳天を貫くほどの快感があった。
千名近くの人間を皆殺しにすることで、その圧倒的な経験値が光としてライン・ハートに注ぎ込まれたのである。
大弓士レベル86。
基本ステータス。
筋力C- → A
耐久C+ → BB
器用AA → S++
敏捷A+ → S
知力C- → C++
魔力D → C+
魅力D+ → CC
弓S。
連射S+、命中S、見切りA、心眼A+。
倒した人間の中に力持ちの戦士系が多かったのか、特に筋力と耐久の向上が目覚ましかった。
体中に脈打つほどの力が湧いてきて、ライン・ハートの体がビキビキと音を立てながら二回り大きくなっていく。簡単な獣皮でできた服が引きちぎれそうなぐらいに広がって裂けていく。
「ぐぐぐ……ぁ」
身長がどちらかというと小柄な160センチメートル台から、190センチメートル後半ぐらいにまで伸びていく。急激な変貌に骨がきしみながら音を上げて、筋肉全体が盛り上がった後に骨格全体がぎぎぎぎぎと伸びていく。
上腕から腹筋、太もも裏まで、筋肉一つ一つがビルドアップされるかのように割れて、それ自体が強固で頑健なものになった。
あまりにも急激にレベルが上がり過ぎた。
あまりにも圧倒的に経験値を吸収し過ぎた。
もはや、そこにひざまづいていたのは別人だった。
電撃が収まると鉄塔にねじりながら深く突き刺さっていた「雷々魔の矢」を、その盛り上がった上腕と背筋力で一気に引き抜いて見せた。
以前のライン・ハートならば絶対に不可能なことだった。
神々が注目している「矢」をライン・ハートは手に入れた。
長老たちにエルフ族の命運を分かつと予言された矢そのものだった。
だからこそ、ライン・ハートがただの洞窟を攻略する可能性が高い冒険者として神々の関心を惹きつけていた。その矢を完全に使いこなすことができる唯一の、情け容赦なき大弓士として。
ライン・ハートが辺境の役人では討つことのできなかった千名の賊たちを討ったことは、すぐに間者を通して宮廷魔術師ドネアの耳に伝わった。
ドネアは値千金とばかりに1000万Gの報奨金をライン・ハートに差し出し、王国に出仕するように伝えた。
将官としての高い地位まで提示して。
ライン・ハートは依頼主との約束を果たしていないとの理由ですべて断り、報奨金も受け取らずに去っていった。
ドネアの有能な人材が記録されたリストに、ライン・ハートの名前が刻まれた。
依頼が終わったならば、必ず仲間になってもらうつもりだった。
その後、ドネアは辺境の役人の不正を見つけ出し、すぐに解任して投獄した。
不正を見つけ出すときに、孫子兵法が説く「情報」の重要性という考え方を応用して調べ上げさせたのだ。
本来軍事に使われるべき教えを内政に応用することができていた。
代わりに王国の中でも特に有能かつ清廉な役人を村に送り出した。
辺境の村々の過酷な徴税は改められ、復興の兆しが見え始める。
しかし、宮廷魔術師が取り扱うのは、あくまでも宮廷の事である。
その職権を超える対応に王国内でも意見が分かれたが、辺境の村人たちは泣いて喜び、素直に喝采した。
在野の賢者たちは宮廷魔術師ドネアの成長ぶりに気づき、同時にその的確な判断を称賛する者もいた。
ドネアの人材リスト。
影忍リョウガ
女賢者ビゼパフ
大弓士ライン・ハート
……
……
……
……
群雄リュウシ
宮廷魔術師ドネアはその人材リストを楽しそうに見つめながらつぶやく。
「リュウシって言うのも気になるな。仲間にしたら王国はどうなるんだろう?」
『情け容赦ないその試し打ち、王国一の弓取りになる男じゃわい』
戦神は大弓士ライン・ハートに称号を与えた。
『千人殺しのライジング・サン』
使う弓矢に雷属性が二割増しで追加される。
放った弓矢の速度が二割増しで速くなる。
持った弓矢がぱっと明るく太陽のように輝き出す(たいまつとしても使える)
なお、問答無用で常時発動効果がある。
大男になったライン・ハートの手に持っている弓がさんさんと輝き出すと、手からとっさに離す。弓は輝きを失う。しかし、また手に持つと四方八方に光を放ちながら、弓が輝き始める。
ライン・ハートはボロボロの服装で迷惑そうに空を見上げていた。
その称号が一連の流れに関係なさ過ぎる部分があって、指摘する神がいたのは言うまでもない。
『サンってなんだよ。サンって』
『おお、めちゃくちゃモンスターダンジョンに相性の良い弓士だ』
『ごまかしてるだろう』
大弓士ライン・ハートが王都に戻るまでの時間は、あと数日。
それは依頼主ズケの元に戻ることを意味し、やがてはただの洞窟へと繋がっていることを意味した。