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完全黒字構造ダンジョン

「これだけ良い装備をやったんだから、24時間死ぬまで働いてもら……?」

 伝崎はその言葉を言い切ることもできずに両手で頭を抱えた。

 言いたくても言えない。言い切ることができない。

 原因があった。

 ただの洞窟を見渡してみるがいい。見渡せば見えてくるものがある。

 それは何なのかと言えば、腐りきった肉体を引きずるゾンビたちと、骨だけになってしまったスケルトンと、もはや息をしているかも分からない巨大なゴーレムが中央に陣取っていることにある。

 この状況にすべてがあるのだ。

 伝崎はハァハァと呼吸を荒げてから、頭の髪を整えてオールバックみたいにして背筋を正すと、澄ました顔で話し始める。片手をあげて、経営者のセミナーを開くがごとく。

「ぶっちゃけた話をすると24時間死ぬまで働けとか冗談で言ったんだけどな。12時間でもオーバーワークだしな。現実にそれをさせる経営者はマジで二流。日本っていう俺がいた異世界の国ではな、そういう二流ばっかりがいた」

 伝崎が立っている場所にどこからともなく教壇が現れ、それを見ているゾンビたちはまるで経営者のような神妙な面持ちをしている。

 が、スケルトンたちは相変わらず骨だけであり、無表情だ。首だけはカラカラと音を立ててかしげていたが、それ以外のことは何もわからないのである。

 伝崎は大切な話をするかのように教壇に手を置いて厳粛な声で続ける。

「実際に部下を過労死させるぐらい働かせるっていうのは、大切な人材を失うってことだ。育てるべき人材を死なせてる時点で、経営にとって百害あって一利なし。

 適切な休みを与えるべきだし、給料もちゃんとやるんだよ。休みを与えられないなら人を増やすんだよ。

 それが当たり前の経営者の在り方だ。

 その当たり前ができない経営者が多すぎた。必要経費である人件費を削ることしか継続できないアイディア無き経営。それで会社が維持できないなら潰れたほうがいいにも関わらず、労働力を不当に搾取することで無理やり延命してたわけだ」

 伝崎は目をつぶり、渋い顔で数秒間沈黙した。それから握りこぶしを作って。

「俺は部下を死なせてる時点で自分自身二流だって痛感してる。このダンジョン経営でな」

 伝崎は目を見開くと両腕を広げる。

「だが、日本にはもっとひどいやつがいた。部下が過労死するのは自分の経営理念が明らかに間違ってるせいで起きた事故にもかかわらず、自分が間違ってることに一ミリも気づけないやつがいたんだよ」

 教壇を両手で思い切り叩く。

「それが正真正銘の三流以下の経営者だ。改善の余地なし、救いようがない」

 伝崎は片手をあげて。

「そういう経営者って言うのは、経営を続けることができない。一時的に成功しても俺のいた日本では社会が続けることを許さない。会社も売り上げがガタ落ちするし、立ち行かなくなる」

 後ろに振り返って、洞窟の壁に向かって結論を描き込む。

「信用を失うからだ」

 その文字をぽんぽんと叩いて。

「俺がブラック企業にいたとき、部下の立場でも思ってたな。24時間死ぬまで働けとか、どう考えても無理だろって。オーバーワークを強いるなよって。自分ができたからって人に強いるなよって本当に思ってた……」

 伝崎は言葉を失ったかのように黙った。

 深刻な表情になって、苦悶に満ち満ちたかのように眉をひそめ、苦しそうに、本当に苦しそうにうめき声を漏らすかのように。

「だがな……」

 伝崎は両手で頭を抱える。

「お前らそれができるじゃないか……」

 ゾンビたちがふへぇーとところどころ肉が腐り落ちた顔で不思議そうな顔をする。

「できるじゃないか……たぶん」

 スケルトンたちがカンカラカンと骨だけの体を揺さぶる。

 経営の常識を覆された現実を目の当たりにして、伝崎は髪の毛を両手でかき乱す。

「疲労とかそんな概念ないだろ……」

 気づいてしまった。改めて。

 立ち上がることのできないほどの衝撃的な事実に。

「乳酸値とかないだろ……」

 とんでもないほど理想的な経営条件にあったということを。

 アンデッドたちには人件費を支払う必要が無く、それどころか24時間働かせるという通常ありえない労働環境が実現させることができるのである。

 当たり前のように今まで接していて、気づいていなかった。そうだ、当たり前のようにアンデッドを起用することで利益が上がると考えてきた。

 日本の常識と比べたことがなかった。

 日本では考えられなかった。

 改めて比べることで分かってしまった。

 完全な黒字構造の経営となっている。

「お前ら、すでに死んでるだろ……」

 伝崎は両膝から崩れ落ちるように突っ伏す。

 ブラック企業も真っ青な、完全ブラックなダンジョンを作ることができるのである。ほとんどアンデッドで構成すれば、つまるところは死人で構成することで24時間死ぬまで働かせ続けても、すでに死んでいるために過労死すら起きないのである。

 このダンジョンは、儲かり続ける。

 モンスターが冒険者に倒されない限り、儲かり続けるのだ。

 妖精のオッサンが腰が二回り浮いた姿勢で肩の上から伝崎の頬を叩いて叫ぶ。

「今さらかよぉお!」

 というわけで、無事黒騎士パーティを迎えることができたのである。

 お互いに万全な形で。




 現在、王国歴198年3月6日。

 4パーティ目。黒騎士LV61。強戦士LV58。地中魔術師LV55。正僧侶LV60。

 ただの洞窟の貧相な入り口の前に(大男は頭をかがめないと入れないほど小さい穴)、黒騎士パーティが到着したときには空は夕暮れ時の茜色になっていた。

 今日の今日、ただの洞窟に到来する最後に等しいパーティだった。

「これ……どう考えてもやっぱ最低ランクのダンジョンの仕様だよな?」

 無口な黒騎士の男に対して、ラフな服装の正僧侶の男が問いかける。

 返答は待っていない。

「入りたくない入りたくない入りたくない」

 地中魔術師の女は両手を思い切り振って、ダンジョンに入ることを拒んでいた。

「絶対に手に土がつくから」

 その女魔術師の純白だったローブは泥まみれで茶色になっていた。土魔法の使い過ぎである。

 黒騎士の装備はいつ見ても凶悪だった。

 ゲイボルグのようなもりの形をした凶悪な槍は紫色に輝きを放ちながら、等身大の二倍に匹敵する大きさで両肩の上に重そうに乗せられており、それが圧倒的な攻撃力を匂わせていた。

 ゲイボルグ、名前そのものが凶悪である。

「何かあるさ……」

 パーティリーダーの黒騎士が半年ぶりに口を開いたことで、パーティ一行は衝撃を受けた。結果、ダンジョンに入ることを決意することになったのは言うまでもない。ちなみに黒騎士は重装先生のいとこであった。

 明日にはサムライパーティのマホト一行の到来も控えていた。

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