表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/119

新ただの洞窟

 ただの洞窟の奥の細道について単刀直入に話そう。

 白ゴブリンが「ふぉふぉ」と言ってから。

「これであとは様子見ですなぁ。傷薬としては十分なものを塗り込みましたので、五割以上の生存は期待できるかと」

 その道の一角にワラが敷き詰められていて、白狼ヤザンが横になっている。

 白狼ヤザンを優しく手当てされ、シンプルな布と薬草でくるまれていた。

 横たわっている白狼ヤザンは「くぅー」と鳴く。

 白ゴブリンは手製の木の棒と板で次々と薬草を調合して作っているようで、明日には29個ほど追加で白ゴブリンの特製傷薬が完成するそうだ。

 薬草術というスキルさまさまだった。

 伝崎は、ほっと胸をなでおろした。ふーっと自然と息が出るぐらいで、やっと白狼ヤザンの手当てができたことをまずは喜んだ。

 伝崎は奥の細道からただの洞窟の広場に向かって歩く。

 話を戻すと、帰り道でただの洞窟に向かっているパーティと遭遇しそうになった。

 やばいな、と思ったけど、なんとか回り道して出し抜くことができた。彼らはあと一時間ぐらいで到着するだろう。

 しかし、到着までに一時間もあるのはシンプルにいって彼らが徒歩であり、加えてぐだぐだと道中で口喧嘩を繰り返していたからである。地中魔術師のやつが異常な潔癖で、泥まみれの体のくせに「ひぃい、泥が触れるだろ」と言って木に触れることを嫌がっていた。

 だが、仮に嫌がっていなくても、徒歩である以上は全力ダッシュの伝崎が先に着いていただろう。

 風の靴のおかげでかなりの速足で王都から三十分も掛からずに帰ることができたからだ。

 よって、一時間の猶予ができたのである。

 あとはゴーレム搭載の馬車や武器搭載の馬車が遭遇しないかびびったけど、案外と大丈夫だった。そこはかとなく、宅配サービスの妙である。この世界でもなんでこんな早く着くのだというぐらいに早く着いてくれた。急ぎで、ということで。

「万全の状態でやれる……!」

 伝崎は握りこぶしを作りながら力強い独り言を漏らす。

 万全の状態でやったとしても、それはそれとして敵が強いということが分かっている以上、やってみなければ分からない。やってみなければ分からないことがあるわけで、ただの洞窟の状態を改めて見る必要があった。

 奥の細道から歩いて出て、目を開くと広場の壮観な景色に息を飲んだ。

 装備を与えたメンバーたちの勇姿がすごかった。

 彼らゾンビ、スケルトンたちは思い思いで装備を付けていっているわけだが、その後ろ姿が頼もしいのだ。ほとんどの連中が装備を完全に付けられている様子で、こちらに気づいたのか命令を待つかのように整列する。

 すべてが白く輝かしい。

 白竜鉄の鎧を付けている入り口から左側、こちらから見て右側に相当するゾンビ部隊の胴体部分。まさに重厚感が出ている。胴体部分の装甲が土竜の鱗で盛り上がっていて、鱗特有のいびつなとげのようなものが逆にその固さを物語るかのようだ。

 その装甲が完全白塗りにされて白く輝いているさまがどれだけ美しいか言葉にするのは難しい。肩の部分は開いていてフルアーマー仕様ではないが、それでも胴体がこれだけ頑健になるというのはどれだけありがたいか。

 鱗そのままを白銀にしたかのような白竜鉄の盾を持っているわけだが、胴体ぐらいのサイズがあり、それだけで攻撃をすべて受け止められそうだ。

 何よりもランスのように先がとがった白竜鉄の槍と、三角に近いぐらいに鋭利な白竜鉄の弓を持っているさまは全員の攻撃力を高めているように見える。その先端が今までにはないぐらいに白い光を放っているのだ。

 一人一人のゾンビたちが異常なほど頼もしくなったように見えた。すべてがすべてその白塗りの輝きによって、埋め尽くされているのである。

 左側のスケルトンたちは鎧こそ着ていないが(骨がすかすかなので鎧がつけ難い)、それでも白竜鉄の盾と白竜鉄の槍によってその骨まで白く輝き出したように見える。

 伝崎は両腕を開きながら広場の中央、宝の山の前に近づいていく。

「最高だ」

 リリンが作り出した光の玉がきゅいんという音を出して近づいていくと、それだけでその部分が白い反射光によって洞窟の片隅を照らし出してしまうぐらいにみんな白く輝かしくなっていた。

 伝崎は感心したように宝の山の中央部分の異質な壁のごとき存在を指差す。

「やっぱ、そこに配置して正解だよなぁ」

 ゴーレム三体が宝の山の前の中央部分に配置されていた。

 つまるところ。

「キキ、お前がこれからゴーレムを指揮するんだぞ」

 キキは小さな体でゴーレムたちを見上げながら獣耳をきゅっとして立てる。

 ゴーレムたちは、キキが隊長を務める第四魔法師団に追加したのだ。

 事実上、一人部隊となっていたキキの隊がやっとこれでひとつの体裁を持つこととなった。

 彼女は隊長であり、同時に一人のエースとして活躍することになるだろう。

 伝崎がキキの隣にまで近づいていくと、あっけに取られていたキキがこちらを見てきた。急に伝崎の目を見つめると、キキは申し訳なさそうに頭を下げる。前の失敗をいまだに気にしている様子で、「ごめ……なさ」と言いたげだ。

 伝崎がキキの肩に手を置くと、キキはびくんとはね上がる。もう本当に怒られるのではないかという顔で申し訳なさそうに眉をひそめる。

 伝崎は当たり前のように笑顔になって荷物の袋からあるものを取り出す。

「キキ、この本をやる。自由に読んでくれよ」

 ノモンの黒魔術書だ。

 その重厚な本をぽんと渡すと、キキは両手に重たそうに持った。まるでプレゼントを買ってもらえたことが信じられないと言った様子の少女で、頬を殴られたみたいに驚いた顔をしていた。それからしゅんとして目を細めて、大切そうにその黒魔術書を両腕で抱きしめた。

 そっと開いて読もうとするが、キキはまた申し訳なさそうに。

「読めない……」

 伝崎は「ああ」と言ってから、リリンを手招きして。

「頼む、リリン。この本を代わりに読んで教えてやってくれ」

「はいデス」

 それからリリンとキキは、二人でただの洞窟の奥の細道に入っていくと魔法講習を始めた。「これはデスね」とリリンが言った次の瞬間、「もうできたデスか!」という驚きの声が聞こえてくる。

 これなら習得は早そうだ、と伝崎は笑う。

 もう一度、ただの洞窟の中央部分を見直してみるが。

 正直言ってゴーレムたちはあまりにもでかすぎて、その頭頂部がただの洞窟の天井にめり込みそうになっている。窮屈そうにゴーレムは腰を曲げて、その両手を地面に着いている。

 身動きを取るのも大変そうで、ゴーレムが100パーセントの力を発揮できる感じではない。

「さすがに広げる必要があるか」

 伝崎は近づいていくとゴーレムの腕に足を掛け、器用に肩までのぼっていってポケットからセシルズナイフを取り出す。その真紅のナイフを天井の石壁にぶっ刺すと、じゅーーという音を立てて気持ちいいぐらいに切れていく。

 右に左に岩を切っていくと、ペキリという音を立てて岩がずれながら落ちてきそうになる。

 最後の最後で耐えているようで。

「ちょっと引っ張ってくれ」

 と伝崎がそう言うと、ゴーレムたちが「ぶいや!」という声を出して巨大な四角い岩を引っこ抜いた。

 ひとつふたつと引っこ抜いていくと、天井が伸びていって吹き抜けみたいになった。

「こりゃーお天道様が拝めそうだぜぇ」

 妖精のオッサンがそうは言うものの実際には拝むことはできない。

 伝崎が真っすぐに上を見ると、ただ真っ黒な空洞が上の方まで続いていっているように見えた。

 全体的に岩を急ピッチで取り除いてドーム型の天井に近づけることができそうだった。

 ちなみに中央部分だけの工事だったが、ゴーレムたちとセシルズナイフのあまりの切れ味の良さによって三十分と掛からなかった。

「ふぃー、これでいいよな」

 伝崎が額の汗を拭うと、ゴーレム三体が直立することができるようになった。

 余った四角い岩が後方で山積みとなり、ただの洞窟の広場の空間を埋め尽くしている。あとで運び出したりする必要があるだろうし、何よりも広場の横幅もそろそろ広げる必要がありそうだ。

 ただの洞窟はパンパンになり、許容限界に達しそうになっていた。これでは新しいモンスターを迎え入れられないぐらいだ。

「この岩……」

 伝崎は手をぽんと叩いてから四角い岩を真ん中で切って、おもむろに三角形にしたりした。ゴーレムを手招きして耳元で何かをささやいたりする。理解しているのかどうかもわからない。まるで岩石仲間を増やしていると言わんばかりで、周りは意味が分からないといった様子でいぶかしげに見ていた。

 そろそろ一時間が経過しようとしていた。

 王都からただの洞窟に帰還するまでに三十分掛かって、さらに帰ってから一時間が経過したということはもうすぐあのすれ違ったパーティがやってくる時間だった。

 伝崎は振り向き返して叫んだ。

「軍曹!」

 金髪軍曹タロウが「はいぃ!」と言って、一人際立つように直立になった。

 軍曹だけ白竜鉄装備が与えられていなかったので、昔ながらの貧相な皮鎧と木の盾、そして鉄の槍を装備していた。

 明らかに一人だけ弱い。

 目立つぐらいに貧弱な装備でどうやって立ち向かえと言うのだろうか。

 軍曹は何か言いたげな様子で一瞬目をつぶってから何かを言おうとするが。

 伝崎はさえぎるように聞く。

「なぁ軍曹、仲間が死んだときにどう思った?」

「悔しいですっ!」

 その言葉だけ人間が話すかのようにはっきりとしていた。ゾンビが話すような聞き取りづらい口調ではなかった。

 それだけ軍曹はそのことに対して強く思うことがあるのだろう。

「それでいいんだよ」

 伝崎は笑ってから、おもむろに装備を二つ重たそうに取り出した。

 崖赤の大盾 111万G(防御力411、筋力が二段階アップする)

 星潜竜の長槍 122万G(攻撃力423、筋力と耐久が一段階アップ)

 この二つは高価なユニークアイテムだった。

 なぜ、この装備を買ったのか。

 それは。

「軍曹、これで仲間を守れ」

「ありがたき幸せにござりますぅう」

 軍曹は涙ぐみながらその二つの装備を受け取った。早速、装備を付けるように指示すると身に付けていった。

 左手に崖赤の大盾を装備すると、上半身を真っ赤に燃え上がるかのような大盾が覆う。まるでマグマが壁になっているかのようで、この盾さえあれば皆を守れるかのように思えた。

 右手には星潜竜の長槍がしっかりと掲げられていた。

 その先が二つの金色の星型の竜の鱗になっており、それで突き刺せば相手を圧倒することができるように思える迫力があった。

 崖赤の大盾と星潜竜の長槍から特別な光が放たれて、軍曹の体を取り巻いていくのが見える。

 タロウ軍曹のステータス(ゾンビネスLV35)

 筋力C+ → CC+

 耐久C  → C+

 器用E+

 敏捷D+

 知力C+

 魔力D

 魅力DD+

 槍E-

 軍曹にユニークアイテムを与えることで、特別な強化をもたらしたのだ。

 彼はもはやただのゾンビではない。

 今までは指示を与えるだけのちょっとしたゾンビに過ぎなかったかもしれないが、これからは活躍することができる一人の優秀な人材になったのだ。

「ありがたき幸せにございますぅうう」

 軍曹は泣きそうになりながらその装備を付けて、自分の部隊の隊列に戻っていった。

 白狼ヤザンを傷薬で癒し、キキにノモンの黒魔術書を与え、軍曹にユニークアイテムを買い与え、ゴーレム三体を中央に配置して前列の層を厚くし、そして全部隊が新武器で。

 誰が見ても満足のいく強化だった。

 妖精のオッサンがポケットから顔を出して景気づけるかのように言う。

「ダンジョン強化も十分。最高にうまくいったなぁ。これならいけるぞぉ」

「違うよ、オッサン。ダンジョン強化はこれからだぜ」

「なにぃ……?」

 伝崎は腰に手を当てて、それから何も言わなくなった。

 意味深な言葉に妖精のオッサンも黙ってしまった。

 伝崎はその疑問には答えずに、ただの洞窟を見渡してからすべてのメンバーにちょっと明るい声で冗談を飛ばすかのように。

「これだけ良い装備をやったんだから、24時間死ぬまで働いてもら……?」

 伝崎はその言葉の途中で震えながら両手で頭を抱えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ