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影忍の思惑、伝崎の行動

 なぜ、影忍リョウガはこんなことをしているのか。

 モジャ男の武器防具屋の向かいの建物のバラックの屋根の上に座りながら伝崎が来るのを待ち構えていた。

 なぜか伝崎のカツラを狙うという、微妙なラインをついてくる。

 ほとんど嫌がらせである。

 殺意を感じさせるものではない。憎しみがこもっているというものでもない。

 かといって、恋する人(白騎士レイシア)の命の恩人である伝崎に対する振る舞いと言えるだろうか。

 以前は呼び出し可能な鈴を渡すというお礼までした人間に対してだ。

 なぜ、リョウガがこんなことをしているのか。

 ワケがあった。


「貴様はどこにいるんだ……」

 白騎士レイシアは、宮廷近くにある騎士宿舎の一室のベットの上でその言葉を漏らしていた。

「私は探しにいかねばならないというのに……目の前に現れてくれとはいわない」

 レイシアは白い寝間着のような格好でその肩に結った青緑の髪をまとめて、珍しいくらいの弱音を吐く。

「だが……せめて教えてくれ。貴様が今、『何を』しているのかを」

 適切な治療を受けた後のようで、折れた肋骨の周りには綺麗な包帯が巻かれていた。

 レイシアの十字傷のある頬は珍しいくらいに紅潮しており、火照っているようでもあった。

 ときおり、ごほんごほんと咳き込んで、毛布をかぶるようにして姿勢正しく横になった。

 風邪をひいているようだった。

 リョウガは屋根裏で片膝を折りながら、その一部始終の発言を聞いていた。

 幸せそうにその両頬に赤いまん丸の紅潮を浮かべる。

(オレのことを想ってくれてるのか―)

 追う側と追われる側とはいえ、曲がりなりにも恋する人が自分の事を考えてくれている。

 そう思うだけで、幸せな気持ちに満たされた。

 今は、それだけで十分だった。

 護衛のごとく蒼鞘に収まった刀(特製の超東方ダンビラ。使い方次第で大体何でも切れる。ただし折れやすい)を前肩にかけて、背中を屋根裏部屋のすすけた壁に預けた。

 わざとらしく音はなるまいか、と思いながら。

 ――ここにいるん。

 白騎士レイシアは、うなされるように漏らす。

「あの無職は……どこへいったのか……」

 ――ど……


 ( ゜д゜)


 (゜д゜)


(……エ?)

 リョウガは目をそらしてから屋根裏ののぞき穴を二度見した。

「なぜ……私を助けた……!」

 レイシアは悔しそうに顔を赤らめて抗議していた。

 ――そんなことが。

 確かにこの美しき白騎士を伝崎は助けはした。

 助けはしたのだ。

 リョウガは両手を屋根裏について、うろたえる。

 ちょっと助けたぐらいで気高き騎士階級に与る人間が、無職の男に心を動かされるなんて信じられなかった。

 いや、心など動かされてはいない。いないはずだ。

 レイシアは独り言を続ける。

「貴様はなんなのだ……?」

 ちょっとでも彼女にとって気になる存在になっているということが、その頭の片隅に自分以外がいるということが。

 ――どうして。

 リョウガは勘違いしていた恥ずかしさと惨めさで泣きそうになった。

 その両方の目尻に涙をためる。

 ――嘘だろ……嘘だ……いや、これは。

 ふっとその惨めさが消えた。

 次の瞬間、猛烈な怒りが湧きあげてきた。

(あいつに何かあるっていうのかよ……)

 これは事件だった。

 リョウガが生まれてはじめて体験する事件だった。

 その『何か』は、生まれながらの忍者の自分ですら探り切れていない。

 忍者の自分が知らないことがあるということ自体が途方もない屈辱だった。

 それも最も知りたい恋する人の心の内を何一つ知れていないということが。

 その事実が。

 忍者としてのサガが目覚めるかのように、その何かを探りたくなっている自分がいた。

 リョウガはだからこそ試したくなった。




 地下都市のブラックマーケットの喧騒を抜けて。

 モジャ頭の武器防具が豊富な店主の店の前に、伝崎が現れたのである。

 その歩き方は早歩きに近かったが、演技しているかのようにちょっとした千鳥足だった。

 姿かたちは白髪と白ヒゲを付け、変装セットに身を包んだ状態。

「あー、やっと来れた。まじで楽しみだな」

 肩の上の妖精のオッサンが「おぅ」とうなづく。

 影忍リョウガは向かい側のバラックの建物の布製の屋根の上に膝を折って、息をひそめるようにしてのぞき込んでいた。

 主に頭頂部、白髪のカツラの様子を。

 実に簡単に取れてしまいそうなカツラであり、ちょっとだけ伝崎の黒髪がもみあげ辺りにはみ出している。

 決して上質な作りではなかった。

 モジャ男の店の前には小さな泥水の池があり、さらにそこから半歩ぐらいには銅銭1枚(10Gの価値)が絵の部分がほとんど泥で見えなくなるぐらいになって落ちていた。

 伝崎の後ろから、がめつそうなマダムが迫る。

 いいや、マダムというよりも化粧の厚いどこかの店屋の女主人といったばばあが追い抜かそうと歩いていた。

 伝崎はそれに負けじと前へ進む。もうモジャ男の店先の手前まで迫った。

 迫れば迫るほどに影忍リョウガは、にやけてしまった。

 もし、罠に引っかかったらどうなるだろう。

 つまり、モジャ男の店の入り口にある固くなった暖簾に頭が当たった瞬間にズラが取れる。取れれば、後ろのばばあが目撃するだろう。

 そうして、そのばばあは噂好きだろうから言い触らすか、あるいは耳が広いかもしれないから指名手配犯として王国に申告するかもしれない。

 そうなったとき、絶体絶命のピンチになるだろう。

 対応策を見れば、本性が暴かれる。この男が一体なんであるのか分かる。

 そう考えながら影忍リョウガが見下ろしていると。

 伝崎は突然、身体を折った。そして、手を伸ばして嬉しそうに何かを手に取った。

 泥にまみれた銅貨のよごれを払いながら。

「ちょりーっすってな」

 銅貨1枚を見逃さずにポケットに入れたのである。

 現金2354万4245G→2354万4255G。

 銅貨1枚を拾ったことで10G増えた。

 影忍リョウガはあきれるように見つめながら。

(金に対する臭覚は半端ないみたいだけどさ……」

 妖精のオッサンが両腕を組みながら皮肉を言う。

「銅貨一枚すら見逃さねぇのになぁ……なんでさっきの薬屋で交渉スキルを使わなかったんだぁ?」

 伝崎は鼻の下を人差し指で払ってから。

「いいんだよ。まだ使いたくないっていうか、まぁなんつーかもっと効果的な場面でこういう新しいのは試したいんだよ」

 伝崎は目を一瞬横に動かしてから、手をあげた。

「あ……」

 競り合っていた厚化粧のばばあに追い抜かされていた。

 なんと、そのばばあが向かう先はモジャ男の店だったのである。

 思い切り頭を暖簾にぶつけて、髪の毛を乱しながらイノシシのように突進していた。

 ほとんど何も気にすることもなく……。

 かなり固めにのり付けされていた暖簾がえぐり上げられた。

「おい」

 次の瞬間、伝崎はその立っている場所で残像に変わった。

 風が吹いたかと思うと、その残像がモジャ男の店の入り口を横切った。

 はね上げられた暖簾が降りるよりも先に伝崎の体が中に入ったのが時間差でわかった。

 脳裏に焼き付いた残像のイメージは頭のカツラを押さえながら、前のめりに商品に手を伸ばしていく様だった。

 影忍リョウガは唖然としながら。

「すっげぇ、入りの瞬間が見えなかった……スピードだけならそこらの忍者よりもあきらか速いんだけど」

 それから影忍リョウガは目を細めて首をかしげる。

(あいつまさか忍者の高等教育とか受けてるのか……ありえない。忍者の家に生まれてないといけないし、そんなヤツ聞いたことがないし)

 ますます謎が深まっていくばかりだった。

 無職? 異世界人? 商人? 忍者? どれもこれも決定打になり得ない。あの男の正体を明かすにはまだまだ不十分。

 観察の舞台は店の中へと移っていった。




「よっしゃああああああああああああああ」

 伝崎は全身で喜びをあらわにする。

 年を食ったマダムとも抱き合った。ワケもわからずに抱き付かれたマダムは目を瞬きする。

 店の中に広がる光景があまりにも嬉しかったのだ。


 モジャ頭の店主の武器防具屋(投資前)

・武器防具の内容。

――――――――――――――――――(棚の境目)

 木槍 1500G(攻撃力20)

 鉄槍 9500G(攻撃力110)

 鋼の槍 1万8000G(攻撃力140)

――――――――――――――――――

 皮鎧 2000G(防御力15)

 鉄の鎧 8000G(防御力70)

――――――――――――――――――

 木の弓 3000G(攻撃力5)

 鉄の弓 6500G(攻撃力70)

 鋼の弓 1万2000G(攻撃力110)

 木の矢 100本入り1000G(攻撃力追加0)

 鉄の矢 100本入り5000G(攻撃力追加15)

 鋼の矢 100本入り8500G(攻撃力追加40)

――――――――――――――――――(棚の境目)

 店の片隅には、ずいぶんと大きいものや色づいているものが置かれていた。

・ユニークアイテム。

 星潜竜の長槍 122万G(攻撃力423、筋力と耐久が一段階アップ)

 漆黒鉄の大盾 25万G(防御力270)


 以前の店の様子はこうだったが。

 伝崎は前に先行投資として200万Gを渡していた。

 その結果として、現在の店の中が変わっていたのだ。


 モジャ頭の店主の武器防具屋(投資後)

・武器防具の内容。

――――――――――――――――――(棚の境目)

 木槍 1500G(攻撃力20)

 鉄槍 9500G(攻撃力110)

 鋼の槍 1万8000G(攻撃力140)

 黒鉄の槍 8万G(攻撃力200)

 白鉄の槍 11万G(攻撃力230)

 白竜鉄の槍 20万G(攻撃力260)

――――――――――――――――――

 皮鎧 2000G(防御力15)

 鉄の鎧 8000G(防御力70)

 鋼の鎧 1万5000G(防御力110)

 黒鉄の鎧 10万G(防御力170)

 白鉄の鎧 12万G(防御力(190)

 白竜鉄の鎧 25万G(防御力220)

――――――――――――――――――

 鉄の盾 7000G(防御力50)

 鋼の盾 1万G(防御力80)

 騎士の盾 3万G(防御力100)←100が王国騎士団のスタンダード

 黒鉄の盾 5万G(防御力120)

 白鉄の盾 8万G(防御力150)

 白竜鉄の盾 15万G(防御力190)

――――――――――――――――――

 木の弓 3000G(攻撃力5)

 鉄の弓 6500G(攻撃力70)

 鋼の弓 1万2000G(攻撃力110)

 黒鉄の弓 5万G(攻撃力140)

 白鉄の弓 12万G(攻撃力170)

 白竜鉄の弓 15万G(攻撃力190)


 木の矢  100本入り1000G(攻撃力追加0)

 鉄の矢  100本入り5000G(攻撃力追加15)

 鋼の矢  100本入り8500G(攻撃力追加40)

 黒鉄の矢 100本入り2万G(攻撃力追加50)

 白鉄の矢 100本入り4万G(攻撃力追加60)

 白竜鉄の矢 100本入り8万G(攻撃力追加100)

――――――――――――――――――(棚の境目)

 店の片隅には、以前よりも明らかに大きいものや色づいているものが増えていた。

・ユニークアイテム。

 星潜竜の長槍 122万G(攻撃力423、筋力と耐久が一段階アップ)

 漆黒鉄の大盾 25万G(防御力270)

 崖赤の大盾 111万G(防御力411、筋力が二段階アップする)


 黒鉄は一般的に黒騎士が装備するような上質な素材である。

 白鉄は一般的に白騎士が装備するような上質な素材である。

 その中でも特に見たことが無い素材の装備があった。

 ――白竜鉄。

 その素材のすごさは白竜鉄でできた鎧をじっくり眺めてみるとわかる。

 どの素材よりも重々しく、それでいて洗練された光沢を放っていた。触ってみるとつややかで持ち上げてみると思いのほか軽い。しかし、それなのに押し込んでみても曲がったりはしない。

「こんな、こんな装備、他の武器屋で見たことないぞ。上質で数も揃っていて……」

 伝崎が驚きと興奮がない交ぜの状態で見ていると、モジャ男の店主が横に寄ってきて解説する。

「200万Gを投資してくださってね。あれで一大決心して目玉商品を仕入れたらそれが首尾よく売れましてね。その大きくなった資金で、あの闘技場の大会に出ていた鍛冶屋さんにあるアイディアを試してほしいって言ったらですね。

 白竜鉄という新素材の装備の量産化にすぐに成功したんですぜい」

 伝崎ははじめから知ってたかのように即、うなづく。

「あいつ仕事早いもんなぁー」

 店主の解説によると白竜鉄とは白鉄素材を溶かし、土竜の鱗を芯にすえることによって、白鉄特有の曲がりやすいという欠点を克服した新素材ということだった。

 今までに存在していない武器防具だった。

 トップクラスのユニークアイテムと比べるとさすがに劣るが、量産武器としては一級品としか言えない。

 正直言って他の武器防具屋でも見たことが無い。

 伝崎は両拳を顔の前で握って、それを震わせる。

「これで変わるぞ。明らかに刷新される。すべての戦力が一気に底上げされるんだ!」

 皮鎧を付けていたゾンビたちがいきなり白竜鉄装備に変わったらどうなるだろう。

 はね返されていた鉄の槍がいきなり白竜鉄の槍に変わったらどうなるだろう。

 伝崎は、考えるだけで頭が沸騰しそうなぐらいにワクワクしていた。

「っしゃあああーーーよっしゃああ」

 その場の地面でたんたんと足を何度もタップする。それから右手を顔の前でスイープさせて下ろし、次には左手をスイープさせて下ろす。その動きに合わせて腰を左右に振る。

 変なダンスを踊り始めた。

 そのくねくねとしたワカメに近い独特の動きは、ほとんど興奮状態でも見られないものだった。

 伝崎は喜びのあまり、自分でも意味の分からない踊りをしてしまっていた。




 モジャ男の武器防具屋の屋根裏にて。

 影忍リョウガは伝崎を監視するような鋭い目つきで見つめていたが、急にぶたれたように子供のような素の表情になった。

(……ほだか……にいさん……)


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