定説は覆すためにあるもの
この世界において、神々は「不死身」と云われている。
「定説は覆すためにあるもので」
しかし、その話に疑問を持っている者がいた。
王都の片隅の古本屋の一室に隠された、子供しか通れないような細長い通路の地下迷路をくだった最果ての最果てにて。
大賢者シシリは子供の身体で到達し、ホコリのかぶった最古の蔵書の中から神界での大戦の様子を忠実に描いた書物を見つけ出してしまっていた。
シシリは文字がほとんど潰れた本を何とか読み取り、眉をひそめた。
それから笑った。
そうして、理解してしまった。その何百年もの知識と知性を総合して。
――神々の秘密を。
神界での大戦で神々は何回も死んでいたのだ。
神々は不死身ではなかった。
人間よりも尋常じゃないほどに体力が多く、寿命が人知では計れないほどに長いだけだった。
そのせいで『不死身に見えているだけ』だということを。
――ゆえに、死ぬ。
「ふふふふ、へへへははははは」
大賢者シシリは新しい知識を発見した時に奇妙な笑い声をあげる癖がある。
まさに今回の知識の発見もその笑いをもたらした。
一方、神々は円陣を作るようにして神界からただの洞窟の様子を見下ろしていた。
伝崎が胸元から取り出した真紅のナイフを見て。
セシルズナイフからこぼれるように紅い紅い光を放つ刀身を見て。
戦神は目を見開き、震えるように漏らした。
『あのナイフ、我らさえも殺し得る……!』
このまま成長し続ければ……無限に尋常じゃないスピードで攻撃力が高まり続けるナイフならば。
数年のうちに、無尽蔵と言っても過言ではない体力を持った神でさえも刺し殺すことが可能になる、と。
下級神ならばその日はもっと近いだろう。
そして、もっと積極的に分裂したスライムを倒し続ければ、数か月の内にその攻撃力に到達してしまうだろうと。
伝崎は知らない。何も知らない。
その必要すら感じずに、ただ胸元からナイフを取り出して見せている。
伝崎の存在によって世界の事情が変わっていた。
セシルズナイフの最高スペックが引き出されてしまう方法論が見つかってしまった。
――そのナイフ、神殺しさえも成し遂げられるだけの「可能性」を秘める。
結果、死ぬ「はず」のない神が倒せてしまうという事実が証明され得る。
異世界人によって不測の事態がすでに起きてしまっていた。
神々が人間界に直接干渉しなくなってから数万年。
かつては人間に転生する神もいたと云われているが、不文律の掟として人間界不干渉というルールができてからというもの。
あくまでも神々は遥か遠くから人間を見守り、称号を与え、ステータスに追加効果をもたらし、信仰によって恩恵をもたらすという基本的な在り方を守り抜いてきた。
魔王が人間界に降臨したときでさえも、神々は直接手出しすることがなかった。
あくまでも天使を勇者に転生させるという間接的な形でしか関わることがなかったが。
「あの異世界人……どうするべきだと思う?」
禁句に等しい言葉がある神から放たれた。
そんな存在、神々が黙っちゃいなかった。
ただの洞窟内の中央で、伝崎は問い詰めるかのように言い放つ。
「このナイフで倒せねぇモンスターはいないと思うんだよ」
その右手に、神殺しさえも成し遂げ得る真紅のナイフをぎらつかせながら。
まるで血気にはやるかのように、自信を見せつけるかのように。
リリンは驚いたように手を前に差し出して、「仲間割れしてる場合じゃないデ……」と言い掛けて、黙った。
伝崎の表情ににじみ出ていたのは。
覚悟だ。
リリンの表情がすこしだけ柔らかく優しくなった。何かを信頼するかのように。
伝崎は頬に汗をにじませながら、左手の人差し指を立てる。
「聞きたいことは一つだ」
優秀な経営者は「あるもの」の使い方を知っている。
白ゴブリン(ゴブリンLV31)
筋力E++
耐久D+
器用B
敏捷C+
知力B+
魔力C
魅力C-
特殊スキル 栽培の神様A+、薬草術B。
武器スキル 弓C
伝崎は白ゴブリンのステータスを見ながら切り出した。
「薬草術で治せるか?」
白ゴブリンにはスキルがあった。
薬草術B。
その薬草術のスキルを使えば、白狼ヤザンの怪我を治せる薬を作れるのではないかと伝崎は考えた。
優秀な経営者は「人材」の使い方を知っている。
白ゴブリンは口を開いて、指を一つ二つと立てた。
「ふぉふぉ、傷薬を作るとなりますと二、三ほど材料がいりますな」
「だよな」
伝崎はセシルズナイフの刀身を見つめながら覚悟を決めたように続ける。
「このナイフでどんなモンスターでも倒してくる。どんな山でものぼってくる。その材料について教えてくれないか?」
リリンが安心したように胸に手を当てた。
白ゴブリンのじいさんは、白狼ヤザンの傷口をすこしだけ確かめるように見てから立ち上がって。
「この傷には、ライライ草とクポの実。そして、ノコギリ草を混ぜたものを作ればいいでしょう」
「聞いたことないな。どこにあるんだ?」
「そうですな。確かすべて王都で買えるものですぞ」
「ああ、そうか。なるほどな……やっぱそうだよな。そう……」
伝崎は思い詰めたように背を向けてから、振り向き直して叫んだ。
「まじかよっ!?」
「すぐに完治とはならないでしょうがしっかりと出血を抑え、回復力を高めることができますぞ。助かる可能性は十二分にありますな」
「おまえその、おまえ……」
こういうイレギュラーな事態に対応することができるのは、伝崎が白ゴブリンという極めて希少な人材を手に入れていたからである。
もしも白ゴブリンがいなければ、白狼ヤザンを治療することは不可能だっただろう。
日頃の経営努力が実った。
伝崎は妙にホッコリとした顔になってナイフをしまう。
「よかった、よかった。持つべきものは優秀な部下だな」
仏のような表情だった。
頬をオレンジ色にしながら目を優しく細めて、それはあまりにも安心したような表情であり、妖精のオッサンは度肝を抜かれたように腹を押さえ、伝崎の一度も見たことのない表情に衝撃を受けていた。
伝崎は早速準備を始める。
宝の山の金貨をいくつか仕入れに使うために袋に詰めながらキキに指示を出す。
「キキ、氷を作って白狼に当ててくれないか? 本当に軽くでいい。出血には軽く冷やすと良いって聞いたことがある。まぁ、その場しのぎだけどな」
「わかった……」
キキは素早く詠唱を唱えて小石ぐらいの氷をいくつかピキピキと音を立てながら作り出していく。
伝崎は袋を抱えながら立ち上がった。
「王都まで徒歩なら3~4時間ぐらい掛かるが、この靴で全力出せば数十分と掛からねぇ。次の冒険者が来る前に戻る! 戻らなきゃ終わりだ。リリン、留守は任せたぞ」
「はいデス……」
「王都に行ってくるっ!」
伝崎は親指を立てながら、ただの洞窟の入り口に向かって大股で歩き始めた。
外に出ると風の靴を全力で始動させて、その俊足で森を突っ切り、王都に向かっていく。
王都のとある小さな薬草屋さん
ドルイドの根 200G
ライライ草 1000G
クポの実 800G
ザンキ草 4500G
ニコニコ草 3000G
ルールの独草 10000G
ノコギリ草 1500G
王都の街はずれを伝崎は白髪の老人に変装した姿で歩く。
伝崎はヒモでくくってもらった薬草の束を掲げながら。
「とりあえず、30個ぐらい傷薬を作れるぐらいは仕入れられたな」
妖精のオッサンは肩の上で同意するように言う。
「これで安心だぜぇ」
「しかし、案外安かった。仲間が怪我したとき用に余分に買って正解だな」
資金2364万3245G→2354万4245G。
ライライ草、クポの実、ノコギリ草をそれぞれ30個買ったので、9万9000G掛かった。
肩の上の妖精のオッサンが思いついたように片手をあげて。
「オイさん思ったんだけどなぁ。白ゴブリンのじいさんに他にも何か薬を作ってもらえるんじゃねぇかぁ?」
「一応帰ってから聞いてみるけど、おそらく王都で手に入る一般的な材料だと効果の高い傷薬とか毒消しぐらいだと思う。まぁ、まったく薬草の知識もない俺にはわからないからな。今はこれで十分だとして」
伝崎は立ち止まると王都を見渡してから続ける。
「とりあえず時間はないし、あんま寄り道できねぇ。だからといって、このまま帰るわけにはいかない」
第二の問題として、強い冒険者たちにどうやって立ち向かうのか。
伝崎は胸を張りながら両手を広げた。
「これから俺がやるべきなのはダンジョン強化だ」
――最適なダンジョン強化が命運を分ける。
資金は潤沢にある。
そのお金の使い方こそがダンジョン経営、ひいてはあらゆる経営において最も重要な要素を占めるのだ。
効果的な投資でなければ、確実にダンジョンは全滅する。
時間は無い。
すぐに決断しなければならなかった。
何を買って、何を買わないかを選ばなければならないのだ。
伝崎は一瞬のうちに、いいや元々考えていたかのように決断する。
「まず俺はあの店に行きたい」
向かったのは、モジャモジャの毛がアフロのように頭に生えた男の武器防具屋。
やけに豊富に武器防具を揃えていたあの店だった。
モジャ男の店の入り口には、なぜか赤丸が真ん中に描かれた白い暖簾が新しく備え付けられていたのである。
いつかの投資によって増えたのか、それとも。
影忍リョウガが仕掛けていた。
伝崎は闘技場の一件以来、王都で指名手配されており、変装セットをつけていた。
頭の白い髪のづらが取れてしまうと、ほとんどバレてしまう状態だった。
リョウガは屋根の上から期待するかのように。
(すげぇパサパサになった微妙に固い暖簾。そのズラ、揺らぐんじゃねぇのかよ)