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自意識過剰な洞窟

皆さん、お久しぶりです。

しばらく休載させていただいていましたが、その辺りの事情は活動報告に書かせていただいております。

たった一人でもこの物語を読んでくださる方がいるのならば、続きを書いていきたいと思っています。

 ただの洞窟内。

 伝崎があごに手をあてながら考えていた。

 直面している問題は明白だった。

 1 冒険者が強すぎて被害が出ていること(全滅の危機)

 次に来るサムライパーティがやばいということがハッキリしているということ。

 ――そして。

 立ち上がった伝崎の足元で、白狼ヤザンが集められたワラの上に倒れている。

 2 白狼ヤザンが瀕死に近い重傷を負っている。

 黒服の半ば破けた上着にくるまれて、目をつぶって横たわりながら「はぁはぁ」と呼吸を荒げていた。

 血がにじむことで、上着の一部の色合いが半円を描くように濃くなっている。

 白狼ヤザンを助けなければならないわけだが、レベルアップでの回復は難しい。

 ――だとして。

 経営者の本当の実力というものは、実際言葉にするのが難しいのはご存知だろうか。

 ノウハウ、テクニック、それこそあらゆる方法が本で説かれている。

 自己啓発と並んで、実に多くのビジネス書がある。

 にもかかわらず、成功する人間としない人間がいる。ノウハウは無限に共有されているにもかかわらず、だ。

 経営者の真の実力というものが、どうして言葉にするのが難しいのか。

 ――それはこうだ。

 どんな鉄則も実際役に立たない場面が出てくるのだ。

 そのときに、「肌感覚」で対処しなければならない場面があるからだ。

 本当の経営者の実力というものは、例えばこの状況においてもハッキリと求められるものだった。

「俺がやらないといけないことは……」

 伝崎は手をぱんぱんと叩いてから深呼吸を繰り返した。

 ――数分だけでいい。ただ、数分かけて。

 彼がまず最初にしたことは、至ってシンプルだった。

 五感をフルに総動員して。

 ――ただ見落とさずに周りを見ること。

 彼を知り、己を知れば百戦して危うからず、と孫子兵法が言っているが、まさにそれはこの場面でも当てはまっている。

 己を知る必要があった。

 この己を知るという行為こそ誰もが見落としてしまう基本であり、最も重要な行動だと伝崎は踏んだ。

 今の状況で己を知ると言えば、ただの洞窟そのものを知るということ。

 白狼ヤザンが横たわり、目をつぶって息を荒げている。

 その場所は丁度、宝の山の手前から二、三メートル先だった。

 伝崎は、ふっと視線をまず上げた。

 背中の破けた白いカッターシャツ(もとい、すでに汚れて白くなくなったシャツ)の焼失した跡など気にせずに。

 宝の山を見つめる。

 ミラクリスタルと竜の卵が何千万Gと積み上げられた金貨の前にある。

 現金2364万3245G+ミラクリスタル(3000万G)+竜の卵(770万G)

 これだけの財宝があれば、冒険者は殺到してくるだろう。

 その結果、発生している強い冒険者問題。

 側ではさっき倒した中上級パーティの冒険者たちの装備の数々が折れた大剣を目印にまとめられている。

 金貨の山の中に埋もれているのは、役立たずの機械兵だった。

 顔と左肩だけを出していて、光すらしない目でこの状況を見守っている。

 右目と肩の装甲部分に金貨が数枚、はまるかのように乗っていたりした。

 その左側には第四魔法師団の隊長に任命したばかりのキキがいて、申し訳なさそうに顔を下げて、いや申し訳なさそうというよりも居場所の無さそうな表情でいた。

 ほっそりとした彼女の装備は実に簡素で、奴隷時のまま。

 隊長とは名ばかりの薄汚れたシャツとズボンを着ているだけ。

 伝崎が与えた赤布を大切そうに折り目を付けて首に巻いていた。

 頭頂部には白い一本の髪が見えたが、他の藍色の毛に埋もれそうになっていた。

 このただの洞窟内ではその髪は黒にすら見える。

 伝崎が見つめていると、キキは「ウゥゥッ」と獣のようにうなって、目だけこちらをちらりと見てからまた下に向けた。

 悔しそうなうなり声だった。

 さっきの戦闘に対する責任を感じているのだろう。

 ――何がこの状況で必要なのか。解決策なのか。

 リリンが手の上に光球を作っている。

 宝の山の右隣でスケルトン軍団の筆頭に立ちながら、その人間らしくない金色の瞳を細めている。

 なぜか、彼女はタンクトップになっていた。

 スクール水着のような服装だったはずだが、なぜかタンクトップになって下はタイトな赤いミニスカートになっていたのだ。

 靴下はピンクと白の縞々模様で、靴は真っ黒だった。

 今さら気づいた。

 気づかなかった。気づけなかった。

 気づいてすらいなかった。

 ――なぜ?

 なぜかは分からない。

 分からないが、いつの間にか彼女は服装を変えて、ぎらついた目つきで伝崎を見ている。

 それこそ、「御用デスか?」と言わんばかりの、もはや「デスデス?」という感じの、押しつけがましい目線をこちらに送りながら黙っていた。

 ピンク色の髪は相変わらずで、そのマントは黒いままだったが。

 ときおり、ところどころ穴の開いた恐竜のごとき小さな翼をピクリと動かして、マントからのぞかせてみせた。

 後ろのスケルトンたちが首を傾け、鉄槍を上に吐き出し、むき出しの身体をカラカラと風に揺られる葉のように鳴らした。

 装備的にはかなり貧相で、打たれれば確実に死ぬだろうという骨だけのメンバーたちだ。

 振り返ったリリンが片手に持っていた小さな骨(人差し指の骨)を二つコツコツと鳴らして、スケルトンを左右からまとめて整列させている。

 ただの洞窟の広場の出入り口付近。

 左隣の手前。

 金髪軍曹こと、ゾンビのタロウが自ら率いる部隊に向かって両手をかざしている。

 背中に槍を収めた状態で。

 軍曹の部隊のゾンビたちは7体に減ったせいか、ちょっとだけ陣形のサイズが小さくなったように感じる。

 先の戦闘で数が減ってしまった。

 この調子で戦い続ければ前衛部隊は全滅だろう。

 軍曹が人差し指を顔の前で立てて何かを伝えている様子だ。片目は閉じている。

 その知的な動作はもはや人間のそれと変わらず、動きがちょっとゆっくりで緩慢かつ肌が青白いということ以外に、彼の外見はゾンビとは思えなくなってきている。

 鉄兜がよく目立ち、他のゾンビたちとは一線を画している。

 もっと言えばレベルアップし、進化することで見た目のはげた部分が無くなっていた。

 部下のゾンビたちは、二の腕部分や太もも、顔の半分すら抜け落ちて骨が見えている者もいる。

 そのために速く動けないのは仕方が無く、また魚が腐ったかのような腐臭すら放っていて鼻の奥を悪質につんざく。

 ただの洞窟の左側にはいつもいつも青色の腐臭が充満している。

 ゾンビたちは皮鎧をだらしなく着て、鉄槍をなんとか地面に立てて木の丸盾を揃えている程度。

 しかし、金髪軍曹が命令すると一斉に右に動き出す。

 その訓練度はマックスだった。

 何より軍曹はしっかりと皮鎧を着こなし、鉄兜を頭頂部にしっかりと乗せて、「お前たちぃ、ここからが本番だぁ」と完全に聞き取れる言葉を話しているのだ。

 その隊長としての後ろ姿にはもはや頼もしい雰囲気すらあった。

 伝崎はその姿を見つめながら思った。

(なんつーか、すでに人間としての記憶を取り戻してそうだな……)

 ただの洞窟のより奥の方は見えづらい。

 現在いる洞窟の広場は、せいぜい一般的な小さな公園の広場と同じぐらいのサイズしかないが、多少の奥行きがあってリリンの光球では写し切れない影が壁際にある。

 洞窟の壁自体はそれほど硬質なものではないが、水がしたたっているせいか光沢をやや放っている。

 いびつな削り痕跡。手や棒で掘ったものとしか思えない跡が付いていた。

 伝崎はふとただの洞窟について一考する。

(まだ広げる余地、ありか)

 今の三つの部隊でほとんどサイズ的には運用限界に近付いている。

 が、ただの洞窟を拡大する余地はまだまだあるだろう。

 せいぜい新しいモンスターを置ける余地が今あるとして、宝の山の前と右奥のちょっとしたスペースしか無い。

 左奥では、「ふぉふぉ」という声が漏れ聞こえてきた。

 白ゴブリンのじいさんが自らの白いひげを触りながら、しわくちゃの顔を小さくまとめている。

 草で作ったような緑色のローブを着ていて、その肌色は黄色にどちらかというと近いが、ところどころはげて白くなっている。

 白い髪の毛は腰にまで伸びていて背中に収めた弓に掛かっているが、奴隷時脱出後から綺麗にまとめられている。

 かなり見えづらい位置にいるせいでその存在を忘れがちだが、後ろからいつも弓を打ってくれて地味に役に立っていた。

(そういや、じいさんに頼んでた畑はどうなってきたかな……?)

 以前発見した丘の平原には、まだ畑を開発する余地があったのだ。

 老いたゴブリンを囲うようにして、後ろの部隊のゾンビたちはもうすでに鉄弓を直して、次の合図を「うーぅー」と静かに言いながら待っているようだった。

 防具は基本的になく、元々の村人が着ているような茶色い系統のズボンやシャツばかりで防御力は無きに等しい。

 隊長によって知力が違うように統率力も違い、訓練度がマックスに上がるにつれて特色が出ているようだ。

 栽培の成功も彼にかかっていると言っても過言ではない。

 まさに縁の下の力持ちだ。

 ――この洞窟の一体どこに……

 伝崎は感じている。

 それこそ、ありとあらゆる五感をフル動員しながら感じ取っている。

 ゾンビたちの腐臭が水気を持って鼻の奥を貫き、ときおり洞窟の一番奥から女魔王のゲラゲラとした笑い声が漏れ聞こえ、仲間たちのありとあらゆる色彩が伝崎の脳細胞を活性化させていく。

 手触り。

 左手のガントレットの上質な装備の心地(内側はシルクのような触り心地)を味わいながら、銀色の光沢をじっくり見つめて感じようとする。

 白いワンピースの妖精の女の子に「変な目つきで見ないで」とどやされながら側頭部をぽかぽか叩かれる。

 洞窟の足元の地面の土に何気なく生身の右手で触れたりする。

 一見すると意味のない動作に見えるその動きを繰り返して、その砂一塊とってもざらついていることを感じる。

 伝崎の口の中は、すこし湿っている程度で前歯部分は乾いてすらいた。

 上唇の裏側が歯に吸い付いてしまうような感覚があった。

 妖精のオッサンが肩の上で「おかしくなっちまったのかぁ」とぼやいたりしている。

 経営者としての本当の実力は言葉では説明がつかない。

 それは感覚的なものだからだ。

 極めて主観的ですらある。

 それをどうやって客観に落とし込み、現実のものとしていくか。

 いや、現実に対応して、経営を創造していくかだ。

 この感覚の中から意識的に見い出すことができる「力」と言っても過言ではない。

 状況を正確にリアリティを持って完全把握し、そして相応しい決断を下すこと。

 そのために圧倒的に感じる必要がある。

 ――現場を!

 伝崎は洞窟内を三百六十度見回してから、はたと「それ」を二度見した。

 手をポンと叩いた。目を点にしながら、あっけのない表情で。

 それから悟ったように微笑んだ。

 次の瞬間、手招きをした。

 破けたカッターシャツの半円から間抜けな感じで背中の治った肌が見えている。

「ちょっとこっちに来てくれ」

 経営者は「あるもの」の使い方を知っている。

 白狼ヤザンの救済のために。

 伝崎は繰り返した。

「ちょっと、こっちに来てくれ」

 リリンは電撃に打たれたように向き直った。ただの洞窟の天井をちょっとだけ見上げるような姿勢で、恍惚とした表情になってから、ここぞとばかりに顔を赤らめて。

「はいデス…………!」

 と言った。まるで準備ができていると言わんばかりに。

 伝崎は速攻で否定するように手を左右に大きく振った。

(違うぞ、リリン。嬉しそうにこっち見るな。恋人に手招きされて嬉しいみたいな、そんなノリで見るな。断じて違うからな。お前を呼んだわけじゃないから。どさくさに紛れて、お馬さんごっこはしないからな)

 リリンは悔しそうに地面を叩いた。その悔しがり方も本気度が高く、殊勝なものだった。

 伝崎は気を取り直して、手招きした。

「ちょっと、こっちに来てくれ」

「……っ!」

 キキはとっさに防御反応を示すかのように詠唱を唱えて、両手に氷の束を作ろうとしていた。いや、何かを凍らせるかのような信じられない詠唱スピードで地面と共にこちらを凍らせるような態度を垣間見せた。

 伝崎は身震いするかのように首を大きく振った。

(違うぞぉおお、キキ。お前じゃないぞ。さっきの事を叱るとかないし、凍らせるにしても俺じゃなくてヤザンだろ。ヤザンを凍らせて傷口を止血するとか、そんなノリだろって。その才能を叱れる人間なんてこの世界にいないから、な。な、だから速攻で凍らせるのをやめてくれ)

 キキは耳をぺたんと頭の上で寝かせてみせた。

 伝崎は首を二度振ってから気を取り直して、手招きした。

 今度はしっかりと首の向きを変えて伝わるように。

「ちょっと、こっちに来てくれ」

「っ!?」

 肩の上の妖精のオッサンが「オイさん??」という表情で目玉が飛び出しそうになりながら、自らの顔を指差していた。

「ち・が・う」

 伝崎は反対に向き直してから、手招きする。

「ちょっと、こっちに来てくれ」

 反対側の肩の上のガントレットの妖精の少女が顔を引きつらせる。

「なに?? 行くわけないでしょ! ガントレット泥棒未遂! 商売泥棒! 泥棒猫」

「お前じゃない! ディスリ方がすげぇズレてるし、商売は泥棒できねぇし。商売を泥棒するって壮大すぎだろ。なんだ? システムごとパクッてんのか? 泥棒猫にはあえて触れないけど、商売を泥棒するって商売の権化かよ! 嬉しいわ!」

「ひぃっ、殺人ナイフの管理者がこっち見ないでぇええっ」

「あと、お前すでに俺の肩の上に乗ってるし、手招きする必要ないし」

 伝崎は両手で頭を抱えた。

「だぁあああ」

 伝わらない。伝わらなさすぎる。

 この自意識過剰な洞窟において……というよりもすべからく経営において明確な指示を出さないということは致命傷なのだろう。

 伝崎ははっきりと話すことにした。

「お前ら、一刻の猶予もないんだよ。いいか、俺が呼んでるのは白ゴブリンのじいさんだ」

「ふぉふぉっ、何か用ですかな?」

 洞窟の左奥から白ゴブリンが丁寧な足取りでこちらに向かって歩いてくる。


 白ゴブリン(ゴブリンLV31)

 筋力E++

 耐久D+

 器用B

 敏捷C+

 知力B+

 魔力C

 魅力C-

 特殊スキル 栽培の神様A+、薬草術B。

 武器スキル 弓C


「なぁ……」

 伝崎は真剣な表情で目を細め、厳しい目つきになった。

 白ゴブリンを見下ろしながらその横顔に影を作りながら深刻な雰囲気さえ漂わせる。

 数秒間の沈黙。

 伝崎はゆっくりと胸元の内ポケットに右手を入れ、引き抜くようにセシルズナイフをのぞかせる。

「聞きたいことがあるんだけどさ……」

 伝崎の突き放すような声のトーンは、探るような口ぶりで。

 墨のような黒きアウラを背中から渦巻かせながら、右手の先のセシルズナイフの真紅の刀身を闇に包み込んでいく。

 白ゴブリンは「ふぉふぉ」と不敵な笑みを浮かべながら伝崎を見上げるばかりだ。

「なにをしてる……デスか?」

 後ろでリリンが背筋を真っ直ぐに伸ばしながら、その翼をピクリとはね上がらせた。


ダンジョンLVゼロ!で本当にやりたいことはたったひとつで

ただの洞窟がどういうふうに成長し、どういう結末を迎えていくのかという事なんですよね。


その結末が喜劇的なものであれ、悲劇的なものであれ。


なんとかそれを皆さんに見届けていただきたい。

いいえ、自分自身が描き切って見届けたいと思っています。

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