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窃盗

 伝崎は西日本一美しい土下座を披露した。

 野次馬が集り始めた居酒屋で、割れんばかりの喝采が起こった。

 さまざまな種類の人間が集まっている。 

 乞食から金持ちまで、その中でも一際目立つ金髪の美少女がいた。

 黒毛皮を深々と着込み、手を宝石で埋めているのだが、口元を手で隠しながら大笑いしていた。

 目立つぐらいに笑っているのである。

 それと同じく、心臓もゲラゲラと腹を抱えて笑う。

 頭蓋骨は眉をひそめてバツのわるそうにする。

 心臓は笑い終えると、声を張り上げた。

「その土下座に救われたな!」

 後ろに続く頭蓋骨がすーっと寄ってくる。

「次、会ったときは……」

 頭蓋骨は目をひんむきながら、伝崎の耳元に。

「殺す」

 そう告げると、頭蓋骨は心臓の後を追いながら立ち去っていった。

 伝崎も背中を丸めて居酒屋から立ち去る。

 人ごみの中、ポケットに深々と手をつっこみながら呟いた。

「会心の土下座や……」

 その背中には、男の哀愁が漂っていた。




 夕暮れどき。

 伝崎は血眼になって、王都の武器防具屋を巡っていた。

 ――武器がいる!

 おい、ちょ、それ目的変わってんだろ、と伝崎の中のもうひとりが叫んでいた。

 目が爆発的に血走っていたのである。

 衆目の前で土下座をさせられた屈辱は想像以上のものであり、伝崎のガラスのハートは粉々に破壊された。

 地団駄を踏んで怒り狂った。

 次、会ったときは、だいたい逃げる。

 でも、勝てるなら挑んでやる。

 つまり、ほぼ確実に逃げるのは間違いなかった。

 武器屋の通常価格。

 木の棒500G。

 銅の剣2000G。

 鉄の剣6000G。

 鋼の剣1万2000G。

 三番通りのヤマタさんの武器屋の商品。

 木の棒1000G。

 銅の剣5000G。

 鉄の剣2万G。

 見たとき、ぼったくり具合に驚いた。

 品揃えも悪かった。

 ひげ面の、いかついオッサンが店先に立っていた。

 即座に逃げた。

 このように店によって、商品の価格が違うのである。

 また、店によって品揃えもまちまちだった。

 伝崎自身はあまりこれといって、通常の店の品物に興味を示さなかった。

 以前の非力な伝崎が、鉄の剣を持つと。

 敏捷A- → 敏捷B

 と言った具合にスピードが落ちる。

 鋼の鎧や鋼の兜を売った理由は明白だった。

 九割方、金の問題だ。

 しかし、もし鋼装備を身につけたとしても。

 敏捷A- → 敏捷C-

 もうひとつ、ラインランスを持ってしまうと。

 敏捷C- → 敏捷D+

 と言った具合に、非力なため敏捷がガクンと落ちてしまう。

 しかし、戦神の称号を得た今ならば、鉄の剣ぐらいを持ってもスピードは落ちない。

 といっても鋼装備で固めると、やはりスピードは落ちる。

 伝崎はスピードが落ちるのを極度に嫌うタイプだった。

 また、彼の武器スキルはほとんどがF-。

 武器らしい武器を使ったことがないのである。

 しかし、唯一、まともな武器スキルがあった。

 短刀スキルC-

 飲食店に勤めていただけあって調理師の資格を持っており、出刃包丁からナイフに至るまでうまく扱うことができる。

 伝崎は王都を練り歩き、ひと気の少ない片隅の古武器屋に辿り着く。

 その中に入ると、茶びた皮の鎧やどうやって使うのか分からない赤い棒。

 角がついている真っ黒な兜や片方しかないガントレットが無造作にあふれている。

 店の奥のカウンターでは、ババアが鼻風船を作りながら眠っている。

 いい加減な雰囲気といい、過密な部屋のほこりっぽい空気といい。

 伝崎は気に入った様子で口をにやける。

 ゴミ屋敷といえばゴミ屋敷、宝の山といえば宝の山。

 冒険に近い興奮を覚えながら、ここに来るまでに身に着けたアイテムを見分ける方法を使う。

 伝崎は額にアウラを集中させると、洞察スキルを発動した。

 すると、自分の体の周りのアウラがぬめりと眼前に浮かび上がり、目視できるようになる。

 ソレとともに、店先の物を把握していくのだ。

 良いモノには、精霊がついている。

 これが王都を練り歩き、伝崎の見つけたことだった。

 事実、魔法店に置かれていた杖には火の精がついていたし、高級武器屋にあった大盾には、真っ黒な闇色の虫がついていたりした。

 そういうわけで、この古武器屋にも精霊がついているモノがあるはずだ。

 洞察スキルで精霊が目視できるようになるのには、B以上の能力が必要だったのだが、このときの伝崎は知る由もない。

 しかし、薄々、伝崎は直感していた。

 他の人間に聞いてみても精霊が見えない人間が多かった。

 そこで精霊の存在を洞察できない人間が多いのならば、古武器屋などに掘り出し物が埋もれている可能性があると、伝崎は考えたのである。

 それは埋もれていた。

 苦しそうにしていた。

 モノに挟まれながら、ひぃひぃと、うめいていたのである。

 四十代ぐらいのサラリーマン姿のオッサン。

 親指ぐらいの小人だ。

『たすけやがれ! たすけやがれってんだ!』

 ――なんだ、こいつ?

 伝崎は、無視することにした。

 他にも見回していくと、片方だけの銀色ガントレットの上に座る妖精がいた。

 白いワンピースを着ている透明感のある少女である。

 髪はエメラルド色で、目は丸々としていて頬はとろけそうなぐらい柔らく見えた。足をぶらぶらして、口元をとがらせている。

 その妖精はガントレットをときどき磨いているのである。

 伝崎は片腕を小さく上げてガッツポーズ。

「ビンゴ」

 そのまま近づいていくと、見下ろしながら聞く。

「君は、そのガントレットの妖精さんだね?」

「うせろ」

 妖精は中指を立てて舌を出した。

 伝崎は、口笛を吹いて店の出口を見た。

 すこしだけ家に帰りたくなったのは言うまでもないが、とりあえず何事もなかったかのように他を当たることにした。

 見てまわるだけ見てまわったが、これといって妖精は見当たらなかった。

 やはり、というべきか。

 仕方なく、埋もれているオッサンを助けることにした。

 人差し指と親指の間で、オッサンの頭をつまむと、オっといって目を丸くする。

 くにくにすると頭がゴムボールのように伸び縮みする。

 呼吸が止まったかのように、微動だにしないところを見ると苦しそうだ。

 無理やり引き抜く。

 ごりっと音が鳴って、オッサンが引き抜けた。

 下はズボンが取れて、トランクス姿になっていた。

 じたばたする小さいオッサンを手の平の上に座らせる。

「ひぃー助かった。いやね、なんでこうなってたのかというと、異世界に飛ばされたと思ったら武器の妖精になっちまってた。

 ちょっと何を言ってるか分からないと思うが、俺も何が起こったのかわからん。

 朝、目覚まし時計を見たら、こりゃマズイって、マズイって思ったね。んで、急いで電車に乗ったんだが」

「聞いてない」

「えっ、生い立ちから知りたいって? いや、照れるな。オイさんに、そんなファンがいたなんて」

「いや、聞いてない」

 伝崎はジト目で、オッサンを見下ろしていた。

 オッサンは言葉に窮したのか、脂汗をかきながら話す。

「お、おぅ。お前は恩人だからな。良いこと教えてやるよ。

 俺が埋めれてたとこにな、実はセシルズナイフっていうのが隠れてんだよ。

 俺の住処だ。自分で言うのもなんだが、あれは良いナイフだぜ」

「ふむ?」

 悪い情報ではなかった。

 というよりも、知りたいことだった。

 伝崎がその場所のガラクタを押しのけている間に、オッサンが延々と説明してくれた。

「こうでこういうものなんだよ」

 セシルズナイフ。

 暗殺者セシルがある日、仕事に失敗した。

 ナイフに原因があると考えたセシルは、自分に合ったナイフを作ろうと鍛冶をはじめた。

 しかし、納得したものができず、一生ナイフを打ちつづけた。

 初期、中期、後期で大きく評価が分かれている。

 期待していた物が、ガラクタの中から厳かに姿を現していく。

 反りのない黒のナイフだった。

 黒鉄の刃先は光をほとんど反射せず、静かだ。

 見ていると、吸い込まれそうな黒さがある。

 青い縄で巻かれた取っ手を持つと、ずっしりとした重みが伝わってくる。

 伝崎はうれしそうに笑う。

「これは、いいモノだ」

「だろ、だろ?」

「あんたが付いてなければな」

「そんなこと、いうなよぉお」

 いや、逆に、と伝崎は思う。

 もしも、店主がこのオッサンを見れるだけの洞察スキルの持ち主ならば、逆に価格は下落するだろう。

 それを逆手に取れば、安くこのナイフを仕入れることができる。

 仮に洞察スキルを持っていないのならいないで、こんなところに置いているところを見ると安く買える可能性がある。

 どっちにしても、だ。

「ひとつだけ聞きたいことがあるんだが」

「おっ、打ち解けてきたね。聞け、聞け」

「妖精ってどういう意味があるんだ?」

「ああ、それね。俺もちょっとは妖精してるから知ってんぞ。妖精がいることによって、武器に付加効果が付いたりするんだぜ、だぜ」

「例えば」

「あのガントレットに、かわいい少女の妖精がいるだろ?

 すごいんだぜ。あの子がいるおかげで、あのガントレットは筋力、敏捷が上がるときてやがる。

 しかも、だ。

 全属性の耐性がつくんだよ。でもまぁ、あの子かわいい顔して気が強いよ。

 口説こうとしたら、突き落とされたからな」

 筋力と敏捷が上がる? 全属性耐性付き?

 素人でも分かる。

 すさまじい代物だった。

 絶対に欲しいと思えるほどに。

 どれほどの価格かは、分からない。

 しかし、伝崎は直感した。

 転売したら、すごいことになる。

 装備しても、すごいことになる。

 すぐさま駆け寄って、ガントレットの周りを見渡した。

 下の方に値札みたいなものが付いていた。

 120万G。

 手が出るような価格ではない。

 値札の裏側にはこう書かれていた。

 値切っても120万G。

 土下座しても120万G。

 世界が滅んでも120万G。

 妖精の付加効果がわかっているのならば、これだけの価格をつけるのは当然のこと。

 この店のババアが高い洞察スキルを持っていることがわかった。

 また、絶対に値切らせないような強欲ババアであることもわかった。

 ぐぅの音も出ない値段に、伝崎は両腕を組んだ。

 じとりと頬に汗をしたたらせながらも、この状況を考えるのだ。

 ガァガァといびきをかきながら店主のババアは眠っているのである。

 ――そうだ。

 伝崎は、黒い笑顔になる。

 ――盗めばいいんだ。

 モラルもクソもないのは、異世界に来てからずっと同じこと。

 このガントレットが転売できれば、借金をいきなり五分の一以上返せるし、先行投資に使えばダンジョンを一気に強化できる。

 収入が劇的に増えて、一年以内に帰れるかもしれない。

 すごいことになる。

 伝崎は、出入り口を二度見する。

 誰もいない。

 通りからは、人の声すら聞こえてこない。

 黒い欲望が湧き上がる。腹の奥底がぎゅうと締まるような感覚である。

 ひどい緊張感があって、肩が上がってしまう。

 じわりと、ガントレットに手を伸ばす。

 妖精の少女は、頬っぺを膨らませて罵倒してくる。

「バカ、近づくな。外道、悪魔、守銭奴、守銭奴、守銭奴」

 それすらも今や伝崎にとっては快感だった。

 この世界を手中に収めるような感覚である。

 そっとガントレットに触れると、少女がポカポカと小さな手で殴りつけてくる。

 手に加わるガントレットの深い重みを味わいながら、持ち上げる。

 すぐに伝崎は敏捷を発揮する。

 高速で体を翻して、一歩進もうとする。

 ガシャっと鉄の音がする。

「っ?!」

 ガントレットの下から、大量のチェーンがむき出しになる。

 五重のチェーンがガントレットの縫い目に結び付けられており、蛇があふれ出したように見えた。

 一瞬、パニックになる。

 すぐに、むにゃむにゃと言いながらババアが目覚めてしまう。

「お客さん、良い目をしてますね」

 伝崎は逃げようとしたが遅かった。

 呼び止められた。

 全身汗だくになりながら、伝崎は頭を低くする。

 もしも騎士団に通報されたら、もう王都には出入りできない。

 最悪、投獄される。

 なんてことだ。

 大口の仕入先を自分で叩き潰すことになった。

 裏市場の情報を知ったことも無駄になる。

 王都にはありとあらゆるものが集うのに、自分は遠ざかることになるのだ。

 それは金から遠ざかることを意味し、この世界からの脱出が難しくなることを意味する。

 目先の利益を追って得をしたことなど一度もないのに、そのことを忘れるぐらいに血迷っていた。

 ババアは揉み手をしながら、近づいてくる。

「そのガントレットいいでしょう?」

 ――気づいてない?

「盗みたくなるほどにねぇ」

 伝崎は泡を吹きそうになった。


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