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オフレコの話

『なぁ、リリン。本当の危機が訪れるとしたら外敵が原因じゃないってことを分かってるか?』

 リリンは思い出していた。

 かつて伝崎と二人だけで話した些細な話で、そのときは気にも留めなかったこと。

「はいデス?」

 リリンは思い出していた。

 伝崎が唐突に語ったことを。

『いや、みんな周りがどうの、世界がどうのって言うだろ?

 何でもそうなんだけど、周りのせいにするわけだ。

 ただの洞窟でいえば、そうだな。外から来るパーティがやばいとか。

 でもな、本当にこの洞窟に危機が訪れるとしたら内側からなんだよ』

「どういうことデス?」

『わからないかな。人間の内側の弱さとかの方がはるかに問題だってことさ。

 その弱さが克服できてりゃ外敵なんて対策とってばったばったよ。

 経営の成功と失敗もまったく同じ原理だね。経営者の考え方次第でどうとでもなる。

 まぁーお前も人間を何年かやったら分かるかもな。こういう話はな』

 伝崎はただの洞窟の天井を見上げながら、意味深にひとりごちるように言ったのだ。

 なぜ、それを思い出したのかは分からない。

 ただ、伝崎が足元で死に絶えたゾンビたちを見ているときにリリンは思い出していた。




 わずかな謎。

 ときにそれが決定的なことになる場合がある。

 小さな日常のほころび。一見すると何ともないようなものが大きな出来事を引き起こすことがある。

 それは、女強戦士が転んだことにも見られているのではないか。

 リリンはそのことにも解せない気持ちがあった。

 あの女強戦士はなぜ転んでしまったのか、そもそも分からない現象があったわけだが。

 今は、伝崎のアウラの変化にすべての視線が集まっていた。

 伝崎の右肩の上で、妖精のオッサンがあごを触りながら口をかしげる。

「いや、明らかに濃さが増してるっていうかなぁ」

「これ……な」

 伝崎は自分の両手から放たれるアウラを見つめる。

 そのアウラの色合いは、墨が水の中でたゆたうようだった。それが糸を引きながら、ただの洞窟の中で揺らめいている。リリンが出した光球が視界内を照らしているが、それでもそのアウラだけ光を失っているのだ。

 何よりも異常な点があった。

 まるでアウラに向かって黒い矢印が入るようにエネルギーが流れているのである。

 伝崎の手に大量の矢印の形をしたアウラが渦巻いている。いいや、それは全身すべてでそうだった。何か吸引力のようなものがあがっているのだろうか。

 伝崎は思い出したように顔をあげて妖精のオッサンに向かって話す。

「ああ、そういやさ、竜覇祭からなんかすごい俺のアウラ濃くなってるような気がするな」

「どういうことだぁ?」

 伝崎の脳裏に女強戦士が転ぶ姿がフラッシュバックする。

 そのとき、伝崎のアウラに女戦士の両足が触れていた。まるで影を踏むような形になっていた。

「いや待てよ。もしかしてもしかすると……」

「そのアウラ、おいさんも思ったんだけどよぉ」

 明確だった。

 前はアウラを凝縮しなければ相手のアウラを吸収することはできなかった。

「なんか威力が上がってるのかね?」

 今回、まったく凝縮してなかったのに傭兵のアウラを吸収して、その力を抜き取ることができた。

 さらに加えて、女強戦士は伝崎のアウラに触れただけで倒れてしまったのだ。

 どう考えても。

 伝崎は納得したように手を叩いて言う。

「だから、転んだんだ……いや、すげぇな」

「おいおい、謎の進化を遂げてるのかぁ?」

「そんな変化があるなんて自分でも気づかなかったわ。まぁ、アウラって精神状態の影響を受けるらしいし、俺も強くなってんのかもなぁ」

 そういって、伝崎は「はははは」と乾いた笑いをあげる。

 伝崎は試しにアウラをぶわっと放つと。

 妖精のオッサンは「ちょ、手加減してくれぃ」と言いながら放たれるアウラにエネルギーを奪われたように力なく肩の上に座り込み、妖精の女の子は「やめてよ……」と言いながら手首にしがみついている。

 何か見逃していないか。

 と言わんばかりにリリンは目をクリクリとさせながらも、ぴくりとも笑わずに伝崎を見つめていた。

 伝崎自身ですら自らの心境の変化に気づいていない様子だった。




 金髪軍曹が「お前たち! 気を引き締めていけい」と激励を浴びせて、ゾンビたち一同を叱咤激励する中。

 伝崎は両腕を組んで、その様子を後ろから見つめる。

 隊列は整えられ、乱れた士気を取り戻すには十分だった。

 これからの対策をすでに考えついており、実行に移すだけだ。

 キキは意気消沈したように両膝を抱えて、宝の山の前でうずくまっている。なんて言葉を掛けるべきか考えたが、ときには悩ませてやる必要もあるだろう。

 なんにしたって彼女が殻を破る必要が出てくる。

 そう考えていた矢先、肩の上にいた妖精のオッサンが耳を引っ張ってくる。

「伝崎ぃい」

「なんだ?」

「二人だけで話がしたいんだが、いいかぁ?」

 妖精のオッサンが顔をのぞきこむようにして見つめてくる。

「オッサンからなんて珍しいな、おい」

「おいさんがカリスマ店長にアドバイスするなんておこがましいけどよぉ。はたから見てるっていう余裕と年の功でわかることもあるんだぁ」

 伝崎はただの洞窟の広場から離れるようにして歩き、魔王の扉の前まで歩いていく。

 薄明かりが広場から見える中で、二人でオフレコの話をし始める。

「いいから単刀直入に言ってくれ」

「言いたいことが二つあるぜぇ。まず一つ、ここまで追い詰められたんだからなぁ。やっぱりミラクリスタルを使ったほうがいいんじゃねぇかぁ?」

 伝崎は片手をあごにあてて、数秒間考え込んでから。

「ああ、それな。俺も考えた。確かに俺のくだらない意地やこだわりなんかで仲間を危険にさらしたことは失敗だった。振り返ってみると、ミラクリスタルが見てた未来は正しかったかもな。

 俺が毒にやられるところまであってたわけだし……それでもなんだよな」

 妖精のオッサンは頭を抱えて首をかしげる。

「わっかんねぇなぁ、何こだわってんだぁ?」

 伝崎は澄んだ顔でつぶやくように口にした。

「ミラクリスタルで勇者倒せるのかね?」

「……!」

 伝崎は両手を広げて語り始める。

「ミラクリスタルって魔界にあるわけだよな。それで未来予知ができるわけだ。だったらさ、ミラクリスタルを使えば、魔王は未来に備えて絶対に勇者やヤナイに勝てると思わないか?

 なんで今まで勝ててないんだ? 俺なんか使う必要ねぇよな。

 いや、事情は分からないぜ。でも、倒してるわけじゃないってことは確かだ。おかしくないか?」

「いちいち鋭いなぁ。おいさんは想像もつかねぇよぉ」

「いやさ、未来って『一つ』ではないんじゃないか?」

 伝崎は大胆な仮説を披露する。まるでこの世の真理と言わんばかりに。

「つまり、ミラクリスタルはあくまでも一つの可能性の高い未来を見せるだけで、絶対に100パーセントそうなるわけじゃないっていうか。俺の考え方にもつながるんだけどさ、未来って決まってるわけじゃないと思うんだ」

「なるほどなぁ……深い話だぜぇ。だがなぁ、そうだとしてもちょっとはミラクリスタルを使ってもいいんじゃないかぁ?」

「ミラクリスタルに依存したらミスをしなくて済むだろう。その代わりにただの洞窟の成長は止まると思うんだ。対策対策で、危機に晒されないから誰も成長する必要がなくなるわけだ。

 これは日本の教育とか社会にも通じるけど、失敗しないことは美徳なんかじゃないんだよ。

 失敗がないってことは成功もないし、成長もない。挑戦してないってことなんだからさ。

 どうしたらいいか?って考えが自分から出てこなくなる」

 伝崎は畳みかけるように話を続ける。

「そのときに本物の勇者や絶対魔術師ヤナイがやってきたら勝てるのかね? 確実に負けるだろ? 俺はキキがこうやって動けなかったこともよかったと思ってる。先回りして防ぐよりも、問題が露呈したほうが成長する余地が生まれるからな」

 妖精のオッサンは自分の額を叩いて、かっはーと言いながら。

「いやぁー参ったぜぇ。まじで参ったぁ。おいさん完敗だわ」

 かと思えば、妖精のオッサンは勢いづいたように続ける。

「二つ目の話と繋がるんだがなぁ、そのキキの成長を願ってるならなぁ。叱ったほうがいいんじゃねぇかぁ?」

 伝崎は苦笑する。

「いや、それはないだろ」

「ガツンと言ったほうが成長する余地が生まれるだろぉ。ここで甘やかしたら元も子もねぇ」

「今回のことは100パーセント俺の責任だ」

「仲間が危機に晒されたのは、キキが腰を抜かして攻撃を怠ったからじゃねぇかぁ?」

 それでも伝崎はゴクリと喉を鳴らして沈黙を守る。

 確かにそれはあったかもしれない。

 キキがもうちょっと動けば、戦闘内容は変わったかもしれない。

 伝崎は、ぼそっと小さな声で言う。

「払ってないからな」

 妖精のオッサンが耳をそばだてて聞き返す。

「なんていったぁ?」

「いや、なんでもない」

 伝崎はポケットに両手を突っ込みながら黙った。

「わっかんねぇなぁ、おいさんには」

「払ってないからな」

 また伝崎は、ぼそっとつぶやいた。

「……なんてぇ?」

 また、妖精のオッサンが耳をそばだてるように聞いてくる。

 伝崎は顔の前で両手を振って。

「なんもないなんもない」

 伝崎からしたら、明白だった。

(時給、キキに払ってないからな)

 タダ働きさせられているバイトが、重要な場面で働け言われても働くわけがないだろうと。手抜きをするにきまっているだろうと。待遇の問題を感じていた。

 たぶん、そうだと思った。

 そうだ。それ以外に考えられない。

 自分も同じ立場なら手を抜きたくなる。

 他の可能性も考えられるには考えられるが、今のところそれぐらいしか思いつかなかった。

 キキが単にびびってしまったのか、それとも手を抜いたのかは本人に聞いてみなければ分からない。しかし、単にびびったのならば、戦闘経験を積ませれば解決するだろう。

 そうではない何かだという直感だけがあった。

 そして、それをクリアした時にただの洞窟は次の段階に進む。

 間違いなく言えることは、キキが成長しなければただの洞窟に未来はないということ。

 そして、その答えを引き出す糸口を炎球が直撃した時に見出したということ。

 伝崎はただの洞窟の広場に向かって歩き、広場につくと、うずくまるキキの側にまで行って、何食わぬ顔で宝の山に手を突っ込んだ。

「どちらにしても、だ。現状を打開するためにやる必要があるよな」

 妖精のオッサンがうんうんとうなづく中。

 伝崎は中央の財宝から皮袋に次々と詰めていく。

「ダンジョン強化だ」

 大きな皮袋に手際よく金貨を詰め込みながら話す。

「財宝額と戦力のバランスが崩れているから損害が出たわけで、お金をちゃんと使って戦力を増強し、財宝額を減らす。そうすりゃ絶妙なバランスが取れるだろ」

 伝崎の頭脳は答えを出していた。

 そして、戦略はAランクダンジョンに通じるところまで至っていた。

「考えがあんだよ。考えがな」

 単なる戦力増強だけではない。

 人材の成長を促す至極まっとうな策を胸に行動に乗り出した。その行動の後にこの苦境を脱し、Aランクダンジョンに至るビジョンがあった。

 金貨を詰めた袋を背負って、伝崎はただの洞窟の入り口に向かって歩き始めた。




 リリンは不安そうにただの洞窟の入り口に向かう伝崎の後ろ姿を見つめていた。

(あたしは怖いのデス……)

 伝崎の今のアウラを見て、リリンは身体が小さくなる思いだった。

(あのアウラは……なんなのデスか)

 あまりにも禍々しいアウラの雰囲気に小悪魔ですら息を飲んだ。

 黒く沈んでいるというよりも、そこだけ光が無くなったかのような、そこだけ空間が塗りつぶされてしまったかのような色合いだった。

 闇ですらない何か。

 魔界のものですら、そのアウラは馴染めるものではないと感じた。

(人間界も、いや魔界ですら飲み込むことができる……あれは)

「はははっは、大丈夫大丈夫」

 ただの洞窟の入り口に向かう伝崎の快活な笑い声が聞こえてくる。

 今はまだ大丈夫だろう。

 しかし、もっとあの濃さが増していったら……。

(伝崎様自身ですら飲み込んでしまう虚無なのではないデスか?)

 この世界のすべてを壊しかねない計り知れないエネルギーだと感じていた。

 もしも今、伝崎に何かがあったら、そのストッパーが外れてしまうのではないか。

 それが不安で不安でならなかった。

 リリンは思う。

 ただ思う。

 たった三体のゾンビを失っただけで、信じられない表情をしていた伝崎。

 そこからあのときの伝崎の話を思い出していた。




「……?」

 伝崎は、ただの洞窟の入り口に到達したときに表情を失った。

 足元にあったのは、身動きしなくなった白狼ヤザンの姿だった。

 その形相は一切の命の動きが感じられない、まるでセミの抜け殻みたいな軽さすらあった。

「……」

 次に出てきた伝崎の表情は、自らのアウラに完全に覆い隠されていた。

 顔面全体が真っ黒に塗りつぶされるほどだった。




 リリンは思うのだ。

 ――伝崎様の心の中にこそ、本当の危機があるのではないデスか?


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