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反撃ののろしは

 ご存知だろうか。

 伝崎が独自の脳内会議を並行して繰り広げていたことを。

 ただの洞窟の危機的状況においても、それはフル回転していた。

 ダンジョン経営について。

 小さな伝崎たちの会話が熱く交わされていた。

リトル伝崎X「経営の真髄っていうのは実はたった一つしかない。経費を最小限にして、売り上げを最大限にすることだ。その二つの差分が利益になる。このことさえちゃんとできていれば、経営は絶対にうまくいくようにできている」

 リトル伝崎Xはいつも核心をつく。

リトル伝崎A「モンスターダンジョンゆえに、だ。ダンジョン経営を成功させるためにも、Aランクダンジョンになっていくためにも、人材育成が重要だっていうのはわかってる。問題は」

 リトル伝崎Aはテーマを決め、リトル伝崎Bは問題提起をする。

リトル伝崎B「良い感じで客はアホほど来るが、このままだと全滅するぞ。つまりな、戦力の問題だってこと」

リトル伝崎A「経費を抑えるためにも損害を出さないためにも人材が育ってほしいが、まだ、その育成方法がしっくりこない。方針は間違っていないが、展望が見えてないってことだ」

 同じ話題がループすると最初の話題に戻ることがある。

 まさに小さな伝崎の脳内会議は話し合い尽され、極まり、最初のテーマに戻っていたのである。

 途中途中で傭兵に足をつかまされたりして止まったりはしたが、ほとんど自動思考のように再開して続けられていた。

リトル伝崎C「レベルをあげればいいってだけじゃない。人材の本当の成長が見えないってことだが」

リトル伝崎B「インスタントな戦力じゃなくて、戦い続けられる優秀な戦力が欲しい。そうすりゃ被害なく勝てる。経費は最小限、売り上げは最大限が実現する。で、具体的にどうしたらいいのかね?」

リトル伝崎X「その方法を考え出すのが経営だろ?」

 まるで現代社会の人材問題と瓜二つの状況に面していた。

 簡単に失われてしまう人材ではなく、優秀で長いこと戦える人材が欲しいのだ。

 人材育成の問題。その展望。

 脳内で、やけに高く小さな声でピーチクパーチクとリトル伝崎たちが話し合っていた。

 あーでもないこーでもないと話しながらも問題の答えが見つからなかった。

 人材の成長に関して、しっくりした答えが出てこないのである。

 単純なレベル上げにとどまらない答えが欲しいのだった。

 答えが出ないのは、もうここ一週間変わらないことだった。

 だが。

 伝崎の背中に炎の球が当たった瞬間、一週間以上続いた長い長い脳内会議が解散した。




「……!」

 キキが見上げながら呼びかけようとするが言葉が出ない。

 伝崎の背中は一気に燃え上がった。

 それから何かを焼き尽くしたかのように白い蒸気をあげている。

 火傷には三つのレベルが存在する。

 比較的軽度のものは、赤くなるだけだ。

 しかし、皮膚深くにダメージがあった場合水ぶくれが起きる。

 さらにそれよりも深刻なものがある。

 黒くこげつくというものだ。

 その場合は皮膚の移植をしなければ回復不可能な重篤なダメージとなる。

 伝崎の背中だが。

 黒くこげついていた。

 腰から背中の中央部分の皮膚は半円を描くように真っ黒に焼けて、肩から横腹辺りは焼け落ちた服と共にただれている。

 大火傷だった。

 全身の皮膚の50パーセント以上が火傷を負った場合、医師から適切な治療を受けても死亡する可能性が高いと言われている。

 つまり、致死級のダメージとなる。

 伝崎は34パーセント近くの皮膚が火傷を負っていた。

 この場合でも適切な治療を受けなければ、一週間以内に感染症などで死亡すると言われている。もちろん、場合によっては治療を受けても死亡する可能性が十二分にあるダメージだった。

 ここは異世界。

 無理な相談だった。

 男なら「大丈夫大丈夫」とここは格好をつけるところであり、キキが気にしないためにもニコっと笑って見せてやるべきところだが。

 伝崎は。

「いてぇええ……」

 全力で白目をむいていた。

 歯を食いしばっていた。

 カッコつけるレベルではなかった。

「熱いを通り越して痛ぇえっ」

 半端じゃなかった。

 背中からは肉が焼けたような嫌な臭いがしていた。

 油が不自然な形で焼けたようなひどく鈍いものだ。

 自分の肉が焼かれてしまったとは認めたくもなかった。

 飲食店経営時もかなりの肉を焼いたが、まさか自分の肉が焼かれる日が来るとは想像もしなかった。

 ――これが異世界ってか。

 伝崎は内心毒づきながらも立ち上がろうとする。

 円を描くようにして横腹から後頭部まで半端ではないぐらいに痛かった。

 背中の中央部分は、痛みすらなかった。

 痛覚すら一瞬で焼き切られたようだ。

 もげてしまったと言ってもいい。そこが無くなったかのようになっているのだ。

 背中を確認のために触りたくもなかった。

 通常ならば気絶していてもおかしくないほどのダメージだった。

 が、寸前のところで伝崎は思い止まった。

 白目をむきながらも思い止まった。

「俺は焼肉じゃねぇぞ……」

 事実、ここで気絶してしまったらただの洞窟は終わるだろう。

 伝崎は無理やり笑顔を作ろうとするが頬がひくついてできない。

「竜覇祭よりマシだかんな……」

 逆に言えば、伝崎の頭の中では自分が気絶さえしなければやれるという考えがあり……。

 伝崎がすぐに振り返った時には、炎中魔術師LV52がもう一個の炎球を待ってましたとばかりに頭の上に掲げて投げつける寸前だった。

「……おいおい」

 解散していたはずの脳内会議。

 伝崎は思い出したように会議内容をSNSのメッセージボックスを確認するように見た。

 目を見開く。見る見るうちにその目が大きくなっていく。

 冴えわたる頭脳は、あるイメージを導き出す。

 ――そういうことかよ!

 こんな経験はないか。

 ある問題で考え事をしていて、それでも延々と考えていると行き詰まる。

 それで息抜きがてらに散歩に行ったり、他のことをしているといきなり答えがポンと出てくる経験。

 この現象は一体何なのかは知られていない。

 ある人は脳が休むことによって起きる生理現象だというが。

 それが伝崎にも起こった。この絶命してもおかしくない場面で起こったのだ。

「……感謝するわ」

 伝崎はニィーっと不敵に笑った。

 胸には、まったく新しい感覚があった。

 今までで最強のパーティがただの洞窟にやってきた。

 その危機の最中。

 仲間がやられたというのに。

 ――どうしてこんなにワクワクしてるんだろ。

 ただの洞窟は、間違いなく成長するという直感。

 ――たまんねぇな……

 背中を丸焼けにされた衝撃で閃いた。

 何の脈略もなく、Aランクダンジョンに至る道筋が見えた。

 だが、そんなことよりも今度こそ自分を殺しかねない炎の球が目の前に迫ってこようとしていた。




 すこし時間を巻き戻して、伝崎の背中に炎の球が当たった直後から。

 炎魔術師は助祭LV58の大きな盾にうまく隠れながら、半身だけ出して様子を見ていた。

 それは、二秒にも満たない時間だった。

(効いてる効いてる)

 炎魔術師は石膏でできた仮面をつけており、その表情は見えないが仮面の下で笑っていた。

 冷静沈着を売りにしており、少々と臆病な性格ながらも考え事を好むタイプだった。

 安全策を取り、まだ片手にもう一つの炎を残しており、どこに投げるか考えていたが。

 すぐに決めた。

(おいおい、今から死ぬってのに)

 炎魔術師の顔色が仮面の下で怪訝そうにゆがむ。

 その男は強がりながら立ち上がった。

 だからこそ炎魔術師は考える。

(なんだ、この状況から助かる方法があると思ってんのか。仲間がやられてんだ。お前を許すわけねぇだろ)

 その男が振り返ってこちらを見たとき。

(だから、なんだよ。まるでこれからバラ色の未来があるみてぇな。お前、ダンジョンマスター崩れだろ。未来ねぇよ)

 冷静な炎魔術師が動揺したのは。

(方法あんのか? その焼けた背中を回復させる方法が……動けねぇだろ。立ってるのがやっとだろ? ハッタリだって分かるぞ、ええ? 分かるっての。どんだけ人間焼いてきたと思ってんだ?)

 炎魔術師が動揺したのは。

(ほっほーぅ、そういうことね。レベルアップね。わかってるわかってる。でも、これを顔面に食らってもそうしてられるかよ!)

 炎魔術師が思い切り炎の球を投げつける。

「死ねや!」

 黒服の男は自然体のままで左手の銀色ガントレットを握って突き出した。

 全身を乗せるようにする。

 その銀色のガントレットに炎の球がぶつかると、たわむようにして跳ね返ってきた。

 一瞬で大盾に当たり、その反動で盾が上に向いてしまう。

「そんな!?」

 助祭が叫び、炎魔術師はブリッジをするかのように体をのけぞらせる。

 黒服の男が重ねるように指差すと、一斉に矢と鉄槍が無防備な二人に襲い掛かってきた。

 頼みの大盾が崩されると、総合的に防御力の低い後衛二人には成す術がなかった。

 炎魔術師が動揺したのは。

 ――男のその表情を見てしまったからだった。

 炎魔術師は体中に矢を浴びながら疑問を抱いていた。

(なんで半身焼かれて笑ってたんだ……?)

 その答えを得る間もなく息絶えた。

 重大な疑問であるかのように、この王国のすべての冒険者にとってまるで決定的なことであるかのように死の際まで考えていた。




「ひぇーガントレットなかったら、やばかったな」

 伝崎はジューと白い蒸気を放つ左手のガントレットを振りながら話す。

 黒服は背中部分で大胆に破けてしまっていたが、その背中はレベルアップの回復によって綺麗な素肌に元通りになっていた。

 戦闘中に高レベルの傭兵が息絶えたことで多くの経験値を吸収でき、伝崎のレベルが上がったのだ。

 足元には息絶えた冒険者たちが転がっていた。その装備だけ外されて、かなりの品質と思しきものが壁に並べ立てられ、きらりと光っており、高く売れそうではあった。

 重さも考えられない。

 小手にしたって、胸当てにしたって、その盾でですら上質そうだった。

 鑑定していないためにその値段までは分からなかったが。

 妖精の女の子が手首の上に乗りながら小さな声で叫んだ。

「感謝しなさいよね!」

「さんきゅーさんきゅー」

 伝崎は軽めに感謝を繰り返して、人差し指を妖精の女の子の頭の上に置いた。

 妖精の女の子は両手ではねのけるかのようにして首を振る。

 ガントレットの全属性耐性がなければ乗り切ることはできなかっただろう。

 あの炎の球を生身では耐えられなかった。

 伝崎は素直に思う。

 ――身体の前面で受けたら、やばかった。

 呼吸ができなくなるほどの火傷を負って、それこそ一発で終わっていただろう。

 冒険者のレベルの向上に合わせて、炎の球のサイズも頭ぐらいに大きくなっており、明らかに威力とスピードが上がっていた。

 もちろん、伝崎が絶妙な角度で炎球を殴ることによって、相手の方角に跳ね返したことは生半可なことではなかった。

 高度な器用さを求められるものであり、それが一気に形勢を逆転させたことは確かだ。

 普通ならば、壁に受け流すのが精一杯だっただろう。

 その器用さのおかげで炎の球を相手に弾き返し、反撃を防ぎ、相手の防御をうまく跳ね除けた。

 それ以上の損害を防いだと言ってもよかった。

 統率された仲間たちが追い打ちをかけたことによって早急に決着がついたのは言うまでもない。

 伝崎は散乱した洞窟内を見回しながら両手を広げる。

「いやぁーまじで運が良かった。なんでか知らないけど女の強戦士が勝手に倒れてくれてさ。まじで助かった。まじで……あれ、本当になんなんだったろうな?」

 いまだに理由が分からなかった。

 何か特別なことをしたわけではない。

 意図したことでもなかった。

 もしも、女強戦士があのまま動いてたらと思うと、ぞっとする。

 伝崎は直立不動で敬礼している軍曹を見て、ほっと胸をなでおろす自分がいるのを感じていた。

 軍曹に労いと忠告の言葉を掛ける前に、どうしても話したいことがあった。

 経営で閃いたことだった。

「いきなりだけど、とうとうわかったんだ。これからの経営のこと」

 伝崎が歩きながら話そうとする。

 が、黙った。

 その足元近くでは、ゾンビ三体が身動きしなくなっていた。

 丁度、胴体部分から完全に切断されていて、これはどう考えても助からないだろうというダメージを受けていた。ゾンビたちはまるで人間のように打ち負かされて動かなくなっていた。

 ゾンビが死んでいる。

 伝崎の明るかった顔がすこしだけくすむ。

 うつむいて、その表情に影を落として。

 言葉にできない感情があった。今までに感じたことのないものだった。上手く言い表せない歯がゆさのようなものがあった。もしもこの感情を解き放ってしまったら自分がどうなってしまうのかも分からなかった。

 拳をぎりぎりと握り込む。

 伝崎は興奮を隠せず、体中からあふれ出すようにそのアウラを放っていく。

 リリンが隊列の中から息を飲んだ様子で。

「伝崎様……?」

 疑問を投げかけるように強い眼差しで見つめてきた。

 妖精のおっさんが肩の上で力が入らなくなったように、腰を抜かしたようにして座り込んで、不思議そうに聞いてくる。

「おい……ちょ、待てよぉ。おいおい……お前さん、アウラがなんか変わってねぇかぁ?」

 伝崎はハっと自らの両手のアウラを見つめて、その変化に息を飲んだ。

「これ……」

 伝崎は知らない。

 ただの洞窟には新たなパーティがすぐそこに迫っていることを。

 そして、白狼ヤザンがどうなってしまっているのかすら……


 to be continued

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