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アクシデント

 2パーティ目。傭兵LV56。強戦士LV51。炎中魔術師LV52。助祭LV58。


 これが、ただの洞窟に突如として到来したパーティである。

 伝崎は竜覇祭で準優勝し、その金を使って獣人の転売で荒稼ぎし、さらにはドラゴンの卵を買うことによって期待以上を重ねまくった結果。

 いきなり強いパーティが現れてしまった。

 まとめるとものすごい宝物がしょぼいダンジョンにあるということを聞きつけた中上級パーティがここぞとばかりにその変さを感じつつもやってきたのである。

 もしも倒すことができれば、ただの洞窟は大きな利益をあげられる可能性があるのだが。

 あるにはあるのだが……そこで実際に戦ってみた。



「まじかよ……」

 伝崎は驚きの声を漏らした。

 その場所は、ただの洞窟の広場の出入り口から入ったところのすぐそこだった。

 伝崎は尻もちをついていて、その手にはナイフがおさまっていなかった。

 左手が届くかどうかぎりぎりのところでセシルズナイフが真紅に怪しく光っている。

 手前6センチメートルほど。

 触れてはいけない左手(ギアス・ガントレット装備)ですら届きそうで届かず、伝崎は身動きができずに右頬を上げてその表情に苦悶をにじませている。

 右手をついて体をひるがえそうとするが。

「根性ぉおおおお」

 その声の主が許さなかった。

 右足首を誰かがつかんでいる。

 その声の主は傭兵LV56の男だった。頭に白いハチマキをしており、どう考えても死んでるだろというぐらいの血だまりの上に突っ伏しながらも伝崎の右足首を片手でつかんで制していたのである。

 その首の後ろ側からは臨場感抜群に今でも血が噴き出しているというのに、伝崎の足首をつかんだ手に入る力は衰えることを知らなかった。

 伝崎はその手を振り払おうとしつつも意味の分からない光景に。

「根性でどうこうできるレベルじゃないだろ……」

「根性ぉおおお」

「だから、根性とかでどうこうできるレベルじゃねぇだろ。てめぇが負ってる傷は致死級で」

 伝崎(←実は根性論が嫌い)は苦虫を噛み潰したかのような表情になる。

 傭兵は、明らかに出血多量で死んでもおかしくないほどの血が首元から噴き出している。もちろん、それはセシルズナイフの攻撃によって負ったものであり、今この瞬間においてさえもどこから湧いてくるんだというぐらいの血が噴水のように出ている。

 その側にはセシルズナイフに当たり負けして折れてしまった二メートル近くの蒼い刀身の大剣が転がっていた。

 このまま傭兵は弱って息絶えるはずだが。

 伝崎の足首がびきびきとなる。

「根性ぉおおお」

 傭兵の握力が、なぜか増した。

 伝崎は驚く。

(これが中級冒険者なのかよ! 日本のキッ○だったら手を擦りむいただけで、

泣きながら手を押さえて親父に謝りながら死んでた死んでた言って戦意喪失するってのに。この世界の中級冒険者は、出血多量で絶命していてもおかしくない場面で力が増すのかよ!)

 ――誤算。

 日本人の感覚で想定できる範囲を明らかに超えていた。

 伝崎とて日本からやってきた以上、このレベルの根性は不可知の体験だった。

 動揺する事態に、数秒近く判断が遅れていた。

 ここでは命取りになってもおかしくない場面だった。

 傭兵が足首をつかんでいるというのならば、それを振りほどく方法が確かにあった。

 それは伝崎のアウラの特殊性が実現するものであり、順当に考えればすぐさまその決断を下す。普段の伝崎ならば、その決断をすぐに下せる。下せるはずなのだが、驚きのあまり傭兵の雰囲気に圧倒されていた。

 伝崎はすぐさま周りを見回して、このただの洞窟が陥った事態を把握する。

 出入り口入ったところ左側にいる前衛のゾンビ部隊には被害が出てしまっていた。数体のゾンビが傭兵の大剣で圧倒されてしまっていた。奥深くに構える軍曹は無事で、汗をかきながらも真っ直ぐにこちらを見ている。

 しかし、三体のゾンビがその鉄槍ごと皮鎧を砕かれて叩き切られていたのである。

 これほどの損害がただの洞窟に出たことはなかった。

 なんとかその驚異の前衛である傭兵LV56をセシルズナイフで仕留めたはずだったというのに。

 今や、伝崎は死んだはずの傭兵に足元をすくわれている。

「なんなのこのダンジョン! どう考えても初級者向けじゃない!」

 強戦士LV51が叫んだ。

 それは女の声だった。

 女の強戦士が双剣二つを華麗に振り回しながら、ゾンビとスケルトンの攻撃をいなして二人の後衛を助けている。一斉に突き出される鉄槍を右手の剣だけで受け止めてみせ、左手の剣でもう一方の矢の雨を叩き切っている。

 今までの冒険者では考えられない動きだった。

 美しい金髪の女戦士は後ろ髪を三つ編みにしている。どちからというとスタイルはすっとしているのに胸は大きく、それでいてその頬は常時赤くなっているようだった。

 何よりも軽装で、回避に特化したスタイルと見えた。

 一部の攻撃が女戦士の胴体に届くが、その銀色の胸当てによって矢が弾かれ、その漆黒の小手によって鉄槍が受け止められてしまっていた。

 軽装であるはずの彼女の装備のほうが固かったのである。

 伝崎は焦っていた。

(やばい。あの女戦士を止められるやつがいねぇ)

 すぐさま伝崎が傭兵の手を振りほどこうとするが。

 後ろからリリンの氷柱が女戦士のなぎ払う剣の隙間を狙って飛んでいく。

 後衛の助祭LV58(神官のような全身黒い服装をした大人しそうな青年)が十字架の入った大きな盾を構えてその攻撃をあっけなく弾いてしまった。

「そこか! 先にどっちかを崩すが勝ちだよね!」

 強戦士LV51が何かに気づいたのか、出入り口左側のゾンビ部隊の切り崩しを図ろうとする。何名かやられて隊列が乱れているゾンビ部隊はまともな攻撃力を失っており、隊長の軍曹の言うことも聞かない状態になっていた。

 金髪軍曹タロウが驚くべき行動に出る。

 乱れる隊列を押しのけて、まるで人間のように手早い動きでその鉄槍を差し向けたのだ。もはやゾンビのようなのろさは無かった。隊長としての役目はまるで隊員を守ることでもあると言わんばかりに口をきっかりと結んでいた。

 最悪の、一騎打ちの状況が生まれつつあった。

「ゾンビのくせに生意気!」

 だが、強戦士LV51が横を向くことで明らかに隙ができた。

 軽装ゆえに防具の隙間も見える。

 ところが助祭のさらに後ろにいた後衛の炎中魔術師LV52が、両手からとうとう炎を出すことに成功した。

 詠唱を終えてしまったのだ。

 ただの洞窟の薄暗い光景が一気に明るくなっていく。

 両手には中くらいの円球の炎が生まれていた。

 ――あの女戦士の隙を!

 伝崎は死にもの狂いで後ろに振り返って叫んだ。

「キキ、やれぇえええええ」

 伝崎はキキの方角を見た直後に、驚きのあまり目を見開く。徐々にその顔から血の気が引いていき、女戦士が自分を無視して目の前を横切っていくのを力なく見つめることしかできない。

 キキが、腰を抜かしていた。

 宝の前でガタガタと震えながら両手を差し出す姿勢だけ維持して詠唱をやめてしまっていた。その二つの瞳には恐怖を込めて、炎中魔術師の出した炎が浮かんでいた。

 キキの顔半分にある火傷の古傷が炎が放つ光で照らされていた。

「……っ!」

 伝崎は歯を食いしばり、体中から虚無のアウラを放つ。

 それは竜覇祭のときよりも明らかに濃厚な黒に近づいており、まるで背中から生まれる影はブラックホールのような形相を呈していた。炎によってよりはっきりと照らされて、その陰影が浮き彫りになる。

 アウラの影の先が向かうのは女戦士だった。

 ただの洞窟に伝崎のアウラが広がっていくのがすべての人間に見えたとき、この場にいる誰もが言葉を失い、女戦士ですら体中の細胞を震わせるようにして立ち止まった。




 現在、戦闘中のただの洞窟。

 森の中。ただの洞窟の入り口前には、はぁはぁと息を荒げる白い犬の姿があった。

 小さな小さな白い犬の姿だった。いいや、それは犬ではない。

 伏せをした格好で、何かを待ちわびるように舌を出して息を荒げている。

「はぁ、はぁっ」

 それは白狼ヤザンだ。

 もふもふとした毛皮がその背中にあるのだが、ほとんど切り刻まれて血塗れになっていた。生々しい傷跡からは未だに出血がなされており、白狼が息を荒げるたびに傷口が開きそうになる。

 普段は白いはずの毛が、背中からお腹にかけて赤毛になってしまっていた。

「はぁ、はぁ」




 3パーティ目。サムライLV58。強戦士LV50。強戦士LV54。氷中魔術師LV55。

 さらなるパーティがただの洞窟に向かって来ていたのである。

 ダンジョンの宝を求めて。


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