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宮廷魔術師の推論

「もう一度聞きます。あの黒服の男が持っていたナイフはどんな色でしたか?」

 宮廷魔術師ドネアは、宿屋のベッドの上に座っている白騎士レイシアに問いただしていた。

 白騎士レイシアはダメージをにじませるように、頬をゆがめて口を開く。

「私が見た限り、真紅のナイフではなかった。赤みをすこしは帯びていたが……黒色を基調としたナイフだった」

 レイシアは、壁に立てかけられたハサミに触れた状態で答えていた。

 そのハサミからは青い炎のようなアウラが立ち上っており、ウソを見抜く力を相変わらず発揮している。

 ウソを吐けば切られるはずだが。

 宮廷魔樹師ドネアは、いぶかしげにあごを上げながら見下ろしている。

 レイシアは真顔で繰り返した。

「確かにあの男からナイフを見させてもらった。しかし、真紅のナイフではなかった」

 ドネアの中に疑問が浮かぶ。

 ――これはどういうわけだろう?

 予言では真紅に光るナイフと聞いていたが。

 そして、それを持っているならば、あの男が間違いなくその当事者だが。

 なぜ。

 ――闘技場の者たちは、真紅のナイフを見たという。

 なぜ。

 ――食い違っているのか。

 レイシアさんがウソをついているのだろうか。

 しかし。

 ――レイシアさんの証言は、100万人の証言より重い。

 なぜならば、ハサミに触れた状態ではウソをつけないからだ。

 宮廷魔術師ドネアは親指の爪をかみながら思考を巡らせる。

 どちらかがウソをついている可能性。

 いや、それは低い。レイシアさんは嘘をつけないし、さらに加えて、闘技場の人間たちが口裏を合わせる理由が見い出せない。そんなくだらないことをする理由がないからだ。

 考えるよりも確かめるほうがいい。

 そのことを確かめる方法が、ある。

「ユクテス、君もこのハサミに触れてほしい」

 ドネアは、隣に立っていた老賢者ユクテスに目配せした。

「わかりました」

 賢者ユクテスはゆっくりとハサミの近くに近づいていくと、それに触れた。

 ユクテスは闘技場にいて、確かにあの黒服の男が戦っていたのを目撃していたという。まさにその当事者であり、その目ではっきりと見ていたはずだ。

 ドネアはその顔をのぞきこむようにして聞く。

「君は確かに闘技場であの男が真紅のナイフを出すのを見たか?」

「ええ、見ましたよ」

 そう言った直後。

 ……。

 ハサミは微動だにしなかった。

 まるで真実であると告げるかのように。

 宮廷魔術師ドネアは、目を見開く。

 ――矛盾。

 なぜ。

 どういった推定を立てられるだろうか。

 ここではおよそ二つないし、三つの可能性を想定できるだろう。

 宮廷魔術師ドネアの頭が高速で回転し始めた。

 まず第一に、両者が「真実」のことを言っている場合。

 この場合、どう考えてもいくつかの無理が生じる。

 どちらかがウソをついていなければ、成り立たない矛盾があるからだ。

 白騎士レイシア→男が持っていたのは、真紅のナイフではなかった。

 賢者ユクテス→男が取り出したのは、真紅のナイフだった。

 どちらもウソをつけない状態で、なぜ矛盾したことを言い合っているのだろうか。

 ドネアは考える。

 ――あの無職の男は、まさかナイフを二種類持っていたのか?

 あるいは闘技場の参加前に真紅のナイフを手に入れたか。

 そもそもの前提条件を検討してみてもいいだろう。

 ハサミに触れた状態では、「ウソをつけない」ということ。

 ウソをついたものを切って捨てるということである。

 もしも、何か特殊条件を整えれば、ウソをつける可能性。

 ――その可能性は?

 実際に尋問でその様子を見てきたし、あのハサミで切り捨てられた人間は何人もいる。

 その後の検証でもウソを吐いたために切り捨てられたことは分かっている。

 ならば、それは真実と考えてもいい。

 第一、レイシアとユクテスがウソをつく意味がない。

 なんの意味があってそんなことをするのか。

 ――いや、待つんだ。

 もしも、その『特殊な条件』があればすべての辻褄が合わないか?

 あの男が何度質問に答えても、ウソを「つけていた」可能性は?

 ありうる。ありうるが。

 そして、その可能性が実証されれば、すべてが確定する。

 あの男だ。

 あいつは、王国のためにるべき人間だと。

 予言が差している人間そのものだと、それさえ分かっていれば。

 ――その場で殺すことだってできた。

 王だって納得してくれるだろう。

 だが。

 ――足りなさすぎる。

 今は、圧倒的に情報が足りない。

 すべてが推論の域を出ず、なにひとつ確証を得られない。

 捕まえることはできても、殺すことはできない。

 それがどれだけ面倒なことか。どれだけ致命的なことか。

 ドネアは目を細めながら、つまるところ一つの結論に至る。

 ――こんなときに影忍リョウガがいれば。

 優れた情報収集能力を持つ最高の忍者。

 ――僕の推定を簡単に解き明かせるのに。

 ドネアはため息を吐きながら、窓から王宮の方を見る。

 ナコ姫は憔悴しきった様子で、あれから自分の部屋から出てこなくなっている。

 ――いったい竜覇祭で何を見てしまったのか。

 ただただ、あの無職の男が危険だと従者が感情的に伝えてきただけだ。

 もはや問うことすらできない状態だ。あの氷のような姫がちょっとした残虐な出来事を見たぐらいでは、こんなことにはならない。ナコ姫が恐れている最大の原因は、やはり闘技場にあった。

 ――そう、闘技場にあったのだ!

 今のドネアの状態。

 それは混乱だった。

 王国のエリートである宮廷魔術師をもってしても頭の中が混乱するには十分な状態だった。

 ドネアは、焦燥感すら持って考える。

 ――あの無職の男が見つからない……

 それが見つからないほうがはるかに問題だ。

 もし警戒しているなら、もし悟られているなら。

 おそらくは王都から離れてしまって身を隠している可能性が高い。

 ――考えるべきは。

 上策なのは何だろうか。

 それはある種のドミノのように連鎖している条件。

 こんがらがってしまった糸のようなもの。

 ドネアがこういうときに優先するのはひとつ。

 糸口となる鍵。

 ドネアが導き出したこの状況における最適解。

 それは実に単純なものだった。

 現状、あの無職の男を血眼になって探すよりも確率が高いのは。

 宮廷魔術師ドネアが手を振り上げて、大きな声で従者に告げる。

「影忍リョウガを探せ。見つけた者には以前の十倍の報酬を約束する。二階級の出世も保証する。どんなことをしてでも探し出せ!」

 影忍リョウガがいれば、優れた情報収集能力を得られる。

 情報収集能力を得られれば、あの無職の男を見つけ出せる。

 ひいては、その無職の男を取り調べることだってできるだろう。

 ドネアは振り返ると、すべての者に伝えるように指示した。

「レイシアさんも怪我が癒えてからでいいのでお願いします。リョウガという影忍を探してください。特徴は蒼い髪の忍者です。その者がいればいいのです。きっと予言の問題だってすべて片が付きます」

「わかった……」

 レイシアは痛みをこらえるように片手で胸を押さえた。

 誰も気づいていなかった。

 この宿屋の屋根裏に、影忍リョウガは膝をつきながら当たり前のようにいた。

(探してくれんの?)

 リョウガは、ちょっとうれしそうに頬をゆるませた。

 レイシアのストーカーは伊達ではなかった。

 もしも影忍リョウガが見つかれば伝崎、ひいては王国の運命が変わることは必至だったが。

 しかし、この鬼ごっこの終わりは今のところ誰にも見当がつかなかった。

 レイシアがどれぐらいのスピードで怪我が癒えて、いつ探し始めるかどうかに掛かっていた。

 影忍リョウガは鼻の下を伸ばして屋根裏でレイシアの頭頂部を眺めていた。

(まじ、いつから? いつから探してくれんの?)

 たぶん、探し始めればそれは早い。


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