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帰る場所

「獣人を先に買い集めるぞ……」

 伝崎はそうつぶやくと、変装し直して行動を素早く開始した。




「よっしゃー、買い集められたな!」

 伝崎は腰に片手を当てて、息を整えながら額の汗を拭った。

 地下都市の片隅、人の姿がほとんど見られない場所にそれを置かせた。

 獣人の子供たちが入った大きなカゴを10個近く。

 それがコンテナみたいに綺麗に並べ立てられている。

 中には4、5匹入っており、所狭しと詰まっているのである。

 獣人の子供を42匹買い集めることに成功していた。

 所持金は1285万5320Gから25万5320Gになった。

「いやぁー、この価格で買えるとはな」

「やったなぁ!」

 妖精のオッサンが嬉しそうに肩を叩いた。

 なんと、平均して「一匹30万G」で買い集めることができていたのである。

 それなりの交渉スキル(B+)を持っているとはいえ、値上がり中の獣人をその価格で(なおかつ一時間足らずのこのスピードで)買い集めるのは至難の業だった。

 そのことについて語るとき、そもそもどれほどのハンデを背負っていたのかを考えなければならない。

 宮廷魔術師ドネアが伝崎を逮捕しようとしたときの言葉。

「どこからどう見ても怪しい無職の男ですよね?」

 by無職。

 キキを買い取ろうとしたときの店主の言葉。

「商人ならまだしも、無職に」

 by無職。

 決定的な言葉。

「上客と無職、これからのことを考えると言わなくてもわかるでし」

 by無職。

 キキを買い取るときにおいてさえも、ちょっと競合相手がいるだけで何倍にも値段が跳ね上がった。

 10万Gで安く安く買えるはずが、結局は30万Gもかかったという現実。

 by無職のチート効果(そう見える効果)は、半端ではなかった。

 その効果があるだけで、世界中の交渉のテーブルがそっぽを向いてしまうぐらいなのである。

 しかし、伝崎は、34万Gは掛かるであろう獣人の子供を、平均して「一匹30万G」で買い取ることができたのである。

 しかも値上がり中でだ。

 これから利益を見越している商人たちが買いだめているこの時期に、by無職のチート効果を持ちながら定価よりも安く買うというのは生半可なことではない。

 人の常識を覆さなければ成し遂げられない芸当を伝崎はやってのけたのである。

 なぜか。

 なぜ、それが成し遂げられたのか。




「獣人の子供をすべて売ってくれんかの?」

 若店主のヒクルスは、店の掃除をしながらも顔を上げた。

 先代から跡を継いだばかりの年若き青年商人で、まだまだ商売に不慣れだった。

 これからどうやって顧客を開拓して利益を上げようかと考えていたところ。

 その視界に映ったもの。

「売って、くれんかの?」

 そこに立っていたのは、白髪のご老人であった。

 白い髪やひげを豊かに蓄えた方で。

 服装は白い布が一枚だけだったが、その背には金貨の大袋と思しきものを背負っておられた。

 店主のヒクルスは、とっさに洞察スキルを発動した。

 見る見るうちにその目を大きくしていく。

(無……!? このうえで無!?)

 無職が到底持ちえないほどの金貨の大袋を背に抱え、白髪にひげを蓄えて白い布を一枚着られた「無」なる存在とはいったい何なのか。

 無職か、それとも。

 それとも。

 とんでもない……。

 ――上客だ!

 ヒクルスの目には、この世界の理を逸脱された存在に映ったのだ。

 ――神。

 訳アリの神様が獣人を助けるために買い占めようとしているのではないかと。

 このレベルの存在を商売相手にしたら、どれほど儲かるのだろうか。

 すぐに、店主のヒクルスは。

「売ります売ります」

 と言って、店先にいる獣人の子供たちに向かって案内するように片手を出した。

「こちらのほうはこのような値段になっておりますが」

 白髪のご老人は店の奥も見られているようだった。

「ああーー、こちらのほうもですか! もちろん良いですとも」

 店の奥の扉も開いて、そこに買い溜めていた獣人の子供たちのカゴも当たり前のように手押し車で押してきて見せた。

 老人はひとつひとつを指差されて、買いたいという意志を表された。

「どうぞ、これからもごひいきにー」

 伝崎は白髪の老人に変装することによって、獣人の子供を安価で買い集めることができたのだ。




 伝崎は老人姿で、ブラックマーケット全体を家の屋根にのぼって見渡していた。

 金貨の山があちこちで動くたびに。

 見る見る市場からは獣人がいなくなっていくのが見えた。

 獣人の子供の値段が上がり始めた。

 34万G。

 36万G。

 38万G。

 45万G.

「すげぇ、上がってくぞ!」

 56万G。

 75万G。

 83万G。

 91万G。

 数時間足らずの変動だった。

 もう、ほとんど市場に獣人が残されていない。

 さまざまな店先を見回しても、カゴというカゴがほとんどすっからかんになっているのである。

 この瞬間に伝崎は決断する。

「いまだ、売れぇええええええ」

 獣人のカゴが飛ぶように金貨に変わっていく。

 1260万Gが、3822万Gに増えた。

 所持金1285万5320G→3847万5320Gになった。

 パンパンに詰まった金貨の大袋。

 元々は成人男性の胴体ぐらいはあるであろうサイズだったが今は二倍近くも膨れ上がっている。

 金貨の大袋が三個に増えた。

 その袋が地下都市の片隅で三角形を作っている。

 無数の金貨が袋のふちから、あふれそうになっている。

 伝崎は両手を握って背中を丸めながら喜びの声を上げる。

「よっしゃあああああ!」

「やったなぁああー、伝崎ぃい」

 妖精のオッサンが金貨の中に埋もれながら、頭の上に金貨を掲げている。

 妖精の女の子が、金貨の上に座りながら「何かおごりなさいよ」と言っている。

「最高だ」

 絶対魔術師ヤナイが獣人たちを買い占めることによって、伝崎は間接的に利益を上げることができた。

 伝崎が「うひゃー、重いな」と言いながら、金貨の大袋を三個抱えようとする。

 嬉しい悲鳴だった。

 妖精のオッサンはふと疑問が湧いたのか金貨の上から聞いてくる。

「しかしぃ、いいのかぁ? すべての獣人を売っちまってぇ」

 伝崎は、あっけらかんとした顔で答える。

「まだ獣人を養うだけの食料生産力がないからな。いっぱい連れてても食費で赤字がかさむだけだ」

「でもよぉ、これからヤナイのせいで獣人が無くなっちまうかもしれないんだぞぉ?」

「獣人が無理なら他のモンスターでもいいさ。経営の基本は、無理なことして赤字を出さないこと」

「そういやぁ、畑を耕すのは獣人を養うためでもないのかぁ?」

「獣人が無くなったら、ただ食料を売り払って利益を出すのでもいい。

 農業で儲けるとか最高に面白そうだと思わないか?」

「良い意味でこだわりがねぇなぁ」

「水のように変幻自在なのがいいんだよ。兵法でも経営でも柔らかく柔らかく、だ」

 伝崎は、ふぃーっと声を出しながらなんとか金貨の大袋を三つ背に抱えて。

「まぁ、俺がひとつ疑問なのはヤナイがあれだけの獣人を大量に解放した後。

 その後、どうやって食わせていくのかってことなんだけどな」

 妖精のオッサンが両腕を組んでうなる。

「そういう見方もできるかぁー」

「経済を無視して奴隷解放だの、なんだのって理想を掲げても実は成り立たなかったりする。

 アメリカの黒人奴隷解放でもそういやそんなことあったっけか。

 解放したのに農園にいるままとか。待遇は悪いままとか。

 黒人奴隷なんかよりも、きっと王国での獣人の方が風当たりが強いぜ。

 理想なんか通用しないくらいにな。それをどうするのかってアイディアが出せるかどうか」

「オイさん、興味が湧いてきたぜぇ」

「ヤナイっていうのは俺が今まで見てきたどの人間よりも素晴らしい雰囲気がある。

 聖人に匹敵するような人間が実在するんだなって思うぐらいだ。

 あいつがどうやってその問題を解決するのか俺もちょっと見てみたい気がするな」

 伝崎は金貨の大袋を何とか落とさないように背負いながら、どっしりとした歩調で歩き始めた。

「さて、俺たちは帰るぞ」




 王宮。

 最上級の紅い絨毯が中央に大きく敷かれた大理石の壮大な部屋にて。

 王座の前に、緑色のローブを着た青年がぽつりと立つ。

 絶対魔術師ヤナイだった。

「……」

 王様はおごそかな表情で押し黙り、紅い宝石の杖を片手に王座に鎮座している。

 濃厚な茶色い髪があり、ひげをずいぶんと蓄えていて覇気に満ちている。

 眉間にしわが寄っている威厳に満ちた表情で、瞑想するように目を閉じている。

 十数万人の軍団をたった一言で動かすことができ、数千万人の人間の生殺与奪権さえも握っている。

 この国の頂点に立つ人間だった。

「獣人と人を平等に扱うことを願います」

 絶対魔術師ヤナイが頭を下げて、そう言うと。

 王様はあわあわしながら立ち上がって、首を横にカクンと動かすと家臣たちに向かって叫んだ。

「あつかえぇええええええ」

 杖をなりふり構わず投げ捨てて、王座から飛び降りながら。

「平等にあつかえぇええええええ」

 大臣たちがあわただしく王宮を動き回り、会議がそこかしこで開かれ。

 この日から国家の存亡をかけて獣人奴隷の廃止と、その平等についての法律が次々と制定されることになったのである。

「ヤナイさーん」

 王宮が騒然とする中、宮廷魔術師ドネアが去り際のヤナイに声を掛けていた。

 ヤナイはその姿を認めると、ゆっくりと頭を下げる。

「これはこれは……お久しぶりです」

「どうも、お久しぶりです」

 宮廷魔術師ドネアの額には、ちょっとした切り傷があった。

 顔にはサングラスが掛かっていなかった。代わりに露わになったその目はどちらかというとツリ目で、実にキリっとしていた。

 ヤナイは、ドネアの純白のアウラを眺めて目を細めると、感慨にふけるように言う。

「あなたを見ると勇者のことを思い出します。かの人は、今どこにいるのでしょうか?」

「僕が聞いた限りでは自殺したと……詳しく言うとレクイムの喜望峰に行ってその岬から命を投げ出したとか」

「そんなことが……自殺するなんて考えられません。彼は享楽的きょうらくてきな方でした。

 自殺するほど思い詰めるようなことなど世界が吹き飛んでもありえません。

 しかし、もしもそんなことがあるとしたら、よっぽどのことです」

「よっぽど……ヤナイさんでも考えられませんか?」

「調べてみる価値がありそうです。共和国に行く途中で、レクイムの喜望峰に寄ってみることとしましょう」

「共和国へ?」

「はい、ある方を探していたのですが、どうやら共和国へ行ったということを何とか聞き出したもので」

「そういえば、僕は僕でヤナイさんに聞きたいことがあったのです」

 宮廷魔術師ドネアはそう言うと、笑った。




「あのさ」

 王都の人通りの少ない道を歩いていると、目の前に立ちはだかってそう言われた。

 伝崎は見て見ぬふりをして、老人姿のまま前に進もうとするが。

「変装してても俺は分かるよ」

 青い髪の忍者忍者した黒装束の、低い背の青年だった。

 前に会ったことがある。

 影忍リョウガだ。

「レイシアさんを助けてくれたお礼にこれやるっ」

 リョウガは背中から金色の小さなベルを取り出すと投げつけてきた。

 伝崎は大袋で両手がふさがっているために受け取ることができず、そのベルは足元にカンカラカンと音を鳴らしながら転がった。

「なんだこれ?」

「俺の呼び鈴。それを鳴らしてくれたらどこでも行く。

 一回だけ、調べものしてやってもいい。半日あればこの世界で調べられないこと、たぶんないからさ」

 リョウガの呼び鈴だった。

 伝崎は、なんか儲けもんでもしたみたいに、側に金貨の大袋を置いてそれを拾うとポケットにしまった。

「おー、助かる。お前みたいな忍者に調べてほしい事が出てくる可能性もあるしな」

 適当に話を合わせて、そのリョウガの呼び鈴を手に入れた。

 伝崎はふと考え込んだ。

 レイシアどうのということから考えて、おそらくはリョウガは友人か知り合いなのだろう。

 だから、レイシアを助けたお礼としてそういうものをくれたのだろうと一人で納得した。

 このとき、伝崎はレイシアの「ストーカー」だと知る由もなかった。

 伝崎は片手を上げて話す。

「しかし、お前レイシア云々って言ってたけど……」

 伝崎はこう考える。

 もしも友人ならば、レイシアが闘技場でボコられたことを気にしている可能性もあるな、と。

 忠告がてらに余計なお世話だと知りつつも言う。

「もしもレイシアがストロガノフにやられたこととかも気にしてるんだったら忘れたほうが良いぞ。ああいうのは台風みたいなもんだから」

 影忍リョウガは体を横に向けると、背中の刀に手をすえながら。

 その横顔に影を宿して。

「ストロガノフなんて雑魚だし」

 竜覇祭優勝者を雑魚だと言い切れるその自負心に伝崎は素直に驚いた。

 影忍リョウガは、強戦士ストロガノフを倒す方法を知っている。

 知っていると言わんばかりの確固たる雰囲気があった。

「便利だから放っておいてやったの。だけど、さすがにキレちゃった俺」

 リョウガはそう言うと、一瞬にしてその場から姿を消した。




「お帰りなさいデス」

 3月4日の夕暮れ時、リリンがただの洞窟の出入り口で出迎えてくれた。

 両手を後ろ手に組んで、壁に背中を預けながら待っていた。

 まるで、ずっとそこにいたかのように。

 伝崎は白ひげをずらすと片手をあげて。

「おう、ただいま」

 快活にそう答えて、金貨の大袋について笑いを交えて話していく。

 ただの洞窟内の道を歩いていると、リリンがふっと横から抱き着いてくる。

「なんだリリン?」

 伝崎がその姿を見下ろしながら不思議そうに聞く。

 リリンは伝崎の横腹に顔をうずめて一緒に歩きながら言う。

「お帰りなさいデス」

 もう一度、同じことを繰り返す。

 伝崎は、ふっと一息吐いてリラックスした笑顔で応える。

「ああ、ただいま」

 リリンは何かを思い出したのか、うずめていた顔をあげると。

「伝崎様……」

「ん?」

 伝崎がその目を見つめて聞き直すが、リリンは黙ったまま見つめ返してくる。

 改めて見ると、リリンの瞳は美しい。

 小悪魔の瞳には、決して地球では見られない黄金の輝きがあって、一つだけ星のような光が浮かんでいる。

 その瞳はどこかうるうるとしていて、何かを言いたげにも見えた。

 リリンは目をそらして、伝崎の胴体にまた顔をうずめながら言う。

「あの……なんでもないデス」

「おう、そか」

「はいデス」

「そういや、リリン。俺はこれからさ。ただの洞窟にずっといて、経営に100パーセント集中することにするわ」

 リリンは、ぱっと顔をあげた。見る見るうちに目を大きく開く。

 それから、八重歯が見えるくらいに口角をあげる。

 とてつもなく嬉しそうな顔だった。

 伝崎は頬を人差し指でかきながら。

「もうやるべきことやったしな。まぁ、モンスター買いに行ったりとか酒場でちょくちょく情報集めたりとかはするだろうけどさ。それぐらいしかやることないから、ただの洞窟にできるだけいようと思うんだ」

 リリンは、ほっこりとした顔になって、確かめるように伝崎に抱きつく。

「嬉しいデスっ、伝崎様、伝崎様」

 そうやってピンク色の髪を振りながら顔を押し付けてきた。

 80年以上生きているのかもしれないが、その姿かたちは本当に小さな女の子と変わらない。

 だから、そうやってくっつかれるだけでくすぐったくも恥ずかしい。

 伝崎は頬を赤くしながら照れくさそうにリリンを体から離そうとする。

「うわ、ちょ、そんなくっつくな。恥ずかしいだろ」

 頭に片手を置いて、ひきはがそうとすると。

 リリンは我に返ったのか、申し訳なさそうに一歩後ずさる。

「ごめんなさいデス」

 汗汗と言えるぐらいに汗を顔から出しながらぺこりと頭を下げる。

 伝崎はその様子を見て、強く拒否しすぎたなと思った。

 気まずくなって頬をかきながら。

「いや、まぁ、リリンだったらいいけど」

「え? どういうことデスか?」

「まぁ、すごい頑張ってくれてるしな」

 リリンは顔を真っ赤にしながらも、もう一度ゆっくりと抱き着いてくる。

 伝崎には後ろめたいことがあった。

(時給、あげてないからな)

 その後ろめたさに付け込む形で、リリンはもうむしゃぶり尽くぐらいに抱き着いて、まるで生きていることを確かめるかのように伝崎の姿かたちを全身で掴まえようとする。

 伝崎はあきらめたように、しかしそれに全力で応えるように。

「あぁー、まぁ、いいや……お馬さんごっこもしてやってもいいぞ」

「これだけでいいデス」

 リリンはひとしきり伝崎が生きていることを確かめると、満足したように体と体を密着させていた。

 気づいたら、ただの洞窟の広場にたどり着いていた。

「ワンワンワ」

 白狼ヤザンがなぜか尻尾を振りながら伝崎の背中をのぼってきていた。

 二人の間に混じって、くるくると体を巡っていくと、その腕の中にするりと入ってしまう。

 もふもふの毛布みたいに二人に抱かれる形になる。

 二倍増しで、包容の気持ち良さというか柔らかさみたいなものが上がっていた。

 白ゴブリンが曲がった背中を叩いて、顔をしわくちゃにしながら笑顔で言う。

「ふぉふぉ、これはこれはお熱いようで」

 キキがムスっとした顔で奥の間の道の入り口から見ている。

「おばさん」

 リリンは振り返って戸惑いを露わにする。

「おば、おばさん」

「腹立つ」

「な、なんデスか? 至福の時間を邪魔するデスか?」

 伝崎が金貨の大袋を側に置くと、二人がにらみ合う間に入って。

「ああー、わかったわかった」

 金髪軍曹が「お前たちぃ、なにみてんだぁ。しっかりやれぇ」と激を飛ばしている。

 いがみ合う二人の仲裁に入りながらも。

 伝崎はふと腰に両手を当てながら、ただの洞窟を見渡した。

 それだけで、晴れやかな気分になった。

 リリンとキキがにじり寄る側で、軍曹の指示のもとにゾンビたちが整列しながら訓練を行ったりしている。

 みんなレベルアップしたせいもあるだろうが一段と力強さが増していて、槍がぐんと一斉に突き出されたりしている。

 スケルトン部隊は以前よりもたくましくなった顔つき、いや骨付きで指示を出されてもいないのに槍を突き出したりしているし。

 白ゴブリンが「矢を放て」と言うと一斉にゾンビたちが矢を放ち、壁に向かって無数の矢をうまい具合に当てている。

 円の中にすべてが入るぐらい高い命中率とは言えなかったが、しかし、以前よりも当たり所が良くなっているように見えた。

 各人がそれぞれ、生き生きとただの洞窟の成長を表していた。

 妖精のオッサンが肩の上で遠い目になりながらつぶやく。

「伝崎ぃ……」

「ん?」

「いや」

「なんだなんだ?」

「オイさんも何もねぇよぉ……」

 妖精のオッサンはそれだけ言うと黙った。

 ただの洞窟のメンバーが仲間になり、やがて家族になったとき。

 ここは伝崎にとって、かけがえのない場所になるだろうとオッサンは思った。

(お前さんにとって、本当にそれが良いことなのかぁ?)

 妖精のオッサンには経営を成功させていく上で、危うい光景にしか見えなかった。




 ダンジョンマスターのズケは、アイリスの店のカウンターの上にふんぞり返りながら片肘をついて。

「やっぱり、ただの洞窟はクソだなぁ……」

 ほわほわの幸せそうな顔でギルド新聞の評価を見つめる。

『ただの洞窟。評価F-。ランキングは23405位。クソ』

 アイリスが「ひぃい」とカウンターの下で怯える最中。

 だぶだぶのズボンから1万Gを取り出して寄付箱に入れた。

 そうして、ズケはさも善を成したかのように胸を張るとゲップをする。

「ッンプ……あ、あとはあの弓使いが戻ってくればさぁ。すごいパーティ組ませてさぁ」

 大弓士ライン・ハートの帰還を今か今かと待っていた。




「よっしゃあ、追加するぞ」

 伝崎はただの洞窟の宝の山に向かって、大袋から次々と金貨を解き放っていく。

 まるでカジノのコインがじゃらじゃらと音を立ててあふれ出すように、次々と金貨が折り重なっていく。

 機械兵を覆いながら一つの山を作ると、またその山が崩れて大きくなり。

 さらに一回り大きくなり、そしてまた山を形成すると崩れて。

 その繰り返しで、どんどんと金貨の山が大きくなっていくさまは壮観だった。

「おぉお」

 周りのゾンビや妖精のオッサンもついつい声を漏らしてしまうぐらいだった。

 すべての金貨を積み上げると、伝崎の背と同じぐらいの高さの山になっていた。

 横幅は両手を広げて、ちょうどぐらいだった。

 ただの洞窟の財宝額。

 合計、3847万5320G+ミラクリスタル300万G。

「よっし! これで始まる」

 伝崎は両腕を組んでただの洞窟の入り口付近を見つめて言う。

「まずは見てみようぜ。財宝額増大の効果をさ」


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