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高騰

「お前、俺が予言の男じゃないって分かったらどうすんだよ?」

 伝崎はじりじりと大きな盾が迫ってくる中、そう聞いた。

 宮廷魔術師ドネアは額を光らせながら洞察スキルを発動しつつ、足元から頭の上まで舐め回すように見てから。

「どこからどう見ても怪しい無職の男ですよね?」

 こんなところでもby無職のチート効果が表れたか。

 ただ無職。

 いや無職に見えるというだけですべてが怪しく見え、言葉の説得力が無に帰す現象である。

 伝崎は、顔の前で手を振って。

「いや、無職じゃない」

「洞察スキルで見ても『無』だし、無職でしょう」

「無職じゃない」

「無職でしょう」

「無職じゃ」

「捕らえよ!」

 上級騎士たちが構える大盾は、成人男性の等身大近くある。

 日本の機動隊も真っ青な大きさのもので、黒っぽい重厚な金属製の盾に金色の十字架のエンブレムが刻まれていた。

 その盾によって生まれた完全な包囲陣形は、およそ周囲8メートルぐらいの大きさだ。

 それがガン、ガン、という音と共に地面に叩きつけられ、生き物のように迫ってくる。

 徐々に、徐々に。

 隙間なく慎重に、かなり警戒した形で捕らえようとしているのが分かる。

 その距離が8メートルから7メートルに変わり、7メートルから6メートルに変わっていく。

 盾で押しつぶされてしまいそうな勢いだ。

 伝崎は周りを見回しながら。

(こんなところで捕まるとか……考えろ自分)

 今、使えそうな所持品。

 黒い首輪(ペット用)。煙玉、残り1個。銀色のギルドカード。頭蓋骨の鱗3個。ただの縄。

 その所持品の数だけ選択肢があるわけだが。

 相変わらず、宮廷魔術師ドネアは歩を進めながら包囲陣の前に立つことを維持している。

 ただの縄を使って、宮廷魔術師ドネアを人質にでも取ろうか?

 ――いや、無理だ。

 投げ縄のスキルは、Eしかない。確実に当てられる保証が無い。

 外れたが最後、引き抜かれた剣で大量に突き刺されて死ぬことになる。

 いや。

 そうだ。

 ――銀色のギルドカードがあった。

 確か、表向きは商人としての身分証(免許証みたいなノリで)に使える話があったような。

 でも、あまり見せるなとエリカに言われていた。

 おそらくちゃんと調べられたら、ダンジョンマスターとしてバレてしまうのだろう。

 ダンジョンマスターは違法な業者だろうし、それだけで捕まってしまいそうだが。

 しかし、うまくいけば商人として身分を証明できる可能性もあるわけだ。

 伝崎はポケットに手をいれながら、かなり迷いを帯びた顔で。

「お前、俺が無職じゃないって分かったらどうすんだよ?」

 宮廷魔術師ドネアは、ケロっとした顔で返す。

「そのときは謝ります」

「いや、お前それお前、万引きしても謝れば許されるって思ってる現代っ子みたいな、なんかそういうお前なんかあるぞ」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「ごめん、俺も何言ってるか分からない」

「捕らえよ!」

 問答無用で、大きな盾の円が縮まってくる。

 それは5メートルになり、4メートルになり。

 それだけで急に息苦しくなってくる。

 見える景色がどんどんと縮まってきて、外側が見えなくなってくるぐらいだ。

 前は民衆の目を使って不当な取り調べだと騒ぐことができたが。

 これでは周りからも自分の姿が見えないだろうし、そういう手を使うことは不可能に近かった。

 ――銀色のギルドカードを出すのは上策だろうか?

 それで、ドネアが納得するだろうか。

 ダンジョンマスターだとバレたら面倒なことになるのではないだろうか。

 そもそもの話として、これから王都で活動していくためにもうまく身の潔白を証明したほうがいいと考えたり。

 もしもここで抵抗したら、怪しまれたりして王都に来れなくなったりするとか。

 そういうことすべて含めて、大人しく捕まった方がいいだろうって。

 ――普通は思うよな?

 伝崎は頬に汗をにじませながら、不敵な笑みを浮かべる。

 ポケットから残り一個の煙玉を取り出し、煙玉スキルを発動しながら地面に叩きつけた。

 ドネアは真似するかのように真っ黒な玉を服から取り出し、地面に投げつけ返してきた。

 消煙玉だった。

 煙は、相殺されて発生することすらしなかった。

 宮廷魔術師ドネアがにんまりとして、小憎たらしい笑顔になっていた。

 丸いサングラスを付けて笑うその顔は、まるで少年が大人を舐めてピースしてるようにも見えた。

「どいつもこいつも」

 ――かなり、イライラさせてくれる。

 宮廷魔術師ドネアは少年のくせに大人の上級騎士を従えるスーパーエリートなのかもしれんが。

 絶対魔術師ヤナイみたいなのが尊敬に値するのであっても、お前みたいな子どもが偉そうにするのは許されん。

 英才教育のせいで小さい頃からちやほやされた挙句、大人を舐め腐ったまま育ったら、その後苦労することになるのはそいつ自身だ。

 特にドネアみたいなのは、大人の力を思い知らせてやらないとだめだ。

 ――だから引けないだろ。

 かなり、相当、適当な理由で、いや、そのイライラゆえに伝崎は引かないことを選んだ。

 選んだは選んだが。

 伝崎は低く構えながら、辺りを見回す。

 現状、そしてこの後。ありとあらゆる状況が頭の中を駆け巡る。

 算段はあった。

 以前の自分は、たった数人の上級騎士に囲まれただけで身動きが取れなくなった。

 しかし、竜覇祭を経た。

 ――今はどうなのかを試したい。

 増大した筋力でしっかりと金貨の大袋を抱え直しながら、この重さを持っていても早く動けることを再確認する。

 三メートル近くに円形の陣が狭まってきたところを見計らって。

 伝崎は金貨の大袋に手を突っ込んで、金貨一枚を取り出す。

 金特有の良い感じの重さが片手の中に馴染む。

「猫に小判!」

 肩の上に振りかぶって、ドネアに至近距離で全力投球する。

「アイタッ」

 ドネアの額からはね返って、金貨が一枚地面にころころと転がる。

 盛大に丸いサングラスが斜め上に飛んだ。

 伝崎は風の靴に片手をかけていた。

 その足元に力強く風が渦巻く。

 全力前進。

 怯むドネアに向かって伝崎は跳躍する。

 騎士たちが「うお」と言って盾を前に出し、掲げようとするが間に合わない。

 ドネアが顔を両手で覆い、のけぞっているところに。

 伝崎は右足を踏み出した。

 宮廷魔術師の顔を思いきり踏み台にして。

 ――飛んだ。

 宮廷魔術師ドネアは「ぎゃっ」と言って地面に押し込まれるようにして後ろに倒れた。

 騎士たちが「ああ」と言いながら盾を捨ててその全身を抱える。

 その反動で伝崎は高く高く跳ね上がっていた。

 風の靴のおかげで、足元から腰辺りまで風が渦巻いて運んでくれている。

 目の前の全景が騎士たちの無数の鎧から、人だかりができた大通りに鮮明に変わっていく。

 そのまま人込みの中に突っ込むと。

「大人舐めんな!」

 伝崎はすぐに両手をついて立ち上がり、金貨の大袋を抱え直しながら走り出した。

「追え! 追え!」

 竜覇祭で成長していたおかげもあって、わずか1万Gで逃亡に成功した。

 所持金1337万5320G→1336万5320Gになった。




 王都の地下都市。

 伝崎はブラックマーケットの路地裏の陰に身を潜めていた。

「このような奴を見たものがいないか?」

 路地裏から見える大通りで、騎士たちが似顔絵が描かれた紙を片手に聞き込みをしている。

 頭を左右に振りながら血眼になって探している。

 人々が首を振ると、また次へと話をかけて歩いていくが。

 また、その後ろから騎士たちがやってきて合流すると尋問する。

 何人も何人も。

 そこかしこにいるところを見ると、数百人単位で動員しているのがわかった。

 宮廷魔術師が、まさに面目丸潰れになったのだろう。

 まるで国家の威信をかけるかのように探し回っていた。

 妖精のオッサンがポケットから顔をむくっと出して。

「伝崎ぃ、なんとか振り切れたはいいけどよぉ」

 妖精の女の子も襟元から顔を出して言う。

「どうすんの? これから王都で活動できなくなったら大変でしょ?」

 伝崎は路地裏の壁に背をぴっちりと付けながら、尾行が通り過ぎるのを見つめつつ。

「安心しろ……俺が何も考え無しにあんなことすると思うのか?」

「おうぅ、竜覇祭でも奇跡の生還果たしたがよぉ。さすがのお前さんでもきついだろ、これ?」

「お前らの言いたいことはわかるぞ。王都に来れなくなったらモンスターとか買えないしな。もしもそうなったらダンジョンマスターとしては終わりと言ってもいい」

 伝崎は路地裏から顔を出して周りを見渡す。

 貧相な人たちがそこかしこにいるが、銀色の鎧を付けている人間はいなかった。

 そーっと出ながら言う。

「大丈夫だ。王都に来れなくなるとか無いからさ」

「どういうことだぁ?」

「まぁ、見たらわかるって」

 伝崎はブラックマーケットの端の方へ早足で歩いていく。

 暗い暗い地下都市の片隅。

 すすけた壁際にて。

 ほとんど誰の姿も見られない閑静な場所で。

 黒いマントに全身を覆い隠した人物が風呂敷を広げて珍妙なものを売っていた。

 その顔は真っ黒でブラックホールみたいだった。

 異界の穴専門の商人だ。

「イセカイのモノをオモニトリアツカッテマース」

『ピアノ線(21万G)』

 ぼったくりだったが糸は見えづらいし、切れにくそうである。

『防刃チョッキ(101万G)』

 前に試したけど、現代技術だけあって相当の防御力。

『変装セット(51万G)』

 白髪や口ひげがセットになっていて、どうやら老人に変装できそうだ。

「これこれ、これだ」

 伝崎は変装セットを手に取ると、51万Gをすぐに支払った。

「アリガトウゴザイマース」

 所持金は1336万5320G→1285万5320G。

 すぐに伝崎は物陰に隠れて、しゃかしゃかと姿かたちを変装した。

「できたできた」

 口ひげがかなり長い老人の姿に変わっていた。

 見る人が見たら、サンタ並みの口ひげの長さである。

 また、髪の毛の色もサンタ同様の白さに変わっており、もはや別人といっても過言ではない姿だった。

 服装もセットであって、かなりギリシャ式に近い白い布の服を着ることになった。

 杖を持ったら総合して、まるで昔風の神様である。

 試しにブラックマーケットを歩いてみるが、広場に騎士たちが五名いるのが見えた。

 かなり目つきが悪く、目を光らせている。

 その騎士たちの横を通り過ぎていく。しかし、騎士たちは聞き込みの相手から目をそらさずにそのまま話を聞いていた。

 おじいさんの姿になった伝崎は、心の中でガッツポーズをしつつ。

「大丈夫だ」

 と小声で言った。

「変装かぁ、そういや売ってたなぁ」

「そんな手もあったのね」

 と妖精のオッサンと女の子は納得した。

 妖精のオッサンは伝崎の姿をじろじろと見てから。

「神様に間違えられなければいいがなぁ……」

「大丈夫大丈夫」

「フリにしかなってないぜぇ」




 現在の王国歴は、198年3月4日(竜覇祭本大会開催日)

 5月5日までに、ただの洞窟をDランクダンジョンにしなければ伝崎はゾンビ化される。

 ゾンビ化まであと2か月と1日。


 日数にして、あと「61日」である。




「もうやめませんデスか?」

 ただの洞窟で、リリンはころりと首を傾けて女魔王に提案した。

 女魔王は意味がわからないといった感じで聞き返す。

「へ?」

 リリンはうつむき加減に、女魔王の顔をのぞき込みながら。

「その、伝崎様をゾンビ化するのはやめませんデスか?」

「リリンが私に意見するなんて珍しいな」

「はい、デス」

 女魔王は一旦溜めてから言い切る。

「やめはしないよ」

「どうしてデス?」

「伝崎様がDランクダンジョンにできないわけないでしょ?

 それに、仮にできなかったらできなかったで最高だと思わない?」

「ちょっとわからないデス」

 女魔王はベットにある枕を抱きしめたり、そっとキスをしたりして。

「永遠に一緒だよ?」

 いまだに、いや以前よりも熱心に。

 ゾンビ化させた挙句、一生「うーうー」言わせながら側に居させるつもりだった。




「伝崎ぃ、確かに竜覇祭すごかったけどなぁ。オイさん思うんだ。

 4000万G取れなかった事実があってだなぁ。

 ゾンビ化まであと61日しかないんだぜぇ」

 妖精のオッサンが肩の上で、ゆるーく現実を指摘する。

 伝崎は深くうなづいてから答える。

「ああ、言いたい事分かる。

 実際1000万Gなんて、ただの洞窟で10日もあれば稼げると思うよな。

 確かにそれは正しい意見だ。竜覇祭に参加して、わざわざ1000万Gなんて稼ぐ必要なかったと思うかもしれない」

「わかってるならいいんだがなぁ」

「でも、俺たちには時間制限があるわけだよな?

 金は時間。時間は金。

 1000万Gを手にすることで、10日手前ぐらいの『時間を稼いだ』と思えばいいんだよ。

 あと61日しか時間がないなら、10日手前っていうのはすごい稼ぎだぜ。

 この1000万Gを使うんだよ、うまく」

「あてはあるのかぁ?」

「まぁ、なんとなくあるけど、まだ決まってない。

 たとえば、そうだな。ミラクリスタルを改造する費用に使ってもいいかもな。

 あれで、すごい財宝額が跳ね上がるぞ」

「そういやぁ、あの茶色い結晶を強化できたなぁ!」

「実際のところ、ギルド新聞がをあげる財宝額がどれくらいかは分からない。

 5000万Gかもしれないし、1億Gかもしれない。

 どっちにしたって財宝額が高ければ高いほどに、冒険者の量も質も上がっていくはずだ。

 そうしたら、ギルド新聞のウソ情報が広まって信用をどんどんと失って必ず『落ちる』ことになる」

 伝崎は両手を開いて断言する。

「そのときに俺たちの評価は爆上げだ」

 妖精のオッサンがウンウンとうなづく。妖精の女の子も合わせるようにうんうんとうなづく。

 伝崎は片手をあげながら続ける。

「まぁその爆上げ前に、不正があるおかげで『期待以上』を重ねられるわけだ。

 俺たちはその不正を逆手にとって、荒稼ぎしようぜ」

 ――何か、もうひとつあれば一気に上に行ける。

 その「何か」を探す価値があると思った。

 伝崎はそう思いながら、おじいさんの姿でブラックマーケットを歩く。

 ブラックマーケットを見て回ると、獣人の数が以前よりも減っているように見えた。

 たとえば前は、店先があるとして。

 小さなカゴの中に子供の獣人が5匹、6匹とぎゅうぎゅうに詰められていたりするのが当たり前だった。

 それで狭苦しそうに端に追いやられたりして、檻から手を出したりしているのだ。

 しかし、今は違った。

 目の前のモンスター商人の店先に目をやるが。

 その檻には獣人が、ちょこんと一匹だけで座っているのだ。

 値札を見て驚いた。

「なんだ、すげぇ上がってんな」

 子供の獣人 20万G → 34万G。

 大人の獣人 80万G → 90万G。

 なぜか、獣人の値段が明らかに以前よりも高騰していた。

 伝崎はいそいそとブラックマーケットを見て回って気づいた。

 あちこちの檻には、獣人がソールドアウトしていたり、あるいは一匹しか見られなかったり、やっと見つけた業者が何匹もたんまりと抱えていたりしている。

 全体的に起きている現象だったのだ。

「こりゃいったい全体……」

 妖精のオッサンが困惑気味に言葉に詰まる。

 伝崎は、あごに手をやって言う。

需要じゅよう供給きょうきゅうのバランスが崩れてるんだ」

 ――需要と供給とは。

 需要とは言わば、その物を「買いたい意欲」のことを差し。

 供給とは、その物を生産して「売りたい意欲」のことを言う。

 そのバランスが崩れるとは、一体どういうことなのだろうか。

 ――リンゴが10個、ここにあるとしよう。

 それを十人の人が一つずつ欲しがった。

 そのときは行き渡り、リンゴの値段も適正で一個100円ぐらいだったとしよう。

 しかし。

 もしもリンゴが5個しか作られなくなったら、どうなるだろう。

 十人の人が欲しがっているのに、5個しかリンゴが無い。

 そうなると人は、取り合うようにもっとお金を出してでもリンゴを買おうとする。

 その結果、一個100円のリンゴが「足りない」ために、200円にも300円にも上がったりするのである。

 必要とする人の数と、生産される数のバランスが崩れる。

 それが「需要と供給のバランスが崩れる」ということである。

 そのときに価格の高騰がもたらされる。

 大量生産が当たり前になった現代日本では、滅多にこういったことは見られない。

 しかし、中世ヨーロッパや江戸時代の日本では、飢饉や買い占めなどで食料や物の値段が暴騰することは多々あったようである。

 伝崎は不思議に思う。

「なんでこんなことになってんだ?」

 その答え。

 それは、ブラックマーケットをぶらぶら歩いていると見つけてしまった。

 金色のアウラをさんさんと解き放つ黒髪の地味な男が、大通りの真ん中を人々に祝福されながら歩いていたのだ。

 緑色のローブを着込み、目を細くして笑顔を作っている。

 金貨の山の荷車を後ろにキコキコと引きながら歩く。

 絶対魔術師ヤナイだった。

 伝崎は物陰に隠れて。

(まだ、王国にいたのかよ……)

 しかし、まだ王国にいるのだとしたら、おそらくは商人ベンジャミンを見つけられていないということだろう。

 そして、もしもただの洞窟に関する手がかりを見つけているのならば、今頃ただの洞窟に向かっているはずだ。

 ここにいるということ。

 つまりは、話しかけても安全。

 伝崎は、しゃかしゃかと着替えて変装を解くと、道端の前に出てぱっと手を上げた。

「おー、ヤナイ」

「これはこれは」

 絶対魔術師ヤナイが頭を下げた。

 伝崎は笑顔を作って馴れ馴れしい感じで聞く。

「どうだ? なんか探してるとか言ってたけど調子は」

「探していた方は見つかりませんでした。かなり探しまわったのですが」

 伝崎は内心ひやひやしながら思う。

 ――まぁな、俺が共和国に送ったんだから見つからないよな。

 絶対魔術師ヤナイは、おごそかに合掌を作ると。

「それはそうとあなた様とお話して、私はやっと胸のつかえたものが取れたのです」

「ん? どういうことだ?」

「私は以前に話した通り、獣人たちを救う方法をずっと考えていました。

 あなた様のおっしゃる通り、本当に求めていることを考えていたのです。

 それは実に、簡単なことでした。

 私のこの財産を使って救い出せばいいだけだと思ったのです」

 絶対魔術師ヤナイの後ろに積み上げられた莫大な金貨の山。

 44億G。

 ――買いたい意欲の塊みたいなやつがおったぁあ。

 伝崎の脳内が高速回転する。

 大人の獣人が700匹。一匹80万G。

 700×80万=5億6千万G。

 子供の獣人は1800。一匹20万G。

 1800×20万=3億6千万G。

 計、9億2千万G。

 最初の適正価格で考えたが、地下都市の獣人をすべて買い占めようと思ったら「9億2千万G」が必要である。

 ヤナイなら可能だった。

 たとえ価格が高騰したとしても、だ。

(だから、獣人の値段がすごい勢いで上がってんだ)

 金貨の山の大きさを見る限り、まだ一割もそのお金を使っていない様子。

 これから本腰を入れて使おうとしているようだった。

 ――もしも使い切ったら、どうなるのだろう。

 ――どれくらいの値段の上がり幅が。

 伝崎は体中が震え立つのを感じた。

「それはまぁ、すごい、いいアイディアだと思うぞ」

「ありがとうございます。おかげさまで私は決意ができました。

 獣人を救い出したのちに、王には直訴することとします。

 獣人の奴隷制の廃止、また地下都市の獣人売買の取り締まりなど」

 ――実質、恫喝になると思うけどな。

「それが済みましたら、また依頼されている人を探したいと思います」

「ああ、がんばれよ」

 手を振って見送る。

 その緑色のローブ、もとい金貨の山の後ろ姿が見えなくなると。

 伝崎の体中から商魂の炎がすさまじい勢いで燃え上る。

 ――ただの洞窟に最高の手土産を持って帰ってやる!




 3月4日のリリンの日記。

『リリンは、待ち遠しいデス。

 伝崎様に早く帰ってきてほしいデス。

 帰ってきたら、もうずっとただの洞窟にいてほしいデス。


 もう外で危ないことをしないでほしい……

 顔を見たら、きっと言えないけど……』


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