伝崎の再生論
大賢者シシリは騒然とする会場の中で、頼まれてもいないのに勝敗の解説を始める。
「あの無職のほうが上だった。でも、頭蓋骨のほうが戦闘経験が豊富だったわけだ。
その上で命を賭けた。命を賭けた人間って、捨て身のタックルを簡単にできるからね。
だからこそのごり押し。無理やりの形で引き分けに持ち込めちゃったわけ。
こういうことは実際の戦闘ではよくあるよね。気合が勝っちゃうこと」
伝崎は闘技場の中央で、ガクガクと痙攣しながら地面に突っ伏している。
体中の穴という穴から血がにじみだしていく。
――都合の良いことなんてひとつも起きない。ただ現実があるだけだ。
伝崎自身の言葉。
そのように彼が考えるようになった現実があって。
――いつだって、そうだ。
今を取り巻く状況も、その都合の良いことなんてない現実。
伝崎は何度も手をついて立ち上がろうとするが、つまづくみたいに地面に突っ伏してしまう。
体の痙攣と共に血が飛び散る。
――現実は、そう。
今の現実。
第一に、毒を治す方法を知っている大賢者シシリは治すつもりがない。
その上、唯一大賢者シシリを動かせる絶対魔術師ヤナイは会場にはいない。
しかも容易に解毒薬を調合することもできない。
それをするためには、数か月の時間を要する。
にもかかわらず。
――伝崎は三日以内にこの毒を治さなければ死亡する。
唯一、今存在する解毒薬。
それは頭蓋骨の奥歯にある。
しかし、その存在を伝崎が知る由も無かった。
誰からもそれを聞き出すこともできないし、そのように推定する要素もない。
何より、彼はその場から一切動くことができずに、延々と毒の症状で痙攣することしかできない。
この状況でその解毒薬を手にすることなど不可能に等しかった。
騒然とする会場の中で、独り。
伝崎はただ独り、この現実の中にあった。
まるで背景がすべて真っ暗になったみたいに見えた。
すべて。
そう何もかもすべてが無くなってしまって、自分だけしかこの世界にいないかのよう。
その背中からわずかに夜色のアウラが解き放たれていく。
空に向かって糸を引くみたいにして。
アウラの色合いは以前よりも明らかにその暗さを深めていて、どことなくブラックホールのような光を反射しない雰囲気が出ている。
――五体が潰れそうな孤独。
地獄のような、と比喩される毒の苦しみよりも、はるかにその真っ黒な背景の中にいるほうが苦しかった。
伝崎はまた盛大に口から血を吐いた。
背景が元に戻ると。
妖精のオッサンが肩を上り詰め、頬を引っ張る。
「伝崎ぃいいい」
妖精の女の子が髪を引っ張りながら。
「なにしてんのよ! 立ちなさいって」
――いや、今は違ったか。
しかし、伝崎は応えることもできずに震えながら地面に伏せることしかできない。
手をつくたびに力を無く頭を下げ、手をつくたびに転ぶみたいに顔を地面につけてしまう。
――都合の良いことなんてひとつも起きない。ただ現実があるだけだ。
として。
そうだとして、伝崎には。
――考えていることがある。
だからこそ。
――考えていることがあった。
ただの洞窟の最奥。
水晶の中で伝崎がまた血を吐くと。
リリンは目に溜めていた涙を放った。
「伝崎様!」
リリンは気づいた。
気づいてしまった。自分の本当の気持ちに。
涙を流しながら首を振り乱して心の中で叫ぶ。
(魔王様にとって脅威になろうと生きていてほしいデス!
とにかく生きていてくれたらなんでもいいデスから!
伝崎様がいてくれなかったらリリンは悲しいデス!)
悪魔なのに、神にでも祈りたい気持ちだった。
今すぐにでも助けにいきたかった。
リリンがその場で居ても立ってもいられず、水晶から背を向けて翼を広げようとすると。
女魔王が素早く手で制した。
悪魔が王都に行っても捕まるだけだった。
女魔王はベッドの上で足を組み直しながら水晶を胸の上に乗せて言う。
「……100万G賭けてもいいわ。私の伝崎様がこんなところで死ぬわけないから」
女魔王は、生きると信じていた。
闘技場の中央、大理石の緑色の背景の中で。
「……ぁ…………ぁ」
頭蓋骨は別人のように、もやしみたいに細くなっていた。
足先から手の先まで細く細く、不自然な形で血液が大量に放出されたせいで細くなっていた。
ほとんど呼吸はなくなっていた。
しかし、まだ息絶えてない様子で、一息、二息、浅く浅く呼吸を繰り返している。
伝崎がナイフで与えた横腹の大きな傷。
その傷から一滴、二滴、三滴、残りカスみたいな血がしたたり落ちていく。
最後、四滴目の血がぽたりと落ちたとき。
頭蓋骨はホっと何か安堵したような息を吐き出すと首を左にうなだれさせた。
あごが地面につく。
頭蓋骨から赤黒いアウラがあざやかに解き放たれていく。
伝崎の知力はA++。
その冴え渡る頭脳が導き出していたのは。
「いや、俺の勝ちだ」
伝崎はその体に頭蓋骨のアウラを吸収しながら、ゆっくりと立ち上がっていく。
激しいほどに白く輝きながら、慎重に毒のついた上着を脱いでいって。
それを側に投げ捨てると。
「ぶっちゃけ俺、ただの飲食店の店長だったんだけどな。今思ったら相当オーバーワークしてるよな」
平然と立つ。
伝崎のレベル32→33。
――レベルが上がっていた。
この世界の法則。
『レベルアップ時に体のダメージから状態異常まで完全回復する』
フルーツ探索時に発見した現象。
右手の骨が砕けても回復し、ホーンバットの麻痺さえも治してしまった神の回復力。
レベルアップ時の回復を利用し、その毒を治してしまったのだ。
伝崎はミシミシと全身の耐久が向上していくのを感じながら歩き始める。
体から流れる血という血が止まり、痙攣が収まっていた。
その顔は綺麗な、健康そのものの肌色に変わっていた。
側に落ちていたセシルズナイフを拾い上げると、ポケットの布を取り出してその汚れを拭いていく。
「なかなか落ちてねぇな、この汚れ」
そのありえない光景に、観客が言葉を失った。
伝崎の考えには、れっきとした根拠があった。
頭蓋骨の毒は凶悪だ。
凶悪だが、遅性の毒のために死ぬまでに「三日」掛かる。
それに対して、出血時に死亡に至るのはもっと早い。
――頭蓋骨が先に死んだ場合、経験値が入る方が先になる。
妖精のオッサンが肩の上で後ずさりしていく。
「まさかぁ、伝崎ぃ、お前あのとき数えていたのは」
妖精の女の子があごを突き出して言う。
「嘘でしょ?」
思い出されるのはひとつ。
――「ニ、二、三。三、三、四」
ひたすら伝崎はスライムを殺してレベルが上がるときに数えていた。
――「まぁ、どれぐらいでレベル上がるか分かってれば何かと便利だからな」
そのやり方はこうだ。
経験値を溜めるだけ溜めて、ぎりぎり上がらないところで止めておく。
そして仮に頭蓋骨戦で毒を受けることになったとしても、頭蓋骨を倒しさえすればいい。
そうすれば頭蓋骨の経験値が入ってくる。
頭蓋骨はレベル46、その経験値が入れば確実にレベルが上がる。
その絶妙なレベルが上がる寸前、そのタイミングを計るためだけに。
――「ニ、二、三。三、三、四」
どの程度の経験値でレベルが上がるのかを計算していたのだ。
つまり。
――レベルアップ時の、『完全回復能力』を最初から狙っていた。
その法則を頭に入れて、使いこなした。
実際に毒が治るかどうかは試してみるまでは分からなかった。
しかし、もしものときのために、レベルアップ時の回復力も計算に入れて備えていた。
――都合の良いことなんてひとつも起きない。ただ現実があるだけだ。
だとして、現実をこじ開けたのは。
その計算能力だった。
伝崎が適当に右手を空へと突き上げると。
会場が総立ち、地鳴りのような拍手が起こった。
「おおおおおぉおおおお」
リリンは水晶に手を掛けて涙を流しながら、へなへなとその場にへたり込んだ。
「よかった……よかったデス……」
女魔王は慈母のように穏やか顔で水晶をぎゅっと抱きしめて微笑む。
「ほらね」
闘技場中は驚きと歓喜に満ちて、そこかしこに白い布や花が飛び散っている。
強戦士ストロガノフが腰に両手を当てて。
「おっほーー、楽しみになってきやがった」
賢者ユクテスは側に立てかけておいた杖で腰を叩きながら考え込む。
(助かったのは偶然かの?
もしもそうならば、その度胸は驚嘆に値するが。
しかし、あくまでも偶然に助かったのならば、それは「蛮勇」といっても過言ではない。
最悪、運が悪ければ死んでいただろう)
見ている限りでは、推し量り切れなかった。
考えてやったのか、それとも運がよかっただけなのか。
賢者ユクテスは、一粒の汗を頬ににじませながら。
(それにしても、何があの無職をそこまで突き動かしているのか?
あの無職にはものすごい信念、いや、エネルギーとも言うべきものを感じた。
あのアウラ、あのアウラはいったい何なのか。何か、別世界の異様な雰囲気を感じたが)
老賢者ユクテスがふてふてと考え込む横で。
ナコ姫が羽が生えたかのように席から飛び上がっていた。
「私、決めたから!」
特等席の手すりを触りながら駆け出す。
その長い髪を腰の周りで振り乱して。
「あの無職を私の側近にしたい! いや、する。いいよね、ユクテス? 私にもそれぐらいの自由はあるよね?」
らんらんとその顔を輝かせて、矢継ぎ早に話し続ける。
純粋な少女の笑顔がそこにあった。
天性のくりくりとした目を見開いて、冷たい雰囲気をすべて吹き飛ばし、天真爛漫に踊るように観客席から伝崎の方へ近づいていく。
――あの無職がいたら自由になれる。
すべての人生を規定され、政略結婚の道具として生き抜くしかなかった自分。
その世界を、何もかもすべて超えてしまう存在を見つけたと思った。
それは、希望。
少女の胸に宿った唯一の希望の光だった。
大賢者シシリは、その小さな体のせいで観客の中に埋もれながらも、手放しの拍手を送っていた。
「わーお、驚いちゃったな。僕がタルデを治した方法に気づく人が他にいたなんて」
事実、死にかけのタルデにレベルアップ用モンスターを殺させ続けた。
ちょっとナイフを刺せば簡単に死ぬ、ただただ経験値の塊みたいなもの。
金色のスライムをひたすらにその震える手で手伝うように刺させてレベルを上げさせた。
レベルアップ時の完全回復力。
解毒薬を作れない以上、それ以外に方法は無かった。
その奇策にも似た方法で治したのだが。
「いや、しかし、あの無職がすごいのはそれだけじゃないよね。
彼は戦闘終わりにレベルがあがるところまで計算していたんだ。
それはもっと緻密な計算がいるだろう。戦闘前の予測が行き届いてる。
つまり、レベルアップする寸前まで経験値を溜めていた……いや、でも」
唯一、大賢者シシリだけが伝崎の計算能力を見抜いていた。
大賢者シシリは、頭に「?」を浮かべて首をかしげる。
「思いついたとしても普通できる??」
両腕を組んで続ける。
「しかし、独特の考え方だ」
大賢者シシリは、伝崎の勝利を分析する。
「天性の才能にたゆまぬ鍛錬、そして装備が加わったんだろうね。
でも、人は天性の才能をもってしても、そんなふうにすべてを兼ね備えるまでいけないんだけど。
彼の凄いところは、それを自分で『考えて』やってのけたところだろう」
伝崎の強さは、その「考え方」にあるところを指摘した。
大賢者シシリは、ふっと笑ってから言う。
「僕は考えを改めるよ。竜覇祭を優勝するのはあの無職。伝崎真だね!」
タルデが戸惑いを隠せずに隣でツッコミを入れる。
「ひとりで話しすぎぃ」
伝崎が考える強戦士ストロガノフに対する勝算。
夜色のアウラを凝縮した手で体をつかめば。
――威圧スキルの発動を防ぎ、その力をねじ伏せることができるかもしれない。
だが。
闘技場の控室の真ん中。
強戦士ストロガノフが、ゴリラみたいに等身まで巨大化していた。
頭の先が控室の天井に届きそうになっており、その両手が直立しているのに地面についていた。
巨大化した筋肉のせいで、その真っ黒な全身タイツが丸みを帯びながらはち切れそうになっている。
「お前は特別サービス! 俺のありったけの本気を最初から見せてやるからな!」
伝崎は何食わぬ顔で袋を肩に掛けると背を向けた。
そのままの足で、控室の出口から闘技場の中央とは反対方向へ出ようとする。
「おいおいおい、お前まで逃げんのかよ?」
ストロガノフは目を点にしながら、ひどく声を荒げる。
伝崎は苦笑いしながら言う。
「まぁー、戦闘狂じゃないしな」
伝崎が選んだのは、次戦を『棄権』すること。
リスクとメリットを天秤にかけたとき。
――リスクが上回った。
すーっと伝崎は出口に向かって歩き始める。
コツコツとその風の靴を鳴らしながら。
その計算は明白だった。
頭蓋骨戦では五分五分とはいえ、明かな勝算があった。
しかし、ストロガノフは違う。
威圧スキルはその日のうちに食らえば食らうほど効果が半減していくわけだが。
――威圧スキルを一回しか使わなかった。
そのせいで、すべての計算が変わった。
100パーセントの確率で威圧スキルが掛かると仮定して(最大リスクで考えて)、一回の使用では50パーセントまでしか下がらないわけだが。
一見すると、五分五分。
50パーセントの確率で勝てると思うだろう。
だが、違う。
伝崎の計算は違っている。
――もしも、「三回連続」で威圧スキルを使用されたら?
50パーセント、25パーセント、12,5パーセント。
威圧スキルに掛かる確率が、これだけ存在している。
つまり、実際は威圧スキルに掛かる確率は50パーセントどころではなかった。
近づく前に、怯む可能性が十二分にあった。
だからこその棄権。
伝崎は思う。
――俺が異世界に来てから学んだこと。
ダンジョンの罠に掛かった苦い経験を思い出す。
――ステータス以外で成長した点があるとしたらこの一点。
次戦を棄権することで、今まで決定的に欠けていた点が備わったと言える。
『慎重さ』
だからこその準優勝選択。
以前の反省点を生かすことを選んだ。
状況が変わったのに、意地を張るのは愚の骨頂だと思った。
闘技場の中央、声という声が飛び交う中で。
ストロガノフが力こぶを作りながら両腕を掲げて、優勝台でポーズを取っている。
「ハイ! ホイ! セイ!」
伝崎は対照的に闘技場内の受付からその様子を流し見して、準優勝賞金である金貨の山を袋に入れていく。
受付の机の上に綺麗に整えられた金貨の山を切り崩していくのだが。
まるでカジノのコインの塔が四角く整列させられて、机の上から差し出されたみたいになっている。
その全容は子供の勉強机を三分の一を埋めるほどで、高さは成人男性の前腕ぐらいあった。
何より、金貨ひとつひとつがさんさんと金色に輝いていた。
見ているだけで、うっとりとしてくるほどの数だった。
「これが1000万Gかぁ……改めて見ると最高だ」
1000万Gだけあって、袋に入れるのに時間が掛かるぐらいだった。
確かに4000万Gと比べれば見劣りするだろうが。
(これだけの金でも十分だ。うまくやりくりすればダンジョンを発展させられるさ)
伝崎は、平静かつ穏やかな表情を装いながら、手際よく金貨の塔をひとつふたつと受付の協力を借りながらぎゅうぎゅうに袋に詰めていく。
時折、受付の窓からストロガノフの様子を見て、しみじみと思う。
相変わらず、愉快そうにポーズを取っている。
(あんなやつもいつか俺のダンジョンに来るんだろうな……)
――パーティを組んで。
一人では勝てないが、ただの洞窟の人材が育てばきっと。
賢者ユクテスは、こう考えていた。
もしも「蛮勇」の持ち主ならば、あの無職はストロガノフに挑んで死ぬことになるだろう、と。
しかし、側近の者に耳打ちされる。
「なに、あの男が棄権しただと?」
賢者ユクテスは、はじめてその平静さを崩してきょろきょろと辺りを見回す。
(偶然ではない! あの無職はすべてを計算してやってのけたのだ!)
蛮勇の持ち主ならば、必ず挑んでいただろう。
しかし、あっけなく引いてしまった。
すべてを理解しているかのように。
頭蓋骨戦の勝利、それは緻密な計算能力に裏打ちされていた。
悪魔的な頭脳と言ってもいい。
そこに度胸、行動力。
決断力。
何よりも。
畏怖すべき信念を見せて命を賭けたと思ったら。
次の瞬間には引くことができる。
――負けない人間の特徴だった。
それを生身の人間が成し遂げるのは、生半可なことではなかった。
賢者ユクテスは自著『ユクテスの戦争論』に記したことを反復するように考える。
戦争の推移を見守るときに、自己の推測をあえて「捨てる」ことを推奨している。
その代わりに、空にでもなったような気持ちで現実をありのままに認める。
そこから決断すれば、ほとんど間違うことはないと書いていた。
「なんという……あの無職は」
理想を具現していた。
あくまでも理論であって、現実にしろと言われてもできないことだった。
ほとんどの人間が自分の推測が間違っていても、ありのままを認めることができずに押し通して失敗してしまうからだ。
賢者ユクテスは遅れながらも、大賢者シシリと同じ認識に達した。
その認識は、伝崎が「棄権」を選択したことによって生まれた。
むしろ棄権したことによって、賢者ユクテスの中で伝崎に対する評価がすこぶる上がった。
闘技場の中央では、これみよがしに強戦士ストロガノフが胸の前で腕を盛り上がらせたりして力を見せつけている。
竜覇祭は、人材を探すために賞金を倍額にした。
その目的をしっかりと果たしたとユクテスは確信した。
優勝したのは強戦士ストロガノフ・ハインツ。
ストロガノフは、確かに文句なく強かった。
しかし、賢者ユクテスが優れた人材として認めたのは。
「あの無職を連れて来るのだ」
――伝崎だった。
側近の者たちは早足で指示を実行しようと動き出した。
賢者ユクテスは席に全身を預けると、満ち足りた笑顔でナコ姫に言う。
「あの無職がいればこの国は変わりますぞ」
ナコ姫は伝崎の棄権について聞いた瞬間。
その瞬間から。
次第に表情を青ざめさせ、ふるふると震えながら席の下に身をちぢませて。
「ドネアに伝えて! あの無職がこの国を滅ぼしうると!」
ナコ姫は悟った。
――自分の器には収まるような人間ではない。
と。
ありあまる才能や知性はときに人を怯えさせることがある。
彼女は予言を知らなかったが、しかしその洞察力によって理解に達した。
宮廷魔術師ドネアは、書類の山の中で耳打ちされる。
「なに? その無職はそんな特徴……真紅のナイフを持っていた!?」
ドネアは書類の山を吹き飛ばしながら、急いで指示を出して部屋から飛び出していく。
「今すぐ連れていける者をかき集めよ!」
・伝崎が竜覇祭で手に入れたもの。
準優勝賞金1000万G(所持金337万5320G→1337万5320G)
慎重さ。
そして。
伝崎真の現在のステータス。
レベル32→33
筋力B++ → BB(一段階アップ)
耐久DD → C+(頭蓋骨の耐久SSを吸収したたために、わずか一レベルで三段階アップ)
器用S
敏捷S++
知力A++
魔力E-
魅力A+
特殊スキル。
交渉B+。洞察B++。迷宮透視D。懐剣術D+。見切りB。心眼E+。煙玉E。転心A。投げ縄E。道しるべE。
武器スキル。
短刀B++
装備。
ギアス・ガントレット、風の靴、セシルズナイフ。
セシルズナイフの現在の攻撃力は「8751」
伝崎が闘技場の正面出口から出ると。
「盛大な出迎えだな」
騎士たちが左から右から、さらには闘技場からもぞろぞろと現れてきて、周りを手際よく確実に取り囲んでいく。
大きな盾を構えて、状況を把握する間もなく包囲網みたいなものを作っていく。
その数、実に70人から80人近くいた。
たった一人の人間を取り囲むにしては、かなり大がかりだった。
大きな盾の中から純白のアウラを放つ少年が顔を出す。
宮廷魔術師ドネアだ。
黒髪がくるんとしていて、いかにもな寝癖があった。
ドネアは丸いサングラスに指を当てて、伝崎を見つめると。
「驚いた……やっぱり僕の推測、いや直感とも言うべきものは正しかったようですねぇ」
ドネアは伝崎の顔を指差して。
「王国を滅ぼす予言の男として君を逮捕させてもらいます」
伝崎は肩にかけている金貨の大袋を持ち直しながら。
「王国を滅ぼす? 興味ないんすけど……」
前時代的だな、と伝崎は思った。
そんなくだらんことで逮捕したりするのか、と。
伝崎はじりじりと後ずさりしながら、周りを見回していく。
騎士たちは訓練をしっかりと積んでいるのか、周りのどの部位にも偏りがなく綺麗な円形の包囲陣形を築き上げてしまっていた。
どいつもこいつも上級騎士で、レベル50以上ある精鋭揃いだった。
唯一、この包囲の中で特異な点があるとしたら、それは宮廷魔術師ドネアが前に立っていることぐらいだ。
宮廷魔術師ドネアはお構いなしに騎士たちに目配せして。
「この無職の男を捕らえよ!」
「いや、待て」
伝崎が片手を顔の前に出すと、ドネアは素で聞き返す。
「なに?」
「最後にひとつ大切なことだから言わせてくれ。今大会すごい言われっぱなしだったからどうしても言いたいことがある」
「……言ってみたまえ」
「俺、無職じゃないぞ」
「はへ?」
「俺、無職じゃないぞ」
「捕らえよ!」
「竜覇祭編」完
次章、「本格経営編」が始まります。




