因縁
心臓(リュウケン使い)VSストロガノフ(強戦士)
観客席にて。
伝崎には、期待していることがある。
(心臓が強ければ強いほどいい)
この戦いの見どころ。
――心臓が強ければ強いほど、ストロガノフが苦戦する。
そうしたら、どうなるだろう?
――威圧スキルを何回も何回も使ってくれるだろう。
結果、威圧スキルの効果が下がっていく。
別に勝たなくていい。苦戦させてくれるだけでいい。
それだけで、決勝戦でのストロガノフ戦がずいぶんと楽になることを意味した。
しかし、門から出てきた心臓を見たとき、伝崎は言葉を失った。
心臓は相変わらず、人間の姿のままだった。
「おいおい、あれ……」
伝崎は空を仰いだ。
頭蓋骨はとっさに立ち上がり。
「変身してねぇ……あれは普段の心臓だ」
闘技場の中央。
審判の前で、心臓とストロガノフが見合う。
頭蓋骨が口の前に両手を立てて観客席から大声を出す。
「アニィイイイイイ! 本気を出せぇえ!」
その声も届いていないようだった。
ストロガノフは、あきれたように目は半分ほど細めて、鼻で笑いながら心臓を見下ろす。
心臓は、無表情でこう考えていた。
(おい、強戦士! お前の心理が分かる分かる。
闘い慣れてくるとな、相手の性格から強さもぱっと見ただけで分かるようになる。
そうなってくるとだ。どうすればいいかも手に取るように分かるんだよ。
その鳥頭だとな、むしろこうしたほうがいいってのも分かる。
つまりだ、お前は)
審判が説明の後に、「はじめ!」と言って戦いの合図を下ろした。
ストロガノフは叫ぶ。
「お前には『何も』いらねぇよ!」
ストロガノフは戦神の斧を投げ捨て、威圧スキルも使わずに。
前のめりに突っ込んでくる。
予想通りだと言わんばかりに心臓は言う。
「矢張舐々!(やっぱ舐めるよな!)」
その隙が欲しかった。
ストロガノフの太くなった剛腕から素手の拳が繰り出される。
それとほぼ同時に。
心臓は、見計らったようにその腹に手を入れようとする。
カウンターだった。
だが、目を見開く。
想像以上の拳のスピード。
柔らかい筋肉から躍動した拳がかなり伸びてきた。
心臓の手は、ぎりぎりストロガノフの腹に届かず。
代わりにストロガノフの拳が心臓の腹に入っていた。
「っ」
心臓が目の焦点を失い、すごい勢いで真っ直線に飛んでいく。
壁にぶつかると、辺りに砂煙が広がっていく。
突っ込んだ場所は観客席ではなく、闘技場の中央の壁だった。
そのおかげで失格は免れたが。
心臓は煙が収まっていく中で、イライラとした表情で体の土を払いながら。
ダメージを確かめるように腹に手を当てる。
内臓がねじれているような感覚があった。
あと、二、三発喰らったら、どうなるだろう。
血を吐き、力が入らなくなるだろうか。
しかし、心は折れていなかった。
(数千年練り上げられてきた拳法がパワーだけのやつに負けるか!)
心臓は立ち上がると、両手を平行に構える。
何か、ゆらゆらと手の形を細めたりして。
しかし、どよめく観客たちを見て、心臓は構えを解いた。
突如として、我に返ったように冷静な表情になっていた。
ストロガノフがまた突っ込んでくる。
心臓は横に走りながら、その動きをいなしていく。
次々と飛んでくる拳を、左手、右手で、あざやかにいなしながら。
全力でステップを後ろに飛んで距離を開ける。
二人の間が一気に開き、十数メートルもの間合いになった。
心臓は後ろに迫った壁に振り向き、手先をめり込ませた。
ストロガノフが不思議そうに、その姿を見送っていると。
心臓は、いくつも壁に円を描くようにして、手先を上に振るった。
二回、三回、その円は大きくなって、やがては観客席の五分の一を切り出し、逃げまどう観客たちをしり目に踊り狂う。
「何やってんだ?」
ストロガノフの声も無視して、心臓は下に両手を入れた。
巨大な石の円球を抜き出した。
闘技場の五分の一を利用した大理石の塊だった。
闘技場の壁にまるまる穴が開いて、外の王都が見えるようになった。
心臓はまるで隕石のように大きな球を両手で持ち上げて。
「お前、パワーに自信あるんだよな?」
心臓は思いっきり、その隕石のような球を投げつける。
ストロガノフは悪そうな顔で笑った。
拳を振りかぶって。
体中に血管を浮かび上がらせ。
筋肉を巨大化させると、全力の拳を球にぶつけた。
バコンっという不自然な音がなったかと思うと、球がすべてこなごなに砕けてしまった。
闘技場すべてにがれきと砂煙が広がっていく。
心臓はその砂の中を高速で走りながら、せき込む観客をしり目に近づいていく。
ストロガノフは煙の中を見回して、心臓を探す。
「どこにいやがる!?」
心臓は、煙の中から目星をつけていた地点に手を差し出した。
煙が、一瞬揺れる。
「お前の内臓貰うぞ」
「はぁっ!」
半円形のアウラが爆発的に解き放たれる。
ストロガノフは、威圧スキルSSSを発動していた。
もはや本能的な反応だった。
心臓は煙の中でのけぞっている。
その手はストロガノフにわずか半歩ほど届いていなかった。
ほぼ観客すべて、伝崎も含めて、のけぞっている。
ストロガノフは、不自然に揺れるその煙の先に向かって拳を突き出す。
思いっきり、そこを打ちすえた。
拳が、心臓の顔面にめりこむ。
体ごと、削り出された闘技場のほうへ吹っ飛んでいった。
心臓は削れた闘技場を背に、怒りの表情で王都の街中に立ち去っていく。
唇の血を親指で拭って、唾を吐き捨てる。
「こんなところで見せられるかっ!」
場外に去るということ、それは。
棄権を意味した。
煙の中にあっても、ナコ姫はせき込むこともせずに人形のように自分の席に座っていた。
その表情はやはり、つまらなそうに微動だにしていなかった。
氷のような表情だった。
「ひとつ質問があります」
賢者ユクテスは、ナコ姫に向かってそう言った。
ナコ姫は、無表情で答える。
「言ってみよ」
「どうして姫様は、いつもそのように……と言いますか。
つまらなそうにされているのでしょうか?」
ナコ姫は、はじめて顔に影を宿すと前を見据えたまま言う。
「私には未来が無い……」
何一つ自由を許されず、選択権を与えられていない人生だった。
伝崎は苦笑いせざるをえなかった。
「たった一回かよ……」
威圧スキルの使用回数。
もしも100パーセントの確率で掛かるのだとしたら、今は50パーセントになっただけだ。
ストロガノフの強さは、想定を上回っていた。
伝崎は、心臓を目で探す頭蓋骨をしり目に、次の戦いに備えて闘技場の控室に向かった。
闘技場の切り抜かれた部分は、布製のヒモで線が引かれた。
急造の作りだった。
砂煙は収まっていたけれど、そこら中にがれきがあった。
ところが今の闘技場は、ほとんど超満員になっていた。
「おいおい、あいつって前に頭蓋骨と渡り合ったやつじゃねぇか」
観客席の人間が、伝崎を指差して噂話を集める。
王都の噂人になっていたことがあり、その話で持ちきりになっていた。
どんどんと会場で噂が広がり、人々の熱気が上がっていく。
「こりゃ見物だな」
「あんときのか」
「どっちが勝つと思う?」
「頭蓋骨ってやつだろ」
「いや、俺はあの男だな」
闘技場の中央、審判が見守る中。
数歩近くの間を空けて、頭蓋骨と伝崎はにらみ合う。
すでに頭蓋骨は変身を遂げており、真っ黒な鱗で体中を覆っていた。
伝崎はひょうひょうとした感じで構えもせずに立っていた。
審判が「はじめ!」という合図を掛けると戦いは始まった。
頭蓋骨に完勝する方法。
その毒をどうするか。
伝崎には。
――考えていることがある。
素早い手つきで煙玉を地面に投げつける。
――考えていることがある。
辺りに煙が満ちていくが。
すぐさま。
頭蓋骨が待ってましたとばかりに服の腰辺りから、真っ黒な玉を取り出す。
それを、地面に投げつけると黒い煙が起こる。
黒い煙と白い煙が重なっていくと。
伝崎は感心するように言う。
「へぇ、そんなアイテムあるんだな」
完全に煙が消え失せていた。
消煙玉だった。
二人、突っ立った状態で向かい合う。
「小しゃくなことすんなよ」
頭蓋骨はそう言って笑った。
拳をこちらに突き出してから、こう続ける。
「真正面からぶつかり合おうぜ」
伝崎は懐に右手を入れて、セシルズナイフを握り込む。
そうして、笑った。
「そういう趣味はないんだけどな」
――考えていることがある。
頭蓋骨(リュウケン使い)VS伝崎(無職)
伝崎真の現在のステータス。
レベル32
筋力B++
耐久DD
器用S
敏捷S++
知力A++
魔力E-
魅力A+
特殊スキル。
交渉B+。洞察B++。迷宮透視D。懐剣術D+。見切りB。心眼E+。煙玉E。転心A。投げ縄E。道しるべE。
武器スキル。
短刀B++
セシルズナイフの現在の攻撃力は「8751」
装備。
ギアス・ガントレット、風の靴、セシルズナイフ、黒服。
持ち込んだ所持品。
黒い首輪(ペット用)。煙玉1個。銀色のギルドカード。頭蓋骨の鱗3個。ただの縄。
頭蓋骨レベル46の変身後のステータス。
筋力AA+
耐久SS
器用C+
敏捷S-
知力C++
魔力E++
魅力D+
特殊スキル。
リュウケンA。威圧C-。
装備。
中山服。
持ち込んだ所持品。
消煙玉4個。
頭蓋骨は伝崎対策に執心し、レベルを1上げて一段階特殊スキルのリュウケンと敏捷を上昇させていた。
因縁の対決が、幕を開けた。