友人
白騎士レイシアが堂々とした態度で右手を前に振り出しながら、エリカのダンジョンの入り口に現れた。
後ろには、五人近くの騎士を引き連れていた。
Aランクダンジョン「大理石の海」
その名に相応しい大理石の入り口だった。
床から壁までピカピカに磨き上げられていて、巨大かつ壮麗な造りとなっている。
「私が先頭を行く!」
レイシアは右手を横に振るうと、そう宣言する。
ハサミ(大鎌)を変形させた漆黒の完全鎧に全身を包み、その手にはなにひとつ武器を有していなかった。
五人近くの上級騎士たちは高級そうな銀色の甲冑に身を包み、「御意」と一言だけ頭を下げる。
わざわざ隊長が先頭を切ってくださるのだ、という尊敬の眼差しを後ろから送っていた。
そうして、整列しながら後ろに続く様はまるで一つの小隊だ。
「今回、ここでしっかりと修練せよ」
レベル上げに来ているようだ。
大理石の海は、Aランクダンジョンだけあって特殊な罠があるだけでなく、上質なモンスターや宝が配置されていることでも有名だった。
レイシアは胸を張って背筋を正し、先頭切ってある部屋にたどり着く。
部屋の出入り口に、とてつもなく分かりやすい凹凸みたいなものが見えた。
どう考えても罠だろ、としか言いようのないそれを後ろの騎士たちが見つけて。
「レイシア様!」
が、レイシアは当たり前のようにその上を歩く。
ガシン、という音がなると鉄の刃がむき出しになってレイシアの足を鎧ごと挟んだ。
火花が飛び散ると、目視可能なほど太い電流がほとばしる。
レイシアの全身をすごい勢いで足の先から頭の上まで立ち上っていく。
トラップに足を挟まれて電撃でびりびりとしている。
五人の騎士たちはすぐに近寄りこそすれど、触れることもできずに両手をおそるおそるかざしながら聞く。
「レイシア様、ご無事ですか!?」
今、現在においても強烈な電撃に身を包まれていたが。
突然レイシアは足元のトラップに手を触れると、それを押し広げて立ち上がる。
「問題ない!」
また当たり前のように先頭を歩き始める。
後ろの騎士たちは、驚きの混じった歓声を上げた。
「おおお」
「おおおおお」
その部屋に宝箱を見つけると、それを開いていくらかのお金を手に入れた。
すぐさま次の部屋に行こうとすると、通り道でどう考えても変だろ、としか言いようがない凹凸を見つけた。
「これは……レイシア様!」
その呼び止める声を無視して、レイシアは歩いていく。
ガシャンという音が鳴ったかと思うと、床が抜けた。
レイシアはそのまま、落とし穴に落ちていった。
五人の騎士たちは後ろに続き、その穴をのぞき込んだ。
落とし穴の周辺の壁には太い針という針が牙を向いており、騎士たちは穴に向かって声を上げた。
「レイシア様、ご無事ですか!?」
数秒後、鉄が折れる音が聞こえた。
ゆっくりと穴の暗闇から何かが頭を出す。
レイシアが、針をつかみながら穴から這い上がってくる。
「問題ない!」
穴をよじ登ると、また先頭を歩き始めた。
騎士たちは、心の底から歓声を上げた。
「おおお」
「おおおお」
次の部屋のモンスターを倒して、いくらか騎士たちの経験値を稼ぐと。
その次の部屋に向かって、何部屋かトラップもなく順調に宝箱やモンスターを倒しながら大理石の海の中を潜っていった。
レイシア一行は、小さな湖がある広場にたどり着いた。
大理石が周辺を綺麗に囲みながら、そこにきらきらとした光を放つ水浴び場があったのだ。
みな一行たちは、喉が渇いていた。
レイシアは先頭を歩きながら、その湖の前に行くと「君たちも喉が渇いただろう」と言って、湖に背を向けてそろそろ休もうという合図を出そうと。
「順調に進んでき」
突然、風が渦巻いたかと思うと、レイシアは湖の中に飲み込まれていった。
五人の騎士たちは呆気に取られてしまった。
湖と思われた場所は一瞬にして干上がり、その代わりに天井に穴が開いて火を噴く。
次第にどろどろとしたマグマがあふれ出して、湖はすべてマグマの海に変わってしまった。
完全な不意打ちだった。
超上級トラップのマグマに飲み込まれてしまったのだ。
五人の騎士たちは、マグマの海の手前でひざまづいて。
「レイシア様、さすがにご無事じゃないですよね!?」
どう考えても鎧で防げるレベルではないと思われた。
鎧の隙間からマグマが侵入し、即死するとしか思えなかったからだ。
だが。
レイシアが、ぐつぐつと煮えたぎるマグマから顔を出す。
「問題ない!」
「おおおおおお」
「おおおおおおおおお」
白騎士レイシアはかくしてマグマから不死鳥のごとく上がってきたのである。
エリカはダンジョンマスターの一室で水晶からその様子を見て嘆く。
「なんなのあの黒騎士っ!」
白騎士レイシアの装備しているハサミの鎧は、その漆黒の鎧の形をとっているとき。
「絶対防御」を誇るのだ。
「俺が行きましょう……」
凶戦士ソノヤマ・オミナは静かに殺気を放ちながら後ろで言った。
――この日のためにここにいた。
エリカはため息を吐いてから気を取り直したように。
「わかった。頼むわ。次の部屋は最高のモンスターたちは揃えてるから加勢して。あんたがいれば大丈夫だと思う」
「構えろ!」
レイシア一行は、まったく違う形をとっていた。
上級騎士五名がレイシアの周りを取り囲み、その真ん中でレイシアが鎧をハサミの大鎌に変形させて前に突き出していたのだ。
レイシアは絹の薄い騎士服を着ているだけであり、無防備だった。
上級騎士たちが盾を立てて周りを固めるのは、その防御力の無さを補うには十分な陣形だった。
同時に、大鎌の攻撃力が最大限に生かされる。
レイシアからアウラが放たれて、五人の騎士たちを包み込んでいる。
統率A+。
五人の騎士たちの頭にレイシアから光の線が入っていく。
レイシアが横に体を動かすと、一糸乱れる動きで隊列が横に動く。
まるで一心同体。一つの体。一つの城。
さらにレイシアはスキルを発動する。
鼓舞BB+。
「お前たちの未来は、この一戦で切り開かれる!」
騎士たちの全身が赤く光り輝く。
戦意が一気に向上し、その顔つきが変わった。
「うおおおお」
体に力がみなぎり、スピード、攻撃力、すべてが向上していく。
なぜ、ここまでしたのか。
今、いる場所にあった。
大理石の大部屋。
視界の向こう側の壁が見えないほどの広さ。
上級モンスターのサイクロプスが人間の数倍近くの巨体を大きく振るいながら、こん棒片手に百数十体ほど息巻いていた。
ありえない数。
こちらに視点が向いており、殺到してきていた。
上級騎士が数十名いても生き延びれないほどの戦力差だったが。
「突撃ぃい!!」
レイシアがそう声を上げると、五人の上級騎士がレイシアと共に一瞬で前進する。
その隊列の前部分の大鎌がぶつかると、サイクロプスの首が吹っ飛んだ。
勢いを維持して、二匹目に行くと胴体が吹っ飛んだ。
次々とサイクロプスの体が真っ二つに刻まれていく。
レイシアの優れた指揮能力によって、一つの隊の力は最大限に引き上げられ、信じられないほどの力を発揮する。
数分足らずで、数十体近くのサイクロプスが成すすべもなく片っ端から殺された。
その後ろに控えていた凶戦士ソノヤマ・オミナの体に、サイクロプスの頭が吹っ飛んできた。
槍で即座に打ち落としたが、その次に胴体ごと吹っ飛んでくると捌ききれずに白面にヒビが入った。
あまりの勢いにサイクロプスごと押し出されてしまっていた。
凶戦士ソノヤマ・オミナは改めて思い知らされた。
――レイシアの周りを上級騎士が固めてたら……手出しなどできない。
凶戦士ソノヤマ・オミナは、闘技場の待合室の広場で回想を終える。
だから、こう考える。
――あの女は、ただ待ってればいい。
強戦士ストロガノフが隙だらけになるのを。
漆黒の鎧を大鎌などに変えずに、その「絶対防御」を誇る状態で待ち続ければいい。
威圧スキルは使えば使うほど効果が下がるのだから。
待っているだけで勝機が生まれる。
強戦士ストロガノフは計算などできる人間などではなく、またレイシアの鎧の防御力をまったく知らない。
ソノヤマは静かに言う。
「勝つのは、レイシア……」
伝崎は両腕を組んで闘技場に目をやりながら。
「ほーう、お前がそう言うってことは何かあるんだろうな」
両者がにらみあった。
白騎士レイシアは相変わらず漆黒の全身鎧に身を包んでおり、腰に手を当てて立っていた。
それを見下げる形で、強戦士ストロガノフがつまらなそうに鼻を鳴らす。戦神の斧を肩に掛けた。
審判が手を上げて説明を始める。
「それでは本大会のルールを改めて説明します。
どちらかが死亡するか、どちらかが降参し、それを相手が受け入れた場合にのみ勝負が決まるデスマッチ方式です。
そこに審判は一切介在しないものとする。
また、場外に出た者は即座に失格となります。
回復アイテムの持ち込みは禁止されています。使用した場合、即刻失格となります。以上」
審判はそれぞれを見て、「確認はあるか」と聞く。
レイシアは首を振り、ストロガノフはせかすように言った。
「さっさと始めろ」
審判は三歩下がると手を振り下ろして、「はじめっ!」という声を掛けた。
「お前には威圧スキルすらいらねぇよ」
ストロガノフの戦神の斧が、レイシアの下腹部に入っていた。
金髪を振り乱して全体重を乗せる形で体を傾け、すべての力を込めていた。
レイシアは明確に反応しており、戦神の斧をつかんでいた。
受け切れる、と見込んだその対処。
が、当たり所が斜め上だったのか、体は突き上げられる形になっていた。
そのまま後ろに吹っ飛んでいく。
レイシアはダメージが無く明確な意識があるのか、空中にあって鎧をハサミに組み立てようとしていたが。
観客席にぶつかってしまった。
土埃が舞い上がり、周りの観客たちが逃げまどっていく。
「かはっ」
鎧をハサミに変えようとしていたために、観客席にぶつかる衝撃をまともに背中に受けてしまった。
場外に出たため、失格になった。
どっという歓声とともに、観客たちが一斉に立ち上がった。
ソノヤマ・オミナも立ち上がって、その様子を見ていた。
土埃が収まっていくと、いくつものがれきの下になって力無く倒れているレイシアの姿。
口からは血が出ていた。
ハサミの大鎌は斜め上の観客席に刺さっていた。
すぐに闘技場を管理している者たちがその周りに集まり、手当てをしようとしている。
伝崎は驚きを隠せずに前のめりになる。
「威圧スキルも使わずに勝ちやがった……」
一瞬の勝負だった。
ははは、というあきれにも似た笑いが出てきた。
他の観客たちは興奮冷めやらぬ様子で騒がしくなっている。
伝崎は冷静さを保とうと考える。
(レイシアは強い。しかし、それ以上にストロガノフが強かったんだ)
――いや。
(レイシアのスキルを見て、俺が単純に思ったこと。
レイシアは部隊を指揮したら鬼のように強いだろうな。
そもそも一対一向きじゃない)
――指揮官タイプ。
(それに対して、ストロガノフは完全に一対一向き。闘技場の王者になるために生まれてきたような人間だ)
得意分野がまったく違う。
複数対複数の戦場で出会えば、また違った結果になっていただろう。
しかし、ここは闘技場。
だから、ストロガノフの絶対的なパワーが単純に生きる。
大賢者シシリは、立ち上がる人の中に埋もれながら口笛を吹く。
「ヒューヒューさすが強戦士! だからこそ強戦士! ああー、ファンをしてきてよかったー」
賢者ユクテスも思わず特等席から立ち上がっていた。
しかし、ナコ姫だけが唯一表情を変えずに人形のように席に座っていた。
闘技場の待合室の広場に、強戦士ストロガノフが入ってきた。
皆、口を閉ざしていた。
二回戦の準備が始まるところで。
「おいおい、そっちは出口だぞ? どこ行くんだ?」
強戦士ストロガノフは、戦神の斧を片手にぶら下げながら聞いた。
この場で不自然な動きをしていたのは。
凶戦士ソノヤマだった。
なぜか、ソノヤマは闘技場の出口の方へ向かって歩き出していた。
それのどこがおかしいのかというと。
二回戦は凶戦士ソノヤマVS心臓だったからだ。
なぜ、当事者であるソノヤマが外の出口に向かっているのか。
ストロガノフが不思議に思うのは当然のことだった。
「逃げんのか? お前が勝ち上がると思ってたんだけどな」
ソノヤマは背を向けながら歩くのをやめずに言う。
「貴様に興味はない……」
「ああ、仕方ねぇよな。俺に勝てないもんな」
ソノヤマは立ち止まった。
顔だけ戻して、その白面の下にある赤い赤い目をぎらつかせる。
「この目は夜目と言ってな。夜のほうが見えやすい……」
やる気はないが、「夜なら勝てる」と暗に言っているように聞こえた。
伝崎は思った。
(ウサギの目みたいなもんかね?)
ソノヤマの自負心みたいなものは、ハッタリには聞こえなかった。
事実、闇討ちすればストロガノフに勝てる可能性はあった。
威圧スキルを使う間も与えずに攻撃を加えればいい。
夜目がそれを可能にするのだろう。
ストロガノフはパワーもスピードもあるが、耐久がそこまで絶対的でもなかった。
(あながち嘘じゃないだろうな……夜なら勝てるってこと)
ソノヤマはソノヤマで夜の人間であり、暗殺向きなのだろう。
その場その場で向き不向きがあって、それぞれが有利な状況なら勝てるわけだ。
ソノヤマ(暗殺タイプ)、レイシア(指揮官タイプ)、ストロガノフ(闘技場タイプ)
それ以上に。
伝崎は、ソノヤマの行き先が気になって仕方が無かった。
――どこに行くつもりだ?
リュウケン使いの心臓は対戦相手のいない闘技場でその手を審判に挙げられていた。
その表情はどこか不満げで、眉をひそめている。
不戦勝だった。
会場中からブーイングの嵐が起きている。
かくして大会の二回戦は終わり、トーナメント表はこう進んだ。
「……」
闘技場の裏口付近にて。
凶戦士ソノヤマの足元には、何人もの人間が散らばるように致命傷を受けて仰向けに倒れていた。
その側には、白騎士レイシアが身動きもできずに突っ伏していた。
騎士服のまま体中には砂埃が付いていたり、自分で吐血した汚れがあったりしている。
ソノヤマは赤い槍を差し向けながら言う。
「オミナ家を聞いたことがあるか……?」
レイシアは闘技場での戦いでダメージを受けすぎたせいか、なかなか口を動かすことができず。
ただただ悔しそうな顔をして地面に手を付けようとする。
やっとのことで声を漏らす。
「不意、打ちか……」
「聞いたことがないとは言わせない。俺の一族の人間を屠ったこと、すべてを知っている。俺が聞きたいのは」
ソノヤマの話に対して、レイシアは何も答えずに独り言を口にする。
「私には……これが相応しいか」
レイシアの脳裏には、後輩アベルの顔が浮かんだ。
その笑顔が目の前をかすめた。
まだ、大切な後輩を見つけてはいなかった。
どこに行ったのかも分からない。
純粋で真面目で、それでいて可愛い後輩だった。
今までに多くの人間の命を奪ってきた自分は、いつ殺されてもおかしくないと思っていた。
しかし、アベルは違う。
まだ、見つけ出せてはいなかった。
いったいどこにいるのか。
もしもアベルを殺したやつがいるならば、この手で討ちたいと思う。
だが、その前にここで命尽きるのか。
レイシアは十字傷の入った頬をあげて笑う。
「皮肉だな……」
ソノヤマは赤い槍を絞り上げながら。
「もう一度、質問する。応えなければ貴様の頭を貫く」
その言葉を言い終えるや否や、ソノヤマの表情は白面の下で止まった。
「なるほどな」
声を発した人間が、レイシアの側でひょうひょうと立っていた。
伝崎だった。
「お前が復讐したい相手ってこいつだったのか」
なぜかレイシアに手を差し出している。
ソノヤマもレイシアも、二人してその異質な存在に驚いていた。
伝崎は気にする様子もなくレイシアの手を勝手につかむと、抱きかかえてその背中に背負おうとする。
全身に力が入らないのか抵抗することもできずに背負われた。
「くっ」
その青緑の長い髪が揺れ、一本一本が伝崎の背中に流れた。
レイシアは屈辱的だと言わんばかりに唇をかんだ。
あまりにも意味不明な光景に、凶戦士ソノヤマは疑問を呈する。
「なぜ……あなたが」
理解ができなかった。
この状況で、その行動を取ることが。
伝崎は言った。
「友人だ」
ソノヤマは言葉を返す。
「友人だと?」
伝崎は意識が混濁としたレイシアを背に抱えながら言う。
「すこしでもまともに話したことがあるやつは友人だと思うたちでな。
友人に手を差し伸べるのは当たり前のことだと思わないか?」
ソノヤマは赤い槍を力強く握る。
その槍先は伝崎に向けられていた。
伝崎はゆっくりと静かに夜色のアウラを放っていく。薄皮一枚ぐらいのわずかな放ち方だった。
ソノヤマは白面の下の目を見張った。
洞察スキルを発動し、伝崎のステータスを見たとき。
背筋が一瞬震えた。
――なぜ……なぜこれほどまでに。
どんな修練を積んだのだろうか。
最初に会った時よりも。
――圧倒的に成長している……!
ソノヤマは衝撃を受けていた。
その成長ぶりに、ただただ白面の下にある表情をゆがめ、次に焦りの色を隠すように目を細める。
今の伝崎とやるということは、どういったことを意味するのだろうか。
――本気を出さなければならないレベルに達している……
比較対象の無い成長速度。
こんな人間に今の今まで出会ったことがなかった。
たかだか数十日足らずで別人になっている。
しかし、邪魔するというのなら。
ソノヤマは低く構えて、赤い槍を伝崎の頭の方角に向ける。
――七番目の手を使おう。彼なら使ってもいい。
放っておいてはいけない種類の人間だとソノヤマは思った。
重々しい空気が流れる中。
伝崎は何食わぬ顔で言う。
「ソノヤマ、『友人に手を差し伸べる』ってのはお前のことも言ってんだぞ」
「……!?」