第三の解決策
「馬野場!(バカヤロウ!)」
闘技場の裏口の前。
一通りがまったくない場所で、壁を背にリュウケン使いの心臓が黒髪を乱しながら右手を横に振るった。
変身の解けた頭蓋骨は、力の抜けた感じで両手を肩の上で開いて。
「大丈夫だっての。俺が力をいくら見せたところで何もできねぇんだよ」
心臓がにじり寄って、頭蓋骨の首元の服をつかむ。
「お前は大陸の風習や師の教えを忘れたのか?」
「見せるなって話だろ」
大陸では戦乱があって、人が人を喰らう世界が長らく続いていた。
食べものを持っていることが知られたら、人々が群がってきて奪っていくのだ。
そして、師の教えは。
「己他見久弱者!(自分の力を見せつけるものは弱い!))
心臓のひどい剣幕に対して、頭蓋骨は相変わらず呆れた感じで表情を変えない。
その様子に心臓は腹の虫がおさまらず声を荒げる。
「なぜか分かるか? お前の能力を知った人間が、お前の弱点を探し出すからだ」
「弱点? ねぇな」
「お前は伝崎についてどう考えてるんだ?」
「伝崎、伝崎ねぇ。何びびってんだか。あいつはクソナイフしか持ってねぇよ。よく見積もっても200か300そこらの攻撃力。俺が変身したら棒切れ以下」
「何か対策を打ってくる、あいつは」
「大会までの三日間でどうやんだ? なんか強いナイフでも買うのか? この界隈にそんなナイフ存在しねぇよ。もし、俺の鱗に傷をつけようと思うなら4000以上の攻撃力が必要だぜ。そんな武器、数億Gは積まないといけないな。いや、そんなレジェンド級レベルの装備、売ってねぇ。見つけ出せねぇ」
「お前は伝崎を舐めてる。あいつが、この世界の人間とは何かが違うってことがわかってない」
「伝崎にびびりすぎなんだよ」
「毒にしたって、そうだ。なぜ見せた? お前は対策を取られることがわからなかったか?」
「新しく作ったあの毒に解毒薬はねぇよ。何をしようが無意味。てか、失敗した人間に言われたかねぇな」
頭蓋骨の物言いは、もはや兄弟子に対する態度ではなかった。
心臓は眉をひそめて押し黙ってしまった。
頬は痩せこけていた。
龍拳には様々な手が存在しており、各流派それぞれの中にも多種多彩な手がある。
その中でも奇異なものとして、古伝の書物に記されているものがある。
『龍毒手・七本組み手』
龍の毒を用いて、相手の動きを麻痺らせるもの、意識を混濁とさせて自白させるもの、ただ苦しめるためだけの拷問用のものまで。
各種様々な大陸の龍の毒をそれぞれに適した配合によって。
各種臓器の『血液の中』に隠す、というものである。
龍拳の呼吸法をやっているものは、体内のエネルギーの流れから血液の流れをコントロール下に置くことができる。
そのコントロール能力を生かして血液の中に毒を移動させて、一時的に置いておいても問題の無い特定の臓器(脾臓の裏側などにある経絡上の秘伝の部分など)に隠すのだ。
そして、攻撃を受けた直後にその臓器から毒を取り出す。
七本とも、出血後の切り返しを考えた組み手であり、逆転のカウンターのような形で入ることが多い。
当然のことながら自らの血液の中に仕組む以上は、死に至らせる毒を使用することは至難であり(誤れば自分自身が死ぬため)、七本組手の中にはそういった手は存在していない。
また、解毒薬の取り扱いが必須の課題となる。
この手を扱うものは、対戦の前に七本組み手の中から戦闘に取り扱う毒をひとつ選び、数日かけて内臓に馴染ませていく。
同時にその内臓の隣に解毒薬を仕込み、さらに安全用のために奥歯にも解毒薬を仕込む。
特に七本目の最終手は、当たれば全身が痙攣し始めて血液が蒸発するようになって苦しみ出し、歩くことすら一時的に不可能になるため、最も戦闘に効果的なものとされている。
しかし、隠す場所が最も困難を極める膀胱上に存在しており、失敗するものが七割を超えるといわれている。
例に漏れず、生粋のリュウケン使いである心臓ですら失敗した一人になってしまった。
彼はわざわざ竜覇祭の大会に備えて、手持ちの大陸の龍の牙と薬草を混ぜ合わせて調合を行い、毒を体内に入れ込んだ。
途中までは上手く行っていた。
だが、頭蓋骨が山から戻ってきた後、練習組手の際に金的の形で蹴りを入れられたため(想像以上に成長していたたため反応できず)にすべては台無しとなった。
三日三晩、心臓は血を吐くほどに苦しんだ。
心臓が痩せこけたのは毒を隠すのに失敗したためなのだ。
必要以上に苦しんだのは、金的を打たれたせいもあるのかもしれないが。
もちろん、その毒はあくまでも三日間痙攣しながら苦しむ程度のものであり、「死」に至る毒ではない。毒ではないのだが。
しかし、頭蓋骨の扱う「毒」は違っていた。
王国の竜を喰らいに食らい続けて、その体質を驚異的なまでに変化させ。
――まったく新しい手を編み出したのだ。
あの毒。
大陸の龍が持っている遅発性の毒と、王国の竜が持っていた即死性の毒を絶妙なバランスで組み合わせて生み出したものだった。
ゆえに、過去に存在したことがない。
ゆえに、解毒薬は存在しない。
毒耐性を身につけた頭蓋骨しかこの毒を取り扱うことはできない。
新しい究極の、一手。
龍毒手の八本目だった。
三日三晩地獄の苦しみを味あわせた挙句に、「死」に至らしめる。
伝崎のためだけに編み出した、ただただ長く苦しめて殺すためのものだった。
大陸の龍に関する解毒薬を持っていなければ解毒することはできない。
大陸にわざわざ行ってその解毒薬を持って来て、王国の竜の解毒薬を組み合わせて作り出さなければならない。
しかし、大陸に行くためには船で数か月の航行を乗り切らなければならない。
ゆえに、解毒薬製造には最短で数か月は掛かる。
現在、王国に存在している解毒薬は頭蓋骨の体内だけだった。
この究極の毒を目の当たりにして。
絶対魔術師ヤナイは慰めるような微笑を浮かべながら、トリックスターのタルデをかいがいしく介抱していた。
闘技場の一室。
一日に何枚包帯を変えたとしても、すぐに血が滲み出してしまうゆえに、介抱する人間がお金を要求する始末で。
今も彼女の耳や目からは、血がだらだらと流れ出しては蒸発していく。
誰もこのような状況にあって、彼女の傍に近づきたくないようだった。
もしかしたら、毒が自分にも影響するかもしれないと考えたからだ。
しかし、王都到着後に情報屋から話を聞きつけた絶対魔術師ヤナイは、何も気にすることも無く、彼女の血で緑色のローブが汚れようとも、ただただ優しく、その手で包帯を変えていた。
神官の女性が声を荒げて咎めてくる。
「ヤナイ様! それは大陸の毒に侵されたものです。触れてはいけません」
「あなたはそれでも神官なのでしょうか?」
ヤナイにそう言われると神官の女性は言葉を詰まらせて後ろに下がった。
「彼女は私を待っていました。何かを伝えたかったのかもしれません。そう、何か私に用事があったのでしょう」
しかし、タルデは何も話すことができず、ただただ両手両足を痙攣させながら「うぅうー」というゾンビのような声を上げては苦しんでいる。
ヤナイは血が滲んだ顔の包帯をまた変えてやりながら、彼女の頭を乳飲み子でも抱えるようにして。
「困りました。彼女を救う術、この王国にはきっと見当たらないでしょう」
絶対魔術師ヤナイの直感力でさえもその答えに窮する毒だった。
どんな回復魔法をもってしても、新たな毒は治すことはできない。もし、この毒を治そうとするなら、新たな回復魔法を生み出さなければならない。しかし、それは新たな解毒薬を作るのと同じぐらい難しいこと。
そして、解毒薬を生み出すにはその毒性を理解しなければならないが。
その毒性を解読することすら難しく、すべての人間がお手上げという状態で。
「やぁー、久しぶりだね」
振り返ると、そこには銀色のアウラを静かに放つ。
みずみずしい銀色の髪の子供。
大賢者シシリがこの部屋の入り口前にもたれかかって立っていた。
ヤナイの聖人面した表情が、一瞬にしてほころんだ。
「あ、先輩じゃないっすかー」
大賢者シシリは、何か試験管のようなガラス瓶を取り出すと。
「後輩が困ってるんだよ。ここは先輩の力の見せどころじゃないかな」
そう言って、ふざけた感じのニコニコ顔で入ってくると、タルデの耳に試験管を当てた。
一滴だけ血液を採取すると、試験管に何か別の薬を入れて、その色の変化を確かめるように試験管を振り始めた。頭の上に挙げたり、顔の前で右往左往させたりしながら、その色を確かめると。
「うーん、これな。あれだ。大陸の毒と王国の毒が混じってる」
絶対魔術師ヤナイは、涼やかな表情になると一言だけ。
「なるほど」
「うん、大陸の毒と王国の毒が混じってるわけだから、それを治すためには二つの解毒薬を手に入れなければならないね。でもさ、一方の解毒薬は大陸に行かないと手に入らなそうだな。これの解毒薬を作るには、順当に見積もって数か月は掛かりそうだ。まぁ頭蓋骨ってやつがさ、三日三晩の後に死ぬっていうのはあながちウソじゃないね」
「困りましたー」
ヤナイは可愛い後輩を装うかのように語尾だけ伸ばした。
なぜか大賢者シシリの前では、後輩面をするところがあった。
そう言われると弱いところがあるのか、大賢者シシリは少し考えて。
「まぁ手としては、そうだな。頭蓋骨から解毒薬を頂くぐらいかな。あのリュウケン使い、自分の体内に毒を入れてるわけだから、なんだかんだで緊急用の解毒薬を隠し持ってそうだし」
しかし。
絶対魔術師ヤナイは、ここにきてもなお聖人面するのか。
「できれば、もっと平和的な解決方法はありませんか?」
「ああ、頭蓋骨はこの女を殺したいわけだから絶対に解毒薬渡さないよね。ってことは殺すぐらいのことをしないと取れないわけだ。で、君はそれが嫌だというわけだ。なるほどなるほど」
大賢者シシリは、あごに手を当てると黙った。
部屋のあちこちをうろうろと歩き回りながら、何かを思いついたのか手をポンっと叩くと。
「これでも僕は賢者の端くれだからねっ」
笑顔になると、第三の解決策を思いついたようだった。
絶対魔術師ヤナイは、少々困った顔になりながら不毛な疑問を抱いた。
(先輩が賢者の端くれだとしたら、その他の賢者たちは何くれになってしまうのでしょうか?……)
ただの洞窟の広場にて。
「リリン、異常はなかったか?」
伝崎が見回しながらそう問いかけると、リリンは直立不動で答えた。
「はい、デス」
伝崎が戻ってきたことに気づいたゾンビたちが、やけに整った隊列でのそのそと歩いてくる。そして、伝崎を取り囲むと、にぎやかしのように笑顔になって、ウヘヘヘヘと笑い始めた。
営業スマイルである。
それにしても、軍曹がその先頭でゾンビたちの動きをしっかりと指示しており、外枠で見たら四角いほど一糸乱れぬ隊列となっていた。ひとりひとりはかなり乱れた姿勢をとっていたが。
「いいぞ、軍曹。指揮力が向上しているなっ!」
ゾンビたちの腐った目は伝崎を見るだけで輝きを帯びたようになっていく。
伝崎は肩と肩をすり合わせて和やかな雰囲気で一緒に笑顔を作り始める。
ガントレットの妖精の女の子は、「なんなのこの地獄っ」と言いながら伝崎の服の中に隠れていた。
リリンが申し訳なさそうに切り出してくる。
「その、伝崎様……」
「んっ?」
リリンは何も言えなくなって、うつむいて、顔をバッテンにして、拳を握った。
(ミラクリスタルのこと……言わなかったらきっと死ぬデス。あのクリスタルの未来予知を知らないものが、その未来を超えて行動できたところを見たことがない。魔王様のことを考えたら言わない方が良いって分かってる。伝崎が死んだ方がいいってわかってる)
伝崎はゾンビの様子を見ながら、笑顔で話しかけたりしている。
リリンは声を振り絞って、その名前を呼んだ。
「伝崎様っ」
伝崎は騒がしいゾンビの中から顔を出して、リリンの曇った表情を見ると真顔になった。
何かを察したのか手を出して。
「分かる。リリン、お前の言いたいことは分かるぞ。言いにくいよな。分かるわ」
「えっ?」
「安心しろ。大丈夫だ。お前の望むとおりになる」
「望むとおり、デスか?」
「ああ、望むとおりになるから悩まなくていいぞ」
リリンは半ば唖然と口を開いたまま黙ってしまった。
(それはどっちの意味デスか? 伝崎様が死ぬこと? それとも生きること?)
そのときに気づいた。
リリン自身でも自分がどちらを望んでいるのか分からなくなっていることに。
伝崎は、満面の笑顔でただの洞窟から出ようと背を向ける。
彼が考えていること、それは。
(この調子で経営していけば、たぶん払えるっしょ)
時給のことだった。
リリンはとっさに手を差し出した。その手の隙間から見える伝崎の背中が小さくなっていく。まるで大切なものがこぼれ落ちるように。
次々と思い出されていく。
お馬さんごっこをしたこと、一緒に戦ったこと、気遣ってくれたこと、お馬さんごっこをしたこと。
特にお馬さんごっこをしたこと。
急に体中に後悔の念が湧き上がってきた。
「伝崎様っ、あのクリスタルで見たんデス」
リリンは泣きそうになりながら、ミラクリスタルで見たことをすべて話した。
伝崎が闘技場で痙攣しながら体中の穴という穴から血を流していた未来の光景について。
にもかかわらず、伝崎の屈託のない表情は変わらなかった。
すべてを聞いた後、不思議そうに伝崎は言う。
「あれ、お前ってさ、魔王の直属の部下だよな。なのに俺を助けるためにそうやって話してくれんだな。別に黙ってたって問題なかったんだけど」
「問題なかったっ……デスか?」
リリンは、その絶対的な自信に目を丸々として驚きを隠せなかった。
なぜ、自分が死ぬ未来について聞かされても問題ないと言い切れるのか分からなかった。
「なんつーか……ありがとうな、リリン」
そして、伝崎は人差し指を立てると。
「でも、俺は占いなんか信じないからな」
「占いとかではないのデスっ。本当に起こる未来なんデスっ。辞退したほうが」
伝崎はリリンの頭の上に手を置いた。
それだけでリリンは言葉が出なくなった。
「俺の商才と頭脳でねじ伏せてやるよ。未来も何もかも全部な」
伝崎がゆっくりと解き放つ夜色のアウラの迫力は以前よりも静かに増していた。
その体を縁取って、重苦しい夜の雰囲気が現れていく。
伝崎はそれに反するかのように微笑む。
頬を上げて柔らかく口を開いて、まったく未来に対して不安なんか抱いていない表情。しかし、現実は厳格で、どれほど覇気を持っていても、世界の法則は相変わらず絶対的に働いていて、死ぬときは死ぬという現実があって。
リリンの計算では、伝崎は何度も死ぬイメージしかなかったが。
今、伝崎はそのイメージさえも捻じ曲げてしまう雰囲気を放っていた。
「竜覇祭、辞退なんかしねぇよ。優勝してやる……」
リリンは、ひやりと汗をかいて話したことをいささか後悔した。
伝崎は真剣な顔になると、ただの洞窟の出口へ向かって勇み足で歩き出した。
一方、妖精のオッサンはポケットの中で哀愁漂う表情になりながらこんこんと考えていた。
(伝崎ぃ、ただの洞窟のメンツが『本当の仲間』になったとき、お前はそれでも経営っていけるのかぁ?)
気づいてしまったとき。
仲間を危険にさらす冷酷な経営方針を取れなくなり、きっと。
妖精のオッサンにはそのような予感がして仕方がなかった。
「改めて聞きたいことがあるんだけどさ」
伝崎は、ただの洞窟の出口に向かって歩きながら聞こうとする。
ガントレットの妖精の女の子はすこしつんけんした様子で。
「なにっ?」
「このガントレットって、毒耐性もあんの?」
「あるよ。舐めないで。私のガントレット、最高なんだから」
「ほーう、じゃあ、ガントレットを装備しただけで体全体にも耐性が付くのか? それともガントレットの部分だけの効果か?」
「それは、ガントレットの部分だけだよ。他の部分に耐性が付くとかは、ない」
「なるほどな」
つまり、ガントレット以外の部分に頭蓋骨の毒攻撃を喰らった場合、そのままダメージを受けてしまうということ。
妖精のオッサンが渋い顔で伝崎の横顔を見上げて言う。
「伝崎、わかってると思うがなぁ。そのガントレットで頭蓋骨の毒液を防ぎ切れるのかぁ?」
うなづくこともせず、伝崎は黙ったまま説明しなかった。
何かを考えている様子だった。
伝崎の左手にはめられた銀色のガントレット。それは前腕部だけしか覆っておらず、決して広い範囲とは言えなかった。
頭蓋骨の毒。
肌にたった一滴触れただけで、あの威力。
全身が痙攣し出して体中の穴という穴から血が出始めて、三日三晩地獄の苦しみを味わうことになって死ぬという。
その症状はリリンがクリスタルで見た伝崎の未来と同じだった。
伝崎とて人間であり、毒攻撃を受ければ死ぬということ。
妖精のオッサンは伝崎の荷物袋の中に侵入し。
(これでも隠し持って使うのかぁ?)
自らの等身大を上回る煙玉をにらみつけていた。
未だ3月1日。ただの洞窟の森付近。
夕日が沈み、辺りが一気に暗くなり始めた。
伝崎は、歩きながら木の幹を見下ろして、じろじろと見ていく。
妖精のオッサンが肩の上からその様子を見て質問する。
「伝崎ぃい、お前さん何やってんだぁ?」
「いや、一応な。虫とかを探してる」
「虫をぉ?」
伝崎がガントレットをはめた左手で木の幹近くの草をめくったりしていると。
妖精の女の子が伝崎の背広の襟元を小さな手で引っ張って首を振りながら。
「無理無理っ」
伝崎は立ち上がると片腕を広げて。
「セシルズナイフの攻撃力の上昇ってさ、殺害数で決まるんだろ?」
「そうだぜぇ」
「1匹でどんなもん上がるか改めて聞いていいか?」
「0,1だな。10匹狩れば1日1ずつ挙げられるぞぉ。ちなみに今の殺害数は48だぜぇ」
「ってことは今ぐらいだと1日に4,8ずつしか攻撃力が上がらないわけだ。今の攻撃力は341ちょいしかねぇから。竜覇祭までの3日間で磨いたところで、このままだと400にも届かないわけだ。まぁー、頭蓋骨の防御力は軽く数千と見積もって、今の調子だと絶対に無理だよな」
「ああ、そうだぜぇ」
「そういや、オッサン。聞き忘れてたけどさ、虫ってセシルズナイフの殺害数に含まれるのか?」
「おーう、含まれんぞぉ。生物を殺せば全部殺害数だぁ」
「いやさ、さっき虫を探してたのは、もしかしたらだけどな、もしかしたら蟻塚みたいなとこ見つけられたら何万匹って狩れるだろ?」
「ああ、まぁな……でもよぉ」
戸惑う妖精のオッサンに対して、伝崎は辺りを見回して。
一言。
「ないよな……」
ただの洞窟周辺の森を見回してみるが、どこをどう切り取っても西洋風の森という森があるだけで、アリらしいアリは見当たらなかった。というか、そんな都合のいいものを発見できるわけがなかった。
いたっていつも通りの森であり、同時に異世界である以上アリを発見することすらできなかったのである。それどころか、アリのように数の多い虫の巣を見つけることすらできなかった。立地的に詳しくないために、新たに虫の巣を見つけるなどそんなすぐにできるわけもなかった。
普通にやったら1日掛けてここら辺のモンスターを狩ったとしても10匹前後しか狩れそうにない。
絶対不可能としか思えないこの状況で。
だが。
伝崎はセシルズナイフを構えて言い切る。
「時間効率だってーの」
大会まで三日間。
果たして、時間効率によってどうやって極限の攻撃力を達成するのだろうか。
「振り切られた? 煙玉で?」
宮廷魔術師ドネアは執務室の書類を置くと立ち上がり、早速その対策として本をじっくりと読み上げながら、何やら部屋の奥から草の束を持ち出すと、体中のアウラを光らせ薬草術のスキルを使って。
ものの数十分で作り上げてしまった。
三角のマークが描きこまれた黒色の玉を。
「ほら、あげますよ」
レイシアはその玉を受け取ると疑問を呈す。
「これはっ?」
「消煙玉、彼が煙玉を使ったらその瞬間投げればいいんですよ。煙が消えますから。あ、でもレイシアさん、足であいつに勝てますか?」
「いや、実は……」
「ふーん、なら加速薬ってのも作ってあげましょうか?」
ドネアの優れた知識と薬草術スキルをもってすれば、それは可能だった。
王都の片隅の道具屋にて。
「とうとう出来たかっ!」
頭蓋骨は大げさにそう言うと、頼んでいた逆三角形のマークが入った真っ黒な拳大ぐらいある球をカウンターから五個ほど手に取った。
――消煙玉だった。
頭蓋骨が脳裏で反芻していたのは、心臓の言葉。
(あいつの弱点は……一歩目の踏み込みの終わり)
全体重を掛けて倒れるように移動するために、立ち止まる癖が出るという話だった。
「持つべきものは兄弟子だぜ」
伝崎がその場所にたどり着き、そのようにセシルズナイフを扱ったとき。
妖精の女の子の表情が見る見るうちに曇り、驚愕、戦慄、そして。
(こんなの、ガントレット壊されちゃうよ……)
数々の戦歴を乗り越えてきたガントレットの宿主でさえも破滅を予感した。
妖精のオッサンは、しみじみとした表情で両腕を組んで、それを見ていた。
(魔王、おめぇ。人選間違えたんじゃねぇのかぁ? おめぇさんが扱い切れるレベルの人間じゃねぇぞ)