それが現れる
(はぐれたから……王都にいるって聞いて来たけど)
タルデは、暇すぎて暇すぎて竜覇祭に参加した。
その結果として頭蓋骨と戦うことになり、微妙に後悔しながらも罠の出来合いを見てこの状況をどうしたものかと考えていた。
優勝候補の強戦士を倒せる自信があり、優勝賞金4000万Gは手放しがたく。
――こいつを屠れば大体はイけるわけで。
タルデはナイフの取っ手を握りなおす。
頭蓋骨の緑色の血が拳にしたたっていく。
それを頭蓋骨は右手、左手、その手先に塗りたくる。
誰でも分かること。
観客の一人が口走った。
「ありゃ毒だ」
(毒なんてね……)
タルデはバックステップを踏みつつ、独特の輝きを放つナイフを構える。
頭蓋骨は考える。
両拳を握りながら、トリックスターのタルデを見つめて。
なぜ、トリックスターが罠を使用したのか。
トリックスターは、見た目は細身の女性。
手に方位磁石と思しき羽のついたナイフを持っている以外、これといって決定力がないように見える。
刹那に見たアウラも黄色。
その色から言って、トリックスターは技術職であり、器用さが先行する。
73LV。
だが、非力。
頭蓋骨は考える。
(罠を使うのは、格闘戦に対する自信の無さの現れ!)
頭蓋骨の結論。
――格闘戦に持ち込めば終わりだ。
頭蓋骨は前傾姿勢になって走り出す。
観客から一見すると、無謀に見える行動だった。
なぜなら、まだ罠が隠されているかもしれないからだ。
不気味にその全身に緑色の血をしたたらせながら走るさまだけが際立つ。
頭蓋骨は数メートルの距離まで詰め寄ると、地面を思い切り蹴り上げてジャンプした。
一直線に右拳を突き出しながら空中から迫る。
「う、うん」
タルデは、何か本当に嫌そうに目をそむける。
すぐにナイフから渦巻く風に乗って、横にひらりとかわる。
頭蓋骨の右拳が宙を撃ち抜く。
「逃げるな!」
「って考えるよね」
ナイフが頭蓋骨の右脇をかすめる。
頭蓋骨が振り向きざまにやや鈍い左の突きを打ちだすと、タルデは下にかかんで疾風のごとく前方に転がる。
頭蓋骨の右脇から出血。
飛び散る緑色の血はタルデには掛からず、闘技場の石床に広がる。
タルデはすでに頭蓋骨の後ろに立っており、ささやくように。
「勘違いしてる?」
接近してきたことを嘲笑うかのように、完全優位のポジションから話しかける。
そのさまは観客にもその力量差を理解させるには十分で。
頭蓋骨は、固まる。
タルデは話す。
「気持ち悪いから」
繰り返す。
「気持ち悪いから嫌なだけで」
頭蓋骨は完全に。
「近くでやってもあたしのほうが強い」
挑発の域を超えた言動に完全に、修羅のような形相になった。
「てめぇえ、殺す。地獄の苦しみを延々と味あわせた挙句に殺す!」
頭蓋骨は振り向きざまに思い切り、腕を振るう。
タルデは目を光らせて見切りスキルを発動し、それを避けながら後ろに下がって間合いを開けていく。
二人の間合いが十メートルを超えた。
伝崎は、観客席で足を組んで、その状況を理解したようにつぶやく。
「なるほどな」
セシルズナイフの妖精のオッサンがポケットから顔を出して聞いてくる。
「なに一人で納得してんだぁ?」
「レベル差だ。頭蓋骨は確かに強い。40レベル代であの強さは異常だ。だが、あの女も単純にレベルを上げたわけじゃなくて、その道の職業を極めてる。同じ質の高い修練を積み重ねたのなら、レベルが高い方が強いのは当然だ」
「どうりで力量差が際立つわけかぁ」
頭蓋骨が憤怒の形相でなりふり構わずに、タルデに向かっていく。
連続突きを大量に浴びせかけると、拳が数百個に分裂した。
タルデは、それを紙一重のところでかわしていく。
右拳が顔に来ると、すこしだけ顔を横にずらす。あるいは左蹴りが来ると、上半身を後ろにそらせて顔面すれすれでかわす。
かわす。
すべての攻撃が、顔の前からわずかなところで届かない。
見切りの鮮やかさは、極めて芸術的だった。
タルデは、突き出された右腕をカウンター気味に下から切り上げる。
頭蓋骨の手首から血が噴き出すと、バックステップを踏んでその場にいないという状態になる。
頭蓋骨は怒り狂いながらボールを追いかける犬のようだった。
伝崎はその様子を観客席から見守りながら、しかしタルデの勝敗について悲観気味に言う。
「だが、あの女言い過ぎだな。無駄に力を引き出す。それがどんな結果を生むのか考えが足りてない。相手のプライドを傷つけるような言動はデメリットしかない。いや、というよりも、相手に力を発揮させずに勝つのが上等というべきか」
「ずいぶんとまともな見方をするんだな。対戦相手のプライドを傷つけるべきでないというのは同意だ」
割り込んできた声の方を見ると、漆黒の全身鎧に身を包んだ白騎士もとい、レイシアがこちらの席に歩いてきた。
自分の試合を終えたようだ。
横に腰を下ろすと。
「貴様の解説、なかなか面白い。もうすこし聞かせてくれないか?」
「別にいいが、ここは等価交換と行こうぜ。楽しむためにもな。なんかあんたがあの女のことで知ってる情報をくれよ」
「そうだな。私はこれでも武器に詳しい。騎士として強さを要求される以上、あの女のナイフの攻撃力が分かるぞ」
「それはいい。どれくらいだ?」
「あの女が持ってるナイフは、ウィンズナイフ。攻撃力は1245だな。数百万Gはくだらない。上級の技術職が取り扱うものだ。特殊効果まではあまり興味がないが、確か敏捷が何段階か上がると聞いている」
伝崎はその話を聞いて考える。
――攻撃力は1245、か。
ウィンズナイフほどの攻撃力さえあれば、頭蓋骨の生身の体なら切れるわけだ。
――俺の今のセシルズナイフの攻撃力は341。
だが、今のセシルズナイフの攻撃力では、おそらく頭蓋骨の生身の筋肉に受け止められるだろう。
――俺が興味があるのは、ウィンズナイフが頭蓋骨の「鱗」を切れるのかってこと。
おそらく。
「等価交換だったな。頭蓋骨ってやつは変身ができる。変身したときの防御力は、桁違いに上がってだな」
「ほーう」
これでいい。
トリックスターの女が挑発し続けることによって、明らかになる。
的確な攻撃を受け続けた頭蓋骨は息を上げて、肩を大きく揺さぶり、背中が丸まり気味になって、両膝に手をついた。
大量に出血したせいか、スタミナをかなり深いレベルで消耗していることが分かった。
タルデは数歩近くの絶妙な間合いを保ちながら。
「確かに君は強い。そのレベルでその強さは褒めてもいいよ。あたしよりも筋力があるわけだ。でも、スピードはあたしのほうが早い。場数も上。見切りも上。リーチも体格的に君の方が上だけど、ナイフの分だけあたしのほうが長い」
タルデは、ナイフを顔の前で斜めに構えると。
「何より、このナイフは君を刻めるわけだしぃ」
「しゃらくせぇええええええ!」
頭蓋骨は叫んだ。
赤黒いアウラが一気に解き放たれた。
アウラの閃光が走る。
光の中で、鼻とあごが伸びきり、めりめりと音を立てて体が一回り大きくなる。
顔は、もはや爬虫類のそれだった。
姿を現したのは真っ黒な鱗に包まれた竜のごとき風貌の頭蓋骨。
伝崎は洞察スキルを発動した。
頭蓋骨レベル45の変身後のステータス。
筋力AA+
耐久SS
器用C+
敏捷AA+
知力C++
魔力E++
魅力D+
スキル。
リュウケンA-。威圧C-。
桁違いに成長していた。
圧倒的な耐久力、パワー、そして何よりもスピードが比べ物にならないぐらいに上がっている。
前回、攻撃を回避できたときとは違う。
今の自分では振り切れないほどのスピードに、伝崎は冷や汗をかく。
スキルはリュウケンとかいう拳法と威圧以外に持っていないようだが、身体能力が化け物だ。
(成長しすぎだろ……)
どんなモンスターを殺せば、これほど短期間に、これだけの成長を遂げられるのか分からなかった。
「戻すのが痛すぎてな、使う気にもならなかったが」
頭蓋骨は左手で鱗に包まれた右肩をつかみながら、引き気味に身構えるタルデに突進していく。
「リーチ差なんだろ?」
左手をすこしだけひねると、グキっという音が明白に会場に響いた。
直後、突き出された右拳がバックステップを踏むタルデの顔に向かう。
思いのほか拳が伸びる。
伸びて伸びて。
タルデの顔に右拳の先が届きそうになる。
『脱突拳』
頭蓋骨の右肩が脱臼していた。
その脱臼によって、肩部分から解放された分だけ腕が伸びていくのだ。
リュウケンの一種の技なのだろう。
ぎりぎりのところでタルデが頭を振る。
頭蓋骨の右手の人差し指が、わずかにタルデの鼻先に触れた。
それだけでタルデの鼻先がちょっとだけ緑色に染まった。肌が蒸気を上げて、わずかに溶けていく。
しかし、タルデは微笑を浮かべる。
「踏み込みすぎぃ」
ウィンズナイフが最短距離の軌道を描いて、頭蓋骨のがら空きの胴体部分に向かう。
それは脇の下、さらには肺部分を狙った致命傷をもたらす攻撃。
ナイフの刃先が火花を走らせると、次の瞬間。
あっけなく、刃先が欠けて飛んでいった。
上位の超高級ナイフが、そこらの粗製のナイフのようなもろさに見えた。
頭蓋骨の胴体部分の鱗が弾いていた。
「てめぇの強さは認めてやるよ。本気、出さざるをえなかったわ」
その一言の後。
それから何の攻撃も受けていないのに。
タルデは、すべての力を失ったように顔色を蒼くしながら後ろに下がっていく。
三歩目で。
突然、吐血した。
前のめりに倒れると、目、耳、鼻、口などの頭の穴という穴からダラダラと血を流し始めた。
熱病にうなされるように顔を赤くして、体中をガタガタと痙攣させ始める。
「く……くぁあ」
頭蓋骨は外れた右肩を押し戻すと、苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
タルデの元に近づいて行って、手刀を作るとその背中に刺そうとした。
しかし、手を止めて。
「やっぱ、すぐに死なせるのは違うわな」
頭蓋骨は悪い笑顔を浮かべて、うれしそうに聞く。
「熱いだろ? それにすげぇ頭が痛いだろ? 簡単には死ねないぜ。その毒な、地獄のような熱さの中で頭が爆発しそうになりながら、三日三晩苦しんだ挙句に死ぬんだよ」
頭蓋骨がわずかに鼻先に触れただけ。
傷口に入ったわけでもない。
たった一滴でも緑色の血が肌に触れれば、ダメになるということがわかるほどだった。
勝負ありだった。
審判が頭蓋骨の腕をつかむこともできず、勝敗を宣言することができずにいると。
頭中が血まみれになったタルデが必死に声を振り絞る。
「解毒、薬……を」
「新しく作った毒だから、解毒薬はねぇよ」
頭蓋骨は戦慄している闘技場の観客席をぐるぐると見渡し、指差して叫ぶ。
「伝崎ぃいいいい! 次はお前だって分かってるよなぁ!」
妖精のオッサンがポケットに震えながら隠れている。
伝崎は右頬を軽く上げて不敵な笑みを作り、隣で両腕を組むレイシアに質問する。
「あんたならどうする?」
「切る。触れられる前にな」
「はは、単純明快で好きだぜ」
伝崎は内心ひやひやだった。
「なんだありゃ!」
一人の男が驚きの声を上げて指を差すと、一斉に人々がその方角に目をやった。
王都の巨大な正面門。
アーチ型の門の天井は、数十人が肩車をしても届かない高さがある。
にもかかわらず。
キコ、キコ、キコ、と軽快な音を出しながら進んで来ていた、ささやかな荷車が立ち往生しそうになった。
その後ろの積荷が天井に引っかかりそうになっているのだ。
金貨がぎゅうぎゅうに詰まった袋が数階建てを超える高さで積み上げられていた。
もはや塔。
どう考えても積重過多。
だが、周りには緑色の風が渦巻いており、絶妙なバランスを保ちながら積荷の重さを軽減している。
その荷車をひとりで引いている者こそ。
絶対魔術師ヤナイだった。
金色の神々しい円形の後光を頭の後ろにたたえている。
みな、それを見て一応にひざまづく。
馬を使わないのは、博愛精神である。
スピードを出さないのも、博愛精神である。
しかし、やむにやまれぬ事情で積んだ実績によって得てしまった。
ヤナイは荷車を止めて一息つく。
「さて……」
王都の一角には金貨の塔が堂々とそびえる。
この莫大な富が王都に持ち込まれたとき、王都の市場経済にいったいどんな影響を与えるのだろうか。
そして、赤鼻の商人ベンジャミンをヤナイが見つけ出した時。
神々は、絶対魔術師ヤナイのすべての動向を見ていた。
そして、そのすべてを集計し、こうまとめた。
ここ一か月以内で。
絶対魔術師が滅したモンスターの数。
16203匹。
絶対魔術師が築いた富。
21億2343万G。
絶対魔術師が救った人々。
プライスレス。
予選会が終了し、トーナメント表が発表された。
三日後に竜覇祭の本戦が開催される。それまで各自が自由に英気を養うことが許された。
トーナメント表を見て、伝崎は声を荒げる。
「だから俺は無職じゃねぇつってんだろ」
ちなみにこのトーナメント表を考えたのは、賢者ユクテスである。