意味
頭蓋骨はとっさに両腕で顔を覆い、後ろにしりぞく。
赤黒いアウラが一瞬であふれ、ガードを固めるために頭蓋骨の上半身に集中する。まるで赤黒い鎧を着たかのような姿になる。
その炎は追尾するかのように頭蓋骨に直撃。
上半身を炎に飲まれ、吹き飛ばされるように横に倒れた。
頭蓋骨は意識があるのか服についた火を消すためにくるくると転がり続ける。
タルデはそれを見つめて言う。
「効いてる効いてる」
煙が上がり、次第に火が消えると、頭蓋骨はゆっくりと手をついて立ち上がった。
頭蓋骨の上半身の服は黒くこげおちてボロボロになり、両腕の肌は赤くなっていた。特に左肘部分は肌が焼けただれ、めくりあがるほどのダメージを受けてしまっていた。
「あちぃな、ただの炎じゃねぇ」(ち、左肘がやられた。最速の前拳に影響しやがる)
タルデは驚いた様子でその姿を見ていた。
「ロイヤルガードが盾ありでも肌が溶ける炎を再現したつもりだったんだけどね……生きてる君がすごいのか、はたまた反応がよかったからか、それとも単純に加工を私が失敗したというか、炎の持続時間に問題があったというべきか」
頭蓋骨はもう一度、低く構えなおした。
もしも。
もしも、本気を出して変身していれば。
これほどのダメージを受けたりはしなかっただろうが。
「こんな雑魚に必要ねぇ……」
頭蓋骨は、あらわになった上半身の筋肉を有機的に締め上げていく。
焼けた左腕を軽く下にぶらさげながら。
直後、踏み込む。
爆発的に地面を蹴り上げ、飛び込んだ。一歩、二歩、急接近する。だが、タルデは突っ立ったまま、ナイフを構えるだけで後ろにも前にも進んだりはしない。その間も十数歩の間合いが狭まって、数歩の距離に縮むが。
その様子を見て、頭蓋骨は眉をひくつかせる。
「まだ……」
「遅いかな。気づくの」
「あったのかよ」
頭蓋骨の足首をトラバサミが捉えた。
全力で踏み込んでいたために、頭蓋骨は地面に転倒して両手をついてしまう。すると、その地面から鋼鉄製の針が無数に顔をのぞかせて両手を針のむしろにする。血が噴出す間もなく、前方の地面から大きな鎌のようなものが回転式で現れて、頭の上から降ってきていた。
「三連続コンボ決まり!」
タルデの明るい掛け声がかかった。
頭蓋骨は体をひねり上げて返し、頬の側を必殺の鎌がかすめるのを見出す。だが、足を捉えられているせいで体の回転が仕切れず、右肩近くに落ちる。そこに気を凝縮させて防御力を向上させようとするが。
「ぐぁあ」
頭蓋骨の肩に鎌の鋭い刃がめり込んでいく。
その鎌自体が優れた攻撃力を持っていたのだろう。難なく、頭蓋骨の体の筋肉をくぐり抜けてしまった。
気のガードが間に合わず、生身ゆえの防御力だったが。
体中からその瞬間に合わせるかのように血が噴出した。筋力の操作で抑えていた出血がその瞬間にとかれてしまっていた。
タルデはナイフを逆手に構えて、とどめの一撃を刺さんと近づきながら言う。
「単純というか、戦い方が武闘派のそれすぎて考え無しというか。さっさと本気を出したら?」
頭蓋骨が目を見開く。
伝崎のいる観客席の向かい側には、心臓が座っていた。
心臓は伝崎に一瞬だけ目をくれてから、イラつきを隠せない様子で手を組み替え、頭蓋骨の行動ににらみをきかせている。その様子を伝崎はつぶさに観察していた。
伝崎は考える。
(もしも頭蓋骨がボロを出し始めたら、間違いなく心臓の様子に変化が現れる……しかし、トリックスターのあの女、ダークホースだな)
頭蓋骨は、なぜかおかしくなったのか笑い始めた。
「かはははは、決勝までは隠すつもりだったんだが、まぁいいか。期待はずれの雑魚しかいないもんな。隠す必要がねぇ」
その笑いには、強戦士の存在感すら否定する自負があった。
出血することも気にせずに肩の大鎌を自ら引き抜いて、トラバサミを手で捻じ曲げ解脱し、ゆらゆらと満身創痍の体で立ち上がると。
「言っとくが、お前には本気を出さねぇよ。意味がねぇからな。でもな、苦しめたくなった。その最善の手がこれになるが」
頭蓋骨が自らの下腹部の一部分を押すと、体から流れ出る血の色がにわかには信じられないものに変わり始める。
血が、赤から緑になった。
「げっ、なにそれ」
タルデは気持ち悪そうに口に手を当てた。
観客席の心臓が立ち上がり、叫んだ。
「其愚馬鹿!(あのバカ!)」
伝崎は確信の微笑を浮かべる。
(読みが、当たった)
伝崎の洞察力は、頭蓋骨を捕捉しつつあった。その能力から性格に至るまで。だが、それとは別にして、それ以上に重要な真実がこの状況に隠されていることについて知る由もなかった。
タルデが王都にいる意味について。