すでに
「――そういうことだから、金と時間。つまりは、本戦までの三日間と600万G近くの持ち金がキーワードになるってわけだ」
ビシっと伝崎は説明を終えると、さっきまで泣いていたのが嘘のように妖精のオッサンは目を輝かせる。
「そういうことかぁ!」
伝崎は、オッサンの数々の疑問を納得させるだけの説明をした。
じゃっかん丸め込んだフシもあるが。
妖精のオッサンはセシルズナイフを頭の上に抱えて小躍りする。
「おいさん、楽しみになってきた。クソナイフじゃないって証明できるよな? 魔王すら倒せるようになるよなぁ!?」
「その可能性も無きにしもあらずってとこだな。問題は、これからだが……」
伝崎はあごに手を当てて言葉を続けた。
「あいつは、すでにミスしてるからな」
妖精のオッサンは首をひねって伝崎に問い直す。
「ん? あいつはミスしてるってなんだぁ?」
伝崎は片手を顔の前にあげて。
「強戦士のことだよ。あいつは強い。
一対一だったら、女魔王や絶対魔術師に勝てる可能性があるくらい。
動きを止めるあのスキルがやばい。だが、すでにミスしてんだよ。
本来、自分の能力を明らかにするのは愚の骨頂。
なのにあいつは、スキルや能力を明らかにした。情報戦を放棄してる。
孫子兵法的に言えば絶対的なミスに相当する」
「孫子兵法的?」
「孫子兵法では、情報を得ることが重視されてる。
スパイには金を惜しむなって話をするくらいだぜ。
情報が命。
情報が知れれば、それだけ徹底的に対策を取れるってこと。
つまり、情報をどうやってこちら側は隠し、相手側の情報を得るかってことが重要なんだ。
孫子兵法の『彼を知り己を知れば百戦して危うからず』って言葉はそのことを言ってる。
そこまで孫子兵法は『知ること』、情報に重点を置いてんだ」
「なるほどなぁ」
「俺が強戦士の能力を知れたよな? それ自体が強戦士のミスなんだ。
模索すれば、対策が取れる可能性が出てきた。
威圧スキル、あの性質を調べるんだ。
そして、付け加えるとするなら、頭蓋骨は俺に勝てると確信した。
おそらく、調子に乗って強戦士と同じミスをするぜ。
つまりは、隠すべき戦闘情報を隠し損ねる可能性が高いってことだ。
油断、見くびり、驕り、戦う前に、すでに勝敗の重要な部分があるってのに、そのことに対する意識が頭蓋骨も強戦士も低かったり、下がったりしてんだよ」
伝崎はすこしだけ沈黙してから両手を組んで言い切る。
「だから、あいつらは負ける」
決して「誰に」とは言わないけれど、伝崎の脳裏にはいつか彼らが負けるイメージが浮かんでいた。
そのイメージはあくまでもイメージでしかなかったが、伝崎の中の確固とした信念と考え方に基づいたイメージだった。
伝崎は立ち上がると、セシルズナイフと妖精のオッサンを手のひらの上に乗せて。
「まぁ、これから観戦でもしようぜ。そろそろ頭蓋骨の出番も来るだろ。
俺の推測が正しければボロを出す可能性が高いからな」
妖精のオッサンはしかめっつらになりながら考え込んで。
「伝崎ぃ、その論法で行くと心臓のほうがよっぽど今大会の障害になるってことじゃないのかぁ?」
油断していない彼のほうが能力を隠し通す可能性が高く。
「その通り。あいつとやり合うことになったらやばいかもな」
伝崎は控え室から出た。
闘技場の入り口に向かっていくときに、長身細身の黒ずくめのマントを着込んだ男とすれ違う。
その男は、どこかで見たことがある白い面をつけており、すぐに影の中に溶け込んで消えていった。
その歩いていった先は、予選会の参加者が通る道だった。
「おい、あいつって……ソノヤマも参加してるのかよ」
「だったら、ソノヤマも追加だなぁ」
決して、今も強戦士や頭蓋骨、そして各参加者たちの完全な攻略法を完璧に見い出しているわけではなかった。
ソノヤマの参加でより難しくなっていると言ってもよかった。
だが、伝崎は情報を集めることによって、その可能性を模索していくことができると考えていた。
「まだ来ねぇのかよ……」
頭蓋骨は仁王立ちで両腕を組み、イラ立ちを隠せない様子で片足を小刻みにゆする。
闘技場の観客席で、伝崎はその様子をつぶさに観察していた。
頭蓋骨が立っている場所、つまるところ戦う舞台として線が引かれた四隅の中には、審判と頭蓋骨の姿しかなかった。
対戦相手が、びびったのかもしれない。あるいは、イラ立たせる心理戦だろうか。
規定の時間になっても姿を現してないようだ。
このままだと、不戦勝になるのは明らかだった。
痺れを切らした審判が四隅の真ん中に歩いていって、頭蓋骨の手をつかんで上げようとしたら。
頭蓋骨は両目を見開いて手を払うと、バックステップを踏んだ。
四隅を見渡してから眉をピクリと動かし。
「いや、もう来てたのかよ……」
驚きの言葉を吐いて、すぐに臨戦態勢の低い構えを作り、鉄壁の雰囲気をかもし出していく。
しかし、それでも、そこには審判と頭蓋骨の姿しか見当たらなかった。
「隠し切れてねぇんだよなぁ、殺ろうって気が」
頭蓋骨の目には映っていた。
視界上の右隅、六歩先の本来ならば何もない場所にわずかに気と思しきエネルギーの流れが地面からほとばしる。
それは黄色い光だった。
それが一秒にも満たない時間だけ上に向かって流れた。
頭蓋骨はその光が一瞬出た場所を体の中心にすえて、一歩、一歩と前足を出しては後ろ足を継ぎ足し、極めて慎重な歩みを持って、じりじりとその場所に詰めていく。
前に出した左手を開きながら、一方で右拳を強く握って。
すると、今度は視界上の左隅にまた黄色い光が走った。
その光が走った場所は、四隅の角の手前。
そこを見つめると、また黄色い光がさらにその奥で走った。
光はそれ以上下がると、はみ出すことになって失格となる四隅の角の端へと進んでいた。
「どんなアイテムを使ったが知らねぇが」
頭蓋骨は勝機を見い出し、走り出す。
素早く間合いを詰めて、その空間に右拳を高速で打ち出した。
だが、手ごたえはなかった。
即座に振り返ると、すぐ側、三歩先に黄色い光が漏れ出るのが見えた。
「逃がすかよ」
頭蓋骨は飛び込み、リーチの長い前足でその三歩先を間髪いれずに蹴り上げる。
「おっと」
足先で何か布のようなものを掠めたかと思ったら、その声が聞こえた。
布のようなものが上に舞い上がり、姿が浮き彫りになった。
後ろに体を回転させて布を器用に足先で回収し、素早く身を返してナイフを構える女。
灰色の髪のその女は、白革のスーツに真紅の手袋と靴を履いていた。
周囲の景色に完全に溶け込んでいる布(隠れ蓑)の安否を確認して、ちょっと安心したようにため息を吐く。
トリックスター(73LV)のタルデだった。
頭蓋骨は人差し指でその顔を差して。
「なんつーか、浅はか。そのアイテムをうまく使えば、この俺に対してさえも先手が取れてたってのに」
タルデがナイフを裏に向けながら言う。
「その発想が甘すぎぃ」
頭蓋骨は眉間に血管を浮かび上がらせた。
明らかに頭に血がのぼった。
自分よりも圧倒的に不利な立場にある人間の舐めた態度が気に食わなかったのかもしれない。
状況をわからせるために前に踏み出そうとすると、カチリと音がどこからともなく鳴った。
足元の地面が変形していくのが見えた。
タルデは顔をななめにして笑い、問う。
「そもそもとして、わざとだと思わなかった?」
頭蓋骨の足元からヘビのような業炎が渦巻き駆け上がっていく。
すでに、罠が仕掛けられていた。