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 大賢者シシリが「彼」と言ったとき、その視界を向けていたのは。

 黒騎士のごとき風貌をしているレイシアは、対戦相手の男を投げ倒す。

 心臓は、指先一本で対戦相手を跳ね上げた。

 それぞれが戦いを繰り広げる中、伝崎は舞台である会場から闘技場の一時休憩室がある通り道に入っていく。

 後ろの会場の声援がゆっくりと徐々に遠のいていく。

 今回の大会の参加者は64名おり、以前の二倍近くいた。

 予選会は三回勝ち抜けば本戦に出場できることになっており、伝崎は現在一回勝ち、あと二回勝ち抜けばよかった。

 思いのほか順調な滑り出しを見せ、伝崎には少々の余裕すら生まれていた。

 闘技場内の通り道を歩いていると、影の中から誰かが出てきて横を通る。

 そのときに威勢よく声をかけられた。

「面白い動きしてんな」

 気づいたら頭蓋骨が両腕を組んで、こちらを見ながら壁に背中をかけていた。

「確かにお前は以前と違う。だが、さっきの試合でちらっと見せた、そのクソナイフじゃ俺の体をどうこうできっこないぜ。確信しちまったよ。お前のバラバラの屍の上で竜覇祭優勝の美酒が飲めるって」

 そんな言葉を投げかけられても伝崎は不敵な笑みを浮かべるだけで、背を向けて歩き出そうとする。

 その笑みには何らかの思惑と計算が見え隠れするほどの冷静さがあって。

「はっ!」

 突如として上がった気合の方角を見ると、伝崎の体中を音波が駆け抜けた。

 視界の先には会場があって、その会場の中で際立つのは強戦士ストロガノフ・ハインツだった。

 スキルをそのアウラで発動したのが分かった。

 伝崎は、のけぞっていた。

 会場中の人間から人間、ほぼすべて。

 レイシアも、心臓も、そして、隣にいた頭蓋骨も、何もかも全員、ストロガノフのその強烈な音波によって、のけぞっていた。妖精のオッサンまでもポケットの中で服にめりこむように、のけぞっていた。

 身動き一つできなくなっていた。

 まるで時間が止まったかのようだった。

 威圧スキルSSSは、99パーセントの確率で対象範囲にいる者の動きを数秒間奪う。

 ストロガノフよりも筋力劣る人間は例外なくその可能性にさらされる。

 会場にいた一万人近くの人間がのけぞっている様は、珍妙ですらあった。

 その中から、のけぞらずに済んでいたのはわずか数十名。確率の問題から「回避」ができた人間はほとんどいなかった。

 しかし。

 大賢者シシリは周りの人間がのけぞり動けない時間の中で、ひとりだけ浮き上がるように何事もなく話し始める。

「これこれ、これなんだよ」

 大賢者には、ストロガノフの威圧スキルが掛かっていなかった。

 ロミーフォーチュンという幸運の指輪によって極限まで運を高め、1パーセントしかない回避確率を20パーセント近くまで高めていたのだ。

 運、その隠れステータスこそが1パーセントしかない確率を伸ばすものだった。

 そして、おおよそその5分の1の確率を引き当てたのだ。

 大賢者シシリは姿勢と息を取り戻し始める観客達に向かって説教するかのように。

「だから、言ってるじゃん。竜覇祭ってひとつの楽しみ方しかないんだよ」

 手のひらをあげて続ける。

「『彼』が優勝していくまでの過程がどんだけ盛り上がるかってだけ」

 大賢者シシリの視界の先にいた彼とは。

「やっぱり彼は最高だね。前回大会優勝者、強戦士ストロガノフ・ハインツ!」

 大賢者は彼のファンだった。

 ストロガノフは会場をそこかしこ指差し、参加者全員が身動きできなくなっていることに対して吠えたける。

「おいおいおいおい、今年も雑魚に雑魚。誰も俺の威圧に耐えられねぇじゃねぇか!」

 足元には、叩き殺された対戦相手が転がっていた。

 闘技場の通路からその様子を見ていた伝崎は、やっと体を持ち直して顔に冷や汗をにじませる。

 その表情からは、不敵な笑みが消えていく。

(あいつは、ヤナイや女魔王よりも強いかもしれない……)

 一対一タイマンならヤナイや女魔王にすら勝っているイメージが湧いた。

 伝崎の戦いたくないランキングが更新された。




 以前の伝崎の戦いたくないランキング。

 一位最強。ヤナイ、女魔王、アイリス(NEW)。

 二位最強候補。ソノヤマ、心臓。

 三位猛者。頭蓋骨。

 四位強者。50レベルの強戦士。

 五位自称商人、伝崎真。

 例外、エリカ様。


 ↓


 現在の伝崎の戦いたくないランキング。

 一位最強。ストロガノフ(ダントツNEW)、ヤナイ、女魔王。

 二位最強候補。頭蓋骨(UP)、アイリス(DOWN)

 三位猛者。ソノヤマ(DOWN)、心臓(DOWN)、レイシア(NEW)、大弓士(NEW)

 ?位。伝崎真。

 例外、エリカ様。

 ストロガノフの影響でほとんどの順位が変更された。

 伝崎の脳内では「ストロガノフ基準」というものが生まれるほどだった。




 妖精のオッサンの頭を様々な疑問が駆け巡っていく。

 頭蓋骨の言い分を聞いて、ふと思い出したように生まれた疑問。

 ――どうやって頭蓋骨の強皮をやぶるのか?

 セシルズナイフの精だけに、事実としてこのナイフの攻撃力では頭蓋骨にダメージを与えられないことがわかっていた。オッサンも変身中の頭蓋骨の鱗がどの程度のものか見ていたし、ナイフで鱗をつっついて無理だとわかった。どれだけ虚無のアウラで力を無効化してもダメージが与えられなければ勝てない。

 ――どうやってストロガノフの威圧スキルを封じるのか?

 ポケットの中にいる自分までもくらったのあのスキルには問答無用の力がある。回避不能。動きを止められれば、伝崎が即座に叩き殺されることが想像できた。

 ――何より基本的な問題として、強者といえる強者が伝崎の敏捷を上回っている。

 先手を奪われれば、防御力の低い伝崎は一撃で死ぬ。

 ストロガノフどころか、レイシアにすら勝てないように思えた。

 敏捷、攻撃力、回避、問題は山積みだった。

 どうやって、どうやって、という疑問ばかりが生まれていく。

 妖精のオッサンがすこし怯えた様子でポケットから顔を出して言う。

「手のひら返しで悪いがな、おいさんはやっぱり心配になってきたよぉ。やっぱ優勝無理だろう? 今なら辞退もありだぞぉ。お前さんが一番わかってんじゃねぇのかぁ?」

 伝崎は目を見開いている頭蓋骨を置き去りに、奥へ奥へと闘技場の中に入っていく。

 通り道を淡々と歩きながら黒服の乱れを直して言うのだ。

「いや、俺が優勝する可能性は十分にあるね」

 妖精のオッサンは疑問に満ち満ちた表情を浮かべて伝崎を見上げる。

 解決策を導き出すものが想像できない中で。

 伝崎は人差し指でこめかみを差して。

「キーワードは、金と時間だ」

 この場においてさえも、伝崎は経済的な論理で物事を解決しようとしていた。




 闘技場の一室にて。

 伝崎と妖精のオッサンは二人で、ソファーようなところに腰掛けていた。

 各参加者には休憩のための個室が与えられていた。

 その個室は、誰にも知られずに話し合うには丁度良い場所だった。

「おいさんに分かるように、ちゃんと話してくれよぉ」

 伝崎はコップの水を飲み干してから何気ない感じで話す。

「ああ、キーワードの話か? 確かに算段はある。だが、今はまだ何もかも可能性でしかないからな。話せることなんてほとんどないな」

 妖精のオッサンは両腕を組んで考えに考え込んでから。

「おいさんはちょっと大会は不参加で」

 そういうと妖精のオッサンは伝崎の服をよじのぼり、ポケットの中からセシルズナイフを取り出すと背中に乗せて、「よいしょよいしょ」と言いながら服を降りていく。

 そして、ドアに向かって歩き出した。

「このナイフが無くても別にいいだろぉ?」

 想定外のことだった。

 オッサンは身の危険を感じたのだろう。そして、ナイフの意義を見失ったのだろう。

 伝崎はとっさに言った。

「悔しくないのか?」

 オッサンはセシルズナイフを背負いながら立ち止まった。

 伝崎は手ごたえを感じた。この言葉で押せば良いとおもった。

「クソナイフって言われて悔しくないのか!」

 オッサンは、顔をくしゃくしゃにして涙を流しながら言った。

「悔しい……」

 どこぞの世代なのか、その言葉が効いたようだった。

 かなり適当な、数打ちゃ当たるみたいな感覚で口走っただけの言葉だったが、効いてくれたようで良かった。

 きっと住処としてきたナイフに愛着が湧いてきていたのだろう。

 頭蓋骨に「クソナイフ」と貶められたことが案外と実は嫌だったようだ。

 実際、セシルズナイフが「無ければ」、大会優勝の可能性はゼロに等しくなるため、とどまってくれたのは大きい。

 伝崎は何も言わないのも「良くないな」と思って両手を広げて話し始める。

「わかったわかった。すべて可能性の話ってことに注意してくれるなら話してもいい。金と時間のこと」

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