参加者
「ああー忙し忙し」
宮廷魔術師ドネアは、宮廷の一室に溜め込まれた大量の書類の事務処理に追われていた。
右に左に動き回って、王都の内政問題から地方各地の報告や許可を求める文書にサインを繰り返す。
そんな中、黒装束の男が天井から飛び降り背後に立って、ささやきかけてくる。
「なに? 尾行をまかれた?」
ドネアはサングラスのずれを指で戻しながら。
「いや、わざわざ僕の部下まで使わなくて大丈夫だ。レイシアさんはとても責任感が強くて有能な人だし……きっとあの黒服の男もまだ遠くに行っていないだろう。ここは王都だよ? レイシアさんが調査しやすいように新しい許可証でも作ればいいさ」
「また、つけられてるな」
伝崎は竜覇祭の会場に向けていた足の向きを変えた。
大通り、何度か曲がり角で後ろを見ると人影に騎士三名の姿が明らかに見えた。こちらをちらちらと見ていた。
即座に全力ダッシュ。
騎士たちは焦ったように追いかけてくるが、すぐに伝崎は引き離して小道に逃げ込んだ。
それから市場を歩いていって息を整え、様子を伺ってから竜覇祭の会場に向かおうとする。
だが、市場には馬に乗った騎士たちが五名、あたりをうろついていた。
こちらを指差して声を上げた。
「またか……」
全力ダッシュ。
騎乗した騎士たちのスピードは速く、足で振り切ることは不可能だった。だが、伝崎は市場の曲がりくねった道を入っていき、馬では到底通れない場所にすいすいと入っていった。
何分経っただろうか。
ある程度隠れてから、王都の街中の片隅。
あまり人通りの少ない場所を選びに選んで歩いていた。
竜覇祭の会場である闘技場が、遠めに見える場所で立ち止まる。
小さなレンガ作りの家から、闘技場の屋根が見える。
およそ、数百メートル先である。
しかし、目の前には超えなければならない通路があった。
それは市場の大通りである。
どう回り込んでも街の構造上、大通りを超えていかなければならなかった。
通りがかりの商人が大きな荷物を抱えているのを見つけると、その影を利用してすいすいと進んでいった。
そして、また人通りの少ない道に入ったが、曲がり角の間際に振り返ると見つけてしまった。
今度、尾行を始めたのは黒い全身鎧に身を包んだレイシアだった。
徒歩で後ろをつけてくる。
オッサンがポケットから顔を出して疑問を投げかけてくる。
「おいおい、どうなってんだぁ?」
「ここは王都だからな。騎士なんてどこにでもいるんだろ」
伝崎の敏捷はA+。
レイシアの敏捷はA++。
らちがあかなかった。
伝崎は表情を変えずに頭を回転させる。
ざっと思いつく選択肢を頭の中に上げて掘り下げる。
1 あきらめて気づかないフリをしつつ尾行を受け続ける。
2 煙玉を使って尾行を振り切り、竜覇祭の会場に行く。
1を選んで、尾行を受け続けた場合王都での動きが制限される。
とはいえ、2の選択肢を選んで尾行を一時的に振り切ることができても、王都では必ず見つかってしまう。
ただの洞窟まではつけられないだろう。
振り切った瞬間に王都から出ればいいだけだ。
その点に関して問題ないのは問題ないのだが、竜覇祭に参加していることもバレるだろうし、その他の行動も随一チェックされる。地下都市なら、もしかしたら騎士の警備も薄く振り切れるかもしれないが、王都の街中では振り切るのは難しかった。
どちらを選んでも良い選択とは言えず。
(賭けに出るか……)
一瞬、伝崎は走るように見せかけて曲がり角に入る。
しかし、すぐに立ち止まり、振り返って仁王立ちになった。
「あんたは、俺に気でもあんのか?」
曲がり角から顔を出したレイシアは驚いたように引け腰になってから言う。
「し、仕事だ」
「もう俺が関係ないってことがわかっただろ」
「それは、私もそう思う。だが、完全に疑いが晴れたわけじゃない」
「あんたも暇だな」
レイシアは居心地悪そうに立ち止まることしかできない。
伝崎はため息を吐いて、すこし頭を抱えた。
(何が引っ掛かってるのか……その部分を話させて疑いを晴らせばいい)
伝崎は大きめの声でうながすように話す。
「用があるなら言えよ。答えられることは何でも答えてやるよ」
「ひとつだけ聞き落としていたことがある」
「なんだ?」
「前に、赤いバンダナをつけていただろう?」
(赤いバンダナ? ああ)
すこしだけ逡巡して伝崎は思い出した。
確かクテカ山の竜の血で作られたとかいう七色に輝く赤い布を頭に巻いていた。最初の下級騎士を倒したときに手に入れた。
しかし、それとこれと何が関係があって。
いや、あれも下級騎士アベルの装備であり。
「知らないな」
伝崎がそう言うと、白騎士レイシアは全身鎧を器用に巨大なハサミに変化させる。
「ハサミに触れて答えろ」
伝崎は首を振りつつ、手に夜色のアウラを凝縮してハサミに触れる。
「だから知らないっての」
「知らない……?」
わずかに生まれた違和感をレイシアはその顔ににじませる。
「いや、確かに貴様はつけていた。頭に巻いてただろう? ここ最近のことだ。思い出せ」
「思い出せねぇな。人違いじゃないか?」
(知ってるっつーの)
レイシアはハサミを持ち直して伝崎の体に寄せて語調を強める。
「人違いではない。貴様は忘れているだけだ」
「いやいや、人違いだろ」
伝崎が選んだのは第三の選択肢。
レイシアがべったりと尾行してくるのを逆手に取って「話す」というもの。
じっくりと話して打ち解けていけば、レイシアから王国の情報を聞き出せるようになるかもしれないと踏んだ。なんにしたって、これから商売をするなら王国のことに詳しくなる必要がある。
それに、なぜアベルの捜査をしているのか。そして白ゴブリンを調べているのか。それらすべてが謎のままであり、対策を打つためには知る必要があった。
伝崎は数秒の間にそのことを決断し、芝居に打って出たのだ。
「あんたも強情だな。思い出せないものは思い出せないんだ」
「貴様が思い出すまで私は尾行をやめないぞ」
伝崎は表情をそれらしく作って、根負けしたというふうに言う。
「まいったな」
(これでいい。こっちが正解だ)
すべて伝崎の読み通りだった。
伝崎は露骨に嫌だなという表情を作ってから、あきれたように言った。
「これから俺は竜覇祭に参加する。あんたも来るか?」
「ああ、側にいさせてもらうぞ」
「いくら側にいたって時間の無駄だと思うけどな」
どちらにしても尾行を受けるのならば、これが一番マシな選択だと伝崎は踏んだ。まだ、切り口が存在しているこの選択肢が。
「武器防具の持ち込みは許可されていますが、回復アイテムなどの持ち込みは禁止されております」
竜覇祭の会場。
大理石でできた円形の広場には野次馬も含めて人々がごった返していた。
伝崎は真っ黒な全身鎧に身を包んだレイシアを帯同して、受付で説明を受けていた。
「なるほどなるほど」
「なお、予選会は本戦とほぼ同じルールとなります。相手が戦闘不能に陥るか、死亡するか、降参するか、この三つによって勝利が決まります。あとは観客席など場外に出てしまった場合、自動的に失格となります」
「本戦と予選会のルールの違いは?」
「予選会は降参するといえば自動的に勝敗が決まりますが、本戦では降参すると宣言してももう一方のファイターが了承しなければ勝負は続行されます。その場合は戦闘不能になっても降参が了承されるまで続けられます」
「本戦は、えげつねぇな」
伝崎がしかめっ面になっていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「よぉ。ここで会ったが何とやらだな」
ビクっとして伝崎は振り返った。
心臓と頭蓋骨が二人して、拳法家がよく着ていそうな中山服に両手を隠しながら歩いてきた。
心臓はすこし痩せたように見えた。目の下にクマがあって何か以前よりも衰えたようにも見える。黒髪がすこし伸びて耳に掛かっていた。
一方で頭蓋骨は充実した表情だった。えらく態度が大きくなっており、胸を張っていた。今は変身してないのか人の姿だったが、スキンヘッドに刻まれた頭蓋の刺青がいつにも増して怪しく恐怖を煽り立てる。
二人は十数歩先まで来ると歩を進めるのをやめた。
伝崎は後ずさりながら頬に一粒の冷や汗をにじませる。
一触即発。
頭蓋骨はレイシアをじろじろと見つめ続けて一言発した。
「ソイツ、どっからどう見ても黒騎士だろ?」
伝崎は親指でレイシアを差して。
「だろ?」
「白騎士だ」
レイシアの答えを無視して、伝崎はほくそえみながら共感を伝える。
「一致したな」
「珍しく考えがあったな」
頭蓋骨は深くうなづいてから、何かを思い出したように手を振る。
「いやいや、違うだろ! そういうことじゃないだろ。俺とお前の因縁、忘れたわけじゃないだろうな」
「覚えてるさ」
頭蓋骨が一歩、二歩と歩み寄ってきて、戦いの間合いに来ると構えの手を出そうとしてくる。
伝崎は焦って後ろに下がろうとする。
レイシアが瞬間的に前に入って、頭蓋骨の手を制するようにつかんだ。
頭蓋骨は顔に疑問を浮かべる。
「なんだ?」
「私は王国の白騎士。この男は私が調査している人間。手を出してもらっては困る」
頭蓋骨とレイシアがにらみあい、激しく火花をちらせる。
とっさに頭蓋骨は手のひらを返して、レイシアの鎧の手首部分をつかむと全力を込める。ビキビキという音を立てたが、それらはすべて頭蓋骨の手の関節の音だった。レイシアの鎧はまったくヒビひとつ入らず、頑健さを保つばかり。
伝崎がポケットに手を入れてナイフに手を掛けようとすると、頭蓋骨は警戒したように手を払って高速のバックステップを一歩踏む。
相変わらず後ろの心臓は服に両手を入れたまま見ているだけだった。
頭蓋骨は親指で口元を払うと。
「ここでやってやってもいいが……その黒騎士が、ちと邪魔だな」
「白騎士だ」
頭蓋骨は人差し指で伝崎の顔を差して。
「あくまでも俺がやりたいのは一対一での一方的な残虐ショー。大衆の面前でかかされた恥、それを完全に拭う方法をずっと考え続けてきた。お前もここにいるってことは竜覇祭に参加するみたいだな。いいさ、この舞台がいい。その黒騎士も邪魔できない一対一、完全に合法的にお前を殺れる舞台だ」
「だから、私は白騎士だ」
頭蓋骨は力強く声を掛けてくる。
「決勝戦まで残れよ。公開処刑してやるから」
(以前の状況なら言えなかったが……今は違う)
伝崎は堂々とした口ぶりで宣言する。
「安心しろよ。俺が優勝するんだからな」
頭蓋骨は不気味な笑顔を作ると、もうひとつの受付の列に加わりサインをして会場に入っていく。その後ろに心臓も無言のまま付いていった。
レイシアは痺れをきらしたように声を上げる。
「待て。話を聞け! 私は白騎士だ」
伝崎が受付で参加書にサインしていると、なぜかレイシアも横に加わってきた。すこし怒気を含んだ口ぶりで言う。
「調査に支障をきたしても困る。私も参加させてもらうぞ」
厄介なことになってきたな、と伝崎は思った。
(この日が巡ってきた……)
レイシア一行が竜覇祭の闘技場に入っていくのを見送った後、凶戦士ソノヤマ・オミナも受付でサインをしていた。
ずっと王国の騎士たちに守られ、手出し不能だった相手。
エリカのダンジョンの罠すら先頭で突破し続けたレイシア。
唯一、完全に一対一で討つ絶好の機会を手に入れた。
そのことに対する胸の高鳴りが、ソノヤマの肩を小刻みに震わせていた。
「今年は予選会なんてのがあるのかよ。めんどくせぇ」
強戦士ストロガノフは竜覇祭の会場の受付におり、慣れた手つきでサインしていた。
「雑魚をいくら集めたって雑魚は雑魚。数の問題じゃねぇんだよ。俺を気持ちよくさせるのはな」