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立ち回り

「強戦士ってぇのは俺のことかよ?」

 酒場の出入り口で、ストロガノフはバカみたいに顔を左右に向けては前を向く。

 殺気まんまんの鋭い目つきだった。

 宮廷魔術師ドネアは両腕を組んで。

「君のことだ」

 そう返した。

 ストロガノフも両腕を組んだ。

 体中から赤々としたアウラを燃えたぎらせる。

 その熱気で酒場の雰囲気がガラリと変わった。

「小僧がなんだ? 俺に何が聞きてぇ? 言ってみろよ?」

 ストロガノフは長身であり、ドネアを見下げる形で額に指差した。

 ドネアは白いアウラを粛々とまといながら伝崎を顔で差して冷静に言う。

「この男と知り合いみたいだね。そのことについて聞きたい」

「あぁ? 知らねぇよ。そのガリガリの男がなんだ?」

 ――どんな形でも、かき回してくれればいい。

 伝崎は全神経をセシルズナイフに集中させて、虚無のアウラを凝縮させていた。

 ドネアが念を押すように聞く。

「本当に何も知らないのかな?」

 ストロガノフは完全にそれを無視して酒場を見る。

「ちっ、しけた酒場だぜ。座る場所がねぇじゃねぇか」

 机がすべて白騎士レイシアのせいで切断されていた。

 ストロガノフは背を向ける。

「待て」

 白騎士レイシアが呼び止めた。

 巨大なハサミが即座に、ストロガノフの目の前に差し出された。

「このハサミに触れて答えろ」

 ストロガノフは気だるそうにハサミに右手を乗せる。

 白騎士レイシアは、りんと声を張った。

「貴様は本当にこの男を知らないのか?」

(次だ)

 伝崎は右腕の筋肉をわずかに駆動させる。

 ストロガノフはハサミの青い炎が手をなでる中で、もう一度言った。

「だから、その男に見覚えはねぇよ」

 伝崎は一瞬耳を疑った。

 しかし、ハサミはまったく微動だにしなかった。

 ぎりぎりで、伝崎は手の動きを止めた。

(どういうことだ? 嘘をついたらハサミが首を刈り取るんじゃないのか? まさか、何か無効化するスキルでも使ったのか? ステータスを見る限り、ストロガノフには威圧スキルというものしかない。おそらくだが、威圧スキルにそんな能力はないだろ。いや)

 覚えてない、ということ。

(無効化する何かがあったわけじゃないということか……無効化する何か?)

 伝崎の頭に一本の線が走り、ひらめいた。

 そうして視線を下に向けて、わずかに笑った。

 ドネアはストロガノフの答えに満足する様子もなく手を軽く上げて。

「レイシアさん、もう一度」

「今日は機嫌がいい。今やめるなら許してやってもいいぞ?」

 ストロガノフは制するように言う。

 その背中には赤いアウラが鋭く立っていた。

「許す? それは君が僕に言えることかな?」

 ストロガノフが両拳を握る。

 体が盛り上がり始め、筋肉が二回りほど大きくなる。

 全身タイツの服が伸びきり薄くなって筋肉の輪郭がくっきりと浮かぶ。

 まるで200キロ近くある力士のように横幅広くなってきた。

 めりめりと音を立てて、巨大化したストロガノフの体で酒場の出入り口の壁が壊れ始める。

 伝崎を取り囲んでいた上級騎士たちの体が一瞬揺れた。

 宮廷魔術師ドネアのフォローに回るために姿勢を整えたようだ。

 ドネアは要人中の要人なのだろう。

 守ろうという強い意志が感じられた。

(糸口……)

 伝崎は上級騎士が動く一瞬を狙う。

 ストロガノフは盛り上がった巨体でドネアを見下ろして言う。

「俺しかこの場で言えねぇことなんだなぁそれが……」

 横幅、数倍近くの体格差があった。

 だが、ドネアはあくまでも冷静で、表情一つ変えずに堂々と答える。

「それは違うと思う。レイシアさん、もう一度質問」

 事実、数の上ではドネアが勝っており、精鋭の上級騎士六名と白騎士レイシア付きときている。戦士からワンランク上位にしか当たらない強戦士が、たった一人の通常の強戦士が、それを覆すことは不可能だと判断するのは間違いではなかったが。

「わかんねぇかな小僧。つまりは、俺がこの場で最強だってことなんだよ!」

 ストロガノフが爆発的に赤いアウラを解き放つ。

 世界には例外がある。

 それが意識のかやの外を生み出す。

 上級騎士たちはフォローに回ろうとしていたが、一瞬だけその大声とアウラの雰囲気に飲まれて躊躇する。

 白騎士レイシアだけが、平静だった。

 ハサミをななめ上に大きく構えた。その構えを生み出す動き自体がこの場の地面を大きく切り裂いて割る。

 窓際から凶戦士ソノヤマの殺気がわずかに漏れ伝わってくる。

 伝崎は、ほくそえんだ。

(ドネア、お前のしつこさが裏目に出るぜ)

 ドネアはその強戦士の異様な自信と雰囲気に何かを感じて、とっさに洞察スキルを発動していた。

 さっきまで無表情で冷静だったドネアの、まるで能面のような顔が。

 わずかに、ゆがんだ。

 ドネアはその赤いアウラにスキルを見い出して頭を回転させる。

(威圧スキルSSS? 威圧スキルは、確か筋力の高いものが自分よりも筋力の低いものの動きを一時的に止められるスキル。だが、その止められる確率は低く……ちょっと、待て。この強戦士は極めてる!)

 筋力劣るこの場にいる全員が。

 宮廷魔術師ドネアはこの状況を瞬間的に分析して、脳内で何度も何度も自分が死んでいるイメージを導き出した。

「いや……もう質問はない。捜査に協力してくれて助かったよ」

 ドネアのその声はすこしだけ裏返っていた。

 その間の時間、一秒半。

 白騎士レイシアが何かを言おうとするのを、ドネアは手で制した。

 ストロガノフは両手を顔の前で開いて。

「わかったらいいさぁ」

 道化師のように頭を振るって、おどけて見せて、立ち去っていった。

 伝崎は驚いた。

 ドネアの判断は、単純にびびったのとは違うものだと。

 ストロガノフに対する称賛よりも、伝崎の心中を埋め尽くしていたのはドネアに対する承認。

(こいつは、頭が切れる)

 ドネアの現状分析能力が、状況を収めた。

 現状の認識を誤ったときに人は死ぬ。

 だが、彼の知性の高さが意識のかやの外を見逃さずに埋めたのだ。

 自分の考えや常識を優先させるよりも、目の前の現実を理解した。

 その計算能力。

 実際に、ストロガノフはドネアをれた。

 あと一秒遅れていたら、命取りだった。

 それだけは、伝崎にもわかった。

 ドネアはストロガノフが立ち去っていくのを見送りながら上級騎士のひとりに小さな声で命じた。

「あいつをつけろ」

「はっ」

 ドネアがしつこいことに変わりはなかった。

 見送ってから付けさせたほうがいいと考えたのだろう。はたから見れば簡単に見えることでも、当事者がこれだけ瞬時に物事を判断して正確に処理するのは生半可なことではなかった。

 伝崎の周りを取り囲んでいた六人の上級騎士の壁が、ひとつだけはがれた。

 その一人の上級騎士がストロガノフの後ろをつけ始め、街中へと消えていった。

 だが、また隊列は整えられ、隙間は瞬時に埋まった。

 ドネアはこちらに詰め寄ってきて。

「君の死刑の可能性は限りなく高まってきたよ。いいかな? ま、あの強戦士が忘れてる可能性も否定できないわけだから決定したわけじゃないけど。どっちにしたってこれからの質問の受け答え次第だよね」

 伝崎は心の中で語る。

(ドネア、お前は確かに賢い。だが、賢さだけでは乗り越えられない壁があるんだよ。それは言わば、情報の壁とも言うべきもの)

 白騎士レイシアがハサミを差し出してきた。

 伝崎は、ゆっくりと左手で触れる。

 すると、青い炎のようなものが肌をなでるたびに何かが精神に浸透して。

『誠実であれ、誠実であれ』

 というハサミの奇妙で高い声が頭の中に響いてくる。

(ノーリスクで試せばいい)

 あのやり取りの中で、ひらめいたこと。

 伝崎はその青い炎に包まれている左手に、全力でアウラを集中させる。

 体内の夜色のアウラが力強く確実に腕の内部を通って左手に凝縮していく。

 ハサミを触れている手のひらに、夜色のアウラをまるでバターを塗るかのように集めた。

 相変わらず青い炎がハサミから燃えたけっている。

(もしも、この青い炎が何らかのエネルギー源。つまるところはアウラのようなエネルギー的な性格を持っているなら、この無効化する力が)

 伝崎の視界からは確かに見える。

 青い炎が左手のひらに飲まれていく様が。

『誠実で……』

 ハサミの声が途中で止まって聞こえなくなった。

 虚無のアウラで、ハサミの嘘を判定する能力が無効化できたことを実感する。

 伝崎は目だけで周囲を見回す。

 バレてないか、と。

 余った青い炎が左手の周りを迂回するように立ちのぼっており、虚無のアウラをレイシアやドネアの視界から見い出すことができないのが伺えた。指先からほんのちょっと漏れ出て立ちのぼる以外は、その存在を明らかにしてはいないのだ。

 この場で視えているのは。

(あのアウラ……へぇ)

 真上から見下ろせる屋根裏の影忍リョウガだけだった。

 伝崎すら気づいてない唯一の人物。

 宮廷魔術師ドネアは、何も気づいてない様子で切り出した。

「さぁ、レイシアさん質問してください」

「あの装備を見たことはないか? たとえば商店など、どこでもいい。十秒以内に答えなければ見たことがないという答えとみなす」

 差し出された巨大なるハサミに触れながら伝崎は即答する。

「知らねぇな」

 明らかな嘘。

 ハサミは、しかし反応をまったく示さなかった。

 宮廷魔術師はあごに人差し指を立てて。

「さっきなぜ黙ったんですかって聞いてもらえません?」

「なぜ、さっき質問の最中に黙った?」

 伝崎は即答する。

「思い出そうとしてただけだ」

 嘘。

 だが、ハサミは微動だにしなかった。

 あたりに沈黙が満ちた。

 伝崎は心の中でドネアに問いかける。

(このアウラの稀有な性質をどうやって推測だけで看破する?)

 白騎士レイシアがまた質問を浴びせかけてくる。

「あの強戦士と知り合いなのか?」

「知り合いというよりも一度会っただけだ。ちょっと話した程度の仲だから、あいつが覚えてなくても無理はないだろ。なんにしたって挨拶は基本だ。挨拶したのは無駄口だと思えないけどな」

 その後、延々と宮廷魔術師ドネアが質問を繰り返した。

 ことごとくアベルに関する情報については、しらを切った。

 唐突に飛躍するようなことを聞かれた。

「白いゴブリンについて知らないか?」

「知らねぇよ」

 嘘。

 それでも、ハサミはまったく反応を示さなかった。

(なぜ、王国が白ゴブリンについて探してる? まぁ、どうでもいい。白ゴブリンは渡さねぇ)

 ドネアは首を何度も何度もかしげる。

「おかしいな。完全に黒だと思ったんだけど……」

 ドネアの指示で上級騎士たちが周りを取り囲むのをやめていく。

 やっと、解放してくれるようだ。

 伝崎は黒服を整えつつ。

(あくまでも俺の仕事はダンジョンマスター。竜覇祭のような例外を除いて、ダンジョン外で戦う理由がない。避けられるなら限界まで避けるのがベター。お前らがダンジョンに来たら、やってやるよ。喜んで換金してやる)

 伝崎は手を振って酒場の外に出る。

「そういうことだから、じゃあな」

 もうすでに竜覇祭の会場に気が向いていた。

 気が変わったのか宮廷魔術師ドネアが伝崎の黒服をつかんだ。

 襟元だった。

「確かに君は完全に黒じゃない。でも、完全に白でもないよね」

「しつけぇな」

 伝崎はその手を払った。

 酒場の周りには騒ぎを聞きつけて、大きな人だかりができていた。

 ドネアは初めて焦ったように口走る。

「そうだ。その服や荷物も調べさせてもらおうか」

 伝崎はここぞとばかりにその人だかりを利用する口上をすらすらと述べる。

「これ以上騒いだら、お前の名声と信用にケチがつくと思うぜ。罪のない一般庶民を延々と横暴に調査してる宮廷魔術師がいるってな」

 伝崎のその声を聞いて、人々の視線が冷たいものに変わり始める。

 宮廷魔術師ドネアは黙るしかなかった。

 どれだけ宮廷において絶大な権力をもっていても、民衆の支持を失えば施策に影響するのだろう。

 伝崎は、人ごみの中にまぎれながらその場から立ち去る。

 ドネアはその後姿を見つめて唇をかむ。

「レイシアさん、やはり何か引っ掛かります」

「まだ何かあるのか?」

「自分の中で何度考え直しても違和感があるんです。都合が良すぎるというか。あの男もつけてもらえませんか?」




「つけられてるな……」

 伝崎は竜覇祭の会場、もとい闘技場に向けていた足の向きを変えた。

 ときおり、曲がり角に差し掛かると後ろを確認していた。

 銀色の甲冑に身を包んだ上級騎士二名が、ずっと人ごみに隠れながらついてきているのを市場の陰に見い出した。

 小さいオッサンがポケットの中から顔を出して言う。

「ひぃー、やっと解放されたっていうのにかぁ?」

 伝崎は、できるだけ顔の向きを変えずに小さな声で話す。

「あの宮廷魔術師があきらめるわけないだろ。俺もつけさせてるってわけだ」

 延々と背後を警戒し続けた結果、それは確信に変わったのだ。

「まぁ、少なくとも俺の読みが今回は勝ったぜ。尾行はバレてしまったら何の力も無いからな」

 伝崎は市場の曲がり角に差し掛かると、視界を一気に広げた。

 目の前に広がったのは、大通りに路地裏二つ。

 鍛えに鍛えた足に力を込めて駆け出す。

 全力ダッシュ。

 敏捷A+。

 空気をかっきり、路地裏のひとつに入る。

 すぐに身をかがめた。

 上級騎士二名が周りを見回しながら走ってきた。しかし、そのスピードは伝崎と比べるとのっそりとしていて、慌てた様子で鎧をガシャガシャとならす様はどこか滑稽ですらあった。

「速さが足りないな」

 伝崎は軽やかな身のこなしで路地裏の細い道をするすると進んでいく。

 曲がり角を何度も何度も曲がっていくと、もはや二名の上級騎士では手分けして探せないところに到達していた。

 また別の大通りに顔を出して、伝崎は何食わぬ顔で歩き始める。

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