四人パーティ
レベル21の下級騎士アベルは、商人ヘテロのタレコミをもとにパーティを編成。
調査に乗り出した。
商人のタレコミほど信頼されていないものはない。
商人は金のためならば流言を飛ばすような輩であり、騎士たちの清廉潔白な矜持とは相容れないものがあった。
ましてや証拠がなければ、頑固な騎士たちは微動だにしないのである。
しかし、その話は下級騎士アベルの利害と一致した。
アベルは成り上がるために、手柄が欲しかった。
元はといえば、農民の子として生まれたアベルには家柄らしい家柄がない。
親父の言葉を思い出す。
「農民は農民らしく、すっぺ」
「だまれ、野菜人間」
生まれながらにして誇り高きアベルは、農民のそのしみったれた現状維持の根性を憎む。
父に対しても厳しい態度を取るほどだ。
「お母さんは応援してるわ」
「だまれ、野菜人間」
たとえ母の言葉といえども、アベルからしたら汚らしいそれにしか聞こえなかった。
農民の子として生まれたこと、その両親のふぬけた態度、己の体に流れる下賎の血、すべてが許しがたいものだった。
「お兄ちゃん、がんばってね」
「わ、わかった」
妹には罪はあるまい。
騎士見習い時代、鍛錬に明け暮れた。
指先がこわばって腕がパンパンになり動かなくなるまで、安い鍛錬用のランスを突き続けた。
そのすべての動きが体にしみこみ始める頃、突いた回数は数千回を突破していた。
いつしか、ランスからはズンっという重く鋭い音が出るようになる。
通常の騎士見習いは、高くてランススキルD、突撃スキルD-だ。
アベルは成長速度が常人より早く、ランススキルC+、突撃スキルCになっていた。
もはや下級騎士になったとしても、高いほうに分類されるレベルだった。
実力は、それなりに手に入った。
だが、手柄を立てるために、ところどころ錆びた鍛錬用のランスではなく、頑健な作りのラインランスが欲しかった。
しかし、農民出身である。
金はない。
ラインランスは3万G。騎士見習いの給料は月7万G。どれだけ節約しても給料は生活費に消えた。
ある日、先輩の女上級騎士から声をかけられる。
「よく鍛錬をしているな。だが、すこしは休め。戦いに備えて休むことも騎士の勤めだ」
先輩はフルアーマーから十字傷のある顔をのぞかせ、そういった。
すべての人間を押しのけて、必要ならば殺してでも成り上がるつもりだった。
その覚悟に、すこしだけ水を差す声だった。
己よりもはるかに誇り高き誰かが自分を認めてくれたのだ。
ある日、先輩の女騎士は、アベルが騎士見習いから下級騎士に昇進したとき、部屋の前に現れた。
アベルは顔を真っ赤に心臓をバクバクとさせながら、無言のまま足元を見ていた。
先輩は背中に隠し持っていたリボン付きのラインランスを手渡すと、何も言わずに立ち去った。
慣れない笑顔を浮かべて。
アベルは、笑顔を噛み殺した。
重厚な鋼の白いランス、持っただけで軽く重心が変わる。
手に馴染む。
先輩のつけた赤いリボンがその白さを際立たせていた。
いつか出世し、王に認められ、その王さえも殺し、王国を乗っ取り、世界さえも征服してみせる。
壮大な野心とプライドと、先輩によって生まれた、ほんのちょっとの迷いを胸にアベルは仲間を引き連れて、ただの洞窟を目指す。
アベルの装備。
鋼の鎧、鋼の兜、先輩がくれたラインランス。
森の中、洞窟へと向かう。
隣を歩いているのは、赤毛のリュッケ。
戦士レベル12。
リュッケの筋力はD(アベルはC-)
装備、皮の服、黒い布のバンダナ、鉄の剣。
「俺様に任せろっての。全員ぶっ飛ばしてやっから。ま、魔王が出たら逃げっけど」
あくまでも目的は魔王討伐ではなく、魔王発見。
世界中が魔王を探している今、発見するだけでも一階級特進の可能性があった。
草むらで物音がすると、リュッケは飛び上がった。
「おぅああああ」
イノシシが、草むらをかっきっていく。
アベルは、むすっとした顔でラインランスを抱えるように両腕を組む。
「だから、ついてくるなと言っただろうが」
「ツれないことをいうなって。俺たち友達だろ?」
「僕は、お前を友達だと思ったことはない! 同年代でありながら鍛錬を怠り、12レベルのまま」
「同じ農村出身だろだろ?」
燃えるような赤い髪のリュッケは、肩を無理やり組んでくる。
アベルの顔にまで腕をまわすと、ぐいぐいと引きつける。
真面目な顔で引き締まった頬が、ゆがむ。
口をすぼめて、何か飲み物をのもうとしているように見える。
そのゆがみ具合が面白かったのか、修道女クララが笑った。
「お似合いですわー」
その間抜けた声が森の木漏れ日を駆ける。
クララは小柄な十七歳の女の子だ。
金髪に空色の瞳、顔立ちは薄いものの美しく、薄幸のマッチ売りといわれても誰もが信じる。
修道服に身をゆだね、銀の首飾りをかけていた。
修道女レベル16。
最近まで、リカという下級の回復魔法しか使えなかった。
指先が切れたのを治せる程度である。
しかし、成長してリカバが使えるようになった。
手首が切れたのを治せる程度だ。
繰り返し唱えてもらえば、重傷は無理にしてもそれなりに回復役として活躍できる。
ある日、クララに付きまとわれたのでアベルは自分の夢を語ることにした。
そうすれば、消え失せると思ったのだ。王国を乗っ取って、までのくだりを話したのに、クララは絶賛した。
「あなたの夢は素晴らしいと思います!」
クララは、ちょっと頭がおかしかった。
気づいたら、洞窟の前に着いていた。
最初見たとき、洞窟だとは分からないほど小さな小さな穴だった。
出入り口は一人ずつしか入れないほどの大きさだ。
獣の親が子育てする穴にしか見えなかった。
本当に魔王がいるのか怪しい。
が、アベルは入る。
暗闇の中、後ろで「やれやれだぜ」と両手をあげているのは、魔法使いのマシュー・イースター。
頭髪から一本だけ抜きん出ている白い髪は名門イースター家特有のもの。
すべてが白髪になったとき、その魔力は世界を制するとまでいわれている。
その代わり、寿命が通常の人間の三分の二しかないらしい。
魔法使いレベル18。
魔力C+(このレベルだと通常の魔法使いは魔力D+がいいところ)
詠唱スキルC。
マシューに出会ったとき、アベルは激しい嫉妬心を抱いた。
生まれながらにして名門にあり、なにひとつ努力せずにそれだけの能力を持っていたからだ。
ひょうひょうと風に吹かれているような雰囲気も嫌いだった。
ある日、真っ青な平原でマシューは大の字に横たわっていた。
ほんのちょっとだけ哀しげで穏やかな表情をしていた。こちらに気づいたマシューは寝返りを打って、世界の不幸を何も気にしてない無邪気な顔で見てきた。
アベルは、ふいに顔を下ろす。
「もっと肩の力抜けよ」
生き方を言い当てられた気分で。
「ぶっちゃけ、俺は魔法とか興味ないんだわ。それより見てみたいものがある……」
その声は真っ直ぐで。
「北の最果てにあるレノン山、あそこに溶けない氷があるって聞いたことがないか? それを守ってる種族にも興味がある。
そいつらは一つ目らしいぜ? 想像するだけで、すげぇワクワクしないか?」
その目は水晶のように青草を全部写していて。
「お前も世界を旅したくないか?」
目をあわせると自分のことが見えてしまいそうで。
直視できなかった。
まだ、答えは用意できていない。
いや、きっと自分は、騎士として出世する道を選ぶだろう。
抱いた嫉妬心は消えて、どこかでマシューに憧れている自分がいた。
世界を征服しようとするアベルと、世界を自由に旅したいマシュー。
相容れないはずの二人が、どこか共通点のある夢と欠点と長所にお互い惹かれあっていた。
「すっげぇ、面白い夢持ってんな。それはいいわ。まじで世界を征服したら、旅行許可証とか優先的に斡旋してくれない?」
はじめて尊敬できる友達を持てた気がする。
マシューの装備は、だぼだぼの魔法使い見習いローブ(マシューのフルネーム刺繍入り)、赤い魔法石入りの杖。
魔法書をまったく読まないこともあって、今まで最下級の火魔法ヒノしか使えなかった。
小指大の炎を起こす魔法である。
しかし、この日のために「しゃあねぇ」と言って魔法書を読み、ヒノノルという拳大の炎が三つに分裂する火魔法を覚えたらしい。
ヒノの詠唱は詠唱スキルDなら六秒かかるが、マシューの詠唱スキルCだと四秒で済む。
ヒノノルは詠唱スキルDだと十五秒かかるが、マシューだと十秒で使えるらしい。
魔力C+ということもあって、魔力Dよりも1,5倍の炎が出せる。
そんなこんなで四人パーティで暗闇の中を歩いていると、目の前の視界が広がるように感じた。
たいまつが照らし出した先には。
伝崎の洞察スキルは、なぜか初めからB+に達しており、他の人間の能力を推し量ることができた。
日本で商売をしていたのがよかったのだろう。
モノを見る目があった。
そのスキルを使えなかったのは単純に洞察スキルの使い方を今の今まで、リリンから教わっていなかっただけのことである。
洞察スキルで見えるステータスは、あくまでも洞察の神の独断と偏見によるものらしく、実際の攻防になると見えるステータスでは計れない乱数とか乱数とか乱数があるらしい。
スキルレベルがSになれば、その乱数による悲劇を防げるとか防げないとか。
伝崎はプロジェクトGの間に、色々とステータスを調べていた。
ただの洞窟のゾンビレベル1の基本ステータス。
筋力D-
耐久E
器用F
敏捷F
知力E
魔力E
魅力E+(新人研修前E)
リリンのコメント。
笑顔の練習で、ちょっと魅力が上がってるデス。
伝崎のコメント。
出入りが激しいから、だいたいゾンビたちのレベルは1みたいだな。
金髪ゾンビレベル3の基本ステータス。
筋力D-
耐久E
器用F
敏捷F
知力E+
魔力E
魅力E(新人研修の効果なし)
リリンのコメント。
他のゾンビよりも、ちょっと賢いデス。意味ないデス。
小悪魔リリンレベル34の基本ステータスと基本スキル。
筋力F
耐久D
器用C+
敏捷B
知力C+
魔力B
魅力B+
詠唱スキルB
伝崎のコメント。
こりゃー使えますよ。すっごい、使えますよ。才能があふれてますよ。
商人伝崎真レベル1の基本ステータスと基本スキル。
筋力F-
耐久F-
器用A
敏捷A-
知力A-
魔力F
魅力B(黒服似合う補正、元ステータスC)
交渉スキルA+、洞察スキルB+。
リリンのコメント。
レベル1でこのステータスは信じられないデス。
器用A、知力A-、交渉スキルA+、これは商人の化け物デス。
大商人レベル80ぐらいのステータスデス。レベル1で、このステータスになろうとするなら、現生転生(記憶を失わずに生まれ変わる)をするぐらいしかないデス。
注意するとしたら、ゾンビ以下の耐久と筋力デス。
ペンを持つときにヨイショっていう、あたしよりも非力な人間をはじめて見ましたデス。
簡単に死ぬデス。
それにしても、種族の中でも早いほうに入る小悪魔のあたしより敏捷が高いのに嫉妬デス。
前の世界で商売をしていたと聞いていますが、商売で身につくような代物ではありません。
才能ある東洋のサムライ職が十年間死に物狂いで特殊な鍛錬を積み重ねて達するか達さないかのレベルデス。
どうやって伝崎様が身につけたのか想像できません。
伝崎のコメント。
交渉スキルってなんなんすか?
リリンのコメント。
相手の注意をひきつけ、話したい気分にさせるのデス。
交渉を有利に進められるのデス。基本的にスキルは自分のアウラを操作することで使えるのデス。使い方を教えといてあげますデス。
伝崎のコメント。
アウラって何?
リリンのコメント。
ありとあらゆる存在が持つ生命エネルギーみたいなものです。
伝崎のコメント。
ああ、気やオーラみたいなもんね。洞察スキルで見たら俺の体を確かにまんべんなく覆っているな。
リリンを覆っているアウラは、なんか黒いな。
女魔王レベル99の基本ステータス。
筋力C-
耐久B-
器用D
敏捷S+
知力B+
魔力SSS
魅力A
リリンのコメント。
その絶対魔力に惚れ惚れしマスね。
伝崎のコメント。
ゴキブリを圧倒する早さと、核弾頭級の魔力。
魅力A? 嘘だろ……認めん。認めんぞ。ひぃいいいい。
リリン曰く、女魔王は洞察の神に気に入られているらしい。
アウラ。
息を語源とする生命エネルギー。
賢者ヤミンは、その主著「魔術におけるアウラの立ち位置」でこう述べている。
アウラは、万物の根本からいずる生命エネルギーであり、魔法から武術に至るまで、ありとあらゆる形で使用される。
また、特別な形で用いなくとも人間が言葉を発したり、行動したりするときに超自然的に使用されるものである。
どんな人間もアウラを放っている。
魔法において詠唱と同程度、あるいはそれ以上に重要視される。アウラの量、操作がその行為の是非を決めるといってもいい。
節約生活十六日目。
げっそりと細くなった顔で伝崎は、森の木の実を集めていた。
野草もいい。虫もいい。
だが、キノコ、おめぇだけはダメだ。
と思いながら、伝崎は血眼になって食料を集めていた。
食べたキノコのせいで舌をべろんべろんに出しながら、踊り狂った日もあった。
そこで。
四人パーティが通りかかるのを目撃。
能力を分析した後、持ち前の敏捷を生かして洞窟に先に帰る。
瞬間的に戦術を立て、伝崎は確信していた。
「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず、だな」
孫子兵法の言葉だった。
天界の彼方。様子を見守る神もいる。
戦の神は、ふむっと白ヒゲを触る。
見立てだと、あの四人パーティを損害なしで倒せたら土下座してもいいレベルじゃわい。
才能豊かな三人を相手にするのは、小悪魔リリンひとりではやや荷が重過ぎるのう。
レベル差があるとはいえ、ステータスとは別にスキル能力もある。
それ以上に、三対一は実のところ重要な比重を占めている。
数の暴力である。
リリンがかなり早いとはいえ、さすがに三回攻撃は不可能。
先手を取るのがやっと。
その上、リリンは耐久Dだから死ぬ可能性もある。リリン一人では勝つことも難しいかもしれない。
戦の神は、ふと口元を上げる。
女魔王が出れば、あるいは。
隣にいた大天使は、一人計算から抜けてますよ、とか。どうなるか分かりませんよ、とか。
神のみぞ知る、ですね、とか言っていたが。
隣に戦の神がいることを大天使は無視しているようである。
一方その頃、気まぐれの神は鼻ほじ状態だった。
リリンは、ピンク色の髪で隠していた金色の右目をむきだしにする。
暗やみの中でも視界を失わないその目が、わずかばかりの光を帯びている。
本気を出すときに使う魔眼。消耗が激しくなる代わりに、魔法の威力を一段階向上させる。
リリンが、すっと両手を合わせると眼前に青の一円が浮かぶ。
その光円の中に星型の図形が絵具を塗りたくるように描き上げられていく。
「氷の精よ、我の声に答えよ」
詠唱を、小さな声で呟き続ける。
洞窟のほの暗い先には、たいまつを掲げるパーティが見える。
顔をこわばらせる戦士、あきれ顔の魔法使い、真剣な顔の騎士、間抜け面のシスター。
全員若い。
しかし、その中の三人は頭の上に光の針が刺さっていて、天界に認められた才能の持ち主だった。
手加減はできなかった。
氷魔法アイサー。
一本の円錐の氷を生み出し高速で飛ばす中級魔法。
一撃で倒せる威力とスピードを重視。
詠唱の秒数は、七秒。
丁度彼らが我々を捕捉した瞬間を狙え、ぎりぎりまで引きつけたい、と伝崎は告げた。
初撃は、シスターの首元を攻撃すること。
回復魔法を潰すのは定石だろ、と言ったときの伝崎の目は輝いていた。
伝崎が両手を広げて説明していたことを思い出す。
『こちらは各個撃破を避けて、戦力を集中。逆にあっちには思うように力を発揮させない。それが兵法だ』
『ヘイホウ?』
『ああ、そうだ。俺が生まれた世界には魔法はなかった。その代わり、賢い人は兵法を嗜んでいたんだ』
リリンは興味深く思った。
――異世界のヘイホウとやらが、どういったものなのか見せてもらうデス。
伝崎は、隣にいたが。
広場の奥まった土壁に背をぴっちりとつけて、膝をガクガクと震わせていた。
顔からは汗が大粒で噴出して、何も見えないのかギョロ目を右往左往させている。聞こえてくる足音を指折り数えて、最後に白目をむいた。
ゾンビ六名は広場の入り口の死角、右側で整列。