遭遇
「儲かったぁ、儲かったぁ」
王都の街中。
強戦士ストロガノフ・ハインツは手持ちの袋を広げて豪快に話す。
力比べによって、所持金は81万G近くになっていた。
「賞金をくれてやる前よりも増えてきたな」
所持金81万G。
最初に100万Gを取られた以上、前よりも増えてきてる、ということはない。
ないのだが。
筋力の種である。
ストロガノフの知力は筋力の種を食べ過ぎたために、さっき話したことまで忘れてしまう始末になっていた。
せいぜい自分にとって食事にありつくために必要な知識、つまり狩りの仕方とかそのへんのことぐらいしか覚えられなくなっているのだ。
「本当にありがてぇな。コツを教えてもらったおかげだぜ」
ストロガノフは、心の底から力比べの儲け方を教えてくれた人間に感謝していた。
「どんだけ良いやつなんだよ。つーか、命の恩人。今度会ったら筋力の種でもおごってやるか」
ストロガノフは、お金が入ったことで馴染みの酒場に向かう。
その酒場にはストロガノフを暗殺するために影忍のリョウガが待ち伏せしていた。
同時に、そこには伝崎がいた。
レイシアが全身鎧からハサミを組み立て始める。
(考えろ)
伝崎の体感時間が、限界までスローモーションになって流れ出す。
(まず第一に、俺が下級騎士殺害に関与したということがバレたらどうなる? 牢獄送りか? そもそもこいつらは何で下級騎士たった一人のためにここまで動いてるんだ? 時と場合によっちゃ死刑。バレた時点でアウト)
ハサミに触れた状態で嘘をつけないのならば、執拗に質問されれば隠し通せない。
(周りをもっとよく見て、状況からたぐり寄せるんだ)
がっちりと周りを固める上級騎士は、計六人。
構図としては、こうだった。
上級騎士LV41、上級騎士LV45。
上級騎士LV43、伝崎、上級騎士LV44。
上級騎士LV46、上級騎士LV52。
宮廷魔術師ドネアLV43、白騎士レイシアLV72。
およその現状の主力たちの能力を洞察スキルで素早く見ていく。
最初に上級騎士の中で特にアウラが赤々と力強く純粋に輝いているやつを見た。
上級騎士LV52のステータス。
筋力B++
耐久A+
器用D
敏捷B-
知力DD
魔力F
魅力D
特殊スキル。突撃BB+、統率C+。
武器スキル。ランスB-。
上級騎士だけあって、固さとパワーがある。その上、スピードもあるところを見ると精鋭。一人ならやれるが、このクラスの人間が六人もいると生半可なことじゃない。
ドネアのアウラは白く、見たことがなかった。
確か勇者や天使たちぐらいしか持てないアウラ。
宮廷魔術師ドネアLV43のステータス。
筋力F
耐久E
器用B
敏捷A-
知力A+
魔力A
魅力C
特殊スキル、詠唱A-、交渉B+、内政B、勉学AA、洞察B、薬草術B+。
武器スキル、杖B+、銃C。
こいつはおそらく非戦闘員。だが、魔力の高さから言って魔法を使われたら厄介。
白騎士レイシアLV72のステータス。
筋力B
耐久A-
器用S+
敏捷A++
知力C+
魔力F
魅力C+
特殊スキル。突撃A、見切りBB+、心眼AA+、洞察C-、統率A+、鼓舞BB+、強行A-。
武器スキル、ランスA+、大鎌B-。
レイシアがダントツで一番強い。速さから言っても振り切れないし、器用さから言っても攻撃をかわすことはできない。
たった一人では勝ち目がなかった。
ハサミが完成すると、またレイシアの姿があらわになった。
伝崎はこの状況にあってもその姿を見ると、ついつい。
「どっからどう見ても……白騎士だな」
「クロ……そうだ、そうだ。白騎士だ」
レイシアは慌てたふうに言いなおした。
今、言い間違えかけた。
明らかに言い間違えかけてた。
宮廷魔術師ドネアが声を荒げる。
「あぶなっ、君はレイシアさんを殺す気か!」
(殺す気?)
「レイシアさんくらいしかこのハサミを使いこなせる人はいないんだから、もしも死なれたら王国にとって重大な損失となる」
ハサミから立ち上る特殊な青い炎は、レイシアの両手から腕をなでていた。
伝崎は悟った。
『コレは『嘘』を許さない』
つまり、使用者であるレイシアの嘘も許さないんだ。
もしもレイシアが嘘を吐いたとしても首を落とすということ。
糸口を、たぐり寄せたかもしれない。
(うまく話を展開すれば……口先三寸で嘘を引き出してレイシアを倒し、その隙をついて逃げ出せる)
伝崎は根本的な部分から話を切り出す。
「そもそも何を調べてんだ? 何が目的だ?」
だが。
ドネアは顔を指差して宣告してくる。
「次、無駄口を叩いたら死刑」
まるで見越したかのように、もくろみを封じてくる。
宮廷魔術師とやらは伊達じゃないのだろう。
その権限も、そのやり方も。
ごまかしの効くような相手ではなく、とにかく隙がなかった。
「さっきのように答えればいいだけだ。触れ」
レイシアが促すようにそう言うと、伝崎は差し出された巨大なハサミに騎士たちの隙間から左手を出して触れた。
『誠実であれ、誠実であれ』
またハサミから蒼い炎が触れるたびに心の中に響いてきた。
なんとか可能性をさぐるために周りを見渡す。
酒場の窓際に、また白い面が見えた。
伝崎は思い出す。
(ん? どっかで見たことがあるような。まさか、ソノヤマだろぉお。なんでいるんだ? わからない。いや、違う。何か目的があるんだ。ペットを助けに来てくれたのか? なんでもいい)
ソノヤマと自分、二人が力を合わせれば。
白い面がまた窓際の下に隠れた。
足りなかった。
ソノヤマにレイシアの相手をさせたとして、残り上級騎士六名と宮廷魔術師は自分ひとりが相手にしなければならなかった。
正直言うと、無理。
もう一要素、この状況を打開してくれる何かが加わなければならなかった。
ドネアがニッコリと笑顔を浮かべて言う。
「さぁレイシアさん、もう一度聞いてください」
「あの装備を見たことはないか? どんな形でもだ。たとえば商店でもいい」
伝崎は黙った。
答えなければ時間を稼げる。
時間を稼げれば考える時間が増えて、可能性が広がる。
――考えるんだ。
「おや、なぜ黙るんでしょうか?」
だが、それは同時に疑いを広げ、この状況を好転させることとは言い難く。
宮廷魔術師ドネアは両手を組んで言う。
「レイシアさん、質問の仕方を変えてください。十秒以内に答えなければ、ノーとみなす。こういうやり方です。可能ですかね?」
「ああ、そのやり方でも可能だ」
抜かりがなかった。
もうすでに完全に追い詰められた。
見覚えがあるといわなければ死ぬ。
レイシアが質問するために口を動かそうとしたとき。
この緊迫した空気を突如として破ったのは。
「だっはぁー、ひさしぶりの酒場だぜ」
その豪快な声にこの場の誰もが振り返った。
強戦士ストロガノフ・ハインツ。
すべてを覆しうる戦力の登場だった。
(状況が覆った……)
自分、ソノヤマ、ストロガノフ。
この三人でやれば、レイシア、ドネア、上級騎士六人を倒せる可能性が。
伝崎はそう踏んだ。
しかし、この場の誰もが気づいていない第三要素として確実に力を持った存在が、ストロガノフの登場によって、その手元から刀をじわりと抜き出そうとしているのである。
屋根裏に影忍のリョウガが控えていた。
伝崎はちょっと手を貸してほしいとばかりにストロガノフに目配せをしながら言う。
「久しぶりだな」
心の中で「ちょっと絡まれてんだよ。助けてくれ」とつぶやく。
――もしも伝われば、そこを切り口にして何とか。
ストロガノフは目を見開いて首をかしげる。
「お前、誰だ?」
(知らんフリしやがった……)
伝崎は世間の無情さを思った。
が、ストロガノフは本当に忘れていた。
筋力の種である。
それがストロガノフの知力を衰えさせ、必要最小限のことしか覚えられない鳥頭にしたのである。
一方で、偽勇者曰く「たぶん、昔からそんなんだった」ということである。
ドネアは突然ガッカリとしたように無表情になって話す。
「無駄口を叩いたら死刑にするって言ったんだけどな……まぁ、無駄口かどうかはこの強戦士にもいろいろと聞けばわかることですね」
ストロガノフの目が、鋭くなった。
ポケットの中のセシルズナイフに伝崎は手をかける。
伝崎を除いて、この場にいる誰もがアウラを激しく解き放ち始めた。