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五者五様

 酒場。

 そこには多くの人々とともに情報が集まってくるわけで、情報収集を生業とする者も居合わせることが多い。しかし、今回に限っては居合わせたというよりもあらかじめ居たというべきものだが。

 リョウガが屋根裏で膝と刀をついて座り、わずかに目を細めて穏やかな顔つきで伝崎のいる酒場を見下ろしていた。




「最近、力比べをしていたらしいな。その目撃者をあたりにあたって酒場を見張らせた。案の定だ」

 白騎士レイシアはそう切り出した。

 伝崎は事態が飲み込めず聞き返す。

「ああ、あれか。ていうか、なんで俺を探してたんだ? あんた誰だ?」

「私は王国の白騎士。それだけで説明は十分だ」

 伝崎は、すこしだけ黙って考える。

(王国の、ということは政府の犬みたいなもんか。つまり、警察的な役割を担ってるのだろう。しかし、それにしても)

 伝崎はレイシアの姿をじろじろと見つめて。

 全身真っ黒な鎧を見つめて。

「どっからどう見ても黒騎士だろ」

「白騎士だ」

 レイシアは音速で切り返してきた。

(また変なのにからまれたな。これから竜覇祭に参加しようってのに、時間取られたくないんだけど)

 伝崎は明後日の方向を見て、酒場の窓際に眼をやる。

 すると、一瞬だけ窓際に白い面の端が見えたような気がした。

 森で見たことがあるような。

 伝崎はやけくそ気味に両腕を広げて言う。

「とりあえず、ちゃっちゃと聞きたいことを聞いてくれ。こっちは忙しいんだ」

 レイシアは、手招きして酒場の外で待機させていた数名の騎士にあるものを持ってこさせた。

 ラインランスと鋼の鎧が机に投げ置かれた。

「これに見覚えはないか?」

「知らねぇな」

 どこにでもありそうな何の変哲も無い武具。

 ぱっと見た限り、心当たりはなかった。

 伝崎は席から立ち上がると手を上げて。

「ま、そういうことだから、じゃあな」

 その場から立ち去ろうとした。

 追いかけるようにレイシアは、立ち上がった。

 レイシアの全身鎧がうねりながら組立ち始めて、その両手に収まったとき、すさまじいハサミの威容が酒場に横たわった。部屋を横断していた。

 それが瞬間的に振るわれると。

「コレは『嘘』を許さない」

 伝崎の首を、ハサミの巨大な両刃が捉えた。

 わずかに力をかければ呆気なく首が飛ぶことがわかった。

 身動きが取れなくなった。

 一方で、酒場の机の上半分が時間差で次々とずれ落ちていく。

 取っ手についている羽のような大鎌のせいだった。

「貴様がもしもコレに触った状態で『嘘』をつけば、即座にその首を刈り取る」

 レイシアは言い切る。

 ハサミからは蒼い蒸気のような、炎のようなものが立ちのぼっている。武器自体が持っているアウラのようなエネルギーがハサミの触れた部分を介して伝崎の何かを確かめているようだった。

 伝崎は理解した。

 この蒼い炎が心の奥の「嘘」を見抜いてしてしまうのだろう、と。

『誠実であれ、誠実であれ』

 蒼い炎が肌に触れるたびに心の中に奇妙な高い声が聞こえるのだ。

『さもなくば生きる価値なし、首必要なし』

 嘘をつけば自動的にそのハサミが首を飛ばすことが感覚的にわかった。

 伝崎は、その首に当てられた巨大なハサミに見向きもせず。

「あんた、案外と綺麗だな」

 そう言った。

 レイシアは言葉を失った。

「なっ」

 全身鎧を脱いだせいで、その姿があらわになっていた。

 頬にこそ十字の傷があるが目鼻立ちがくっきりとしていて、とても整っていた。

 体は鍛え上げているのか、しなやかな腰つきと立ち姿は絵にすらなりそうだった。

 その青緑色の長髪が肩に流されているところを見ると、男性と言う男性は見惚れてもおかしくない女性だった。

 レイシアは綺麗だと言われたせいか、すこし顔を赤くしていた。

 怒っているのか、照れているのか、あるいは思わぬ言葉に対して、ただただ頭に血をのぼらせているのか。

 伝崎はすぐに直感する。

(褒められ慣れてないと見た)

 屋根裏に隠れているリョウガは、レイシアの姿を見て瞳にハートを浮かばせていた。

 レイシアは声を荒げる。

「出任せを言うな!」

「出任せだったら俺の首は飛んでるんじゃないのか?」

「くっ」

 レイシアは言葉に詰まり、ハサミの手がゆるむ。

「綺麗だと思う。本当にな」

「黙れ」

「そんな鎧に似合わないと思うけどな。あんたは綺麗なんだからドレスを着たらどうだ? 男なら誰もが振り向くと思うぞ」

「うるさい! 私が質問する側だ」

 レイシアとぴたりと目があった。その瞳は青緑色の不思議な色合いで、洞窟の奥の水場にありそうだった。すこし怒りでつりあがっているが。

「見たこともないような綺麗な目をしてるな。怒っても見てられる」

「違う。私はいつも怖れられている。この目だって、違う。そんな話をしたいんじゃない」

 オッサンはポケットの中で一部始終を見て思う。

(伝崎が尋問される側なのに、押してるように見えるのは気のせいかね。これがコミュ力かぁ?)

 伝崎は余裕の表情で話し始める。

「わかったわかった。たったと質問してくれ」

 あきれたように手を振った。

 レイシアはあごでラインランスと鋼の鎧を差して。

「見覚えはないか?」

「知らねぇな」

 ハサミの触れている部分から放たれる青い炎が伝崎の肌をなでる。

 しかし、ハサミは微動だにしなかった。

 数秒間、沈黙があった。

 レイシアはハサミを開いて首から離した。

 伝崎は自分の手で確かめるように首をなでた。

 傷一つ、ついていなかった。

 レイシアは、黙々とハサミをたたみ始める。十数秒とかけて黒い全身鎧を作り上げると着込んだ。そうして、勢いを失ったように頭を下げた。

「すまなかった……」

「そ、そこは謝るんだな」

「非礼を許してもらいたい」

 レイシアは深々と頭を下げ続けた。

 案外と良いやつかもしれないな、と思った。

「いやいや、わかったらいいんだよ。ところであんた、本当は黒騎士だろ?」

「白騎士だ」

 伝崎は笑った。

 そこはしっかり返してくれるんだな、と。

 レイシアが指で部下に合図すると、机の上に置かれているラインランスと鋼の鎧が持ち上げられる。

 笑顔の中で、しまわれていくラインランスと鋼の鎧をふと見て。

 その鎧がななめに一瞬だけなったときに、鎧の内側に記されている文字を見つけてしまった。

 アベル、と名前が刻まれていた。

 伝崎の表情がゆっくりと笑顔から硬直したものに変わっていく。

(もしかして、これって。思い出した。このラインランスと鎧、知ってる。最初に倒した下級騎士のものだ)

 伝崎は、ひやっとした。

(あぶねぇ。首が飛んでた。まじで、やばかった。質問中に思い出さなくてよかった。

 そもそも何で探してる? いやいや、どうせ、ろくなことなんてないんだ。

 とにかく、この場から立ち去ろう。バレたら何されるか分かったもんじゃない)

 伝崎はあせった素振りをできるだけ見せないように動きをあえて、緩慢にして緩慢にして、落ち着いたように見せかけて。

 背を向けた。

「そういうことだから、じゃあな」

「待て」

 伝崎は平静を装いながら振り返った。

「なんだ? まだなんかあるのか?」

 手に汗がにじんでいきそうだった。

(どうする? 煙玉を使って逃げるか? いや、待て。

 それだと、俺が犯人だってある意味で肯定したことにならないか? なぜ逃げたってなる。

 王国の騎士を敵に回したら王都を歩けなくなる。

 できるだけできるだけ、このまま乗り切れるならそのほうがいい)

 レイシアは通常通りの業務を遂行するように真剣な眼差しを向けて話す。

「一応、このことを報告させてもらう。これは取り決めでな。その場に留まってもらいたい。安心しろ。あくまでも手続きみたいなものだと思ってもらえればいい」

(気づいていないのか?)

 見る見るうちにガタイの大きな上級騎士数人が伝崎を取り囲んだ。体と体の距離が数センチしかなかった。周りの視界がほとんど見えなくなるほどだった。

 そういう捕縛術みたいなものなのだろう。警察でもよくやるやり方だ。

 煙玉を使っても、逃げられる雰囲気じゃなくなった。

 何より、レベル40超えを基本した上級騎士数名をこの距離感で圧倒することはまず間違いなく無理だった。

 伝崎は冷静になろうと自分に言い聞かせる。

(そうだ、もう尋問は終わってる。気づかれなければいい)

 レイシアが部下の騎士に命じて、白いローブに場違いなサングラスをかけた少年を連れてくる。

「宮廷魔術師ドネア様のご来訪だ」

 騎士の一人が声を上げ、その場にいるすべての騎士が敬礼した。

 宮廷魔術師ドネアは実に興味深そうな顔でのぞきこむように話し始める。

「この男が、怪しかったんですね。ハサミを使って質問したけど、どうやら違ったわけですか。なるほどなるほど。そのハサミは百発百中ですもんね。なら」

 伝崎は、やっと解放されると思った。

 どっと緊張のようなものが抜けていく気がした。

 しかし。

 ドネアは何かを見い出したように、あるいは元からそうすると決めていたかのようにサングラスの下からのぞける目を細めて。

「レイシアさん、同じ内容のものを文脈を変えてもう一度質問してもらえませんか? そうしたら、また違った反応が出てくるかもしれませんよ」

(こいつ……)

「単に言葉尻に対して、知らないと言ったのかもしれませんからね。何度も何度も言い方を変えて同じ質問をし続ければ……何かを思い出したりして」

 ドネアは、にやりと微笑んだ。

 その性格を刹那的に悟った。

(しつけぇ)




 酒場の様子を外から見つめるソノヤマ・オミナは、白い面を片手で押さえる。

(罠が効かないのならば……)

 その白い面には、大きなヒビがななめに入っていた。

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