信用
王国統治下の森の都市群レイノルン。
「見てらっしゃい、よってらっしゃい」
商人のベンジャミンは、機械兵二体を雑多なマーケットに並べて声を上げていた。
森林深きその都市には癒しの空気とも言うべき雰囲気が常に漂っており、その都市の者達は、こぞって特別な虫で作った衣服を楽しんでいた。また誇り高き戦士たちの住む都市でもあった。
雑多なマーケットの近くには奇特な金持ちが住む館があり。
「逃げろぉおおおおお」
その館から使用人と思しき人間が逃げ出してきた。
後ろからは、半透明の明らかに人間とは違う「者ども」がついてくる。
ゴーストみたいなやつらだ。
人間を追い掛け回し、魔法を撃って家々に火をつけていく。側にいた長剣を持つ戦士が切りかかったが、その剣がゴーストの体をすり抜けた。
人々が逃げ狂う。
「ちぃい……商売上がったりだ!」
ベンジャミンは荷馬車に機械兵二体を積み込むと、すぐに馬にムチ打った。
奇特な賢者が住むという王国統治下の山岳都市ヤンバに出発した。
絶対魔術師ヤナイが遅れてやってくる。
人々はその姿の神々しさと職業を見て誰かを悟り、ひざまづく。
「どうかお助けください!」
状況を一目見て。
「私が話し合いをしてきましょう」
絶対魔術師ヤナイがおだやかにそう言うと、一人の男が声を荒げる。
「無理ですよ! 私は館の使用人から聞いております。やつらは、いにしえより人間の事情によって館の奥深くに閉じ込められていた霊。人間に深い恨みを持っております。やつらは人間を撲滅させる気です。物理攻撃は効きません。戦士たちはやられました。冒険者の魔法使いたちも挑んでいきましたが、圧倒的な数。すべてやられてしまいました。館の最深部999階にその霊が無限に沸いてくる場所があるのですが、ここ数百年は誰も到達できたことがないといいます」
「……」
また別の男が頭を抱えて絶望感をにじませる。
「誰も、誰もあんなやつら倒せるわけがないんだ……このままじゃ世界の終わりだ」
「ヤナイ様!」
「ヤナイ様ぁあ」
人々が絶対魔術師ヤナイに群がり、緑色のローブを伸ばせるだけ伸ばす勢いで引っ張っていく。
「やむをえません」
その魔力、館ごと最深部を吹き飛ばす。
焼け跡からゴーストが跡形も無く消し飛んだことが確認されると、都市の人々は歓喜の祭りを開催した。
人々は感謝し、ヤナイに様々な供物を献上した。
その中には大金の詰まった袋もあった。
1億4330万Gの収入だった。
王国統治下の山岳都市ヤンバの片隅。
「これがそれだけの価値があるっていうのかい?」
女賢者ビゼパフは、流し目で二体の機械兵を見ながら言った。
紫色の長髪を背に流した艶めかしい女性だった。
商人ベンジャミンは揉み手をしながら。
「ええ、ありますとも。1000万Gは確実にくだらないものです。それを720万Gまで負けているわけです。いえ、もしかしたら、これは1億G以上の価値があるかもしれません。なにせ、異世界の貴重なものですから」
女賢者は、まったく動かない機械兵の腕に触れて。
「使い物にならないガラクタにしか見えないけどねぇ」
「確かに動かせはしませんが、こんな素材の合金手に入りませんよ」
「これがねぇ」
女賢者は背を向けて立ち去る素振りを見せる。
「ちょっとちょっとお待ちください。分かりました。610万Gまで負けましょう。特別ですよ」
女賢者は、機械兵を一体だけ買うと自分の馬車に乗せて帰っていった。
「やっとなんとか一体売れたか……」
ベンジャミンが一息ついていると、一人の男が叫び声を上げながら門を駆け出してきた。
「終わりだぁああああ」
山岳都市ヤンバの南城門。
立ち代るようにオーク軍団が数百匹で隊列を作って突撃してきた。城門は即座に閉じられたが、大量の火矢が降ってくる。やぐらには火の手が上がり、城門が焼け落ちていく。
ベンジャミンは立ち上がって声を荒げる。
「王国の治安はどれだけ悪いんだ! まともに商売なんかできねぇ」
ベンジャミンは荷馬車に一体の機械兵を積むと、裏手からまた新たな都市へ出発した。
絶対魔術師ヤナイが遅れてやってくる。
「どうか、どうかお助けください!」
人々はその姿を見てひざまづき、助けを請う。
衛兵はやられていた。
「話し合いをしてきましょう」
絶対魔術師ヤナイがそう言ってオーク軍団のほうへ向かおうとすると、一人の青年が呼び止める。
「そんなこと無理に決まってます! やつらは人間をすべて皆殺しにするつもりです。実際に私の家族がすべて殺されました。人間に抑圧されてきた積年の恨みを晴らすといっております。近場には砦が築かれており、近々王国全土を攻撃すると噂されております」
絶対魔術師ヤナイは風魔法で空に飛び上がる。
山岳の上に巨大な砦が築かれているのを見い出し、数千匹以上のオーク軍団の全容を認めた。周辺の山岳地帯の村々が襲撃を受けて焼け跡になっていた。
「やむをえません」
その魔力、砦ごとオークの軍団を吹き飛ばす。
えぐれた山にはオークの姿など跡形もなくなっていた。
人々は感謝し、ヤナイに様々な供物を献上した。
8321万Gの収入だった。
ヤナイの財産は見るからに膨れ上がってきた。
運命の神は、ヤナイの行状を見て。
「うわ、やむをえない実績作りすぎ」
商人ベンジャミンの有力な商売先が減るにつれて、行く当てが徐々に無くなっていくことは確かだった。
「なんで誰も来ないんだろ?」
宮廷魔術師ドネアは書類が溜まりに溜まった机の上で片肘をついていた。
御布令を出したはいいが、ひとつとして報告が来ていなかったのである。
「どうして来ないんだ?」
こうなったら、ドネアはひたすらにそのことを考えてしまう。
またひとつ書類の塊が召使によって持ち込まれたが、それに一切手を触れずに考え続ける。
袋小路である。
日ごとに書類の塊が積みあがっていく。
部屋中が書類まみれになってもドネアは考え続ける。
あまりにも分からないために、手当たり次第に本を読み漁り始めた。
「キキ、お前には異世界の兵法を教えてやる。戦争のやり方だ」
伝崎は一日二時間ほど作って、キキに孫子兵法を教え始めた。
これから第一級の指揮官として活躍してもらうためにだ。
軍曹にも教えようとしたが、まだ話が理解できないようで意味がなかった。
リリンと軍曹には採掘の指揮を任せることにした。
ただの洞窟の壁を黒板に見立てて、いろいろとナイフで書き込んだりした。情報の重要性からスピードの重要性。果ては戦争の理想の形に至るまで。
キキはそのことを着々と頭に叩き込んでいく。
そんな中、伝崎は独り言のように口走る。
「本当は戦争のやり方なんかよりも商売のやり方のほうが一段上なんだけどな……」
「……?」
「あ、わりぃわりぃ今のは忘れてくれ」
そう言ったところで、キキはどうしてもそのことが気になるのか、じぃーっと見つめてくる。
「まぁいいや。知っといて損はないしな。戦争っていうのは相手の弱点を探す。ようは人の粗探しをしてやっつけることが基本なんだよ。でも、商売っていうのは違う」
伝崎は、壁に書いていた孫子兵法の要点の反対側に商売の要点を書き込んでいく。
戦争と商売の対比。
(戦争で勝つ) (商売で勝つ)
弱点を探し出す――利点を見つける。
騙す方法を考える――信用を獲得する。
殺し合いの上手さ――生かし合いの上手さ。
伝崎は、右側の壁に手を置く。
「商売は相手の利点を考える。人の良いところを探す。もっというとだな、いくら競争競争っていっても取引先との間で関係が成り立つのは信用なんだ。商売っていうのは生かし合いなんだよ。殺し合いの戦争とは真逆。まったく違う」
伝崎はキキに振り向きなおして。
「いかにお互いの良いところを生かして伸ばしていくか。それが商売の真髄だ。二流の商人はそういうのがわかってない。だから、騙すことばかり考えてる。でも、そういうのは長続きしない。取引相手がいなくなるから商売がすぐに干上がっちまう。まぁそういうことだから、案外と一流の商人は人との関係を大切にする良い奴が多かったりするんだぜ」
「おもしろぃ」
「面白いって感じるならお前にも商売の才能があるかもな。まぁ、この世界はまだ戦争が多そうだから兵法が重要かもしれない。でも、俺がいた日本ってところは平和だった。どんな世界でも時代が進めば平和になって、戦争の時代から商売の時代に移行していくんだよ。そしたら、殺し合いから生かし合いになっていく。そういう一段上の世界になったら、必ず大切なのはひとつ」
伝崎は顔の前で人差し指を立てる。
「それがさっきも言った『信用』なんだ。信用がないやつの言うことなんか誰も聞かないからな。商品を買ってくれないどころじゃない。それ以前の話にすらならないんだ」
「そうなんだ……」
キキがぽつりと言った側で妖精のオッサンもウンウンとうなづく。
伝崎はすこし考えてから話を続ける。
「たとえば、だな。最近の例だと王国の掲示板に書かれていたやつなんかそうだろな。きっと、誰も来ないと思うな」
なんだかんだで日本は政府に信用があるから、必ず履行するという確信がある。だから、きっと報告は行くだろう。
だが、この世界はまだまだ前時代的。
王国といえども、あんな多額の賞金をあの程度の報告で支払われるか信用ができなかった。あの掲示板の内容を臣民がどれだけ信用するのか甚だ疑問だったのだ。
伝崎は言い切る。
「信用がなけりゃ、すべて成り立たないってこった」
妖精のオッサンはもっともらしい顔でウンウンとうなづいていた。
キキに指揮官としての教育を施すことで、知力が上がり始めた。
知力(↑中の下アップ中)
将来が楽しみだ。
はたで聞いている妖精のオッサンの知力も上がり始めた。
知力(↑下の上アップ中)
たぶん、意味はない。
「なぜ報告が来ないんだろ……あれほどの大金、庶民は必ず欲するはず。なぜだ。何をいぶかしがっているのか」
この堂々巡りする悩みに対して、宮廷魔術師ドネアはある記述を異世界の歴史書に見出した。
「これは……商鞅だ。この人のやり方が使える」
古代中国の政治家、商鞅は新しい法律を次々と制定したが、誰もそれを信頼しなかった。改革を成功させるためには法律の執行と信頼がなければならなかったのだが。
そこで商鞅が実施した逸話がある。
『民に法律を信用させるために、南門の木を北門に移せば十金を与えるとした。しかし、民はそのことを怪しんで木を移さなかった。そこで五十金に増やした。すると、ある人物が木を移したので五十金を与えた……こういったことで法の信頼を得たという』
ドネアは、「学ぶ」ということを知っていた。
試しにこのやり方をやってみようと。
真似するように王都の南門に小さな木を一本植えさせた。それを北門に移せば金塊一つをやると掲示板に書いた。しかし、それでも反応が悪かったので、金塊三つに増やした。
すると、一人の大男がその木を北門に移した。
すぐにドネアは、金塊三つを与えた。
王都中に木を移しただけで金持ちになった大男の話が広がり渡る。
次の日から、次々と報告が来るようになった。
「よかったぁ」
宮廷魔術師ドネアは宮廷の一室で一息ついてイスに身を預ける。
すべての掲示板の記述に対する反応が返ってくるようになった。それらの報告の中にはまだ有力といえるものが見当たらなかったが、その成果として、ひとりの賢者がやってきた。
『ちなみに関係なく賢い奴や能力のある奴は全員取り立てる! 家柄も前科も問わない』
という掲示板に書いた御布令に反応してのことである。
「あなた様は賢い御方ですな」
宮廷の一室、現われた賢者の一人ユクテスはそう言った。
白いひげをたくわえた実に恰幅のいい老人が杖をついていた。どこか目がまるっとしていて可愛げがあり、同時に背筋を真っ直ぐと立てる姿は堂々としたいでたちだ。基本的に全身が青いアウラだったが、その頭のアウラにすこしだけ金色が入っていてとても賢そうだった。
宮廷魔術師ドネアは大量の書類を片手間で処理しながら話す。
「お世辞はいいぞ。それよりもユクテス、君が賢者ならばひとつ問いたいことがある」
「なんですかな?」
「どうすれば有能な人材を効果的に集められるかな? その策を授けてもらいたい」
年端もいかぬ少年が老人に問いかける様は、いささか奇妙だったが。
「有能な人材を集めるためには、有能であるかどうかを見分けなければなりませんね。有能であるかどうかを見極めるためには、その能力を計れる場がなければなりません。単にステータスだけではなく、実力として証明できるようなところから見い出すのが確実でしょう」
「それで、君は何が言いたい?」
「竜覇祭で有能な人材をお探しになってはいかがですか?」
「なるほどな、その手か」
ドネアが納得したようにうなづいて、書類にサインを書き込む。
賢者ユクテスは両手を合わせて。
「さて、私はさらにここで付け加えましょう。効果的に、ということに対する回答であります。竜覇祭の賞金を倍額にしてください。そうすれば、より多くの人が竜覇祭に参加し、有能な人材を見い出せる可能性が高まるかと」
「ユクテス、これからは僕の参謀をやってくれ」
「これはこれは、喜んでお受けしたいと思います」
ドネアは部屋に満ち満ちた書類の対応に追われていた。
端から端までそれこそ書類の山だったのだ。
サインしてもサインしても終わらないのである。
「さて、このとおり僕は書類の処理で忙しい。竜覇祭の運用と見学は君に行ってもらおう」
「わかりました……しかし、それにしてもあなた様は勉強家ですな」
ドネアは片手間で書類を処理しながら異世界の書物を読んでいた。
「人は学ぶことをやめたら、生きる屍と同じだと思う」
・竜覇祭の賞金額。
優勝賞金2000万G→4000万G。
準優勝賞金500万G→1000万G。
賞金額の増額は、王都で大々的に宣伝された。
・規定の変更。
一日トーナメント方式から参加者の増加を見越して三日前に予選会が実施される運びとなった。
竜覇祭の本大会開催日は王国歴198年3月4日。
予選会は3月1日。
現在の王国歴は2月24日。
竜覇祭の予選会まであと一週間。
「ど、どこに行くつもりなんですか?」
「長年探し求めていた矢の情報を手に入れた。私はそれを取りに冒険に行く」
ライン・ハート(大弓士LV67)は宿屋で荷物をまとめると、そう言った。
長ったらしい髪を後ろで結って、大きな弓を背中にくくりつける。
実に耳の長い男だ。
一見すると、ただのエルフの弓使いにしか見えない。
だが、狩人独特の枯れ木のような立ち方をしていた。見るものが見れば相当な手練であることがわかる。的を射るためだけの所作を立ち方に凝縮していたのだ。
事実、彼は空を飛びまわる小鳥の頭を撃ち抜ける力量の持ち主だった。
彼が探し求めていた矢は『雷々魔の矢』と呼ばれている。
その矢が持つ電撃の力は、たとえ強大な竜であってもたった一矢で全身をねじれさせ、完膚なきまでに動きを止めるほどだといわれている。ただでさえ弓の名手である彼がそれを手に入れれば。
ズケはご機嫌をうかがうように腰を曲げて揉み手をする。
「先生、いつ頃お戻りになるんでしょうか?」
「早ければ一週間。遅ければ二週間」
王国歴198年2月25日。
ここ、二日間で伝崎の所持金は141万3031Gから189万2112Gになっていた。
「しっかし、増えねぇなぁ」
伝崎はただの洞窟の広場で両腕を組んで言った。
オッサンがポケットから顔を出して聞いてくる。
「どうしたんだぁ?」
「財宝額はこの通り、100万Gから明らかに増えてる」
指差した広場の中央には、金貨が以前よりも明らかに増えて小山が二つ近くになってきていた。189万G以上の金が積まれている。
「なのに、だ。来るパーティの数が一日平均3パーティから増えてないんだよ」
「なんでだろうなぁ」
「一応、定期的に一人二人と冒険者を帰して情報を流させるようにしてるんだけどな」
「辛いダンジョンだと思われだしたかもな」
「それはまだまだ先のことだと思う。なんだかんだでこの洞窟のメンツは強ダンジョンのそれとは違うし。生きて返す場合は、手加減するようにしてるしな。何よりギルド新聞の評価は低いままだ」
「じゃあ、なんでだぁ?」
伝崎とオッサンは両腕を組んで一緒に悩み始めた。
ダンジョンの収入こそが戦力増強に影響する以上、ただの洞窟にとって客が増えないことは死活問題なのである。
「そういや……」
伝崎が何かを言おうとしたとき、白狼ヤザンが駆け寄ってきた。
新たな冒険者が来たのである。
迷宮透視Dを発動しようとする。
しかし、一瞬伝崎は頭がクラっと来たのか目の前が見えなくなったように感じた。アウラが光らず、集中してもスキルが発動しなかった。
(疲れてきてるな……)
ここ連日、延々と全力ダッシュにアイスの回避、キキの教育、オーバーワークといってもいいほどに働いていた。
すぐに意識を取り戻して、もう一度スキルが発動するように集中する。
迷宮透視D発動。
広場から夜色のアウラがあふれ出して、洞窟の入り口まで勢い良く流れた。アウラが一瞬輝いて、入り口付近の外の冒険者たちの輪郭をとらえると。
「ん?」
冒険者たちは何かを悟ったのか身をびくっとさせると逃げ去る。
「引き返していくな……」
伝崎には手に取るようにその様子が感じ取れた。
「そういや最近こういうことがあるんだよな。入り口付近で引き返す冒険者がいるっていうか」
客入りを制限している何かがあるのは確かだった。
こういうとき、客の視点から見てみるのが一番だ。
伝崎はすぐにただの洞窟から出て、入り口付近を見てみる。だが、しかし、そこには本当にただの洞窟の入り口があるだけだった。あまりにも何の変哲もなさすぎて特に印象に残らないほどの。
これといって客入りを増やす要素も減らす要素も見当たらなかった。
「わからねぇ」
伝崎もオッサンも頭を抱えた。
「こういうときは客観的にモノを見るのが一番なんだよ。自分だけじゃ分からないからな」
伝崎は広場で手が空いてそうなリリンに話しかける。
「試しにリリン、冒険者としてみてきてくれないか?」
「はいデス」
伝崎はいつも通りのやり方でまったく同じように対応した。白狼ヤザンが冒険者の動きを伝えて、そこで迷宮透視Dを発動して。
リリンはちょっと驚いた顔で広場に入ってきた。
「で、伝崎様のアウラがすごい威圧してますデス」
「そういうことか!」
迷宮透視は冒険者の動きを捉え、先手を取るために使っていたが。
それが原因だった。
アウラを突出させることによって、ダンジョンマスターのステータスが完全に丸見えだった。つまりは、自分のステータスが冒険者たちに伝わっていたということ。並みの初級パーティは、ときどきそのやばさを認識して逃げ出していたのだろう。
迷宮透視のやり方を変えた。
ただの洞窟の入り口までやるのではなく、広場の手前にとどめるようにした。
広場の手前まで来れば、こっちのもの。冒険者たちはもう広場の中央にある財宝に目を奪われて、迷宮透視に一々目を向けて引き返すことはなくなるだろう、と。
これで先手は取れて、なおかつ引き返すという現象を無くすことができる。
結果、客入りを阻害する要素がなくなったのか。
王国歴198年2月25日。
1パーティ目。斧戦士LV15。白魔道士LV18。
2パーティ目。傭兵LV21。
3パーティ目。戦士LV13。獣使いLV14。
いつも平均3パーティにとどまっていたが次の日。
王国歴198年2月26日。
1パーティ目。戦士LV11。戦士LV14。戦士LV12。
2パーティ目。槍戦士LV13。魔法使いLV14。
3パーティ目。戦士LV17。弓士LV18。
4パーティ目。農民LV14。魔法使いLV12。
5パーティ目。槍戦士LV13。踊り子LV12。
客入りがまた増え始めた。引き返す客が減って本来の客入りになった。
一日平均5パーティになったのである。
一日平均24万Gの売り上げが約40万Gの売り上げに増えた。
所持金が189万2112Gから230万1211Gになった。
戦闘や修練によって、人材のステータスが向上。
軍曹のレベルは21から23になった。
アイスルンを用いることでトドメがさせるようになってきた。敏捷がE+からE++に上がった。知力はD++からDDに上がった。器用はF++からFFになった。
キキのレベルは6から変わらず。
しかし、魔力がCC+からB-になった。アイスの徹底的な撃ち込みによって魔力が明らかに上がり始めた。詠唱スキルはE+からEEになった。
リリンのレベルは36から変わらず。
伝崎のレベルは14から変わらず。
アイスの徹底的な回避によって、見切りがD+からDDに上がった。全力ダッシュによって敏捷は経験値が溜まっているが元々ステータスが高いために上がるには至っていない。
白ゴブリンのレベルは23から24に上がった。しかし、ステータスは変わらなかった。
白狼ヤザンは戦闘に参加してないためにレベル、ステータス共に変化しなかった。
――――――――――――――――――
第一軽槍歩兵団(平均レベルは新加入のゾンビによって下がったまま11LVだった)
指揮官、軍曹。
10匹のゾンビ。装備(鉄槍、皮鎧、木の丸盾)
軍曹の指揮により新加入のゾンビがしごかれていた。
訓練度は一旦新加入のゾンビによって40まで下がったが、また50に持ち直してきた。
――――――――――――――――――
第二骸骨槍兵団(平均2LV→3LVに上がった)
指揮官、リリン。
10匹のスケルトン。装備(鉄槍)
リリンはスケルトンとの対話に最初こそてこずっていたが、骨と骨を打ち合わせて会話する方法を見つけ出したようだ。
三日かけても一日に掛ける訓練時間が短いために、訓練度は0から4になるぐらいだった。
――――――――――――――――――
第三白弓兵団(平均1LV→2LVに上がった)
指揮官、白ゴブリン。
10匹のゾンビ。装備(鉄の弓)
白ゴブリンはめちゃくちゃ弓の教え方が上手いのか、少ない時間で物分りの悪いゾンビたちでも的外れな場所から面へと標的がしぼれてきた。白ゴブリンほど狙ったところに当てられるわけではないが、入り口の面に一気に矢を降らせられたら十分だった。
訓練度は21になっていた。
――――――――――――――――――
総じて増員したことによって経験値が分散し、レベルが上がりにくくなっていた。
一方で、増員したことによって壁を掘る速度が飛躍的に増大した。
ここ、三日ぐらいでただの洞窟のサイズは二倍近くに膨らんでいた。
最初の最初と比べると、ずいぶんと大きくなったことを感じる。
三メートルの広さしかなかった円形広場。
体感で言えば三畳ぐらいの大きさだった。
それが今や、街中の通りの広場ぐらいの大きさになっていた。
それだけでなく、様々な面で変わった。
変化前と変化後の図を伝崎はただの洞窟の壁にナイフで書き込んだ。
広くなったことによって、兵力を自由に展開できるようになってきた。
挟撃したり、囲んだり、引き付けたり、自由自在だ。
これからは全部隊を訓練に100パーセント集中させることにした。
これからどんどんと部隊の訓練度が上がっていくだろう。
「確かに、ただの洞窟はクソです。クソはクソなんですが、ぽつぽつと苦情が出始めましてね。記事と違うじゃないかって。いえね、うちにも5万人5000人の購読者の信用というものがありましてね」
ギルド新聞の社長タチは、高級料理屋の個室でそう小さく話した。
去年と比べると5000人近くもギルド新聞の購読者は増えていた。これも社会の変化によって、冒険者たちがぞろぞろと出始めたことによる。
順調も順調なのだが、タチはそれに水を差されるのが嫌なのかイライラした素振りを見せて言う。
「あんまり苦情が出てくると、うちもねぇ」
「まぁ、受け取ってください」
タチが続きを口にする前に、ズケは小さな箱を高級料理屋の机の上にすっと差し出した。中には果物が入っていたが、何か下に取り外し可能な。
「ええ、今ぐらいの苦情だったらね。全然、問題になりませんよ」
タチはさわやかな笑顔になって手のひらを返すように態度を変えた。
ズケは何も知らなかった。
その行動がある面では伝崎を助け、ある面では伝崎を追い詰めているということを。
「最近、ずいぶんと鍛錬に励んでるなぁ」
妖精のオッサンを尻目に、伝崎はまたキキから解き放たれたアイスを避けた。
今日の643回目の回避だった。
伝崎は額の汗を拭って。
「ああ、そうだな」
広くなったただの洞窟の広場の後ろ側でキキと二人で特訓に励んでいた。
オッサンは広場の壁に小さな体を預けながら言う。
「伝崎、お前もわかってると思うがな。このままじゃ、ゾンビ化は避けられないんじゃないのか?」
ギルド新聞の評価が上がらなければ、なにをどうしたって女魔王の指令は果たせなかった。
「その答えは俺自身が強くなることにある」
伝崎はまた見切りスキルを発動して、目の奥を光らせる。アイスの軌道が白い線で描かれ、頭の部分に来ることを予測して体をかがめた。
アイスの塊は時間差で頭の上を飛んでいった。
以前よりも明らかに見切りスキルが正確になっていた。
かなり今まではずれていたが、およその範囲を見れるようになった感じだ。誤差で言えば、10センチ近くあったずれが7センチになったようにも視える。
伝崎はすぐさま立ち上がると、キキの青光りするその手の目標を外そうと横に走る。
アイスがまたキキの手から解き放たれた。
伝崎は「おっと」と言いながら上体を後ろに変化させて、スウェー気味にアイスの塊をいなした。
オッサンはすこし驚いたように表情を硬くしていた。
「ま、まさか……たった二ヶ月で魔王よりも強くなるつもりなのかぁ?」
伝崎は不敵に笑うだけで、イエスともノーとも言わなかった。
その代わりにまた横に走りながら意味深なことを言った。
「今回、俺が選ぼうとしてるのはベターじゃなくてベストだ」
とはいえ、伝崎は感じていた。
もしもそのベストを選ぶのならば。
(もっともっと早く、強く、ならなきゃならない)
そうして、オッサンの会話に気をとられていると。
伝崎の腹にアイスの塊が的中した。
「ぐぁっ」
重い衝撃が走る。
見切りスキルの予測よりもアイスが早く到達したのである。
これもスキルの精度の問題だった。
伝崎は後ろに転倒して、お尻を地面についてしまった。鈍い痛みが腹の奥に響いていく。
まだ腹でよかった。
もしも頭に当たっていたら大怪我だった。
耐久にすこしだけ経験値がたまった。
腹をさする。
――これに耐えられなかったら、きっと。
もしもこれが矢だったら、どうなのか。もしもこれが剣だったら、どうなっていたか。中級冒険者たちが脳裏をかすめる。
この鈍い痛みなんか比較にならない。
――死んでた。
痛いのは心底嫌だ。
さりとて。
――このペースの成長じゃ死ぬ。
ここは人生の分岐点。
退くか、前進するか。
痛いのが嫌だからこそ選ぶ。
「降らせろぉぉお」
伝崎は、ただの洞窟の全戦力にアイスの塊を投石させ始めた。
「当たらなければいいんだ!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。
未来を切り開くために恐怖に立ち向い、己の選択を振り切れさせる。
伝崎は「絶対に当たらないようになる」ために、見切りスキルの経験値を倍化させる行動に出た。見切りスキルを高めて相手の攻撃が当たらないようになれば、どんな痛みも味わうことがなくなる。
そのために。
眼前を満たすアイスの塊の数々。
見切りスキルを発動してその軌道を予測する。情報処理が限界点を突破し、頭がパンクしそうになる。
踊るように体をくねらせたり、全力で横に移動したり、転がったり。
避けて避けて、避けてまくる。
だが。
「まずいっ」
あまりにも数が多いために避けきれない一部のアイスの塊が、どう考えても伝崎の頭に直撃する軌道を通ってきた。
とっさに。
手を差し出していた。
すると、その手の中にキャッチボールの要領でアイスの塊がおさまり、ぴたりと顔の前で止まった。
己を追い込むことによって見い出したのは。
(つかめる……!)
伝崎は器用AA。
通常の人間では考えられないほどの器用さを持っており、両手のそれぞれで体に当たりそうになるアイスを見切って見切って、つかみ始めた。
走りながら避けながら、延々と。
見切りスキルに経験値が効果的にたまるだけではなく、明らかに他のステータスにも影響し始めた。
アイスの塊を雨のように浴びせられ、それらを避けることによって。
見切り(↑大々アップ中)
当たりそうになるアイスの塊をつかんだりすることによって。
器用(↑中の上アップ中)
ただの洞窟のアンデットたちは、黙々と投げ続けていたが。
キキは「はぁっはぁっ」と息を上げながら、こちらのほうを見ていた。
伝崎は両手のアイスを地面に転がらせて笑った。
「ちょっと休憩しようぜ」
延々と動き続けていて、体力が尽きてきていた。
キキは腹をおさえて恥ずかしそうにうつむく。
「ああ、まともなもん食わせてなかったな。そうだ。確か余ってるやつがひとつぐらいあるかもしれん」
伝崎は魔王にフルーツを献上したが、すべて渡したわけではなかった。
あまり美味そうじゃないフルーツのひとつを手持ち袋に入れていた。それを取り出して、キキにあげようとするが。
「ん? ああ、まいったなこりゃ」
元はといえば緑色だった丸い実のフルーツが、もうすでに茶色に変わっていた。ひどく酸っぱい悪臭が漂い、とてもじゃない食べられたものではなくなっていた。
「こいつぁ腐ってらぁあ! 信用に関わるじゃねぇかぁ!」
妖精のオッサンは江戸っ子風に肩の上で言った。
伝崎の話を聞いて何を学んだのか謎である。
食料が腐る、という問題。
それが浮き彫りになる。
おそらくは将来大きな問題として重くのしかかってくるだろうことが予測できた。フルーツだけでなく、田畑で作った食料も腐らないように保存できなければ問題があった。
第一は、保存できなければ収穫した直後に売らないといけなくなること。
獣人部隊を作ったときに長期的に飯を食わせることができなくなることは明らかだ。他には価格変動の高いときに売るとか、そういうこともできない。選択肢のない農家に成り下がることになる。
伝崎は息が切れていたこともあって、休むように大の字になって寝転がろうとする。手を上げて後ろにゆっくり倒れると、側に落ちている固いものが頭に当たった。
「いててて。って、これね」
振り返ると、アイスの塊がそこかしこに落ちていた。あまりの多さにつまずいてこけるゾンビまでいる始末である。
増え続けるアイスは不良債権のごとく、ただの洞窟のスペースにのしかかってきそうだった。
「まてまて、このアイス」
持っていると、手がすぐに冷え切って硬くなってくる。
この冷たさ。
ひらめいた。
「このアイスを利用した食料保存庫を作ろう」
――腐らないように保存できる場所を。
昼間の半分を修練や訓練に当てさせ、半分を食料保存庫の増築に当たらせた。
「おっ」
伝崎は、キピルの領域の奥に辿り着くと声を漏らした。
女魔王に献上したフルーツがなくなってきて、道しるべのスキルを頼りに取りに来ていた。
その円形の開けた場所の中央には巨木が一本あって、浅瀬の湖の周りには一掃したはずのスライムが十四匹蘇っていた。
巨木の向う側には、草でできた王座があった。
その王座で、キピルスライムが赤々と大きくなっていた。
以前のサイズに戻っている。
「一週間近くで蘇るんだな」
伝崎はスライムを通り過ぎると、フルーツのなる巨木に気合をかけてのぼる。
「よっしゃー」
取れるだけ取って、手持ち袋に入れる。
帰りにふと思い立って、十四匹のスライムを手当たり次第にさっさと倒しきった。
レベルが14から16に上がった。
耐久がE+からEEになった。
魔力がFからF+になった。
セシルズナイフの殺害数は「34」から「48」になった。
伝崎は、次の日にも試しに見に行った。
すると、倒したはずのキピルスライムが最初に出会ったときのサイズで草の王座にでかでかと身を広げている。
十四匹近くのスライムが蘇っていた。
「たったの一日ですごい回復力」
モンスター大全のスライムの記述には、こう書かれていた。
『ある場所に群生しているスライムは倒しても次の日に蘇る。どこから湧いてくるのかはいまだに分かっていない』
持って帰った常温のフルーツをキキに食べさせて「うまいか?」と聞いたら、こくりとうなづくだけだった。
「なんだこれ?」
ただの洞窟の前に、こげ茶色の透明度の高い六角形の鉱物が落ちていた。
成人男性の胴体ほどある大きさだった。
伝崎は手をかけて持ち上げようとする。
「かるっ!」
まるで軽石といってもよかった。あまりの軽さに片手で持ち上げることができた。
とにかく、なんともワケのわからない代物が置かれていたのである。
その鉱物の下に手紙があった。
早速、中身を開けてみる。
『この間、風をさらう巣窟で助けてもらった村娘です。あなた様のおかげで、村はゴブリン王から解放されました。村の人々は歓喜し……以下略。村にはあなた様に贈り物を買うだけのお金はありません。長い話し合いの末に村長の息子が声を上げまして、この村の永代の宝物を贈ることにしました。あなた様は英雄です。村に来ていただければ歓迎させていただきます』
オッサンが手紙をしげしげと読んで。
「これって前に助けた緑髪の村娘からじゃねぇかぁ?」
「おう、まぁ、なんかそんなことあったっけ」
伝崎は無表情だった。
鉱物の色合いと重さがどこからどう見ても安っぽい。
辛気臭い茶葉とかでありそう色。
その、こげ茶色の透明な鉱物を適当に片手で持ちながら、軽く上に投げてはつかむ。足の上に乗せては蹴り上げてリフティングしたりする。
露骨にぞんざいに扱い始めた。
オッサンがやや困惑気味に聞いてくる。
「一応、永代の宝物なんだろぉ。そんな扱いでいいのか?」
「いいんだよいいんだよ。そこらの石ころだろ」
ただの洞窟の広場までとりあえず持っていくと、リリンが目を見開いてみるみる表情を変えていく。
「これは……ミラクリスタルではありませんか!」
リリンは駆け寄ってきて、その鉱物をのぞきこむ。
伝崎は茶色い鉱物を片手で投げたり、ぺしぺしと叩いたりする。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も有名も有名。魔界のある特定の山岳地帯でしか取れないという超希少鉱物デスよ!」
「いくらぐらいの価値があるんだ?」
「時価300万Gはくだらないかと」
伝崎はとっさに鉱物を両腕でつかんだ。
「まじか!」
「地上では高度な占い道具の原料として使われるものデス。加工すれば手をかざすだけで未来を占うことができるようになるといわれているものデスよ!」
「加工にはいくらぐらい掛かるんだ?」
「確か1200万Gぐらい掛かりますデス」
「加工代のほうが高っ!」
「それだけ加工が難しいんデス。なにせ、手をかざすだけで『誰でも』未来を占えるようにするんデスからね。十倍の価値にはねあがりますよ」
「300万Gが3000万Gになるのか……」
財宝額が一気に上級ダンジョンに近づく可能性が出てきた。
伝崎は満面の笑みでミラクリスタルに頬ずりした。
「やっぱり人助けって気持ちいいなぁ」
オッサンが伝崎の肩をぺしっと叩く。
「おい! 人の恩返しをリフティングしてただろ!」
王国歴198年2月27日。
1パーティ目。戦士LV15。遊び人LV19。
2パーティ目。槍戦士LV18。戦士LV12。神官LV13。
3パーティ目。下級騎士LV22。弓士LV13。
4パーティ目。農民LV18。村人LV15。
5パーティ目。武闘家LV14。魔法使いLV17。
ミラクリスタル(時価300万G)を設置することによって、財宝額が合計500万Gを突破した。
幾人か、その財宝を見せて帰らせた結果。
王国歴198年2月28日。
1パーティ目。剣士LV23。戦士LV15。戦士LV13。戦士LV11。
2パーティ目。傭兵LV26。傭兵LV17。戦士LV21。魔法使いLV14。
3パーティ目。戦士LV24。遊び人LV19。僧侶LV23。弓士LV12。
4パーティ目。農民LV22。農民LV16。農民LV15。
5パーティ目。戦士LV21。戦士LV12。魔法使いLV19。
6パーティ目。斧戦士LV13。戦士LV14。踊り子LV17。
7パーティ目。槍戦士LV22。白魔道士LV14。
8パーティ目。戦士LV23。弓士LV15。弓士LV16。
9パーティ目。村人LV16。
10パーティ目。戦士LV23。魔物使いLV18。僧侶LV18。
11パーティ目。野武士LV25。
12パーティ目。魔法使いLV17。魔法使いLV17。魔法使いLV17。
13パーティ目。魔物使いLV22。弓士LV19。
14パーティ目。斧戦士LV20。農民LV12。神官LV26。
「来たぁあああああ」
伝崎は、両拳を握って喜ぶ。
期待以上の効果もあって、爆発的に客入りが増大した。
王都中でただの洞窟の噂が広がっているようだ。
一日平均5パーティから一日平均14パーティになった。
その上、攻略する意識が高まったのか、パーティメンバーの数が多くなり、すこしレベルが上がって質も高くなった。
1パーティ平均8万Gの売り上げが10万Gになった。
一日の売り上げが平均40万Gから140万Gになった。
2月29日、2月30日。
連日、冒険者たちを浴びるように倒しまくった。
四日間の売り上げを合わせると。
所持金が230万1211Gから691万4432Gになった。
もうすこしでただの洞窟の財宝額が1000万Gの大台を突破しようとしていた。
修練を積むだけでなく、冒険者を倒しに倒しまくったことによって人材のステータスが向上。
タロウ軍曹のステータス(ゾンビネスLV23→29)
筋力DD+ → C-
耐久DD → DD+
器用FF → FF+
敏捷E++ → EE
知力DD → C-
魔力E++ → EE+
魅力EE+ → D
伝崎のコメント。
優秀な冒険者のトドメを刺しまくって、だいぶ成長してきたな。このまま行けば、ゾンビロードになる筋力は足りる。しかし、やはり知力と魅力が足りてないな。
キキのステータス(獣人LV6から変わらず)
筋力F+
耐久E+
器用D+
敏捷C-
知力C → C+(伝崎の教育が効いてきた)
魔力B- → B(アイスの徹底的な撃ち込みによる)
魅力D++
詠唱EE → D-(アイスの徹底的な撃ち込みによる)
伝崎のコメント。
地道な鍛錬によってまたステータスが上がったな。もうすでに即戦力として使えそうだが。実戦デビューさせるか、それともまだまだ修練させるか悩みどころだな。
小悪魔リリン(LV36→39)の基本ステータス。
筋力F+ → FF
耐久D → D+
器用C+
敏捷B
知力C+ → C++
魔力B+ → B++
魅力B++ → BB
詠唱スキルB → B+
伝崎のコメント。
このままレベルを上げていっても、地味に悪魔に進化できそうだな。
伝崎真(LV16から変わらず)
筋力C-
耐久EE
器用AA → AA+
敏捷A → A+
知力A
魔力F+
魅力BB+
特殊スキル。
交渉B+。洞察B++。迷宮透視D。懐剣術EE+。見切りDD→CC+。心眼E+。煙玉E。転心A。投げ縄E。道しるべE。
武器スキル。
短刀C+。
鬼の特訓によって見切りがDDからCC+に上がった。器用は元々経験値が溜まっていたのかAAからAA+に上がった。全力ダッシュによって敏捷がAからA+にやっと上がった。
リリンのコメント。
見切りスキルの上昇。常軌を逸してます。スキルは熟練すればするほどに上がりづらくなるはずなのに、前よりも加速度的に向上しているのデスから。
白ゴブリン(ゴブリンLV24→30)
筋力E → E++
耐久D → D+
器用B- → B
敏捷C → C+
知力B+
魔力C
魅力C-
スキルは
栽培の神様A+、薬草術B。
弓C- → C
伝崎のコメント。
弓士として何気に大車輪のように活躍しまくって、レベルが上がって成長してるな。老いてもなお、元気そうだ。
白狼ヤザンは戦闘には参加してないが、冒険者の報告で行ったりきたりを繰り返して、敏捷がB+からB++に上がった。
――――――――――――――――――
第一軽槍歩兵団(平均11LV→17LVになった)
指揮官、軍曹。
10匹のゾンビ。装備(鉄槍、皮鎧、木の丸盾)
軍曹の指揮によりすべての槍が同時に突き出され、一糸乱れぬ動きを展開する。
訓練度は数多くの実戦経験によって100になった。
――――――――――――――――――
第二骸骨槍兵団(平均3LV→11LVに上がった)
指揮官、リリン。
10匹のスケルトン。装備(鉄槍)
リリンが骨と骨を叩いて指示を出すと狙った方向に移動し、槍を同時に突き出したりしている。二匹くらいしか出遅れなくなってきた。
訓練度は62になった。
――――――――――――――――――
第三白弓兵団(平均2LV→14に上がった)
指揮官、白ゴブリン。
10匹のゾンビ。装備(鉄の弓)
白ゴブリンが指示を出すと、ゾンビたちは狙った的へと一気に矢を当てる。面から的になってきた。
訓練度は83になった。
――――――――――――――――――
パーティが殺到してきたことにより、たった三日そこらで訓練度とレベルが段違いに上がった。
実戦経験が何よりの肥やしになったようだった。
食料保存庫が完成した。
伝崎は、すぐさま食料保存庫に向かった。
「いい具合に冷えてるなぁ」
通路を抜けると四隅には木の柱がすえられ、小気味いいワンルームの部屋ができていた。
そこには大量のアイスの塊があって、その中にフルーツの数々が混じるように置かれていた。
フルーツを手に取ると、キンキンに冷えていた。
セシルズナイフで軽く切り分ける。
良い具合に冷えたフルーツをキキに食べさせると何も聞かなくてもひとりでに言った。
「おいしぃ」
女魔王に冷えたフルーツを献上すると、部屋から出た後に高笑いが聞こえてきた。
何をそんなふうに笑っているのかは分からなかった。
王国歴198年3月1日。
竜の卵がまだ売れて無いか確かめるために王都に行くと、伝崎は道すがらで頻繁に立っている掲示板を見つけた。
『本日を持って竜覇祭の予選会を開催したいと思います』
賞金額が倍になったことなど変更点が記されていた。
「なるほどな」
伝崎は片頬を上げた。
地下都市に行くと、ブラックマーケットの中にいまだに竜の卵が堂々とあった。
中年女性が竜の卵が売れないことに対して悩みをこぼす。
「値段が高いからかねぇ」
「売れなくていいんですよ。俺が買いますから」
「本当かい?」
「ええ、できればもうすこしの間売らないでくださるとありがたいです」
所持金691万4432G。
竜の卵(770万G)
もうすぐで買えるほどになってきていた。
交渉スキルを使えば、あるいは。
だが、まだだ。
まだ買うべきタイミングではない。
伝崎はあることを心に秘めていた。
「ことが終わったら必ず買うつもりです」
「そうなら嬉しいんだけど」
「まぁ、待っていてください」
伝崎はそれだけ言い残して、その場から立ち去る。
ブラックマーケットを歩いていると。
「おー、久しぶりじゃないですか」
帰り道で馴れ馴れしく声をかけられた。
振り返ると、露天の店先に赤ッ鼻の商人がいて手をこまねいていた。
伝崎はどこかで見たことがあるような気がして立ち止まる。
「ああ、あんたか」
「覚えてくださってましたか?」
最初の最初に倒した冒険者の武器防具を売った相手。
商人のベンジャミンだった。
こういうとき、人の顔をおぼえる商売感覚が役に立ったりするな、と伝崎は思った。
ベンジャミンは、店先のずんぐりむっくりの鉄の塊(札には機械兵、値段は553万Gと書かれていた)の肩に手をそえて話し始める。
「いやぁー最近王国は治安が悪くてね。行くとこ行くとこダメになるんです。もう行くとこがなくなってね。仕方なく王都に来ました。これが売れたら、その金を資本にして共和国にでも行こうと思いますよ。こんなところで商売してるよりは、よっぽど儲かるでしょうから」
伝崎は機械兵と書かれたその人型の鉄の塊をじろじろと見て。
「それ、もう動かないんだろ?」
「ええ、まぁ。こう何か動力のようなものが尽きているみたいなんですが、その動力源がどうにも分からなくて」
「そんなガラクタがその値段で売れると思うか?」
「ガラクタとか言わないで下さいよ。ものすごく貴重なものなんですよ。超がつくほど貴重な金属の」
「まぁ、売れないと思うけどな」
伝崎は知らなかった。
商人ベンジャミンがここにいるということの意味を。
(どうなってやがるんだ!)
ズケは街角の人々がそこら中で噂するのを見て、地団駄を踏んでいた。
(どんな不正を働きやがった? どんなトリックを使えばこんなことになる? どうやりやがった! どうやりやがった!)
高級料理屋に呼び出された。
ギルド新聞の社長タチは裏返った声で言う。
「こうなっては、うちとしても新聞の記載を変えなければ……」
ただの洞窟に殺到するパーティの数が多すぎたために、虚偽の記載の噂が急速に広がり始めたのだ。
と同時に今まで増え続けてきたギルド新聞の購読者の数が。
逆流を始めた。
5万5110人→5万4391人。
ギルド新聞が『信用』を失い始めたのである。
ズケはまくし立てるように言う。
「今までのことを嘘でしたって認めるんですか?」
「そのほうがまだ痛手が少なくなると思いますがね……」
「確実にあなたの首が飛ぶと思いますがね」
「そ、それは」
「なら、これからも仲良くしましょうや」
「しかしぃ、手はあるんですか?」
「私がちゃんと手を考えますよ」
「うちとしても手があるならいいんですがね。もしも、もしもの話ですよ。力のある冒険者ににらまれるようなことになったら、わ、私の首どころか命が危うくなりますから」
タチは手を小刻みに震わせていた。
臆病者が!とズケは心の中で毒づいた。
散々、金を受け取っておいて、ちょっと気色が悪くなったらすぐに手に平を返す。もっとも信用できない人間に分類されるタイプ、とズケは思った。
しかし、ここは取引。
伝崎を叩き潰すためにも、ズケは嘘くさい笑顔になって。
「なーに、今被害に遭ってるのは初級パーティのカスどもですよ。そんなカスがピーピー言ったところで何の力もありません。それにね、ギルド新聞の記述こそが真実である、ということにしてあげますから」
「できますか?」
「やらなきゃお宅も終わりでしょう? 私がね、いろいろと人を雇ってやりますから安心してください」
「お、お願いします」
この小物をコントロールするのは簡単だとズケは思った。
社長という立場を利用して部下にはでかい面をしているが、いざ問題が起きたら何の主体性も持ってないことをあらわにするだけだからだ。
ズケは伝崎がひざまづいた状況を思い出す。
(伝崎は明らかにあの弓使いにびびってた)
大弓士ライン・ハート。
(あの弓使いさえいれば……優秀な冒険者を集めて、あいつにリーダーをさせればいい。そうだ、ただの洞窟を襲わせるんだ。財宝を奪い尽くして、完全なるただの洞窟にしてしまえばいい)
ダンジョンマスターが冒険者を雇って、他のダンジョンマスターのダンジョンを襲撃すること。
それがダンジョンマスターギルドにおける禁忌であるということをズケは理解しながら、じとりと頬に油汗をにじませる。
(バレなければいいんだ……)
しかし、大弓士ライン・ハートは冒険に出ていて今はいなかった。
『早ければ一週間。遅ければ二週間』
もうすでに六日経っていた。
(あの弓使いが帰ってきたら、そのときが伝崎の終わりだ!)
伝崎は、白ゴブリンから放たれた矢を素手でつかんだ。
見切りスキルはB-になっていた。
弓矢の軌道が白い線として見えるのではなく、はっきりとしたリアルなイメージで、しかもほとんど時間や距離的な誤差なく捉えることができるようになっていた。
来る、とイメージできた場所に開いた手を差し出して、タイミングよく手を閉じれば。
――矢をつかむなど造作もなくなっていた。
器用と見切りの高いレベルの融合によって成し遂げられることだった。
ただの洞窟に拍手が沸き起こった。
白ゴブリンはすこし焦ったように口元をゆがめて。
「まったく、あなた様は……怖ろしい方だ。鍛錬の仕方など何もかもが無茶だというのに、それをやってのける。何よりやろうとする意志力、とても真似することなどできません」
「真似する必要なんてないぞ。俺は俺の考えによって、やっただけだからな」
伝崎はオッサンと二人で席を外して話し始める。
「女魔王を倒せば確かに俺はゾンビにならなくて済む。だが、俺は元の世界に帰れない。女魔王が転移魔法を牛耳ってるからだ。ベストじゃないよな?」
「オイさんとしては倒して欲しいんだけどなぁ」
「帰れてからだな。それは」
「なら、どうしようってんだぁ?」
伝崎のゾンビ化まで2ヶ月と4日になっていた。
この状況を打開する術がなければ、そこまで辿り着けなかった。
両手を広げて伝崎は話す。
「-Fとただの洞窟を表記し続ければ、いずれにしたってギルド新聞は限界が来る。信用問題に発展するからだ。だが、今のまま行っても2ヶ月以内に新聞の体力が尽きるかどうかはわからない。意地になって粘られたら終わりだ」
「ますます分からなくなったぞぉ」
「答えは、さらに『期待以上』を重ねること。そうすれば、すぐに限界が来る」
「確かにそうなんだがなぁ」
その『期待以上』を重ねるためには、さらなる大金と財宝が必要だった。
財宝額を一気に膨れ上がらせる何かが必要だったのだ。
「今の俺ならやれる気がしてる……」
伝崎は夜色のアウラをじわりと解き放ちながら静かに自信をにじませた。
その何かを手に入れるために。
「優勝してくる……竜覇祭を」
狙うは優勝賞金4000万G。
それはズケとの駆け引きを終わらせる大金。
のるかそるか。
――このチキンレース、俺が勝つ!
リリンは伝崎の出発を見送った後、周りの目を盗んでミラクリスタルに歩み寄る。
そっと、小さな手をかざした。
(確かに、ミラクリスタルは通常の場合加工しなければ未来を占うことはできません。しかし、このクリスタルは魔界に属するもの。その魔界に属する悪魔族は加工せずとも未来を占うことができるのデース)
ミラクリスタルに映った未来は。
「ッ!?」
闘技場の真ん中。
目や口から血を吹き出して異様なほど痙攣しながら倒れている男がいた。
伝崎の姿だった。