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伝崎の修練内容

 夜空の下、自己修練を積む前に苦き反省をしていた。

 伝崎は、あのとき感じた屈辱を思い出す。

 中級冒険者たちのプレッシャーによって、ズケにひざまづかなければならなかったこと。

 それら痛々しい経験を振り返って。

 ――この体のやわさ。

 黒服に隠れているが、ひょろりとした自分の体形の細さを鑑みる。

 骨ばった手の甲を見て、つくづく思った。

 異世界に飛ばされてから、さらに痩せたように感じる。

 耐久E+。

 ズケだけの問題じゃない。

 女魔王に右手を砕かれたのも耐久の低さのせいだ。

 しかし、今から鍛え続けたとして。

 鍛錬白書の記述。

『耐久を上げたければ、棒とかで体を叩いてください』

 ――棒とか。

 伝崎はオッサンに相談するように言う。

「空手の達人のようになるには何年かかるかね?」

 ――棒とかで叩くとか。

 何年、何十年とかけて体を硬くするその姿は想像を絶している。

 伝崎は夜空を見上げて。

「そこまでの時間を掛けるよりも……お金をかけて優れた防具を手に入れたほうがいいと思うんだ。時間効率の話だ。ダンジョンの儲けを増やせば可能だろ」

「確かになぁ」

「それに」

 伝崎は大の字で寝転がりながら、夜空に手を掲げる。

 星をつかむように。

「速さ……すべてを圧倒する速さがあればいい……」

 速さは、回避できるかどうかに直結する。

 速くなって速くなって、すべての攻撃を回避してしまえばいいのだ。

 きっと、それはダンジョンの戦闘にも通じること。

 伝崎はいつか砕けた右手を思い出すようにさする。

 ――棒とかで叩いて耐久を上げるとか。

 オッサンが隣で寝そべりながらぽつりと核心を言う。

「オイさんには本音を言ってくれていいんだぞぉ」

 伝崎は泣いていた。

 子供みたいに泣いていた。

 ひさしぶりに優しさに触れた気がした。

 ひりだすように伝崎は自分の弱さを告白する。

「痛いの嫌なんだ……」

「そうかそうか……オイさんもわかるぞ。痛いのは誰だって嫌だよなぁ」

 オッサンは小さな手でぽんぽんと肩を叩いてくれる。

 感動風を装っているが、単純に痛いのが嫌なだけだった。

 耐久を上げるために棒とかで体を叩くのが嫌なだけだった。

 上げるステータス。

 鍛錬白書の記述では、こう書かれている。

『敏捷を上げたければ、全力で走りこんでください』

敏捷スピードだぁあああああ」

 伝崎は、田畑予定地の側で叫びながら全力ダッシュを始めた。

 土煙をまきあげながら。

 敏捷Aに、経験値がたまり始めた。

 筋力C-にも、微妙に経験値がたまり始めた。

 すべての悩みが吹っ切れたように泥臭くなりながらも汗を流した。あいつだけは絶対に倒してやるという決意を胸に。

『慎重なる修行者』

 その称号によって鍛錬効果がアップしており、通常よりも経験値のたまり方が早いことを神様だけが見て取れた。

 白ゴブリンは優しい目つきで伝崎の全力ダッシュを眺める。

「ふぉふぉ、青春ですなぁ」




 伝崎は一日の半分を全力ダッシュに当てた。

 もう半分はスキル訓練に当てることにしたが。

 交渉B+。洞察B++。迷宮透視D。懐剣術EE+。見切りD+。心眼E+。煙玉E。転心A。投げ縄E。道しるべE。

 育て上げると決めたスキルは。

 白ゴブリンに撃ってくれ、と頼んでみた。

「そう云われましても……」

「いいから撃ってくれ」

「そこまで言うのでしたら、わかりました」

 ただの洞窟の広場。

 白ゴブリンが戸惑いながら鋼の弓の弦に木の矢をすえてを構える。

 全モンスターたちが掘るのをやめて見てくる。

 伝崎は、異様な寒気を感じていた。

 ――あの大弓士ほどじゃないが。

 白ゴブリンが弓を構えて、こちらに引き絞っている。その目で射抜くように見据えられるだけで。

 ――なんだ、このプレッシャー。

 白ゴブリンの弓スキルは、C-。

 器用はB-。

 その器用の高さが弓の命中率を高めているのだろう。だからこそ、うまく的中させられることが容易に想像できるのだ。矢の行く先があまりにも的確であると直感して。

「ちょっと、ま」

 そう伝崎が言い掛けたときには、すでに手が離されていた。

 白ゴブリンは、平静な顔だった。

 弓から矢が勢い良く押し出される。

 ――見切りD+発動。

 矢の軌道が白い線となって自らのアウラで瞬時に描き出される。当たると直感したのは。

 ――胸の中心。

 迫る矢に対して体をさばくために動き出そうとする。

 次の瞬間には、矢が体の横を通りすがっていた。

「ってぇえ」

 伝崎は動く寸前で体を止めていた。

 黒服の右腕部分が破けており、血がにじみだしていく。

 かすり当たりだった。

 白ゴブリンは弓の弦を下ろしながら言った。

「最初から当てるつもりはありませんでしたぞ」

「だろうな」

 伝崎は寒気を感じて、ぶるっと肩を震わせる。

 もしも、本気で狙われていたら食らっていた。

 見切りD+は、胸の中心に来ると予測させた。だが、スキルの精度が低かったのだろう。実際に白ゴブリンが狙っていたのは、体の端だったのだ。

 そう、育て上げると決めたスキルは。

 ――見切り。

 相手の攻撃を見切り、回避するスキルである。

 完膚なきまでの、完膚なきまでの。

 回避重視。

 今回の弓矢攻撃で分かったことは、おそらく器用が高い連中は動く相手さえも。

「先読みして撃てば、今の伝崎様は確実に射抜くことができますぞ!」

 白ゴブリンは厳しい口調で言った。

 その言い方に伝崎は機嫌よさそうに口角を上げて。

「やはり、じいさんを雇って正解だったと思うわ」

「それはそれは、どうも」

「これからも実直な意見を頼む」

 白ゴブリンはニッコリと笑顔を作った。

 手ぬるい甘さで包まれるよりも、現実を思い知らせてくれるほうがよほどタメになる。そのことを白ゴブリンのじいさんは分かっているのだろう。

 白ゴブリンと伝崎の間の信頼度が上がった。

 伝崎は黒服の乱れを整えながら、白ゴブリンと一緒に歩く。

 今の見切りスキルでは初級パーティの弓矢を避けるのが精一杯で、あの大弓士の矢を避けるどころか白ゴブリンの矢さえも避けられなかった。ちょっとでも腕の立つ人間が弓を撃ってきたらもう無理になる。

 ――見切りスキルの目標ができた。

 伝崎は、また寒さで肩を震わせる。

 しかし、それにしても最近異様なほどただの洞窟が寒かった。

「さみぃーな」

 そう言うと、オッサンが黒服のポケットにくるまりながら答える。

「確かに寒いぜぇ。伝崎から出るのも億劫になる」

「なんなんだろな。まぁいいけどさ」

 白ゴブリンは今のところ、手頃な相手ではなかった。もうすこし程よい相手じゃないと。

 そう思って、ただの洞窟の奥の通路に向かう。

 キキがいる場所に行くと目を見張る光景があった。

「おい……」

 魔王の間へと続く奥の通路が。

「なんで、そんな……いや、すごいがんばってる。がんばってるな」

 アイスの塊で通路がほぼ塞がれていた。

 拳大のアイスが無数に積み上げられており、みっしりと通路に満たされつつあった。アイスから解き放たれる冷気で全身がいてつきそうになった。

 今この瞬間もキキの手から蒼い閃光が走りつつ、アイスが解き放たれる。新たに追加されたアイスがガツンっと大層な音を立ててぶつかると、積み木が崩れるようにしてこちらに向かってきた。

「おわぁああ、まてまて」

 キキと伝崎は後ろに慌てて下がって雪崩を回避した。

 それからすぐにキキは初級魔法のアイスを撃ち始める。

 息を切らしながら、ただひたすらに。

 誰もがその姿を見て、すこしだけ痛々しい思いになった。

 小悪魔のリリンでさえも止めたほうがいいんじゃないかと心配そうな顔をする。

 しかし、伝崎はその様子を見て思った。

 もしかして。

 ――すごい努力家?

 ちょっとずれた意味で解釈した伝崎は上機嫌な笑顔になって言う。

「その魔法を俺に撃ってくれないか?」

 見切りスキルの訓練相手にキキを指定した。




 上げるステータス→敏捷(↑中の上アップ中)

 筋力(↑微小アップ中)

 熟練させるスキル→見切り(↑中の下アップ中)

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