即戦力か、人材育成か
ただの洞窟の経営戦略について。
「未来だ。未来の展望こそ戦略。そして、それを決定するのは人材」
ならば。
ただの洞窟の広場に全戦力、全人材を集めた。
すべての視線が集まる中、伝崎は両腕を組んで左右に移動を繰り返す。
限られた資源(経験値やお金)をどうやって割り当てるのか。
取捨選択が重要になってくる。
誰に経験値を集中させるのか、誰にお金や時間をかけるのか。
それ次第でただの洞窟の造形、未来像がすべて変わってくる。
ただの洞窟の人材を見渡していく。
りりしい表情で立つ軍曹。
しわしわに老いた顔の白ゴブリンのじいさん。
まだまだあどけなさの残るキキ。
丸々と目を見開いてこちらを見てくるリリン。
そして、最後に白狼のヤザンがうるんだ瞳で見つめてくる。「くぅー」とだけ鳴いて、足元に頭をおしつけてくる。
もはや白いただの子犬だった。
そのふわふわの毛をなでながら考える。
伝崎は袋から簡易モンスター図鑑を取り出して、白狼の項目を探してみる。
どんなふうに進化するのか気がかりだ。
ページをめくればめくるほどに、伝崎は首をかしげる。
「あれ、まったく載ってないな……」
試しに白ゴブリンのじいさんも見てみる。
しかし、載っていなかった。
伝崎は手を上げて背を向ける。
「ちょっと待っといてくれ」
速攻で王都に行ってモンスター大全(10万G)を買ってきた。
所持金170万3741Gから160万3741Gになった。
辞書のように大きなその本を開いていくが、見る見るうちに伝崎の表情から血の気が引いていく。
「ない……どこにも載ってない……」
――そんなモンスター確認されて無い。
白狼の項目が、まったく存在して無かった。
白狼ヤザンがまた「くぅう」と鳴いた。
可愛い顔をして、とんだ謎モンスターだったのである。
白ゴブリンのじいさんがコホンと咳き込んだ。
伝崎はモンスター大全のページをめくる。
(お、この項目はあったか)
『白ゴブリン。ゴブリンの亜種であり、このモンスターの系統では信じられないほどの知力を持つ者がいる。我々の研究によるとその存在は確認されているが、なぜ発生しているのか解明されていな……以下略。進化しない』
(なるほど進化しないのか。うーん、栽培の神様がすごいし、才能限界もだいぶ使い果たしてそうだ。育成の余地があるとは言えないな)
気を取り直して、他の項目を見てみる。
ゾンビの最終進化の項目「????」がモンスター大全ではどうなってるか見てみる。
『ゾ???
あるレベルにまで達し、魅力がA以上になり、ある一定以上のゾンビに支持されたゾンビロードだけが、唯一その進化の階段をのぼりつめることができる。どれだけステータスが向上し、どんなスキルを取得するのかはわかっていない』
「一字だけかよ!」
次は、一番の有力候補であるキキに該当する部分を見てみる。
(そういや、キキは獣人だったな)
モンスター大全の記述。
『獣人。人間と獣人との違いについて学術的には解明されていな……以下略。
力と敏捷は人間を凌駕することがあるが、知力の点で劣っている。レベルを上げると進化する。
↓
・大獣人(レベル60で進化)
獣人の中の獣人である。その進化の過程において我々が研究するところによると解明されていな……以下略。
筋力A以上必要。進化すると筋力が三段階アップする』
「うーん、キキは魔法使いだからな。筋力上がっても仕方がない。それに大獣人になったら怖そうだ……」
キキは猫耳をぺたんとさせた。
「キキはキキのままでいいぞ」
リリンは目を大きく見開いたままこちらを見ていた。
モンスター大全の小悪魔の項目を探してみる。
『小悪魔。その名称から誤解を……以下略。魔力と知性が高いものがいる。レベルを上げると進化する。
↓
・悪魔(レベル50以上で進化)
この段階に達してこそ、本物の悪魔である。
魔力B以上必要。知性CC以上必要。
進化すると魔力と知力が一段階上がる。
取得スキル「魂契約」「変身」
↓
・アークデーモン(レベル70で進化)
悪魔の頭領ともいうべき存在。
魔力A-以上必要。知性B+以上必要。
進化すると魔力と知力が二段階上がる。
取得スキル「石化」「魔力吸収」』
(石化? 魔力吸収? 魂契約した挙句に石化して魔力吸収みたいな手順なのかもしれんが……なんかすごい便利そうなスキルだな。案外とリリンだったらステータス条件を満たせそうだし、進化は可能かも)
ゾンビたちの前に立つスケルトンがカンカラカンと首を振り回す。
試しにスケルトンの項目も見てみる。
『スケルトン。人の骨が何らかの魔力を受けて動き出したもの。ゾンビの次に弱い。レベルを上げると次の二つに進化が分かれる。
↓
・スケルトネス(レベル35で進化)
骨の接合部分がやや頑健になったように見える。
ステータス条件は何も無し。
進化すると耐久が三段階上がる。
・スケトン(レベル35で進化)
スケルトンの骨部分が自由に取り外し可能になった姿である。
筋力C以上必要。器用C+以上必要。
進化すると筋力が一段階アップ。敏捷が二段階アップ。器用が二段階アップ。
新スキル「骨ブーメラン」取得。
↓
・スケルプス(レベル55で進化)
スケルトンの猛獣である。スケトンだけが進化することができる。
筋力B以上必要。耐久B+以上必要。
進化すると筋力と耐久と敏捷が二段階上がる。
新スキル「突進」取得』
(骨ブーメラン?)
伝崎は両腕を組んで考えに考える。
(骨ブーメランか……)
軍曹が背筋を正して、ただひたすらに前を見据えていた。
白狼ヤザンが足元にすりすりと顔を押し付けてくる。
一瞬迷ったが。
アイリスの店を失った今。
「軍曹、お前にただの洞窟の未来を賭ける!」
軍曹は目をきらりと輝かせた。
とんだ謎モンスターにコストを費やしても回収できるかどうかわからなかったからである。
一方、軍曹がゾンビロードになったときに取得できる『ゾンビ化』のスキルがどれほどの意味を持つのか考えるだに計り知れなかった。
壮大なビジョンが伝崎の頭の中に展開されつつあった。
育成の優先順位。
第一位 軍曹
第二位 キキ
第三位 リリン
意外とリリンが強くなりそうだという気づきが収穫だった。
王国歴198年2月22日。
2パーティ目の戦闘後。
「ちっ、またか……」
伝崎の手元には、切れたロープの端切れがあった。
前衛の斧戦士一人はゾンビ軍団の槍攻撃で体中穴だらけになって座るように死んでいた。
その隣の戦士は、リリンの大き目の氷柱を受けて壁にすえつけられていた。
後衛の弓士は、キキのやや小さめの氷柱を腹に受けて、息絶え絶えで地面に横たわっている。
ただの洞窟の入り口手前では、魔法使いが肩口の傷を押さえながら血の池の上で死んでいた。
その魔法使いには体にロープが巻きついているものの、その中途が切れていた。
振り返ると、ゾンビたちが整列して槍を天井に向けながら立っている。
軍曹の鉄兜だけが最後尾からひょっこりと突き出ていた。
軍曹のLV20。
またしても。
軍曹のレベルが上がらなかったのである。
「うーん、まいったな」
伝崎が腕組みすると、リリンが片手を上げて指摘してくる。
「後衛にいたらトドメを刺せないのは当然ではありませんか?」
「いや、なんつーか、その、その、あれじゃん」
伝崎は、びびっていた。
軍曹が死ぬことを怖れていた。
優秀な人材に育つ可能性があるだけに、ちょっとしたミスで死なせたくなかった。それがゆえに軍曹をゾンビたちの最後尾に立たせていた。
確かにそうすれば、ゾンビたちの肉壁がある分だけ死にづらい。
しかし、当然のことながら軍曹の槍が敵に届かず、トドメが刺せずにいた。
伝崎は手元の切れてしまったロープの先端を見る。
今回は、知力Cの魔法使いが運良く来たこともあって、投げ縄を使って軍曹に倒させようとした。だが、戦闘中に戦士に斬られてしまった。
対人だと生半可なスキルや投げ縄では厳しい。
伝崎がロープを見ながら悩んでいると。
「くそぉ……あいつが隊長か」
その消え入りそうな声の先を見ると、弓士が必死の表情で弓を構えていた。
地べたに横たわりながら。
キキの小さめの氷柱を受けてもなお、まだ息絶えておらず動こうとしていた。
とっさに伝崎は動き出そうとするが、その矢が手元から放たれてしまう。
最後尾の軍曹に矢が突き進んでいく。
怖れていたことが。
ばしりと当たると弾き飛ばされた。
鉄の兜が舞い上がり、軍曹は顔を真上の上げて倒れ込む。
伝崎はすぐさま弓士にトドメを刺した。
振り返って、ゾンビたちが取り囲む中に駆け寄っていく。
「だ、大丈夫ですぅ」
軍曹は無傷だった。
肌一つ傷ついていなかった。
槍を持ち直して仲間たちの手を借りながら今にも立ち上がろうとしている。
伝崎は自分の額を拭って。
「ひぇええ、軍曹を最後尾にしといてよかったぁー」
頭だけが突き出ていたおかげで助かったのだ。
さらにその頭に鉄の兜を装備させていたことが効いた。もしも、鉄の兜を装備していなければ軍曹は死んでいただろう。
キキが腹あたりの服をぎゅっとつかんで、うつむきながら謝った。
「ご、ごめんなさい……」
キキは、ややリリンよりも魔力が低いためにトドメを刺し損ねることがちょくちょくとあった。今回のことも氷柱の威力が足りないために、弓士が生きていたことによって起こった。
キキが泣きそうな顔になっていた。
もう捨てられてしまうとでも思っているような表情ですこし震えていた。
伝崎は歩み寄ると、キキの頭をなでる。
「気にすんな。軍曹は無事だった。それに何が起きてもお前のせいじゃない。ここのダンジョンマスターである俺の責任だ。すべて俺が責任を取る。どんなことがあっても、お前は自分を責めなくていいんだよ」
キキは不思議そうな顔でこちらを見上げる。
猫耳を立てていた。
そもそも、として、そういう発想自体が珍しいのかもしれないが、伝崎からしたら当たり前の日本的な考え方だった。とはいえ、責任があるからこそ、成さなければならない問題ができていた。
それはキキの魔力問題である。
今回のこともそうだが、リリンと同じだけの魔力があれば起こらなかったことだった。
しかし、ここ三日間キキの魔力が伸び悩んでいるのである。
その原因は明白だ。
最初は成長限界が来ているのかと思ったが、違った。
――魔法の撃ち込みができなくなったせいだ。
キキが即戦力として機能するのはよかったのだが、冒険者の対応に追われて撃ち込みができなくなった。
もしも撃ち込みに励んで消耗していたら、いざ冒険者が来たときに魔法が撃てなくなる場合がある。戦闘に万全の状態で参加するために魔法の撃ち込みを控えていた。
その結果、一日に打てる魔法回数が実質的に数十回から数回にまで減った。
魔法訓練の量が劇的に少なくなったのだ。
ゆえに魔力が伸びなくなった。
キキを即戦力として利用することによって、育成がおそろかになっているのは明らかなのだ。
明らかなのだが、ここ最近パーティが殺到してきて対応に追われていた。
四人パーティ以上が来ると、キキ無しでは心もとない攻撃力だった。
一ターンで第一軽槍歩兵団は一人ないし二人を倒す。
リリンは一人、自分(伝崎)は一人。
三人倒せるか四人倒せるかの間ぐらいの火力だった。
一人生き残る可能性があるのだ。
しかし、キキが一人倒してくれれば、ほぼ四人全滅させられる。だが、もしもキキが抜けると一人生き残る可能性があり、相手に一回の攻撃を許す可能性があったのだ。
その一回の攻撃だけでゾンビたちは死ぬ可能性があった。
五人パーティが来た場合は反撃させずに勝つことなど、キキがいなければ無理に近かった。
損害である。
売り上げが即利益を現すこの異常なほど優れた経営体質を続けるためには、損害を出したくはなかった。おそらく他のダンジョンではありえないこの状況は、ただの洞窟の優位性を表している。何よりモンスターダンジョンならなおのこと、モンスターを死なせて戦力を弱体化させるわけにはいかない。
育成を重視するか、即戦力として戦闘に出させるか。
経営者として決断しなければならないところだった。
伝崎は一瞬で決断する。
「キキ、お前は戦闘に参加せずに魔法の撃ち込みに専念しろ」
「……でも」
「お前が失敗したから外すんじゃないんだからな。これからただの洞窟を担っていく最高の人材だと思ってる。お前に期待してるんだ。だから、お前の成長を優先したい」
手持ちの袋から鍛錬白書を取り出して再読する。
・ステータスの上げ方。
筋力を上げたければ、重いものを持ち上げてください。
耐久を上げたければ、棒とかで体を叩いてください。
器用を上げたければ、手先の細かい作業をしてください。
敏捷を上げたければ、全力で走りこんでください。
知力を上げたければ、知識を蓄えるだけでなく良く考えてください。
魔力を上げたければ、基本的な魔法を繰り返し打ちましょう。
魅力を上げたければ、着飾ってください。
鍛錬白書を見ながら伝崎は、リリンを手招きして聞く。
「そういや、リリンひとつ質問がある」
「なんデスか……」
「キキが魔法の撃ち込みをしていたのは、中級魔法のアイサーだったか?」
「そうデスよ」
「もう魔法は十分覚えたろ?」
「はいデス」
「なら、撃ち込みは初級魔法のアイスに変えたほうがいいな。これを見ろ」
伝崎が鍛錬白書を指差すと、リリンがのぞきこむ。
『魔力を上げたければ、基本的な魔法を繰り返し打ちましょう』
「ここに書かれているとおり、高いレベルの魔法を単発で撃つよりも基本的な初級魔法を何回も撃ち込んだほうが良さそうだ。おそらくそのほうが魔力が上がりやすいんだろう。俺はそう解釈した」
「なるほどデス」
キキを戦力から外し、魔法の撃ち込みに専念させる。
なおかつ、中級魔法ではなく初級魔法を撃ち込ませることによって、おそらくはさらに効率が上がった。
これで魔力の伸び悩みが解消できる。
あとは、軍曹のトドメを刺せない問題。
知力が高いやつが来たらできるだけトドメを刺させたかった。
投げ縄は難しいが、他に何か。
何かないか。
キキやリリンを見て、ふと考え込む。
伝崎は頭にビックリマークを浮かべて手を叩く。
「リリン、お前もそういやアイスルン使えるのか?」
アイスルン、それは一人の敵を完全氷結させる中級魔法。
「使えますデスが……」
話している途中で白狼ヤザンが駆け寄ってきて伝崎の足元の服を引っ張る。
三パーティ目だった。
伝崎は迷宮透視Dを発動した。
ただの洞窟の広場で賢そうな顔をした男神官の全身がカッチカチに凍りついていた。
軍曹が鉄槍を突き立てる。突き立てる。何度も突き立ててその氷の表層を突き破ると中身に刺さった。
レベル20から21に上がった。
知力がD+からD++に上がった。
魅力がEEからEE+に上がった。
キキを外す以上、ある問題を解決しなければならなかった。
それは、ただの洞窟の総攻撃力問題である。
キキを育成に専念させることによって、間違いなく取りこぼしが出てくる。
それがただの洞窟に損害をもたらす可能性があることは確かなのだ。
「戦力増強が必要だな」
今日の戦闘で儲けた分を含めると、所持金は181万3741Gある。
王都から地下都市まで店を巡り、新アイテムを探した。
「ある男がね、山で見つけたのさ」
ブラックマーケットの真ん中で中年女性が大切そうに布の上に大きな卵を置いていた。
『竜の卵(770万G)』
伝崎は人間の頭部をやや上回るその大きな卵に目を奪われていた。
「竜の卵? 金さえあれば……」
ある武器防具屋に辿り着いた。
モジャ頭の中年男が気だるそうに応対していたが、すこし目に付いた。
・新武器防具発見。
木の弓 3000G(攻撃力5)
鉄の弓 6500G(攻撃力70)
鋼の弓 1万2000G(攻撃力110)
木の矢 100本入り1000G(攻撃力追加0)
鉄の矢 100本入り5000G(攻撃力追加15)
鋼の矢 100本入り8500G(攻撃力追加40)
――――――――――――――――――(棚の境目)
木槍 1500G(攻撃力20)
鉄槍 9500G(攻撃力110)
鋼の槍 1万8000G(攻撃力140)
――――――――――――――――――
皮鎧 2000G(防御力15)
鉄の鎧 8000G(防御力70)
――――――――――――――――――
店の片隅には一際目立つように、ずいぶんと大きいものや色づいているものが置かれていた。
・新ユニークアイテム発見。
星潜竜の長槍 122万G(攻撃力423、筋力と耐久が一段階アップ)
赤竜骨の長弓 72万G(攻撃力340、敏捷一段階アップ)
漆黒鉄の大盾 25万G(防御力270)
その中のひとつに見覚えのあるものがあった。
風の靴 101万G(敏捷三段階アップ)
売ったときの価格の二倍近くで売り出されていた。
転売されたのだろう。
この店は価格自体はそんなによくないが、品揃えはかなり良かった。
「投資したら、さらに品揃えが良くなるか?」
伝崎がそう聞くと、モジャ頭の男は独り言のように応えた。
「かもなぁ」
店を出て散策しているとある噂を聞いた。
異界の穴専門の商人がブラックマーケットの端のほうにいるという。
その場所に行ってみると顔面真っ黒の人物が風呂敷を広げて珍妙なものを売っていた。
「イセカイのモノをオモニトリアツカッテマース」
『変装セット(51万G)』
白髪や口ひげがセットになっていて、どうやら老人に変装できそうだ。
『ピアノ線(21万G)』
ぼったくりだった。しかし、糸は見えづらいし、切れにくそうである。
『防刃チョッキ(101万G)』
この世界でどの程度通用するのか謎だった。もしかしたら現代技術は。
「なるほどなるほど」
異世界人しか理解できないような代物ばかりだった。
伝崎は防刃チョッキを指差して聞いてみる。
「試しに切りつけていいか?」
「イイデスヨ」
セシルズナイフを取り出し、また閉まって懐剣術を発動し、全力のアウラを込めるだけ込めて。
防刃チョッキを刺した。
だが、きっかりとそのチョッキは止めた。セシルズナイフを引いた後、そのチョッキを見てみるが傷一つ付いていなかった。
「さすが現代技術だな……」
「マタミニキテクダサイ」
ひさびさにダンジョンマスターギルドに行くと、受付の隣の部屋の入り口に勇壮な青年が立っていることに気づいた。
服装が統一された規格の白い制服だ。片手にはムチを持っていた。
「スキル訓練なら請け負うぜ」
木製の掲示板に「初級メニュー」が書かれていた。
交渉(費用43万G、取得時間1日)
罠設置(費用140万G、取得時間2日)
罠解除(費用120万G、取得時間3日)
罠探知(費用84万G、取得時間1日)
(ひとつひとつが高いな。エリカのスキル訓練を受けられたら無料なんだが……)
訓練士と思しき青年が付け足すように言う。
「ダンジョンの評価が上がれば、さらに新しいスキルの取得も可能になるぞ」
それはちょっと無理なんだ、と思いながら伝崎は立ち去った。
今回の散策で分かったこと。
――金だ。
それが戦力増強の質を決定する。
金さえあれば、ダンジョンの可能性がありとあらゆる意味で拡大するということだ。
つまりは、ダンジョンの利益を増やす方法を考えることがすべて。
お金を稼ぐ→戦力増強→強い敵を倒して大金を稼ぐ→大いに戦力増強。
この好循環が生まれるようにすること。
「竜の卵だ」
気づいたら自然と口走っていた。
「そうだ、竜の卵だ……」
伝崎はとりつかれたように繰り返していた。
あの竜の卵が売れる前に素早く手に入れるには、もっともっと桁違いにダンジョンの収入を増やさなければならなかった。
だが、今はそれ以上に解決しなければならない問題があった。
一通りすべて見終えたら、ただの洞窟の戦力増強を開始した。
内実は、新部隊編成に近かった。
スケルトンを8体買った(22万4000G)
鉄槍を10本買った(9万5000G)
第二骸骨槍兵団を結成。
第一軽槍歩兵団から2体のスケルトンをそこに移動させた。
スケルトン10匹編成になった。鉄槍を全スケルトンに装備させた。
ゾンビ×2体を買って(3万G)、そのゾンビに第二骸骨槍兵団に移動させたスケルトン2体の装備を一式与えて第一軽装歩兵団に補充した。
どれだけ密集させても、広場の入り口を完全に取り囲むほどの兵員になった。もはや、これ以上兵員を増やしても槍や剣などの近接攻撃では攻撃自体が加えられないほどになったのだ。
さらにゾンビ×10体買った(15万G)
鉄の弓×10個買って装備させた(6万5000G)
木の矢を3000本買い与えた(3万G)
俊敏だからすぐ行き来できるだろ?って聞いたら、白ゴブリンはうなづいたので。
白ゴブリンに鋼の弓を一個買って装備させた(1万2000G)
第三白弓兵団を結成した。
今回の強化すべてに掛かった費用は、しめて60万6000Gである。
アイリスの店を失ったことでかなりかなりモンスターの値段が高くついた。
ギルドカード(二割引)や交渉スキルを使って、なんとか粘って粘って40万3200Gまで値切った。
所持金は181万3741Gから141万541Gになった。
――――――――――――――――――
第一軽槍歩兵団。
指揮官、軍曹。
10匹のゾンビ。槍兵部隊。装備(鉄槍、皮鎧、木の丸盾)
軍曹の指揮により実に高い結束力を保つ。
――――――――――――――――――
第二骸骨槍兵団。
指揮官、リリン(伝崎が留守のときは全軍の総指揮も兼ねる)
10匹のスケルトン。槍兵部隊。装備(鉄槍)
リリンはスケルトンとの対話にてこずっている。
――――――――――――――――――
第三白弓兵団。
指揮官、白ゴブリン。
10匹のゾンビ。弓兵部隊。装備(鉄の弓)
白ゴブリンは孫に話すように弓の打ち方を教え始めた。
――――――――――――――――――
部隊の総攻撃力が1375から3000を超えた。
第一軽槍歩兵団が一人ないし二人倒し、第二骸骨槍兵団が確実に二人倒す(リリンの魔法も合わせる)そして、第三白弓兵団がほぼ二人倒しうる(白ゴブリンの弓スキルはなかなかで、器用もB-と高かったので活躍しそうだ)
全軍を見渡して、伝崎は言う。
「これだけの攻撃力があれば、キキが抜けても大丈夫だ」
ただの洞窟の広場は、ぎゅうぎゅうになっていた。
所狭しとモンスターたちが並んでいる。
「右に動け」
密集すると端っこのモンスターが押しつぶされるようにして盛り上がる。
訓練どころではなくなっていた。
伝崎は眉間に指を当てて数秒間考えてから。
「掘れぇええええ」
ひたすら昼間は広場拡大に尽力させるようにした。
えっさほいさと鉄のクワを使ったりしてゾンビやスケルトンたちがただの洞窟の壁を掘り始めた。訓練は一日のうち、二割だけ当てられることとなった。
キキは一人、奥の通路でアイスの撃ち込みを始めていた。
伝崎は白ゴブリンに歩み寄ると、袋から金をいくらか取り出す。
「これで田畑はできるよな?」
25万Gの金貨を白ゴブリンに渡した。
「おおーこれはこれは。20石の収穫間違いないですぞ」
所持金が141万541Gから116万541Gになった。
伝崎は夜になると白ゴブリンを帯同して田畑に行った。
田畑予定地の草はずいぶんと切り取られていて、土が裏返されて月の光があたっていた。ゾンビやスケルトンたちが作業に当たっている光景は奇妙だった。膝が痛そうにスケルトンが自分の足を叩いている。
切り開かれた場所には、苗や種がぽつぽつと植えられ始めていた。
ただの洞窟の食料生産力は、20石になった。
年間20人分の食料を生産できるようになったのである。
王国歴198年2月23日。
3パーティ目の戦闘後。
「こんなの……ちょっとした軍隊じゃんか……」
それが彼の最後の言葉だった。
ただの洞窟の広場の入り口では冒険者たちが体中に矢を浴びまくって息絶えていたり、体中穴だらけになって仰向けになっていた。それこそ死屍累々といっても過言ではないほどに一方的に倒された死体が無造作に転がっている。
五人パーティが現われたが、ほとんど成すすべが無かった。
矢はやや的外れなところに行っていたりもしたが、それでも十分に火力は足りていた。これからさらに矢の精度が上がるにつれて火力が上がっていく。
それにしても冒険者たちは、ギルド新聞を見て-Fランクのただの洞窟だと思って来たら、この有り様だったのだろう。
しかし、ギルド新聞はそれでも評価を動かさない。
その不正を逆手に取った結果だった。
所持金が116万541Gから141万3031Gになった。
伝崎は大きくなり始めた広場の片隅にもたれかかりながら笑顔を浮かべる。
「順調だ」
伝崎がフォローする必要すら無くなってきた。
お金をつぎ込んで強化した戦力が効いていた。
最初の一回の攻撃で壊滅させられる。
もはや、初級パーティ相手にはリスクすら存在しなくなっていた。
伝崎は手をぶらぶらとさせて、自分自身に生まれた時間の使い道に思いを巡らせる。
「そういや、自分をどうやって育てるか考えてなかったな」
独り言を口にしながら、ただの洞窟の天井を見上げる。
改めて自分のアウラに意識を集中させて、どのスキルを上げるのかを考えてみる。
交渉B+。洞察B++。迷宮透視D。懐剣術EE+。見切りD+。心眼E+。煙玉E。転心A。投げ縄E。道しるべE。
武器スキル。
短刀C+。
さらにどのステータスを上げるべきなのか。
無LV14
筋力C-
耐久E+
器用AA
敏捷A
知力A
魔力F
魅力BB+
どのスキルやステータスを上げることが自分を強くし、ひいてはただの洞窟にとって有益なのだろうか。
伝崎は考えなければならなかった。
いつかただの洞窟に来るであろう中級冒険者。
そして、上級冒険者たちの脅威に備えるために。