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ひらめき

 噴水がある広場に人だかりができているのを見つけた。

 人々が注目している先には木製の掲示板があった。

 王国専用掲示板というところに、こう書かれていた。

『王国にとって危ないと思ったことは何でも宮廷魔術師ドネア様に伝えよ!

 白いゴブリンを目撃した者はその情報を提供せよ。

 有力な情報を提供したものには金塊一つ(2500万G相当)を与える』

 伝崎は特定の文字だけを見直す。

「白いゴブリン?」

 オッサンが袋から頭を出して言う。

「おいおい、お前が買ったやつじゃねぇかぁ?」

「これは……どういうわけだ」

 伝崎は推測を巡らせる。

(あの白いゴブリンのじいさんを探してるのか?

 確かに有能な人材だが……王国は田畑を耕すのにも行き詰っているのか?)

 掲示板には他のことも書かれていた。

『ちなみに関係なく賢い奴や能力のある奴は全員取り立てる! 家柄も前科も問わない』

 伝崎はすこし納得したようにうなづく。

(なるほど、宮廷魔術師ドネアっていうやつは人材集めを行っているんだな。

 えらく頭の良いやつじゃないか。白いゴブリンもその流れの一環か?

 しかし、この世界の価値観がどうなってるか知らないが、モンスターまでも取り立てるつもりなのか?

 もしも封建制度が基本にあるのなら、つまり家柄や出自が問われるような世界ならば人間以下のモンスターを取り立てるなんてありえるだろうか?)

 そもそも異世界人である以上、王国の価値観について精通しているわけではなかった。

 伝崎は両腕を組んで推測を深める。

(『家柄も前科も問わない』と書かれているところを見て、そういう話の場合もあるが。

 白いゴブリンは別の目的で探されている可能性もある。

 わからない。確かなのは俺がそのモンスターを有している以上、報告すれば2500万Gを得られる可能性がある……)

 だが。

 伝崎は誰にも聞こえないぐらい小さい声でつぶやく。

「何億G積まれたって渡さねぇよ」

 どれだけの価値があるか計算できないほどの人材だと思っていた。

 これから莫大な利益を生む存在だ、と。

 伝崎は掲示板の他の内容にも目を通す。

『髪の蒼い忍者っぽいやつを報告せよ。有力な情報を提供したものには金塊三つ(7500万G相当)を与える!』

 この抽象的であいまいな記述の数々。

 おそらくは。

 もちろん結果は、王国の信用度によって違うだろう。

 そう、すべてはそれによって決まる。

「すこし考えすぎたな」

 伝崎は笑顔をまた作ると人ごみをかきわけて王都を歩いていく。

 袋から出てきたオッサンが肩をよじ登り、耳元で聞いてくる。

「儲け話だが、どうすんだぁ?」

「あのじいさんを渡す気はない」

「それはわかってらぁ。髪の蒼い忍者っぽいやつを捜すのかってことだよぉ」

「ああ、それね。俺は探す気なんてさらさらないぜ。

 見つけてる暇があったら他の儲け話を探すね。

 酒場とかどっか行ってな。第一そんなやつ見つかりっこないんだよ。見つかってるなら今ごろ報告されてる」

 そう話しながら近くの酒場に入ると、蒼髪の忍者忍者した青年がカウンターのど真ん中に座っていた。

 黒装束の服装から刀を背中にかけているところから何から何まで忍者っぽいのである。

 一重の目の細いその青年は、店の看板娘相手に異常なほど一人語りを展開している。

「あ、オレの名前? リョウガだよ。リョウガ。え? なんで忍者なのに隠れてないかって?

 いや、気づいたんだよ。隠れてたらまともにデートできないって。

 いやだから隠れてたら彼女ができないってことに気づいたわけ。

 もうオレも20だよ? さすがにデートしたいわけじゃん」

 伝崎は腰を抜かした。

 とっさに地べたを這いながら酒場から出る。

「おったぁあああ……」

 そして、もう一度のぞくと、やはりそこには蒼い髪の忍者っぽいやつが看板娘を口説いているのである。

「で、君はいつデートしてくれちゃうわけ?」

 リョウガと名乗るその青年の唐突な言い草に、その看板娘は軽くあしらうように背を向けた。

 洞察スキルを発動する。

 しかし、リョウガはアウラを隠しており、その職業とレベルまでしかわからなかった。

 影忍LV71。

 オッサンが興奮気味に襟袖の服を引っ張って言う。

「まさに笑うかどには福来るじゃねぇかぁ。有力な情報ぉ! 金塊三つ、7500万G相当だぞぉ!」

 伝崎は足に力を入れて立ち上がる。

 服を整えて、もう一度その姿をしっかりと見ようとするが。

「では、バイに♪」

 リョウガはそう言うとドロンという音と共に白い煙を立ちのぼらせる。

 手の動作が速すぎて煙玉を投げる瞬間すら見えなかった。

 通常の煙玉では考えられないような勢いで酒場から煙があふれだしていく。

 とっさに伝崎は入り口から身をひるがえす。

 煙が大砲のように飛び出して反対側の魚屋にぶつかる。

 活きの良い魚がはねあがり店主のあごにあたった。

 数秒足らずでここら五軒近くが煙まみれになると、そこかしこから咳き込む声が聞こえてきた。

 煙玉のスキルが高いのだろう。威力が高かった。

 煙が消える頃には、リョウガは姿を消していた。

 あまりにも素早い姿のくらまし方だった。

 酒場の看板を見直す。

 王都の三十四番通りの酒場だ。ここにいたということを話せば王国は報奨金を支払ってくれるだろうか。

 伝崎はすこし考えてから低い声で言う。

「いや、報告するのやめとくわ」

「なんでだぁ?」

「なんつーか、これ有力な情報か?」

「有力じゃねぇかぁ?」

「おそらく王国は、あのリョウガを仲間にしたいか捕まえたいと思ってる。

 だからなんとなく分かる。ここにいたってことを話しても王国は有力な情報だと認めねぇよ」

「んー? どういうことだぁ?」

「つまり、王国はあいつを捕まえられないってこと」

 そう断言すると、オッサンは眉をひそめる。

 伝崎は酒場に向かって視線を投げかけ、冷静な表情で続ける。

「俺のことを瞬間的に警戒してた。というか、酒場全体を常に意識してた。

 それでなんかまずいと思ったから逃げちまったわけだよな。

 ごほごほっ、この煙玉の威力といい。あいつは玄人だぜ。

 もう一度この酒場に来ないって直感がいってる」

「ほーぅ」

「一番は『ここにいた』ってどうやって証明するんだってことだな。

 証言だけでか? 口裏合わせなんてあんな高額の金塊が貰えるなら誰だって協力する。

 つまり王国は話を信じないし、仮に信じたとしても有力な情報だとは認めないだろうな。

 まぁ俺自身もこの王国をまだ完全には理解していないし、信用しているわけじゃないってこった」

 伝崎はカウンターに1万Gを置くと、注文した。

「ま、とりあえず飲もうや」

「お、いいじゃねぇかぁ」

 オッサンと酒を酌み交わしながら考える。

 本当に賞金が欲しければ、だ。

 間違いなく言えることは。

 ――リョウガを捕まえでもしなければいけないということ。

 そのために必要な条件や能力を満たしていなかった。

 昼間からホロ酔い気分になると、伝崎とオッサンはくだらない冗談を言い合いながら笑い転げる。

 情報収集だ、情報収集と言いながら酒をあおり続けた。

 所持金が100万3540Gから99万3540Gになった。

 酒場には様々な情報があった。

 特に目についたのは賞金首たちの紙切れだった。

 163万Gの窃盗団の頭領ミネア、250万Gの暗殺者ドンパル、142万Gの悪徳商人ポルなどなど。

 どいつもこいつも悪党面で描かれていた。

 その中の一つに際立って賞金額が高いやつがいた。




 強戦士ストロガノフ・ハインツ。

 賞金額6650万G。

 ゼネバ教団から戦神の斧を盗み出し、サンポックの傭兵団を壊滅させ、リリアル山の少数民族を半滅させた張本人。

 その他、多数の悪虐の限りを尽くしており、前代未聞の大悪党。

 本人の首もしくは戦神の斧を提出したものに賞金を支払うと張り紙には書かれていた。

 ストロガノフの絵は特にひどく、本人とは似ても似つかないほど目の周りにクマのある悪党面で描かれていた。

 力比べのときのあいつなのか?と伝崎はいぶかしげにふと思い出していた。




 地下都市。

 アイリスの店に向かうためにブラックマーケットを横切っていた。

 通りの左右には様々な店が立ち並んでいるが、その汚さといったらなかった。

 元はといえば、ここは炭鉱だったのか店の壁から人の服まですべてが黒くすすけていた。

 人々が行き交う中を歩いていると、「どろぼう!」という声が聞こえてくる。

 しかし、誰もそれを助けようとはしなかった。

 そこら中で犯罪がまかり通っているようだ。

 伝崎は大金の入った袋をしっかりと両腕で抱えて、スリに合わないように気をつけるようにした。

 地下都市の片隅に行くと、アイリスの傾いた店が見えてきた。

 その中に入ると、カウンターには誰も見えなかった。

 しかし、裏をのぞいたらアイリスがカウンターの下で頭を抱えて隠れていた。

 店の檻には、もうすでにゾンビ二匹とスケルトン一匹が追加されている。

 伝崎は快活に声を上げる。

「おーう、早いじゃないか」

 たかだか、二、三日立ち寄らなかっただけで、これだけの数を取り揃えるようになってきていた。

「一日一匹ぐらいのペースでモンスターを捕獲できるようになったんだな」

 アイリスは申し訳なさそうに言う。

「……はぃ」

「もしも、さらに10万G投資したらどうなる?」

「……にぃ、二匹になるかも……」

「まじか!」

 アイリスはビクっとした後に「はぃ」とだけ言って、また頭を抱えてカウンターの下に隠れてしまった。

 一日二匹のペースでモンスターが追加されるようになるとしたら、それを手に入れたり、あるいは転売するだけでもすごい儲けの増大だった。

 伝崎は興味が湧いてきた。

 さらなる投資の先である。

「100万G投資したらどうなる?」

「……五匹……ぁと……新モンスター」

「おおおおおお」

 一日五匹ずつモンスターが増えていって、さらに新モンスターが追加されるということか。スケルトンよりも上位のモンスターが仕入れられるのだろう。

 考えるだけでワクワクしてきた。

 手元から100万Gを取り出して投資したい気持ちに駆られる。

 だが、伝崎はひとしきり店を見渡した後に考え込んだ。

(最高だ。最高なんだが、なんか違うんだよな。

 俺が求めてるダンジョン経営成功の決定打、インスピレーションを探してきてみたんだが……明らかに違うことだけはわかる)

 もうすこしだけ考えてから投資するかどうか決めようと思った。

 他にも白ゴブリンのじいさんとかあるし、新しいアイテムがブラックマーケットで売り出されている可能性もあったからだ。

 何より、ひらめきを求めていた。

 圧倒的な成功をもたらす何かを。

「今日はこれくらいにしとくわ。いつもありがとな」

 伝崎は店からさわやかな笑顔で出た。


 すると、そこには通りの往来を明らかに邪魔する男が立っていた。


 肥え太った巨漢、ダンジョンマスターのズケだった。

 ズケは食いかけのパンのようなものを振り回して話す。

「で、で、伝崎のくせになんで楽しそうなのかつけてみれば……こういうことかよ」

 手元のパンのようなものを投げ捨てると、突拍子もなく宣言した。

「とりあえず、この店は今日から俺様の専属!」

 憎たらしい肥え太った腹を揺るわせて、わけもわからないことをズケは言うのだ。

 アイリスの店は、ただの洞窟のアキレス。

 モンスターダンジョンを効果的に作るためには不可欠。

 渡すわけにはいかなかった。

 伝崎は苦笑しながら紙を取り出す。

(このときのための……このときのための、だ)

 突き出して見せたのは、アイリスの店との契約書だ。

「この店は俺の専属として王国の法律で保護されてる」

 伝崎がそう言うと、ズケが目を開いてツバを飛ばし叫ぶ。

「馬鹿が!! やっぱお前は並み以下、低脳、クズ同然」

「悔しいのか?」

「ここは地下都市。ここはブラックマーケット。

 王国の法律が届かない場所だからモンスターが売られてんだろうが!

 違法地帯を守る王国の法律なんかあるかよ!」

 伝崎は、あっけにとられて難しい顔をする。

 異世界人であるがゆえだった。

 この王国の文化や考え方、さらには法律の仕組み、地下都市の性質について知らなかったのだ。

 契約書はあくまでも通常の店を想定されて作られたものだった。

 伝崎は、くしゃくしゃに紙を破り捨てて踏みつける。

 ズケは調子づいて指図するように人差し指を地面に向ける。

「い、いいか。ここのルールを俺様が教えてやる。ここでは力がすべて! 力こそが正義なんだよ!」

 ズケが雇ったと思しき冒険者が路地裏から、ぞろぞろと出てくる。

 一人、二人、三人、四人。

 計、四人近くの冒険者たちがズケに近づいてきて、その周りをがっちりと取り囲んだ。

 狂戦士LV46、モンクLV44、グラディエイターLV46、ソーサラーLV41。

 狂戦士は大きな剣を肩に乗せ、モンクは両手を前に出して構え、グラディエイターは槍をぶらつかせ、ソーサラーはメイジをわずかに光らせているのである。

 総じて、中級冒険者たちである。

 周りを囲んだやつらは一番早いのでB+の敏捷しかなかったが、この複数対一という状況が伝崎を歯がみさせる。

 だが、それよりも一人だけどうしても看過できないやつがいた。

 物陰をよく見てみると、いた。

 特にこいつがやばかった。

 大弓士LV67。

 エルフっぽい耳の尖ったロン毛の男が数メートル先の物陰からひとり抜かりなく、弓の弦を引き絞っているのである。

 近くの店の箱積みの山から顔を出している。

 その大弓士の敏捷はA+。

 器用はAA。

 生半可なことでは回避することができない雰囲気があった。

 ズケは冒険者の影に隠れながら笑みを浮かべて。

「悔しかったら俺様にかかってこいよ? ぶち殺してやるよ。

 へ? どうしたんだ? 今までの威勢のよさはどこにいった?」

 たとえばの話。

 戦士たちの初撃をうまく回避したとしよう。

 しかし、そのとき足を継ぎ足した次の瞬間にあの大弓士の攻撃がかぶさってきたら、それだけで終わりだ。

 逆に最初に大弓士の攻撃を回避したとしても、その次に戦士たちの攻撃が来たら。

 伝崎の耐久はEしかない。

 どいつの攻撃も一撃食らっただけでおそらくは致命傷。

 伝崎は微動だにできずに視線だけ動かす。

 近くの路地裏までの距離は、五歩以上あった。

 もしも、もっと相手よりスピードがあれば、もしもあの大弓士を最初にしとめることができれば、もしも踏み込みの範囲が広くて二撃目を受けないところまで行けたら。

 どう考えても無理だった。

「ち……」

「ぶっははっはあははは。何もできないでやんの。

 謝れ! 今までのすべての態度を謝れ! そしたらな、命だけは助けてやるかもよ?」

 伝崎は煙玉を使おうと背広のポケットに手を入れようとした。

 そのとき、大弓士の目が明らかに光った。

 何らかのスキルを使ったのが分かった。

 弓の弦が鮮やかに輝き出して、どこに移動しても矢が当たるイメージしか湧かなくなった。

 ――半端じゃないプレッシャーだった。

 とっさに、伝崎は手の動きを止めた。

 大弓士の手が止まったように感じた。

 あとほんのすこし力を抜いたら、弦から矢が解き放たれて伝崎の胸を貫くのが想像できるのだ。

 伝崎は両手を上げて、ゆっくりと膝を折り、頭を下げて、その額を地面につける。

「す、すまなかった……」

 謝ることには慣れていたけれど。

「ぶっははははは。二度とエリカ様に近づくなよ。

 近づいたら殺すだけじゃねぇぞ。

 てめぇのダンジョン壊滅させた挙句、拷問して殺してやるよ」

(こいつだけは……)

 ちょっとした勘違いだけで、ここまでやってくる。

 その人間性。

 額を地面につけながら。

(こいつだけはやらなきゃならねぇっ)

 そう思った。

 今の力では無理だが。

 伝崎はゆっくりと顔を上げた。

 目は、もうすでにどこまでも前を見据えていた。

「な、な、なんだその目は? なんなんだ? いつか復讐してやろうって気まんまんの目しやがって」

 伝崎はとっさに頭を下げる。

 ズケは近づいてくると伝崎の頭を蹴飛ばしてツバを吐き捨てる。

「何もわかってねぇな! お前の成功なんてありえねぇえんだよ。

 よく聞け。お前のダンジョンの評価は絶対に上がらねぇ」

 伝崎は頭を押さえながら疑問をその表情に隠さない。

「……?」

「おっと口がすべったか。い、いや、もういいか。もう言っていいよな?

 お前はもう立ち上がれないもんな。この店奪われて未来がないもんな」

 ズケは後ろに下がりながら冒険者の影に隠れて。

「お、教えてやるよ。ダンジョン経営ってのはダンジョンの評価で決まる。

 その評価は毎日毎日それを発表してるギルド新聞が決めるわけだが、そのギルド新聞の支援者はこのズケ様なんだ!

 だから俺様が評価を上げるなって言ったら、もうどんなことがあったって評価が上がらねぇんだよ」

 スポンサーの力というやつか、と伝崎は思った。

 ズケの話が本当だとするならば、だ。

 もう。

「わ、わかったら永遠に地べたを這いずり回っとけよな」

 そう吐き捨てると、ズケは冒険者たちを引き連れて店に入ろうとする。

 だが、何かを思い立ったのか立ち止まって振り向く。

「あ、あとこの店には俺様のボディガードを常駐させるからな!

 変な気起こしてやってきたら即刻処刑だぞ。わかったら散れ! 散れ!」

 伝崎は立ち上がると、早足でその場から立ち去った。

 黙って人ごみの中を歩き続ける。

 長い沈黙の後。

 オッサンが心配そうに聞いてくる。

「これからどうすんだぁ? 伝崎ぃ」

 徹底的に踏みにじられ、奪われ、未来を絶たれたこの状況にあって。

 伝崎の脳天を電撃が貫く。

 宇宙的なインスピレーションが最低最悪の状況から降り注いできたのだ。

 伝崎は乾いた声で言う。

「はは、笑うかどには福来るってのは本当だな」

 ――求めていた答えをたぐりよせた。

「おいおい、大丈夫かぁ?」

 伝崎は黒服の泥を払うだけ払って、力強く言い切る。

「ダンジョン経営、ぜってぇ成功させてやるよ……」

 右手を握り込み、体中からアウラを静かに燃え上がらせた。

 全力でインスピレーションを生かしきる行動に乗り出した。




・伝崎が失った権利。

 アイリスの店。

 エリカのスキル訓練。

 ギルド新聞の評価。




 噂好きの街人ポール(LV14)は、とある噂を聞いた。

 最近、唐突に王都の片隅でささやかれ出したものだ。

 ――ただの洞窟には大金が落ちているという。

 しかし、誰も信じなかった。

 もちろんのことながら、ポールも例に漏れず信じていなかった。

 だが、噂好きとして、噂の真相とやらを先取りして話すのが好きだった。

 噂を噂として、もてあそびながら、である。

 ポールは、しゃくれたアゴをまるで道先案内として利用するかのように突き出して、ただの洞窟の狭い通路をランプ片手に歩いていた。

 足元はでこぼことしていて通路と呼ぶのも怪しい洞窟の穴道と言ってよかった。

「こんなところにあるわけないよな……」

 そう言いながら十数歩進めたときに、足に何かぶつかり金属音がした。

 何かを蹴飛ばしたようだ。

 きらりと光るものが見えた。

 近づいていくと、そこには金貨が一枚落ちていた。

「おっ」

 ポールはラッキーだと思った。

 金貨一枚。

 1万Gは、それだけで一ヶ月の三分の一の食費になったり、一晩ぐらいなら安い酒を浴びるように飲める金だったからである。

 その金貨一枚を拾い上げると土を軽く払って服のポケットに入れる。

 ポールはにんまりと笑顔になる。

 頭には音符が浮かんでいた。

「まさかな……」

 とはいえ、噂を信じたわけではなかった。

 だが、何かがあるに違いないことを直感し始めていた。

 延々と細い通路を歩けば歩くほどに胸が高まり始める。

 ランプがてらてらと映し出す先に、何か通路とは違う開けた場所が見えた。

 一瞬、何かが強烈に反射するのが見えた。

 金色の何かだ。

 ポールは走り出して広場に出た。

 そこには金貨が無数に山積みにされており、小山ができていた。

 一、二、三、とざっくり数えていくと数十以上あることがぱっとわかった。

「これは……と、とんでもねぇ」

 ポールは息を飲み込んだ。震える足を両手で叩いて駆け寄る。

 次の瞬間。

「でううぅはははははっはは」

 けたまましくも鈍い笑い声が両耳を揺さぶる。

 周りにゾンビたちが群がってきて笑っているのである。

 ポールは絶句して腰を抜かした。

 だが、ゾンビたちは笑っているだけで攻撃してこなかった。

 ポールはそのお金に手をつけることもできず地べたを這いながら逃げ出した。



 ただの洞窟の来客数。

 王国歴198年2月18日。

 0パーティ。


 王国歴198年2月19日。

 1パーティ目。剣士LV12。船乗りLV11。

 2パーティ目。街人LV14。斧戦士LV16。戦士LV13。弓士LV11。


 王国歴198年2月20日。

 1パーティ目。槍戦士LV13。商人LV18。僧侶LV16。

 2パーティ目。シーフLV11。魔法使いLV19。

 3パーティ目。戦士LV17。踊り子LV12。

 4パーティ目。農民LV11。村人LV15。


 王国歴198年2月21日。

 1パーティ目。狩人LV15。白魔道士LV18。

 2パーティ目。戦士LV13。占い師LV20。

 3パーティ目。獣使いLV14。


 三日の間に計9組の初級パーティがただの洞窟のダンジョンに吸い込まれていった。

 72万G201Gの売り上げだった。

 戦力増強を徹底していたこともあって損害はゼロだった。

 伝崎の所持金が170万3741Gになった。



 この三日間でただの洞窟のモンスターのレベルが上がった。


 ゾンビたちの平均レベルが10から14に上がった。各種ステータスが向上した。

 スケルトンたちの平均レベルが3から7に上がった。各種ステータスが向上した。

 軍曹のレベルは20から変わらず。

 キキのレベルは4から6に上がった。戦士系にとどめを刺したことによって筋力がFからF+になった。耐久がEからE+になった。

 リリンのレベルは35から36に上がった。戦士系にとどめを刺したことによって筋力がFからF+になった。

 伝崎のレベルは13から14に上がった。耐久がEからE+になった。

 戦闘に参加していない白狼ヤザンと白ゴブリンのレベルは変わらなかった。




「どうなってるデスか……」

 ただの洞窟の広場でリリンは驚きの声を漏らしていた。

 ここ三日間でどっとパーティが押し寄せてきていたからだ。

 100万Gの財宝を備えたCランクダンジョンでさえも、一日に平均1パーティ程度しか来ない。

 にもかかわらず、ただの洞窟は一日に平均3パーティも来ていたのだ。

 今まであれほど人が来なかったというのに。

「期待以上だ」

 伝崎は片手を腰に当てて言い切った。

 リリンは振り返る。

 伝崎は手を上げて説明を始める。

「Cランクダンジョンが100万Gを用意するのと、-Fランクダンジョンが100万G用意するのとでは全然違うんだよ。

 -Fランクのほうが圧倒的にその期待のラインを超えてる。

 フィーバーするしかないよな」

 リリンが唇を結んでうなづくのに対して、肩の上のオッサンが聞いてくる。

「そこのあたり、もうちょっとイメージできるように説明してくれないかぁ?」

「いいか。日本にいたとしてオッサンが自動販売機でなんか小銭が落ちてないかと探してたとする。

 あるかないかあんま期待してないよな? そんなとき100万円があったらどう感じる?

 100万円が自動販売機に刺さってんだ。驚きのあまり言葉を失うよな? それが期待以上なんだよ」

 ほぅほぅとオッサンがうなづく。

 伝崎はまた別のたとえを話し出す。

「近場の公園に100万円が落ちてるのを想像してみろ。

 100万円だぞ。

 それを見つけたときの驚き。

 それなんだよ。それが話を膨れ上がらせる。噂を圧倒的に広める。

 しかもその100万円は取ったもん勝ちだと分かってる。

 だが、そこにはちょっとのろまだが危険な動物たちがいて邪魔してる。

 一人では厳しい。誰だって腕っぷしの強い友達集めて寄りたくなるよな?

 話をして仲間を集めようとするよな。そのときに漏れた話がすごい勢いで伝染していく。

 ただの洞窟に来るってのは丁度そんな流れなんだよ」

 伝崎は王国の価値観にすべて精通しているわけではなかった。

 しかし、1万Gがおよそ1万円に換算できる以上、客の金銭感覚を読み通すことができた。

 そしてカリスマ店長の経験から客の心理を理解し、読み切ることができていたのである。

 伝崎は人差し指を立てて。

「それに対して、Cランクダンジョンの場合は違う。

 100万円が落ちてるには落ちてるが、それは当たり前なんだ。

 驚きも何もない。動物園にトラとかゴリラがいるのと同じだ。

 で、そのトラとかゴリラを倒すのにお手軽感なんてのはない。

 だから一日1パーティが限度なんだ。結果、ただの洞窟との集客力に三倍の差が生まれる。

 同じ100万Gの財宝を持ってても、すごい開きが生まれる」

 リリンは首をころりと傾けて質問してくる。

「これはいつまで続くんデスか?」

 通常ならば、このフィーバーは一時的なもの。

 ただの洞窟の評価が上がればお開きとなる。

 だが。

「どこまでも続くさ。ただの洞窟ではな」

「ど、どうしてなんデスか?」

 リリンは声を詰まらせ、目を白黒させる。

 伝崎は笑みを浮かべつつ話す。

「ズケだ。ズケっていうダンジョンマスターのおかげだ。

 やつはギルド新聞の支援者でな。その評価を操作できる。

 俺を妨害するためにただの洞窟の評価を上がらないようにした。

 だが、ズケは商売のイロハがわかっちゃいなかったんだ」

 伝崎は手を開いて、ただの洞窟の地面を叩く。

「評価が上がらなけりゃ、ただの洞窟は-Fであり続ける……」

 数秒だけ間を置いてから鼻息荒く宣言する。

「延々と『期待以上』を重ね続けられるんだ!」

 その声はただの洞窟に木霊した。

 リリンとオッサン、ゾンビたちからスケルトンに至るまで、胸をのけぞらせていた。

 しまいにはキキまでもがその迫力に押されて尻餅をついていた。

 妨害のための工作が結果として、ただの洞窟に「期待以上」という特性をもたらしたのである。

 本来ならば上がり続けるハードルが、常に低いハードルであり続ける。

 それが、多くの客を爆発的に呼び込む原動力になる。

 伝崎の商売魂がすごい勢いで燃え上がる。

「今だ。今がすべての勝どきだ!」




 リリンはふとあることに気づいたが、言わなかった。

 ただの洞窟の「評価が上がらない」ということの真の意味を。

(伝崎様……それは逆に言えば伝崎様のゾンビ化が避けられないということを意味しませんか?)

 評価が上がらなければ、女魔王の命令は果たせなかった。

 Dランクダンジョンにしろ、という命令である。

 女魔王は最近フルーツを食べながら、しみじみとつぶやく。

「ああ、待ち遠しいわ……ずっと側にいられるようになるもんね」

 つまり、ゾンビ化を楽しみにしているわけで。

 その期限は明白に存在していた。

 伝崎のゾンビ化まで、あと2ヶ月と14日。




 偽勇者はただひたすらに眠る。

 ビザンビークの宿屋の一室。

 彼のベットの周りは、薄紫色に輝くレジェンド級の三角形の結界に守られていた。

「なるほど……」

 偽勇者は、はっきりとした寝言をつぶやく。

 夢の中で何かに気づいたのかもしれない。

 アウラが一瞬輝く。

 知力がS++からSSに向上した。

 偽勇者はただひたすらに眠る。

 目覚めのときを目指して。

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