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時間効率

 現在の王国歴は198年2月17日。

 伝崎のゾンビ化まで、あと2ヶ月と19日。

 王国歴で言うとその日の期限は198年5月5日。

 それまでにダンジョンをDランクにしなければゾンビ化が決行される。

 農耕期限は3月末。

 竜覇祭の開催日は198年3月4日。




「少ないな……」

 伝崎は森の中で軍曹とゆっくり歩きながら考えていた。

 肩の上に座り込むオッサンが聞いてくる。

「なにがだぁ?」

 木々の隙間から見える太陽の動きを見て、もう十時間近く散策していることがわかった。

 そろそろ夕暮れが近づいており、日差しも赤みを帯びている。

 にもかかわらず、あれっきりモンスターと遭遇できていなかった。

 伝崎は一旦考え込んでから両腕を広げて話し始める。

「いや、十時間散策して遭遇したモンスターの数が六匹。一時間当たり、一匹以下しか出合えてないことになる」

「そういうことになるなぁ。それがなんかマズいのか?」

「時間当たり、強いモンスターにどれだけ多く出合えるかでレベルアップの効率が決まるからな。

 こういう遠征のレベルアップの効率っていうのは、どれだけ人材を育てられるかっていうスピードに直結する。

 人材はダンジョンの戦力の重要な要素。冒険者をどれだけ殺せるかに影響を与える。

 ダンジョン経営にすげぇ影響してくる」

「そんな人材の育成スピードが重要なのかぁ?」

「まぁ、二ヶ月以内にダンジョンをDランクの評価にするのは簡単。

 ゾンビ化なんて怖れてない。

 だがな、俺の社会復帰が掛かってる以上、『時間効率』が重要になってくるんだ」

 時間効率とは、時間当たりの効率性のことである。

 社会人からゲーマーに至るまで、時間当たりにどれだけの高い効率をたたき出すのかは重要なテーマなのだ。

 伝崎は頭をかきながら。

「ダンジョン経営に十年近く掛かってみろ。さすがの俺も三十代後半。

 十年以上行方不明になってましたとか言うつもりはねぇ。

 だが、空白期間が十年もあって三十越えてりゃ、それだけでまともな職に就くのが難しくなる。

 つまりだ、社会復帰が困難になる」

「そりゃ死活問題だなぁ」

「軍曹の足が遅いってことを差っ引いても、俺の直感だと一時間一匹程度がここら辺りでは限度。

 二十四時間で二十四匹。

 こんな雑魚モンスターを二十四匹狩っても、レベルを上げられるスピードなんてたかが知れてる。

 まてまて。ここら一帯がそうだったとしても他ではモンスターの遭遇率の高い場所もあるか」

 オッサンは、しかめっ面で両腕を組んで。

「まぁ、どの地帯も人里離れなきゃ基本的にこんなもんだと思うぜぇ。

 なんだかんだでこの世界だって人間優位だからなぁ。

 もしもモンスターだらけだったとしたら今頃人間のほうが隅に追いやられてる」

「まずいな。俺は女魔王に三日以上の遠出を禁止されてる。

 だから、そんな人里離れたところになかなかいけない。

 かといってダンジョンマスターギルドに所属している以上、他人のダンジョンを襲撃するわけにもいかない。

 近場で見つけられるモンスターの巣窟ったって、そんな多くないしな。

 俺がフルーツの近場にありそうなモンスターの巣窟を掃討したら、二十四時間で雑魚モンスター二十四匹が基本になってくると思うぜ」

「うむぅ……」

「一日雑魚モンスター二十四匹が限界だとして、レベル50まで上げんのにどんだけ掛かるんだ。

 実際、一日中動き続けるなんて無理だし、一日十匹程度が基本になるだろ。

 ここら辺だと、そんなに高レベルモンスターとかも期待できない。

 こんなんじゃ50レベルまでざっと数年以上かかりそうだ……」

「まぁなぁ、こういう遠征だけで考えりゃな」

「遠征とダンジョンの戦闘は根本的に違う。遠征は人材を指定してレベルを上げられる。

 だが、ダンジョンはこちらが戦力で圧倒してる場合ならまだしも、誰が倒すか完全には指定できない。

 つまりだ、遠征ってのは人材育成の効率を規定してしまうものなんだよ」

 そう言って伝崎はうなるように考える。

 オッサンもうなるように考える。

 伝崎は深刻な表情で交互に手を上げて話す。

「なんにしても、俺には現代社会みたいなスピードが必要なんだよ……そのために何かがないといけない。

 圧倒的な育成スピードをたたき出す何か。

 アイディア、ひらめき、ダラダラやってたら俺に未来はないからな」

 軍曹がただれた顔で心配そうにこちらを見つめる。

 オッサンが伝崎の首に手を置いて、ぽつりと言う。

「もう日本での社会復帰をあきらめるか?」

「それは違うだろ。

 異国の地に強制的に誘拐されて、そこで身を沈めるなんて罪人でも嫌がることだぜ。

 俺はあきらめねぇ。何があってもあきらめねぇよ」

 そう言って、伝崎は黙り込んでしまった。

 軍曹と一緒に森の奥深く、フルーツを求めて歩み続ける。

 オッサンが気になってきたことにそれとなく触れる。

「しかし、まだつかねぇのかぁ。話だと近場じゃなかったか?」

「たぶん、迷ってる……」

 探索関連のスキルを持たない冒険者の宿命だった。




「な、なんじゃこりゃああああ!」

 迷いに迷った末、伝崎は気づいたら竜の棲む山に達していた。

 とりあえず辿り着いた山間に沿って歩いていって、銀色の竜の亡骸を見つけたのである。

 その、竜のボロボロにされ具合に衝撃を受けていた。

 内臓がくりぬかれ、そこらに血が飛び散っているのである。

 そもそも、竜の造形(背中の翼が骨、完全な骨)がおかしいので、どこからどこまで暴力によって成されたのか定かではなかった。

 リアル竜を見たこと自体にもある意味で伝崎はミーハー的に驚いていた。

 衝撃を受け、さすがに引き返すべきだと思った。

 もう一日近くは、彷徨っているのである。

 三日以内に帰らなければ女魔王の約束を破ることになる。

 何か拾えるかなと思って見回したが、銀色の竜から取れそうなものはなかった。

 体が骨ばっていて、鱗とか牙とかそういうものを期待できなかったのである。

 さりとて、骨をセシルズナイフでうまく捌いて取ったりすることもできそうになかった。

 刺そうとするとカキリと弾かれる。

 もう時間的にもやばいし、みたいなことをぶつぶつ言いながら、軍曹と引き返していく。




 近場の木の上には竜の卵があった。

 しかし、伝崎は気づかなかった。

 頭蓋骨が気づかなかったように伝崎も気づかなかった。

 探索スキルのない者が気づくのは難しかったのである。

 その竜の卵は、とある冒険者が見つけることになるのだがそれはまた別の話。




「竜! うめぇええええええええ!」

 その異様な大声に全身の毛が逆立った。

 妖精のオッサンはポケット深くに隠れ、伝崎はとっさに軍曹と木陰に身を隠しながら声の方角を見た。

 山の奥。

 頭に刺青を入れたスキンヘッドの男。

 あのリュウケン使いの頭蓋骨が竜の頭部を器にしてその生血をすすりながら歩いてくる。

 草をかきわけ、堂々とこっちに進んでくる。

 頭蓋骨自身が竜のごとき漆黒の鱗肌になっており、尋常ならざるモンスターの雰囲気を放っていた。

 鱗肌は今この瞬間にも盛り上がり、そして鱗自体が脱皮するかのようにひとつ、ふたつと落ちていく。

 変身状態だった。

 頭蓋骨のアウラからは大量の竜の顔が残像として浮かび上がっている。

 伝崎は洞察スキルを発動する。

 頭蓋骨レベル42(34レベルから8レベルアップ)のステータス。

 筋力A+ → AA

 耐久AA → S++

 器用C  → C+

 敏捷BB → AA

 知力C+ → C++

 魔力E  → E++

 魅力D  → D+

 以前より、桁違いにステータスが向上していた。

 頭蓋骨は両拳を握って叫ぶ。

「伝崎ぃいいい!」

 指名された伝崎は目を見開き、とっさに草むらに軍曹を押し込んで身を伏せる。

 スキルを見る余裕はなかった。

「今からぶち殺しに行くからな!」

 どんどんと頭蓋骨が木の側に近づいてくる。

(ちきしょう、居場所がバレてたのか!)

 成長した今の頭蓋骨に勝てる気がしない。

 しかも軍曹をかばいながら戦うなんて不可能に近い。

 さりとて、軍曹をおいて逃げるわけにもいかない。

 震える軍曹を押さえながら思う。

 この部下だけは絶対に失いたくなかった。

 どっちにしたって、桁違いにスピードが上がった頭蓋骨を振り切ることは不可能。

 自分よりも早くなっている以上、一人で逃げても無意味。

 風の靴を売ったことがこんなところで響いてくるとは。

 伝崎はセシルズナイフの柄を強張る手で握って。

 頭蓋骨の重々しい足音がずしりずしりと大きくなっていく。

 ピキピキといって鱗が落ちる音さえも聞こえてくる。その音が限界点まで達すると。

 小さくなっていく。

 次第に聞こえなくなっていった。

 緊張していた筋肉がゆるんでいく。

 側を素通りしていった。

 こちらには気づいていなかった。

 あくまでも居場所がバレれていたわけではなく、思い出したように叫んでいただけのようだ。

 しかし。

 理解できなかった。

 何があったら、人間はここまで成長できるのか分からなかった。

(あいつを突き動かしてるのは俺に対する憎しみ)

 伝崎はセシルズナイフを握り込む強張った手を何とか外しながら思う。

(とんでもねぇえ奴に目をつけられちまった……)

 木陰に隠れながらも、冷静に分析する。

(まず第一に敏捷が頭蓋骨のほうが上になってた。

 こっちが敏捷Aに対して、頭蓋骨はAA。

 この時点でもうアウト。

 先手で打ち込まれたら俺の防御力じゃ即死。

 さらに、頭蓋骨の耐久がS++になってやがる)

 頭蓋骨の小さくなっていく後姿を草むらで見送りながら分析を続ける。

 その肌は、鋼鉄のような光沢のある鱗に覆われていた。

(あの鱗肌、目算で生身の防御力が4000近くありそうだ。

 リュウケン使いのアウラのガードみたいなのは俺の虚無のアウラで無効化できるはず。

 だが、アウラを無効化したところで生身で4000もあったら根本的に無理だ。

 今のセシルズナイフの攻撃力は290前後。

 そこに筋力やら短刀スキル、その他すべての能力が加わって、今のとこ急所に攻撃したとしても1000手前ぐらいの攻撃力が限度だからな)

 バレてたら死んでた。

 セシルズナイフを育て上げればダメージを与えることは可能になるかもしれない。

 いや、成長されたらイタチごっこ。

 こっちの攻撃力も上がるが、相手の耐久も上がり続ける。

 そのイタチごっこに終止符を打つ圧倒的な「何か」が無ければならない。

 相手の成長スピードを凌駕する速さだ。

 まさに時間効率が重要になってくる。

 だが。

 伝崎は頬の冷や汗を拭いながら、つぶやく。

「あいにく俺はお前とはやらねぇよ……」

 リスクの割にはメリットがなさすぎる。

 ダンジョン経営の成功が目的なのであって、あんな強いやつを倒すのが目的ではない。

 ――うまく出会わないように注意するさ。

 それで十分だ。

 頭蓋骨が完全に通り過ぎていったのを何度も確認してから、伝崎は頭蓋骨の足取りを確かめる。

 そこに三つ四つと手のひらサイズの頭蓋骨の鱗が落ちており、それを拾い上げてしげしげと見つめる。

 セシルズナイフを突き立てても弾かれるだけだった。

 おもむろに手持ちの袋に押し込んでいく。

 頭蓋骨の鱗を四つ手に入れた。

 軍曹と一緒に頭蓋骨が向かった方角とは違う道を進んでいく。




 赤っ鼻の業者こと商人ベンジャミンは、荒野の片隅を彷徨っていた。

 有力な商売先を失ったことで相当に無目的な行動だった。

「これからどうすっか……」

 小太りの中年男が荷馬車を走らせ、荒野を動き回っているのである。

 彼こそがただの洞窟へと繋がる魔法見習いローブについて知っている張本人であり、絶対魔術師ヤナイが探している人物だった。

 だが、それとは別にして、彼は荒野の片隅でとんでもないものを見つけた。

 それは大きな鉄の人型の塊。

 いや、動かなくなった無傷の機械兵二体だった。

 砂ほこりをかぶって、二体の機械兵が向かい合うように座り込んでいる。

 動力源が切れているのか、微動だにしなかった。

 ベンジャミンは立ち止まって、それをはたと見た。

「こ、これは……!」

 まさに晴天の霹靂。

 骨の髄まで商人気質のベンジャミンは口走る。

「うまくやれば、べらぼうに高く売れるぞ!」

 元手ゼロからの大儲け。

 それは富を築くための礎になってくれる。

 しかし、この奇怪なものを買うものは王都にいるだろうか。

 商人らしい考えが巡って、その機械兵二体を荷馬車にずるずると引きつりながら積み込むと荒野よりさらに南西へ向かう。

 その先には王国統治下の森の都市群レイノルンがあった。

 そこには奇特な金持ちが多く住むという。

 この機械兵を最大高値で買ってくれる可能性が期待できた。

 ベンジャミンは王都とは反対方向、さらに言うと荒野の街ビザンビークよりも南西へと荷馬車を走らせていった。




 キピルの領域の奥深く。

 一段開けた円形の場所に入ると、それを見つけた。

 その地帯の中心部には一本の巨木があって、そこにありとあらゆる様々な種類のフルーツが実っているのである。

 その周囲には囲うように浅瀬の湖があった。

 さらにその周囲を囲うように、大量のスライムがいた。

 一、二、三、数えていくと、十四匹のスライムが周りをうねうねしながら動いているのがわかった。

 一匹だけ明らかに、これは「違う」というスライムがいた。

 赤いスライムだった。

 キピルスライム(LV34)

 筋力DD

 耐久C+

 器用E-

 敏捷DD

 知力E

 魔力D+

 魅力D++

 一匹だけ明らかに高いステータスだった。

 それが巨木の向う側に鎮座しているのである。

 草を重ねてできたであろうスライムの王座と思しき場所で。

 この赤いスライムこそが、キピルの領域の由来なのだろう。

 伝崎は横で突っ立っている軍曹に声を掛ける。

「行くぞ、軍曹ぉおお!」

 戦いが始まったのである。

 軍曹は鉄の槍を一匹のスライムに何度も突き刺して倒していく。

 二匹目を倒して、三匹目を倒し、さらに四匹目と来たときに、軍曹の腕にスライムがねばりついてしまった。

 それをフォローするように伝崎がセシルズナイフで切り取る。

 軍曹の腕についていたスライムが分裂してハート型の心臓を体内に作り上げていく。

「軍曹、何をやっている! 刺せぇええ!」

 軍曹は必死に腕のスライムに鉄の槍を突き刺す。

 スライムはしなびて水のように粘着質を失ってしまった。

 軍曹のレベルが11から12に上がった。

 そのアウラが黒く輝き、耐久がEからE+に上がった。

 あくまでもこれは二倍速の映像に近い光景であり、実際にはもっともっとゆっくりとした時間の進み方をしていた。

 のろのろと動いているスライムたちを、のろのろと追いかける軍曹。

 そして、それを見守る伝崎。

 だが、伝崎は立ちながら眠りそうになっていたのである。

 オッサンは言う。

「いつも掛け声だけは必死だなぁ」

 伝崎の鼻に風船ができそうになるころ、軍曹は十二匹目のスライムを倒してレベルを12から13に上げた。

 知力がEEからEE+に上がった。

 どうすれば効率よくレベル上げをできるのか、ということを議題に伝崎は脳内会議を繰り広げていた。

 時間効率の問題である。

 このまま行くと、育成には時間が掛かる。

 それを圧倒的に短縮する何かが必要だったのだが。

 気づいたら、伝崎の足元近くにキピルスライムが迫っていた。

「おい、来てるぞぉ」

 突然、伝崎は鼻風船を割ると後ろにバックステップを踏む。

(こいつ……)

 キピルスライムは他のスライムよりも圧倒的に早かった。

 幼稚園児が駆け出すぐらいの速度である。

 巨木の後ろは数十メートル先だったのに、そこからもうすでに側まで来ていたのである。

 キピルスライムは伝崎のいた場所にその体をべちゃりと広げていた。

 もしも組みつかれていたら、どうなっていたか。

「思いついた!」

 伝崎は手を叩いて、しかし次の瞬間には自分に失望さえしている表情になって。

「ていうか、なんで今まで気づかなかった?」

 この高レベルのキピルスライムは分裂させると経験値がおいしい。

 だが、それだけ軍曹の危険が増す。

 増やせば増やすほどに軍曹が圧死させられる可能性が高くなるのだ。

 安全に確実に、しかも大量に分裂させて倒す方法が考え出さなければならないのだが。

 群を抜いた速度で地を這うキピルスライム。

 他のスライムと比べると三倍速以上に感じ、うにうにと高速で動くさまは気持ち悪くもあった。

 しかし目覚めた伝崎の敵ではなかった。

 敏捷DDと敏捷Aの差は天と地ほどの差。

 きびきびと動くキピルスライムに対して、伝崎は風のように体を切っていく。

 伝崎は左右に移動を重ねながらキピルスライムを翻弄して。

 投げ縄E発動。

 すぐさま投げ縄を投げつける。

 しかし、キピルスライムの横にそれてしまう。

 またそれを投げつけて外れると、三度目にやっと投げ縄がキピルスライムに的中した。

 伝崎はキピルスライムを締め上げると。

「こいつを分裂させまくればいいんだよ……縄で捕まえてな!」

 縄で捕まえれば安全だった。

 手招きして軍曹を呼び寄せる。

 のろのろとやってきた軍曹に指示する。

 側の木に縄で吊るし上げたキピルスライムを指差して。

「いいか、俺がこいつの体を切り取って分裂させる。その分裂したやつをすぐさま突け! 動き始める前にハートの心臓を確実にしとめろ」

 軍曹は手を上げて。

「はぁあい!」

 伝崎がキピルスライムの体を切り取る。

 それを軍曹が突く。何度か突いて倒す。

 その作業が延々と繰り返されて、軍曹のレベルがぐんぐんと上がっていく。

 レベル13から14になる。15、16、17、18、キピルスライムが削れていけばいくほどに、軍曹の体が何度も輝いていく。

 爆発的なレベルの向上、圧倒的時間効率だった。

 キピルスライムの体が拳大になるころ、軍曹のレベルは20になっていた。

「ぽぉおおおおおお」

 軍曹が突然叫び出し、レベルアップ時の十倍の輝きを周囲に解き放つ。

「これが進化か!」

 光の中から現われた軍曹は別人、もとい別モンスターだった。

 今まで剥げ落ちていた肉がすべて回復していたのである。

 体中が青白いだけのゾンビになっていた。

「ただの病人みたいになっとる……」

 ゾンビからゾンビネスに進化したのだ。

 金髪ゾンビこと軍曹(LV13→20)

 筋力D+ → DD  → DD+

 耐久E+ → D++ → DD

 器用F  → F++

 敏捷F  → E   → E+

 知力EE+→ D+

 魔力E  → E++

 魅力E  → EE

 キピルスライムのステータスの影響からか耐久が七段階向上していた。

 明らかに他のステータス向上よりも群を抜いてる。

 あとは、軍曹の性質もあって知力もそれなりに上がったようだ。

 今までのレベルアップ時のステータスの向上に加えて、三つのステータスには進化時のステータスアップが乗っかっており、すごい成長を遂げていた。

 軍曹の体がやけにみっしりとしてきて身がつまったようになっている。

 さらに加えて、どこか利口そうな目つきになっているのである。

「思い出しましたぁ……」

 軍曹は槍を落とすと、片手で顔を覆う。

 伝崎はとっさに聞き返す。

「なにをだ?」

「私の名前はタロウ……」

「お、お前金髪なのに日本人だったのか!?」

「いや、そこまでは思い出せませぇん」

 軍曹は今までひどく言葉足らずだったのに、前よりもすこしだけ口調がはっきりとしてきた。

 知力が上がったからだろう。

「ありがとうございますぅ」

 どこか口調が日本のぶりっ子をしている女子に近づいてきたように思う。

 それだけの知性に達してきたのかもしれない。

 あるいは口調だけで言えば、妖精のオッサンに近づいてきたようにも感じられる。

 伝崎は満足したように縄に縛られているキピルスライムを見る。

「もう経験値のうまみはなさそうだな」

 キピルスライムは親指ぐらいのサイズになっており、縄に押しつぶされるようにくるまれていた。

 がんじがらめとはこのことと言わんばかりに縛られて細長くなっており、小さくなるたびに締め上げられたせいか、すねた顔をしているようにも見えた。

「さすがにかわいそうになってきたから逃がしてやるか」

 小さくなったキピルスライムを縄から解いてやると、森に放ってやる。

 キピルスライムは森の奥へと逃げるように消えていった。

「絶好調じゃねぇかぁ。このままスライムを分裂させて倒させ続ければ、すごいことになってくるんじゃないかぁ?」

 巨木のフルーツを取っていると肩の上のオッサンが話しかけてきた。

 紛らわしい口調だな、と伝崎は思いつつ答える。

「いや、そうもいかないんだな。

 このままスライムを軍曹に倒させ続けたら確かにレベルは上がる。

 しかし、ステータスはすぐに伸び悩む。

 俺は軍曹をゾンビロードにしたいと思ってる。

 だから、45レベルになるまでに筋力C+以上、知力B-以上、魅力C++以上の条件を満たしたいわけだ。

 もしもスライムばっか狩らせてたらおそらくステータス条件を満たせず、45レベルになっちまう。

 ゾンビミンかゾンビジャーになっちまう。それは最悪だ」

「おいおい、じゃあどうするつもりなんだぁ?」

「おそらく筋力の条件は満たせる。魅力も可能性はある。だが、知力。こればっかりは賢者クラスのやつを軍曹に倒させないとダメだ」

「見込みはあるのかぁ?」

「いつかチャンスが巡ってくるさ」

 そう、いつか。

 ただの洞窟が育ってくれば、賢者クラスの冒険者がやってくるようになる。

 そのタイミング、そのときに軍曹に食わせればいい。

 そうすればゾンビロード。果ては未知の進化が待っているのだ。

 レベルの上げる方法はわかった。

 問題は、レベルを45に「しないこと」のほうが重要だということ。

 とにかく強いやつのアウラを軍曹に吸収させないとゾンビロードの道はない。

 フルーツを数個ほど持てるだけ取ると、伝崎は巨木の側で待っていた軍曹に歩み寄って話しかける。

 その肩に手を置いて。

「お前はもはや一兵卒じゃない。将軍候補だ」

「ありがたきしあわせぇ」

 軍曹は目をうるませて頭を下げる。

 もはや軍曹はただのモンスターではなく、ひとりの人材として扱うに値する存在になっていた。

 キキ、軍曹、白狼ヤザン、リリン、人材育成の幅が広がってきた。

 こうして幅が広がることによって、誰を育て、誰に重点を置くのか、ということの判断が重要になってくる。

 経験値をバラバラに振るよりも集中させたほうが良いからだ。

 そんなことを考えながら、ただの洞窟に帰還する。

 通り過ぎる木をセシルズナイフで軽く刻みつけながら。

「なにしてんだぁ?」

「道しるべだ」

 木のひとつひとつに目印を付けながら帰っていた。

 またフルーツを取りに来なければならないからだ。

 ただの洞窟に帰る頃には、「道しるべE」のスキルを習得していた。




 タロウ軍曹のステータス(ゾンビネスLV20)

 筋力DD+

 耐久DD

 器用F++

 敏捷E+

 知力D+

 魔力E++

 魅力EE

 リリンのコメント。

 すごい成長デス。もはや並みのゾンビではありませんデス。どんな育成を受けたんデスか!




「貢物でございます!」

 ただの洞窟の魔王の間。伝崎は地べたに額をすりつけながら数個のフルーツを捧げる。

 女魔王は何も言わなかった。

 ひたすらに無言だった。

 伝崎が部屋から立ち去った後、女魔王はフルーツに手をかけながら。

「気の利いたことをしよる……」

 女魔王の態度が軟化した。

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