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プロジェクトG

 ギルド新聞について。

 冒険者ギルドが発行している新聞である。

 その新聞の評価次第で、冒険者の来訪数が決まるといってもいい。

 伝崎がダンジョンマスターをつとめることになった「ただの洞窟」は評価ランク-Fである。

 最低ランクである。

 ダンジョンランキングは23405位。

 下から数えると両手で事足りる。

 伝崎のダンジョンについて知る人間は、ほとんどいない。

 ギルド新聞が評価したダンジョンの難易度LVはゼロ。

 奇跡の数値を示した。

 記者は次のように記述している。

 ただの洞窟は。

『クソ』

 この二文字で済ませられているのである。

 伝崎が最後の瞬間まで口にしなかった言葉でさえも、あのダンジョンには吐かせるだけの力があった。




 伝崎は課題を見つけ出す。

 この経営における致命的な欠陥について。

 まず第一に、冒険者きゃくが来ると損害が出てしまうということ。

 普通なら利益を上げなければならないのに、だ。

 この課題の解決を成し遂げなければ、赤字が出続ける。

 伝崎は商人オーラを爆発的に解き放ち、洞窟全体をなめまわすように見定める。

 この場にあるすべてのものを感じ、商売道具とせんと欲するその姿はまさに商売の神といってもいい。

 伝崎は覚醒しつつあった。

 この絶体絶命の窮地を乗り切るためには、なんでも利用しなければならなかったのである。

 シンプルな結論。

 損害を出してはいけない=ゾンビを死なせてはいけない。

 犠牲を出さないためには強力な戦力がいる。

 女魔王レベル99が直々に出迎えてくれれば、どんな冒険者も損害ゼロで倒せる。

 しかし、やはり脳裏に刻まれているのは。

 女魔王は、勇者の動向が写る水晶を見ていた。

 「勇者様! 勇者様!」と連呼し、水晶を豊満な胸に抱え込んでベットの上でごろごろしている。

 勇者に恋する魔王がいるかよ、と思いながらも、幸せそうな顔をしていたので今日は機嫌がいいんだろうと思った。

 もう、今しかないと。

 それゆえに「協力して欲してくだせぇ」「おねげぇします」「勇者と会えるようになりますぜ」と述べたときに起こったことは、いささか不自然なことだった。

 冷たい目で一蹴され、「あっ?」と凄まれた。

 忙しいんだよ、何のためにお前を誘拐したと思ってんだっていう顔だった。

「チィっ」

 伝崎は唇を親指で拭う。

 この窮地。

 隣にいたリリンが口を半開きにして、おそらくドキドキしているであろう自らの胸をおさえている。

 いったい何がそんなに君を興奮させるんだと伝崎は思いながらも、じと目でリリンを見ていると強烈な電撃が脳天をぶち抜く。

 小悪魔レベル34。

 前回きた冒険者を葬り去ったのは……この子。

 この洞窟の評価の低さ、日誌に書かれていたことを総合すると、ざっと冒険者のレベルは10前後だと推測できる。

 彼女ならまったく苦にせずに倒せるレベル。

 この子だ。

「うぉおお」

「おぅおぅ、どうしたデスか?」

 リリンは、目を輝かせる。

 伝崎真、全力の交渉が始まる。

 浮かぶ選択肢は三つ。

 1 頼む、協力してくれ。

 2 リリンさんよ、好きなものを教えてくれないか?

 3 やらないか?

 ええーっと。

 えっと。

「やらないか?」

「いいデスよ」

 了承しやがったぁあああ。

 リリンは、服を脱ぎ始める。

 漆黒のマントをはらりと投げ捨て、スクール水着から左肩を出そうとする。ピーでピーがゆえに伝崎はあわてて怒鳴る。

「違う! 根本的に違う!」

 リリンは目をぱちくりさせている。

 ※ リリンの年齢は84歳であり、ババアである。ナニの法律には触れない。

 伝崎は、全身汗だくになりながら説明する。

「やらないかっていうのは、洞窟のモンスターをやらないかってことな?」

「ほぅほぅ」

「できるか? リリン」

 勘違いにしても、あんな無茶な要求をのむぐらいだ。

 簡単に引き受けてくれるはず。

「嫌デス」

「げぼぁああ」

 伝崎は転倒する。

 顔面の半分を土にまみれさせながら右手を上げて救済を求む。

 背広がしわくちゃになって、真っ白なシャツも汚れてしまった。ぼろ雑巾のように。

 リリンはピンッと人差し指を立てる。

「勘違いしてはいけないのデス。あたしは、あくまで女魔王様の世話係なのデス」

 この絶望感は、半端なかった。

「しかし、条件がありますデス。それをのんでいただければ、考えてもいいデス」

 この際、二つある臓器の一つぐらいならば差し出してもいい気分だった。

 魂の契約とか寿命が半分になるとかでも良かった。

 なぜならば、ジャパンに帰れなければ女魔王に馬車馬のようにこきつかわれ、おもちゃにされ、人生を終えることになるのだ。

 ダンジョン的に納得させれば女魔王も帰してくれる。

 カリスマ店長としては死んでいるかもしれないが、人間としては復帰できる。

 仮に片目がなくなっても、だ。

 覚悟を、決める。

 伝崎は聞く。

「その条件を教えてくれ」

「お」

 高速回転する伝崎の頭脳は、それを捉える。

 お、姫様だっこ?

「お馬さんごっこをしたいデス」

 可愛いところもあるじゃないかと伝崎は思った。

「なるほど、なるほど。いいよいいよ」

 リリンが背中に乗ると、意外に重く感じる。

 やらかい肌のおかげで痛みは出ないものの、長時間乗られるとさすがに辛いだろう。

 ぐにぐにと体をゆさぶり、襟元の服をねじりあげてくる。

 息が苦しい。

 リリンはヨイショとどっからともなく取り出したムチで尻をたたき始める。

 ピシリと鋭い痛みが走る。

 ありえないぐらい執拗に尻をたたく。前へ進めとは言わずに、尻をたたき続ける。

 伝崎は異常事態に気づき、振り返る。

 己の決断を悔いる。

 リリンの顔は、どこか狂気に満ちていて目の焦点は定まらず、口元からよだれを一筋たらしている。

 バシっとムチがまた振り下ろされる。

 ぐぅっと伝崎がうなると、リリンは体をぷるぷるとよじらせた。

 ゾンビたちはその度に拍手する。

 打ちすえられた回数、624回。

 ――まずい。

 時間にして、8時間。

 ――このままだと、尻がなくなってしまう。

 ボキボキと腰がなった回数、57回。

 手に入る戦力。

 ――プライス、レス。

 一言、いわせてもらう。

(あかん。この子、嫌い。嫌いだわ)

 同属嫌悪である。

 そういうわけで、リリンは洞窟のモンスターを演じてくれることとなった。




「ゾンビども、お客様をもっと驚かせないとダメだぞ。さぁ、復唱しろ。お客様は神様です!」

 ゾンビ一同。

「おきゃくさまは、かみさまぁでぇす」

「もっと声を張れ! あとは笑顔だ。笑顔は元手ゼロで、すごいカネを生むんだよ」

 伝崎はゾンビたちを整列させ、新人研修に励んでいた。

 その快活な激、しゃきりとした表情、着こなす黒服、何よりも堂々たる態度。

 リーダーとしての手腕をいかんなく発揮している。

 何事もなかったかのようだ。

 ゾンビは、ニヘラと笑顔を作る。

 他にも引きつり笑いや、腐ってしまった顔の筋肉を無理やり手で動かそうとしている者もいる。

 金髪のゾンビの右頬は肉がないせいで、ちゃんと笑うことは無理そうだ。

 伝崎は、金髪のゾンビの前で立ち止まる。

「なんで、片方だけで笑ってんだよ」

「すぃやあせーん」

「それはお客に伝わるだろ? 聞いてるのか?」

「へーい」

「いちいち、舐めた態度を取るんじゃねぇ! 帰ってもいいんだぞ?」

 金髪のゾンビは真剣に対応しようとしているのだが、伝崎にはふざけているようにしか見えなかった。

 ばっと黒服の上着を脱ぎ捨てて、伝崎はメンチを切る。

 ほとんど、ブラックな教育である。

「働くってことが何なのか分かってんのか!」

 しかし、金髪ゾンビの右頬には肉がなく、完全に笑うのは不可能だった。

 金髪ゾンビは片手でカリカリとむき出しの頬骨をかいて、困った顔をしている。

「研修中に顔をかくんじゃねぇよ?」

 こらぁっと伝崎は声を張っていたが、耐え切れなくなったのか両手で顔を覆い隠す。

 ぐぐっと息を漏らしながら、全力で笑いをこらえていた。

 伝崎とて、わかっている。

 彼は笑えない。

 それでも、伝崎は手をゆるめないのだ。

 襟首をつかみあげる。

「お前な、笑顔のひとつもできないのは人間として、ぶぶ」

 六名のうちのゾンビも引きつられるように声を漏らす。

「そこ、笑ってんじゃねぇぞ。笑ってんじゃねぇ、笑って、ぶぶ」

 理不尽の極みである。

 必死に笑いを殺した後、伝崎はもうひとつ大切なことを教えることにした。

「笑顔よりも大切なことがある! これは絶対命令だ!」

 その厳しさに洞窟内には嫌気が立ち込めている。

 伝崎は真剣な表情で宣言する。

「死ぬな……それが俺からの絶対命令だ。生きていれば次がある……危ないって思ったら逃げてもいい、逃げてもいいんだ……」

 その言い方は、ときに静かに力強く、ときに温かかに優しく。

 ゾンビたちは、どよめき始める。

 あの理不尽さの次には、部下の命を最優先する態度を示したのである。

 ゾンビたちは俺たちモンスターのことも考えてくれているのだと感動し、拍手を始める。

 人間から一方的に倒されるだけの日陰者たちからすると、人間伝崎の態度は奇跡的なものに思えた。

 伝崎からしたら、金の問題でしかなかった。

 ゾンビに死なれたら雇いなおすのに金がかかるのだ。

 単なる勘違いである。

 しかし、その勘違いもあってか、その後の研修は難なく進んだ。

 ゾンビたちは汗水たらして笑顔に励み、洞窟の中腹を広げる工事を始める。

 ダンジョンマスターとして伝崎のことを認めつつあったのである。

 伝崎は商売の肥やしになると思って孫子兵法を読み込んだことがある。

 洞窟の横幅は狭い。

 横に並ぶと二、三匹で身動きが取りづらくなる。

 二、三匹で冒険者を出迎えるのは、孫子兵法的に最悪である。

 各個撃破されてしまうのだ。

 損害が掛け算式に増えていく。

 では、損害を減らすにはどうしたらいいのか?

 一瞬で敵を殲滅すること。

 最大火力を発揮するためには、戦力を集中する必要がある。

 六名のゾンビと一匹の小悪魔全員が横に並べる広場が欲しいと思ったのだ。

 一斉に襲いかかれるような空間だ。

 その考えから、洞窟の中腹の横幅を広げる工事をさせている。

 まぁ実際、ゾンビは戦力として期待できない。

 多少攻撃力があっても、圧倒的に早さが足りない。

 遅い遅すぎる。

 ならば、広場の意味は何か。

 アトラクションだ。

 一気に数多くのゾンビが出迎えると、絵になる。

 客が増える。

 隣のリリンは、ひどく疲れたのか二日間ぐらい洞窟内で寝ていた。

 両腕を開いて、無防備な状態で、片足を洞窟の壁にかけながら、寝返りをうつ。

 本当に満足したのであろう。「もう、無理」といいながら、やはり、よだれをたらしている。

 主戦力はあくまで、リリンである。

 こんな主戦力は嫌だ、とか言ってられん。

 言ってられん。

 ここに、伝崎真の悲哀があったのである。




 プロジェクト、G。

 王都の近くの森の中に、ただの洞窟がある。

 三日前、この洞窟をぶち抜く、ただの洞窟決戦が始まった。

 ただの洞窟初の広場の建設。

 一本道、三十メートル。王都への挑戦だった。

 伝崎の誘拐前、洞窟の状態は最悪だった。

 平坦な一本道で、冒険者に見向きもされなかった。再建の道は閉ざされていた。

 王都の学者は言った。

「ただの洞窟ほど、冒険者に無視された洞窟はない」

 伝崎は言った。

「洞窟が我々を豊かにする」

 奥行き、横幅、三メートルの円形広場。

 ただの広場といわれる、小さな工事となった。

 カンカンカンカン。

 石と木でできた手作りのツルハシ。

 岩石がビクともしなかった。

 誰もが無理だと思った。

 奇策などなかった。

 全員の協力で何とかするしかなかった。

 プロジェクトG。

 心を奮い立たせる重厚な音楽が流れ始める。

 目標はAランクダンジョン。

 既知の素材。悪戦苦闘。決戦の洞窟。潜む魔の岩石。小悪魔リリンが目覚める。洞窟に迫るパーティ。ゾンビたちはのろのろと走った。

 ただの洞窟初の広場。

 勝負は一瞬だった。


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