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偽勇者パーティ、実態

「悪いけど、慈善で冒険やってるんじゃないんだよね」

 紳士服を着て紳士面した黒髪テカテカの青年が足を組みながらカクテルを見つめてそう言った。

 偽勇者パーティの一人ケイマル(ダンジョンバリスタLV50)だった。

 荒野の街ビザンビークの酒場。

 そのカウンター席にて。

 ケイマルは平静な表情でその紳士服の胸元を整える。

 足元にある子どもぐらいの人形の頭の向きも整える。

 元赤毛、元戦士のリュッケはスキンヘッドの頭を抱えた。

 偽勇者パーティに『ただの洞窟』の話を持ち込んだが、良い反応が得られなかったのだ。

 話している側から興味なさそうにケイマルが言う。

「僕らは冒険を純粋に楽しんでる。今の話じゃ惹かれないかな。確証がないし、何よりもワクワクしないね。もっと惹きつける何かがなければ僕らは動かないよ。ま、すべては偽勇者の決めることだけど」

「偽勇者様に会わせてください!」

「今は無理かな。昨日の夜から宿で眠ってる。今は午後前か……昼過ぎにはすべての答えが出ると思う。ボイヤンに潜るのか、それとも他のダンジョンに行くのか、あるいは」

 酒場の奥の席からバカでかい声が聞こえる。

「いつもおかしいなって思ってたけどな」

 金髪の男が赤くて無数のトゲがついた果実(筋力の種)を片手に、少女につっかかっていた。

 その男はストロガノフ・ハインツ(強戦士LV64)だった。

 黒い全身タイツ姿で、ボサボサの金髪の頭だけ出して、筋力の種を豪快にほおばっている。

 毎日毎日筋力の種(時価1万1000G)を食べているようだった。

 図体はどちらかというと引き締まっており、長身の細マッチョだ。

 一方でつっかかられている少女はヒナナ・ローグ(幻想魔術師LV48)だった。

 ヒナナはお目々のぱっちりとしたピンク色の髪の少女で、背中にフリフリがついたピンク色の魔術服を着ている。

 小さな星が装飾されたカラフルなステッキを膝の上に乗せている。

 膝の上にあったのは時価1105万Gの『星振るキューティステッキ』だった。

 そのステッキで頭を殴られたら星が浮かんで一発で気絶する。

 ヒナナは、すっとぼけた顔で首をかしげる。

「なんですかぁ?」

 ストロガノフは果実の断片を口から飛ばしながら言う。

「前から思ってたけど、ぽえぽえきゅんってなんだよ」

「ぽえぽえきゅんはぽえぽえきゅんです」

「いや、だからなんなんだよそれ」

 ストロガノフに人差し指を肩に当てられ、ヒナナは唇をとがらせる。

「秘密の言葉ですぅー」

「そんな言葉この世界にないだろ。どうせお前が作ったんだろ」

「違いますー。ちゃんと原典はありますよぉーだ」

 二人が口論する席の側には逆十字架の棺が置かれていた。

 逆十字架の棺は微動だにしなかった。

 リュッケは不安げな顔でその様子を見ていた。

 偽勇者パーティに対するいささかの疑問が湧いてきたのである。

 相当なデタラメ集団の可能性があるような気がしてきた。

 その理由の一つに酒場にほとんどの冒険者がいなくなっていたということ。

 午後前になってもダンジョンに出発していないのは、偽勇者パーティを除いて他にいなかった。

 夜にもなれば十数組でにぎわう酒場に、である。

 せいぜい他に客がいるとしてもチンピラぐらいなものだ。

 いまだに偽勇者が宿で眠っているとして、そのだらしなさがこのパーティの出発を遅らせているとしたら。

 ケイマルがカウンターに肘をついてカクテルを回しながら言う。

「ま、昼過ぎまでここにいればいい。そしたら何にしても答えが出る」

 リュッケが不安交じりに待っていると。

 酒場の入り口から声が聞こえてきた。

「ストロガノフ・ハインツという者がこの酒場におるか」

 奥の席にいたストロガノフが嬉々として立ち上がる。

「よっしゃーケイマル、俺の斧知らないか?」

「ホント自分で管理してほしいな」

 ケイマルが優雅な姿勢で辺りを見回す。

 机の上に下。

 足元近くに立てかけてあった迫力ある大斧を重そうに引っ張り出す。

 成人男性の身長に匹敵する長さの漆黒の取っ手。

 真っ青な刃先は人の胴体ほどもある。

 明らかに豪気のようなものを斧自体が放っていた。

『戦神の斧』

 時価670万Gの代物。

 ストロガノフが駆け寄ってきて、戦神の斧を軽々と肩に乗せる。

「わりぃ。よく無くすからなぁ」

「筋力の種ばかり食ってると頭が回らなくなるから気をつけたほうがいい」

「いいんだよ。力さえあれば」

 ストロガノフはそう言うと、掛け声一回。「俺はここにいる!」と大声を上げて酒場の外に出ていった。

 リュッケは不思議そうにケイマルに聞く。

「な、なんで武器をすぐに渡したんですか?」

「あいつを探す奴はあいつを殺したがってる奴しかいないからね」

「えっ、それはどういうことなんですか」

「戦ってるところを見てみるといいかもね。すこしは暇潰しになるかもしれないし」

 リュッケは恐る恐る酒場の外を見てみた。

 外の広場の中央には、ひとりの優男が立っていた。

 異国の袴を着崩して片腕を出している。

 黒髪の一部分を白く染めている辺りがかなり軽薄な感じがした。

 その軽薄さに対して、立ち姿はまったく隙のない精密な雰囲気がある。

 優男が脇に差している刀に手をかけて口を開く。

「その斧を返してもらおう。そして、お主の首も頂こう……」

「きゃあああああ、チャラ様カッコイイィイイ」

 どこからともなく湧いてきた女どもが優男のことをチャラ様と呼び、周りに輪を作って花を投げていく。

 ストロガノフは威風堂々と腰に片手を当てて立っていたが、何かに気づいたのか斧を高く持ち上げて。

「ああ、これね。この斧は確かゼネバ教団とか言う連中が祭ってたご神体の一つだったっけか。だとするとお前は差し詰め、ゼネバ教団に雇われた刺客といったところか」

 ストロガノフはチャラ様と呼ばれた優男を指差して言った。

 チャラは周りの女たちに目配せして距離を置かせてから視線を戻して語る。

「いいや、雇われてなどいない。義によってのみ、お主を斬りにきた」

 ストロガノフは目を大きく開く。

「おいおい、まじで言ってんの? あの教団って神の名の下に戦争して人を殺してるクズどもの集まりだろ。そのクズのために働くお前に義なんかあるのかね」

「ゼネバ教団は正義のために動く。しかし、お主は殺しや盗みを理由もなく働くだろう」

「理由? あるね」

「なぜなのだ」

 ストロガノフはあごに手をあてて。

「端的に言えば恨みを買いたいからだな」

「ますます分からなくなった……」

 チャラは目を細める。

 ストロガノフは大斧を両手で豪快に構える。

「ひでぇ恨みを買えば、わんさか殺しにやってくる。つまりだな、おめぇみたいな追っ手を片っ端から殺してレベル上げんのが最高に気持ちいいからだよ!」

 ストロガノフが燃えるような赤いアウラをたぎらせる。

 リュッケは何度も死の危機に瀕することによって戦う前に敵の強さを測ることの重要性に気づき、洞察スキルを習得。死に物狂いで鍛えていた。

 すぐに鍛えに鍛えた洞察スキルを発動する。

 ストロガノフ・ハインツ(強戦士LV64)

 基本ステータス。

 筋力S++

 耐久B-

 器用E

 敏捷A+

 知力E

 魔力G

 魅力D

 特殊スキル。

 威圧SSS。

 武器スキル。

 斧A+。

 チャラはおそろしく低い構えを作ると刀をわずかに抜く。

 ゆらゆらとその体から線を引いて青白いアウラをあふれさせていく。

「救いがたい人間と初めて出会った……」

 チャラ(剣聖LV99)

 基本ステータス。

 筋力A+

 耐久C

 器用AA

 敏捷SS+

 知力C+

 魔力F

 魅力A+

 特殊スキル。

 体捌きA。見切りAA。心眼S。洞察C+。半開半向B-。十文字切りB。一刀両段A+。船足A-。神妙剣A++。

 武器スキル。

 刀S+。

 リュッケはそのステータスを見て、衝撃を受けていた。

 チャラは一見すると中堅どころのサムライにしか見えなかった。

 というか、色んな意味ですぐにボコられる噛ませにしか見えなかった。

 だが、違った。

 中堅の使い手とかそんなレベルではなかった。

 LV99。

 剣聖。

 最高峰の侍職。

 確かにストロガノフは強い。

 しかし、チャラはその二回り上をいっている。

 誰がどう見ても、ステータス、レベル、スキル共に格上だ。

 チャラは青白いアウラを静かにまといながら、じりじりと間合いを詰めていく。

「この一刀が確実にお主の首を飛ばす」

 その言葉に嘘は感じられなかった。

 神妙剣A++なるものがどの程度の威力かは分からない。

 しかし、決定打になることは間違いなく、ストロガノフの耐久B-と全身タイツごときでは死亡確定。

 一刀でも振るわれればストロガノフの体が切断されて飛ぶ。

 それだけの攻撃力があると考えていい。

 さらにチャラの敏捷はSS+。

 ストロガノフの敏捷A+をはるかに凌駕している。

 攻撃の間合いに入ったら、スピード的にチャラが先手を取るのは確実。

 その上、器用さが高く、心眼Sを持っている以上攻撃を外すことも考えられない。

 この勝負、もうすでに見えている。

 リュッケは酒場の中にいるケイマルに向かって告げる。

「素人の俺でもわかります。このままだとあなたの仲間は負ける」

「そんときは、そんときかな」

 ケイマルは広場に見向きもせずにカクテルを眺めながら言った。

 ヒナナはカラフルなステッキを回しながら妙な踊りの練習をしている。

 リュッケは思った。

 なぜ止めに入らない、と。

 偽勇者パーティに仲間意識はないのか、と。

 ケイマルはカクテルを口に含んでから言う。

「冒険外のプライベートに介入するようなパーティじゃないんでね」

 広場のストロガノフが薄気味悪い笑みを浮かべ始める。

「ブフッ、いいねぇ。最高じゃん」

 なぜか剣聖チャラを前にして余裕だった。

 リュッケは考える。

 いや、他に何か勝算があるのか。

 他の要素、特殊スキル。

 ストロガノフはたった一つ『威圧』しか持ってない。

 確か効果は単純。

『相手よりも筋力が多い場合、アウラで相手を威圧して動きを一時的に止められることがある』

 そう、一時的に動きを止められる「こと」があるだけで確実なスキルじゃない。

 あくまでも数パーセント以下の低い確率の話。

 こんなヘボスキル。

 そこらの戦士でも持ってる。

 チンピラの中にも使ってる者がいるほどだ。

 ――運にでも賭けるのか?

 それに対して、チャラは最高峰のスキルをいくつも所持している。

 ストロガノフは攻撃することすら叶わずに敗れ去る。

 それが確実に思えた。

 ――待て、あの斧の長さでカバーするのか!?

 ストロガノフの長身の長い腕に戦神の斧の取っ手の長さが加わると、三歩半先にまで斧の刃先が届く。

 それに対してチャラの刀はあくまでも一歩半程度の間合いしかない。

 今、二人の距離は十歩以上ある。

 チャラの間合いになる前にストロガノフが斬りかかれば可能性は。

 もちろん、高度な回避スキル(見切りAA)を持つチャラにストロガノフの攻撃が簡単に当たるとは思えないが、ワンチャンスぐらいならばある。

 低く構えながらチャラが静かに話す。

「己の欲望のために殺してきた人間の痛みを知れ」

 ストロガノフはその場で金髪を振り乱してダンスすると、戦神の斧を投げ捨てる。

「オーホー、お前にはこの斧すら使う必要ねぇわ」

 リュッケは顔を片手で覆う。

(筋力の種を食いすぎて、とうとう頭がおかしくなったんだ……)




 竜覇祭まであと十八日。




 タルデは九十九階目の扉の前で立ち止まっていた。

 隠れ蓑を幾度にも渡る使用で消費してしまった。

 いまや迷彩効果もない。

 ただのボロ切れだ。

 ボロボロになった隠れ蓑を捨てると、タルデは慎重に扉の細工を調べる。

 特段、変わった様子はないが。

 どちらにしても、この扉を開けた先に真実がある。

 しかし、隠れる手段を失った今、発見されたが最後。

「ここまで来て知らないわけにはいかないから!」

 そう自分に言い聞かせるように九十九階目の扉を開けようと手をかける。

 が、力を加えることができなかった。

 恐怖で体が。

 トリックスターに至るまでに幾度とも無く生き残ったのは、いつもいつも肝心要のとき、逃げおおせてきたからだ。

 今さら、それらの習慣を変えることなど不可能に思えた。

 しかし、このままおめおめと二日以上かけて帰ることもできない。

 扉を開けても運よく見つからない可能性は限りなく低い。

 だが、その少ない可能性にかけてやるしかなかった。

 タルデは扉の取っ手をつかむ。

 大きく息を吸って。

「無理だよ。私には無理」

 手を離してその場にうずくまる。

 あの機械兵の強さを目の当たりにしたせいで、死の恐怖が半端ではなかった。

 何度も立ち上がって、扉をつかんでは、うずくまる。

 そんなことを何十分と繰り返して、どんどんとドツボにはまっていくのがわかった。

 ここにいればいるほど死のリスクが高まる。

 逃げるなら逃げたほうがいいし、開けるなら開けたほうがよかった。

 タルデはもう一度、九十九階の扉の取っ手をつかむ。

 取っ手をねじるだけなら。

 そう思って力を加える。

 すると、扉が自動的に形を変えて全開になってしまった。

 眼前に大部屋が広がる。

 四角い部屋が縦横、数十メートルにも渡る大きさであった。

 天井にはいくつも明かりが備え付けられていて、部屋中が昼のように明るかった。

 真っ先に目に付いたのは、巨大なラインが大部屋の中央で螺旋状に編み上げられていたということ。

 鉄の棒や青と赤の配線がそこかしこから無造作にはみ出している。

 そのラインが自動で規則正しく動いていき、形を取って、部品を組み合わせ、機械兵の姿を作り上げていく。

 最後には等身大のカプセルみたいなものに入れて、隣の透明な卵型の装置に格納していた。

 その卵形の装置には、数百個のカプセルが折り重なっていた。

 中には数百体の機械兵が入っているのである。

 その数の多さに衝撃を受けた。

 たった一体であれだけの強さ。

 王都には三万人の常備軍がいる。

 でも、数百体の機械兵が王都を襲っただけで間違いなく滅びる。

 今、この瞬間にも機械兵が何体も作られているのである。

 このダンジョン自体が要塞の役割を果たしており、多数で攻め込むことはできない。

 一方で機械兵側からはいくらでも王都に攻め込むことができる。

 戦略的にも勝ち目がなかった。

 さらに隣で目についたのは。

(なんなのあれは!?)

 機械兵の何十倍の大きさもある奇妙な人型の機械が、その配線をむき出しに壁にもたれかかっている。

 顔を鎖でぐるぐる巻きにされており、その表情までは見えない。

 数体の機械兵に足や頭を溶接されていた。

 巨人。

 そう呼んでよかった。

 一体の機械兵すら倒すことがままならないのに、この巨人が動き出したらどうなるのか。

 想像できなかった。

 大部屋の中央とは打って変わって、部屋の片隅では機械兵が鉱山の発掘のようなことをしており、別の片隅には鉄格子の部屋がいくつも壁に備え付けられていた。

 その中に裸の人間たちが何百人と入っていて、そこから一人の男が連れ出されると台の上に連れて行かれて解剖実験のようなものに利用されている。

 その側に通常の機械兵とは明らかに形状が違うモノが存在していた。

 人間の少年の容貌を持ち、その肌は金属でできているのか銀色。

 頭の上には黄色い天使の輪のようなものが浮かんでいて、その背中には円形の歯車のようなものを載せている。

 この世界の人間から奪ったと思しき黒のローブを着ていた。

 突然、視界が真っ黒になる。

 機械兵が前面に現われた。

 胴体に赤い光を点等させて、こちらに合わせようとしている。

 タルデは、あきらめていた。

 自分が生きて帰ったとしても意味がない。

 王国どころか。

 ――この世界は滅ぶ。

 ――機械兵によって。

「ここもずいぶんと変わりましたね」

 反射的に振り返ると、緑色のローブを着た細い目の青年が側に立っていた。

 タルデはとっさに洞察スキルを発動して、「なぜここにあなたが?」と思った。

「困っている人を放っておけない性質たちでして」

 絶対魔術師ヤナイは黄金のアウラをあざやかにまといながら微笑んだ。

「ピピピ! バトルモードオン!」




 荒野の街ビザンビークの広場。

 ストロガノフとチャラが六歩程度の間合いでにらみあっていた。

「俺の戦い方は至って単純!」

 ストロガノフはそう声を上げると、両腕を開きながら赤いアウラを爆発させる。

 すさまじい勢いでアウラが広がり渡っていく。

 広場全域を圧倒するほどのエネルギー量が荒れ狂い、荒野の街ビザンビーク一帯に広がる。

 特殊スキルを発動させるのがわかった。

『威圧SSS』

 ストロガノフが「はっ!」と声を出すと、衝撃波の輪が赤いアウラを一瞬にして伝達する。

 リュッケはその雰囲気に圧倒されて、のけぞった。

 低く構えていたチャラも体勢を崩して、のけぞっている。

 その後ろにいる女たちはもちろんのこと、酒場の偽勇者パーティのメンバーもバーテンダーも何もかもすべて圧倒されて、イスから転げ落ちそうになっている。

 全員、完全に身動きできない状態になった。

 ストロガノフはチャラに一気に駆け寄ると、両手を組んでチャラの頭上に振り上げる。

 筋肉が一回り盛り上がり、全身タイツにくっきりと大きく形が浮かんだと思ったら。

「威圧して叩き殺すだけ!」

 その言葉と同時に、チャラの頭に両手を叩き込む。

 爆音が鳴ったかと思うと、半球形の砂が舞い上がる。

 ストロガノフの背中が砂埃に飲まれていく。

 リュッケは威圧スキル発動後、六秒目にしてやっと体勢を立て直して何が起きたのか考え始めることができるようになる。

(この場にいるすべての人間が威圧スキルにかかった!)

 現状を理解し始めたとき、ストロガノフの後姿が砂埃から現われる。

 戦闘の結果が見えた。

 小さなクレーターの真ん中に潰れたチャラがいた。

 ほとんど即死に近かった。

 青白いアウラがストロガノフに取り込まれていくと、ストロガノフの全身が真っ白に激しく光り輝き、ステータスが向上していく。

 ストロガノフ・ハインツ(強戦士LV64→LV66)

 基本ステータス。

 筋力S++ → SS

 耐久B-  → B

 器用E → EE

 敏捷A+  → AA

 知力E → E+

 魔力G

 魅力D → D++

 ストロガノフは空を仰いで野獣のごとく咆哮を上げる。

「ふぉおおおおおおおお」

 99LVの剣聖を瞬殺してしまった。

 ストロガノフは叫び終えると、身動き一つしなくなったチャラに歩み寄る。

 その潰れた体を片手で持ち上げて語り始める。

「しっかしまぁ、よく引っ掛かったな。戦う前に逃げなかったことに驚くぜ。スキルの基本的な性質でも忘れたのかね? スキルってのは鍛えれば鍛えるほど精度が上がる。誰でも知ってることだと思うんだが」

 ストロガノフは目をバカみたいに開いて話を続ける。

「基本的な『威圧』スキルは成功確率5パーセント未満なんだが、俺は威圧スキルをSSSまで極めることによって、99パーセントの確率で怯ませられるようになったんだよ。

 まぁ威圧スキルは筋力が上じゃないと掛からないわけだが、俺より筋力のあるやつなんてざらにいない」

 ストロガノフは真顔になって断言する。

「つまり、ほぼすべての人間が確実に数秒間動けなくなる」

 リュッケは衝撃を受けていた。

 とんだ見落としがあった。

 威圧スキルは、ろくに使い物にならないヘボスキルだと思っていた。

 しかし、ストロガノフは威圧スキルを極めることによってチンピラが使うような代物から剣聖を怯ませられるレベルの技に昇華させていたのだ。

 ストロガノフはチャラの遺体を投げ捨てると頭をかきつつ。

「まぁ、威圧スキルは日に何度も同じ人間に掛かるわけじゃねぇ。

 だが、思いっきり殴れる機会が一回あればいい。

 もちろん、中にはすげぇ筋力の持ち主もいる。

 そのために俺は筋力を上げ続けなければならないわけだ。

 言っとくが、俺が生まれたハインツ家ってのは筋力と威圧、これだけで最強と呼ばれてきた一族なんだぜ」

 筋力が上ならば99パーセント威圧が成功するとして、ストロガノフが筋力の種を食べていた理由もわかった。

 知力を犠牲にしてでも筋力さえ得られれば、それだけでどんな人間にでも勝てる。

 リュッケはそう思った。

 ストロガノフはチャラの平たくなった顔をのぞきこんで。

「って聞いてるか? ああ、死んでるか」

 ストロガノフは何かを思いついたのか紙切れみたいになったチャラの死体をもう一度拾い上げて投げた。

 その投げた方角には取り巻きの女たちがいた。

 「きゃああ」という悲鳴をあげて逃げ惑い始める。

 悲鳴を尻目に、ストロガノフは満足げな表情で戦神の斧を拾い上げて酒場に向かってくる。

 ケイマルはカクテルの氷をカランと鳴らして説明する。

「あの侍はサムライ職の完成系ともいってよかった。

 でも才能限界が決まってる以上、自分の素質をよく考えてから一つのスキルを極めたほうが強くなれることが多い。

 ま、今回の場合は剣聖といえどもハインツ家のやり方には及ばなかったということかな」

 それこそハインツ家は考えに考えて、自分たちの素質(筋力)を最大限に生かす戦い方を見つけ出したのだろう。

 結果、レベル、ステータス共に格上の相手を倒す術を身につけた。

 威圧で動きを止めて、筋力で高い攻撃力を叩きつける。

 至ってシンプルだが、怖ろしいものだった。

 だからこそ、確信した。

 ――このパーティなら『ただの洞窟』を攻略できる!

 リュッケの目が見る見る明るくなっていく。

 あのダンジョンを攻略してくれるなら、どんな人間でもよかった。

 ストロガノフが酒場に入ってきて質問する。

「そういやケイマル、このスキンヘッドから聞いた話って何なの? 聞き逃してたんだけど」

「本人に聞いたほうが早いよ」

 リュッケは必死に今までの経緯を話した。

 どういう敵と『ただの洞窟』で出会ったか。

 犠牲になった人たちのこと。

 何よりも、重装先生がやられたことなどを強調した。

 何かが、そこにはあるのだということを知らせるために。

 ストロガノフは耳穴に指を突っ込みながら。

「重装先生なんて雑魚。そいつが死んだダンジョンだからって特段意味なんかねぇよ。

 そんなとこよりもスライム天国のほうがいいだろ。

 レベル上げにもってこいだ。分裂させたスライムをだな、こうブチブチと」

 奥の席からヒナナが駆け寄ってきて頬をふくらませる。

「重装先生のことをバカにしたら許しませんー」

「確かヒナナの友達だったっけ?」

 カウンター席にいたケイマルが蝶ネクタイを整えながら口を挟んだ。

 重装先生は偽勇者の友人じゃなかったようだ。

 ストロガノフがテーブルの席に深々と座って言う。

「あいつは装備に頼ってる時点で二流。本物の冒険者はその身ひとつでやれる」

「それ以上、重装先生のことを悪く言ったら怒るよ?」

 ヒナナの声の調子が変わった。

 女の子女の子していた雰囲気から冷水を浴びせかけるものになった。

 偽勇者パーティのメンバーを除いて、ここにいる誰もが背筋をゾクゾクさせる。

 ストロガノフが立ち上がって、ヒナナに顔を近づける。

「やんのか?」

「それ以上言ったらやります」

「事実を言って何が悪いんだよ。ああ、わかった。わかったよ」

 ストロガノフはバツの悪そうに頭をかく。戦神の斧をおもむろに肩に乗せて。

「重装先生は雑魚だ」

「うん、わかった」

 ヒナナが人形みたいにそう言って、星振るキューティステッキを両手にしっかりと持つ。

 一触即発。

 リュッケは縮こまることしかできない。

 ストロガノフが酒場の外を指差す。

「じゃあ、外出ろ」

 ヒナナはコクリとうなづく。

 お互いに酒場から出ようとしたとき、カウンターの通り道で鉢合わせになる。

 ヒナナが頭を下げて片手を差し出し、先を譲るようなジェスチャーをする。

「どうぞ、お先に」

「なんだ?」

「年長者には先を譲れと教わってきたものですから」

「お、おう。ローグ家出身だけあってそういうとこはきっちりしてるんだな」

 ストロガノフは素直に従って酒場の入り口付近に向かう。

 結果、大きな背を見せる。

 ヒナナはその後ろに小走りで近づくと。

「えいっ!」

 星のついたステッキをストロガノフの後頭部に叩きつけた。

 小さな☆が綺麗に三つ浮かぶ。

 ストロガノフが戦神の斧を投げ出してその場に倒れこんだ。

 ケイマルが呆れ顔でつぶやく。

「いつものパターンだな……」

 筋力の種を食いすぎたのだろう。

 それだけのことだろう。

 ストロガノフが大の字で「がぁーがぁー」といびきをかき始める。

(ああ、たぶんダンジョンの罠に真っ先に引っ掛かる人だ)

 リュッケはそう思った。

 酒場入り口で倒れていたストロガノフの首に突如としてロープがかかる。

 すごい勢いで広場にひきずり出されていく。

 ヒナナが追いかけるように酒場の外に出る。

 リュッケも外の様子を見る。

 数人の冒険者が広場にいて、ストロガノフを引き寄せていた。

「お嬢ちゃんのおかげで悲願が叶う。ありがとう。本当にありがとう」

 一人のひげ面の中年冒険者が涙ながらに感謝して言った。

 白い甲冑を着ていたが、砂埃で黄ばんでいた。その黄ばみが滝のように流れる涙で落ちていく。

 相当の恨みがあったのだろう。

 周りの冒険者が無防備なストロガノフをロープでぐるぐる巻きにしていく。

 その上からさらに鎖でぐるぐる巻きにし、口枷をつけて、特殊な五芒星が描きこまれた皮袋の中に押し込んでいく。

 ヒナナが目の玉をひんむいて場を制するように片手を切る。

「ちょっちょっちょ」

 中年冒険者がはたと涙を流すのをやめて不思議そうに言う。

「あんたらは冒険外では仲間を助けないって聞いてたけどな」

 ヒナナは可愛い仕草を作るように頬に小指を当てて。

「それはまぁ……ストロガノフさんが勝手に死ぬのなら気にならないんです。でも、私のせいで死ぬとなると後味が悪いというか、偽勇者様にも顔向けできない感じがするというか」

「お嬢ちゃん、無理は言わねぇ。これだけの冒険者を一人で相手にするのはいくら何でも無理だ」

 中年冒険者はそう言うと、周りを見て目で合図を送った。

 広場には大小さまざまな通路が繋がっているのだが、その路地裏の影に二つの光がいくつも浮かび上がる。

 それは眼光。

 ふたつ一組として、一、二、三、と数えていくと一つの路地裏に十数人。

 路地裏の数が五個あって、すべてにそれだけいる。

 さらに大通りからは堂々とこの期を見計らったかのように百数十人以上の冒険者たちが剣に斧、弓に杖、さまざまな武器を空に掲げながらズカズカと殺到してきた。

 冒険者たちは膨れ上がるように広場に集合してきて、どこに隠れてたんだよと言いたくなるぐらいの人数が円形広場を埋め尽くしてしまった。

 その数は半端ではなく、三百人以上の冒険者たちがせわしなくひしめき合っている。

 全員ひとつの目的のために集まったのだろう。

 ひしめき合いながらも協力し合うように広場中央の皮袋を順番に殴りつけていく。

 これみよがしに交互に殴りつける。殴りつけて殴りつける。

 見せつけるように殴りつける。

 棒の、それはもう尖ったところで殴りつける。

「まだ殺すなよ。ちゃんと拷問してないからな」

 中年冒険者が人の中に埋もれながら注意した。

 三百人の中には優秀な冒険者も数多く含まれていた。

 魔法戦士LV45、超戦士LV79、シルバーアサシンLV53、黒騎士LV61、精霊使いLV46、凶戦士LV69、アルケミストLV67、影忍LV65、レッドビショップLV51、長弓士LV48、レンジャーLV54、ネクロマンサーLV52……その他多数。

 ストロガノフを殺しにきただけあって相当な実力者たちだった。

 リュッケは酒場の中で戸惑いながら突っ込む。

「ど、どんだけ高度な恨みを買ってたんだよ」

 勢いに押されるようにヒナナは酒場入り口まで下がってくる。

 リュッケは頬をひきつらせる。

 これだけの数と質の冒険者たちを一人で相手にするのは偽勇者パーティのメンバーといえども。

「うん、やっぱり決めた」

 ヒナナはステッキをくるくると回しながらポーズを決めて、顔をすこし突き出し丸々と口を開く。

「ヒ~ヨ~コの歌がぁ~は・じ・ま・る・よぉ~。ヒヨ、ヒヨ、ヒヨ、ヒヨ」

 高らかに宣言し、ピンク色のアウラを放ち、注目を集め、不思議な動きを始める。

 リュッケが物珍しそうにそれを見ていると、いつも冷静なケイマルが頬に汗をにじませてカクテルを置いて言う。

「見ないほうがいい」

「えっ?」

「頭がクルクルパーになる」

「クルクルパー??」

「クルクルパーだ」

 リュッケは助言に従って、とにかく目をそらした。

 歌のせいか異様な興味が湧いて何が起きているのか何回も見たい衝動に駆られたが、耐えに耐え忍び続けた。




「何したの?」

 ボイヤン最下層、背中に円形の歯車を載せている銀色の少年の周りで数十体の機械兵が横倒れになっていた。

 機械音を発しながらジタバタしている。

 胴体が重過ぎるのか立ち上がることができない。

 この事態が飲み込めないゆえに、少年が不思議そうに質問してくる。

「だから、何したの?」

 ヤナイはタルデを背にかばいながら。

「この世界の言葉を話せるのですね」

「ここの人間を研究したからね」

 銀色の少年はそう言った。

 牢屋の中の人間たちが少年に視線を送られるとガタガタと震え出した。

 みんな一様に少年を怖れているようだった。

 目が合ったが最後、解剖されると思っているのだろう。

 ヤナイは安心させるような視線を送ってから少年に質問する。

「機械神とはあなたのことでしょうか?」

「人間の中にはそう言う連中もいるみたいだね」

「それでは話が早いです」

 ヤナイは両手を合わせた。

 機械神が鋭い目つきになって聞いてくる。

「で、お前何したの?」

 周りでは相変わらず機械兵がジタバタしていた。

 ヤナイはおだやかに説明する。

「風魔法を使いました。しかし、安心してください。あなたのお仲間にダメージを与えておりません。起こせば普通に動けるでしょう」

「ダメージがどうのこうのってのはどうでもいいよ。あんなの、また作ればいいし」

 ヤナイはすかさず問いかける。

「では、あなたにとって何が重要なのでしょうか?」

 機械神は何かを考え出したのか黙った。

 じろじろとヤナイを見ている。

 その姿、形は、十二歳ぐらいの少年だった。

 後ろを見たり、横を見たり、誰かを遊びに誘おうかどうか迷っているような仕草を繰り返すと、恥ずかしそうに言う。

「友達になってよ……」

「ああ、友達を探しに来たのですね」

 ヤナイは手を叩いて黄金のアウラの輝きを増させる。

 機械神はうつむき加減にうなづく。

「うん」

「私が友達になりますよ」

「ホント?」

「はい」

 ヤナイと機械神は笑顔になった。

 二人の間には平和なムードが漂い、ハートができる。

 タルデはそのやり取りを聞いて困惑していた。

(う、うちとけちゃってるよ。異世界の襲来者とうちとけちゃってる)

 機械神が両手を差し出して。

「なら、改造されてくれる?」

 そう話す機械神の側の台の上には臓物をぶちまけている人間の男がいた。

 体中に鉄杭を打たれ、息絶えていた。

 ヤナイは小さく頭を下げる。

 機械神が大声で叫ぶ。

「改造されて友達になってよ!!」

 牢屋の人間たちが部屋の片隅にちぢこまる。

 ヤナイは至って平静に問う。

「なぜ、そこまで改造にこだわるのですか?」

 機械神は人差し指と人差し指を合わせながら。

「改造しないと戦争する。ご主人様はそれで滅んだ。だからみんな改造しないと」

「みんな、ということは私を改造した後にこの世界のすべての人間を改造するつもりなのですね」

「そうだよ。悪い?」

「平和を望む心には賛同します。ですが、改造してしまっては真の友達とは呼べなくなるのではないでしょうか?」

 機械神が不思議そうに聞き返してくる。

「どういうこと?」

「確かに争わなくなるかもしれませんが、自分の意志も持たなくなるように思われるのです。それでは機械兵と同じ存在ではありませんか?」

「それでも改造しないとみんな好き勝手に暴れる。みんな不満ばっかりで戦争する!」

 機械神は眉をつり上げて両手を振り乱した。

 ヤナイは天井を仰ぐ。

「あなたの世界の人々はこれほどのテクノロジーを持ちながら不満があったのですか……なるほど、優れたテクノロジーが必ずしも人を幸福にするわけではないのでしょう――私は結局逃げていただけです。

 償いの仕方は本当はもっと単純なことだと知りながら」

「何の話?」

「いいえ、こちらの話です」

「そう……」

 機械神はつまらなそうに言った。

 ヤナイはニッコリして提案する。

「必ず元の世界に帰る方法を見つけ出しますから、それまでは人を襲わないでもらいたいのですが」

「元の世界に帰るつもりない。こっちで友達たくさん作るつもりだから」

「つまり、この世界に残り、多くの人を改造したいということですか?」

 ヤナイの質問に対して、機械神は弾けんばかりの笑顔でうなづく。

「うん」

「それは困りました」

「この近くの街の人間を全員改造したら、王都ってところをあれで襲う予定」

 機械神がちらりと視線を送った先には作りかけの巨大な人間型の機械があった。

 ヤナイはどうしたものかと考える。

 機械神が鋭い雰囲気で聞いてくる。

「で、お前は改造されてくれるの?」

 ヤナイが初めて目をそらす。

「それは……」

 機械神が五本の指をこちらに向けて両目を赤く光らせた。


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