荒野の街とダンジョンと
ヤナイの直感力は、ひとつの答えを導き出していた。
マシュー・イースターが行方不明になった以上、その身に何かがあった可能性が高い。
そして、その身にもしも何かがあったのだとしたら強盗やダンジョンによる事件の可能性がある
その防具がブラックマーケットで売り出されている可能性があると。
直感は、見事的中した。
ヤナイは防具店の店主のおばさんにマシューのものと思しき魔法のローブを広げながら聞く。
「この服をあなたに売った業者のことを教えていただけませんか?」
「そんなこと知ってどうするんだい?」
「探しているのです」
「ま、あいつに義理もクソもないから教えるけど、ベンジャミンって奴さ。赤っ鼻の男だよ。あこぎなやり方で儲けてる。無知なダンジョンマスターから安く買い叩いて、高く売りさばく商法さ。一部のダンジョンマスターたちには嫌われてるね」
間違いなくその業者が知っている。
そして、この魔法のローブを買い取った先がイースター家の跡取りマシューが行方不明になったポイント。
ヤナイは質問する。
「今、その業者がどこにいるのか教えていただけませんか?」
「確か今は、南西にある荒野の街ビザンビークに行ってる。最近、調子づいてるからね。ま、そこらのダンジョンから買い叩こうって算段」
「ありがとうございました」
だぼだぼの魔法使い見習いローブを破格の値段(3万G)で買い取ると、店主は驚いた顔で感謝した。話を終えるとヤナイはその場から足早に立ち去った。
ヤナイは王都から荒野の街ビザンビークに向かう。
目的の業者を探すために。
足元に風の攻撃魔法を打ち込んで、すさまじいスピードで空を飛ぶ。
事件の核心から距離的には遠くなるが、しかし着実に『ただの洞窟』に迫っていることを意味した。
女魔王は水晶に記録していた伝崎の様子を繰り返し再生している。
「ふふ、ふふ! イイ! この反抗的な目がイイ!」
伝崎が地面に額をすりつけた後、ちょっとだけ顔を上げてこちらを見たときの映像を見ては女魔王の鼻息が荒くなる。
リリンはその水晶の別画面を見ていた。
水晶は多面体になっており、勇者の動向や伝崎の現在の様子、さらにはヤナイの調査まで小さく映し出している。
画面の大半は伝崎の反抗的な目を再生するのに終始していたが、画面の隅にはヤナイの動きが映っており。
リリンが側に歩み寄ると悩ましげにまゆをゆがめて。
「魔王様、嫌な予感がするのデス」
「また何?」
不機嫌そうに女魔王は言った。
リリンは言葉に詰まりながらも述べる。
「もしも、もしも、デスよ。絶対魔術師ヤナイが『ただの洞窟』に来てしまったらどうするのデスか?」
伝崎を止められる人間はいた。
絶対魔術師ヤナイだ。
その存在を忘れていた。
あれほどの実力者がダンジョンに来たら、現在の伝崎は間違いなく敗れ去る。
ダンジョンの戦力が壊滅するだけでなく、魔王様にも火の粉が降りかかる可能性が。
しかも、その火の粉は無視できるようなレベルのものではなかった。
女魔王は水晶から視線をそらすことなく言い放つ。
「私、タマ無しに興味ないから」
悪魔でも知っている。
悟りを開いた人間は、闘争本能がなくなるという。
すべての生き物を慈しみ、モンスターにさえ優しさを垣間見せるとか。
確かにヤナイが持つ風格は、悟りを開いた人間のそれに見えた。
いつかの伝崎とのやり取りもその性格を現しているように思える。
――つまり、ヤナイは戦えないということデスか?
ダンジョンの質と冒険者の質は、ほとんど同義だ。
良いダンジョンが近くにある街には良い依頼も多くなる。
結果、良い冒険者が集まる。
冒険者が集まれば消費が促され、商人が集まってくる。
そうなると、人々が吸い寄せられて街が発展する。
王都の南西、荒野の街ビザンビークもその例に漏れなかった。
周りには貧相な土地しかなく、耕作には不向き。だからといって鉱山があるわけでもない。
南から吹き付ける熱波のせいで年中うだるよう暑さがあるだけ。
その上、ずさんな商会の自治によって治安も良いものとはいえず、冒険者同士の決闘が自由に許可されている。そのせいで街路にはそこかしこに危ない雰囲気が充満していた。
にもかかわらず、栄えていた。
冒険者がわんさか集まってきていたからだ。
この街は、モノとモノをやり取りする通商で成り立っている。
いわゆる商人の街。
この街の近くには、地平線の向こうまで見渡せる荒野がある。
その荒野。
わずかに砂埃舞う中に、良いダンジョンがいくつかあった。
その中でも一際優れていたのは『ボイヤン』というダンジョンだった。
ダンジョンマスター自身が掲載を拒否したためにギルド新聞には決して載ることもない。
載せる必要も無いほどに流行りに流行っているダンジョン。
全長数メートルのピラミッド型の入り口が荒野にぽつりとあって、そこから地下へと入っていける構造になっている。
地下九十九階まであり、その階ごとにレベルに応じたモンスターと宝と罠があるのだ。
レベルの低い冒険者は低い階で戦えるし、高い冒険者は深層を目指せばいい。
どんな冒険者にも対応している。
その上、深ければ深いほどレアアイテムのドロップ率も上がっていく仕様だ。
このダンジョンは百年以上かけて作り上げられた老舗の中の老舗だった。
果たして、ここに吸い寄せられている様々な冒険者の中に『偽勇者パーティ』もいた。
荒野の街ビザンビークには、ボイヤンのせいでとんでもない依頼があったからだ。
王都の酒場には各地のさまざまな依頼が集まってくる。
G~SSSまでの間で、その難易度に応じて報酬が貰える。
だいたい日常的に存在している最高クラスの依頼はせいぜいAランクまでだ。
王都の酒場ですらそれ以上の依頼は滅多に見れない。
(SSSランクの依頼が例外的に常時あるとすれば、それは魔王討伐依頼ぐらいなもの。
ちなみに魔王討伐依頼を達成すれば3億Gが王国から即金で支払われる。
3億Gは無駄使いしなければ一生生活に困らない額だ。
魔王を発見すれば1000万Gが王国から即金で支払われる)
しかし、荒野の街ビザンビークには今日の今日Aランク以上の依頼があった。
偽勇者パーティはその依頼に好奇心をそそられた。
とある依頼が二つある。
『機械兵がダンジョンから夜な夜な出てきて困ってます』
難易度AA+。報酬6650万G。依頼主ビザンビーク商会。
依頼文。
「夜になるとボイヤンから機械兵が出てきて人々をさらっていくんです。
数百名の住民がたったの一週間で行方不明になってます。
この街は終わりだという人もいます。商会公認の高レベル冒険者たちも全滅してしまいました。
お願いです。ボイヤン内にある原因を突き止めて、その原因を絶ってください」
『ダンジョンを乗っ取られた! 機械神を倒してくれ!』
難易度SS。報酬1億7200万G。依頼主ボイヤンのダンジョンマスター。
依頼文。
「よりにもよって異世界からやってきた機械神に私のダンジョンを乗っ取られた。
ある日、モンスターのコストを抑えるために召還魔法を研究していた。
そのときに間違って召還してしまったんだ。とんでもないやつを。
機械の世界から凶悪な神がやってきた。
機械神はダンジョンの最下層にいる。並みの冒険者じゃ中層に辿り着くこともままならない。
機械神を倒してくれるならどんなことをしてもいい。お願いだ。倒してくれ。このままじゃこのダンジョンだけじゃない。世界の終わりだ」
魔王討伐依頼を除いて最高クラスの難易度。
そして、破格の報酬だった。
噂を聞きつけた上級パーティが荒野の街ビザンビークに集まってきていた。
偽勇者パーティは中堅パーティにもかかわらず、そのひとつに紛れる。
絶対魔術師ヤナイは荒野の街ビザンビークに一直線に空を飛んで、もう辿り着いていた。
ボイヤンの第一の難関は、地下九十九階まで下りるのに骨が折れるということだ。
機械神がいる場所まで辿り着くまでにほとんどのパーティが離脱するか、壊滅することになる。
通常の下り方をする場合、最短でも二週間かかる。
ルートだけで考えてである。途中でモンスターや罠に出会えば、もっと掛かるだろう。
結果、荒野の街ビザンビークにはそういう困難な問題をクリアしてしまう特別なメンバーが集まった。
ロイヤルガードLV81。
トリックスターLV71。
アークビショップLV84。
ルーンアーチャーLV92。
平均で80レベル越え。
ドリームパーティ結成。
めったに組まれることのない上級者パーティであり、まさに夢のパーティと呼んでいい編成だった。
それぞれがそれぞれ元を正せば自分たちで結成したパーティのリーダーを務めていたり、その道の一流の存在。
莫大な報酬と深刻な問題。
さまざまな動機によって臨時的にこのパーティは結成された。
ドリームパーティがボイヤンのダンジョン内部を行く。
白い石畳でできた通路。
砂っぽい空気が漂う中、薄暗くて狭い階段を下っていた。
トリックスターが先頭を忍び足で歩いている。
灰色の髪の女だった。
名前はタルデ。
光沢のある白革スーツに身を包んでいる。
手袋と靴は軽装ながらも真紅で重々しく頑健そうだ。
腰の周りに大きめのポケットがあり、隠れ蓑や多彩なカギなどがあって身を隠す道具から罠を外すための道具が入っている。
片手にはナイフ。
ウィンズナイフという時価820万Gは下らない武器を頼りに前を歩く。
そのナイフの取っ手には円形の方位磁石のような特殊な指針があって、それが風の方角をとっているのだ。
その上、持っているだけで敏捷が二段階あがるという優れもの。
切れ味も抜群だし、風の方角を感じながら切れば確実に命中するというレアアイテムである。
今、通っている通路は特殊だった。
ほとんど敵が現われず、真っ直ぐにななめ下へ進み続けられる階段構造。
何事も起きずに進める。
俗に言うところの隠し通路である。
上位職でなければ見つけることが不可能なダンジョンマスター用の通路。
トリックスターのタルデだからこそ、この通路を見つけられた。
ここを通り続けて、いったん隠し通路から出たときには八十九階まで来ていた。
たったの二日しか経っていない。
ドリームパーティはほとんど消耗していなかった。
「とーぜん!」
タルデが調子にのって胸を張るのを素直に褒め称える男性の声があった。
「助かる。君とパーティを組めて本当に良かったよ」
その声の元にいたのは、真四角の竜の紋章が刻まれた大盾(竜輝の盾1740万G)を構えるロイヤルガードLV81の青年だった。大盾の大きさは彼の等身大をすこし超えたぐらいある。
青年の名前はセイヤ・ローン。
全身フルアーマー、白竜の鱗で作られた完全ロイヤル装備から顔をわずかにのぞかせる。
最高峰の防御力を誇るロイヤルガードという職種にいたる人間は少ない。
傑出した防御力や様々なステータスだけでなく、人格まで問われるからだ。
その代わりに『一身懸命』という起死回生のスキルを習得できる。誰かの身代わりに致命傷を受けても体力が1だけ残り、反撃時の攻撃力が飛躍的に上がるスキルだ。
タルデが最初に会ったときに萎縮するほどの役職。
内心、褒められながらもタルデはひやひやしていた。
(ロイヤルガード。ま、まさかこんなところで会えるとはね。宮殿の奥深く以外にいるなんて。それに……)
パーティの一番後ろに隠れるようにして盲目の女性がいた。
二十代後半くらいの美女。
常に両目をつぶっているが、フードからのぞく顔立ちは整っているのがわかる。
簡素な黒い修道服の胸の辺りには大きな金色の十字架が描いてある。その彼女から放たれるのは一際目立つ白と緑に輝くアウラだった。
彼女はアークビショップLV84。
回復形最高峰の役職である。
(ホントありえない。上位レア職のオンパレード。このパーティに参加できるなんて奇跡。トリックスターじゃなかったら、あたしなんかが入れなかった)
ルーンアーチャーはルーンアーチャーで足元にまで伸ばした白いもしゃもしゃの長髪に全身を覆い隠し、何もいわずに歩きながら弓の手入れをしている。
かなりの年配で弓の達人と見えた。
手に持っている弓がまた超レアアイテムで、赤紫の星が矢を放つ弦についている。
その弓から放たれた矢を食らっただけで混乱する。
威力もおそろしく高く、竜をも屈服させると云われた破壊的長弓。
『蛇神弓』
時価2270万G。
ドリームパーティの装備総額は軽く一億Gを超えていた。
ロイヤルガードはタルデの前に出てきて、さわやかに言う。
「そろそろ敵が出そうだから前を歩かせてもらうよ」
「え、いや、まだだと思うけど」
「全員無傷で冒険を終わらせたい」
タルデの困惑を尻目に、ロイヤルガードは前に出て行く。
八十九階に至るまで罠自体存在しなかったため、タルデは前を譲った。
前衛をロイヤルガードに変えて階段を下っていく。
八十九階から九十階の変わり目のところまで行くと、妙な音がした。カチリという音だ。階段の一部が四角く沈んだのである。
とっさにタルデは焦った。
(ダンジョンマスター用の階段にもトラップを仕掛けていたの!?)
よりにもよって九十階目に。
なぜ、ここに至って。
トリックスターとして直感する。
ここら辺にダンジョンマスターの部屋があるのだと。あるいは、重要な宝を隠していると。そんなことを数瞬の間考えながら前に出て、トラップの発動を防ごうとロイヤルガードの足をつかむ。
タルデは周囲にアウラを解き放ち、スイッチの間に意識を浸透させる。
即座に内ポケットから道具箱を取り出して。
スキル発動。
罠解除A-。
がっがっがと音を立てて、階段の横の壁が開いていく。そこにスパナをぶち込んで全体重をかけて罠を止めようとする。
だが。
スパナで押さえ込んだ壁とは別の場所の、三歩先にある階段の切り整えられた四角の石が一つだけ欠落する。
(あたしが押さえたのはトラップのハリボテだった!)
そこから竜の形を模した石像の口が出てくる。
即座に前に出ようとするが。
タルデはロイヤルガードに腕をつかまれ、盾の中に引っ張り込まれる。
「俺の後ろに」
竜の石像から黒い炎がすごい勢いで吹き付けてくる。
爆炎だった。
ロイヤルガードの青年は大盾を構えて、灼熱を全力で受け始める。
後ろにタルデ、他の仲間たちが身を寄せて隠れる。
炎の圧力はどれほどのものか分からない。
しかし、爆音によって空気が振動する。
炎の龍頭が大盾の横を通り、空気をこがす灼熱としてうねり抜けていく。
数秒間浴びただけで、骨の髄まで焼き尽くされる上級トラップ。
この階どころか三階上にまで突き抜けていく勢い。
タルデはロイヤルガードの後ろにいるというのに、横だけでなく正面からの熱気さえも感じる。おそらくは、この威力。通常の人間ならば吹き飛ばされて盾ごと焼きつくされる。
だが、ロイヤルガードはびくともしなかった。
すずしげな表情でスキルすら発動せずに立っている。
十秒、二十秒と経っても、ロイヤルガードの大盾は壊れず。
そのまま炎があきらめたように縮小して消え失せていく。
(さ、さすがロイヤルガードさん。ミスがミスじゃなくなる人)
タルデは頼もしく感じた。
この前衛でなければ全滅級の罠だった。
しかし、炎が炎なだけに大盾が熱されたのだろう。
罠終了後、ロイヤルガードが白い手袋を軽く外そうとすると、肌ごとくっついて外れづらくなっている。無理やり手袋を取ると溶けた肌が伸びて剥がれてしまうほど。
「別にこれくらい問題ないさ」
ロイヤルガードは余裕の表情で話した。
ポケットから回復アイテムを取り出そうとしていると、アークビショップが匂いを嗅いで近づいてきた。
「すこしだけ見させてください」
アークビショップはそう言うと火傷した手を取る。
何もせずに両手で持つだけ。
緑と白のアウラを浴びているだけで、ロイヤルガードの手の肌が再生していく。赤みからピンクがかって皮ができて肌色に戻る。
その間、十数秒しかなかった。
回復魔法すら使わずに自らのアウラの性質だけで治してしまった。
アークビショップの特別なアウラがロイヤルガードの自然回復力を最大限に引き出したのだ。
手を取り微笑む様は聖女のようだった。
(やっぱ、すごすぎぃ)
タルデは目の前のハイレベルの光景にびびっていた。
普通のパーティなら九十九階まで下り続けたら消耗し尽くしてしまう。魔力も体力もやがて尽きてしまう。しかし、アークビショップが一人いるだけで延々とダンジョンを潜れそうな気がした。
九十一階には隠れ大部屋があった。
そこには巨大な禍々しい伝説のブラックドラゴンがいたのだが、ルーンアーチャーのじじいが出会いがしらに連続で急所に数本の矢を放ち、瞬殺してしまった。
すこし休憩してから一番乗りで最下層に向かう。
正直言うと、このパーティで負ける気がしなかった。
九十四階に達したとき、一直線に下っていく隠れ通路の階段に『それ』が立っているのを見つけた。
そのすべてが真っ黒な塗装で光沢を放っている金属製の何か。
ずんぐりむっくりの胴体。丸みを帯びた肩。棒みたいに細い足。
両手にはボウガンのようなものを持っていた。
(機械兵!)
洞察スキルを発動するが、そのステータスは見えず。
生命エネルギーを感じ取ることができない。
機械兵の胴体の真ん中に赤い光が一点灯り、それがこちらに動く。
「ピピピ! バトルモードオン!」
機械兵が甲高い音を発して、こちらにボウガンのようなものを構える。
ロイヤルガードが大盾を前に構え、タルデとアークビショップがその後ろに、ルーンアーチャーが手早く弓を引こうとしたとき、機械兵のボウガンからビームが出た。
矢ではなく、赤いビームだった。
それは瞬間的な出来事。
タルデが本能的にかがんで頭を抱える最中、赤いビームはロイヤルガードの大盾をあっけなく貫通し、ロイヤルガードの胴体をごぼう抜きにアークビショップとルーンアーチャーの胸や肩を撃ち抜いていた。
赤いビームは横になぎ払われ、仲間三人の上体だけが吹っ飛ぶ。
ロイヤルガードが反射的にスキルを発動する。
『一身懸命』
しかし、宙に浮かぶ上体だけでは引き抜いた剣で斬りかかることはできず。
ルーンアーチャーが欠けた弓から上体だけで無理やり矢を放つ。
赤紫の光を帯びた矢が機械兵に当たるが、カキンと音を立てて合金の肌に弾かれる。
タルデは隠れ蓑をとっさに広げ、壁に張り付く。隠れ蓑が壁の色に順応していく横で赤いビームが悲鳴を上げる仲間を執拗に調理していき、時間差で血が飛び散る。
ロイヤルガードが情けない声を上げる。
「ぐあぁあ」
成すすべがなかった。
タルデはほとんど思考停止に近い状態で思う。
(なにが……)
こちらがまともな攻撃を加えることもできなかった。
機械兵の攻撃はロイヤルガードの最高峰の防御力をいとも簡単に貫通し、ルーンアーチャーの攻撃速度をも凌駕。無理やり放ったとはいえ、ブラックドラゴンをしとめた威力の何分の一かはある矢をその合金の肌だけで弾いた。
(強すぎる……)
タルデは壁に必死につかまり、耳をそばだて目を動かす。
機械兵がガチャンガチャンと足音を立てて近づいてくる。
仲間の生死を確認しようとしているようだ。
タルデにはわかる。
ドリームパーティの実力は、王国でもトップクラス。
その人間たちがここまであっけなく壊滅させられたということ。
おそらく、たった一体の機械兵で王国の上級騎士を百人以上圧倒できる。
それだけの戦力。
――これが異世界の超技術なの?
誰がこのダンジョンを攻略できるのだろう。
上級パーティの中には、二、三、特殊な能力の持ち主がいる。異空間に閉じ込められる魔法使い連中が確かにいる。だが、そこに持っていくまでにクリアしなければならない問題がある。
詠唱なんて間に合わない。
スピードが違いすぎる。
タルデはこんなときに偽勇者のことを思い出す。
『我々に攻略できないダンジョンなどありませぬ』
酒場で偽勇者はふざけ気味にそう言っていた。
上級パーティでも攻略困難なこのダンジョンを、中堅パーティに過ぎない偽勇者連中が攻略できるはずなんかない。にもかかわらず、なぜか、わずかに期待している自分がいた。
彼らが育てば。
しかし、今はそんなことを考えている余裕などなかった。
機械兵が隠れ蓑の薄い布の目先で立ち止まっていたからだ。
タルデは息を殺して目をつぶる。
どさくさに紛れて隠れられたが、位置情報がばれていたら。
機械兵はガシンとボウガンを動かす。
――こちらに向けられたの!?
「バトルモードオフ」
いや。
それは武器をしまう動作のようだった。
機械兵が側を通りすぎる中で、タルデは考えなければならなかった。
・このまま最下層を目指して事態の深刻さを確かめるのか。
・それともダンジョンを脱出して機械兵一体の実力を皆に伝えることに終始するのか。
・あるいは、逃げて逃げて何も話さずに逃げて王国を見捨てるのか。
タルデは機械兵が立ち去ったのを音で確認してから隠れ蓑を折りたたむ。
顔の汗を拭う。
周囲に機械兵はおらず、異様な静けさだけが残る。
足元にはバラバラの死体が落ちていた。
ここまで来て引き下がったとしたら、どうなるのか。九十四階まで降りてきて帰ったら、どんな気分か。この人たちの死は? そもそも、ここまで他のパーティが来るのにどれだけの時間が掛かるのか。
――もしも、あの機械兵たちが。
仮定が正しいなら、冒険者レベルの問題ではなく国家レベルの問題。
タルデは言い聞かせるように決意を口にする。
「死なばもろともよ……王国が滅んだらあたしの稼業も食いっぱぐれる」
階下に歩を進め、最下層を目指す。
真相を究明することを選んだ。
・偽勇者パーティのメンバー。
シロ(村人LV42)
『偽勇者』と呼ばれている張本人。
眠れば眠るほど賢くなるという特異体質の持ち主。
仮眠と本眠りがあって仮眠は半日寝るだけだが、本眠りとなると一ヶ月近く目覚めない。
本眠りの際には予知夢を見るという。
ストロガノフ・ハインツ(強戦士LV64)
力持ちの神さまを先祖に持つと自称するハインツ家出身。
レベルアップ中毒者。いつも話をさえぎって言う口癖がある。
「そんなことよりもスライム天国行こうぜ」
ヒナナ・ローグ(幻想魔術師LV48)
最も古い歴史を持つ魔術の超名門一族出身。
口癖は、ぽえぽえきゅん。大体カマトトぶっている。
「そんなこといったって、わたしは分かりませんー。ぽえぽえきゅんですからね」
ケイマル(ダンジョンバリスタLV50)
ダンジョン案内人。技術者。
偽勇者パーティ唯一の常識人?
「ま、それは違うと思うんだ」
タタル(破戒主祭LV53)
邪神信仰がバレたために破門された教会の元スーパーエリート。
いつも逆十字の特別な棺の中に引きこもっている。無口。
「……フヒヒ」