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経営者の決断

 ブラックマーケットの真ん中、人々が行きかう中で。

 卑屈そうな奴隷商人に白ゴブリンが鞭打たれそうになるのを伝崎は止めながら、すこし考え込んでいた。

 今この瞬間、伝崎の決断力が試されていた。

 もはや、悩む時間はなかった。 

 レイシアは王都の街中をかっきり、迫る。

 すさまじいスピードで地下都市への階下をくだり、ブラックマーケットに迫っている。

 しかし、伝崎はそのことをまったく知らなかった。

 言いようのない不安を感じながらも、知りようもなかった。

 遭遇すれば衝突の可能性は高い。

 伝崎がもしもレイシアについて知ったならば、速攻で逃げるような戦力差があった。

 数名の精鋭騎士を引き連れて、大鎌を振るわんとするレイシアは今の伝崎からしたら震え上がるような脅威だったのだ。

 しかし、伝崎は知らなかった。

 伝崎は上半身を抱きしめるように両腕を組んで、「うーむ」とうなりながら直立している。

 簡潔に述べれば、伝崎の考えているテーマは二つに絞られていた。

 ――先行投資か、目の前の目標達成か。

 手持ちの金は、1404G。

 白ゴブリンを手に入れるためには、風の靴を売らなければならないだろう。

 風の靴は、ただの洞窟の財宝として使えるだけでなく戦力向上にも役立つ。

 これがあれば、Cランクダンジョンぐらいまでは十分の財宝となると伝崎は考えていた。

 しかし、もしも白ゴブリンをここで買わず、誰かに取られたら。

 永久に手に入らなくなったら、将来的な栽培が難しくなり、食料の確保に困ることになる。

 力の種や敏捷の種なども栽培できなくなり、人材の育成に不足が出てくるかもしれない。

 Cランクダンジョン以降は、強力な戦力がいるのである。

 キキと同程度、あるいは白ゴブリンはキキ以上の人材の可能性だってある。

 将来か、今か。

 悩まなければならなかった。

 先行投資をしすぎて倒産する会社もある。

 一方で、目先の利益ばかり追って倒産する会社もあった。

 本来ならば、何日も掛けて悩むこのテーマを伝崎はほとんど時間を掛けずに決断していた。

 考えた時間、十数秒。

「じいさん、あんたを今すぐに買う!」

 白ゴブリンのじいさんは、たくわえた白ヒゲを触りながら笑う。

「ふぉふぉ、想像以上に早いお出迎えですな」

 栽培に成功しようが失敗しようが、このじいさんはステータス的に優秀。

 レベル23。筋力E、耐久D、器用B-、敏捷C、知力B+、魔力C、魅力C-。

 目立ったスキルは栽培の神様A+、薬草術B。

 目立たないのだと何気に弓スキルがC-としてあった。

 参謀とか、それなりの戦力として使えるのだ。

 風の靴を43万Gとあまり交渉に時間を掛けずに近場で売り払い、白ゴブリンを34万Gでそのままで買い取った。

 目先の金ではなく、時間を選び取った。

 このわずかな時間。

 この時間こそが、すべての運命を変えるものだとは伝崎は知らなかった。

 とはいえ、商売の経験則的に決断した。

 ある一瞬において、時間は命に匹敵する価値を持つときがある。

 伝崎は白ゴブリンの鎖を開錠させると、その場を後にした。

 その後ろに息を切らせながら、ブラックマーケットの人ごみをかきわけてレイシアが迫っていた。

 ほとんど入れ違いでお互いの運命が交錯する。


 出会うことはなかった。


 伝崎は人ごみの中で考える。

 風の靴を売ったことによって、少なくとも目先のCランクダンジョンは遠のいたかな、と。

 これが意味するところは、自分のゾンビ化が明らかに迫ったということ。

 その上、風の靴の補正がなくなり、敏捷はAAからAにダウンした。

 代わりに白ゴブリンのじいさんが隣で腰を曲げて歩いている。

 そして、キキが顔を隠すようにして赤布をかぶり直している。

 明らかに仲間が増えてきた。

 伝崎は軽く片手をあげて、独り言をつぶやく。

「千軍は得やすく、一将は求めがたし、だ」

 まるで天に向かって、おごそかに宣言するようだった。

 多くの兵は簡単に集められるが、それを統率するただ一人の将を得るのが難しかったりする。

 ゾンビやスケルトンたちは金さえあれば買い集められるし、宝だって代わりはあるだろう。

 しかし、白ゴブリンに代わる人材は二度と現われないと見ていい。

 求めがたし一将を得た。

 伝崎は口角を大きく上げて深い満足を表しながら、二人もとい二匹の人材を引き連れていくのだった。

 見る人が見れば、その口角の上がり方は悪魔的だった。

 影絵のような後姿が人ごみに消えていく。

 果たして、この先行投資が経営者の判断として正しかったのか。

 この決断が吉と出るか、凶と出るか。それは神のみぞ知る。

 伝崎のゾンビ化まで二ヶ月と二十三日。

 女魔王との約束。

 Dランクダンジョンへの期限は音も立てずに近づいてくる。

 ズケは王都からかけ離れた湖でほとんどの事情を知らずに、しかし、ほくそ笑んでいた。




 伝崎は改めてアイリスの店は異常だと思った。

 原価を割ってるならば、普通に店で売らずにモンスター商人に直接売ればいいはずだ。

 それをしないのは、特殊な事情しか考えられない。

 たぶん、対人恐怖症か何かが原因でどうしても売れないのだろう。

 どっちにしたってアイリスの店は特別で、他の奴に見つかったが最後である。

 ダンジョン経営のために絶対に押さえておかなければならなかった。

 地下都市の片隅、アイリスの傾いた店の中で。

 カウンターの下にもぐりこんでしまったアイリスを前に、伝崎はもはや交渉を成功させる自信があった。

 どっからどう考えても彼女に断るだけの意志はないはずだ。

 破格の値段で働かすぐらいの極悪な考えもあったのである。

「モンスター調達要員として雇われてくれないか?」

 交渉スキルを発動させながら、そう頼み込んだところ。

 アイリスは数分後に、小さく答える。

「ぃぇ」

「ん、なんて?」

「ぃぃぇ」

 なぜか断られた。

 いろいろとじっくり時間をかけて聞いてみたところ。

 どうやらこの店で商売するのは生活するためというより、リハビリみたいな要素もあって、もしもモンスター調達要員になってしまったら完全にモンスターとだけ接する日々になるやらなんやらで。

 だめだと言うのである。

 こればっかりはテコでも譲れないらしかった。

 ならば、だ。

 どうやって魔物を調達しているのかを教えてくれ、と頼んだ。

 あの安さの秘密を知りたかった。

 無料でどうやってモンスターを仕入れているのか。

 罠代を浮かせる方法を知ることさえできれば、あとは他のモンスター調達員を雇う手だってあるはずだ。

 企業秘密かと思いきや。

「ぃぃょ」

 アイリスは隠れながら、そう言った。

 ――それはいいのか。


 一緒に夜中の墓場の前まで行くと、そこで彼女は当たり前のように詠唱を始める。

 不思議な蒼白い円形のわっかみたいなものが数百と重なり、彼女の周りでぐるぐると回りながら。

 空気圧を起こして、三つ編みの金髪が逆立って、何か世界が滅んでしまうような威圧感が生まれた。

 白ゴブリンは白ひげを触りながら言う。

「ふむ、これは伝説のかつて滅んだといわれる古代民族の禁呪ではありませぬか」

 キキは興味津々な様子で、瞳の中にこの状況を映し出していた。

 十字架の墓場の前の土がにょきりと盛り上がる。

 青白く腐った顔がのぞきだす。

 アイリスは、土から顔を出したゾンビ目掛けて魔法を放つ。

 ゾンビの頭に大きな酒瓶みたいなものがあたると、ゾンビは半身を出したところで身動き一つしなくなった。

 掛け時計みたいなものが頭の上に浮かんで、秒針が動かなくなっているのである。

 口から落ちようとしていたよだれの一滴が空中で止まっている。

 モンスター自体がまるで、その。

 彫刻のように動くことすらままならず。

 そう。

 ――時を、止めやがった。

 伝崎は傍で見ていて、ぞっとした。

 いったい何を見てしまったら、こんなことができるのか。

 ――石化や麻痺のようなチャチなもんじゃねぇ。

 おそらく、この世界には石化や麻痺を何らかの方法で治癒させる術があるはず。

 しかし、時止めはアイリス本人以外には解除できそうにないと思われた。

 できる人間がアイリスしかいなさそうだし、対策が取られてなさそうだから。

 この世界の素人でもわかる。

 そのやばさは尋常ではなかった。

 そう戦慄している間にも、アイリスは申し訳なさそうにうつむきながら、ゾンビに近づいていく。

 三十分以上もの時間をかけて空中に術式を刻み込んでいった。

 次第にその古代文字はぐちゃぐちゃに重なり、黒に塗りつぶされていく。

「はぃ!」とアイリスが声をかけると時間が元に戻り、ゾンビの頭の中に溶け込んでいった。

 無茶苦茶だった。

 とてもじゃないが、マネできるようなことじゃなかった。

 ――もしかしたらこの子は……ヤナイよりも。

 伝崎の戦いたくないランキングが更新された。

 ゾンビは首輪と鎖をつけられて言うとおりに動くようになった。

 のろのろと申し訳なさそうにアイリスの後ろに従順についてくるのである。

 帰り道、伝崎は交渉スキルを発動しながら土の上に綺麗に両膝をそろえて土下座する。

「お願いします! 仲間になってください!」

「ダメ」

 アイリスは頑なだった。

 背を向けて歩き出すほどだった。

 土下座して無理だったら、だいたい無理っていう。

 無料調達の夢は、もろくも崩れ去る。

 こうなったら、どうすればいいのか。

 アイリスの店に着くまでの間に考えに考えて出した結論。

 雇われモンスター調達員にするのではなく。

 そのまま店で商売をしてもらってもいいから専属契約みたいな形にすればいいのではないかというものだ。

 店の90パーセントの商品は、独占的に買い取ることができるというものである。

 あとの10パーセントでリハビリをしてもらうみたいな形だ。

 これから何百万と投資するし、一緒に金儲けしようやという話をセットでしながら、将来君も金持ちだよという旨い話を織り交ぜながら説得した。

 アイリスはカウンターからひょっこり顔を出しながら言った。

「ぃ、ぃぃょ」

「ひゃっほーい」

 役所や王国の法律の専門家に相談して、ちょっとした書類作成に1万Gをぼったくられながらも契約書を作ってもらうと、すぐにアイリスに署名してもらった。

 所持金は9万1404Gから8万1404Gになった。

 価格はアイリスの店基準で一律40パーセントオフ。

 8000Gするゾンビが4800Gで買えるというものだ。

 通常店頭価格の1万5000Gから比べたら膝が震えるほどの価格である。

 そして、90パーセントの商品は独占的に買い取れる。

 一年契約で年毎に更新。

 余談だが、投資すればするほど仕入れ数が増えるのは檻代や倉庫代などその他諸経費をまかなえるからだそうだ。

 さらに遠征にいける場所も増えて、モンスターの種類も豊富になってくるらしい。

 晴れて王国の法律に守られた契約が成立した。

 こうして、アイリスの店を完全に押さえたのである。

 伝崎はいろいろな目的が達せられたことを喜び、地下都市の買い物を一区切りにして王都を歩いていた。

 キキと白ゴブリンのじいさんを連れて。

 青空の下。

 王都には竜の裏返った形をしたランタンが飾り付けられていた。

 パレードの準備でもしているのかと聞いたら、竜覇祭なるものが開かれるらしい。

 伝説の竜殺しの活躍を祝ったもので、武の祭典らしい。

「一日限りのトーナメント方式の大会が三週間後に開かれるのさ。

 飛び入り参加自由だぜ。優勝賞金は2000万G。準優勝でも500万Gだ。

 命をかける価値があるかは別としても、男なら一度は憧れるもんだろ」

 若者がそう話すのを聞き終えると、伝崎は王都を後にした。

 伝崎のゾンビ化まで二ヶ月と二十二日。




 伝崎の戦いたくないランキング。

 一位最強。ヤナイ、女魔王、アイリス(NEW)。

 二位最強候補。ソノヤマ、心臓。

 三位猛者。頭蓋骨。

 四位強者。50レベルの強戦士。

 五位自称商人、伝崎真。

 例外、エリカ様。




 竜覇祭が三週間後に開催されようとする折。

 王都の宿屋の一室にて。

 心臓はひとり直立し、孤高の鍛錬に励んでいた。

 リュウケン使いが最も重視する鍛錬方法のひとつ。

 タントウ功。別名、立禅りつぜん

 自然にそのまま立ち、両手を胸の前で向かい合わせる。

 傍から見ると、透明な球形のかごを抱えて立っているように見える。

 この単純かつ、シンプルな鍛錬方法をしっかり積めるかでリュウケン使いの力量が決まるといってもいい。

 ほとんどの使い手が嫌い、怠るものである。

 こんなことで強くなるのかと。

 しかし、気=アウラをしっかりと見ることができる見識の深い者たちは気づく。

 気が充電されている様を。

 指先から放たれるはずの気が胸の前で止まり、体内に循環していくのである。

 結果として、その気が充足した体に、とある変化を見つける。

 アウラの質の変化、ほんのささいな変化を見つけるのだ。

 成長限界が向上している。

 一時間やっても、0,004パーセントの上昇率でしかない。

 しかし、それを一万時間も積み重ねるとどうだろうか。

 十万時間重ねるとどうなるだろうか。

 成長限界が40パーセントも向上するのである。

 十年、二十年、と掛けて、リュウケン使いはこの方法で強くなっていく。

 強敵を倒したほうがいいという人間もいるだろう。

 しかし、自分よりも優れた相手を倒すということがいかほどのことか分かっていない。

 ほとんどが敗北して死ぬ。

 ――リュウケン使いは危険を冒さず、地道な鍛錬によって成長限界を伸ばし続ける!

 しかし、とはいえ、ほとんどの人間が挫折するだろう。

 あまりにも単調で精神的に耐え難いものがあるからだ。

 ただ、無言で立ち続けるだけのことが、である。

 たとえば何の音も聞こえず、誰とも会話できない部屋に閉じ込められたとしよう。

 人間は数時間そこにいるだけで、ストレスを受ける。

 精神に変調をきたしてしまうものもいるという。

 人間にとって、何もしないことは苦痛。

 タントウ功は、別名立禅といわれるだけあって沈黙を強いられる。

 精神を鎮め、集中をしていなければならない。

 そうしなければ気=アウラは乱れ、霧散していくからである。

 つまり充電効果がなくなり、成長限界を上げることができないのである。

 立ったまま、何もできないのだ。

 ある武術家は言った。

『狂ったように突きを打たされるほうがマシだった』

 これを怠ったものに将来無し。

『タントウをたーんとやらんとう』

 心臓の師父の言葉である。

 冗談交じりのこの言葉が、今では至言だと心臓は思えた。

 若かりし頃、師父自身も最初はこの鍛錬方法に疑問を覚え、師匠がまともな形を教えてくれないのではないかと思ったらしい。

 しかし、こう言われたと。

『強くなりたかったら、立ってろ(タントウ功をしてろ)』

 心臓のタントウ功は、五万時間を突破!

 一日十時間、タントウ功を行ったとしても五千日掛かる。

 5000 / 365 = 13.6986301

 約13年半。

 心臓は八歳の頃から毎日十時間以上の鍛錬を積み重ねたのである。

 その強さは、地道な、気の遠くなるような、それこそ誰もが挫折する単調な道の真ん中にあった。

 成長限界は20パーセント以上、向上している。

 もともとの高い才能に加えて、20パーセントの成長限界の上昇。

 そして敵を効果的に殺傷する拳法を覚え、龍神を崇拝している。

 そこでレベルを上げていくと、どうなっていくのか。

 力量が向上した心臓は、進んで「強い敵」を倒しに行ける。

 心臓は立禅をしながら深く目をつぶり、頭蓋骨が伝崎に破れた理由を考えていた。

頭蓋骨シャオロンがあの男に負けた理由は、一撃目から本気で行かなかったからだ。

 何より、王国に来てからタントウ功を怠っていた。すべてがおごりによる)

 頭蓋骨は、しかし、言うことを聞かなかった。

 今は、煙玉対策に必要なアイテムを手に入れるために旅立ってしまった。

 消煙草というものがあって、それで「消煙玉」なるものを作れば煙玉を無効化できるらしい。

 心臓はつぶやく。

「伝崎、といったか」

 ズケから名前を聞いていた。

「伝崎……」

 その名前を口にするたびに気が乱れる。

 体中が総毛立つ。

 武者震いとは違う。

 もっと別の何かだ。

 集中力を途切れさせてはいけない。

 そう思いながらも、伝崎の顔が頭から消えずにいた。

(いったい、俺はあいつに何を期待しているのだろうか)

 一ヶ月以上、伝崎との幻影と戦い続けて。

 心臓はある事実に気づいていた。

(あいつは足がついた瞬間、動きが止まっている)

 明白な弱点だった。

 攻撃をしかけるフリをして伝崎が回避行動を取ったら、そのまま追いすがり続ける。

 そうして、後ろ足を着地した瞬間に本当の攻撃を加えれば。

 勝てる。

 はずだが。

 なぜか、この先に伝崎を倒しているイメージが湧かなかった。

 攻撃が当たっている印象が浮かばない。

 なぜか避けられてしまう。

 するすると、するすると。何度も何度も、そのことを振り払おうとしたが振り払いきれなかった。

 ――俺が成長してるなら、あいつも成長してるってことか!

 心臓が両手拳を握ると、濃縮された気が爆発する。

 今や闘技場の強敵を倒し続け、成長しながら限界を引き上げ続けなければならなかったのだ。

 興奮しながらも、心臓は唐突に無表情になる。

 部屋のベットの上に座り込むと、どうしようもない虚無感に襲われる。

 なにをしてるのだと自分に対して思った。

蓮抱レイチェル、異国の地に来てからもお前を忘れたことは一度もない。人は何人も殺すことができるが、いまだにお前一人救うことができないでいる)

 竜覇祭に参加することになるだろう。

 そして、その得た大金で場当たり的に探すしかなかった。




 山奥の崖のふちの、うっそうと草が生い茂る場所。

 空すら見えないほど雲に覆われた視界の中。

 一本の太い木の幹の下、いがぐり頭の根元の側。

 三角型の真っ白な消煙草が生えている。

 その草の前、銀色の奇妙な竜が首を根元にうなだれさせて息絶えている。

 長方形の頭に、極度に細長くなった尻尾。

 翼は飛ぶことをやめてしまったのか退化していて、骨がむきだしになっているみたいだ。

 胴体はみの虫みたいな形で、足は筋骨隆々としていて走り出したら止まらないといったような。

 その竜は、俊竜とも呼ばれるとてつもなく走りが早いモンスターだった。

 灰竜の中から十年に一匹しか生まれないという亜種の中の亜種。

 その竜が息絶えていた。

 口元から緑色の液体を木の根元に吐き出して、そのはらわたの中身を抉り出されている。

 側には顔中を緑色に塗ったスキンヘッドに刺青を刻んだ男。

「ぉおおおおおおおおお」

 叫ぶ頭蓋骨だった。

 俊竜を殴り殺して、その生血をすすったのだ。

 頭蓋骨は体中にみなぎる力に、言い知れない興奮を覚えていた。

 体の筋肉がまるでスピードに特化したかのように突如として引き締まり、身軽となっていた。

 その興奮と共に体の周りに龍の形を模した赤黒いアウラを漂わせている。

 竜と龍が交わった瞬間だった。

 頭蓋骨の敏捷がBBからA-に向上する。

 消煙草をいくつも握り取って服の中にしまいこむと、目的を終えたはずの山奥へ勇み足で向かっていく。

「欲々飲!(もっと飲みてぇ!)」


 近場の木の上には竜の卵があったが、頭蓋骨は気づかなかった。

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