腕相撲
「一回って言わなかったよな?」
伝崎のその言葉から、十二回目のそれは訪れた。
ソノヤマの白手袋が血に染まっている。
白手袋の手首辺りから下に水滴のように血がしたたり落ちて、四角い机の上にいくつも小さな血のつぶを作っていた。
伝崎の右拳から出たものだった。
机の上には血まみれの伝崎の右拳が押し付けられている。
周りに、にじむように血が広がる。
勝敗が決着したことにより、ゆっくりと手が所定の位置に戻される。
そのとき、傷ついた右拳が血の線をわずかにひいていく。
拳頭の皮がほとんどはげている。
情け容赦なく、延々と木の机の上にぶつけられ続けたせいだ。
机には血の跡が無数に小さな輪を描いていた。
伝崎は、全敗していた。
成す術がなかった。
ソノヤマと手と手が合うと、伝崎は直感的に勝ち目がないことがわかる。
鉄のようにソノヤマの腕は動かない。
手の先から足の先まで全身が一致している。
手に触れているというよりも、相手の全身をつかまされたような印象を受けるのだ。
ソノヤマの統一された体は鉛のよう。
また腕相撲が始まると、同時に拳が一瞬消える。
直後、カンっという乾いた音がなって机の上に二人の拳が出現する。
やはり、伝崎の拳が一方的に机に押し付けられていた。
それと同時に鋭い痛みが拳頭に走る。
伝崎は、にがにがしく顔をゆがめるしかなかった。
横で眺めていたエリカは両腕を組んで涼しげな顔で言う。
「もう、やめたらどう?」
伝崎の全身には夜色のアウラがたゆたっているだけだった。
(なんでだ……まったく俺のアウラが通用している気がしない。
わずかに、本当にわずかに力を消化しているだけ。
あのとき、あの大男を持ち上げたとき、もっと無抵抗だったのに)
何が違うのか、と考える。
あのとき、確かにしていたことは。
アウラの状態は何だったのか。
安易に、それこそ本当に安易にそのことを思い出した。
すべて、アウラを右手に集めていた。
アウラを集中することによって吸収する力が上がるということか。
しかし、もっと根本的なことも思いついた。
アウラを成しているのが精神性だとして、それを成り立たせているのは何なのだと。
(俺の潜在意識が関係しているのだろう)
いつ、どのようにして、このアウラに変化したのか。
死にかけたときだ。
ダンジョンの罠にかかって。
それで。
あのとき、考えていたこと。
感じていたことは、今の逆境とどこか似ている。
同じように成す術がなかった。
こんなふうに一方的な状況に立たされていた。
ただ思い出しそうだ。
伝崎の目の瞳がじわりと変わる。
どこか、おぼろげになって焦点が合わなくなる。
ふるふると瞳の中心が振動している。
ソノヤマは仮面の下の目をぎろりと動かして、伝崎の目をにらみつけてくる。
小さな頃。
だから、そうだった。
誰かが石をぶつけてくる光景の先に見ていたのは、いつもいつも同じものだった。
その人の後ろにある影がいったいどういう挙動をするのかばかり気にしていた。
黒い一本の棒みたいな誰かの微笑を思い出す。
悪意の無さ過ぎる、それは。
とりとめもない思考が解き放たれていくように、伝崎の体からアウラがより多く漏れ出す。
黒服から半透明の黒い液体があふれていく。
その色合いはもっと深くなり、寒々とした冬の夜の無機質な絵が背中に現れたようだった。
次第に蛇のように線を引いて、枝分かれし出す。
どうして、こんなにも小さな頃から自分はおかしかったのだろう。
どうして、誰ともろくに分かり合えずに生きてきたのだろう。
どうして、人を殺しても何も感じないのか。
日本にいるときから、人と価値観が別世界のようにずれているのだけは確信していた。
そこに答えがある気がする。
疑問に思った。
この思いを制御できなければ、どうなる。
感情の乱れはアウラの暴走を生み出し、このアウラの暴走はいったい何を生み出してしまうのだろう。
違和感の先にあるような気がする。
それが生まれたのは小さな頃なのか、それとももっと昔からあったのか。
空恐ろしい何かが、ひそんでいる。
なるほど、よくわからんが。
――俺はお前を飼い慣らそう。これから使えそうだしな。
乱れそうになる感情を、アウラを、ねじふせる。
己の意志力によって、形無きそれを、捉えられないアウラの性質を、コントロール下に置こうとする。
暴れ馬に乗るように体がゆれるのを片腕で抱きしめて押さえつける。
無意識的に憤怒の形相になる。
アウラが振動し、蛇の形状は丸みを帯びて収まっていく。
ずずっという音がなったかと思うと、体の周りの近くに濃厚な夜色のアウラが静まる。
そして、すごい勢いで右手に凝縮されていく。
黒く黒く黒く、そこに小さな異次元が発生しているような。
ソノヤマが白い面の下の表情をゆがめる。
「っ!?」
とっさにソノヤマは体から隠していたはずのアウラを解き放つ。
あれほど警戒心の強いソノヤマが全身から刺々しい青紫のアウラを出す。
次の瞬間、ソノヤマのアウラ自体が光る。
合返A++。
ソノヤマは洞窟の奥から聞こえてくるような小さな声でスキルの名を口走る。
今、ぶつけようとした伝崎の右拳の力をそのスキルで返そうとしているのがわかった。
しかし、次に起きた異常事態がそれを無意味にしていた。
ソノヤマの全身のアウラが、伝崎の右拳に飲まれていくのだ。
渦を巻いて右拳の異次元へ完全に消え失せていく。
ソノヤマはとっさに白い面ごと顔を引いて、全身を引いて、後ろに倒れそうになっている。
まるで腑抜けになっている。
ソノヤマの体に力が入っていない。
さっきとは打って変わって、紙切れ。
鉛から紙切れに変わっている。
生命エネルギーであるアウラを吸収されて、筋肉に力が入っていないのだろう。
その光景は合気道の達人が弟子を投げ飛ばす寸前に似ていた。
つんのめっている。
その状況下にあってもソノヤマは心が折れておらず、両目を大きく見開いて、また異なったスキルを発動しようとしている。
水月移写B+。
ソノヤマは自らのアウラが吸い込まれていく中で、最大最高の能力を発揮しようとしたのだ。
今できる最大。
青紫のアウラが全局面に渡って水面のようになる。
鏡のように青紫のアウラが夜色のアウラを写そうとしている。
この場にいる誰もがオミナ家の奥義であると直感するような、高度なスキルだとわかった。
しかし、そのスキルさえも無効化され、アウラごと水面は伝崎の右拳に吸い込まれていく。
伝崎は、しびれる右拳に力を込めて。
思いっきり。
机にたたきつける。
ガンっという音がなった。
ソノヤマの右手首がひしゃげるような形で曲がり、そのまま机の上に拳がついてしまっていた。
ソノヤマはほとんど体勢を崩して、机の上に全身を預けていた。
沸き立つように黒々しいアウラが無数にとげを出して渦巻いている。
エネルギーというエネルギーを何もかもを吸収してしまっている。
その光景の禍々しさ、異様さ。
この場にいる誰もがゆっくりと、何かいけないものでも見てしまったように後ずさっている。
それでも。
目をそらせない。
エリカも職人たちもキキも誰も彼も何もかも、そっと空気が止まってしまった場所を見つめて立ち尽くしている。
何よりソノヤマが目を奪われている。
首筋に汗を何粒も垂らす。
この状況、この違和感。
伝崎から発散されるそのアウラの意味。
生命あるものが寒気がするほど直感する。
――このアウラ、世界を滅ぼしうる。
伝崎は理解した。
(俺の中の空洞が、このアウラを招いたのかもしれないな)
わかったこと。
ひどい虚無感を抱いて一つの部位にアウラを凝縮すれば、強力な形で相手のアウラを吸収できる。
それはすなわち、スキルの無効化。
筋力の無効化という効果を持っている。
触れてしまえば合気道の達人のように、敵を無力化して潰せてしまう。
とはいえ、アウラを一部分に凝縮しなければならない以上。
こちらも隙が多くなるし、他のスキルを使う余裕が一時的になくなる。
何より凝縮した部分で相手の体に触れるのは厳しいものがあるだろう。
虚無感を育てていけば、凝縮しなくとも無効化できるようになりそうだ。
つまり、全身にアウラを覆っていても無効化できるということであり、隙がずいぶんとなくなる。
しかし、そうなってくると、なぜか自分の生命力もやばそうだと思った。
命の危険を感じる。
伝崎はそっと机の上から右手を離して立ち上がると、実にすっきりした表情になる。
「ふぃー心のなんか、もやが晴れた。よくわからないけど変なアウラ身につけちまったみたいだな」
でも、分かる。
元々あった力。元々あった感覚だ。
なぜか忘れてただけ。
苦境に立たされれば立たされるほど本来の自分が目覚めていく。
それが良いことなのか悪いことなのか今は分からない。
ただ、利用できるものは利用するだけ。
伝崎は電気を受けたように固まった右手を振って血払いする。
エリカは頬をひくひくさせて、手のひらを向けて、こちらの様子をうかがっていた。
硬直する彼女の横を通りすがって。
「約束守ってくれよ。まぁ今日はこれぐらいでちょっと引き上げるわ。
用事も色々とあるし、また今度じっくりスキルを教えてくれ。
一日そこらで覚えられるものでもないしな。ああ、あと、罠探知とかそういうスキルを知ってる人を紹介してほしいかな」
キキの小さな手を引きながら立ち去ろうとする。
エリカは何かが気に食わなかったのか、顔を真っ赤に両目をつぶって声を荒げる。
「罠探知って、そんなスキルがダンジョンマスターに必要なわけ!?
自分のダンジョンの罠の位置ぐらい自分でわかってるでしょ。
あんた、もしかして同業者のダンジョンを攻略しようとしてるんじゃないでしょうね?」
伝崎はとっさに膝を折って、風の靴を見えないように隠そうとする。
「その靴! ああ、もうバカ」
エリカは眼前をふさぐと腰に手をあてて、人差し指を鼻に向けてくる。
「ばれたらあんた、ギルド公認の攻撃対象になっちゃうよ」
「まじか……」
聞いてなかった。そんなルール。
書いてなかった。そんなルール。
俗に言う業界の暗黙のルールである。
確かに普通に考えてダンジョンマスターが他のダンジョンマスターのダンジョンを襲ったら、すごい営業妨害だし、組合的に考えても最悪だ。
当然といえば当然。
なぜ、こんな簡単なことに思い至らなかったのか。
(あの、ゴブリン王の洞窟とかダンジョンマスターがいたのか……)
エリカは人差し指で伝崎の鼻をつつきながら言う。
「制裁として高レベル冒険者をみんなで雇って、あんたのダンジョン昼夜問わず壊滅するまで攻撃され続けるよ」
(まずぃいいい)
一人相手ならまだしも、今の今。
まだまだ戦力が整ってない状態で来られたら終わる。
確実に終わる。
こんなところにとんでもない落とし穴がありました。罠探知なんて聞かなければよかった。
どうにかして切り抜けないと。
伝崎はゆっくりと両手を地面につけようとしながら、おそるおそるエリカに頭を垂れる。
もはや静まらない怒りを抱えてるかと思いきや、エリカは母親のようにこんこんと話す。
「まぁでも、それを教えてなかった私も悪い。あんた異世界人だもんね。
今回は見逃しといてあげる。私のペットだし、私のペットだし。
でも、次見つけたら言うから」
「エリカ様、ありがとう……なっててよかったペットに」
ほかにも色々と説教されることになった。
そのときにはすっかりさっきの夜色のアウラの異様な雰囲気は失せてしまって、いつも通りの状態と関係になっていた。
エリカの豪邸をあとにした。
地下都市を歩いて、伝崎は独り言のように話す。
「これからのことちょっと考えたけど、やっぱ何がなんでも白ゴブリンのじいさんが欲しいな。
他にも金が入ったら有望な人材が欲しい。これからは人材集めに力をいれよっと」
ナイフの精である小さいオッサンが、ポケットの中でしみじみと言う。
「おぃいい、さっきお前さんのアウラを見てたけどよぉ。
お前そんなんだったら一人でダンジョンの戦力つとまりそうだぜぇ。
人材集めとか必要なくねぇかぁ?」
「いいや、いるね。むしろ、もっと人材を集めたくなったな。
俺がスキルをいろいろちょっと習得すれば何でも教えられそうだし」
「むしろ逆だろぉ。お前ひとりでやればいいじゃねぇか。
才能限界がないんだろぉ? コスト面を考えてよぉ、ひとりでやれよぉ」
小さいオッサンはポケットでチュウチュウとうるさく話す。
伝崎は、オッサンのそれを聞き流しながら思った。
まさに係長以下の考え方だ、と。
どこぞの天才軍師さん(諸葛亮)もそれに近い発想で、内政、軍事、外交を一手に引き受けていたが、だめだった。
能力面だけでいえば世界史上屈指の大政治家だったにもかかわらずだ。
なぜ、だめだったか。
メンタリティが二流サラリーマンと一緒だったからだ。
人材が育たない。俺がやったほうが早い。俺忙しすぎ。
これはまずい。
これって典型的な二流サラリーマンの発想と行動。
部下が育たないんじゃなくて、育ててないんだ。
自分がやったほうが早くても、如何に部下で回らせるかを考えたほうがいい。
そのほうが育つ。
それが経営者の発想。
飲食店経営の話だけではない。
ダンジョン経営でも国家経営でも同じこと。
人材育成を中心にしないと未来はない。
確かに天才軍師さんには同情すべき点が山ほどある。
国力差から何から何まで、育成してる余裕がなかったのかもしれない。
泣いて馬謖を切るぐらいだ。
だが、彼亡き後に国が長く持たなかったのが良い証拠だろう。
人材育成を怠った明確な結果だ。
そんなことを伝崎は考えながら流し目を妖精のオッサンに向けていた。
そういう説明は面倒なので、適当にオッサンが納得できそうな反論をすることにした。
「わかってなさそうだから言うが、俺はソノヤマには勝てねぇよ」
オッサンは目が飛び出そうなふうに驚いて言う。
「はぁ、なんだとぉ?」
「腕相撲と実際の戦闘は違う。前にあいつの攻撃を見たことがあるから分かる。
絶対にソノヤマの間合いに踏み込めない。
まず間違いなく、触れることもできずに瞬殺される」
「そうなのかぁ。おいさんには分からねぇよぉ、強さの差が」
「凝縮した虚無のアウラでソノヤマに触れないとだめなわけだが、そこに至るために必要な能力が決定的に欠如している。
近づいたら必中の槍で突かれる突かれる。確実に死ぬ。
ソノヤマに触れられるようになるには六年。接近するためのスキルを身につける期間が少なくとも六年欲しい。
それじゃあ遅すぎる。俺は三年以内には日本に帰るつもりだからな」
「お前さんが言うと、説得力があるなぁ。あんまり根拠も語ってないのに」
「それに俺一人で勝てるようになっても、ダメなんだよ。
ソノヤマクラスの強さの持ち主が何人かでパーティ組んだら、どうなる?
六年鍛えてもアウト。ダンジョンは壊滅だ」
「うぅ、つくづく、お前さんは考えてやがるなぁ」
伝崎が考えているのは、それだけじゃなかった。
――絶対魔術師ヤナイを倒せるかどうかが最高の基準。
一人では絶対に無理。
思い立ったようにキキの頭を赤布越しになでなですると、キキはどう反応していいのかわからずに、ちょっとだけムスっとした顔になって唇をとがらせる。
この子がダンジョンの将来を必ず担うことになるのは確かだと、彼女の真っ直ぐな目を見ながら思った。
伝崎は地下都市をキキと一緒にしげしげと歩きながら、アイリスとの独占契約の形も作りたい。
やはり何より白ゴブリンのじいさんを早く手に入れたいと考えていた。
手持ちの金は、1404G。
白ゴブリンは、34万G。
どう値切っても厳しい。
ダンジョンで稼いでからでないといけないか。
だが、何か嫌な予感がする。
前にキキのときに感じたようなやつだ。
今、手に入れておかないと、後では手に入らないような感じ。
一回当たった予感は、二回当たる。
同じミスはしない。
なんとかせねば。
豪邸の一室。
エリカは窓際のイスに深く座り込んで、上体を投げ広げる。
「接してみて、ソノヤマはどう感じた?」
「あれは、自分の心すら殺さないと帯びれないアウラです」
ソノヤマは血まみれの白手袋を面にそえて続ける。
「彼は、長くないでしょう」
ただの洞窟の奥深く、魔王部屋。
リリンは親指の爪をかみながら、水晶の伝崎の様子に緊張していた。
その緊張の斜め上を突き破ってしまう言葉が魔王様の口から出てくる。
「魔王の生まれ変わりっぽいな……」
魔界のビーチの海でも眺めるように、のうのうと言いのけた。
水晶の伝崎に向かって。
リリンは驚きのあまり、すっとんきょうな声をあげる。
「へ……!?」
「ますます戦いたくなったわ」
リリンが何よりも深刻に捉えたのは、魔王発言だけではなかった。
伝崎は魔王の生まれ変わり。
確かにこれですべての合点がいくのである。
あのアウラの根源が歴代でも異質な魔王という前世に根ざしたものだとするなら納得できてしまう。
なぜ、異質なアウラを持つ魔王がこの世界にいなくなったのか。
異世界に転生していたのならば、つじつまが合う。
実際に前世が魔王かどうかは鑑定能力のある者に調べさせないとわからないが、それは重要なことではない。
明確に言えることが一つ。
――魔王は二人もいらない。
魔界の絶対権力者は唯一無二。
ならば。
問題なのは。
魔王様の表情だった。
水晶をやさしく撫で回すように抱えて、顔をとろけさせている。
しゅんっと頬を紅潮させている乙女がそこにいるのである。
ベットの上で改まったように女座りをして、伝崎に輝く視線を一直線。
リリンはまずいまずいと思いながらも、「ますます戦いたくなったわ」という魔王様の言葉を頭の中で繰り返して、うながすように質問する。
「やるなら、今デスよね?」
「まだ雑魚だし。やるなら伝崎様が育ってからにする。うん、そうする」
乙女がそこにいた。
だめだ、こりゃ。
リリンはあきれかえっていた。
罠師見習いの少女ミレアは大きな箱の上から降りて、祖父の罠師に問い詰めるように聞く。
「あの人、誰なん?」
「お前は知らんでいい」
突き放すようにそう言われて、罠師見習いの少女ミレアは大きな箱の上に戻っていく。
エリンギ頭みたいにくくった白い髪をすこしだけ揺らしながら。
このときはまだ誰も知らなかった。
この少女が罠師の道を究め、次々と新しい罠を発明してダンジョン界を席巻していくことは。
幼くして、罠設置DD+と罠探知D-と罠製作C-を体得していた。
それらはすべて、祖父の後姿を見よう見真似で練習して身につけたものである。
罠師に聞いたダンジョン専用罠の設置標準価格(or自分で設置した場合の既製品価格or自分で製作して設置した場合の原材料)
針山 11万G(既製品9万2200G、罠設置Dで設置成功率80パーセント。原材料5万G、罠製作EEで製作成功率80パーセント)
霧 100万G(既製品89万G、罠設置B-で設置成功率80パーセント。原材料64万G、罠製作C+で製作成功率80パーセント)
毒沼 12万G(既製品8万G、罠設置DD+で設置成功率80パーセント。原材料6万G、罠製作D-で製作成功率80パーセント)
炎穴 30万G(既製品24万G、罠設置C++で設置成功率80パーセント。原材料19万G、罠製作CCで製作成功率80パーセント)
槍山 20万G(既製品14万G、罠設置C+で設置成功率80パーセント。原材料12万G、罠製作D+で製作成功率80パーセント)
武器吸引 1200万G(既製品981万G、罠設置A+で設置成功率80パーセント。原材料742万G、罠製作AAで製作成功率80パーセント)
超吸引 1億G(既製品8320万G、罠設置AAで設置成功率80パーセント。原材料3200万G、罠製作SS+で製作成功率80パーセント)
スローモーション 23億G(既製品16億3200万G、罠設置S+で設置成功率80パーセント。原材料4億2131万G、罠製作SSSで製作成功率80パーセント)
白騎士レイシアは王宮の廊下を歩く。
一日中、出発の手続きを繰り返させられたばかりか、いろいろな人物に挨拶をさせられた。
そのせいで、レイシアは少々と気が立っていた。
黒鎧の下、唇をとがらせるまではいかないまでも、誰が見ても不機嫌といった顔だった。
そこに宮廷魔術師のドネアが、柱からどーんと立ちはだかるように現れた。
レイシアは空を仰ぎたくなった。
ドネアの見た目は十四歳ぐらいの少年。
寝ぐせのまま出仕しただろうといいたくなるぐらいのくりんとした黒に近い栗色の髪。
裏表を逆にした法衣の着崩し方が特徴的。
それ以上に異界の穴から出てきたサングラスというものを掛けていた。
サングラス自体に札がついていて、その異世界文字を自力で解読したらわかったらしい。
ドネア本人は虫サングラスと呼んでいる。
丸い瞳が大きく強調されたような感じが不気味で忌み嫌われている。
宮廷魔術師と騎士団はいがみ合う仲。
しかし。
宮廷魔術師ドネアは駆け寄ってきて、目の前にいるというのにまるで遠くで見送るかのように手を振り続ける。
「レイシアさぁああん、レイシアさぁあん」
ドネアだけは例外的に馴れ馴れしかった。
何事も無かったかのようにレイシアは素通りする。
ドネアは王国随一の難関といわれる宮廷試験に八歳のときに合格。
最年少記録を打ち立て、宮廷魔術師として登用された。
絶対魔術師ヤナイは姿を消す前に自分の後継者にドネアを指名。
『次の時代を作る人。聡明とは彼のことを指す』と称賛していた。
ドネアはニコニコと陽気な口元で、もっと言えば不気味な顔で、追いすがってきて声をあげる。
「なんで無視するんですか?」
(こ、こいつが、なのか?)
レイシアは心中で嘆く。
ドネアはヤナイに称賛される一方で、大賢者シシリに酷評されている。
『すごく影響されやすいっていうか、あれは風見鶏みたいもんだよ』
ドネアは勇者と同質の純白のアウラを身にまとい、雰囲気だけは一見すると神々しささえも感じさせられる。
が、話してみると、ただのお調子者というか。
なんというか。
悪い意味で、とらえどころのない感じがするタイプだった。
レイシアはドネアを無視して廊下を歩き続ける。
さっさと出発したかった。
ドネアはふーんと言って、そっちがその気ならとぶつぶつ呟きながら。
「耳寄りな情報があるんですけどねぇ」
レイシアは気にせず歩き続けて、王宮の巨大な扉を召使いたちに開けさせる。
ドネアは慌てて話す。
「あの予言、鳥が落ちるとかどうのって言う前に、実は神が見たものがあるんですよ。
そのビジョンを霊視したって子がいたんですけどねぇ」
「言え!」
レイシアがすぐさま振り返ると、つられるようにドネアも振り返った。
「マネするな!」
レイシアは手を振り上げる。
ドネアも手を振り上げる。
「あ、すみません」
ドネアはぺこりと頭を下げて、すぐに話し始めた。
「ええっと、モモコっていう女の子のカカシがいまして、その子から聞いたんですよ。ちなみに僕のガールフレンドです」
「どうでもいい」
「で、その子はいいました。黒い男が白いゴブリンと出会って、どうのこうのって。
鳥が死ぬ占いは、そのビジョンがきっかけみたいらしいですよ。
えっとこれは僕がすぐに調べさせたんですが、白いゴブリンは王都の外れの森で奴隷商人に捕まっていたのが目撃されてたり。
となると、その白いゴブリンって地下都市のブラックマーケットとかに売られちゃってたりして」
ドネアはむふふと妙な笑い方をしてから。
まるで最近読んだ本のことを引け合いに出すみたいに、借りてきた言葉を口ずさむように言った。
「予言は外すためにあるのです」
王宮の巨大な扉が轟音を立てて開いていく。
レイシアは黒鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら走り出す。
「馬をひけぇえい!」
王宮の外に飛び出すと、召使たちが引き出した馬に駆け足で乗りあがる。
従者の騎士たちが後ろからあわててついてくる。
疾風のごとく王宮から数名の騎士たちが飛び出していく様は、街中の人々の目をひくものがあった。
白騎士レイシアは己の黒鎧となりし、悪辣なる大鎌を即座に使うつもりだった。
心眼AA、ほぼ回避不可能。
急所攻撃確定。
最高クラスの攻撃力を誇る大鎌の刃の先に立つ人間には「真実か、死」しかないのだと、絶対の確信を胸に風を切っていく。
反逆者たちには教えなければならない。
――王国を預かる人間の強さを。