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交流

「魔王様、伝崎のアウラを見て危険だと思わないのデスか?」

 リリンはとがめるように声を張った。


 女魔王はあぐらをかいて、ただの洞窟の天井を何気なしに見上げながら話し始める。

「確かに伝崎は素質や能力的に恵まれているわけ。

 あのアウラに変化したときはさすがに驚いたわ。特殊な考え方してたんだろうな。

 極限状態に追い込まれて、もともと培ってきたものが目覚めたってあたりか。

 まぁそれでも、どっちにしたって一つだけ確かなことがあるわけよ」

「なんデス?」

「伝崎ってさ」

 女魔王は頬をふくらませて口に手を当てる。

 顔をそらして、けふけふと吹き出している。

 伝崎のどこをどう捉えて女魔王が面白がっているのかリリンはわからなかった。

 しかし、その態度には伝崎に対する好意が感じられたが。

 リリンが目をくりくりとして見ていると、女魔王は笑いをかみ殺しながら言い切る。

「伝崎って、見たことないくらい小物なの。

 行動の全てからにじみ出る小物臭が半端じゃない。

 あんな小物、魔界、人間界、どこ探してもいないよ?」

 女魔王は伝崎を完全に小馬鹿にしていた。

「しかし、小物といってもデスね」

 それが安全である証明になるとは。

 女魔王はアゴをあげながら真顔で言い放つ。

「小物だからだわ」

 ベットから女魔王は立ち上がると、部屋を見渡し歩き始める。

 王座にまで歩いていくと、そこに深く座り込んで足を組み上げる。

 はっとするほど冷たく整った顔立ちにその知性をたたえて、赤い唇に人差し指を当てながら。

「小物だからやることも知れてんの。リリンも分かってると思うけど、あいつは利害だけで動く人間」

「利害だけで動く人間だからこそ、心配なのではないデスか」

「あのね。本当に心配すべきは逆なの」

「どういうことデスか?」

 女魔王は側においてあった果実を手にとって、かじりつくと、ムシャムシャといわせながら。

「伝崎が利害でしか動かない間は自分の手下として使えるわけよ。

 日本に帰れるっていう利をおさえとけばね、せっせと働くし、こっちに牙をむいてこない。

 私なしじゃ帰れないわけだし。仮に日本に帰る気が失せたら失せたで、簡単に行動を把握できるわけ。

 でも利害以外で動くような人間になったら……無理な話になってくる」

「利害以外で動くような人間になったら、どうするのデス?」

 女魔王は食いかけの果実を握りつぶす。

「そうなったら殺す」

 途端に女魔王は前のめりになり、目を細めて表情を鋭いものにする。

 一瞬、ほんの一瞬だけしか認められない微笑を含み、見ている者を戦慄させるだけの迫力をもっていた。

 女魔王は立ち上がると、リリンの前に近づいていき。

「ところでリリン」

「はい?」

「私のことを心配してくれてたんだな」

 女魔王は表情をふにゃりと崩し、そっとリリンを抱きしめる。

 さっきとは打って変わって温かくやさしい声をかけながら、その大きな胸の中にリリンを包容した。

 リリンは女魔王の黒いローブごとその胸の中に埋もれた。

 とろけるようなやわらかさがあった。

「何も心配しなくていい。あんな小物が成長したところで私が負けると思うか?」

「魔王様……」

 リリンはうっとりした声でそう言いながら、確かにと考える。

 魔王様は、都市破壊級の絶大な魔力とありえない詠唱速度を体現している。

 下級魔法の詠唱は一言、上級魔法は三言で済ませられる。

 一部の魔法を除いては、数秒から数十分掛かる魔法の詠唱を一秒から三秒に収める簡略化方法を体得しているのである。

 しかも特化型ではなく万能型。

 防御魔法から攻撃魔法に至るまでほとんど戦闘に必要な魔法を網羅もうらしている。

 魔王家の歴代の天才たちの頂点に立つ存在と言ってもいい。

 一方で、とリリンは考える。

 伝崎はあのアウラの性質から言って、エネルギーをそれ相応に消し去る力を持ってしまったのだろう。

 完璧にはわからないが、その能力と見込んだとして。

 しかし、物質までをも消し去る虚空魔法を使えない限り、魔王様の足元には及ばない。

 どこまでも強くなる人間が危険であることは間違いない。

 しかし、いくら伝崎が強くなったからと言って、魔王家の頂点に立つお方をやすやすと倒せるようにはなるとは思えない。

 それだけ魔王様には隙らしい隙や弱点らしい弱点がないのだ。

 ――魔王様の見方は正しい。

 正しいのに。

 リリンは不安を感じる。

 もっと何か決定的なことを見落としていないか、ということ。

 伝崎の何かを見誤っているのではないか。

 考えても考えても出ない答えに、リリンは首をかしげる。

「つかぬことを伺いますが、魔王様は伝崎に対して特別な感情を抱いてないんデスね?」

 もしも特別な感情があったら、いざというときに躊躇してしまう。

 女魔王は、はぁっとあきれ顔になって矢継ぎ早に言う。

「あんな小物に特別も何もないって。ホント、見てるとあきないんだわ。

 あの小物さ加減がくせになってくる。

 小物のくせに勇者面したり、調子乗ってるとむかつくけど」

「どんだけ小物小物、言うんデスか」

 リリンの苦言に答えることもなく、女魔王は光り出した水晶のほうに目を向けて鼻歌交じりに駆け寄る。

 そのままベットの上にダイブして、また夢中に伝崎の様子を眺め始めた。

 ――それが特別な感情じゃなければいいのデスが。

 リリンにとっては、自戒の意味も強かった。

 今は魔王様の考えに従おう、とリリンは思った。

 そして、伝崎の考え方を探り続けよう、とも。




 伝崎はパプーの異世界旅行記を片手に、挑戦的な態度で話す。

「前々から、あんたみたいな金ピカの聖人面した奴に聞いてみたいことがあったんだよ」

 絶対魔術師は、微笑を崩さずに。

「私は決して聖人などではありませんが、ご質問はなんでしょう?」

 とある古書店は、絶対魔術師の黄金のアウラによって特別な雰囲気になった。

 その上、不釣り合いな伝崎の存在によって一層奇妙な場所に仕立て上げられる。

 本棚の雑然とした雰囲気の中、すべての存在を明らかにする太陽があるかと思ったら、何も写さない暗黒がある。

 その二人が、お互いに軽く名乗りあって対峙しあう。

 伝崎の後ろにはキキが微動だにせずに隠れていた。

 伝崎は両腕を広げる。

「聖人がよく説いてる慈悲や愛だとかが存在しないとはいわない。

 だが、それが一体何なのかあんたは説明できるか?」

 絶対魔術師ヤナイはたわむ緑色のローブから両手を出し、合掌を作る。

「すべてを受け入れること、無条件で」

 直後、金色のアウラの中にイメージが広がっていく。

 ひとりの母が描き出され、乳飲み子を抱きかかえる姿が見えた。

 その態度でもって、数万の人々の行列に対する聖人の姿がだぶって見える。

 ――こんな簡単なことだったのか。

 長年の疑問が、たった一言で氷解してしまった。

 伝崎は、なぜかこらえきれなくなって笑みをこぼした。

 たった一言で聖人の性質を言い得てしまうすごさ。

 こういうタイプの人間もいるんだなという驚きがあって、異世界に来た意味はこれだけであったように思える。

 こんな機会は二度もないだろう。

 聞くも一興、話すも一興。

「想像できないことがある。どうすればその境地、いや、発想ともいうべきものに至れるんだ?」

「すべてを捨てる覚悟を持つこと」

「どうすれば、その覚悟を持つことができるんだ?」

「あなたは気づいているんでしょう。すべては幻想だと」

 見透かすように語る絶対魔術師ヤナイの言葉はどこまでも説得力がある。

 確かに前々から、伝崎は直感していた。

 過ぎ去っていくすべての物質的なものに対して、どこかでまったく期待していない。

 けれど、だからといって。

「お前の言いたいことは分かるが」

「なら、できるでしょう」

 ヤナイは微笑を崩さなかったが、その体から放つ金色のアウラを美しく強めた。

 彼と対話していると理知という言葉を超えて、深い叡智に接しているような感覚を抱く。

 二、三、会話を交わしただけで分かる。

 彼は尊敬に値する。

 しかし、まぁ、なんといいますかね。と思った。

「いやいや、できないからこうしてるんだ」

「あなたはできないというよりも、やらないだけのように見えます」

 伝崎は思う。

 人に慈悲とか愛とか施せるほど偉大でも何でもないし、普通にやらないんじゃなくて、できないんだが。

 やりたくもないが。

 まぁでも、そう言われると気分は悪くないので。

 伝崎は、もっともらしく渋い顔になって。

「わかってんな」

 とりあえず、言っとけ的なノリで合わせた。

 まぁこう言っとけば、なんかすごいじゃん、という見栄。

 完全な見栄。

 うすうす感づき始めた。

(まずいな。俺はいろんな人から勘違いされてるっぽい……)

 ヤナイの見方もそうだが、ステータスに関しても過大評価すぎる。

 知力Aとか、そんな賢くない。

 ――洞察の神よ、お前の判断基準はおかしい。

 実際は、B-か、CCぐらいが適正なんだが。

 本当にリリンの知力がC+だったら、たぶん自分はCぐらいの評価でもおかしくない。

 どっちにしたって、この話は興味深いのでヤナイに聞けるだけ聞いとこう。

「この際だから聞いとくわ。普通の人たちが聖人を目指すには、そもそもどうしたらいいの?」

「自我を無くしていくことです」

 自我とは、自分、自己ともいうべきもの。

 自分が自分であるために生まれる、こだわりのようなものなのだろう。

 それらを聖人になるためには無くせというのか。

 伝崎は前々から疑問に思っていたことを聞く。

「自我を無くす。そんなことが人間に可能なのかね?

 食う、寝る、着る、衣食住、最低限必要なことがあるだろう。

 自分が自分であるために商売をなんなりとして金を稼がなきゃならん。

 自我を持つっていうのはイコール人間として生きるってことじゃないのか?」

 ヤナイは左手の人差し指で地面を差し、もう一方の手を胸に当てて。

「自我を無くして人間が生きていくことなど不可能だと思っているんですね。

 しかし、それは可能です。昔、聖人が自我を無くしたことがありましたが、他の者に尽くし尽くされて何も困りませんでした。

 自我を無くすのは怖いものなんかではありません。とても安楽なこと」

 古書店には、黄金の光がおだやかに広がる。

 伝崎は個人的に別の角度で納得していた。

 よくよく考えてみれば、商売もそうかもしれない。

 結局、商売の本質っていうのは尽くすこと。

 良い商品を提供し、客が対価を支払う。

 その良い商品を提供するというのは尽くしていることに当てはまるし、それに対価を払うのはある意味で尽くし返しているわけで。

 何よりも商売は自分が作りたいものを作るっていう我を通すのではなく、客が欲しているものを作るわけだ。

 それはある意味で自我をなくしていることに当てはまる。

 商売の成功法則を極限まで突き詰めていくと、ヤナイの言っていることが当てはまるかもしれない。

 伝崎はこんな人物になかなか質問できる機会も少ないと思って、聞き手に徹することにした。

 決して感化されるつもりもなかったが。

「自我を無くすには、他人に尽くすとかそういうものがいいのか?」

「そうです。しかし、しいて言えば、祈りから始めることを勧めましょう。

 日々の祈りで、少しずつ自我を減らしていけばいいのです。

 善行をするのには勇気がいるでしょう。祈りにはそれが必要ありません。何の危険もなく、いつでもできます」

 ――祈ることによって自我が減るだと?

 伝崎は驚愕していた。

 おいおい、そんなことがありえるのか。

 祈りほど価値のないものはないだろう。

 祈って救われたやつがいるなんて聞いたことがない。

 宗教ほどアホらしい金儲けはないと思っていた。

 だが、そんなものを度外視して、ヤナイは宗教的なものに価値があるとでも言うのか。

 とってつけた見せ掛けの嘘や作られた虚構だとは安直に思えないが。

 いや、彼はまったく別の価値観、別の世界観で生きているだけだ。

 しかし、おかしなこともある。

 伝崎は、皮肉を込めて聞く。

「祈りだけで聖人になれるっていうのかい?」

「それで聖人になった方もいるかもしれません。といっても、その祈りが人のためを思っていればの話です」

「祈る対象は、何でもいいのか?」

「良いです」

「想像上のものでもいいと?」

「もちろん、良いです。それが信仰になっているのなら」

「想像上のものだと意外に難しいから、お前に対して祈ってもいいか?」

「よしてください」

 絶対魔術師ヤナイは、照れくさそうに笑った。

 片手を顔の前で振って、はにかんだのである。

 その普通の人間の反応に、はっきりいうと驚いた。

 金色のアウラの持ち主にも冗談が通じるのかと。

 キキが後ろで服を引っ張ってくる。

 何度も服を引っ張っくるので、やたら姿勢が正されていく。

 猫背が直りそうだ。

 もうキキは飽きてきたのかもしれないが、これほど珍しい人物と話せる機会は少ないので何でもいいから会話を続ける。

 著者であるパプーのタコ面が描きこまれた本の表紙を軽く見ながら。

「パプーの異世界旅行記を選ぶとか、いい趣味してんな」

「異世界のニッポンに興味がありまして」

「それなら俺が知ってるよ」

「どういうわけですか?」

「いやまぁ、俺はある事情でニッポンから来たからな」

「本当ですか」

 絶対魔術師ヤナイは細い目をわずかに見開く。

 軽いノリで調子を合わせる。

「ホント、ホント」

 ヤナイの食いつき具合を見て、こちらに関心を持ったのがわかった。

 親交を結べるものならば、ヤナイのような人物と親交を結びたい。

 お互いに高い質の情報交換ができるし、真っ当な友好関係を築けるだろう。

 今の今まで頭のおかしな人物に遭ってきたが、やっとのことでまともな人物に会えた。

 この安心感は異常である。

 ヤナイと異世界談義に花を咲かせようとしていたら。

 キキがまた服を引っ張ってくる。

 それを無視していると、今度は背中の服をねじりこんでくる。

 あまりにもねじりこまれたせいで胸が圧迫されて息が苦しい。

 ピッチピチになってきた。さすがに見た目としても気づかれたら恥ずかしいレベルである。

 ――なーんか引っかかるな。

 どうして、キキはここまで会話を中断させようとするのか。

 この訴えようはなんだ。

 ヤナイが来たときから、ずっと背中に隠れている。

 そもそもヤナイと道端ですれ違ったときだって、手を強く握り締めてすこし緊張した様子だった。

 ――この子は人見知りする子なのか?

 いや、他の人間に対して、これほどまでに警戒した様子はなかった。

 そのことから推測すると、ヤナイに対してだけこの態度であると見てもいい。

 しかし、ヤナイはそれほどまでに危険な警戒すべき人物だろうか。

 どう見ても、善良な人間にしか見えない。

 その善良な人間をどうしてここまで避けるのか。

 何かあるのか。いや、考えすぎか。

 そもそも金色のアウラがまぶしくて嫌がっているだけとも……合点がいかない。

 キキは、ヤナイを何らかの形で知っていると考えるのが妥当。

 だと仮定した場合。しかし、すべては憶測に過ぎない。

 確認を兼ねて、いろいろと質問すればいいだけだ。

 聞くこと自体にデメリットはない。

「獣人を買い集めているのはあんたか?」

「そうですが、何かあるのでしょうか?」

 待て待て。

 となると、キキを買おうとしていたのもヤナイと見ていい。

 その当人とこんなところで遭遇している状況。

 ――かなり、まずいんじゃないか?

 できるだけ声に動揺をあらわさずに問いかける。

「なんのために買い集めているんだ?」

「獣人たちを解放するためです」

 ヤナイはニッコリと答えた。

 ――ふぃー完全なる善。

 お生憎様、この件に関しては対立しそうだ。

 大変にまずい状況。このままキキを連れて行くことを許してくれる可能性は低い。

 彼の良心とやらが許さないだろう。

 見つかったら終わりと考えてもいい。

 最悪、衝突は避けられん。

 このまま見つからずに古書店から出られるか。

 とりあえず話の終わり目に、パプーの異世界旅行記を渡さなければならない。

 しっかりと歩調を合わせて、なんとしてでもキキの足が見えないようにしなければならない。

 ならないのだが。

 キキの服のしぼりこみが強くなった。

 余計に不自然な形で胸元の服がピッチピチになる。

 黒服が後ろに集められ、原型をとどめていないぐらいにカッターが伸びている。

 もうわかったから。

 ――キキ、やめろぉおお。

 一進一退の攻防は始まっていた。

 ヤナイは、何かに気づいたのか。

「その服、どういうわけですか?」

「え、これは、そのあれ。あれだ。あれ。出身がね。そう、出身のね」

 もう動揺を隠し切れなかった。

 ヤナイは、ぽんっと手を叩いて。

「ああ、異世界人だったからですね! だから、そんな伸び切った変な服を着てらっしゃったのですか」

「そうそう、そうなんだよ」

 違う。断じて違う。

 緊張で汗が吹き出し、震えそうになる足を何とか理性で押さえ込む。

 キキに合わせてもらえるように一歩一歩と機械的な調子でヤナイに近づく。

 さっさとヤナイに本を渡して会話を終え、そのまま帰ってもらうしかない。

 本を手渡せる距離にまで入ると。

「だいぶ話が長くなったな。この本、受け取ってくれ」

「ありがとうございます」

 ヤナイは丁重に両手で本を受け取る。

 話を切り上げるようにして。

「機会があったらまた話そう」

「そうですね。またニッポンのことを聞かせてください」

 ヤナイは挨拶を二、三度繰り返した後、会計を済ませると本をローブの中にしまいこんで古書店から出て行った。

 ――助かった。

 長い息を吐いて振り返ると、キキが身を小さくしていた。

 胸の前に両手を当てて、小さな牙を出すように呼吸を荒げている。

 獣人は成長速度が早いために見た目は十三、四歳ぐらいの少女に見えるが、実際の年齢は七歳ぐらいなのだろう。

 その取り乱し方が、すこし幼く見えた。

 どういうわけでキキはヤナイではなく、こちらを選んだのだろうとふと疑問に思ったが聞かないことにした。

 きっとヤナイについて行ったほうが安心な道が用意されているだろうに。

 そもそもキキにとったら、そっちのほうが得のような気がしないでもないが。

 キキは赤布の下の猫耳を鋭く立てると、なぜかまた背中に飛びついてくる。

「そういえば大切なことを話してませ……おや、後ろに隠れようとしてらっしゃる方は」

 振り返ると、ヤナイがなぜか古書店に戻ってきていて不思議そうな顔をしていた。

「これは……なるほど」

 キキに明らかに気づいた様子。

 ――ちきしょう。見つかった。

 古書店の出入り口側にいるのはヤナイ。

 煙玉を使ったとしても逃げ出すのは困難。

 その上、小手先の交渉が通用するタイプじゃない。

 こんなところで、レベル99と戦わなければならないのか。

 ――絶対魔術師だぞ。

 ――名前からしてラストダンジョンで出会うような奴だろ。誰でも見ただけで分かる。

 天と地ほどの力量差がある。

 しかし、キキを見捨てることはできない。

 できないが、それは本当に見捨てるということを意味するのだろうか。

 ヤナイに引き取られたほうがよっぽど幸せになれるんじゃないか。

 いや。

 キキは爪をむきだしに黒服をつかんで震える。

 この子の選択を尊重するわけじゃない。

 だが、このままヤナイに連れて行かせるわけにはいかない。

 ――ヤナイ、お前とは友人になりたかった。

 高速の思考は、飛躍的な結論に至る。

 こうなっては。

 ――お前を倒す。

 絶対魔術師のアウラを頂き、キキを連れて行く。

 それは自身を圧倒的に強化し、有望な人材を得るということ。

 ダンジョン経営の成功に繋がること。

 勝ち目はある。

 一見するとヤナイは完全無欠の魔術師。

 だが、その精神性の高さそのものが長所であり、欠点。

 それは隙になる。

 すぐさま黒服の中に手を入れて、ナイフの取っ手をつかむ。

 全身全霊、夜色のアウラを凝縮し、懐剣術をいつでも発動できる状態に準備。

 漏れるようにして、服の隙間から無数の蛇のような形状の夜色のアウラがあふれていく。

 ヤナイはすこし頭を垂れて祈るように目を伏せる。




 リリンは水晶の様子の急変ぶりに焦る。

(なんてことを見落としてたんデスか!

 伝崎の魔力の才能がゼロとはいえ、一級の魔術師のアウラを吸収すれば相応の魔力を得てしまう。

 虚空魔法を使うことが可能になる。伝崎は魔王様を倒しえる!)

 事情が変わった。

 リリンは詰め寄り、女魔王の耳元で声を張り上げる。

「魔王様! 伝崎が虚空魔法を使えるようになったら、どうするつもりなのデスか!」

 女魔王は片耳を手で塞ぎ、片目を閉じながらだるそうに。

「大丈夫、大丈夫。虚空魔法は魔界ですらあんま知られてないの。

 それにさっきも言ったけど、帰るためには私が必要なわけ。

 歯向かう理由がある? まぁ仮に虚空魔法を覚えてだよ? 私に歯向かってきたとして」

 女魔王は、のろのろと期待感に満ちた声で続ける。

「それはそれで面白いじゃんよ」

「なっ」

 リリンは舌をかむ。

 魔王家の天才VS異世界出身の例外。

 それを想定するのは、魔王様の悪い癖だった。

 魔界であまりにも相手になる存在がいなかったために、本能的に強い人間を求めてしまう。

 伝崎が虚空魔法を使えるようになっても絶対に勝つ自信があるだけでなく、楽しみにしているところさえあった。

 ――魔王様と成長した伝崎が戦ったら。

 リリンはもう想像できなかった。

 女魔王は左肩をだらけさせて、水晶を人差し指でトントンと叩く。

「いつもリリンは先のことを考えすぎ。よく見てみな、伝崎の相手を」

 リリンは水晶をにらみつける。

 絶対魔術師の伏せた面持ちの中に崩れない微笑。


 女魔王はあけすけもなく笑い、すっと真顔になって言う。

「伝崎、普通に死んじゃうよ?」

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