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第一軽槍歩兵団

 伝崎は、洞窟内を歩きながら遠征の反省点を思索した。


 ――致命的なミスを二つ犯した。


 まず第一、出発前に魔王にちゃんと説明していなかったこと。

 どこに何の目的に行き、いつ帰ってくるのかをしっかりと提示した上。

 それがダンジョン経営にどれだけ貢献するのかを納得させておかなければならなかった。

 上司との関係を無意識的に軽んじてしまう自分の欠点が、ここになって出てくるとは。

 ある程度自由のきく店長としての感覚ではなく、一社員として考えなければならなかった。


 第二に、軽率な行動。

 罠に対する耐性がまったくないのに、やや難易度が高いCランクのダンジョンに行ったこと。

 具体的な対策は、罠解除と罠探知を身につけること。

 これで事足りるだろう。

 しかし、本質的な問題はそこではない。

 自分自身の軽率さそのもの、それ自体が命取りになるということを自覚しなければならない。

 慎重さ、これからのすべての行動に対する課題だ。




 伝崎は、ただの洞窟の大きくなった広場の新鮮な光景を見て、奥行き横幅六メートルを楽しみ、心を震わせ喜んだ。

 軍曹含めモンスターたちの働きを褒めながら、両手一杯にくるくると軽く走りまわった。

 今までは小部屋にいたようだったのに、今は本当に広場という感じになって視界が開けた感じがする。

 テンションが上がり、イェーイとはしゃいでいると、あるものが視界に入った。

 伝崎は、悲嘆にくれた。

 動かなくなったゾンビの亡骸を抱えて。

「ぐああああああ」

 恋人を失ったかのごとく、叫び泣き始めた。

 伝崎の腕の中でうなだれるゾンビは殴り殺されたせいで顔が原型をとどめていない。

 黄色い体液を首にまで垂れ出し、頬の肉片が落ちそうになっている。

 リリンは、うつむいた。

 ゾンビを死なせた責任を感じているのである。

 他のゾンビ一同、伝崎の泣き暮れる姿に心を痛めた。

 また、こうも思った。

 名も無きゾンビ一匹の死でさえもこんなふうに悲しんでくれるのか、と。

 スケルトンともども伝崎に対する忠誠を深めたのである。

 しかし、とはいえ、伝崎は損失を嘆いていただけである。

 1万5000G。

 アイリスの店的に言えば4200Gを失ったのである。

 伝崎は、泣き腫らすだけ泣き腫らすと、ひどく冷静な顔になった。

「リリン、すこし話がある。二人だけで話したい」

「ハイ……」

 リリンは、暗澹たる気持ちだった。

 もう嫌われたと思った。

 ただの洞窟の奥へ、伝崎と二人で歩いていると、このまま解雇を言い渡されるかもしれないとも思った。

 この関係も終わりなのだなと。

 今までのお馬さんごっこ、それに連なる関係を思い出して、胸がちょっと痛くなった。

 ただの洞窟の奥の行き止まりに着くと、完全に二人だけになった。

 リリンは怯えるような眼差しで日記の記録を差し出す。

 それをむさぼるように伝崎は読むとその行間を想像し、次第に青ざめていった。

 この世の終わりのような顔になって、伝崎は突拍子もないことを口走る。

「お前を中佐に昇格させる」

「ハイっ?」

「中佐に昇格だ。一層、尽くすように」

 リリンは目を点にした。

 降格こそあれど、昇格など考えられなかったからだ。

「伝崎様、あたしは一匹のゾンビを死なせてしまったのデスよ」

「いいんだよ。気にすんな。お前は最善を尽くしたんだ」

 リリンは、それを慰めの言葉のように感じた。

 ミスを寛容に許してくれる人だったのかとも思った。

「俺が泣いたのは私的なこと。お前を昇格させたのは公的なこと。それぞれ別のことだ」

 伝崎は特殊な場合を除いて、基本的に部下のミスを責めない。

 部下がミスした場合、自分の教え方がマズかったか、人選ミスとして考える(その分、教え方や人選は大変厳しいものになるが)。

 いくら部下を責めたとしてもストレス発散にしかならず、事態が改善した試しはない。

 具体的な対策を冷静に考え出すほうがはるかに有益である。

 これはリーダーシップの極意でも何でもなく、上に立つ人間のマナーだと考えていた。

 さらに今回の場合は、かなり事情が違っていた。

 伝崎は優しく温かな声で言う。

「よく留守番を守ってくれたな。ありがとう」

 伝崎は、リリンの頭をがしがしと撫でた。

 ぱっとリリンは口を開くと、表情を明るくした。

 ピンク色の髪の赤みをすぐに追い越すように、頬を真っ赤にする。

 すごく嬉しそうに小さな体をふらふらさせて、そのマントを揺らした。

「えへへ、伝崎様に褒められると、どうにかなりそうデス」

(あれ、かわいいな)

 伝崎は初めて、そう思った。

 今回のリリンの留守番について、伝崎はこう考えていた。

 ――日記を見た限り、相当な力量の四人パーティが来ていた。

 ゾンビが三、四匹は死んでいてもおかしくなかった。

 被害を一匹に済ませられたのは、ゾンビを使いこなせた証拠。

 自分と同程度にうまく指揮を取れなければできることではない。

 包囲も機能させられてるし、ほとんど手落ちが見られないのだ。

 ――たった一回見て、たった一回教わっただけで、普通ここまでできるか?

 部隊の指揮などというものは、そんな簡単に再現できることではなかった。

 人の行動を分析的に解読し、完全に理解していなければならない。

 おそろしく理知的な作業が必要だ。

 伝崎は、質問する。

「ふと思うんだけど……リリン、お前って本当にC+の知力なのか?」

「ええ、何言ってるんデスか? 当然じゃないデスか!」

「いや、なんかもっと賢いような気がするんだけど」

 伝崎はとにもかくにも、優秀な部下に恵まれたものだなと思った。

 そうこう考えているうちに指揮官の重要性に思い至り、知力が想像以上に大きなウェイトを占めていることに気づいた。

 これから隊が大きくなるにつれて、知力の高い将、参謀を揃え。

 さらに統率、勇武に優れた武将を集めていきたいと思った。

 優秀な将軍、参謀に率いられた隊は、大いなる力を発揮する。

 人材は経営の命である。

 リリンは褒めるだけ褒めてもいい存在だ。

「逃げることを勧めてくれたときは、リリンって俺のことを考えてくれてるんだなって思ったわ。

 ありがとうな。お前という部下を持てて、誇らしく思う。いや、誇らしいというよりも……さっきはかわいかった」

「恥ずかしいデス。そんな褒めないでください」

「なんか欲しかったら言ってみろ。留守番の褒美だ」

「えっとえっと、伝崎様とデートしたいデス」

「ちょ、それは、俺には日本に恋人がいてだな……」

「こっちの世界にいないなら問題ありませんよ」

「いや、それでも」

 伝崎は、どちらかというと恋愛に疎く、うまい断り方が思いつかなかった。

 どっちつかずの女性的な態度で困り顔になっていると。

 ポケットの中のオッサンがじと目であきれたように言う。

「伝崎って、ロリコンだったんだなぁ」

「断じて違う! 断じて違うぞ! リリンは年齢的にどう見てもロリババアだ!」




 伝崎は洞窟の入り口前まで買い取り業者に来てもらい。

 口先三寸、交渉スキル(ちょっとスキルの使用に違和感を覚えながら)でリリンが溜めていてくれた装備を売り払った。

 リリンの計算上3万7000Gぐらいの価値の装備が、伝崎の能力によって4万8123Gで売れた。

 さらに、落とした所持金は計1万5650G。

 合わせて6万3773Gである。

 所持金は2万9121G→9万2894Gになった。

「ひゃっほう!」

 あとちょっとで、あの獣人の少女キキを迎えにいける。

 いや、もう、一週間の謹慎が解けたら、すぐにでも行こう。

 なんとかしてあの子を部下に迎えたい。

 あの子は魔力があって賢い。

 育てたら、すごいことになる。

 リリンの働き振りを見て、なおのこと思った。

 強くて賢い将兵が欲しい。




 交渉後、洞窟の中に入ってきた伝崎を見て、リリンは目を見張る。

「なんデスか、そのアウラは!?」

「ああ、これね。気づいたら、こうなってた」

 伝崎は当たり前のように限りなく透明に近い夜色のアウラをまとっていた。

 リリンは、あまりのことに胸がすくむ思いだった。

 黒みを帯びるのは、悪魔やモンスターだけ。

 人間は、透明感を持ったアウラを帯びるはず。

 しかし、伝崎のアウラは夜に近い黒さを持ちながら透明感がある。

 人間と悪魔という相容れないアウラの性質を二つ同時に兼ね備えるということは、ほとんどありえないことだった。

 魂の奥底に記憶されている世界の始源を目撃した人間だけが、そのアウラを帯びるといわれている。

 透明に近い夜色のアウラを持った存在は歴代魔王でも一人か、二人しか聞いたことがない。

 確か、その歴代魔王は「虚空魔法」を使えたといわれている。

 虚空とは、すべてを喰らう空間のことを指し、それを扱うものは三千世界を滅することができると言い伝えられている。

 現魔王とて使えない特例の魔法。

 幸いにも伝崎は虚空魔法を使うためのアウラの条件を満たしながら、魔力の才能はまったく無かった。

 魔力Fであり、その上ほとんど成長する余地がない。

 神の霊妙なる配剤だろう。

 しかし、このアウラの持ち主は、他にも特殊な部分がある。

 スキルの才能が無限になるといわれている。

 本来、スキルの才能は有限であり、ひとそれぞれに最大容量がある。

 ある部分に才能を振り分けると、ある部分は開発できなくなるということが起きる。

 成長限界のように「才能限界」が存在するのだが、伝崎にはそのストッパーが無くなっていた。

 リリンは、首を振った。

 ――今、ここで葬らなければ。

 時間が経ってからでは遅く。

 ――魔王様にも累が及ぶ。

 悪魔にとっても伝崎は危険すぎた。

 洞窟内の広場に向かって歩く伝崎の後ろを、リリンは歩きながら詠唱の機会を伺う。

 その無防備な後姿、よごれた黒服の華奢な背中に鋭い視線を向けながら、今か今かと。

「リリン、もう一回言うわ。ありがとうな……」

 そういって伝崎はまた感謝を述べる。

 振り返って少し優しげに微笑みながら、リリンの頭を今度はがむしゃらにではなく、ほどよい加減で撫でた。そうして撫でられていると、リリンの表情は柔らかくなっていった。

 伝崎のことが。

 ――好き。

 また伝崎は振り向きなおすと、無防備な背中をさらし始めた。

 リリンは、葛藤する。

 魔王様に対する絶対忠誠と、伝崎に対する気持ちとが胸の中で激しくぶつかる。

 彼のステータスを見てなおのこと、痛感させられる。

 たった一ヶ月で、ここまで成長することができるのかと。

 チャンスは時間が経てば経つほど無くなっていくのである。

 ――早く、しとめないと。早く。

 リリンは、胸が張り裂けそうだった。

 伝崎は、後頭部をぼりぼりと掻きながら、何かに気づいた様子で話し始める。

「あれ、なんで交渉スキルがA+からB+になってんだ。一周さがってんじゃねぇか」

 伝崎の職業が商人から「無」になっていた。

「おいおい、今気づいたら俺の職業が商人から無になってる? えっ、ちょ、もしかして」

 リリンは焦った。

 今でこそ、本人は自覚していない。

 しかし、もしも本人が自分の能力を自覚してしまったら、それこそもう手遅れである。

「無職ってことか?」

 ――あ、気づいていないデス。

「俺は商人だよ。そうじゃなかったとしてもダンジョンマスターだよ。

 ここにきて無職とか、ありえないんすけど。洞察の神様、頼む、戻してくれ」

 無。

「戻せぇええええ」

 無。

「ちきしょぉおおお」

 やはり本人は気づいていない。

「ちきしょぉおおおおお」

 伝崎はボロボロと涙を流しながら、地面を叩いて悔しがっている。

 ――どんだけ無職が嫌なんデスか。

 まだ、すこしだけ時間はあるはず。

 リリンは、そう言い訳して今の時間を楽しむことにした。




 一ヶ月の間に成長した新参、古参を合わせたゾンビたちの平均ステータス。

 平均レベル9(2レベルアップ)

 筋力D+(一段階アップ、元D)

 耐久E

 器用F

 敏捷F

 知力E

 魔力E

 魅力E+

 伝崎のコメント。

 まぁちょっとでも強くなっているようで、よろしい。


 金髪ゾンビこと軍曹のレベル10(3レベルアップ)の基本ステータス。

 筋力D+(一段階アップ、元D)

 耐久E

 器用F

 敏捷F

 知力EE(一段階アップ、元E++)

 魔力E

 魅力FF-(一段階ダウン、元E-)

 伝崎のコメント。

 おっ、知力が上がってるのは、ありがたいなと思ったら、なんでまた魅力が下がっとんねん。


 スケルトンたちはトドメを差せなかったので、レベルは1のままだった。


 小悪魔リリンレベル35(レベル1アップ)の基本ステータス。

 筋力F

 耐久D

 器用C+

 敏捷B

 知力C+

 魔力B+(一段階アップ、元B)

 魅力B++(一段階アップ、元B+)

 伝崎のコメント。

 元々上がりかけてたんだろうな。魔力が上がってる。いいねぇ。まぁ、もうちょっと洞察の神は魅力を高い評価にしてもいいと思うな。

 リリンはでれでれしていた。

「また、お馬さんごっこしましょうデス」


 伝崎真の洞窟出発前のステータスと帰還後のステータス。

 レベル11(レベル10アップ)

 筋力D- → C-(一周アップ)

 耐久E- → E(一段階アップ)

 器用A+ → AA(二段階アップ)

 敏捷A  → AA(三段階アップ、風の靴で上昇)

 知力A- → A(一段階アップ)

 魔力F

 魅力A- → A(一段階アップ)

 主なスキル。

 交渉B+、洞察B++、迷宮透視D、懐剣術EE+、見切りD+、心眼E+、煙玉E、転心A、短刀C。

 装備と所持品。

 黒服(魅力上昇)、セシルズナイフ(初期作品、攻撃力267)、風の靴(敏捷上昇)、クテカ山の竜の赤布(魅力上昇)、黒い首輪(ペット用)、煙玉三個、銀色のギルドカード。

 習得した称号、慎重なる修行者(鍛錬効果アップ)、商人勇者(成長率、成長限界、わずかに上昇)

 リリンのコメント。

 たった一ヶ月でこの成長速度は、惚れ惚れしますね(危険すぎる)




 ダンジョン経営の要はシンプルだ。

 冒険者を倒せばいいのだ。

 冒険者を倒すためには、戦力を増強しなければならない。

 戦力増強は、早急かつ常に行い続けなければならない永遠のテーマである。



 伝崎は、かねてから計画していたことを実行に移す。

 大きくなった広場で式典を開いていた。

 山積みになっている装備の前に、立ち並ぶゾンビたちの中から金髪ゾンビこと軍曹が最初に前に出てくる。

 足をひきづりながらも前で立ち止まる。

 伝崎はよく軍曹の目を見て、装備一式を渡す。

 皮鎧、木の丸盾、鉄槍、そして鉄の兜だ。

「君を小隊長に命じよう。誇り高く戦ってくれ!」

 伝崎は鼻息荒く鼓舞するように話しかけ、軍曹のだらけている肩を叩いた。

 軍曹は電撃に打たれたように背筋を伸ばした。

 命じると、すぐに手渡された一式の装備を身にまとい始めた。

 不器用そうに皮鎧から顔をにょきりと出し、頭に鉄兜をつけ、丸盾を構え、鉄槍を天井に向ける。

 立派な一兵卒の出来上がりだ。

 軍曹は腐っているはずの目を輝かせる。

 もう誇り高い戦士として自覚を持ったようだ。

 のろのろと歩き出し、隊列に戻っていった。

 そこから次々とゾンビが前に出てきて、伝崎はひとりひとりの目を見て声をかけ、鼓舞しながら装備を与えていった。

 装備を与え、距離を詰めさせ、緻密に隊列を整える。

 3×4の長方形密集隊列は、壮観だった。

 スケルトンを中央前衛に、ゾンビ一同が鉄槍を天井に丸盾を前に出している立ち並ぶ姿。

 その全容は小規模ながらも美しく、どこか雑兵臭い乱れがありながらも、力強く感じた。

 第一軽槍歩兵団の結成だった。

「最高だ」

 伝崎は両腕を広げて、期待に体を震わせた。

 これから、すべてが始まるのだ。

 伝崎の大雑把な計算式だと、火力の上昇はとてつもないものがあった。

 今までのゾンビひとりの攻撃力は、かみつき60だと考えていた。

 今は、D+の筋力に成長した上、鉄槍を装備したことによって、攻撃力が125ぐらいになっていると見ていた。

 ましてや中距離で槍は同時に攻撃できる。

 九匹のゾンビと二匹のスケルトン、計十一匹が同時に攻撃すれば総攻撃力1375前後である。

 伝崎がどれだけ能力的に優れているといっても、それをはるかに上回る攻撃力だ。

 あくまでも伝崎のきわめて大雑把な計算式では、の話であるが。

 伝崎は、総攻撃力1375を十全に発揮するためには、徹底的な訓練が必要だと考えた。

 これから一週間外出はできない。

 よって、その間は訓練に時間を当てようと思った。

 最初の訓練度は0としてマックスを100に規定した上、伝崎は訓練を始めたのである。

 伝崎は、パンパンパンと手を叩く。

「1、2、3、ハイ、1、2、3、ハイ。右向け右、前進! 前進! 左向け左、前進、前進! 止まれ、待機」

 ゾンビたちの動きは遅いものの、しっかりと一個の固まりとして動く。

 右へ向くと、魚群が一身に方向転換する様に見える。

 鉄槍がリリンの作った光球の輝きを反射し、全体がぎらつくほどだ。

 スケルトンがときどき命令が理解できず出遅れ、浮き足立ってこけたりしている。

 ゾンビたちの伝崎に対する忠誠は篤く、一心不乱に命令を聞いていた。

 これほどまでに早く、行進ができるようになるとは伝崎も考えていなかった。

 一日近くで、密集隊形の行進を体得し、伝崎の頭の中で訓練度が14になった。

 二日目、別の訓練を始めた。

 伝崎は、広場のごつごつした壁に手製のツルハシで半径一メートル近くの円を描いた。

 密集隊形となったゾンビたちに接近させる。

 がしがしと丸盾の壁で行進してきて、距離が縮まると伝崎は叫んだ。

「構え!」

 後方前方、すべてから槍が降りる。

「円を突けぇええ!」

 魚群のごとき隊形から、一斉に鉄槍が飛び出す。

 あふれるようにして、鉄槍は描かれた円に向かった。

 ばらばらに槍は突き刺さり、五割近くの攻撃は円から外れていた。

 彼らは槍の武器スキルがF-と低く、ほとんど槍を扱ったことが無かったのである。

 伝崎は頭を抱えた。

 これは総攻撃力600以下だと思った。

 攻撃は当たらなければ意味がないのである。

「言われたところに真っ直ぐ突くんだよ。真っ直ぐ突くだけでいいんだ!」

 徹底的な訓練が始まった。

 二日目で訓練度は18に上がった。

 あまり、かんばしくなかった。

 三日目に訓練度は20に上がった。

 じわじわと上がっていく。槍の命中率もちょっとは上がった。

「盾と盾の間に、槍以外の隙間をつくるな!」

 全体防御力もすこし上がった。

 また三日目から、筋トレもさせ始めた。

 筋力は攻撃力に影響するからである。

 ツルハシなり、鉄槍なりを何個か抱えさせて、ゾンビとスケルトンを鍛えさせ始めた。

 一日のタイムスケジュールは、十時間が筋トレに当てられ、十四時間が隊形の訓練に当てられた。

 二十四時間フル稼働。

 ゾンビとスケルトンは、一度死んでいるので睡眠が必要なかったのである。

 伝崎が休んでいる間は筋トレを行わせ、起きている間は訓練を繰り返した。

 リリンが持ってくる森の奇妙な食材のせいで、伝崎は困惑し痩せ細ってきた。

 その細くなった顔で休憩中にスケルトンの筋トレ風景を見ながら、首を何度も傾げる。

 スケルトンがフラフラしながら、重りを持ち上げている。

 伝崎は目をぱちくりさせ、スケルトンの上腕骨のスカスカっぷりに、とうとう口を開く。

「筋肉がない……あれ、もしかして意味なくね?」

 リリンは、ほんのりと答える。

「そうデスねー」

「ちょ、説明して」

「ええ、デスから、一度死んだこういうモンスターたちはトレーニングみたいなもので筋力は成長しないのデス。

 なにせ、体の筋肉は死んでるわけデスから。

 彼らの原動力であるエネルギーなどで強化するしかありません。

 つまり、レベルアップでしかステータスは上げられないのデス」

「なぬっ!?」

 伝崎は、モンスターの育成をあきらめなければならなかった。

 となると、待てよ、とも思った。

 ますます、獣人のような育成可能なモンスターが大きなウェイトを占めていくではないかと。

 将来的には、獣人による精鋭部隊を結成したいと思った。

 それを育成しまくって、密集隊形にスピードが出るようになった日には、と考えるだけでワクワクした。

 今はそれでも、このゾンビたちによる密集隊形に満足していた。

 一日のスケジュールを組み直し、伝崎が起きている十六時間を訓練に当て、あとは休みにした。

 それにゾンビやスケルトンは喜んだ。

 いくらなんでも二十四時間フル稼働は、ブラックすぎたのである。

 忠誠度が下がる前に、環境は改善した。

「真っ直ぐだぁあああ。見ろ、こうだよ。こう突くんだ」

 伝崎が実演して見せても、あまり意味がなかった。

 伝崎もまた、槍の武器スキルがF-なのである。槍の使い方が全然わからなかった。

 五日目には、訓練度がじわじわと上がって28になった。

 この訓練度の上昇は、ほとんど伝崎に対する敬慕の念によって成し遂げられていた。

 もしも怠けていたら、今でも10以下の訓練度である。

 槍の的中率は五割近くから、六割近くになった。

 この頃になると、モンスターたちの槍スキルはF-からFになっていた。

「笑え!」

「でへへぇへへへ」

 ゾンビたちの笑い声が洞窟内に満ちた。

 六日と経て、七日目には訓練度が36になり、ゾンビたちの顔も引き締まってきた。

 引き締まってきたように見えた。

 らしくなってきたのである。

 ハードワークに近い訓練を重ねて、半径一メートル内の命中率は六割半に達し、実質の有効な総攻撃力は800近くになっていた。

 また、金髪ゾンビこと軍曹に訓練の仕方を何回も教えたら、やっと覚えてくれた。

 そのことによって、伝崎に時間的な余裕が生まれた。

 リリンにも一通り訓練方法を教授した。

 人材の教育にも余念がなかったのである。

 いろいろ試して伝崎が目算で出したところによると、伝崎指揮による一日の訓練度上昇数は、2~8(初日の14の上昇は例外として扱った)。

 金髪軍曹による一日の訓練度上昇数は、1~2。

 リリンによる一日の訓練度上昇数は、2~5。

 訓練の教官は、知力と魅力が高いほうがいいようだ。

 他にも何らかのステータスや条件が影響しているようだった。

 次の日には謹慎がとけて、買い物に行けるようになる。

 伝崎は、袋にお金を詰め込んで身支度を始めた。

「さーて、キキを迎えに行きますかね」

 ここで留守の間はリリンに訓練やダンジョンの総指揮を任せるのが上策だろう。

 が、ちょっとは労いたい。

 今回は数時間足らずで王都に行って帰るつもりだ。

 ダンジョン襲撃のリスクも少ない。

 それに最近リリンはちょっと考え込んでいる様子だし、何かあるかもしれない。

 相談に乗るなりして、忠誠度をさらに上げておきたいところだ。

「リリンも来るか? デートは無理にしても遊びにぐらいなら行けるぞ」

「いきます、いきます!」

 リリンは小躍りして喜んだ。

 伝崎もこれからのことを考えると、自然と明るい顔になった。

 リリンは何か思いついたのか、ふいに問いかけてきた。

「ひとつ思ったのデスが、伝崎様はこのダンジョンをどんなものにするつもりなのデスか?」

「ああ、それは考えてある」

 伝崎はかなり大きくなった広場にまで歩いていくと、軍曹の訓練風景を横目に両手を広げる。

 その両手のサイズを大きく大きくしていき、限界にまでして叫んだ。

「ここをどこまでも巨大な広場にするんだ!」

 伝崎は拳を握り、掲げた。

「モンスターハウスだ!」

 うんうんと伝崎はその光景を思い描き、人差し指を立てると話し始める。

「前から思ってたんだが、各部屋にモンスターを配置するなんて各個撃破の極みじゃないか。

 孫子兵法的に最悪。じゃあ、どうすればいいかって。

 全部集めて、全部で攻撃。すごい火力だ。誰も止められないぞ。

 ここの広場がでかくなればなるほど、モンスター兵士の実働人数も増える。

 攻撃力も増大する。一気に出迎えて、一気に殲滅だ」

「おお……」

 リリンは目を輝かせた。

 壮大な計画だった。

 伝崎はシンプルなデザインを考え出したのである。

 ゴブリンたちが一斉に出迎えた洞窟を参考に、それを画期的に発展させたものだ。

 ゲーム的に言えば、モンスターハウスに入ったときのあのワクワク感で勝負するつもりだった。

 一部屋に宝だらけ、モンスターだらけ、すごいインパクトだと考えた。

 リリンはふと思い立って質問する。

「そういえば、罠を仕掛けないのデスか?」

「罠は……なぁ」

 伝崎は言葉を濁す。

 今のところ設置する可能性は低い。

 その技能を修得する時間と罠を設置する費用がないだけでなく。

 冒険者視点で味わったわけで、あのしょっぱさは客の立場から言うと、まずい。

 モンスターは経験値が入り、宝はそれそのものが財産になる。

 しかし、トラップはただ嫌なだけだ。

 逆に言えば、それだけ強力だともいえるだろうが、とにもかくにも今はやめておこう。

 状況が変わって、考え方が変われば、また話は違ってくるだろうけど。

 伝崎は、苦々しい経験から罠設置どころではないとも考えていた。

 ――そんなことより、罠解除なんだよ。罠設置よりも罠解除なんだよ。

 罠が解除できなかったら終わりだ。

 自分のダンジョンに罠設置しても解除できなきゃ最悪モンスターも自分も死ぬ。

 罠探知も死ぬほど重要。

 他のダンジョンの罠も解除できなきゃ死ぬ。

 もしもやるにしても罠解除、罠探知。これが優先だ。

 伝崎はそれなりに仕上がってきた密集隊形に嬉しくなりながら、また身支度に戻ろうとした。

 すると、洞窟の入り口から白い小さな何かが走ってきた。

 よく見ると、それは白狼のヤザンだった。

 はぁはぁと舌を出し、呼吸を荒げている。

「デンザキ、デンザキ、こっちにむかってクル、ヤツ、イル」

 戦いを告げる合図だった。

 伝崎はつくづく思った。

 ――準備はしておくものだな。

 ヤザンを探索兵に命じていたおかげでスピーディに対応でき、体勢十分で先制攻撃ができる。

 これからはまぐれによる先制や迷宮透視常時使用などという非現実的な労力を費やすことなく、堅実な先制が取り続けられる。

 即座に伝崎は迷宮透視Dを発動し、ヤザンの白毛の体を撫でた。

「よく伝えてくれたな。で、そのパーティの編成は?」

「重戦士レベル32、速戦士レベル25、槍戦士レベル22、戦士レベル18、ダヨ」

 報告を受けた伝崎の顔が厳しいものに変わる。

 リリンは少女のように、がむしゃらに頭を振った。




 どうしても食事に毒を盛れなかった。

 眠っているところも寝顔を見たらできなかった。

 ――もう、るなら、伝崎が侵入者に気を取られているそのとき、その瞬間しかない。

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