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慎重なる修行者

 冒険者のギルド新聞と別冊ダンジョンマップ(ダンジョンの位置が記された王国周辺地図)計4500Gを交渉スキルで3200Gにまけてもらい購入する。

 所持金1万9321G → 1万6121G。

 世の中、何を始めるにしても金が要りますなぁと伝崎は思った。

 多種多彩なダンジョンが存在するようである。

 ざっと難しそうで、なおかつ面白そうなダンジョンを見ていく。

 エリカが経営しているAランクダンジョン「大理石の海」は王都の北東の山にある。

 南方の砂漠地帯にはAランクダンジョン「スライム天国」がある。

 名前からしてスライムだらけだろう。おそらく切断攻撃が効かず、生きて帰る自信はない。

 南西の荒野にはAランクダンジョン「超人の住処」がある。超人が鍛錬しているらしい。

 ズケが経営しているCランクダンジョン「バカの屍」「はらわたぶちまけろ」「冒険者虐殺」「烏合はここで死ぬ」などは南東の湖周辺に点在していた。

 ギルド新聞が名付けたのではなく、ズケ自身で付けたっぽい名前である。

 何かおかしいなと思ったが、考えないことにする。

 ざっと今行きたいところは、高難易度のダンジョンではない。

 まだまだ分からないことが山ほどある。

 もっとランクの低いところに行こう。

 王都の西方に位置する森の中には、F-ランクの「ただの洞窟」が申し訳なさ程度に小さな文字で地図に記されている。

 森の中には「ただの洞窟」と並ぶように、Cランクの「手詰まりダンジョン」があった。

 そのまま森を抜けた周辺に丘があり、Eランクの「丘の洞窟の分かれ道」がある。

 さらに奥の崖まで行くとDランクの「ある狼の洞窟」がある。

 その崖沿いに歩いていくと小さな村があって、その近くの小山にCランクの「ゴブリンたちが風をさらう巣窟」がある。

 とりあえず近場にあって、お手軽そうなのでEランクの「丘の洞窟の分かれ道」に行くことにする。

 折り重なった木々の中から見えてきたのは、ゆるやかな緑の丘だった。

 平地といっても過言ではない傾斜。

 視界一杯に緑が広がると、鼻の奥を青い風が突き抜けて気分がいい。その緑を背景に青が彼方に広がっている。

 ここらいったいに家を建ててもいいぐらいに住み心地がよさそうだ。

 その丘の中心部分に、不自然な穴が開いていた。

 近づいて覗き込むと出入り口の脇に石ころが三つ。

 その先は暗闇だ。

 Eランクダンジョン「丘の洞窟の分かれ道」である。

「このまま攻略するか? いや、焦らないほうがいい」

 伝崎は、アウラを解放する。

 体中の毛穴から煙のごとくオレンジ色の生命エネルギーがトグロを巻いて立ち上っていく。

 「はっ」といって両手を傾け、それを一気に洞窟内には流し込んでいく。

 迷宮透視Eを発動。

 自らのアウラを先発隊にして、洞窟を探索させていく。

 アウラに肌触りのようなものが生まれて、洞窟内の形状をつかもうとしている。

 ダンジョンの壁をなぞる感覚は、足の裏の分厚い皮で砂を触っている感覚に似ている。

 スキルのレベルが低く、うまく把握できない。

 わずかに分かったことは、奥のほうでアウラが二手に分岐していくことである。

 ポケットの中のオッサンが上機嫌に聞いてくる。

「なんか分かったみたいだなぁ。よーし、攻めるかぁ?」

「まだだ」

 伝崎は、奥深くまでアウラを伸ばしていく。

 アウラの動きを自分に置き換えてイメージしてみると、霧の中を歩いているようだ。

 その湿気が肌にこびりついて、その重い空気を鼻で確かめるみたいに歩く。

 何かに頭がぶつかった気がして、そこが行き止まりだと認めた。

 すっと息を吸い上げると、アウラを勢い良く引かせる。

「もう、じゅうぶんみたいだなぁ」

「これからだ」

 伝崎は執拗なほど迷宮透視Eを発動しては引いて、発動しては引いてを延々と繰り返し始めた。

 体中のアウラがビリビリと音を立てて、蒸気を立ち上らせるまで何十回と同じことを繰り返していく。

 伝崎は、こう考えていた。

 これから迷宮透視は重宝する。

 ――高精度であればあるほどに、ダンジョン経営でも攻略でも大いに役立つ。

「まずは自分を育てる必要があるからな」

 伝崎は汗だくになりながらも、アウラを送り込んでいく。

 アウラ自体も勢いがなくなっていき、徐々に小さく、こじんまりと薄くなっていく。

 迷宮透視スキルの使用が百回目に達そうとしたときに、伝崎はふらふらになっていた。

 立つことすらままらなくなり、膝をついた。アウラはもう体からほとんど出ていなかった。

 スキル終了間際に何かコツをつかんだ気がする。

 頭付近のアウラが一瞬だけ光る。

 迷宮透視がEからE+に成長していた。

 もう一度、ひねりだすように解き放ったアウラで迷宮透視E+を発動し、ダンジョン内を探索すると感覚が変わっている。

 足の裏の分厚い皮でなぞる感覚から、足の甲でダンジョンの壁を触る感覚になっていた。

 その様子を何時間か隣で見ていたオッサンは、伝崎に対する見方を変えた。

(嘘と才能の貯金だけで、やりくりしてた野郎だと思ってたけど、どうも違うみたいだなぁ。

 人が見てないところで努力するタイプだったのかぁ)

 小さいオッサンは伝崎の足元で両腕を組み、感心したように言う。

「お前って努力家だったんだなぁ」

 伝崎は、ふぃーと息を吐いて大の字に倒れながら空を仰ぐ。

「ああ、これ? 俺は努力だと思ったことはないね」

 完全な青の下で、緑の中に身を任せていると気持ちよくなってきた。

 体をすくような眠気に襲われる。

 オッサンが「努力じゃなかったら、なんなんだぁ?」と聞く横で、眠りに落ちた。

 起きたら、日が落ち始めていた。

 四、五時間は寝ていただろうか。

 意識がスッキリしたし、アウラも回復して指先からあふれ出している。

 また迷宮透視のスキルの鍛錬を始めた。

 それから四日間は、延々と繰り返していたと思う。

 伝崎は木の実の固い殻を石で砕いて、口の中に放り込みながら言う。

「充分かもな」

 簡単なダンジョンのせいもあってか、スキルの経験値が入らなくなってきた。

 アウラは洞窟に馴染むかのように、ぴっちりとその形状に合わさっている。

 伝崎は目をつぶり、感じ取れる。

 丘の洞窟の中には分かれ道がある。

 右の方には二つの人影を感じ、左の方には人影に近い中身がスカスカの何かが一つ。

 おそらくスケルトンとおぼしきもの。

 その奥には四角い箱があることを感じ取れた。

 迷宮透視がD-に成長していた(迷宮透視のスキル使用には器用さが必要だった。器用がA+からA++に上がっていた)

 その成長速度は驚異的だった。

 どれだけスキルレベルが低く、必要経験値が少ないからといっても一周近くの成長を四日で遂げたことは快挙といっていい。

 通常は才能があって努力を積み重ねたとしても半年から二、三年は要する世界。

 四日という早さは万能超人である勇者やその筋の天才が行うことである。

 伝崎がそのスキルの早熟タイプであったこと、才能があったこと、昼夜の努力を惜しまなかったこと、それらを考慮に入れても早かった。

 伝崎からすれば、客入りを調べる延長線上の感覚に過ぎなかったのだが。

 伝崎は、洞窟に入る仕草を見せたかと思うと、何かを思いついたように唇に指を当てて森の中に戻っていく。

 腕くらいの太さのある木をセシルズナイフで三回切りつけて倒した。

 その木はぎっしり詰まっている実感があり、肘から手ぐらいの長さに切っても15から18キロぐらいの重さに感じた。

 それを両手にひとつひとつ持ち、ダンベル代わりに鍛え始める。

 伝崎は、「ぐぅう」と言いながら両腕に力こぶを作り、持ち上げていく。「ふぅー」といって下ろすと、また「ぐにに」と言って筋肉をいわせながら上げていく。

 だいぶ前からオッサンは、緑に顔を突っ込んで寝ている。

 伝崎は独り言を呟く。

「筋力の-補正を無くしてみるかな」

 伝崎の計算式において、今の筋力ではセシルズナイフの威力に-補正が掛かっていた。

 十全にその力を発揮できていないと考えていたのである。

 洞察の神は困惑していた。

 酔っていたからとはいえ、あれだけ軽率な行動を取った人間が今度は慎重に慎重を極めているのである。

 伝崎に称号を与えることにした。

『参った。これで鍛錬効果アップさせといてやる』

 慎重なる修行者。

 伝崎の頭の上に光の針が立ったかと思うと、体全体が丸みを帯びた光に包まれていった。

 力がみなぎるというよりも、感覚が研ぎ澄まされ、センスが鋭くなったようである。

 何に対しても興味が湧いて、吸収できるような気がした。

 五日間もウェイトトレーニングを繰り返していると体がちょっと大きくなった気がした。

 20キロぐらいの丸太ダンベルを片腕ずつに持ちながら、100回は上げられるようになった。

 筋力がD-からDに成長した。

 称号の効果のおかげで、これもまた成長が早かった。

 しかし、さすがに一周上がるわけでもなく、一段階の上昇だった。

 どちらかというと才能のない分野で、これだけの早さであるならば充分すぎるものだった。

 それで終わりかと見えたが、またそこから七日間ウェイトトレーニングをしていた。

 しかし、能力が上がりそうで上がらなかった。

 何か、ぎりぎりのところで抑えこまれている感じがするのである。

 洞察の神は、お情けで空から告げた。

『成長限界だ』

 器用などはまだまだ成長する可能性はあったかもしれないが、筋力は成長限界に達していた。

 それもかしこも、才能のない分野だったからである。

 しかし、レベル1で筋力Dの上限は、才能ある戦士に匹敵するだけの素質といっても過言ではなかった。

 称号「戦神の驚愕」があるおかげだ。

 オッサンは寝ぼけ眼をこすりながら話す。

「やっとかい。自分ばっか鍛えて……一人のエースに依存したチームは脆いんじゃねぇのかぁ?」

「冗談? モンスターを育てることが真の目的だから。そのために、この世界の成長法則を調べていたってところだ」

「一々、考えがあるんだなぁ。これがカリスマかい」

 伝崎は満足した様子で笑顔になると、Eランクダンジョン「丘の洞窟の分かれ道」の攻略に乗り出した。




 伝崎が洞窟を発ってから五日目、リリンの日記。

『とうとう冒険者が現れた。二人パーティだった。

 戦士レベル14と魔法使いレベル10。

 あたしが一撃で戦士を殺す。

 ゾンビたちが一斉に笑うと魔法使いは逃げ出した。

 所持金は3650G。まぁまぁか?

 装備とかは全部で、7000Gぐらいの価値があると思う。

 伝崎なら、もっと高く売れそうだから、まだ売らないことにする』


 伝崎が洞窟を発ってから十五日目、リリンの日記。

『ちょっと魔王様がいらいらしている感じ。

 水晶に写る伝崎は丸太上げばっかしていて面白い。

 今度はなんかの噂を聞きつけたのか、四人パーティで来た。

 剣闘士レベル18、戦士レベル13、魔法使いレベル14、巫女レベル17。

 あたしが回復職の巫女を一撃で倒す。

 剣闘士がハンマーでスケルトンを殴りつけた。腕の骨を落としながらもスケルトンは耐えた。

 どっかで見たことあるような赤毛の戦士は逃げ出した。

 魔法使いはゾンビたちにうまく囲ませながら食いちぎらせた。

 剣闘士はがんばって、一匹のゾンビを殴り殺した。

 そこで、あたしが剣闘士にトドメをさした。

 なかなか手ごわかった。

 所持金は全部で1万2000G。かなりあるね。

 はいだ身包みは、3万Gくらいの価値はあるかも。

 どっちにしたって、伝崎が帰ってくるまで積んどくことにする。

 あ、一匹ゾンビが死んだから、伝崎に怒られるかも』




 伝崎は丘の洞窟の中を歩く。

 カンっと蹴飛ばした小石の音が反響していく。

 奥の闇へ小石と音は、一緒に進み消える。

 その先の視界に、闇と光がまばらに点在。

 洞窟の隙間、隙間に、でこぼことした岩肌を辿って差し込む光をセシルズナイフの黒い刀身で反射してみる。

 目の前の闇に、小さな穴が開いただけだった。

 次第に視界は深みを増して、その二つの分かれ道を導き出す。

 その湿気が鼻を殺して、その無音が耳を生かす。

 喉の奥が乾いた。

 ――さぁ、選ぼう。

 視界を真っ二つに、分かれ道がある。

 右には二つの人影、左には一つのスカスカの何かを感じる。

 こんなところに人はいないだろう。

 だとするならば右の方にいるのは

 右の方へ、足を差し向ける。

 己をいざなう。

 その闇の中へと迷いを許さずに進んでいく。

 歩を重ねた先で、その二つの人影が何なのか見出した。

 闇色に浮かび上がるゾンビが両腕を差し出している。

 男のゾンビは頬がなく歯をむき出しにしていて、女のゾンビはその両目が真っ白だった。

 こちらへと、こちらへと、向かってくる。

 男のゾンビレベル2、女のゾンビはレベル3。

 伝崎は、鼻高々に待ちわびる。

 男のゾンビがだらしなく右手を伸ばす。

 ところどころ肌がはがれた右手は腐っていて、それが顔の前まで来ると死んだ魚のような腐臭が鼻をつく。

 セシルズナイフが、円形の光を反射する。

 直後、男のゾンビの右腕が跳ね上がり、洞窟の天井近くまで飛ぶ。

 腕の切断面からは血は出たりせず、黄色い体液が代わりに垂れ出した。

 伝崎はナイフを見流しながら。

「切れ味が上がってるな。このモノ単体で攻撃力245くらいかな」

「そりゃ毎晩磨いてるからなぁ」

 オッサンは自慢げだ。

 男のゾンビは痛みを感じてないのか矢継ぎ早に左腕を出してくる。

 伝崎からしたら、あくびが出るような緩慢な動きだ。

 体を倒して出る。

 セシルズナイフを前に突き出しながら。

 男のゾンビの首が飛ぶ。

 その首は空中で一回転すると、地面に落ちて鈍い音を放った。

 首がなくなった胴体は、ゆっくりと両膝をついで倒れこんだ。

 その体から薄い緑色のエネルギーが発散され、伝崎のアウラに吸収されていく。

 セシルズナイフから「4」という異世界数字が浮かび上がる。

 おそらく、これは殺した数だろう。

 人間じゃなくてもいいのか。

 その上、どんな雑魚でもいいときてる。

 このナイフは育つ。

 オッサンは自らのはげた頭が光ると、万歳した。

「これでオイさんの磨く能力があがってくよぉ」

 もう女のゾンビが隣にいて、伝崎の腕をつかんでいる。

 白い両目を近づけながら、口を開く。

 不揃いな歯が見えた。

 噛み付かれそうになっていても、伝崎はどこまでも冷静でその目の奥を光らせる。

 見切りEを発動。

 その噛み付きの軌道が自分の右肩に向かっていることを予測。

 すぐさま腕を振り払いながら、その右肩の軌道にセシルズナイフを突き立てる。

 女のゾンビの顎の下に、鮮やかに刺さる。

 口の中を越えて、脳にまで達していた。

 女のゾンビは、そのナイフにぶらさがりながら身動き一つしなくなった。

 セシルズナイフからは「5」という数字が浮かんだ。

 女のゾンビから青黒い生命エネルギーが放たれ、伝崎のアウラに吸収されていく。

 それを吸い終えると、伝崎の全身が白く光る。

 体の中心を涼しい風が駆け抜けていくと、頭の先から天へ向けて何かが立ち上っていく。

 アウラが激しく振動し、あまりの気持ちよさに体が震えた。

「この爽快感は……」

 レベルが2に上がった。

 成長限界も上がったのだろう。

 筋力DからD+に上昇した。

 腕にグンっと力が乗った。

 筋力は経験値が99に達していて、100を超えたのだろう。

 他にも能力が微増しているようだが、洞察スキルに変化が確認されるほどではなかった。

 レベルアップはとても気持ちが良く、一瞬だけ万能感に襲われる。

 天に昇るとはこのことだ。

 全ステータス、全スキルに好影響を与えているのは間違いない。

「最高じゃないか。中毒になりそうだ」

 伝崎は走り出した。

 その道が行き止まりで何もないと分かると、すぐに引き返す。

 分かれ道まで戻ると、間髪いれずに左の道を走る。

 レベル8の人体模型的なスケルトンがカラカラと体を震わせ、殴りつけてくるのに対して、タックルをかますかのようにセシルズナイフを突き立てていた。

 レベルアップがしたくて仕方がなかった。

 スケルトンとすれ違う。

 カキっという音がなり、腕の骨の上ずりをなぞる。

 骨を切り捨てることができず、浅い切り傷を刻んだだけだった。

(どこが弱点だ?)

 伝崎は心眼Eを発動する。

 洞察スキルと同じく額の真ん中、第三の目が一瞬だけ光る。

 己の視点が、スケルトンの背骨に集中。

(そこか!)

 血眼になった伝崎は、ナイフを服の中にしまう。

 全身全霊のアウラを、刃先に凝縮。

 懐剣術Eを発動。

 スケルトンが腕を振り上げると、アウラが込められたナイフを出す。

 しなやかに手先を動かす。

 波打つオレンジ色のアウラが刃先で、ゆらめく。

 ナイフの軌道は、器用A++の離れ業。

 肋骨の間をぬって、背骨に達する。

 ガランっという乾いた音がなった。

 ナイフが打撃のごとく太い背骨を粉砕。

 白い破片が眼前を舞うと、スケルトンは頭を下げるようにして胴体を二つ折りにする。

 魔力を失ったのか、全身の骨はバラバラになっていく。

 何も表情を浮かべていないのに、スケルトンが衝撃を感じているのがわかった。

 伝崎自身も、ちょっとびっくりしていた。

(懐剣術、威力上がりすぎだろ。アウラは使い方次第で、やべぇことになるんだな、おい。

 まぁ、なんとなく懐剣術使用中は自分の耐久が激減してそうだが。

 攻撃を避けるタイプだから問題ないな。それにしても、上がった筋力も良い具合に乗ってきた)

 セシルズナイフは暗殺数が「6」になった。

 スケルトンの体からエネルギーが発散される。

 伝崎は、それを吸い上げる。

 また、全身が激しく光った。半端ではない爽快感が体中を駆け巡る。

「気持ちいい!」

 レベル3に上がった。

 全ステータスがまた微増した。

 耐久がE-からEに上昇した。

 ちょっと打たれ強くなった気がする。

「もう中毒だよ」

 その通路を歩いていくと、木の箱があった。

 開けると、光沢を放つ銀貨三枚が姿を現す。

 3000Gだ。

「ひゃっほう!」

 伝崎は、妙に高いテンションで変な声を上げた。

 初めてのお金ゲットである。

 これほど嬉しいことはなかった。

 ありがてぇ、ありがてぇと感謝しながら、しかし伝崎は、ふと疑問が頭の奥底から浮かび上がってくるのを感じた。

「なんで、ここがEランクなのかねぇ?」

 オッサンも両腕を組んだ。

 冷静に考えてみて欲しい。

 ゾンビ二体にスケルトン一体。これだと、ただの洞窟とさして変わらないような戦力である。

 それなのにただの洞窟はF-で、この洞窟はEなのである。

 違いは何かというと。

 この3000Gである。

 伝崎は一休さんのように、あぐらをかく。

 なるほど、そういうことか。

 この3000Gという、うま味があるからか。

 これがあるおかげで、冒険者たちの評価が高いのだ。

 で、スケルトンに負ける奴がいて、それを収入源にしていると。

 勉強になった。

 ただの洞窟にも、うま味が必要だ。 

 伝崎は笑顔で立ち上がると、出口に向かう。

 Eランクダンジョン「丘の洞窟の分かれ道」を攻略した。

 洞窟を出ると、ずいぶんと喉が渇いていたので川を探し出して水をガブ飲みした。

 腹を壊した。

 下痢を繰り返した後、奥の崖まで行く。

 Dランクダンジョン「ある狼の洞窟」に辿り着いていた。




 セシルズナイフの切れ味の上がり方。

 伝崎が手に入れた当初の切れ味が240の攻撃力として、殺害数が三人の場合、攻撃力は一日0.3ずつつ上がっていく。

 五日で攻撃力が1.5上がる計算だ。

 十日で3上がり、十五日で4.5上がる。

 実際にはオッサンが怠けたりするので規則正しく毎日上がっていくわけではない。

 その上で、王都滞在期間も加味すると、245の攻撃力を前後する。

 殺害数が十人の場合で考えると、どうだろう。

 毎日、1ずつ攻撃力が上がっていく。

 百日も経てば、セシルズナイフの攻撃力が340をゆうに超えるようになる。

 この威力は、2、30万Gの剣にやや劣りながらも肉薄する。硬い木の根が子供の柔肌のように切れる威力である。

 さらに殺害数が百人の場合で考えると、どうなるだろうか。

 尋常な威力の上昇率ではない。

 オッサンという要素がこのナイフの不遇を招いていたわけだが、現に育てることができれば魔王を殺すだけの威力を持ちえる破格の業物だった。




 世の中には大人の事情がある。

 ある日、記事がもみ消されたり、ひとりの人間が社会的に抹殺されたり……そこにあるはずのものが、なかったことにされる。

 人の世の常である。

「いや、だから戦士のタレコミなんか当てにならないっていってるだろう。

 戦士なんて誰でもなれんの。分かる?

 どこにでもいる遊び人だって、審査ゆるゆるの戦士ギルドに入れば、はい、戦士ですって言えちゃうんだよ。そんな奴の話を信じるバカがいる? 冒険者のこと考えてないでしょ?

 新聞の公共性って知ってる?」

 ギルド新聞は、冒険者ギルドの合弁会社が発行している。

 その合弁会社の社長タチは現場に口を出していた。

 決して大きな組織ではなく、現場との距離がほとんど空いていなかった。

 少し白髪が混じった痩せ型の小男である。

 タチは部下を小馬鹿にしながら叱りつけるだけ叱りつけると、広告主との面会のために高級料理屋に行った。

 大口、小口に関係なく、後援者は大切にしなければならない。

 タチは丸いテーブルを囲みながら、すっとんきょうな声を出す。

「へっ、ですから、ああ、ただの洞窟ですか? あれは確かにクソです。クソすぎて印象に残るほどです」

「あの洞窟の評価はF-でしょう。今後もそうしていただけると、ありがたいのですが」

「しかし、新聞社としても公共性がありますからね。それはいかんせん、場合によって変わってきます」

「いえいえ、ただの洞窟はどうあがいたってクソです。

 そういうふうにクソであるということは変わりません。

 私がギルド新聞の広告主であり続けるように……もしも万が一ということがありましても、できればお願いしたいのです」

「ええ、そうですね。ただの洞窟はクソです。それは今までもこれからも変わりません。ご安心ください」

 丸いテーブルを挟んだ先にいたのは、肥え太りつくした巨漢ズケだった。

 彼はギルド新聞の広告主だったのである。


 これもまた、大人の事情である。

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