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待ち人

 レベルの意味について。

 そもそもレベルが上がるとは何なのか。

 生物なりアンデッドなりを倒すことによって、その対象が持つ生命エネルギーが放出される。

 放出された生命エネルギーや魔力は、半自動的に倒した側へ吸収されていくのである。

 そのエネルギーを吸収することによって、レベルは上がっていく。

 これは強者の論理とも弱肉強食ともいえる、この世界の神が作りし原理である。

 回復職だけは特殊で、人を癒すことによって神から贈り物ともいえる生命エネルギーを貰い、レベルを上げていくことができるのである。

 レベルを上げる意味は、大きく二つある。

 一つは、能力を成長させるため。

 もう一つは、成長限界を上げるためである。

 レベルが低いと、ステータスの上昇に限界が訪れる。

 例えば、レベル1の成長限界が筋力Eだったとしよう。

 この場合、どれだけ筋力を鍛えても筋力E以上は成長することができない。

 それは生命エネルギーから規定される能力値の限度ともいわれている。

 実際のところは、神だけが知っている原理で解明されていない。

 また、才能に応じて限界値は違う。

 ダンジョンマスターたちが存在する一つの理由に、そういったレベルをあげるモンスターたちを提供する、という意味がある。

 彼らの存在が廃れずに栄え続けるのは、回復職を除いて誰しもレベルを上げるためにモンスターを倒さなければならないからである。

 レベルを上げなければ成長限界が訪れて、将来を切り開いていくことができないのだ。

 伝崎は異世界人だけであってとても異質な存在であり、レベルが低くとも能力値が高く、成長限界の上限値も極めて高い。

 とはいえ、成長限界はレベルを上げない限り、必ず訪れることになる。

 最大最高の成長限界は、レベル99になったときに判明するとも言える。




 大賢者シシリの待ち人は現れた。

 絶対魔術師レベル99。

 一人都市落としの異名を持ち、先の大戦で勇者と共に比類なき戦果を上げた。

 経済力、軍事力共に勝る共和国側に決定的な損害を与え、王国に勝利をもたらした。

 たった二人の存在によって、共和国はむこう三十年は立ち直ることができないダメージを受けたといわれている。

 幼少期から攻撃魔法にしか興味を示さなかった。

 世界の二大難問である無詠唱と死者蘇生のうち、無詠唱の難問をひとりだけで解決し、ひとりだけ使用可能である。

 その実力は歴代最高峰と呼び声高い。

 喫茶店に絶対魔術師ヤナイは現れた。

 パンツ一丁で現れた。

「お久しぶりです」

 ほぼ全裸の青年が、にこやかな表情で走り寄ってくるのである。

 それを見て大賢者シシリは、頭を抱えた。

 大賢者シシリと絶対魔術師ヤナイ。

 レベル99同士の異常な会談が始まる。

 シシリは喫茶店のテーブルに片肘をつきながら言う。

「服着て欲しいんだけど……」

「寝坊しそうになりまして。先輩、時間に遅れたら怒るじゃないですか」

「服のほうが重要なんだけど」

 傍から見たら、子供にさとされる青年という意味不明な構図である。

「わかりました、先輩」

 そういってヤナイは手持ちの簡素な緑色のローブを着込んでいく。

 二十代ぐらいの黒い短髪のそばかすの普通の男にしか見えなかった。

 にこやかな笑顔のせいか糸目になっている。

 駆け出しの魔法使いといわれても誰もが信じる地味な容貌だったのだが、やはり洞察スキルを使うとそのレベルは高すぎた。

 何より、彼が放っているアウラは、まばゆいばかりの金色だった。

 頭からさんさんと後光が差している。

 ほとんどの洞察スキルの持ち主たちは、スキルや能力の毛ほども見出すことができなかった。

 そのアウラの構造が、高度すぎて理解できないのである。

 一方、大賢者シシリは大賢者シシリで、体からわずかにだぶるように銀色のアウラを放っており、孤高ともいえるその情報領域を理解できるものはいなかった。

 二人とも特殊なアウラの持ち主である。

 ヤナイは首元の服のずれをなおしながら聞く。

「で、用事って何なんですか?」

 大賢者シシリが話したかったことは、たった一つ。

 レベル99問題について。

「いや、だから、なんでレベル99以上に上がらないのかって僕は調べたわけ」

 大賢者シシリは、テーブルの上に両肘をつきながら話す。

「そしたら、分かったの。それがさ、制限かけてる神がいたんだよ。

 なんで、制限かけてんのかって? そりゃ決まってるだろ。

 人間にびびってんだよ。その神をぶっ殺せば、制限が解けて……」

 大賢者シシリは、深く深く、その先のことを想像して、にやけた。

「レベルを無限に上げ続けられる」

 いったい何を始めようとしているのか。

 何を為さんとしているのか。

 大賢者シシリは、幼顔の鼻先をかきながら続ける。

「とりあえず、勇者さんは神殺しとか興味ないの?」

 ヤナイと勇者は親友であり、先の大戦でも二人パーティを組んでいた。

 久しぶりに聞く勇者という言葉に。

 ヤナイは思い出す。

 あのときのことを。

 先の大戦。共和国の一都市を消し飛ばした後。

 見渡す限り半球形の巨大な穴の前で、勇者は何気なく言った。

「あれ、俺たちだったら王国も滅ぼせるんじゃね?」

 勇者は、ひょうひょうと冗談交じりに、そう口にした。

 あのときのヤナイは、鋭い目つきで誰を殺しても何も感じなかった。

 そんな彼でさえも勇者の発言には、ぎょっとした。

 その発想は、洒落になってなかった。

 ヤナイですら気付くほどだった。

 王国や故郷に対して、わずかでも愛着を持っていることに。

 勇者に対しては、ああ、すべてに頓着していないのだなと思った。

 それから間もなく、二人パーティを解散した。

 大賢者シシリは、手をぶらぶらさせながら話を続ける。

「勇者さんも呼んじゃってさ、ヤナイと組んで、僕なんかが加わったりすると、すんごいことができると思うけどなぁ。

 ま、もう一人欲しいけどね。99レベルの誰かさんが」

 ヤナイは何年も前にこの世界の魔法に失望していた。

 また、それ以上に大きな目的を抱いていた。

 それがゆえに。

「えっ? ヤナイは異世界移動について研究したいの?

 アホらし。考えてみろよ。

 異世界に行ったところで、本質的なことはなーんも変わらないんだぜ?

 数千世界について研究してた奴がいたけど、そいつの文献見ちゃったらさ。

 もう色々とわかっちゃったわけ。真理はひとつだねって。そんなことよりも、神殺しのほうが面白そうじゃん」

 大賢者シシリは、一人語りを続ける。

「ヤナイは、カガクについて知りたいの? 文献読んだ限りで、あんなの面白くも、なんともないよ。

 空に石を投げたら、地面に落ちるよねってぐらいに、ロマンがないね、ロマンが。

 あ、でも、ヤナイには似合ってるよ。魔法なんかよりもカガクがね。

 前々から、その地味な考え方をするんだったら、魔法使いなんかやめろつってたじゃん」

 ヤナイは思った。

 ――さすが先輩だ。

 何も言ってないのに、全部言い当ててる。

 ヤナイは寝癖のついた黒髪を整えながら、服をちゃんと着こなしていく。

 身なりを整えるだけ整えると、糸目を一切崩さずに丁重に頭を下げる。

「神殺しの件、お断りさせていただきます」

「えっなんで?」

 ヤナイは、先の大戦の末期、都市の脇で泥にまみれながら餓死していた少年の姿に何かを見つけてしまった。

 そこから、何年も葛藤しなければならなかった。

 ヤナイは、やさしくも低い声で告げる。

「もう、人でも神でも殺したくありませんので」

「なにいっちゃってんの? 先の大戦で何万人も殺した人間がいう言葉?

 頭回転しすぎて、ぶっとんじゃった?」

 ヤナイは塗炭にくれた何年もの葛藤の末に一つの信仰を打ち立てた。

「カルマの法則を信じるようになったんです」

「なにそれ……確かに因果律はあるよ? 原因があって結果があるってね。

 でもさ、それって、物押したら動くよねっていうぐらいのもんでしょ?

 もっともっと無機質に秩序立ってるよ。まさか」

「剣に生きた者は剣に死ぬ、というべきでしょうか。私は人を殺しすぎたので、それ相応の報いがあると思ってます」

「そんな、ナンセンスなことあると思う? 剣に生きたからって剣に殺されずに一生を終える奴なんてゴマンといるよ?」

「もしも、今生で免れても来世で」

「ええええ、僕が書いた転生論をそういうふうに斜め読みしちゃった?

 あれってカルマの法則を説明するためのものじゃないって。

 ただの現象なの。生まれ変わりがあるっていう、ただの現象なの。

 それで来世償うための、何とやらって、そんな読み方する人いるんだ。

 ああ、注意書きしときゃよかった」

 大賢者シシリは、小躍りするように頭の上で手を右に左に動かしながら、後輩の発言と自分の著作の影響について半ば嘆きながら論じた。

 それから、あきらめたようにシシリは言った。

「ああ、もう分かったよ。この話は無し、聞かなかったことにして」

「お分かり頂けたようで何よりです」

 二人は王都の遠くに巨大なアウラが立ち上るのを認めたが、何事もなかったかのように話し続ける。

「で、ヤナイはカガクを知って、どうすんの?」

 ヤナイは、ほとほと魔法というものに失望していた。

 自分ができても他人ができないことが山ほどあったのだ。

 その逆も山ほどあった。

 それは社会的に役に立てるときに大きな障害となる。

「ある賢者の文献によれば、カガクは原理さえ分かれば、誰でもできると記述されています。

 魔法などよりも確実で才能も必要なく、運用性が高いとか。

 異世界のカガクを解明し、大戦の残された遺族たち、ひいてはこの世界の役に立てたいと思ってます。

 そのためにも異世界に行ってみるつもりです」

「そう、異世界にね。なんか聞くところによると、異世界移動を研究してた賢者が消えたみたいだけど。

 元々、数が少ないとはいえ、不自然なところがあるんだよね。その関連の書籍も消えたみたいだし」

「その点はご心配なく。イースター家の当主が、その関連の書籍を所蔵しているようなので、まずはそこを当たってみることにします」

「あの死に損ない爺さんね。長生きしすぎだろって。

 本当に寿命、三分の二なのか疑い始めてるところなんだよね。ああ、そういえば、聞いてる?」

「なにをですか?」

「マシュー・イースターっていう一人孫が行方不明になったって」

「ええ、聞いております。おそらく私の推測ですが、その調査と引き換えに書籍を下さるのでは、と思ってます」

「わかってんじゃん。あの欲ボケ爺さんがタダでくれるわけないからね」

 大賢者は、銀髪をくるくると指に巻き込んだ後に続ける。

「最後に聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょう?」

「勇者さんってどこいったの?」

「さぁ、どこでしょう。何年も会っておりませんので」

 ヤナイは、首をかしげる。

 大賢者シシリは、「噂に近いけど」という前置きの上で述べる。

「ハーレムを解散して行方をくらましたって聞いてるけど、具体的な場所を知りたいんだよね」

 ヤナイは糸目を大きく見開く。

「彼が、そこまでしますか……よっぽどのことがない限り考えられませんね」




 昔の勇者。

「勇者勇者って、うるせぇな。強さと人格は関係ねぇ。城の宝を盗む! 人の家のタンスをあさる!

 王国の連中は、それでも勇者に妄想してやがる。勇者がやれば称賛しやがる。

 王国の危機は去ったのだ、と叫びやがる! 勇者は何をしたって正義になるんだ……」

 勇者は人の家のタンスをあさりながら、満面の笑顔で宣言する。

「これだからな! これだから勇者はやめらんねぇ」


 現在の勇者。

 最高難易度を誇るレクイムの喜望峰にて。

 その最果てにある螺旋のモノリスには、悲壮感に満ちた文字でこう刻まれている。

『監視されてる。助けて』




 ただの洞窟の奥深くの別室、王座の前。

 女魔王が足を組みなおすのも見る余裕がなく、伝崎は地面に頭をすりつけていた。

「覚えとけよ。魔界生物スカイボッシュで、いつでも監視してるんだからな」

 女魔王の冷血な声に合わせて、伝崎の頬を見えない何かがひゅんひゅん通りすがったような気がした。

 す、すかいぼっしゅ?

 その字句を脳内で反復しながらも、伝崎は自らの境遇を理解した。

「二、三回、お前を王都ごと吹き飛ばしたくなったわ」

 伝崎の全身が硬直する。

「まぁ、面白いところもあったから今回は見逃してやるよ」

 女魔王は冷たい声で、のろのろと話していく。

「ほれ、褒美をやる。受け取れよ」

 キラリと光るものが投げつけられた。

 手垢のついた一枚の金貨だ。

 ころころと転がってきたので高速で伝崎は拾い上げて、また元の位置で頭をすりつけながら。

 1万G、なぜに1万Gなんだ、と思いながら手持ちの金を確認する。

 所持金1万9321Gになった。

 伝崎は、ささやかな言い分を述べ始める。わずかにアウラを放ちつつ。

「恐れながら申し上げます。

 一見すると、ダンジョン経営と関係ないように見えて、実のところは大いに関係があったのです。

 私めが強化されることによって、損害ゼロで戦うことができるようにな」

 と述べつつ、交渉スキルを使おうとしたら。

 女魔王は、人差し指に青黒いアウラを集中させ始める。

 円形の濃縮しきったそれは洞窟を吹き飛ばすような迫力があり。

「……お前ごときのアウラの変化を私が気取れないとでも思ったか?」

「ヒッ」

「次、言い訳したら消す」

 伝崎はヒューヒューと切れそうな呼吸を保つので精一杯だった。

 退席が許されて、ただの洞窟をカチカチの体で歩く。

 ポケットの中のオッサンが話しかけてきた。

「ひょっとして、あれって魔王じゃないかぁ?」

「違う。違う。こんな、ただの洞窟にいるわけないだろうっ」

 伝崎は震え声で嘘を並べ立てる。

「あれはね、女上級悪魔ビヨンドといってね。

 魔界では意外と有名だよ。魔王の命令でこう、地上に監察官として派遣されてきたらしい」

「本当かぁ?」

 オッサンは裏返った声で聞き上げてくる。

 ただの洞窟を歩いていると、リリンがそのピンク色の髪を揺らして駆け寄ってきた。

「魔王様との謁見、どうでしたデスか?」

 伝崎は、くずおれた。

 オッサンは、ポケットの中で皮膚をつねりあげてくる。

「嘘つきがぁ」

 すべてが明るみになった今、オッサンに対して何度も謝ることになった。

 それでも、なんとか説得することにする。

「いや、だから、今は勝てないだろう? あれ見ただろ?

 普通にナイフごと消されるだけだ。どんどん強くなってから戦おうぜ」

「そうだけどぉ」

「よっし、じゃあ決まり」

「なんかぁ、お前の話は嘘くせぇなぁ」

 オッサンは半信半疑の様子だったが、どっちにしたってそうするしかないわけで最後にはあきらめたようだった。

 リリンは女魔王の側で水晶から戦う様子を見ていたらしく、なぜかいつもよりもよそよそしいながらも側から離れない感じだった。

「かっこよかったデスよ」

「そ、そうか?」

「見直しましたデス」

「そりゃ、よかった」

 伝崎はちょっと何かを疑い始める。

 そう、それはほんの少しの些細な疑念に過ぎなかったのだが。

 リリンは伝崎の真正面をふさぐと、小さな女の子らしく体をよじらせて。

「好き、好きデス」

 そう告白してきた。

 伝崎は、戸惑いを隠せなかった。

 目の前の女の子にしか見えない容貌の、しかし84歳のババアに告白された場合、どういう態度を示せば大人の対応といえるのだろうか。

 たぶん、正解はない。

「お、おぅ」

 伝崎は、ちょっと顔を赤くしながら言った。

 付き合うとかではなく、単純に好意をもたれるだけならば問題ない。

 忠誠度をこれで気にする必要はなくなったなとか何とか色々と思考を巡らせて、最後にはそうだな、これであの変態的な拷問に近い行為がなくなってくれるのではないかと期待した。

 リリンは、伝崎の腕に組み付きながら言う。

「また、お馬さんごっこしましょうデス」

 そんな期待は、数秒で打ち砕かれた。

 そうこうしているうちに視界には、奥行き横幅三メートルの円形広場が広がっていく。

 そこにリリンの作った光球が舞うと、幻想的な仄暗い景色の中に十匹のゾンビの二段の整列と、広場からあふれ出した二匹のスケルトンが首を傾け待っているのが見えた。

 伝崎はスイッチが突然入ったかのように神妙な面持ちになり、片腕をピンと上げて演説を始める。

「諸君の中には、私が死んだと思った者もいたかもしれない……しかし、見よ!

 私は生きている! ここにいるではないか!

 生き残った私がいる一方で、図らずもかつてこの洞窟の中で、無残に死んでいったゾンビがいた。ヤザン、そのゾンビの名前を片時も忘れたときはない。

 諸君らは思わなかったか? こんな理不尽なことが許されるのかと。ふつふつと湧き上がるものがなかったか?」

 伝崎は拳を握り、目をつむり、思い巡らしているかのように演じる。

 何秒かの間をおいて。

「私がここにいるということが何を意味するのかを知らなければならない……神が味方したこの意味を。

 不可能は可能になった。今こそ、お前たちを虐げていた者たちに、一撃を食らわすときが来たのだ!

 死者が立ち上がるときが来たのだ! 私が必ず勝利に導く。

 それが私がこの洞窟に帰ってきた意味だ」

 その白熱した演説に古参の六匹のゾンビたちが拍手を始める。

 それに合わせるかのように新入りのゾンビたちが拍手を始めると、連帯感が上がっていく。

 スケルトンは体をカラカラと鳴らし、満場の拍手となった今、洞窟全体は揺れていた。

 士気が大いに奮い上がる。

 電撃的な総督就任劇だった。

 もはや、ただの洞窟は掌握したも同然だったのである。

 伝崎は士気の重要性を身に染みて思い知らされてきた。店員が働こうとしなければ店は回らない。

 百万の大軍といえども戦う気がなければ、一人の人間も倒すことができない。

 これは揺ぎ無い事実である。

 その上、ただの洞窟に新入りが入った以上は結束力も必要だった。

 烏合の衆と化してはいけない。

 その最大の配慮が先の演説だった。

 伝崎は両手を背に一匹一匹のモンスターたちと目を合わせながら、命令系統を明確にしようと色々と試していった。

 前に出ろ、というと、「へーい」とゾンビたちは前に出て、スケルトンもカラカラと従う。

 そんなことを繰り返していくうちに、ひとつのことが明確化してきた。

 スケルトンは知力F。最低クラスの知力なので、高度な命令を理解できないらしい。

 いけ。

 さがれ。

 とまれ。

 スケルトンは三つの簡単な命令しかできなかった。

 一方、ゾンビは知力E程度あったので、四つの命令まで可能だった。

 攻撃しろ(指定可)

 防御しろ。

 逃げろ。

 笑え。

 四つ目は教育の成果である。

 いろいろな特性を把握するために、スケルトンの肩の骨を拳で叩いてみる。

 コツっと音が出る。ちょっと痛いし、やはり硬い。

 この硬さを考慮に入れて、スケルトンを前衛に指名。

 これで被害を抑えることができる。

 陣形を編み上げていくと、二体のスケルトンが特出する形で前に出て、ゾンビが後ろから逆翼型に広場の入り口を包囲する形になっている。

 よくよく見てみると、端っこのゾンビが壁に押し込まれていたり、後ろに下がっている。

 さすがに今の円形広場では狭くなってきたので、二倍に増築することにする。

 二、三週間も掛ければ、六メートルのちょっと大きい円形広場のできあがりだ。

 命令を下すと、エンヤコラとゾンビたちが手製のツルハシで掘り始めた。

 また工事の合間に、笑顔の研修も徹底的に行った。

「お客様は神様です! さぁ、笑顔で復唱しろ」

「おきゃくさまぁああは、は、は、かみさまぁでぃす」

「カッカラカン、カカンカン」

 新人はどいつもこいつも、ろくに発声できていない。

 スケルトンに至っては、笑ってすらいない。我慢の限界に達して、目の前に歩いていった。

 顔を近づけると、目の空洞から頭の中の黒い影が見えてしまう。

 ずっと見てると、怖くなってきたので何も言わないことにした。

 もう一度戻って声を張り上げると、金髪ゾンビが一番正確に復唱しているのに気付いた。

「おきゃくさまぁは、かみさまでぇす!」

 おっ、と伝崎は思った。

 そういえば、金髪ゾンビは知力E++。他のゾンビより賢い。

 ならば、と。

「貴様を軍曹に命じる!」

「ありがたきしあわせぇ!」

 金髪ゾンビを軍曹に昇格させた。

 一応、この世界にも地球と同じ軍隊の階級制が存在しているようだった。

 王国にはない概念だが、隣国の共和国にはあるらしい。

 その上で新人教育と工事長は金髪ゾンビこと軍曹に任せてみた。

 金髪ゾンビは新人の前を足を引きずりながらも堂々と歩く。

 四匹のゾンビと二匹のスケルトンが不揃いに立ち並ぶ列の前で。

「おきゃくさまぁは、かみさまでぇす! さぁ、えがおでふくしょうしろぉ!」

 といって、顔半分を笑顔にしている。

 新人のゾンビの中には怠け癖のある奴もいるようで、笑いすらせずに体をかたむけて「あぁあー」と言っている者がいる。

 怒りを覚えた金髪ゾンビはその怠け者の襟首をひねりあげて、「そんなんじゃぁ、おきゃくさまぁにつたわるだろぉ?」といっている。

 問題なさそうだ。

 工事長としてもサボる者には厳しい態度で臨み、規律正しく、エンヤコラと壁の土を掘り出している。

 ちゃんと教えたとおり、木の柱を作って倒壊を抑えたりもしている。

 とはいえ、知力E++だから、ある程度の模倣はできても自分の考えで行動するほどの柔軟性はなかった。

 指揮系統を明白にしていき、士気をあげるにつれて、ただの洞窟には活気が生まれていく。

 伝崎は土飛び散る工事を見守りながら、リリンに重要なことを告げる。

「リリン、お前を少佐に任命する。この隊全体を一任したい。できるな?」

 リリンはどもりながら。

「で、できますデスが」

「前の戦いを見ていたからわかっていると思うけど、一応説明しておく。

 敵が来たら、回復役、攻撃力が高くて防御力が低い奴、攻撃力が高くて防御力が高い奴、この順に攻撃しろ。

 絶対に素早く倒すことを前提に火力を振り分けろよ。あと、逃げ出す奴は基本的にほっとけ」

「わかりましたデス」

 リリンは、そう返事した後に何度か頷いて、自らの頭をこつりと叩いた。

「ひとつ聞いていいデスか?」

「なんだ?」

「水晶で伝崎様の戦いを見ていたから思ったデス。伝崎様お一人でも冒険者を迎え撃てるのではないデスか?」

「ああ、お前の言いたいことはわかる。なんで、ここまでする必要があるのかってことだろ?」

 伝崎は人差し指を立てて、顔を近づけると小声で話す。

「それには色々な理由がある。絞ると主に二つだな。

 まず第一は、一人のエースに依存したチームは脆いんだよ。

 確かに10レベル程度の冒険者が何人来ようが、俺一人で勝てるだろう。

 しかし、いずれにしてもダンジョンが成長していく。そうすると、30~40レベルの冒険者が来るようになる。

 そのレベルでも一対一だったら勝てるっちゃ勝てるけど、普通はパーティで来る。

 中堅の冒険者相手に二対一になると、さすがの俺でも途端に厳しくなる。

 三対一になると、もう無理」

「伝崎様のスピードがあれば、いけると思いますデスけど」

「あんま言いたくないけど、俺の動きってさ。

 重力を利用して倒れてるだけなんだよ。つまり、身長分しか高速で動けない。

 パーティの場合、ほとんど連続か同時で攻撃してくるだろ。

 一撃、二撃はかわせても三撃目は無理になってくる。

 足を継ぎ足した瞬間なんか体が一時的に止まって隙だらけだしな」

「雨のようなパンチを何発も避けていたように思いますけど」

「ああ、あれね。体ごと避けてるから、結局のところ百発打とうが何しようが、その場で打つ限りにおいて腕の間合い分しか意味をなさない。

 つまり、一発と変わらないんだよ。

 そう考えると、俺の動きは一対一の対人戦向きかもな」

「そうだったんデスね」

 伝崎は顔を遠ざけると、語調を強める。

「もう一つの理由のほうが、もっと重要だぞ」

「なんデスか?」

「知名度を上げるためだ」

「うーん、どういうことか分かりませんデス」

「考えてみろ。俺が冒険者を出迎えたとして、生き残った奴は黒い変なのに襲われたって話すだけだ。

 それじゃあ、インパクトがないんだよ。

 笑顔のゾンビが大量に出迎えたほうが分かりやすくて、インパクトがある。

 言い触らしたくなるだろ? どんどんと知名度が上がっていく」

「考えてみると、そうデスね」

 そこには伝崎独特の考え方があった。


 『期待以上』である。

 すべての成功はこれで語りつくせるとまで伝崎は考えていた。

 ただの洞窟だと思って入ったら、ゾンビが大量に笑っていた。

 それは『期待以上』の衝撃を与えて、誰かに話したくなるはずである。

 これは、居酒屋の場合でも同じ。

 ただの居酒屋と思って入ってきた客を期待以上の安さと旨さでびっくりさせるのだ。

 期待以下は消えていくが、期待以上は必ず成功する。

 流行る店には、流行るだけの期待以上があるのだ。

 広告などやる金はないし、やる必要も無い。

 口コミのほうがはるかにパワーがある。

 これが伝崎の知名度をあげる方法だった。




 リリンは悪魔でありながら人間の伝崎に胆を冷やしていた。

 伝崎は大陸の武術家と互角に戦ったかと思うと、指導者のごとく演説を行い、洞窟を掌握し、命令系統を明白にし、知名度を上げる方法まで簡単に考え出す。

 その鮮やかな手際に、リリンは頬に汗をつたわせながら述べる。

「すこし、伝崎様が怖くなったデス。いったい、ニホンという国で何を学んでいたのデス?」

「商売だ」

 そんなことでここまでのことができるのかと、リリンは思ったが言わないことにした。

 彼の今までの人生と前世を幾分か想像してみるが、やはりそれでもわからないことはわからなかった。

 伝崎がただの洞窟の出口に向かっていくと、リリンはとっさに止めた。

「ちょっと、待ってくださいデス」

「さっきも言ったけど、お前にこの隊は一任する。10レベルそこらの冒険者なら楽勝だろ?」

「どこに行くデスか?」

「富士山に脚立を持っていく前に、ちょいとばかし小山を調べてきたくてね」

 リリンは頭にクエッションマークを浮かべる。

 伝崎は澄んだ目を外へ向ける。

「攻略してくる……他所よそのダンジョンを」


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