100パーセント当たる未来予知を否定(偽勇者の自由意志論)
「全滅ぅううーーーー?」
強戦士ストロガノフは、間抜けな顔で目を見開いていた。
幻想魔術師のヒナナは目を見開いてから、すぐにニコニコ顔を作ってそこまで精神的にきていないようだが。
ダンジョンバリスタのケイマルは左手を小刻みに震わせていた。
震わせるその手を顔に当てて、表情を悟られないようにしているのが見えた。
破戒主祭は棺の中で黙ってしまって、それ以上の反応を見せなかった。
伝崎はカウンター席のコップに映る反射で、偽勇者パーティの様子を悟られないように眺めていた。
――見逃したらダメだ。
一挙手一投足が自分のダンジョンに大いなる影響を与えるわけで、彼らの話し合いの意味をくみ取っていくことが未来を左右する。
「おもしれぇええええええ! 興味がわいてきやがった!」
強戦士ストロガノフは声を張り上げて、威勢よく席から立ち上がると拳を握り上げる。
その体から鮮血のような赤々しいアウラを「うおお」という掛け声と共に放っていく。
彼自身が燃え上がっているかのような激しい輝きだった。
「この俺が! 誰に負けるってんだよ」
強戦士ストロガノフは偽勇者の顔をのぞき込むようにして、その顔を近づけすぎるぐらいに近づける。
偽勇者は猫目のように不機嫌そうな、それなのに妙に魅力的な目つきで見つめ返して。
「まぁ、落ち着けよ」
お酒の入ったコップを突き出すようにして、強戦士ストロガノフの顔を遠ざけるようにした。
強戦士ストロガノフは、そのコップを突き放すように払って。
「説明しやがれよ。ちゃんと!」
偽勇者は水色に近いターコイズブルーの瞳を輝かせて、目を細めて、両手を改めて組み直すようにして切り出す。
「わかってるって。お前が話を聞く態度になったところで、前提条件を整えて進めようじゃないか。どこで負けるか結論で教えてやるからさ」
強戦士ストロガノフは、「あ、ああ」というふうに言ってから席に座り直した。
偽勇者の瞳に見つめられて、本意をすべて見透かされているみたいになっていた。
偽勇者は不敵に右頬をあげて片手を広げると、えらく澄んだ声で話し始める。
「まず俺の予知夢は単純に1つの未来が見えるわけじゃない。
3つないし、4つの未来が可能性の高い順から夢になって現れる。
見えるのは、すべて断片的なものだ。
その予知夢で俺たちパーティは全滅していた」
強戦士は握り拳を作って机を叩く。軽く叩いただけなのに机の上のものがすべて浮き上がる。
そうして、話をさえぎって力を込めて言う。
「俺たちが全滅するってのが間違い。断然おかしい。そいつらをぶっ潰すべきで」
偽勇者はまるで無視するかのように人差し指を立てて。
風を探るみたいに、「ああ、やっとわかったんだ……」というような満ち足りた顔で酒場の天井をそっと見上げて言う。
「着目点は、パーティ全滅じゃないぞ。俺が前から考えてたのは、なぜ見える未来はたったひとつではないのだろうってことな」
いつもの自問を繰り返すかのように偽勇者は言うのだ。
そして、沈黙。
自分の思考の中に入り込んで、幸せそうにしている。
哲学者みたいに。思索こそが喜びのように。
強戦士ストロガノフは全滅の話を忘れたかのように、つられるかのように両腕を組んで言う。
「確かにふつーは一個のはずだろ。俺もひとつ、未来もひとつしか考えられねぇ」
偽勇者のアウラの影響を受けているみたいだった。
その神聖な水色のアウラが、この場にいる人間の思考を高めているようだった。
偽勇者は外を眺めるように机に片肘をついて、片手にあごをのせて話し始める。
「なぜ未来はいくつも分かれているのか。ある瞬間にわかった……
人間には『自由意志』があると考えるならば、この話は通るってな」
強戦士ストロガノフは目をぐるぐると回転させながら聞き返す。
「じゆうぅいしいぃ?」
偽勇者は両手で人差し指を立てて、二つの選択肢を説明するように言う。
「ああ、てめぇが筋力の種を今食うか、後で食うか決められるだろ。それが自由意志だ」
強戦士ストロガノフはとっさに腹をおさえた。
丁度、ぐーぐーという腹減り音が鳴って、机の上に運ばれた料理の肉をすぐさま頬張り、もぐもぐと口を動かしながら言う。
「腹が減ったら食うって単純なことじゃないのかよっ」
偽勇者は考え尽していたかのように即答する。
「それは動物だ。人間は腹が減っても食わないって選択ができる。
今、食うとデメリットがあると考えられる場合、後回しにしたりできるんだよ。
例えば、ガノ(ストロガノフのあだ名)、お前だって殴り合いしてる最中とかに食ったり、寝たりしないだろ。
食うか、殴り合いか、どっちかを後回しにしとくかって決められるわけだ」
強戦士ストロガノフは肉をどんどんと食っていきながら、ふっとその手を止めて、何かに気づいた様子で肉を置くと言うのだ。
「あ、ああ、確かに決められる……これが自由意志ってやつか」
伝崎は笑ってしまいそうになりながら、そのやり取りを聞いていた。
――まるで猿でもわかる哲学授業みたいだな。
その説明の仕方から感じ取っていた。
バカな人間は、簡単な話をどこまでも難しくしてしまうが。
本当に賢い人間は、難しい話を相手に合わせてわかりやすいものにできる。
まして、強戦士ストロガノフに説明をわかりやすく砕いてするのがどれだけ難しいことか。
それをいともたやすく、偽勇者は日常のようにやっていた。
偽勇者は片手にボールを持っているみたいなポーズをとる。
「人間には自由意志がある。だから自由に決められる。
それは知識や今の腹減りにすらよらないってわけだ。
として、ひとつ選択を変えただけですべての未来が変わる。
連鎖反応的に勝敗が変わるあのゲームだよ」
強戦士ストロガノフはまた耐えかねたように肉に食らいつきながら、噛みちぎって、その骨付き肉を掲げながら言う。
「あのー、あれか。ポイポイゲームか」
※ ポイポイゲームとは。
ボールをさまざまな縦列に並べて一方向から転がすと他のボールも転がっていく王国独特の遊び。
ひとつ外れると、他の列が転がり始める。その列の倒れ具合で勝敗を決める。
強戦士ストロガノフは骨付き肉と骨付き肉を並べて、それを転がすようにして言う。
「ポイポイゲームだったら、一つ外れると全部変わるもんな!」
偽勇者は人差し指を強戦士に差して、正解と言わんばかりに語る。
「ああ、未来もそれだ。
自由意志について考えると、俺の予知夢がいくつも枝分かれして見えることに説明がつくよな。
いつでも自由に選択できるから変わり得る。
変わり得るから未来はいくつも枝分かれてして見える。
つまり、未来予知は可能性をあくまでも示したものに過ぎない」
「予知夢の話が見えてきた!」
「この考察は面白いことも示すぞ。俺はブラックマーケットで売ってるような異世界の物語を読んだりするのが好きなんだが、その物語についての理解も進んだ」
偽勇者はポケットに入っていた小さな本を取り出すと、それを開いて見せて興味深そうに言うのだ。
伝崎は驚いた顔でコップに反射しながら歪んで見えるその本を見ていた。
――なんで。
異世界商店にそんなものまで売ってるとか。
――それがそこにあるんだよ……
幻想魔術師が果汁の入ったコップを大人の乙女のように両手で持ちながら話に入ってくる。
「シロ様はモノ好きですもんねぇ。私はこういうの意味わからないです。あと、親に読むなって言われてます。頭オカしくなる異世界の物語だって」
偽勇者は取り出した本をぺらぺらとめくりながら、もっともらしく言う。
「この物語では100パーセント当たる占いが出てきたりする。
だが、考えてみてくれよ。もし、人間に自由意志があるならば、それはあり得ない」
偽勇者は深刻な表情でその本を見つめながら続ける。
「あり得ないのにあり得るとするなら……どういうわけだろう。
逆説的にこの物語の作者が自由意志を深く考察できていないってことになるよな。
この物語の登場人物の穴が見えた。俺の予知夢に関する考察でな。
ただし、それが物語の面白さに影響するかどうかは別だけどな」
伝崎は思った。
――こいつ、変わってる。
物語の穴をそういうふうに考えるのは、生粋の変人だなと思った。
冒険者のような攻略思考に、賢者のような賢さが加わってしまったというべきだろうか。
ひとつの結論や考察を応用して、他のものにまで当てはめられる。
本質的なことまで理解できていなかったら無理なこと。
偽勇者は、ものすごく頭が柔らかいことだけは確かだ。
何気ない会話のふしぶしから、思考の応用レベルの高さが垣間見えた。
強戦士ストロガノフは眉をひそめて、頭痛くなってきたという顔で言う。
「……異世界の物語とか読まねぇし」
偽勇者は本をしまうと手をパンと叩いて話を仕切り直すように言う。
「ああ、悪かった。話を戻そう。
ガノ、お前が今回どこに行くか決めさせてやる。自由意志を試そうぜ」
強戦士ストロガノフはありえないというような顔で驚きの声を上げる。
「まじか!?」
ダンジョンバリスタのケイマルが頬を震わせながら、すごい勢いで体中に汗を浮かび上がらせる。
汗だくになっていく。
それは暑さによるというよりも、もっとネガティブな感情に由来するものに見えた。
ひたすら頬をぶるぶると震わせて、両拳を握ってしまっていた。
偽勇者は人差し指を立てて、それを左右に振りながら言う。
「ただし、俺の話を最後まで聞くって条件だけどな」
強戦士は鼻息荒くなった様子で右手の拳を思い切り突き上げる。
「久しぶりだな! 俺が決めるとか。いっつもは多数決だもんな。ホント、しゃらくせぇ」
伝崎は冷めきった表情になって。
――致命的なミス。
そう思った。
一番バカなやつに選択させるとするならば、このパーティの持ち味が失われてしまう。
偽勇者という賢い人間が決断するからこそ、弱点なしの最強パーティになりえた。
だが、強戦士ストロガノフが決めるとなった場合、付け入るスキが生まれる。
伝崎は「可能性」を感じ始めていた。
洞窟に呼び込むこともできるし、倒す可能性だってあり得ると。
偽勇者が最良の選択を選び続けた場合、こちら側にはいくつかの敗北パターンのイメージが見えていた。
しかし、そうではない可能性がこの瞬間に生まれたと伝崎は思ったのである。
――しっかりと接客してやる。
伝崎は期待感に満ち満ちたように右手の拳を握ってしまうが。
一瞬、世界がずれ込むかのような妙な違和感が全身に走ったかのようになった。
――なんだ?
偽勇者は眩暈がしたかのように、顔を片手でおさえる。
「ああ、ひどい既視感だ。そうだ。この酒場に確かに俺はいた」
何かを思い出してしまったかのようで。
十歳ぐらい年老いた声になって。
両目をターコイズブルーの宝石のように輝かせる。
何らかのスキルを使ったかのように見えた。
だが、何のスキルを使ったのかわからなかった。
強戦士ストロガノフは茶化すように偽勇者の肩を叩いて言う。
「あれか。今日は冴えてるな!」
偽勇者は目をそらすようにして、うつむき加減になって、吐き気を催しているかのように口を押さえて言う。
「冴えてる、か。この感覚は味わってみないとわからんだろうな。こことはすこし違う平行世界にずれ込むような違和感。気持ちいいわけない」
「そういうときのお前は決まって」
強戦士ストロガノフは勝手知ったる仲というように。
偽勇者は自嘲気味に笑って、さえぎるように独り言をつぶやく。
「この目は見えなくていいものが観えすぎるな……」
伝崎はなぜか焦っている自分に気づいた。
――俺が、まるで。
何の根拠もない。
これは致命的な何かが起きてしまっているという直感だけが駆け巡る。
――見られているみたいな。
今、ここにいる自分が見つめられたかのような。
――この怖さはなんだ?
この場にいる誰もが見つめられているかのような感覚に等しかった。
偽勇者の視線は、確かにこちらに向いていない。
向いているのはテーブルであり、そのほとんどは強戦士に向いている。
気づかれていない。大丈夫だ。何の問題もないはず。
それなのに、伝崎はダンジョンバリスタのように汗だくになってしまっていた。
偽勇者が持っている知力が、ある種のプレッシャーになっているのか。
それだけでは説明のつかない、この感じは一体何なのか。
確かにあいつはミスをしているわけで、決断は強戦士ストロガノフが下すわけで。
これならば、こちらが優位に進められるはずなのに。
偽勇者の方が確かに一手を保持しているかのようなこの感じはなんだ。
強戦士ストロガノフは机の上の肉をいつの間にか平らげており、立ち上がって言う。
「早速、俺があの洞窟に行くかどうか決めていいか?」
偽勇者は石像のように微動だにせずに、両手を組んだまま言う。
「話を最後まで聞くって約束だろ?」
「まだ話があんのかよ」
「あるさ。予知夢の内容に触れてないだろ」
偽勇者は幸せそうに目をつぶった。
小鳥のさえずりが聞こえて来るかのような沈黙だった。
偽勇者は悟ったかのように目を半眼にして、ささやく。
「ガノ、お前はここで死ぬんだよ」
涼しげな微笑みを浮かべて、繰り返すように続ける。
「洞窟にすらたどり着けずにな」