伝崎の戦いたくないランキング、ダントツ一位
なぜ、伝崎は強戦士ストロガノフ・ハインツと一番戦いたくないのか。
それはレベルこそ60台だが、内実は99レベルの冒険者たちよりも「文句なしで強い」と見ていたからだ。
極振り型の完成された戦士だった。
一対一ならば、絶対魔術師ヤナイに唯一勝てる可能性があった。
威圧スキルSSSで100パーセント動きを止めて、その間に圧倒的な筋力で叩き潰す。
広範囲にわたって、自分よりも筋力が低い相手を必ず数秒間怯ませることができる凶悪なスキル持ち。
なんなら可能性どころか。
局面によっては、絶対魔術師ヤナイに普通に勝ってるイメージすらある。
――それが強戦士ストロガノフ・ハインツ。
今まで見てきた中で、文句なしの最強冒険者。
竜覇祭で毎年優勝するのは当たり前。誰もタイマンで勝てるわけがない。
だからこそ、優勝決定戦を迷わず辞退した。
だが、どこかでポカをして負けているイメージがあった。
強戦士ストロガノフは、あまりにも知力が低い。
それがある意味で決定的な弱点だった。
賢い人間にごまかされて罠にかかって命を落とす。
それが強戦士ストロガノフのいわゆる負けイメージなわけだ。
しかし、そんな、状況は変わってしまった。
(頼むから、バレんなよ)
伝崎は変装姿で酒場のカウンター席から、ちらちらと後ろのテーブルについた偽勇者たちに目を向けたりしていた。
できるだけ気づかれないように、ちょっと外を見るふりをして。
偽勇者に対して洞察スキルを発動していた。
偽勇者シロのステータス(村人LV42)
筋力C
耐久C-
器用C
敏捷A+
知力SS
魔力C
魅力AA
洞察SS、探求S+、推論S、予知夢A、格闘術B+、読唇術B、鳥語B+
拳A-
その偽勇者のステータスを見て、全身で最高レベルに直感した。
――偽勇者パーティは、まじでやばい。
確かに偽勇者と呼ばれるシロは、意外にも戦闘向きのステータスではない。
耐久も意外と倒せそうなぐらいに低いし、筋力や魔力も特段あるわけじゃない。
ただ、知力SSという抜きん出たステータスは見逃せない。
――そのやばさ。
何がやばいのかどんな形でも説明できる。
組織のマネジメントの観点からだって説明することができた。
組織の本来の価値は、メンバーの弱点を無意味化することにある。
それはどういうことかというと。
営業が得意だが、技術開発が苦手という人がいたとしよう。
技術開発ができなければ、会社は成り立たない。
そこに営業は苦手だが、技術開発が得意な人がいたならば、お互いに補い合うことができる。
二人で補い合うことで、弱点を無意味化する。
適材適所で、長所が最大限生かされるチームになるわけだ。
それがマネジメントの「弱点を無意味化する」ということ。
組織の基本にして理想的な形だ。
そういう基本的なことができている組織は強い。
偽勇者パーティという最小単位の組織は、まさにそれができる可能性があった。
偽勇者の存在によって強戦士ストロガノフの弱点を無意味化できるからだ。
偽勇者があまりにも賢かった。
その知力から的確な指示を出せば、強戦士ストロガノフの知力の低さによるミスを極限まで減らせる。
――賢いやつに率いられたら、あいつが一番やばい。
偽勇者によって、強戦士ストロガノフ・ハインツは弱点無しの存在になり得た。
いつか怖れていたことがある意味で実現している。
それが偽勇者パーティだった。
「お願いだ。あの洞窟には何かがある。とんでもない悪魔がいるんだよ。魔王だっているかもしれないんだ!」
酒場に思わぬ闖入者が現れることで、これからの話が始まるかに見えた。
赤毛のリュッケもとい、ツルッパゲのリュッケが頼み込んでいる。
「頼むからあの洞窟を調べてくれ。あんたらしか攻略できないんだ」
リュッケが偽勇者たちのいるテーブルに頭を下げて、そう頼み込むが。
強戦士ストロガノフ・ハインツは歯牙にもかけないという様子で首を振りながら言う。
「しつけぇな。だから、行くわけねぇだろ。ただの洞窟なんて、まじで暇つぶしすらならねぇ。そんなとこよりもスライム天国のほうが良いに決まってるだろ!」
「前とは違うんだ。もう、あそこはただの洞窟じゃない」
リュッケがおもむろに服の中から丸めたギルド新聞を取り出して見せる。
それを偽勇者たちのいるテーブルに広げて。
偽勇者がギルド新聞に眠そうな目でいちべつくれてから、頬を人差し指でかいて、数秒間ためて。
「面白そうじゃないか……」
本来ならば、来るはずのないパーティが。
期待以上を積み重ねることで、興味を示してきた。
ダンジョンの急激な成長がその興味をひいたのだ。
それが意味することは何なのか。
単なる脅威だけじゃない。
大いなるメリットもあった。
伝崎は手帳に色々と装備の価値を調べたりして記録してきたからわかった。
偽勇者パーティ、彼らの装備の価値がどの程度のものかすぐに洞察できた。
さらに優勝賞金を使い果たしてない強戦士ストロガノフをすべて考慮に入れると。
総額1億2000万G超えのパーティだと計算できた。
おまけに強戦士ストロガノフ・ハインツは、賞金首だった。
いつかの賞金首の内容を思い出す。
『賞金額6650万G。
ゼネバ教団から戦神の斧を盗み出し、サンポックの傭兵団を壊滅させ、リリアル山の少数民族を半滅させた張本人。
その他、多数の悪虐の限りを尽くしており、前代未聞の大悪党。
本人の首もしくは戦神の斧を提出したものに賞金を支払うと張り紙には書かれていた』
賞金首としての額も合計すれば、1億8000万超えの利益をもたらすパーティだった。
倒せば、一気にAランクダンジョンに駆け上がれるほどの利益。
――上客中の上客!
伝崎はカウンター席で手に汗握る。
最高のハイリスクハイリターンパーティ。
客が来ない今、そのパーティが持つ価値は尋常ではなかった。
黄金の価値がある。
偽勇者はギルド新聞の『ただの洞窟』の内容を醒めた目で見つめながら、物語るようにとつとつと話し始める。
「夢を見ていたんだ……長い長い夢を見ていた。俺は常々、予知夢を見るという話をしているけれど、夢のひとつではその洞窟に行っていた」
幻想魔術師の女の子は「シロ様の夢の話好きです」と両手を頬にあててわざとらしく言い、ダンジョンバリスタの青年は「ああ、それ聞きたい」って感じでテーブルに片肘をついていた。
だが、強戦士ストロガノフだけは両腕を組んで、しかめっ面になっていた。
偽勇者は苦笑して、話口調を端的なものに変える。
「まわりくどい言い方するなって顔してるな。わかった。答えから話す」
偽勇者は実に怜悧な声で分析し切ったかのように話す。
「あの洞窟はモンスターダンジョンだ。ヒナナの混乱魔法が決まれば攻略できる……」
幻想魔術師の女の子は「わーお」と言ってから、満面の笑顔になっていた。
「私の活躍どころですねぇ」と言ってステッキをぶんぶんと振り回すのを、ダンジョンバリスタの青年が当たらないように挙動不審な様子で避けているのだ。
伝崎は痛いほどに、うなづいてしまう。
――それは正しい!
モンスターダンジョンにおいて、肝心のモンスターたちが「混乱」してしまったら激しい同士討ちが発生してしまう。
モンスターを集中するのは一斉攻撃できる利点がある一方で。
――まさに混乱こそが決定的な弱点。
仲間同士でひたすら殺し合いをさせられるとどうしようもなかった。
偽勇者はその知力から、最速で最適な攻略の「解」を導き出してしまっていた。
――こいつは本物だ……
伝崎は震えた。
それは喜びによる震えでもなく、恐怖による震えでもなかった。
何か、とてつもないことが起こるという震えだった。
もし、偽勇者パーティを倒すことができれば、倍々でダンジョンの財宝額が増えるだけではない。
軍曹が賢い偽勇者にトドメをさせれば知力が一気に上がり、ゾンビロードに進化するのは間違いなかったのだ。
だが、全滅のリスクすらあるほどの強敵たちだった。
完璧なメンバーともいうべきバランスのとれたパーティ。
――面白れぇ……受けて立ってやる!
伝崎はカウンター席で酒を一気に飲み干して闘争心を燃え上がらせる。
強戦士ストロガノフが机をバンと叩いて、ふてくされたように抗議する。
「だったら、行く意味ねぇだろ! 簡単に攻略できるヘボダンジョン。何の面白味もねぇ。そんなとこよりもスライム天国に」
偽勇者は落ち着いた声で制止するように話す。
「待て待て。予知夢の内容にまだ触れてないだろ。ああ、わかった。結論から言ってほしいんだろ。お前は頭を使いたくないもんな」
偽勇者はひどく真剣な面持ちになると机の上で両手を組んで告げる。
「俺たちパーティは……あの洞窟で全滅する!」
強戦士ストロガノフは目を見開き、幻想魔術師の女の子も目を見開き、ダンジョンバリスタも目を見開き、たぶん破戒主祭も棺の中で目を見開いていた。
パーティ全体に衝撃が走っていた。
カウンター席で。
伝崎もメンバーのように目を見開いていた。
お前も目を見開くんかい、というツッコミが神々からあったのは言うまでもない。
「本格経営編」完
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ダンジョンLVゼロ!の緊急事態宣言から一か月半が経ちました。
この一か月はこうは言ってはなんですが、本当に楽しい日々でした。
夢のような時間でしたね。
それもかしこも読んでくださる方がいるおかげだと思っております。
世間では宣言が解除されていっているようですが
この作品は「解除せずに書き続けたい」と思っております。
引き続きお楽しみいただければと思います。