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ただの洞窟の評価 → 爆発的上昇

「社長!」


 ギルド新聞社の社長室の前に社員が集まっていた。


 体力に自信のある社員が、社長室の扉に体当たりした。

 あっけなく扉が壊れる。


 中は、もぬけの殻だった。


 綺麗さっぱり机から荷物から、何から何までなくなっていた。

 のちに社長タチの自宅も調べ上げられたが、すべての荷物がなくなっていたのである。


 タチは行方不明になった。


 調査委員会が立ち上げられて、今までの不正について調べ上げられることになった。

 ギルド新聞社自体が小さい会社ということもあって、動くと速かった。

 というよりも社員の命もかかっていた。


 その日のうちに号外が出されて、謝罪記事と共に社長タチが賞金首として申請されたことが一面記事に上がった。

 ただの洞窟の評価も完全に見直された内容が書かれていた。


 王都中で号外が舞っていた。




 伝崎はギルド新聞の号外を拾い上げて、ただの洞窟に帰ってきていた。

 その結果を、すべてのメンバーと一緒に見ようと思っていた。


「よし、開くぞ」


 ただの洞窟の中央で、伝崎はギルド新聞をかかげる。

 軍曹や小悪魔リリン、獣人のキキやみんなが見守る中で、ギルド新聞のダンジョン評価欄を広げた。



・以前のただの洞窟の評価


 ランク -F

 ランキング 23405位。

 難易度LV ゼロ(100レベルがマックス)


 ただの洞窟は『クソ』の二文字で済ませられていた。



 今、広げられたギルド新聞の号外ではこうだった。


・現在のただの洞窟の評価


 ランク ++B

 ランキング 275位。

 難易度LV 67


 ただの洞窟は、『白き進化の洞窟』と名付けられていた。


 新聞記者が鼻息荒く洞窟についての特集記事をこう書いている。


『急成長中の面白ダンジョン。訓練されたアンデットモンスターがいっぱい迎えてくれる。

 財宝額も急激に増量中で期待できる。新進気鋭の天才ダンジョンマスターによって運営されているようだ。

 ダンジョンがこれほど短期間で成長するのは新聞始まって以来の衝撃』


 説明はこう続く。


『白系のレアモンスターが一斉に攻撃してくる。それを乗り越えられたら、家をいくつも買えるほどの財宝が手に入るかも。大きな夢にあふれるダンジョンで……etc』


 紹介文はまったく違うものになっていた。

 爆発的に評価が上がっていた。




 伝崎はギルド新聞を読み上げて、片手を握って歓喜の声を上げる。


「よっしゃあああああああああ」


 洞窟全員が「いぇああああー」という一段大きな喜びの声をあげた。

 みんながみんなハイタッチをして抱き合っている。

 妖精のオッサンも手をあげてタッチしてくる。


「オイさんも嬉しいぞぉおお!」


 小悪魔リリンも笑顔で、「やりましたデス」と言っており、軍曹も「伝崎様の素晴らしい采配のおかげですぅ」と言ったりしている。

 獣人キキも白ゴブリンもみんな踊るように喜び合っていた。

 スケルトンも骨を鳴らし合いながら祭りのように踊っているし、ゾンビネスたちも槍を突き上げながら抱き合ったりしている。


「最高だ!」


 伝崎は半端ない達成感に満たされていた。


 現在、王国歴198年3月14日。

 今は夕方頃になっていたが、色々な騒動のために今日は冒険者が来ていなかった。


 期限内に目標のDランクダンジョンにできなければ、女魔王にゾンビ化させられることになっていた。

 伝崎のゾンビ化まで、あと51日。


 だったが。


『Dランクダンジョンの目標を大幅に達成!』


 ただの洞窟は、++Bの評価になっていた。

 ゾンビ化を完全に免れることができた。


 それどころか、もうすぐでAランクになりそうな勢いだった。

 最終目標のAランクダンジョンにできれば、元の世界に帰してもらえる。


 財宝額はAランククラスなのかもしれないが、ダンジョンの強さや人気、他にもいろいろな条件からBランククラスだと評価されたのだろう。

 それでも、明らかに前よりもまともな評価を下されていることは間違いなかった。


 この勢いで行けば、Aランクダンジョンになる日は近い。

 ダンジョン経営が一気に進み始めた。


「いやはや、本当にすげぇ嬉しいな」


 伝崎は感動もひとしお。

 仲間たちと抱き合っていると。


「魔王様がお呼びデス」


 小悪魔リリンに手招きされて、洞窟の奥深くの魔王の間に呼び出されることになった。


 洞窟の一本道の奥を歩いていくと、空気がむっとしてくる。


 魔王の間の中に入ると、そこにはどよんとした紫色の変な空気が充満している。

 その空気は女魔王から発せられる雰囲気のようなものだった。


 伝崎からすると、魔王は本当に魔王らしく、性格的に良いところが見当たらなかった。

 悪の親玉らしい、理不尽な存在だった。


 最悪の上司というべきだろうか。

 それだけにいつもいつもこの魔王の間に来ると、警戒心がマックスレベルになるのだが、今日は何かが違っていた。


 魔王の間には丸型の白いベッドが置かれていて、そこに女魔王が座っているのである。

 女魔王は、ギルド新聞の号外を両手に広げながら黙っていた。

 見入っている様子で何も言わなかった。


(んっ?)


 伝崎は女魔王の前に立つと、いつも変な震えのようなものが来ていた。


(あれ……?)


 伝崎は違和感を覚えていた。


 いつもよりも堂々と両手を後ろ手に組んで、ただ女魔王の発言を待っていた。

 待ってはいたが、まったく自分の中に今までの感覚がなくなっていた。

 いつもなら頭を地面につけて、発言を待つのが自然な態度だったのだが。


 伝崎は直立していた。堂々と胸を張ることができていた。

 この自分の変化に妙な感覚を覚えていた。


(……?)


 女魔王から今まで感じていた圧倒的なプレッシャーがなくなっていた。

 相変わらず、女魔王はギルド新聞に見入っている様子で、その顔を隠していた。


「ようやった」


 女魔王は、ぼそっと一言だけ。

 かなり不器用な、お褒めの言葉を頂いた。

 もし、魔界に属するものなら魔王に褒められると天にも昇る気持ちなのだろうけれど。


「ゾンビ化は無しにしといてやるからな。これからも励め」


 その言葉を最後に女魔王は黙ってしまった。


 伝崎は何も言わずに魔王の間を去っていく。

 女魔王の評価が変わったから、圧倒的なプレッシャーを感じなくなったのだろうか。


 伝崎は自分の右手を見ながら。


(いや……待てよ) 




「むふふふ」


 魔王の間で、女魔王はベッドに寝転がりながら枕に抱きついている。

 その枕は伝崎に似たような落書きがされていた。


 小悪魔リリンが不思議そうに質問する。


「魔王様、あれだけ伝崎様をゾンビ化してずっと側に置いておきたいと言っていたのに、どうして嬉しそうなのデスか?」


「私は満足なのだ」


 女魔王は伝崎の落書きがされた枕を両手で高くかかげながら言った。

 小悪魔リリンはついつい聞き返してしまう。


「はい?」


「伝崎様を部下にできたということに満足しているのだ。あのような者は魔界にもおらん。人間界にも見当たらん」


「と言いますと?」


「勇者様よりも伝崎様のほうがドキドキさせてくれる」


 女魔王は枕に顔をうずめて、「幸せ」という文字を浮かべるように頬を火照らせた。


 小悪魔リリンは思う。

 これからこの洞窟がどうなっていくのか。Aランクダンジョンに至った時にどうなるのか。

 もしかしたら、女魔王様は伝崎を元の世界に帰さないかもしれない。


 そう思わせるに十分な女魔王様の豹変ぶりだったが。


「伝崎様と勇者様が私を取り合うなんて構図も……たまらん。たまらん」


 小悪魔リリンは困惑気味に心の中で反論する。


(それはないと思いますデスが……)


「私のナイトにどちらがなってくれるの?」


(それだけはないデス)


 伝崎も勇者も女魔王を倒したいと思うことはあっても、ナイトになる可能性はゼロに等しかったのである。




 女魔王が自分を帰さなくなる可能性があるともつゆしらず。

 伝崎は魔王の間から出て、洞窟内の一本道を一人歩いていた。


 自分の右手を見つめながら、内面的な変化にふと意識が向く。

 強く握って、驚くぐらいに力強くなったその右手を見つめて。


(あれ、魔王自体が怖くなくなったのか……?)


 そうして、そのことに気づいてしまう。


 魔王謁見の時にあるいつもの『恐さ』がなくなっていた。

 今まではその恐さを感じていたから、震えのようなものがあった。

 緊張のようなものがあった。


 それがなくなったということは、どういうことなのか。


(俺、女魔王を倒せるんじゃねぇか?)


 勝てる可能性に無意識レベルで気づいていたからなのではないか。

 そのことが手に取るように分かった。


 実際、能力的に見ても。


 女魔王の基本ステータス(レベル99)

 筋力C-

 耐久B-

 器用D

 敏捷S+

 知力B+

 魔力SSS

 魅力A


 セシルズナイフの圧倒的な攻撃力は、防御特化ではない魔法系の魔王に十分に通ることは明らかだった。


 伝崎の基本ステータス(レベル35)

 筋力BB

 耐久B+

 器用S

 敏捷S++

 知力A++

 魔力E

 魅力A+


 魔王の敏捷はS+。

 伝崎の敏捷はS++。


 わずかにこちらの方が早い。

 それはつまり、先制攻撃を加えられる可能性が高いことを意味する。

 一発目にこの尋常じゃない攻撃力があるセシルズナイフの攻撃を加えられたら。


 ――倒せる。


 倒せる可能性が十二分にあった。


 確かに魔王に範囲攻撃の魔法を撃たれたら、すべて吹き飛ばされて死んでしまうだろう。

 だが、その前に攻撃を加えさえすればいいのだ。

 さらに加えて、ガントレットをうまく使ったり、夜色のアウラをうまく使ったり、その他の能力のカードがあった。


 確かに多数対一なら、防御力が特別高いわけではない伝崎は勝てない可能性があった。

 一発もらうやばさがあったからだ。

 だが、一対一ならば、まったく話が違う。

 先手を加えて一発で倒せばいいだけ。


 伝崎は一対一タイマンに強かった。


 女魔王は逆に圧倒的な魔力があるからすべてを吹き飛ばして、多数対一でも勝てるだけの力があった。

 グー、チョキ、パーのように状況に応じて向き不向き、相性のようなものがあってお互いに勝てる相手、勝てない状況があったのだ。


 伝崎は独り言を漏らす。


「やべぇ……」


 このなんとも言えない感覚。


 上司よりも気づいたら仕事ができるようになったときの感覚を、何倍にも巨大化させたかのような圧倒的な。

 圧倒的な世界が開けた感覚だった。

 自分を圧迫していた人間が、すでに自分よりも劣っている可能性。

 あるいはそれを超えていくことができる可能性。


 その感動に足が震えていた。


「こんなにありがたいことはないだろ……」


 伝崎は泣きそうになりながら腕を顔に当てていた。

 もう女魔王にへこへこしなくてもよかった。


 妖精のオッサンが肩の上で怪しみながら聞いてくる。


「なに、一人で満足に浸ってんだよぉお?」


「いや、なんもない。なんもない」


 妖精のオッサンにこのことを気づかれたら、まずかった。

 女魔王を倒せば、妖精のオッサンの呪いが解けるということになっていた。

 確かに倒せる可能性はある。


 ――だが、倒すのはまずかった。


 元の世界に帰る異世界魔法を使うことができるのは、魔王だけ。

 魔王を倒してしまったら、元の世界に帰ることができなくなる。


 妖精のオッサンが顔をしげしげと見つめてきて言う。


「なんか変なんだよなぁあ。別の喜び、感じてるだろぉ?」


「いや、なんもないなんもない」




 勇者に先んじて、魔王殺しができそうな伝崎を見て。

 天上界の白き宮殿の中で、円卓の周りに神々が集まって、伝崎の様子を水晶で見ながら話し合っていた。


 戦の神が口火を切る。


「脅威なんてものではないぞ!」


 もはや人間の中で最高レベルの脅威として見られるようになっていた。

 占術と運命の神は、ずるがしこくもこう提案する。


「引き入れろ」


「なにっ?」


「信者にしたほうがいい」


 信仰心なんて、欠片もなさそうな伝崎を仲間にしようと企て始めた。

 災いの神は、その手に災いの炎を燃やしながら言うのである。


「いいや、天誅を下すべき」


 伝崎を潰すか仲間にするかで神々は激しい議論をはじめた。

 しまいには取っ組み合いのようなことをする神様まで現れていた。


 伝崎の成長速度のせいで、天上界は混沌とし始めていた。


 猫神だけが高みの見物のように建物の上で毛づくろいをしていた。

 至高の敏捷の持ち主で、天上界の端から端まで、一秒足らずで移動できた。

 ちなみに地上界ならば、その100分の一の時間で世界の端から端まで移動することができた。


「ごろにゃーご」


 人間界に神々が直接的に介入していたのは太古の昔。

 今や天上界と地上を結ぶゲートは破壊されている。

 神々と意思疎通できる巫女や使者を使って介入するか、あるいは選ばれた天上人を勇者に転生させるという方法ぐらいしかなかった。


 だからこそ、称号を与えることで信仰心を獲得してきたのだが。

 今の伝崎に称号を与えるのは危険しかなかった。

 ゲートを再建されないことが天上界の安全を唯一保証するものだったのである。




「ん?」


 伝崎がただの洞窟の一本道を歩いて、広場に向かっていると。

 はぁはぁ、という犬が息を荒げるような音が聞こえてくる。


 白い何かが一本道をやってくる。


 白狼ヤザンがすごい勢いで駆け寄ってくる。


「ああ、ヤザンじゃないか!」


 伝崎が膝を折って、白狼ヤザンの頭をなでてやる。

 もふもふの毛が戻っていた。

 すでに傷薬をつけていた葉も取れている様子で、傷が塞がっているようだった。


 白狼ヤザンが、足をぺろぺろと舐めてくる。

 くりくりの目で見上げて、足元に抱きついてきたりしている。


「もう大丈夫なのか?」


 伝崎がそう聞くと、白狼ヤザンが人語で返してきた。


「モウナオッタ。ゲンキ」


 後ろから白ゴブリンがやってきて説明してくれる。


「驚異的な回復力ですな。野生の力というやつですじゃ」


 伝崎は嬉しくなって、白狼ヤザンを両手で抱え込む。

 顔をうずめて、そのもふもふの毛を堪能してみる。

 ふんわりとした肌触りで、すごい癒される。


 白狼ヤザンは、はぁはぁと言いながら耳をぺたんとさせていた。


「本当に良かった。良かった」


 元気に回復してくれただけで、嬉しくて仕方がなかった。

 伝崎は半泣きになりながら「ありがとうな」とだけひたすら言っていた。

 くぅーくぅーと白狼ヤザンも甘えるような声を出していた。

 ひたすら白狼ヤザンと抱き合い、たわむれていると。


 獣人キキが焦ったように広場からやってきて言う。


「デンザキ……来て!」


「なんだなんだ?」


 伝崎は元気になった白狼ヤザンと一緒に広場に向かった。

 すべてのモンスターの視線が宝の山に集まっていた。

 そこにはミラクリスタルや雷々魔の矢、ガラクタの機械兵が置かれていたが。


 ピキピキ、という音が聞こえてくる。


 竜の卵にヒビが入っていた。


ダンジョンがレベルゼロじゃなくなった件

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― 新着の感想 ―
[一言]  一気に話が進んだ気がしました。ズケを追い詰めたことも意外な気がします。もっと引っ張るかと思った。  それはそうとダンジョンの評価も変わりましたが、女魔王の心境も変化しましたね。  あと神々…
[良い点] 作り込まれ具合が凄いです。 [一言] 112話楽しみにしてます。 頑張ってください
2020/05/09 13:33 退会済み
管理
[気になる点] ついにタイトルに 元 の看板が付いてしまいましたね!しかも再建自体はかなり大成功ですししばらくはタイトル詐欺状態ですね。 最終回でまた女魔王一人で経営して0LVに戻されるとか大ミスしな…
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