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没落の理由

「だから調べろって言ってるだろ!」


 ズケは悪趣味な豪邸の広間で、召使いたちに怒鳴り散らしていた。


 棒状の食いかけのパンを手に持って、ぶんぶんと振り回している。

 そして、思い出したようにパンの先を食いちぎる。

 もう一方の手に持っている骨付き肉もおかずよろしく噛みつく。


 ズケは肉を飲み物のように飲み込んで叫ぶ。


「早くしろっつってんだろ!」


 召使いたちは恐縮した様子で頭を下げて、「今、調べている最中で」とか「あまりにも素早く攻略されたもので」と言い訳やら何やらを述べている。


 ――なんだなんだなんだ。なんで、俺さまのダンジョンがこんな簡単に攻略されまくってやがるんだ。ありえなさすぎだろう。あの最強ダンジョンをそんな簡単に攻略できるはずがないってのに!


 こういうときは、とにかく飯を食いたくなる。


 イライラを忘れるために食い物を当たり散らかすように食べてしまう。 

 広間のテーブルの上に山盛りにされた肉という肉、果物という果物、穀物という穀物にむしゃぶりついていく。


 とにかく飯だ。飯。

 こういうときは食うしかない。


 肉をくいちぎる。


 ――第一、あの罠は機能しなかったのかよ。あの罠さえあれば、全員死亡確定。バカな冒険者どもがはらわたをぶちまけるポイントがこんなやすやす通り抜けられて、宝を盗み尽くされてるとかおかしすぎだろう。


 パンを口に押し込む。


 ――いったい、どこのどいつだ! どこのどいつだ!


 果実を握りつぶす。


 ――そいつだけは許さねぇ!


 ズケは食い物から顔を上げて、つばを飛ばしながらもう一度叫ぶ。


「調べろっ!」


「俺だよ」


 どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえた。


 広間の階段の下の影から、異常なまでの冷たい空気が背中に流れ込んでくるような気がした。

 次第にそれは鋭すぎる視線だと感じた。


 ズケは、はっとしたように目を開きながら、自分の後ろから聞こえてくる声に耳を傾ける。


「俺だよ。俺。俺だよ」


 何かの詐欺のような口上だった。

 広間の片隅の闇の中で、誰かが話しているのである。


 確かにそれは聞き覚えのある声で。


「俺だって」


 ズケは口を大きく開きながら、イスから腰を浮かせて、ゆっくりと振り返る。


「な、な、な、な、お前、どうやって」


「俺だよ。お前のダンジョンを全部攻略したのは」


 伝崎がそこに立っていた。

 広間の片隅の影から、顔を半分だけのぞかせて、もう一方の半分を闇に覆いながら、そこにいた。

 まるで、魂の契約を完了させるためにやってきた悪魔のような冷たい表情だった。


 そいつに目を向けたら最後。

 自分の魂を約束通り渡さなければならないような雰囲気があった。


 どうやって、ここに入ったのかという驚きよりも。

 その告白が耳についた。


「お前のダンジョンを攻略したのは俺だよ、俺」


 ズケは膝をぶるっと震わせてから、眉間にしわを寄せて声を荒げる。


「な、な、なにぃぃいいい、てめぇ、そんなことしていいと思ってんのか?? ダンジョンマスターだろ! 同業者はタブーだろ。それ知られたら、てめぇはギルドから追放されて、命取られるまで王国中を追い回されるんだぞ!」


 伝崎はあきれたように両手を影から出して、何も言わなかった。

 軽蔑するように笑ってさえいた。


 ――こいつは素人だ。間違いねぇ。事の重大さがわかってねぇんだよ。ギルドのルールを何も知らねぇんだ。これで伝崎は終わりだ。間違いなく、こいつは終わった。俺さまの勝ちだ。


 ただ単に、このことをダンジョンマスターギルドに報告すればいいだけ。

 それだけで破滅させることができる。


 ズケは両手を腹に当てて、高笑いをあげるように天井を見上げる。

 ふっと我に返ったように正面を見て。


 ――いや、待て。脅してもいいな。こいつは俺さまにかしづくしかなくなる。


 品定めをするように伝崎を見つめて。


 ――死ぬまで金を搾り取り続けてやってもいいじゃねぇか。


 金のなる木を見つけた。結構な木だ。

 一生、搾り取ればどれだけの金になるだろう。

 金庫の数を増やさないといけないかもしれない。


「ぐ、ぐはははははははっ」


 ズケは笑いが止まらなくなっていた。体中の脂肪という脂肪を揺さぶっていた。

 手に持っていた食いかけのパンを振るって、奴隷宣告をしようと。


「て、て、てめぇは自分から奴隷になりにき」


 伝崎が片隅の影から、巨大な男をすっと押し出してきた。

 両手を縛られた様子で前に歩いてきたのは。


「いや、お前が先に俺のダンジョンを襲わせたよなー、ズケ」


 大弓士ライン・ハートだった。

 伝崎に誘導されるように前に突き出されて、こちらに向かって視線を投げかけている。

 まるで見知っていると言わんばかりにだ。


 ズケは焦ったように言葉を詰まらせて。


「な、そんなやつは……」


 ズケは一歩だけ後ずさって、後ろのテーブルに腰を当ててしまう。

 テーブルの上の食べ物がわずかに浮かび上がった。


 一瞬頭を抱えそうになったが、思いとどまる。


 ――待て待て。問題ねぇよな。しらばっくれればいい。そもそも証拠なんてないんだからな。その男が俺さまに雇われたって証拠がな。


 それに大弓士が証言しさえしなければいいだけで。


「確かにこの男に依頼された」


 大弓士ライン・ハートは当然のごとく、そう言うのである。

 ズケは目を左右に動かして、挙動不審になる。


 ――なんだよ。ちきしょう。言うなよ。言うなって。俺さまから雇われていたくせによ。裏切るのかよ。


 伝崎は両腕を組んで。


「この件はお前が発端なんだよな」


 このまま駆けこまれたら。


 本当にたまらなかった。


 ダンジョンマスターギルドの面々にはえらく危険なやつらがいて、そいつらに目をつけられたらどうなるか。

 エリカ様だって御用達の冒険者を送ってくることになるかもしれない。

 そうなったら吐くほど攻撃され続けて、ほぼ確実に命を落とすことになる。


 あいつらは王国中のどこにいても攻撃してくる。


 ――ダメだろう。ダメだ。ダメだ。それだけはダメだろう。


 だが、ふと思うのだ。

 もし、すでにギルドに告訴されていたら、命を落としているはず。

 今、自分に命があるということは、まだダンジョンマスターギルドに知らされていないということ。


 ピンチはチャンス。


 最高の機会だと思った。

 何より、伝崎はバカすぎる。


 ズケは悪い笑顔になって、頭の横で手をぱんぱんと叩く。


「野郎ども!」


 今、ここで消せばいいのだ。

 二人ごと抹殺すれば、証人などこの世からすべていなくなる。


「ば、ば、バカめ! ここは俺さまのアジト。俺さまのガードが腐るほどいやがるんだよ!」




 部屋の扉という扉が一斉に開いて、護衛たちが出てくる。

 ズケは右頬をあげて、にやにやしている。


「まぁー、そう来るよな」


 分かってましたとばかりに。

 伝崎は胸ポケットからセシルズナイフを素早く取り出して、腰を低くして臨戦態勢になる。


 部屋の扉からぞろぞろと護衛たちが出てくる。


 狂戦士LV46、モンクLV44、グラディエイターLV46、ソーサラーLV41。魔法戦士LV49、レンジャーLV47、長弓士LV46、強戦士LV51、ブラックアサシンLV52。


 四方八方から、武装集団が現れてくる。


 中堅クラスの冒険者たちが護衛になっているのは明らかだった。

 前に見たやつもいたし、見ていないやつもいた。


 伝崎は思い出す。


 ――確かにあのときはそうだった。


『す、すまなかった……』


 こういうやつらに勝てないから、ズケに土下座させられた苦い記憶を思い出す。


 こちらは何も悪くないのに、社会の理不尽をぶつけられるかのように地面に額をつけて謝ることを強いられた。

 それどころか謝ったというのに、つばを吐き捨てられて蹴りすら入れられた。

 挙句にアイリスの店まで奪われたんだ。


 あのとき、思った。


(こいつだけはやらなきゃならねぇっ)


 忘れるわけがない屈辱的な出来事。

 もっと早い段階でズケの豪邸に乗り込まなかったのは、まさにこれだった。

 こういう護衛たちがいるだろうから、一人では勝てなかったわけで。


 だからこそ。


 ――今。


 広間の階段の上で、長弓士LV46がぎりぎりと弓を引き絞っている音が聞こえてくる。

 こちらに向かって、矢を問答無用で放ってきた。


「し、死にさらせ!」


 ズケがパンを振り下ろすと一斉に冒険者たちが襲ってくる。


 真っ先に伝崎の顔面に長弓士の鋭い矢が迫る。

 だが、伝崎は微動だにしなかった。

 それに撃たれてもいいとばかり。


「せいぃっ!」


 その声が聞こえたかと思うと、伝崎の顔面の前に大盾が掲げられていた。


 矢を軽やかに弾き飛ばし、伝崎を守ってみせた。

 そこにいくつかの冒険者の剣や槍の攻撃が殺到してくるが、ガガガという音を放ちながら耐えて見せている。


 軍曹の出した大盾だった。


「あー、助かるなー」


 伝崎は余裕をにじませるようにそう言うのである。

 あまりの余裕さに、盾の後ろで両腕を後頭部に回してさえいる。


「な、な、なんだぁ!?」


 ズケは手に持っていたパンを落としそうになりながら、体をちょっとだけのけぞらせる。


 広間の影に黒騎士の格好をした軍曹が隠れていたのだ。

 その軍曹が崖赤の大盾を出して守ってくれていた。


 伝崎のいるポイントに攻撃が集中していくが、冒険者ひとりひとりの攻撃を受け止めつつ。


「ウルァアアア!」


 獣の声が上がったかと思うと、影の中から上方向にジャンプをして現れる。

 ひとりの冒険者の頭を踏みあげて、もっと高く飛び上がる。


 獣人のキキだった。


 キキが軽快に広間の天井の片隅に張り付いたかと思うと、そこに省略術式を描いて、いくつかの鋭い氷柱を出して冒険者に範囲攻撃を加え始める。

 雨のように氷柱が降り注ぐ。


「うぁああ」


 冒険者たちの後頭部に鋭い氷が突き刺さっていくのだ。

 軍曹が盾で耐えているところを、伝崎は器用に横移動を加えて前ステップを踏む。


「終わるのはお前らな」


 伝崎は超高速ステップで冒険者の首を一つ、二つと切り上げていく。

 頭の上から降ってくる氷柱の数々に、決定的な致命傷を与えるセシルズナイフ。

 追撃の軍曹の長槍が加わって。


「うお」

「ぐあ」

「ぁああああああ」


 中級冒険者たちが、次々と命を落としていく。

 気づいたら、キキはライジングソードとアイスソードで冒険者の後ろから奇襲を加えており、振り返った時には伝崎が挟み撃ちにするかのようにセシルズナイフを突き刺していく。


「うああぁあ」

「なんだこれ」


 冒険者たちは大混乱に陥っていた。


 わずか数秒の間に、すべての中級冒険者がひっくり返るようにして倒れていた。

 そこら中に血があふれて、壁という壁が血塗られていた。

 この場の冒険者を一番倒したキキのレベルが上がっていった。


「上級冒険者でも勝てるのに、今やお前ら中級が問題になるのかね?」


 伝崎は血のついたセシルズナイフを拭きながら。


「お前が目を覚ましてくれたんだよ、ズケ」


 余裕の表情でそう話すのだ。


 もし、一人だったら、今の時点の伝崎の強さでもってしても、この数の中級冒険者を相手にすることは難しかった。

 確かに一人では、多数を相手にするのは難しい。


 しかし、人材が育つことで倒すことが可能になったのだ。


 強い仲間たちが増えることで、こういう冒険者の武装集団を倒せるようになっていた。

 ダンジョン経営を進めることで、確かに仲間たちが成長していた。

 この圧勝は、すべてがかみ合った結果だった。


 伝崎はセシルズナイフを見つめながら、ゆっくりとズケに歩み寄っていく。


「ひぃいいい」


 ズケは腰を抜かしたようになって、あわあわしながら後ずさっていく。

 食べ物大好き人間が、手に持っていたパンを驚きのあまり落としていた。


「や、や、やめろお」


 ズケはテーブルの机の食べ物をひっくり返しながら、その場につまづいて顔を打ったりしながら、四つん這いで進んでいく。

 まるで赤子のような拙い動きで、ほとんど前に進んでなかった。


「わ、わ、悪かったよ。本当に今まで悪かった」


 伝崎は、ズケの後ろをつけていく。

 ズケは広間の片隅の壁に追い込まれると、そこに贅肉だらけの背をつけながら立ち上がる。


 伝崎はセシルズナイフをぺちぺちと言わせながら。


「お前ってやつは、なんで俺にあんだけ突っかかってきたのかね? 何もしてなかったのに謝らせてきたりしてな」


「そ、そ、それはお前がエリカ様に気に入られてて」


「いやいや、すげぇ言い掛かりだわ。謝らせる理由になんねぇしな。お前が気に入られないのはお前自身の問題だと思うんだが」


 ズケは顔中に脂汗をしたたらせながら、壁をずれ込むように横移動していく。

 話を聞いている限り、こういうことなのではないかと気づいた。


 ――それを根に持ってんだな。それだな。謝らせたことを根に持ってるだけなんだろが。


 謝ればいい。

 ちゃんと謝りさえすれば、ごまかすことができると。

 謝るなんて安い行為で、いくらでもしてやっていいとズケは考えた。


 ズケは両膝をついて、両手を組み合わせるようにして。


「す、す、す、すまなかった。本当にすまなかった」


 いつかの真似をするかのように額を床に付けて。


「す、すまなかったぁああ」


 ひたすら謝り続けた。

 床に頭をすりつけ続けて、必死に謝り続ける。


 謝りながらも、ズケの腹の中は違っていた。


(これで助かる。間違いなく助かる。この問題は一件落着。その後に、なんとか手を考えて)


 ――潰せばいい。


 伝崎がでかい顔ができるのは今だけだ。

 そうだ。今だけの問題だ。

 伝崎のバカは必ずミスをする。

 その油断したところを叩けばいいだけだ。


 ――そのときこそ、伝崎の終わりだ。


 ズケはおそるおそる床につけていた顔を上げてみた。

 その先に広がった光景は。


 伝崎は神様のような柔らかい顔で、右手をあげて優し気に話し始める。


「いや、お前がギルド新聞を操作してくれたおかげで、すごいダンジョン発展したし、お礼と言っては何だけどな」


 ――ほらぁあああ。きたきたきた。予想通りだ。


 ズケは、まんまと引っかかったと思った。

 とにかくこの場さえ切り抜けられたらいいのだ。

 それだけでいける。


 ズケはしらばっくれるように無邪気な表情を作って聞き返す。


「お礼、ですか?」


 伝崎が奥の部屋にしれっと入っていくと、金庫を肩にのせて持ってきた。

 まるで自分のバックを棚から取り出したかのような日常の所作で言う。


「この金庫、開けろ」


 ズケは、一瞬何なのかわからなくて、目を丸くした。

 眉間にしわを寄せて、首をかしげて、難しい顔をして。


「へいっ?」


 伝崎が持っている金庫は、ズケの大切な金貨を大量につめているものだった。

 それを伝崎がなぜか肩に乗せており、しかも開けろと言っているのだ。


「お礼に、この金庫の中身をもらってやるよ」


 お礼をするというのは、基本的にプレゼントを贈るものであって勝手に何かを貰うことではない。

 にもかかわらず、伝崎はお礼に金庫をもらってやると言っているのである。


 あまりにも意味不明すぎる言葉。

 あまりにも理解不能な言葉。


 一瞬、頭の中が真っ白になった。こんがらがった糸がほどけなくなった感じだ。

 ズケは、目をぱちくりとさせるしかなかった。

 次第にその意味を理解し始めると、体中の震えが怒りで止まらなくなった。

 止まらなくなってはいたが、左右を獣人と黒騎士軍曹が圧迫するように詰めてきて、息が苦しくなってくる。


 口から泡を吹きながら、腰の底から崩れ落ちていきながら。

 どん底の中に引きずり込まれまいと右手を差し伸べて。


 ズケは叫ぶ。


「そ、そ、そ、それだけはだめだっ!」


 ズケにとって、金は何よりも大切だった。


 その何よりも大切な金がたっぷりと詰まった金庫を開けろと言っており、しかもその中身をすべて貰っていくと宣言されることの意味。

 それは内臓をすべてえぐり出されて持っていかれるような、身体の一部分を切り取られて持っていかれるような。

 人生のすべてを持っていかれるような。


 絶望しかなかった。


 伝崎はセシルズナイフを金庫にじゅーという音を立てながら刺していき、しまいにはその金庫の扉を四角く切り取っていた。

 あっけなく金庫が開いていた。


「結構、ためてんだな。あんな雑なダンジョンなのに」


 伝崎は金庫の中の金貨を一枚一枚数えながら、自分の袋に入れていく。


 ズケは子供を連れ去られる親のように両手を地面につけて叫ぶ。


「それだけは勘弁してくださいぃいい」


 立ち上がって猛然と抵抗しようとするが、獣人がライジングソードを目の前に出して後ろにバウンドするように座り込んでしまう。

 何もできなかった。

 人生のすべてが今、もろく、奪い尽されていく。


 伝崎は金貨をリズミカルにチリンチリンと袋に入れていきながら、この建物の中をじろじろと見て。


「お前から受けた被害だけど、アイリスの店やギルド新聞の操作、大弓士パーティで命を狙ってきたり、もろもろのものをすべて計算すると3億Gは軽く超えてる」


「3億G?」


「ああ、3億Gは超えてる。それを全財産で負けておいてやる。だから、このボロ屋敷も売る。服もな。何もかも売って、身ぐるみ一つ残さずに渡せや」


 悪魔のごとき宣告を受けて、ズケが目を右に左に動かすと。

 玄関の扉が開いて、数多くの商人がどかどかと入ってきて、値札をつけながら査定していく。


 伝崎は権利書をどこからともなく見つけ出して差し出していた。


「あ、あ、あ、あ」


 ズケは言葉を失っていた。

 体中汗だくになりながら、十年分年老いたように顔をしわしわにして、疲労感でやられたと言った具合にその場で身動きできずに、熱にうなされたように座り込んでいた。


 伝崎は追い打ちをかけるように言う。


「お前がギルド新聞に働きかけてたことも言っていいんだ。どうせ、この屋敷にその証拠もあるってわかってんだよ」


「あ、あ、あ」


 伝崎は金庫から水晶を取り上げると、片手に見ながら言うのだ。


「あー、これか。すごいばっちり映ってるな。こんな魔法の技術もあんだな」


「やめて……くれ」


 もし、そんなものを周りに知られてしまったら、どうなるか。

 ダンジョンマスターギルドどころか、王国中のすべての冒険者を敵に回すことになるだろう。

 賄賂のせいで死んだ仲間がいると冒険者が知ったら、共和国に逃げたとしても殺されるリスクがあった。

 冒険者は世界中どこにでも存在しているわけで、それが追って来たら命がなかった。


 ダンジョンマスターのタブーを犯したことがばれるよりもやばかった。


 体中に本物の震えが来て、お金よりも自分の命のほうが大切だと今さら理解した。

 命あってこその金。

 とにかく、これだけは知らされたら、たまらないということだった。

 立ち直るチャンスすら消えてしまうほどのことだった。


 ――この世界のどこにも隠れる居場所がなくなってしまうだろうが。


 伝崎は水晶片手に顔に影を落として裏世界の人間のように言う。


「お前次第では隠しておいてやってもいいよ。安心しろ。誰にも言わないさ。こんなの知られたら、命ないもんな」


 ズケは前のめりに聞くしかなかった。


「ほ、ほ、ほんとうか?」


 伝崎は顔の前で片手を振って。


「大丈夫大丈夫。誰にも見せないって」


「ほ、ほ、本当の本当なんだな?」


 伝崎は拳を作って自分の胸を叩いて言う。


「俺は約束守るタイプだからな。誰であっても守るさ。それが商人ってもんだろ」


 伝崎は前のめりになると、瞬間移動するかのように駆け寄ってきた。

 後ろに回り込んで、ズケの首元にセシルズナイフを当てながら。


「ただし、二度と俺の人生に姿を見せるな。王国に姿見せんな。もし現れたら、そんときはまじで殺す」


「ひぃいいい」


 ズケのダンジョンを攻略して得た財宝や金庫のお金、屋敷を売ったお金、もろもろすべて合わせて。


 ズケの全財産は、約5423万Gの金貨になった。


 かなり買い叩かれたが、引き取り代が求められるようなガラクタも多かったせいだ。

 しかし、伝崎はそんなことはどうでもよかった。

 今までの嫌がらせを受けた報いとしては十分だった。


 ズケの全財産をすべて換金できたことで、伝崎は最高に清々していた。


「いやぁー満足満足!」


 伝崎の所持金が7052万8321Gから。

 → 1億2475万9345Gになった。


 すべての財宝を合わせると、ただの洞窟の財宝額は2億Gを突破していた。

 もはや、それは騎士階級の生涯収入の三分の二に達していた。




「着いた着いた」


 王都の外のはずれにて。


 広大な荒野の真ん中で、伝崎は馬車の手綱を持ちながらそう言った。

 その馬車もズケのものであり、すでに前金をもらって売り渡されることが決まっていた。


 荒野の真ん中に、うずくまる巨体がぽつんとある。


「う……うぅ」


 素っ裸になったズケが名残惜しそうに、何度も振り返ってくる。

 本当の本当に、無一文の状態になっていた。

 身ぐるみすべてはがされるとは、このことだった。


 ズケは、せめて食料費の1万Gでも恵んでほしそうに見てくる。


 なにもかも失った人間特有の絶望感でその場から動く気力すらない様子だった。

 何度も振り返っては、物乞いのように悲しそうに見つめてくるのである。


 伝崎は、馬車の上に乗りながら問いかける。


「なぁズケ、なんで人生とか商売に失敗したと思う?」


「そ、それは……貴様が俺さまの人生に現れたせいだろうがっ!」


 ズケは両手を地面に突きながらイノシシのように吠えたける。

 伝崎は珍しいぐらいに声を荒げる。


「ちげぇえよ、なんもわかってねぇな」


「っ!?」


「お前はどのみち、俺が現れなくても失敗してた」


「……??」


「ズケ、お前は冒険者をゴミクズとしか考えてなかったよな。

 冒険者のことなんてなにひとつ考えず、不正に不正を重ねて、いずれにしても冒険者たちの信用を失ってたんだよ。

 そんなダンジョンに誰も行かなくなるから、経営は必ず立ち行かなくなってた。

 失敗は時間の問題で、俺はそれをすこし早めただけなんだよ」


 伝崎は袋から金貨一枚を取り出して、それを掲げながら話を続ける。


「この金貨一つ一つが冒険者おきゃくさまのおかげで手に入ってる。どうしたら、その冒険者が来るようになるか、冒険者のことを死に物狂いで考えるんだよ。それが商売の基本だ」


「おきゃくさま?」


「そうだよ、お客様だ」


「そ、そ、そんな考えは今まで……」


「その本質がわかったら、お前もいつか億万長者になれるかもな」


 目の前には、荒涼とした大地が広がっていた。


 この大地に、無一文で立ち向かうにはあまりにも心許なかった。

 ズケは、共和国の都市に着く前に飢え死にしてしまうとばかりにつぶらな瞳で訴えかけてくる。


「わかったわかった」


 伝崎は最後に情けでも見せるような温かい顔になって、ポケットから手乗りサイズの小袋を取り出して言う。


「お前のおかげで、すげぇ儲かったからな。餞別せんべつだ」


「餞別?」


「ああ、受け取れ。お別れの餞別だ」


 伝崎はその小袋を投げ渡す。


 ズケは、足元に転がってきたその小袋をエサでも食らいつくかのようにつかむ。

 落ち武者のように恨めしそうにこちらを見つめてから、すっぽんぽんで共和国の方角へ歩き始めた。




「おらぁあああ、出てこい!」

「いるんだろが! 社長がよ!」

「お前らの偽情報でどんだけ迷惑してたと思ってんだ!」


 ギルド新聞社のこじんまりした社屋が、数百人の冒険者たちに取り囲まれていた。


 抗議活動というよりは、もはや暴動に近かった。

 冒険者たちが押し寄せるようにやってきて、壁とかを嫌がらせのように壊していっている。

 ×印のひどい落書きとかも重ね塗りされていっている。


 いつ事件が起きてもおかしくないほどに冒険者たちは殺気立っていた。


 一方で、社内には小包が届いていた。


 すでに中は開かれており、水晶が露わになっていた。

 これみよがしに全社員が見える玄関口に置かれていた。


 その水晶には、ダンジョンマスターのズケから賄賂を受け取る社長タチの姿がありありと映っていた。

 社員たちは口に手を当てて、その事実に唖然としている様子だ。


 冒険者たちはその内容を知っていると言わんばかりに叫ぶのだ。


「社長を出せや!」

「お前らがやってたこと、全部わかってんだぞ!」


 今、ここで出て行ったら間違いなく殺される状況だった。


 ――伝崎はズケとの口約束を守っていなかった。


 妖精のオッサンに約束を守るのか?と聞かれて、「んなわけあるか」と伝崎は笑っていた。

 当然のごとく証拠の水晶をすべての人間に知らしめていた。

 王国に二度と戻れないような内容を明らかにしたのだ。

 もし、ズケが王国に戻って来たら、冒険者に殺されてしまう状況が生まれていた。


 それはギルド新聞社の社長タチの立場も危うくするものであり。


「早く出せって言ってんだろ!」


 窓の外から聞こえてくる冒険者の抗議の声。

 魔法がぶち込まれたのか、窓が次々と壊れていく。


「社長! 出てきてください!」


 社員の一人が社長室の扉を何度もノックしていた。


「とんでもないことになってます!」


 何度も何度もノックしていた。


・ズケの裸一貫の大冒険「腹が減った」


「………ぅうう」


 ――腹が減った。


 ズケは素っ裸で共和国辺境の村の中を歩いていた。


 良い匂いがしてくる。

 ちょっとした市場があって、店先に色々な食べ物が売られている。

 歩いていると、女性の悲鳴が聞こえてきたりするが気にしてはいけない。


 丸パン菓子       35G

 ピポジュース     111G

 赤焼肉のチャーハン  380G

 リックル鳥の丸焼き 1500G


 ジューシーな感じのリックル鳥の丸焼きがすごい美味そうだった。

 塩をいっぱい振りかけて、自家製のソースで味付けしているのだろう。


(贅に贅を尽くしていた俺さまが、こんなものに目をくれることなど)


 香ばしい。


 ぎゅるるるるぅと腹がなって仕方がなかった。

 節約すべきところだが、やはり腹が減ってはだめだ。

 何も考えられない。

 神がかり的な商才も発揮できないというものだ。


「こ、こ、こういうときにはな」


 片手の中にしっかりとつかんでいた小袋を見つめる。


 伝崎から渡された小袋だった。

 それを早速開いてみると、石の輪のようなものがいくつか見えてくる。

 石銭が33枚しか入ってなかった。


 33Gだった。


 店の方を見てみる。


 丸パン菓子       35G

 ピポジュース     111G

 赤焼肉のチャーハン  380G

 リックル鳥の丸焼き 1500G


 一番安い子供向けの丸パン菓子が35Gだった。


 わずか2G足りなかった。


 渡されたのは、お釣り用の小袋だった。

 残りカスしか入ってないからこそ、その場でもらえたのだった。


「ち、ち、ちくしょうおおおおおう」


 ズケは地面を叩いて、涙を流していた。


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