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ズケに全力(タブー)を仕掛ける

 どんな業界にも禁忌タブーがあるのをご存知だろうか。


 破ってはならない暗黙のルールと言い換えてもいい。

 明言されてはいないが、そのルールを破ると業界から締め出されるというものだ。

 それは飲食業界にもあったし、ダンジョンマスターギルドにもあった。


 特にダンジョンマスターのタブーはわかりやすい。


『同業者のダンジョンを攻略しに行ってはいけない』


 伝崎はこの世界に来てから、初期の頃にダンジョンを攻略してしまっていた。

 そのとき、ダンジョンマスターの先輩であるエリカ・ビクトムに業界のルールを教えてもらった。

 最初の失敗ということもあり、エリカの恩情で見逃してもらったが、「次はない」という意味合いのことを言われていた。


 他の主のダンジョンを攻略しに行くと、ダンジョンマスター業界から締め出されるわけだ。

 それは考えてみると当然のルールで、お互いに攻略し合っていたら共倒れになるからなのだが。


 厳密には締め出されるという表現は正しくない。

 このルールは非常に重く、もしも破ると他のダンジョンマスターから、ひたすら「攻撃を受ける」ことになる。


 つまり、ルールを破ると、ダンジョンマスターすべてを敵に回すことになる。

 公の敵のような存在になる。

 そうなると、自分のダンジョンを破壊され尽くすまで他のダンジョンマスターたちが雇った強力な冒険者が殺到してくるのである。


 破ると、大変なリスクがあるタブーだった。


 これは以前に先輩のダンジョンマスターのエリカ・ビクトムに聞かされていたことだったが。




「言っちゃなんだが、本当にクソみたいなダンジョンだな」


 ズケのダンジョンを次々と攻略していたのは、伝崎だった。

 平然と「タブー」を破っていた。


 伝崎は今、『烏合はここで死ぬ』という名前のズケのダンジョンの中を悠々と歩いている。


 伝崎の後ろには黒騎士のような姿をした者がいた。


 軍曹だ。

 緊張した様子で背筋を伸ばして歩いている。

 ダンジョン攻略に付き合ってもらっていた。


 円形の三本道があって、ちょっと曲がりくねったところを行ったら階段がひとつあるだけ。

 途中途中の雑魚モンスターは瞬殺したが、どんなモンスターかは記憶にすら残っていないレベルだ。


 二階構造になっていて、一階と同じような構造の二階を下っていくと最深部に辿り着く。

 その最深部には、いかにもな宝箱があった。


 ど派手な装飾が施された古い宝箱だ。


「はっはーん、これが目玉か」


 伝崎は、宝箱から10メートル離れた場所で立ち止まる。


 ダンジョン探索に対する苦手意識がひとつあった。

 それは「罠」だ。

 かなり前に罠に掛かって、ボコられたことが一度あった。


 罠探知D-


 伝崎は漆黒のアウラを放ちながらスキルを発動する。

 アウラを右に左に動かして、宝箱の前を探っていく。


「こんなダンジョン、これぐらいのスキルで十分だよな」


 宝箱の後ろ側に大量の投げ槍があるのが手に取るようにわかった。

 さらに周りにアウラを染み込ませる。

 スイッチボタンが宝箱のフタの裏にあって、開くと同時にそれが押されてしまう構造のようだった。


 また、宝箱の三歩前にも落とし穴の入れ子構造になっている部分があるのを見つけた。


「まぁー、ここで落としたいわけだな」


 それにしても「雑」と思った。

 こんな構造でよくやってこれたなというレベルのものだ。


「軍曹!」


 伝崎はそう言うと袋の中から、あらかじめ買っていた『簡易罠解除キット』の工具箱を取り出す。

 それを軍曹に手渡して、罠の場所を事細かく指差しながら「頼む」と言った。


「わかりましたぁ!」


 軍曹は手持ちの大盾を置いて、慎重な足取りで近づくと片膝をついてスキルを発動する。


 罠解除C-


 前に唐突に思い出していたスキルだった。


 軍曹はピッキンという妙な音を立てながら工具を取り出して、罠の解除に取り掛かる。

 かちゃかちゃとスパナみたいなものを動かすと、罠がバラバラになっていく。


 しかし、かなり単純な罠だったのだろう。

 落とし穴の作動ボタンを手早く解除して、さらに宝箱の裏にある槍の罠を簡単に解除してみせた。


 結構な慣れた手つきだった。


「軍曹、ナイス!」


 伝崎はそれだけ言って、宝箱に足早に近づいて、さっさと開く。

 中身は、24万Gが入った宝箱だった。


「こんなのでよく冒険者が来るな」


 あまりにも「雑すぎる」と思った。


 こんなダンジョンで利益を上げられるとか、ギルド新聞の恩恵がなかったらありえないことだと思った。

 ズケは不正で財産を築いただけで、まさにエセダンジョンマスターだったわけだ。


「こんなのがCランクダンジョンだったら、俺のダンジョンはもっと格上のはずなんだけどな」


 ズケのダンジョンに入っては攻略して。

 入っては攻略して。


「バカの屍」      攻略済み

「はらわたぶちまけろ」 攻略済み

「冒険者虐殺」     攻略済み

「烏合はここで死ぬ」  攻略済み


 ズケのすべてのダンジョンを攻略していた。

 財宝を手に入れ、合計約244万Gの収入になった。


 ギルド新聞社に賄賂などを渡せないようにするために、ズケの収入源を潰した。




 ダンジョンマスターが、他の主のダンジョンを攻略しに行く。

 それは禁忌とされていることだった。


 なぜ、伝崎はこんな当たり前のようにズケのダンジョンを攻略しているのか。


 ――先にズケがタブーを破っていたからだ。


 大弓士パーティをただの洞窟に送ってきたのは、明確な違反行為である。

 伝崎を忌み嫌い過ぎるせいで、ズケこそがミスを犯していた。

 闇に葬れば隠蔽できるだろうという雑な発想しかなかったのだろう。


 伝崎はダンジョンマスターギルドにそれを告訴せずに、自らの手でズケのダンジョンを攻略していったのである。


「仲介者なんて、いらないよな」


 ズケのダンジョン攻略は、完全決着をつけるために選んだ行動だった。

 伝崎はズケのダンジョンの外で回収した財宝を手早く荷物にまとめていく。


 妖精のオッサンが肩の上から、おそるおそる聞いてくる。


「伝崎ぃ、さすがにここまで考えてたわけじゃないだろぉお?」


「考えてたさ」


 伝崎は当然と言わんばかりに言い放った。


 無能な上司を演じつつ、わざわざ罠探知スキルを習得していたのはズケのダンジョンを攻略するためだった。

 とんだゴミスキルにしか見えなかった軍曹の罠解除のスキルもズケのダンジョン攻略に使えると見ていた。

 簡易罠解除キットを買ったのもそのためだった。


 ――罠だけが、ダンジョン攻略の障害になると見ていた。


 必ず、ズケが「ミスする」と考えていた。


 ただの洞窟が成長し、噂になればなるほどにいつか痺れを切らして冒険者を送ってくる。

 考え無しのズケならば、そうするだろうと思っていた。


 だから、投げ縄スキルも練習していたし、ピアノ線も買って、冒険者を捕縛するための準備をしていた。

 ズケがパーティを送ってくると考えていたからこそ、捕まえられる準備をしていた。


 怪しい冒険者が来たら、捕まえて口を割らせるつもりだった。

 どちらにしても相手がミスをしたら、すぐに潰せる刃を磨いていたのだ。


 こちらから先に行ったら、ただ単にタブーを犯すだけで手痛い反撃をされるリスクがあった。

 他のダンジョンマスターをはじめとした余計な敵を山ほど増やす可能性があった

 相手がミスをすることが重要だった。


 そうなれば、反撃すらさせずに完全に潰す形に持っていける。


 冒険者をこちらも雇って送る手もあったが、その冒険者がミスしたらまた面倒なことになる。

 自分が行くのが確実で、冒険者を雇うことによる情報漏えいのリスクもない。


 何より。


 ――これはズケと俺とのすげぇ感情的な問題だ。


 さらにダンジョン経営を進めることで、軍曹などの人材が育ってきて、ダンジョン攻略がより確実に可能になった。

 キキの育成を促しながら、ズケ潰しの算段も進めていたのだ。

 まさに一石二鳥どころか、本来の目的を達する一石三鳥のような手だった。


 途中で閃いてからは、すべてを考え尽した行動の積み重ねだった。


 妖精のオッサンは頭の中で、すべての辻褄が合って空恐ろしくなって言う。


「ひぃえいぃ、おいさんこえぇわ」


 伝崎は苦笑いしながら言う。


「大丈夫大丈夫、仲間だろ」


「おまえさんだけは絶対に敵に回したくないぞぉお」


「もっと粘ってくれてもよかったんだけどな」


 伝崎は、ちょっと口惜しそうに言う。


 期待以上を重ねて利益をもっと上げたかった口だが、ズケがミスした以上動くべきだと踏んだ。

 これ以上放置して、不測の事態が起こる可能性を潰す。


 チャンスが転がって来たら、速攻でつかむ。


 このまま放置し続けても、ギルド新聞の評価が変わらず。

 最悪はDランクダンジョンにする期限を切ってしまって、女魔王にゾンビ化させられるリスクがあったからだ。


 小悪魔リリンが空を飛んできて、ズケのダンジョンの入り口の側の湖のほとりに降り立っていた。

 ひとりずつなら運べますデス、と言っていた。

 最速最短で移動して、最速最短で攻める。


 伝崎は力強く宣言する。


「ここで勝つ!」

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