人材を覚醒させる絶妙な手法とは
「いやぁー、最高だったな」
伝崎は独特の言い回しで、さっきの状況をそう表現する。
絶対に矢を離せない状況だったから、指がちぎれるそうなぐらいに痛かった。
ガントレットと左手の肌がくっついているのがわかる。
今、ガントレットを外そうとしてもびくともしない。
無理やり外したら、左手の皮ごとはがれてしまいそうだった。
半端なかった。
たぶん、あの選択も間違えたら、死んでいた。
夜色のアウラを使うという選択肢があったわけだが。
妖精の女の子を夜色のアウラで包んだら、そこで万事休す。
彼女は妖精力を発揮できなくなり、バリアがなくなっていただろう。
あくまでも妖精の女の子には当たらないようにし、バリアにのみ夜色のアウラを凝縮したのが正解だった。
選択肢の中にも枝分かれするラインがあって、安易にイエスかノーの二択ではない。
イエスの中にある絶妙なラインをついたために助かったわけだ。
観察していて、これじゃないかと直感で選び取ったが、運良く正解だった。
「つぅー」
伝崎は痛すぎて、声を漏らしていた。
右足の中指と人差し指に、いまだに電撃が残っているんじゃないかというキツイ痺れがあった。
特に中指の爪の部分の感覚がまったくない。
焼け付いて、もげてしまったんじゃないかと疑うレベルだ。
靴を脱いで見たら、まだ指はついていた。
軽く歩くと、右足がほとんど上がらず、引きずるようにしか進めない。
本当に半端なかった。
「……く……はぁっ」
荒野武士の方角から、吐息が聞こえてきた。
頭と上体が岩石の下敷きになっているが、まだ息があるようだった。
喰らった瞬間に気絶してしまっていたのだろう。
今、意識を取り戻しかけているようだ。
キキの方を見て、そのダメージを確認してみる。
鼻血を出しているようだが、自分の足で立ち上がることができているようだ。
ここでキキにトドメを譲って、レベルを上げさせるという手もあるだろう。
それで回復させてやるという選択肢がある
自己犠牲や格好をつけ。
伝崎は荒野武士に近づいていくと、自分でトドメを刺した。
普通にセシルズナイフを振るって、荒野武士に致命傷を加えていた。
「わりぃーな」
伝崎のアウラが一瞬だけ明るくなる。
レベルが上がった。
身体が真っ新になったかのような爽快感が駆け巡っていく。
遅れてやってきていた激痛がウソみたいになくなっていた。
体中の傷が消えていた。
ガントレットを外すと、左手の綺麗な肌が姿を現す。
右足もぴんぴんと動かせるようになって、走れるぐらいに戻っていた。
「ふー、助かった」
電撃を半端なく耐えたからだろう。
耐久だけがやけに上がっていた。
伝崎のステータス(レベル34→35)
筋力BB
耐久C+ → B
器用S
敏捷S++
知力A++
魔力E- → E
魅力A+
スキル
交渉B+。洞察B++。迷宮透視D。懐剣術D+。見切りB。
心眼E+。煙玉E。転心A。道しるべE。投げ縄D+。罠探知D-。
短刀B++
ただの洞窟の中央には、燃え尽きたように戦意を喪失したサムライのマホトと大弓士が捕らえられていた。
大弓士は筋骨隆々なのだが、ピアノ線でしっかり体を縛り、強靭な力でも脱出できないようにしていた。
仮に脱出しようとしたら、その体が千切れるような器用な縛り方をした。
伝崎は獣人のキキに近づいていくと、その手をとってただの洞窟の中央に連れていく。
真っ白になった髪が、新鮮な印象を抱かせる。
もし、キキがいなかったら、矢をどうにかする前に大弓士に追い撃ちされて死んでいただろう。
キキが信じがたい力を発揮したおかげで時間が稼げて、勝利することができた。
「今回勝てたのは、何よりもキキのおかげだ!」
伝崎がキキの手を上に掲げながら、そう宣言する。
もう一方の手には戦利品の雷々魔の矢(時価3942万G)を掲げていた。
ミラクリスタル(3000万G)と雷々魔の矢(時価3942万G)
そして、竜の卵(770万G)と所持金すべて合わせると。
ただの洞窟の財宝額が1億4000万Gを余裕で超えていた。
もはや、財宝額はとんでもないものになっていた。
冒険者たちが命を賭けてやってきそうなレベルだ。
どの程度のランクが適正なのかはわからないが、-Fのそれではなかった。
今回の戦闘に勝利したおかげで、そうなったのだ。
やぁー、という歓声が、ただの洞窟内に上がっていた。
ゾンビ部隊にスケルトン部隊、アンデッドモンスターたちが喜びの声をあげて、それぞれのやり方でキキの活躍を祝福していた。
スケルトンは腕骨を上に投げて踊っているし、ゾンビたちは体を左右に振って喜んでいた。
軍曹は、賢そうな拍手をしていた。
小悪魔リリンは可愛げに両手をあげて喜んでいた。
白ゴブリンの爺さんは微笑ましそうにニッコリ顔だった。
「あと、妖精のこの子もめっちゃ頑張ってくれた」
ガントレットの上に立っている妖精の女の子が胸を張っていた。
やぁーー、という歓声がまた上がっている。
――今回の戦いは、チーム戦みたいなところがあった。
一人では絶対に勝てないようなパーティに、仲間たちの協力で勝てたのだ。
自分自身が単独でどれだけ強くなっても、上級クラスのメンバーがいるパーティは自分一人では勝てないと伝崎は考えていた。
そして、それは現実になったが、ちゃんと乗り越えられた。
キキの覚醒が最高の結果をもたらした。
ただの洞窟のメンバーが勝利に湧く中。
伝崎は改めて、キキに近づいていくと、その目をしっかりと見つめる。
すこしだけ腰をかがめて、右手を頭にそっと置く。
それで心を込めて快活に言った。
「キキ、よくやったな」
伝崎がキキの頭をなでる。
ただ真っ白になった髪を優しく、とぐようになでていた。
キキは、うみゅという変な獣声を出した。
幸せ、という顔で目をつぶって黙っていた。
とっさに両拳を握って、次に柔らかくほどいて、頬をほころばせて、ただなでられていた。
「なぁ、ちょっと思ったんだけどぉ」
ただの洞窟内の広場の入り口で。
肩の上に戻っていた妖精のオッサンが小さい白旗を畳みながら聞いてくる。
「一回サムライを逃がしたよなぁ。あれで対策されるのも計算済みだったのかぁ?」
その質問に伝崎は即答する。
「対策済みでも勝てなかったら未来はないよな」
伝崎は、これからのダンジョン経営を見据えていた。
「もちろん、宣伝ってのもあったけど、対策されても勝つ。それを当たり前にしたいっていうのもあった」
ダンジョン経営が進んでいくと、必ず対策されていく。
対策されても勝てるような状態にすること。
それがただの洞窟を次のステージに押し上げると考えていた。
妖精のオッサンは納得できないとばかりに言う。
「おいさん、油断しているようにしか見えなかったけどぉ」
伝崎はリラックスしたように壁に背を預けながら言う。
「まさか」
「ゴーレムとかもキキの部隊に補充してなかったじゃないかよぉお。あれで中央が手薄になって、今回のやばい状態もあったっていうかなぁ」
伝崎は人差し指を銃のような形にして、こめかみに当てて言う。
「いや、あれはどのみち、あの電撃の矢がどこかに当たってたらみんな感電して死んでたと思うぞ。まぁ、言いたいことはわかるけどな」
妖精のオッサンは計りかねた。ちゃんとした計算があったのかどうか。
それが知りたくなって、質問する。
「ゴーレムを補充しなかったのは、意図的なものなのかぁあ?」
「もちろん」
妖精のオッサンが顔面に張り付いてきて、食い気味に聞いてくる。
「おいおい、無能な上司を演じてたっていうのかぁ?」
「前に話してたことを覚えているか?」
妖精のオッサンは思い出せなくて、あごに手を当てて右上を見る。
「なんだっけぇ?」
「有能にも種類がある。無能にも種類があるってさ」
「ああ、なんか話の最後に言ってたなぁ」
「単に無能なだけだとダメなんだよな。
部下はひどい指示を受ければ受けるほど、すげぇ迷惑して辞めていくだけだし。
俺が言いたいのは、育つ無能があるってこと。
この微妙な違いがわかるかどうかなんだけど」
妖精のオッサンは、そのことを考えていたのがいつなのか気になって。
「いつ辺りからだぁ?」
「キキをかばって、背中を焼かれたときにふっとインスピレーションが湧いてきた。
どうしたら、人材が育つのかっていうアイディアがな。
単に待つだけでもダメで、ノモンの黒魔術書を与えてヒントになるような材料を与えてはいた。
その上、キキに、ああしろ、こうしろ、というのを指示することもできた。
でも、それは一兵卒を育てるには良いんだけど、指揮官クラスの人材を育てるのは不向きなんだよな」
「ちょっと見えてきたけどぉ、つまりあれかぁ?」
「俺は自主性を持ってもらいたかった」
伝崎は片手をあげて話を続ける。
「一兵卒に自主性はいらない。ロボットみたいに正確に指示を守ってくれればいい。
でも、指揮官クラスはその場その場で最適な指示を部隊に与える必要がある。
それは自分の頭で考えるやつにしかできないことなんだよな」
「すげぇ計算してたのはわかるぜぇ。でも、なんでゴーレムを補充しなかったんだぁ?
やっぱ、納得いかねぇんだぁ。あれでキキも部隊が少なくなるし、守りが薄くなるしで、なんていうか、メリットが見えてこないんだよぉ」
「ゴーレムが補充されなかったら、それが負荷になるだろ」
「おぃい」
「有能すぎる上司の元にいるとな、人材は育たないんだよ。
諸葛亮がそうだった。すべて事細かく指示をすればするほど、部下は自分の頭で考えなくていい。
その指示が正しければ正しいほどに、諸葛亮に従えばいいってなるからな」
諸葛亮のように何でもできて有能すぎたら、部下のやるべき仕事も自分がすべてやることになる。
そうなると、人材が育たない。
「有能な上司に助けてもらって楽できたら、何にも考えない一兵卒しかいなくなるだろ?」
「まさか、お前さんはあえてそこらへんも演じてたってかぁ?」
「ゴーレムを補充せずに余裕をなくして、俺が指示を与えずにいればいるほど自分で考えるしかなくなる。
単に上司が無能なだけだったら意欲を奪うが、ある程度の成長環境を与えたら厳しい状況を作って黙ってたほうが育つと思った」
伝崎は、ひぃーというため息を吐いてから続ける。
「命がかかってるとなおさらだろ?」
妖精のオッサンは、一本どころか二本とられたとばかりに小さな頭を抱える。
伝崎は嬉しそうに親指を立てて、笑って言う。
「ぶっちゃけ、賭けだったけどな。賭けに勝ったぜ。オッサン」
よくよくダンジョンの中を見渡してみると。
キキがゴーレムに様々な指示を出している様子が見えた。
岩石を持たせて投げさせたり、ゴーレムの肩の上に乗って投げてもらったり。
いわゆる様々な連係プレーを試しているのだ。
伝崎が決して指示を出していないのに、自主的に攻撃方法を研究していた。
うまくいくとゴーレムの頭をなでて、「ガメちゃん、よしよし」と言っているのだ。
ぐー、と嬉しそうにゴーレムはうなっていた。
彼女は彼女なりに、ゴーレムの指揮の仕方を身に着けていた。
覚醒しただけじゃない。
彼女なりの成長が確かに見られた。
妖精のオッサンはその様子を見て、感嘆よりもあきれている風にすら聞こえる唸り声を交えて言う。
「たまげたなぁ……」
伝崎は、キキを感慨深そうに眺めて目を細める。
最高に期待しているということの真の意味を話す。
「命をかけて、期待してたんだ……」
キキの覚醒は、お互いに命を賭け合うことで起きた化学反応のようなものだった。
実際、負けていたら伝崎は死んでいた。
ある意味、それはかの名宰相と似通っている状況だった。
三国時代、当時の諸葛亮が治めていた国は、三つの国の中でも弱小で「賭け」ができないというのもあった。
もし、失敗すれば国が傾く。
自らの命運も尽きる。
失敗できないという状態だったからこそ、一番仕事ができる諸葛亮がすべてやるという状況でもあった。
しかし、伝崎も失敗できない状態だった。
大きな失敗をすれば命を落とす。
まさに同じ状況だ。
にもかかわらず、命をかけて。
――人材の育成に成功した。
名宰相がやろうとしてもできなかったこと。
泣いて馬謖を斬って、おおよそ失敗していたこと。
その命題に伝崎はあえて取り組んで、成功させていた。
妖精のオッサンがうなっていると。
伝崎は、そっと付け加えるように言う。
「ぶっちゃけ、ラッキーみたいなところもあったけどな」
それは謙遜ではなく、リアルな感想に近かった。
運よく成功した部分があり、それがなければ不可能なことだった。
とはいえ、運だけではなく、伝崎のアイディアがなければ無理なことでもあった。
会話中、伝崎の背中からはそのアウラがゆらゆらと自然に解き放たれていた。
(あれは……なんだ?)
大弓士ライン・ハートは、洞窟中央で全身をピアノ線で縛られた状態で見ていた。
伝崎の後ろ姿の上辺りを見上げていた。
漆黒のアウラ。
その空間だけ塗りつぶしたかのような異次元に見える。
にもかかわらず、不自然なほどの輝きを放っている。
頭の上に円形の真っ黒な穴が開いているかのようだった。
以前、見たときの印象とも違い、戦い始めた最中の印象とも違う。
今だからこそ、はっきりと見れる。
その背中から放たれるアウラは、宇宙が自分そのものだと主張するかのような迫力と規模を持っている。
色合いは、大破壊後に姿を消した勇者とは比較できないもの。
だというのに、確かに勇者を彷彿とさせるような、人間的限界を感じさせない『何か』を抱えている。
善でも、悪でもない。
見ていると、そのぽっかりと空いた穴に吸い込まれていきそうな魅惑的な感情を抱く。
どうしようもない静けさがあった。
人間が抱くことができるようなアウラじゃない。
抱いてはいけない類のアウラ。
かといって、魔族のそれともまったく違う。
超自然的な、力そのものにして。
これは宇宙そのもの。
後ろで話を聞いていたから、わかる。
こんな力を持った男が。
――賢い。賢すぎる。
こんな力を持つ者が、これほど賢いということが。
勇者とは比較対象にならないほどの危うさをはらんでいる。
大弓士ライン・ハートは確信する。
(こいつだ……)
なぜ、ただの洞窟のモンスターたちがこれほどまでに強いのか。
これほどまでに成長しているのか。
ゾンビたちがゾンビネスになってしまっているのか。
なぜ。
あの獣人に、あそこまでの強さがあったのか。
(この男が進化の原因だ)
予言では、雷々魔の矢がエルフ族の未来をもたらすものだと言われていた。
ここに来て、この男に負けて、未来を絶たれたような気がしていた。
今までエルフは人間に虐げられてきた。
一部の賢い人間が、大半の愚かな人間をまとめ上げて、エルフでさえも真似できない発展を遂げてきた。
今までもエルフは虐げられてきたし、これからもそうだと思っていた。
だが、違ったのだ。
確かに予言は成就した。
雷々魔の矢は、エルフの未来を見せてくれた。
(この男が……)
――人間という「種族」を滅ぼし得る!
そのアウラと賢さが人間的限界を超えて、その種すら破滅させることを予感させた。
それは逆説的にエルフ再興の可能性を高めるものだった。
「お前らに聞きたいことがある」
伝崎が仁王立ちになって、二人に向かって言った。
洞窟中央に縛られているサムライのマホトと大弓士ライン・ハート。
二人はピアノ線でしっかり縛られていて、身動きができなかった。
マホトはほとんど燃え尽きたように目をつぶって微動だにしなかった。
大弓士は目を見開いていた。
伝崎はその二人の前を歩きながら質問する。
「単刀直入に聞くけど、誰に頼まれた?」
二人の前を右に左にゆっくりと歩きながら、さらに話を続ける。
「そのレベル、おかしいだろ。86レベルのやつがこんな洞窟にちょっと話題だからって来るとは思えないしな」
伝崎は何かに気づいた様子で立ち止まると、眉を上げて驚いた顔になっていた。
「おい……今、気づいたけど、お前ってあの大弓士か?
ズケに雇われて、路地裏辺りで俺を狙ってた。
本当に見た目変わりすぎてて、今まで気づかなかったけど」
大弓士ライン・ハートは、ふっと笑った。
そうして、大弓士は思う。
常人ではない力を持ちながら、そんな驚いた表情を見せるか。
人間臭さと超越性を併せ持つアンバランスさ。
――面白い。
この男には、何か不思議な魅力がある。
エルフだけではなく、すべての未来を変えられる力がある。
一方で、ズケに義理などない。
一時的な雇人に過ぎない。
大弓士ライン・ハートは、ずいぶんと久しぶりに言葉を発する。
「……ズケだ。ここに送ったのは」
伝崎は思う。
(かかった……!)
伝崎はまるで蜘蛛の糸をたぐり寄せるかのように、すべての勝ち口を見つけたかのように。
「勝負ありだな」
そう言って、右拳を確かに握った。
すべてを決着させる手をつかんだかのようだった。
いまだ、王国歴198年3月14日。
激戦の朝から、今は昼頃になっていた。
伝崎のゾンビ化まで、あと51日。
・妖精のオッサンの別の場面での質問
妖精のオッサンが恥ずかしそうに小さな白旗を重ね折りしながら聞いてくる。
「キキに異常に甘かったのもあれかぁ?」
「いや、それは厳しくできないだろ……」
「へぇ?」
時給払ってないのに。
「ボランテ……に厳しくできないだろ……」
「なんてぇ?」
「いや、なんもないなんもない」
・大弓士のパラレルな別視点
妖精の女の子が電撃のせいで髪の毛がアフロ状態になっていた。
「いやぁああ、私の髪の毛が!」
「俺もだよ」
伝崎も電撃のせいで、アフロ状態になっていた。
大弓士はそれを後ろから見ていた。
(このアフロの男が)
――人間という「種族」を滅ぼし得る!




