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大弓士パーティ戦

「あのダンジョンはな、広場に入ったら一斉に攻撃してくる」


 王都の宿屋の一室で。

 マホトは机の上に巻物を広げて、そこにただの洞窟内の様子を一筆で描き上げていた。

 だいたい覚えている範囲だが、敵の攻撃ポジションが一目でわかるものだった。

 ズケはそれに見入り、炎中魔術師は手で炎球をもて遊びながら、大弓士は一番後ろで両腕を組んで見下ろしていた。


 マホトは、くっと最後の一筆を入れ上げると。


「最初の一斉攻撃があいつらの要。とにかく誰でもいい。耐久高いやつに盾を構えさせて、その一発を耐えさせる」


 ズケが「お、お、お、おっしゃる通りですな」というと。

 マホトは筆を天井に向けながら、頬についた墨を拭って言う。


「木偶の坊でもいいんだよ。どこにでもいるだろ? そういう前衛ができるやつ」


 マホトの話を聞いたズケは、金貨の入った袋の中身を確かめながら、安く済むかなとか細々とした雑念を掛け巡らせて。


「あ、ああ、それだったらすぐに用意できますが」


 マホトは脇に差した刀に手をかけて。


「耐えた後、俺が行く」




 3月14日の朝。1パーティ目。

 荒野武士LV55、サムライLV58、大弓士LV86、炎中魔術師LV64、




「来たか」


 ただの洞窟の中央で、伝崎は仁王立ちになっていた。


 ななめ後方にはゴーレムがいて、その隣にキキが立っている。

 さらにその後ろに宝の山があふれるようにある。

 宝の山の後ろには、ただの洞窟を拡張するために綺麗に四角く切り取った岩石があった。


 両翼には、軍曹とリリンの部隊がしっかりと上質な槍を構えさせていた。

 白ゴブリンの爺さんの部隊も弓をすでに引き絞らせている状態だった。


 白狼に変わって、伝崎が偵察することで、あらかじめパーティメンバーを把握してはいた。

 今回のパーティは今までで最高レベルのものだ。


 伝崎は静かにアウラをその両肩にほとばしらせていた。

 濃厚な黒でありながら、輝きを持つという相矛盾するアウラを放ちながら待っていた。


「軍曹、今回は使っていいからな」


 手加減なし。ゲイボルグの槍も投げさせる。

 軍曹が黒騎士のフルアーマーから顔を出すと、こくりと気張った顔でうなづいて見せた。

 すぐに顔のガードを下げて、フルアーマーの中に表情は消えた。


 獣人のキキは後ろでノモンの黒魔術書を手に詠唱を開始している。

 もう一方の空いた手で地面に何かを描いて、ゴーレムをすこし後方に下げて、広場の後ろの切り取られた岩石があるポイントに近づかせている。

 ゴーレムを以前よりも動かすことができているようだが。

 その動きはすこしだけ奇妙だった。


 ゴーレムを盾に使わないと、丸腰のキキは防御できないわけで。

 それでもキキは、キキなりに考えがあるのだろう。

 伝崎はそれを認めてもなお、表情を崩さず、何の指示も出さなかった。


 キキはゴーレムに着いていくように、宝の山よりも左ななめ後方に移動した。

 ゴーレムは黄色い眼を光らせながら、壁から切り取られた四角い岩石を丁度イスに使えそうな場所で立っていた。


 リリンの部隊の後方あたりだ。


 この布陣だと、伝崎が宝の山中央に一人で立つ形になる。


 ――問題ないさ。


 伝崎は目を後ろに向けてから、また前に向き直した。

 冷静な表情で前を見据えて、ただの洞窟の広場の入り口の暗闇を見つめていた。


 張り詰めた空気。


 息が詰まるぐらいに張り詰めた空気があって、それでも何も起きない。

 10秒、20秒と経って、一瞬気が緩みそうになったとき。


 ただの洞窟の広場の入り口が急に明るくなり、ぽっと長方形の何かが現れた。

 東洋風の縦に細長い長方盾だった。

 それが二つ並べられて、ただの洞窟の広場の入り口にまるでフタをしている。


 堅牢B+


 後ろの人間のアウラが光ったのだろう。

 赤く光り輝くと、金属音のような音が鳴って、盾が真っ黒になって防御力が上がったように見えた。


 ほとんど同時にただの洞窟の矢が一斉にその盾にぶつかっていく。

 その矢に混じるように軍曹が投げ放ったゲイボルグの槍が真ん中を突っ切って、直前で無数に分散すると分厚い壁のような矢と槍の波が殺到した。

 ガガガガガ、という激しい鮮烈音がなった。


「ぐぐぐ」


 低い男の声が聞こえたかと思うと、その二つの長方形の盾の端っこが欠けたりしていくが。

 耐えて耐えて耐え抜いて。

 長方形の二つの盾がハリネズミのように矢と槍だらけになっていた。


 冒険者がひとりの犠牲も出さなかった。

 初手で犠牲が出ないのは、珍しいことだ。


 伝崎は、臨戦態勢とばかりに手をぶらぶらさせて言う。


「対策済みか」


 どこまでも余裕の表情だった。

 それでいいんだよ、と言わんばかりに右頬をあげて、笑みをこぼしてさえいた。

 何回も何回も戦闘を繰り返したせいで、ボロボロになった黒服の裾をめくり上げて、その腕を構え直すようにして。


 また、直立不動になるのだ。

 余裕しゃくしゃくと言わんばかりの顔で。


 二つ、長方形の盾が並んでいたが、その一つが後ろに倒れるようにして、ゆっくりとめくれる。

 そこに白ゴブリンが部隊の矢を放とうとするが、ほとんどノーモーションでより強い明かりが広がった。


 ただの洞窟の広場の薄暗い空間が、入り口付近から綺麗に照らされていく。

 そう思った直後。


「燃えやがれ!」


 その掛け声と共に、炎球が飛んでくる。

 飛んでいく矢をはねのけながら、炎球が回転してくる。

 最初、小さく見えた炎球が一気に目の前で大きくなって、一直線にこちらに向かって飛んできた。


 伝崎の身体目掛けて。

 ギアス・ガントレットをはめた左手を握り込む。


「っ」


 炎球が体にぶつかる瞬間に。


 銀色のガントレットを反射的に上に向かってなぎ払った。

 剛速球がバットで打ちあげられたかのようになる。


 ガントレットに乗っていた妖精の女の子が両手を前に突き出し、半円形の青白いバリアを出して、その炎球がガントレットに触れる手前で止まる。

 炎球はヘの字にゆがんでから、ただの洞窟の天井にぶつかって炎が広がり渡っていく。


 洞窟内がすべて照らし出される。


 伝崎は炎球を打ち返した手ごたえを感じながら、いつか妖精の女の子と会話したことを回想していた。




 伝崎は銀色のガントレットの精巧な作りに感心した様子で、妖精の女の子に聞いたことがあった。

 表面は、いぶし銀のような光沢を放っている。

 指先のひとつひとつの金属の形状や覆いはいくら動かしてもくっついてきて、たまらなく合致してくれている心地良さがある。


「どんな属性攻撃でも耐えられるって前に言ったけど、どういう原理で耐えてるんだ?」


 このガントレットは、全属性耐性があるという。

 そう、買った当初にガントレットの妖精の女の子が話していたことだ。


「私の精霊力でバリア作って、頑張って耐えてるのよ」


 妖精の女の子はガントレットの手の甲部分に座りながら、くつろいだ様子で話した。

 その耐性の限度が知りたくなって、伝崎は妖精の女の子を見下ろしながら質問する。


「例えば、すごい属性攻撃というか、炎の爆発とかでっかい氷結とか来た時も必ず耐えられるのか?」


「それは頑張るしかないわよ」


「頑張る?」


「私が頑張るしかない」


 頑張って頑張って、なんとか耐えてるという感じらしい。

 いわば、無効化してるわけじゃなさそうだ。


 伝崎は、あえて聞いてみる。


「属性攻撃を無効化してるわけじゃないよな?」


「あったりまえじゃない。頑張って耐えてるのよ」


 つまり、『耐性』だけに耐えているということなのだろう。

 絶対に耐えられるというわけではなさそうだった。

 しかし、頑張って耐えているという表現が無性に面白かった。


 妖精の女の子は、今まで頑張って耐えてくれていたのだろう。

 伝崎は笑いをこらえながら、より詰めて質問してみることにした。


「じゃあ、城も吹き飛ぶような炎の爆発に巻き込まれたとするよな。

 それを頑張って耐え切ったら、どんな感じになるの?」


「たぶん、私のガントレットだけが残るわよ」


 たぶん、という言葉も引っかかったが。

 何より、自分のガントレットをはめている左手だけが跡地に残されているイメージが湧いた。

 左手以外、跡形もなく、自分の体が消え去っているイメージでもあった。




「っと」


 伝崎の前に、二つ目の炎球が迫っていた。

 連続で炎球を撃ち込まれていたのだ。

 見切りスキルを発揮する間もなく、上に突き上げていた左手を右下にとっさに振り下ろしていた。


 その左手が炎球に当たると、また妖精の女の子が頑張って青白いバリアを出した。


 炎球がななめ下に叩き落とされて、丁度、軍曹がいる部隊の前に炎が広がっていく。

 軍曹の部隊が盾を一斉に構える中で、より大きな盾で軍曹が先頭に立って、その炎を抑えこむようにして耐えている。

 あふれ出るようにして広がり渡っていく炎を前に、軍曹の全部隊が一歩、二歩と押し下げられていく。

 それだけの圧力があった。


「耐えてろぅ!」


 軍曹は自分の部下たちにそう指示を出しながら、炎を押しとどめている様子だった。

 ぎりぎり被害は出ていないようだが、軍曹の部隊が完全に分離してしまっている。


 ガントレットのおかげで防げたが。


「……」


 伝崎は動かない。

 ただ右手に収まるセシルズナイフを見つめて、そのおそろしいくらいに紅くなったナイフの輝きを見つめて、平静な表情でその場に立っている。

 どこかクラシック音楽を聴いているときのような、名画を観ているような、そういう優雅な表情すら漂っていた。


 何かの観客にでもなっているかのよう。


「拾った命は大事にしないとな」


 伝崎は、冒険者に無礼なアドバイスを送るのだ。




「しゃらくせぇ!」


 長方形の盾が二つとも倒れて、ただの洞窟の広場の入り口が解放される。

 甲冑姿の荒野武士が戸惑ったように、もう一度新たな盾を陣でも作り直すかのように立てようとしているのを押し広げて。


 サムライのマホトが突進する。

 脇の刀に手をかけながら、抜刀姿勢を維持して、前傾で進んで進んで、進んでいく。

 漏れ出したクールな青いアウラが光り輝いて。


 ナンバ走りB-


 その両足に生命エネルギーが流れ出す。

 水のように流れ伝わって、両足裏に空気圧が発生。


 円形の波動が起きる。


 水の上を歩いているかのように円の波動が広がっていく。

 右手と右足、左手と左足が同時に出る。

 一足が大きく、ぐんと進み、たった二足で間が縮んでいくが。

 そこに槍が隙間なくマホトの右側、スケルトン部隊から突き出されると頬や肩にすり傷ができて、血が後ろに伝うように流れて。


(もっと練習しときゃよかったっ!)


 接近戦に持ち込むまで、相ヌケを使いたくなかった。

 使ってしまったら、もう一度連続で使えない。

 何よりも、相ヌケというのは絶対回避の業であって、相手をしとめるための技じゃない。


 マホトは右に左にななめに移動を重ねて、体中に無数の傷を作りながら、ぎりぎりを進んでいく。


 ――コジロウ!


 本当はたぶん。

 抜刀すら我慢して進んでいく。


 ――まじでお前は。


 わかってる。

 致命傷の槍が来そうになると前転して。


 ――どこ行ったんだよ。


 もっと早く。

 目の前の氷柱をのけぞるように、かわして。


 マホトは中央の宝の山の前にすべり込むように迫る。

 その場に止まって顔を地面すれすれの場所に近づけながら、刀の柄に手をかける。

 時間差で陣羽織が頭に覆いかぶさるようにして、折れ曲がってくる。


 伝崎はセシルズナイフを逆手で構えて、さらっと言っていた。


「俺狙いか」


 サムライのマホトを助けたことで、対策されているのは明白だった。

 妖精のオッサンはズボンの後ろポケットに頭をうずめて、気が気ではなかった。


 だが、伝崎はマホトが迫り切る前に冷静に言っていたのだ。


「だよな」


 対策されているのは当たり前。

 それどころか、そうあるべきだと言いたげに伝崎は納得しているようですらあった。




 マホトが決死で駆け抜けていく間、ほとんど同時。

 わずか三秒にも満たない時間で、後方の大弓士ライン・ハートは手際よくその準備を整えながら。


『潰さないといけないのは黒服のダンジョンマスターな。あいつがやばい』


 脳裏に焼き付いたマホトの言葉を反芻はんすうして。


『あいつを潰せば、ただの洞窟は総崩れになる』


 大弓士ライン・ハートは幼い頃から、ずっと使い古した木の弓を鮮やかな所作で構えて。

 それが一番の的中率を誇るんだ、というような的確な所作で背から矢を取り出そうとしていた。


 バチバチと雷撃を放っている雷々魔の矢を弓につがえようとしていた。


(あの男に何があるというのか……?)


 ライン・ハートは片目をつぶって、その前方を見つめる。

 細身の、黒服の、どこにでもいそうな青年の顔が目に入ってくる。


 ただのどこにでもいる男にしか見えない。


 確かに、器用に炎球をはじき返していたようだが。

 だが、小さい。

 そのちょっとした個人的な能力が世界の運命を変えるなど想像もできないのだ。


 人間が支配するこの世界で。

 この矢がもたらすという。

 我が眷族の行く末など見えるはずもなく。


(人間には色々ありすぎる)


 賢い人間もバカな人間もいろいろ居て、千差万別。

 種族的な特徴などでひとくくりに決してできない。

 そのほとんどに言えること。


 ――か弱い人間ばかりだが。


 ライン・ハートは、雷々魔の矢を引き絞っている。

 引けば引くほどに、人生最高の弓力を要求されるような、信じがたいような圧が発生していくのだ。

 バチバチという音が、ゴゴゴという音に変わって、その周りに走る電流が糸のようなものから大木のような太さとなって荒れ狂っていく。


『千人殺しのライジング・サン』


 神々から勝手に与えられた称号のために、この洞窟内で目立たざるを得ない。

 使う弓矢に雷属性が二割増しで追加される。

 放った弓矢の速度が二割増しで速くなる。


 持った弓矢がぱっと明るく太陽のように輝き出す(たいまつとしても使える)


 ライン・ハートの周りだけ、やけに明るかった。

 基本、暗闇のはずの洞窟内の一本道がタイマツ無しでもはっきり見えるぐらいだった。


 弓を安定させることが的中させることの最高の条件だが。

 この雷を帯びた矢は、まるで暴れる牛のごとくその手の中で荒れ狂っていて、最後の最後まで弦を引き絞ろうとしても、その途中途中で横にあふれ出そうになるのだ。


 なんという困難な矢だろうか。

 なんという力量を要する矢だろうか。


 だからこそ、すべての弓士がこれを射ることができれば、名人と言えるのではないだろうか。

 そんな思索を巡らしたくなるぐらいに、矢がうねってうねって、一番最後の方にまで弦を引かせてくれはしないのだ。


 これほどの電流が、もしこのダンジョン内に解き放たれたら。

 どうなるだろう。


 ここにいるすべてのモンスターが感電して死に絶えるだろう。

 それはどこに当たったとしても言えることだと。

 大弓士はその重い重い弓力を噛みしめながら、思うのだ。


 どこに撃っても同じだ。


 あの黒服の男に当たっても、一瞬ですべてをねじり殺してしまうほどの電撃が走ることに違いない。

 その凶悪な手ごたえを感じながら、震える腕を安定させようとする。


 でかくなった図体を使って、その太くなった腕を使いこなして。

 ただの洞窟の通路で、わずかに膝をつきながら、膝をついてもなお、頭が当たるのではないかという狭い通路で引き絞ろうと集中している。

 後ろで、炎中魔術師が次の詠唱を開始していることなどに気を散らすことすらなく。


 大弓士ライン・ハートの黄色いアウラが七色に輝いていく。


 心眼A+


 心眼とは、相手の急所を特定して、致命傷を与える確率を上げるスキルだ。

 ライン・ハートの第三の目から一本の閃光が出て、サテライトのように地面を照らして、中央の宝の山を捉えて。

 最後に、伝崎の眉間を捉える。


 完全急所。確実一撃。


 命中S


 発動させる必要がない常時スキル。

 通常の矢ならば目をつぶっていても、一度見た対象は当てることができるクオリティだった。


 全身を絶妙に安定させ、肩を一直線にして、不動の心を作り上げる。

 なんとか荒れ狂う矢を己の力量をぶつけるようにして、引き絞り切ろうとしていた。

 次第に矢の乱れ方の調子をつかんで、右にずれて、左にずれているのを観察し、そのずれの中央を貫けばいいということに気づく。


(この矢の先に未来を見よう)


 黒服の男の顔面の、眉間の真ん中に焦点が合い始める。

 

(人間にあるか……エルフにあるか)


 例外を、占ってみようではないか。

 弓を引き絞っていたのは、時間にして三秒にも満たない所作だった。


 マホトが宝の山の側で、前のめりに抜刀姿勢に入っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 交錯する想いの多さにワクワクするようなドキドキするような心が静まるような沸き立つような、いい、とても良い。各キャラクターが考えることも行動することも千差万別で、とても生きている感じがする。…
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