社交ルール
伝崎の一風変わった社交ルールについて。
・人の悪口や不平不満ばかり言っている人間とは付き合わない。
・人の長所や良いところを見つけられる人と付き合う。
飲食店経営の経験から、成功する人しない人の見分け方を知っている。
あるとき、共通点を見つけたのだ。
成功できない人は必ずといっていいほどに人の悪口を言っている。
最近、景気が悪くてね、あの政治家はバカだ、あの会社はここがダメだね、あの人ってさぁ。
酒の席になると、ついついそういう言葉を口にしがちになる。
しかし、酒など関係なく日頃からそういうことを言っている人間が成功するのは難しい。
中小企業の赤字を出している社長とか、万年平社員だとか、ストレスの多い職場にずっと居続けているとか、そういうタイプの人間が多い。
人の悪口ばかり言う人間と付き合って、ろくなことがない。
目の前ではお世辞を言っても裏ではほぼ間違いなく、あの店はダメだと言い触らしている。
では、なぜ彼らが成功できないのか。
伝崎は、結論を出した。
人の悪いところしか見てないと。
人の良いところを学ぶことができないからだ。
成長し続ける企業とか成長していく人間は、ほとんどの場合において、他の会社の良いところ、人の良いところを探している。
そして、学ぶ。
口々に、あの人って面白いとか、優しいねとか、これはうまいとか、あの会社のここはすごいとか、良い言葉をよく使っている。
どんどん人の良いところを取り入れて、最後には必ず勝つ。
人の悪口ばかり言っている人間は、最後には必ず負ける。
伝崎は、良い言葉を話す人間と付き合うことにしている。
地下都市、エリカの誕生会が開かれる豪邸にて。
天井高いホールの真ん中の長いテーブルには大量の食事が並べ立てられている。
着飾った多くの客がにぎわいながら話している。
それぞれこの世界の正装で身を固め、貴族面をしているのだ。
やはり、というべきか。
しかし、というべきか。
聞こえてくる会話に、伝崎は少し失望した。
「この国の王ときたら」
「あのダンジョンの貧相さったらないですね」
「ここにはいないから言いますけれど、あの人の性根の悪さといったら」
「共和国の連中ほど頭のおかしな連中はいませんよ」
どこにいっても、本質的に人間という奴は変わらないらしい。
どれだけ言葉を丁寧にしても悪口から生まれる下品な笑いに変わりはなかった。
この場には、毒のようなものが充満している。
その中でも一際目立つ人間がいた。
イスから、はみ出るほどの巨漢。
ぼさぼさの髪に、でかでかと腹を出して、料理にむさぼりついている。
豚のように目が鋭い。
服装だけはシルクのように高級そうなのだが、ぱつんぱつんになっていて破れそうに見えた。
「冒険者が来たんだけどよ。あいつらの死にヅラったらなかったね。
い、い、い、イノシシみたいに突っ込んできたと思ったら、次の瞬間には血反吐を巻き散らかせてんだぜ。
あれには笑った。
それで助けてくれって言うから、散々罵りながら殺してやったね。
もう、あのクズどもを殺すのが気持ちよくて気持ちよくて。最後にプギャって言ったんだぜ、プギャって」
どっと笑いが起こる。
彼らは冒険者たちをクズ扱いしている。
冒険者は大切な客のはずなのに、だ。
伝崎は、あの騎士に敬意すら払っていた。
『何も、感じないのか?』
彼は死にかけているというのに青空みたいな顔で、真っ直ぐに聞いてきた。
あのときのあの表情だけは間違いなく本物で、真実で、だから質問に答えようと思った。
もっと別のどこかで会えたのならば。
今でも、伝崎の考えは変わらない。
しかし、記憶の中には確かに騎士の顔が刻まれている。
伝崎は目を細めて、考える。
この場にいるべきかどうか。
スキル取得の方法や、その他もろもろの情報は欲しい。
でも、それ以上に伝崎が着目していることがあった。
――ダンジョン経営のノウハウ。
それは、莫大な富を生む。
飲食店経営と何が違うのか。
その差がどの程度の変化をもたらすのか。
あるいはどこが同じなのか。
どこに注意すべきなのか。
もちろん、他人が直接教えてくれるほど親切だとは思っていなかったし、どの界隈もそれほど甘くできているわけがない。
会話なり何なりから自力で抜き出そうと考えていた。
そこには伝崎がなぜコネにこだわり、情報にこだわっているのかがあった。
伝崎は仕事を早く高い質で済ませる方法を昔から研究していた。
自分で考え出しながら必死に働いていたのだが、ある日仕事に失敗して先輩から言われた。
「お前の考えだけで、どうこうできると思うな」
あれほど難しかった仕事が先輩のやり方のマネをすると、あっけなく上手くいった。
自分でどうこうするよりも元々あったものを利用するほうがいいことがわかったのだ。
仕事の方法をオリジナルで考え出すのは、自分で富士山を作るようなものである。
今ある最高の仕事をしたければ、元々ある富士山の頂点に登ればいい。
富士山を一から作る必要なんて無いし、作れるわけがない。
さらにその最高よりも上の仕事をしたければ、富士山の頂点で脚立に乗ればいい。
元々ある最も効率的な方法に、一工夫を加えるだけでいい。
それだけで、一瞬にしてライバルを出し抜ける。
真の頂点に辿り着くことができる。
「で、あの人のどこが嫌味かというと」
しかし、ここには長居すべきではない。
――学ぶべき人間がいないから。
もっとも大切なことは、自分がこの毒に染まらないこと。
伝崎は、すーっと身を引いて立ち去ろうとする。
後ろから声をかけられる。
「あら、伝崎様。来てくれたのですね」
振り返ると、エリカが真っ白なドレス姿で立っていた。
完全な白で彩るとその金髪が際立ち、彼女を神々しく演出する。
胸元が強調されていて、彼女が大きな胸の持ち主であることがわかった。
「おっしゃってくれれば、すぐにでも召使に席を用意させましたのに」
この場では敬語か。
当然といえば当然だが、それが逆に前の会話の親密さを思い出させた。
伝崎は、早々に挨拶を済ませると帰ろうとする。
「私にこの場は相応しくないようなので帰らせていただきます」
「そんな、どうしてです?」
「すこし、この場は言葉が過ぎるようです」
「ああ、わたくしもこういう場はあまり好きではないのです。
彼らは何かにつけて人の悪口を言いますから。
それもこれも彼らが置かれている境遇に原因がありまして。
許してあげてくださいね。彼らにも良いところがあるんですよ」
「良いところ、ですか……」
「たとえば、あのお太りになられているお方、ズケとおっしゃる方ですが彼にもちゃんとありますわ」
ズケとか言われた男は、今でもイスからはみでそうになりながら、そのボサボサの髪をゆらして食事をむさぼっている。
――まさか、あの巨漢にも良いところがあるのか?
「ずっと前のことも覚えていて、何度も何度もそのことを口にするのです。絶対あきらめない人なのです。ですから、必ず何でもモノにするだけの力がありますわ」
悪く言えば、執念深いという。
しかし、それを良い面として捉えられるのか。
――この子は、やはり手強いな。
単にスキルや能力的に優れているだけではない。
人間的にも優れているかもしれない。
彼女は代々ダンジョンマスターの家に生まれたらしく、若干19歳にして「大理石の海」というAランクダンジョンを経営しているらしい。
前の会話のときに聞き出していた。
この様子だと親に任されたダンジョンを潰すことなく、成長させていくことも可能かもしれない。
伝崎の中のエリカに対する態度が変わった。
――できればこの子と、お近づきになりたいな。
あくまでもビジネスパートナーとしてだが。
今でもこの豪邸内には、有象無象の悪口が散乱していた。
しかし、それでも言えることがある。
「エリカ様とお会いして気が変わりました。せっかく来たことですし、庭で話しましょう」
一輪だけでも花は花。
「わ、わかった。ペットになる。ペットになるから助けてくれ」
伝崎は落とし穴に、はめられていた。
伝崎は、居場所を把握できる魔法が施された黒い首輪をつけることによって半自由を許された。
今は誕生会で長々と挨拶をする笑顔のエリカを見ながら首輪を触り、身震いを起こす。
エリカとのやり取りを断片的に回想する。
「へぇー前も話してたけど、日本って国では生まれ変わりはあんまり信じられてないんだね」
「私に合ってるかも」
「知名度を上げる方法ね……私はときどき、あえてパーティに損害を与えずに宝を持ち帰らせたりしてるかな」
「スキルの取得? ああ、それはアウラを駆使しながら行動をし続けて、それが技能と呼べる段階に達したとき、取得されるの。
師弟関係を結んだり、各種ギルドの訓練士にお金を払って教えてもらったほうが早いと思うよ」
「全部、ごっちゃにしてるから説明するけど、スキルには色々な種類があるよ。
武器スキル、魔法スキル、職業スキル、特殊スキル。
それぞれ性質が違う。
何も修練してなかったらF-として処理される。習得した段階っていうのはEの状態かな」
「スキルの修練には才能と努力。
この二つが大きく絡んでる。
才能のないスキルはいくら努力しても伸び悩むし、かといって才能のあるスキルがすぐに成長するとは限らない。
早熟型、晩成型、いろいろあってね。
Bクラス以上は一流と呼ばれる世界だといわれてる。常人だと十年以上かけても手に入るか入らないかの能力かもね」
伝崎は問いかけた。
「君は十代なのに、Bクラス以上のスキルを多く体得しているように見えるけど」
エリカは顔をそらして自らの右腕をつかむと、ぎりぎりと握り締める。
「それは私が特別というよりも……この家がおかしいから」
なぜ彼女は「おかしい」と表現したのか。
その言葉の重みを計りきれなかった。
ビクトム家がどんな教育を施しているのかは分からない。少なくとも、生半可な鍛錬や呪術では彼女の域には到達できないということだけは分かる。
「迷宮透視が知りたいの?」
エリカは自らのアウラを膨張させると、それを窓から豪邸内へと注ぎ込んでいく。
空気のように広がったオレンジ色のアウラが、その豪邸の内装に合わせて変化していくのが見えた。
伝崎は鋭く冷めた目で観察する。
――俺にもできそうだな。
伝崎もアウラを解き放ち、エリカのアウラに重ねるように豪邸内を満たしていく。
アウラが広がり、その形状に合わさると、そこに自分の体があるかのように感じ取れる。
しかし、完全にはすべてを把握できない。
エリカは驚いた顔で見ていた。
「すごい。普通は習得するのに何ヶ月か必要なんだけど……」
伝崎は、迷宮透視Eを習得した。
これが高精度になれば、ダンジョン内の冒険者をつぶさに観察できる。
――かなり優位に戦術を立てられる。
なぜ、ここまで早く習得できたのか。
それは伝崎が、ある意味で今までそれと似たような行動を積み重ねてきたからだ。
店の立地や客の出入りを調べるときに、その全体を把握するために意識的であれ、無意識的であれ、アウラを使用していたのである。
カリスマ店長としての下地があった。
伝崎は、ただの洞窟を観察するときもその行動に近いことを行っていた。
が、まったく同じやり方ではなかったので、スキルと呼べるレベルではなかった。
「堅牢っていうのはね、ダンジョンの壁とかモンスター、自分さえも一時的に固くできるの」
エリカは木の枝を拾い上げると、それにアウラを凝縮していく。
木が急に黒ずんで重くなったように見えた。
それを手渡されて折ろうとしたが、まるで鋼のように固く無理だった。
伝崎もマネをしてみる。
木の枝を拾い上げてアウラを集めてみたものの、まるで黒ずんだりしなかった。
普通に折ろうとしたら、ポキリと折れてしまった。
「さすがにできたら、笑っちゃってたよ」
他にも色々なスキルを教わったものの、短時間では煙玉Eを習得するのが限界だった。
煙玉の威力を向上させるスキルである。
ただ、煙玉は一個2000~3000Gするそうなので買う余裕はあまりなかった。
4個ほど貰ったが、すぐに尽きるだろう。
これからも教えて欲しいと頼んだ。
できれば師弟関係を結んで欲しいとも。
用事が済んだので帰ろうとしたら彼女は豹変した。
「タダだと思ってた?」
さまざまなトラップ(落とし穴、岩石転がし、板挟み)に、はめられた後にこう言われた。
「うれしそうだね?」
その半笑いの顔には女魔王とは別種の、しかし同レベルのやばさを感じた。
交渉スキルをエリカに使用して分かったことは、あくまでも交渉スキルはうまい具合に同意を引き出すだけのもので相手の意志をねじまげるものではないということ。
相手の意志が弱ければ、確かに従わせているように見えるかもしれないが、実際は違う。
エリカから逃れる手段にはならなかった。
――彼女は頭がおかしかったのである。
仲良くなるにつけて、束縛したいという衝動に駆られたそうである。
どういう教育課程を経たら、そういう狂気を帯びるのかは分からなかった。
伝崎は誕生会に意識を戻し、目の前のエリカの挨拶を見る。
首輪を付けられた今、半自由が何とか得られたので帰ることにする。
扉を召使に開けてもらって、外に出ようとした。
「おい、待てよ。虫野郎」
酒やけした、しゃがれ声。
誰に言ったのか分からなかったので、そのまま出ようとする。
「そこのお前だ。その黒服を着ているお前だ」
振り返ると、そこにはズケと呼ばれた巨漢がいた。
蓄えすぎだろうという肉を横に広げて震わせている。
「お前のこと、知ってんぞ。ただの洞窟のダンジョンマスターらしいな」
ズケは食べカスだらけの口を開いた。
――ギルドに登録したからか?
それはそれで話が早いことで。
また、周りに笑いが起こる。
「あのクソ洞窟、どうやって再建する気だ?」
「答える義務はありませぬゆえ。用事がありますので失礼させていただきます」
伝崎は背を向ける。
ズケは怒鳴る。
「待てっていってんだ」
また、変なのに目をつけられたな。
「てめぇみたいなのが一番嫌いなんだよ。
澄ました顔して裏では何してるか分からねぇ。そのくせ、運よく事を運びやがる。
口先三寸で、すべてをごまかしやがる。詐欺師みたいなやつだ。いや、詐欺師だ。お前は完全な詐欺師だ」
このズケとかいう男は、いったい自分の何を知っているというのだろう。
そもそも、なぜここまで執拗に話しかけられるのか。
「エリカ様と喫茶店で話してたらしいじゃねぇか。
笑いながら話してたって聞いてんぞ。
つい、さっきも庭を一緒に歩いてたらしいな。
てめぇみたいなクズが、高貴なエリカ様に近づくんじゃねぇよ」
なるほど。
嫉妬か。
こいつは、エリカに好意を抱いている。
自分は、その恋敵といったところか。
「おい、エリカ様とどういう関係なんだよ。教えろよ」
ここで、どう答えるのが最善だろうか。
この豚に付け狙われたら、タダじゃすまないだろう。
「なんの関係でもありません。ただの通りすがりだったのですが、ぶつかってしまいまして。
ただの洞窟のダンジョンマスターだと申しましたら、たいそうお笑いになられて、それで喫茶店でその続きを笑ってもらっていただけのことです」
半分、嘘だが。
しかし、これでいい。
「ああ、当然だよな。ただの洞窟の主なんていったら、そりゃエリカ様でも笑うよな。はは」
ズケは安心したのか、すこし落ち着いてきた。
――助かったか?
「だが、おめぇだけは絶対に許さねぇ。一度でもエリカ様に笑ってもらったことを、こ、こ、こ、後悔させてやるかな!」
「どうかお許しを。あなた様の怒りを買うつもりはありませんでした。
エリカ様は私などに見向きもしないでしょう。
ただの洞窟のダンジョンマスターに、あなたほどの人が目を向ける必要すらないのではないですか。
見たら分かりますとも、あなたが大変なダンジョンマスターであることが」
そんなことあるわけないんだが。
平身低頭できるだけ下手に出ることにした。
ここまで徹底して、相手の自尊心を守れば普通ならば。
ズケは、つけ上がった。
「そりゃ分かるよな。虫野郎でも詐欺師でも俺様のすごさは一目瞭然だわな。だがな、許して欲しかったら靴を舐めろよ。舐めろ! 舐めろ!」
こいつだけは、ダメだ。
舐めたとしても、その次は別の何かを要求してくる。
何から何まで最後には金も命も取られる。
「やめなさい!」
挨拶を終えたのか、エリカが叫んだ。
歩み寄ってきたエリカはさすがに怒っている様子で、ズケをにらみつける。
ズケはそれだけで肝を冷やしたように口をすぼめて、うつむく。
エリカは人差し指を立てると、延々と説教を始めた。
あの獰猛な野生の豚が、イベリコ豚になっている。
身動きできずに体をちぢこまらせている。
――助かった。
伝崎は頭をさげると、その場から立ち去ることにした。
後ろから向かってくるドロドロした空気に心を貸さずに。
――あんたが怒られている間に、俺はモンスターでも買い漁るとするよ。
王都でやるべきことは、ほぼ終わりに近づいてきた。
商人ズケレベル29
愛称:ズケさん、ダンジョン界の貴公子
年収:約4000万G
仕事:Cランクダンジョンを四つ経営
容姿:身長6.4ルリラ(185cm)、体重42トム(74kg)で細マッチョ体系
学歴:国立王都大卒(ズケの姉は、宮廷魔術師)
なお、これらはあくまでも自称である。